FILE17
細く、背の高い杉の木の上。
枝の上で蹲り、闇に紛れ、息を殺し、工場を見つめ続けていた俺は、時間と同時に立ち上がった。
身に着けているのは、黒を基調にした薄手の衣類。黒い長袖シャツにハーフパンツ。
はっきり言って寒いけれど、それもじきに感じなくなる。人の姿で居る間だけの辛抱だ。
工場の裏手に広がる雑木林、ここから見るに、中で騒ぎが起きているような気配は無い。
先行したビャクヤが侵入してから、丁度二十分。
時間になっても工場には変わった所は全く見られなかった。
異常なし…。つまり、上手く行っているという事だ。
俺は軽く目を閉じ、弾ける鎖をイメージする。
体中の細胞が、束縛からの解放に歓喜の声を上げる。
瞬時に全身へ行き渡った力によって、銀の被毛が生えだし、筋肉が膨れあがり、骨格が変形する。
鼻と顎が前にせり出し、三角に形を整えた耳が頭頂へ寄る。
尾てい骨が伸びてフサフサの毛に覆われた尾が出来上がり、足の甲が伸びて力強い後脚に変化する。
俺の胸の奥、深い所で、銀色の炎が静かに燃え上がる。
それは獣の本能。それは俺の魂。それは人狼の誇り。
腹の底から咆吼を上げたい衝動が湧き上がる。が、これをグッと押さえ込み、獰猛な唸り声に変えて牙の間から漏らす。
銀の人狼へと変身、…いや、本来の自分自身の姿を取り戻した俺は、夜気を裂いて宙へと跳ぶ。
そして15メートル下の地面に音も無く着地し、衝撃によるタイムラグも無く、工場へと走り出した。
木立を駆け抜け、走りながら身を屈め、高さ3メートルの塀を一気に跳び越える。
昼間は来客用の駐車場になっているアスファルトの広場に着地し、風のように素早く植え込みの影に隠れ、耳をピンと立て
て気配を探る。
…よし…。気付かれていないな。
03に書いて貰った工場の見取り図と現在地を頭の中で照らし合わせ、侵入ルートを再確認し、俺は四つん這いで動き出した。
待ってろよフォウ…。必ず救い出してやる…!
地上4メートル。工場の裏手側、二階にある窓の脇。
壁に左手と両足の爪を食い込ませてしがみついた俺は、右手の爪を鋭く、薄く硬質化させた。
今居る場所は、植え込みの木が壁近くまで枝葉を伸ばし、周囲から俺の姿を隠してくれている。
カミソリのように変化させた爪をガラスにツッと差し込み、素早く円を描く。
丸く切り抜かれたガラスが向こう側へと落ちてゆくが、開けた穴から素早く手を突っ込んで、指先で摘んで引き留める。
こんな芸当、ライカンスロープでないと難しいだろうな…。
ガラスを摘んだまま内側の鍵を外し、静かに窓を引き開けた俺は、するりと工場内に侵入する。
床に降り立ち、素早く周囲を見回すと、そこは見取り図のとおり、ボイラー室になっていた。
人の気配は…、よし、無い…!
窓を閉めて、丸くくり貫いたガラスを床に置いた俺は、部屋の大半を占拠して低い唸りを発している機械の脇を抜け、ドア
に耳をつけて外の気配を窺う。
…感知できる範囲には、何も居ないな…。
鍵が掛かっているが、内側からは摘みを回すだけで開く。
ドアを潜り抜け、警戒しながら薄暗い通路に出た俺は、一階へと続く階段目指して素早く、静かに移動を開始した。
リノリウムの床にコツコツと足音を響かせ、何人目かの警備員が俺の真下を通り抜けていった。
四肢の爪を天井に突き刺し、虫のように天井に張り付いていた俺は、警備員の足音が曲がり角の遙か向こうまで去ったのを
確認し、ほっと息を吐き出す。
迅速に、誰にも気付かれないように地下まで潜入しなければ…。
床に降り立ち、足の爪を逸らして上げ、肉球で足音を殺しながら、俺は通路をひた走る。
頭の中で正確に刻まれる時計は、03の行動開始まであと五分を切った事を告げていた。
時間は、あまり無い。
地下設備への入り口となるエレベーターは、IDカードで開く強化プラスチック製のゲートを潜った奥にある。
ゲートの脇には二人の警備員が立っている。
…そいつらは、相麻の実体をある程度知っている「正式な」警備だ。
長い廊下の突き当たりにあるゲートまでは、約30メートル。
俺はその隠れようもない通路を、堂々と駆け抜けた。
鋭敏な嗅覚が、ゲートの両脇に立つ男達の匂いを捉える。
火薬と鉄、油、そして、血の匂い。
二人の警備員は立ったまま、開いたゲートに寄りかかり、額に直径3センチほどの穴を開けられ、驚愕の表情を浮かべたま
ま絶命していた。
警備員達を肩に担ぎ上げ、手近にあったリネン室まで引き返して放り込んだ俺は、死体の一方に残されていたIDカードを拝
借し、ゲートを抜けて地下へのエレベーターに駆け込んだ。
ビャクヤは、己に架している不殺の誓いを、今夜は解いている。
道中で必要に迫られた場合は、躊躇いなく妨害を排除すると言っていた。
その言葉通り、先行したビャクヤは警備員達を即死させていた。
鮮やかで、躊躇いのない、手並みで…。
責めるつもりも、批難するつもりもない。
ビャクヤがやらなければ、俺がやらなくちゃいけない事だったんだ。
もちろん俺だって、この身を赤く染め上げる覚悟は、もうできている…!
エレベーターが最下層へと到着し、周囲を警戒しながら無人のホールに飛び出すと、発見されていない事を確認しつつ、俺
は天井へと飛び上がった。
天井に設けられた小窓をこじ開け、換気設備や配電線を点検するためのスペースに体を滑り込ませると同時に、示し合わせ
ておいた時間になった。
小窓を締め、息を潜め、耳を澄ます。
程なく、けたたましい警報が周囲に鳴り響いた。
少し遅れて、慌ただしく走るいくつもの足音が、俺の真下を抜けてエレベーターに殺到する。
03の手による陽動は、どうやら予定通りに始まったらしい。
ビャクヤの立てた作戦はこうだった。
まず、ビャクヤが先行して地下施設へ侵入を試みる。
ビャクヤが障害を排除し終える時間が経過した後、続いて俺が潜入する。
俺が地下施設まで入り込めるだけの時間が経過した後、03が地上で派手に暴れ、警戒を上に集める。
単純な陽動作戦のようだが、先陣を切ったビャクヤの仕事はかなり難しいものだった。
まず、ゲートの見張りを殺害する。
ただし、他の一般警備員によって死体が見つかれば騒ぎになるし、死体を隠せば不在を怪しんで警戒される。
だからこそあの警備員達は、遠目には死体だと判らないようにし、その場で警備を続けているように見せかける必要があっ
たんだ。
それで、後から通過した俺が死体を片付ける。
陽動が実行された直後に、地下から上がったヤツらが警備員の死体を見つければ、既に地下に侵入している事に気付かれて
しまう。
俺が通るのは騒ぎが起こる直前になるので、通りかかった者が警備の不在に気付いても、さほど怪しまれないだろうという
のが03の見解だった。
話を戻すが、一階での細工を終えたビャクヤは、次いで片方の警備員から奪ったIDカードを使い、エレベーターで地下へ潜
入して、ホール周辺の警備を一掃する。
今度は相当な人数が居る。その上、首尾良く始末した後、死体を全て隠す必要がある。
死体や痕跡が残っていれば、既に侵入した者が居ると気付かれて、上の階の陽動には間違いなく引っかかってくれないからだ。
ビャクヤには負担をかけたけれど、これらの工作によって、俺はすんなり地下へ侵入できた。
今現在、工場内一階では03が派手に暴れて、警備を引き付け始めてくれている。
ついでに、上手く仲間と接触できれば、03が説得して味方に引き込む。
爆弾を摘出しているという、何よりの説得材料がある事だし、会うことさえできれば、説得そのものは難しくないだろう。
…ただし、俺達と接触しているミストとカグラについては、確実に俺達の奇襲だと見破ってくるはず…。
陽動でも、全戦力を地上に追い出せる訳じゃ無い。
潜入した俺とビャクヤも、激しい交戦は覚悟しなければならないだろう。
本来なら、潜入組の二人は途中まで一緒に行動すれば、ビャクヤの負担は減っただろう。
が、ビャクヤ一人の方が隠密行動に向いていたのと、万が一発見された場合、もう一方が別行動をしていれば、目を欺ける
可能性が高い事から、このスタイルでの奇襲になった。
他にも、推測される状況の変化に応じて、何通りものプランが練られている。
プランの変更タイミングと内容は、ビャクヤから送られる合図で判る。
俺と03はその合図を確認し次第、確実にプランを実行するだけだ。
…ついでに言えば、施設内に詳しい03がビャクヤと共に潜入した方が効率的だった。
だが、そこは無理を言って、俺とビャクヤの二人にして貰った。
足が速い俺ならば、脱出の際に有利である事が主張の根拠だったが、…実際には、何よりも、この手でフォウを助け出して
やりたかったからだ。
下を行き交う慌しい足音が落ち着き始めたのを見計らって、俺は天井裏を静かに這い進み始めた。
…フォウ…、必ず連れ帰る…。
そしていつか、もう一度…、あの夕陽を二人で眺めるんだ…!
慎重に、静かに、天井裏を這いずって進んだ俺は、通気口から見下ろしたある廊下に、獣臭や排泄物等の匂いを嗅ぎ取った。
鋭敏化させた視力で床を観察すると、床には何らかの獣の被毛が何本か落ちているのが見える。
廊下は真っ直ぐで、長さは15メートルほど。
一方は行き止まりで、もう一方は電子ロックのゲートで塞がれている。
幅3メートル程度の廊下の両側には、それぞれ3つ、計6つのドアがある。
鉄そのものの色をした鉄製の扉で、目の高さに鉄格子付きの小窓と、足下に細長い、郵便受けのような穴が空いていた。
頭の中に叩き込んだ見取り図から、今居る真下がチェンバーと呼ばれている設備だと目星を付けた。
03の話によれば、チェンバーとはつまり、まだ調整が終わっていない、造り変えられている途中の人造ライカンスロープ
が入れられている独房群だ。
この施設には調整中の者が、何人か捕らえられていると聞いている。
もちろん、彼らを救出するのも、今回の目的の一つだ。
見張りは…、ゲートの向こうに二人。どっちも人間だな…。
天井裏を這い進み、ゲートの上を越した俺は、両手の爪を硬質化させ、自分の真下を素早く切り抜いた。
「ぐぇっ!」
自重で落下した天井と俺の下敷きになり、見張りの一人が潰れたカエルのような声を漏らす。
素早く向けた視線の先、僅か2メートルの位置で、もう一人の男は驚愕の表情を浮かべながらも、懐から黒光りする鉄の塊
を引き抜いていた。
…拳銃…!
着地直後で体勢が整っていない。先手を取るのは無理だ。
眼球のサッケード運動、そして受容体のキャンセル速度を上げ、脳を高速戦闘に対応させる。
瞬時に鋭敏化し、亜音速移動にも対応できるようになった俺の眼球は、男が銃を構える様子を、スローモーションで捉える。
銃口の向き、引き金を引く指の動き、男の視線…。
銃声と同時に、俺は首を捻り、放たれた弾丸の射線から眉間を逸らす。
黒い残像の線を描いた弾丸は、俺の頬を深々と抉って、背後の壁に穴を穿った。
抉れた頬から散った血が床に達する前に、手に力を込める。
覚悟は、既に決めて来た。
…殺すも止む無し…!
痛みは無視。即座に身を乗り出して、素早く腕を突き出す。
天井を切り裂いた、硬質化したままの爪が、殆ど抵抗を感じさせず、男の胸に潜り込んだ。
指が根本まで胸に埋没して、背中から爪が飛び出す。
全てがスローモーションの中で、肺と心臓を貫かれた男は、口から赤黒い血を吐き出し、俺にもたれ掛かった。
惰性で脈打つ鼓動が弱まって行くのと、男の体が人狼の呪いに支配されるのを感じ取る。
この時が、初めてだった。
明確な殺意と、自分自身の意志を持って、誰かを殺めたのは…。
込み上げる吐き気と、押し潰されそうな罪悪感…。
けれど、フォウを助け出すという使命感と、胸の奥で「立ち止まるな」と燃え盛る銀の炎が、後悔に膝を折る事を許さなか
った。
後悔なんて、生きてさえいればいつだってできる。
今はただ、進むだけだ…。
激しく鳴り響く警報の中、カースオブウルブスが発動し、魂を亡骸に縛り付けられた男を床に横たえた俺は、呪いを解除し、
死なせてやった。
奪ったカードでゲートを開け、素早く廊下に入り込み、天井からぶら下がっている監視カメラを、これもまた奪った拳銃で
破壊する。
銃弾を避けるのも、銃を扱うのも今回が初めてだが、ビャクヤに教えられたとおり、ライカンスロープの優れた視覚と空間
把握能力を駆使すれば、そう難しい事じゃなかった。
音速に至る事ができるようになったとは言っても、それはあくまでも最高速度の話だ。
静止状態から銃弾よりも速く動くのは、今の俺には不可能な芸当…。
しかし、撃つタイミングと射線を確認できれば、避けるぐらいはなんとかなる。
拳銃をベルトの背中側、尻尾の上辺りに挿し、手近なドアを覗き込む。…ここは空っぽか…。
二つ目の部屋を覗き込んでも、またもや空っぽ。
…もしかして、もうどこかに移されたのか?
不安を覚えながら三つ目のドアを覗き込むと、部屋の奥で毛布にくるまってカタカタと震えている、角のない鹿の姿が目に
入った。
「おい!あんた、大丈夫か!?」
人間の顔の高さにある格子から中を覗き込み、俺は声をかける。
ビクリと身を竦ませ、瞳に怯えの色を浮かべてこちらを見た鹿のライカンスロープは、恐らく女性なんだろう、毛布から覗
く胸元に双丘が見て取れた。
瞳に格子窓越しに覗き込んでいる俺の顔を映して、小さく「ひっ!」と声を上げた鹿に言葉を重ねる。
「落ち着いて!俺は味方…、あんた達を助けに来たんだ!すぐ出してやるから、ちょっと待っててくれ!」
鉄製の扉から距離を取り、脚力と骨格強度を最大限に強化する。
「…ドアをブチ破るから、正面には立たないでくれよ?良いな?」
太ももが筋肉で膨れあがり、岩をも蹴り砕く脚ができあがる。
助走距離は3メートルも取れないが、なんとかなるだろう。
「しっ!」
鋭く息を吐き、大きくステップして加速と体重を乗せた蹴りが、分厚い鉄の扉を、蝶番ごと部屋の中に蹴り飛ばした。
「ほ、本当に…、本当に助かるの!?」
「ああ。もう仲間達も行動を開始してる」
鹿のライカンスロープの女性に俺が頷き返すと、横合いから大柄な牛が、鼻息も荒く話しに加わってきた。
「もちろん手伝うぜ!あの研究員の奴ら…、俺達を好き勝手に弄り回しやがって!」
緑の鱗に包まれたワニも、獰猛な表情で頷く。
「たっぷりお礼をしてやらないとな…!」
調整中とはいえ、彼らの身体はもうライカンスロープ化している。
銃で武装した人間が相手でも、そう簡単には負けはしない。
この比較的早い段階で救出に成功するとは思っていなかったけど、これは好都合だ!
開放したばかりの心強い仲間を連れ、俺は貨物搬入用エレベーターの確保の為、移動を開始した。
見張りを始末し、物資運搬用の貨物エレベーターの確保に成功した俺は、解放した三人を手招きし、巨大な檻を思わせる、
格子に囲まれたエレベーターを指し示した。
「一階では、俺の仲間のゼロサンっていう猪が陽動をしてる。元は相麻に従わされていたんだけれど、今は見限って、相麻潰
しに協力してくれている。彼に合流して、手伝って…、つまり、派手に暴れてやってくれないか?」
俺の言葉に、牛はニヤリと笑って頷き、力瘤を作って見せた。
「俺と仲間は、今夜、この工場を完全に壊滅させる。こっちにはそれだけの戦力があるんだ」
俺達の実人数を言ったら、ビャクヤの力を知らない彼らは不安になるだけだ。
騙すようで気が引けるが、ここは肝心な所をぼかして言っておこう…。
「それじゃあ、頼むよ」
「待って!」
全員がケージに入ったのを確認し、エレベーターを起動しようとしたところで、鹿の女性が俺に声をかけた。
「あの…。助けてくれて、ありがとう…。キミも、どうか無事で…」
祈るように胸の前で手を合わせた鹿さんに、俺は口の端を上げながら親指を立て、余裕の笑みで応じた。
「ああ!心配要らない、すぐに片付けて合流するよ!」
床がせり上がり、三人の姿が消えた後、俺は踵を返して走り出した。
…フォウ…。次こそあんたを見つけるからな…!あとちょっとだけ待っていてくれ!
前方で並び、膝立ちになって一斉に発砲して来た男達に対し、俺は床を蹴り、スピードを落とさないまま壁を駆け、一瞬で
詰め寄った。
十分にスピードが乗っていれば、短時間なら加速と遠心力で壁や天井に吸い付いて走る事ができる。
天井を蹴り、度肝を抜かれている男達の真っ只中に、きりもみ回転しながら突っ込む。
俺が男達の間を抜け、床を滑って着地し、速度を緩めずに駆け出した時には、纏めて吹き飛んだ男達の生首は、まだ跳ね上
がったまま天井付近を彷徨っている。
銀の被毛をなびかせ、廊下を疾走しながら思う。
自分でも驚くほどに、「殺す」という行為に対する躊躇は無くなった。
…覚悟を決め、一人殺めた事で、俺は完全な人狼になりつつあるんだろう。
でも、哀しいとは思わない。
もう、人狼になる事に恐れも感じない。
何があっても、仲間と共に生き抜くと決めたんだ。
その為に敵を屠る事が必要なら、俺はもう躊躇わない!
再び天井裏にもぐりこみ、壁やゲートを無視して移動しながら、俺は頭の中の見取り図と現在地を照合する。
…この真下はたぶんラボだな…。フォウが居る可能性はそれほど高くないが…。
少し迷った末、俺は天井をぶち抜くことに決めた。
フォウが居る可能性が最も高い場所、つまり独房群まで移動してから戻ると、かなりのタイムロスになる。
可能性がある以上、ここを確認してから移動するべきだろう。
掲げた爪を、日本刀のように硬く、薄く、鋭く硬質化させる。
バターでも切り裂くようにあっさりと天井を切り裂き、俺はラボの床に降り立った。
「な、何だ!?」
「ライカンスロープ!?」
警報が鳴り続けているというのに、ラボにはまだ研究員が残っていた。
白衣の男達は俺を目にし、恐慌状態に陥る。
ライカンスロープなんて、見慣れて、弄り慣れているんじゃないのか?
それとも、爆弾を取り付けていないライカンスロープと、ガラスも隔てずに向き合うのは今が初めてか?
俺はそれらの問いを発する事無く、静かに、速やかに、殺戮を終えた。
床に倒れ伏した研究員達の、真っ白だった白衣は朱に染まり、リノリウムの清潔な床は、真っ赤な血液で汚される。
命を弄ぶ者達。こいつらは、たぶん俺なんかよりもずっと頭が良く、俺がどう頑張っても行けないようなハイレベルな大学
を出て、この大企業に入ったんだろう。
…そんなに頭が良いのに…、どうして…、して良い事といけない事、するべき事とするべきじゃない事の区別がつかないん
だよ…!?
理解できず、苛立ちすら感じながら、俺はラボの中を見回した。
廊下に通じる方とは別に、もう一つドアがある。
目の高さに小さな窓が空いていて、中を覗けるようになっているけど…。
このドアは他のよりもずっと分厚い、凄く厳重なものになっている。実験室か何かか?
傍に寄り、中を覗き込んだ俺は、思わず声を上げていた。
「フォウ!?」
後ろ手に手錠を嵌められ、何やら大掛かりな機械の上にうつ伏せに寝かされたフォウは、一糸纏わぬ人間の姿だった。
幸い、ドアは施錠されていなかった。横のパネルのボタンを押しただけで、プシュッと音を立てて、すんなり開く。
「フォウ!無事か!?」
機械はどうやらMRIか何かみたいだ。
たぶん爆弾の有無を検査されていたんだろうフォウは、猿轡を噛まされた顔を向け、俺を見て目を丸くした。
「ちょっと我慢しててくれ、今自由にしてやるから…」
手錠を破壊し、猿轡を解いてやると、フォウは開口一番、
「ヨルヒコ!?何故君が此処に居る!?」
と、驚きを隠せずに目を丸くした。
「詳しい事情は途中で話す。とにかく…」
俺は、居てもたってもいられず、フォウの体を抱き締めた。
フォウは戸惑っているように、自分を抱き締める俺の耳元で、小さく呟いた。
「よ、ヨルヒコ…?」
フォウの匂いを嗅ぎ、その華奢な体の感触を感じながら、俺は安堵の囁きを漏らした。
「フォウ…。良かった…。本当に、無事で良かった…!」
「ヨルヒコ…。…くすぐったい…よ…」
フォウのか細い、しなやかな腕が、俺の毛むくじゃらの首に、そっと回った…。
抱き合った身体が、互いの鼓動と呼吸で小さく震える。
ようやく安心しながら、俺ははたと気がついた。
…フォウ…、裸だ…!