FILE18
「そうか…。奇襲作戦を…」
俺から状況説明を聞いたフォウは、理解を示して頷いた。
…なんか…、さっき裸のフォウに抱き付いたせいか…、体が火照って、顔が見辛い…!
酷い事をされているんじゃないかと心配していたけど、どうやら、大丈夫みたいだ。
ついさっき、CTなんかでの検査を始められたばかりだったらしい。
今のフォウは、ライカンスロープとしての姿…、美しい桃色の猫の姿を取っている。
「万全とは行かないが、大人しく脱出のチャンスを窺っていたおかげで、力も七割方は戻った」
検査台の上に座り、手を握ったり開いたりして感触を確かめたフォウは、ふっと微笑を浮かべた。
「…諦めないで、信じてみる物だな…。希望というヤツは…」
「…だな…」
安堵からか、柔らかい微笑を浮かべたフォウは、あまりにも美しくて…。
思わず見とれてしまった俺は、ただ頷くことしかできなかった…。
「作戦は、何処まで進行している?」
フォウは表情を引き締め、俺に尋ねて来た。
「チェンバーは開放した。あとはあんた達の仲間を説得して味方につけて、この施設をぶっ壊すだけだ」
「そうか。だが、恐らく私の同僚達は地下には居ない」
フォウはそう言いながらドアに向かって歩き出す。
「警報が鳴っているにも関わらず、傭兵も、人造ライカンスロープもこのラボに駆けつけない。ほぼ全員、上に行っているの
だろう」
…となると、だ…。俺はビャクヤと合流するべきか?
それとも、一度上まで戻って、03と合流するべきだろうか?
少し迷った後、俺は地上へ向かう事にした。
ビャクヤからの合図はまだ無い。
その状況で俺の役目が終わった場合は、地上の03と合流し、陽動から殲滅へと役目を切り替える事になっている。
それに、カグラとミストが揃って地上に向かったなら、03一人と、素人の調整中ライカンスロープの皆じゃ荷が重い。
フォウと03の同僚達が味方になってくれているなら、まだ判らないけれど…。
「地上へ戻る。03と合流して、地上部分の殲滅作戦に協力しよう」
俺の宣言を聞き、頷きながらドアを開けたフォウは、ピタリと動きを止める。
訝しく思って、ドアの向こうを覗き込んだ俺は、息を飲んで全身の毛を逆立てた。
「…カグラ…!」
「名前を覚えて貰っていたとは、光栄だなぁ」
狐のライカンスロープ、カグラは、薄く開いた口からずらりと並んだ牙を見せ、ニヤリと笑った。
ラボに一つしかない出入り口の脇で、壁に背を預けて腕組みし、狐独特のふさふさした尻尾をゆらゆらと動かしている。
油断しきっているような、無防備な格好だが、こいつの能力は狐火…、瞬時に遠隔発火する能力だ。
手の動きと精神集中だけで発動する狐火は、放つまで身構える必要すら無い。
その威力は目の当たりにして嫌というほど知っている。
直撃を受けた03を一撃で行動不能にしてしまう程の危険なものだ。
フォウの肩に手をかけ、後方に押しやって部屋の中に引っ込めながら、俺はカグラへと突進した。
「ははっ!」
どこか楽しげな、そして小馬鹿にするような笑みを浮かべ、カグラは腕を伸ばし、パチンと指を鳴らす。
横に跳んだ俺の肩が、宙に突然出現した炎にあぶられる。
立て続けに炎の華が咲き、周囲のパソコンやら機材やらが燃え上がるが、狐はまったくお構いなしで、次々と発火現象を引
き起こしてゆく。
発火から消滅は一瞬だが、それが連続して生まれた熱を感知して、スプリンクラーが作動する。
周囲に水が降り注ぐ中、俺は障害物の多い室内を転げ回り、狐火を避け続ける。
確かに強力だが、狐火の欠点は消耗の大きさにある。…って、ビャクヤから聞いた。
いつまでも撃ち続けられる物じゃない。避け続ければやがて消耗し、威力も落ちる。
だが、カグラもそれは十分に理解しているんだろう。
立て続けに産み出される炎は、小規模、かつ一瞬で消えるものばかりで、出力をセーブしているのが解る。
おそらく、一発軽いのを当てて俺の動きを鈍らせ、大火力の狐火を使うつもりなんだ。
俺が格上のカグラ相手に、この狭い部屋で戦うのなら、ヤツが消耗するまで俺が逃げ切れるか、それとも先に俺が捕まって
黒こげにされるか、そんな勝負に出るしかない。
もちろん、俺一人だったなら、だ。
数発目の狐火を、床に伏せてかわした俺の頭上を、高速で何かが飛び過ぎた。
「むっ!?」
素早く横にステップしたカグラの横の壁に、氷の礫が当たって砕けた。
氷柱のような形状の鋭い氷の礫を投擲し、俺を援護したのは、後方に控えたフォウだ。
スプリンクラーの水を能力で凍らせ、武器として活用しつつ、フォウは俺と距離を離して、別の方向からカグラに迫る。
「ちぃっ!雑魚共がうざってぇ!」
カグラは舌打ちをしながら、両手を前に翳した。
来る!でかい狐火だ!
俺はスチールデスクを軽く蹴って浮かせ、サイドキックでカグラめがけて蹴り飛ばした。
目隠しプラス巨大砲弾。さすがにこれは無視できず、カグラは慌てて身を伏せる。俺の期待通りに。
スチールデスクが壁に激突し、騒々しい音を立てて砕ける。
顔を上げたカグラの眼前には、白い冷気を放つ、フォウの手が迫っている。
さっすが!良い判断だ、フォウ!
俺の行動を見越してくれていたフォウは、スチールデスクが飛ぶと同時に間合いを詰め、カグラが体勢を整える前に急襲し
ていた。
「ちぃっ!」
フォウの手に背を掠られ、霜を張り付けられながらも、カグラは床を転がって氷漬けにされるのを避ける。
そこへ、フォウは床上を滑るように詰め寄り、冷気を発する腕を振るう。
接近戦でこそ真価を発揮するフォウと、遠中距離戦に適したカグラ。
冷気と火炎…、能力も正反対なら、得意な間合いも正反対だ。
振るわれた腕から跳んで逃げたカグラは、着地を待たずに宙で、フォウに向かって手を突き出す。
俺はそれを見ながら、すでに感覚を高速戦闘用に切り替え、弾丸のように飛び出していた。
宙を跳んで迫る俺と、跳躍すべく身を屈めているフォウ。
どちらに対応するべきか、カグラは一瞬迷いを見せた。
カグラの迷いに、フォウの仕草がさらに拍車をかける。
フォウは手を伸ばし、ある一方を指し示した。
それは俺に対しての指示だったが、カグラはフォウが何らかの攻撃を仕掛けようとしていると考えたのか、彼女を優先目標
に決めた。
傷が修復できなくなる俺の一撃よりも、必殺の能力を持つフォウを優先する…。
一見正しいその判断が、実は大間違いだとは気付かないまま。
フォウは後方へステップしながら、素早く腕を振るった。
投擲された鋭い氷柱が、カグラの腕に突き刺さる。
痛みで、カグラの集中が微かに乱れ、一瞬だけ狐火の発動が遅れた。
それだけで、俺には十分だった。
フォウを狙った狐火が発動するより先に、間合いを詰める事に成功した俺は、カグラの首を鷲掴みにし、引き付けながらそ
の脇腹に膝を叩き込んだ。
あばらが粉砕される感触と、内臓が潰れる手応え。
大きく開いたカグラの口から声が漏れるより速く、俺はヤツの首を引き寄せて位置を替える。
そして、素早く回転しつつ放った回し蹴りで、先程フォウが指し示した方向へ吹き飛ばした。
人狼の持ち味である脚力は、近接肉弾戦で強力な武器になる。
ビャクヤに骨の髄まで叩き込まれた近接格闘の技術は、不安定な体勢からでも身体が自然に繰り出してくれる。
俺が蹴り飛ばしたカグラは、フォウが捕らえられていた部屋に続く、開いたままのドアの向こうに、弾丸のように吹き飛ん
でいった。
ここまでは、カグラがフォウの攻撃を逃れて宙に跳んでからの、ほんの一瞬の事だ。
着地する俺の傍らを、フォウが素早く駆け抜ける。
この時、隣の部屋の機械に激突したカグラが、騒々しい音を立ててダウンした。
桃色の猫は素早くキーを操作してドアを閉じると、
「凍れっ!」
スプリンクラーでびしょ濡れになったドアに両手を当て、凍結させた。
白く輝くドアの前で、フォウはドアに手を着けたまま動かない。
俺がその脇に駆け寄ったと同時に、ズンッと、部屋が震動した。
「…何だ…?」
「狐火でドアを溶かそうとしたのだろう…」
そう言うと、フォウはドアから手を放し、ふう、と大きく息を吐いた。
「ヤツの敗因は、この部屋で私達を相手にした事だな」
「敗因?」
ドアの向こうを警戒したまま尋ねた俺の肩を、フォウはポンと叩いた。
「ああ。私達の勝ちだ」
意味が解らず、目を何度もしばたかせた俺に、フォウは笑いかけた。
「狐火も炎である事に変わりはない。炎が燃えるには酸素が必要だ」
「…へ?」
俺は意味が判らず、間抜けな声を上げる。
俺を残してドアから離れ、フォウは生き残っていたモニターに、隣室の監視カメラの画像を呼び出す。
隣室のドアの前を見下ろす視点の画像、その中に、床に俯せに倒れた狐の姿があった。
カグラは喉を押さえたまま、ピクリとも動かない。
「援護に割って入る前に、スプリンクラーの水を利用して壁一面を氷漬けにしておいた。ドアを凍らせて密閉させてやれば…」
「あ…!」
やっと解った。カグラが、自滅したんだという事が。
「密閉空間で思いっきり狐火を使えば…、酸素がなくなる…!?」
確認する俺に、フォウはこくりと頷いた。
「そういう事だ。いかに強力な能力であろうと、長所と短所をわきまえねば、自分を傷つける諸刃の剣になる。…今更だが、
ビャクヤの言うことはいちいち正しいな」
カグラはつまり、自分が密閉された空間に閉じ込められた事に気付かず、狐火で室内の酸素を燃やし尽くしてしまったんだ。
いかに俺達ライカンスロープでも、酸素を吸って活動するという点では、他のまっとうな生き物達と変わりない。
カグラは強力無比なはずの自分の能力で、自分が必要とする酸素まで燃やし尽くし、文字通り自滅したんだ。
恐らく、こんな落とし穴が自分の力に潜んでいるとは思いもせず、過信して…。
「素手で破ろうとは、思わなかったのかな?」
「ライカンスロープを研究する為に設けられている部屋の扉が、そう簡単に破れると?」
「あ、そ、そうか…」
自分の頭の回転の悪さに苦笑いした俺に、フォウは続ける。
「部屋の中の酸素を燃やし尽くす程の狐火。それを数発もぶつけられればドアも融解させられただろうが…、いかんせん、一
発で酸素は消費し尽くされた。冷静に状況を見られていたなら、展開はまた違っていただろうが…。短絡的で直情的だからな、
カグラは」
言われて見れば、確かにカグラには直情傾向があったかもしれない。
反面、ミストの方は丁寧な物腰と言葉遣い、そして強烈な殺気という二面性のせいで、何を考えているか読み辛いけれど…。
俺はすっかり感心し、フォウを見つめた。
スプリンクラーの水をそういう形で利用した事。
場所と相手の性質を見極める目。
敵地での闘争の最中に、そんな柔軟な発想ができる明晰な頭脳…。
確かに、結果的にはカグラの自滅という形になったけど、そこに追い込むまでの手際に、俺はすっかり感じ入ってしまった。
「さあ、征くとしよう」
見惚れてしまいそうな笑みを浮かべたフォウに、俺は少しぼーっとしながら頷いた。
…しっかりしろ!まだ作戦が終わった訳じゃないんだぞヨルヒコ!
「出口は…」
「こっちだ」
立ち止まって頭の中の地図をチェックし、分岐路を確認していた俺の横を、フォウが追い抜いた。
考えても見れば、フォウの方がこの施設の内情に詳しい。俺が案内するよりスムーズに脱出できるか…。
…助けに来たっていうのに、最後までリードして逃げられないのが、少々情けないが…。
「もうすぐ貨物エレベーターだ」
先を行くフォウが呟いた瞬間、足下を、壁を震動させる、強烈な咆吼が響き渡った。
「ビャクヤの合図だ!」
白犬の遠吠えが終わる前に、俺は声を上げていた。
今の咆吼は、作戦のシフトを意味する合図だ。
「「破壊準備完了、地上へ待避せよ」だってさ!」
兄の声を耳にして勇気付けられた俺は、声の意味をフォウに伝え、逸る気持ちを抑えきれないまま、
「オオオオオオオォォォン!!!」
遠吠えで返事をし、ビャクヤに了解の旨を伝えた。
どうだ相麻!俺達の勝ちだ!
「やっと地上に出られるな…」
安堵したように言ったフォウは、貨物エレベーターのある広い部屋に踏み行った途端、全身の毛を逆立てて急停止した。
すぐ斜め後ろを走ってきた俺も、彼女とほとんど同時にソレに気付き、急制動をかけている。
エレベーターの前で腕組みし、静かに目を閉じて立っているのは…。
『…ミスト…!』
俺とフォウが異口同音に呟く。
まるで俺達を待ち構えていたように佇む赤い虎は、ゆっくりと目を開けた。
「敵ながら鮮やかな奇襲ですね…。相麻配下の烏合の衆では、こうは行きません…」
どこか楽しげに、しかし凶暴な光で両目をギラつかせ、ミストは獰猛な笑みを浮かべた。
…こいつと出くわす事も、想定していなかった訳じゃない。万全じゃないが、勿論、対策は考えてある。
こいつと出くわした場合の選択肢は、たった一つ…!
「ルオオオオオオオォォォッ!!!」
俺は放射範囲を前方に絞った呪縛の咆吼を放ち、ミストの動きを僅かに停滞させた。
一瞬のアドバンテージを無駄にせず、フォウの腰の辺りを捕まえて後方へ跳ぶ。
微かに動きが鈍ったミストの腕が水平に薙ぎ払われ、一瞬前まで俺とフォウが立っていた床が、ずたずたに切り刻まれた。
真空波。それがこの恐るべき赤虎の能力の正体だ。
ただでさえ、ビャクヤと真っ向からやり合えるような格闘能力を持っているミストに、不可視の刃を放つこの能力がついて
るのは、はっきり言わせて貰うなら反則だ。
逃げ回る。それが用意していた対策だ。
情けないと思われるかもしれないが、ビャクヤと凌ぎを削るようなバケモノと真っ向から戦えばどうなるか、結果は火を見
るより明らかだ。
なぶり殺しにされるか、瞬殺されるか、どうひいき目に見てもデッド・オア・デッド。
今度ばかりは俺の中で燃える銀色の炎、つまり人狼の本能も、逃げる事に抗議はしない。
フォウを抱きかかえたまま着地し、彼女を放す。
左右に別れるように同時に跳んだ直後、俺達が居た場所を、キンッと音を立て、真空の刃が駆け抜けた。
「良い動きです。が、遊んでいる暇はあまり無いのでね…」
笑みを顔に張り付けたまま呟いたミストは、両手を大きく広げた。
「手早く済ませます。あのおデブさんも来ているのでしょう?」
「さて、そう簡単に行くかな?」
「ビャクヤをおデブとか呼ぶな!」
口々に応じるフォウと俺。
「それと、一つ忠告だ。格下だからって甘く見てると、足元掬われるかもしれないぜ?」
ニヤリと笑った俺の足下にある物に気付き、ミストは僅かに目を細める。
爪先で軽く浮かせ、その上に器用に乗せた俺は、金属の砲弾としてソレを蹴り放った。
赤い砲弾となって飛んだのは、壁際に備え付けられていた消火器だ。
ミストは真空の刃で撃墜はせず、身を捻って消火器を避ける。…が…!
ガギャンッと激しい金属音。
貨物エレベーター脇、床を洗い流すためのホースがつながれた水道の蛇口。
そこに激突して破損した消火器が、勢いよく白い煙を吐き出し、同じく壊れた蛇口が水を噴き上げる。
噴出した大量の水が、床を滑るように進んで覆う。
ぶちまけられた消火剤が宙に舞い、部屋の空気を薄く染める。
「良い機転です。私が斬り落とせば、確かに目くらましにはなったでしょうが…、残念でしたね」
つまらなそうに呟いたミストは、俺めがけて横薙ぎに腕を振るう。
不可視の刃が宙を走る、が…!
「見えてるぞっ!」
部屋中に薄く立ちこめる消火剤を裂き、高速で飛来する真空刃を、俺の瞳ははっきりと確認する。
四つん這いになり、べたっと床に伏せた俺の背を掠め、三日月形の真空刃が飛び過ぎた。
ぶちまけた消火剤は、目くらましが目的だったわけじゃない。
ミストが放つ真空の刃を見えるようにするのが、本当の狙いだ。
素早く身を捌いてかわした俺は、水で一面が濡れ始めた床に手をついているフォウの姿を、視界の隅で捉える。
フォウが手をついている場所から、床の表面を覆った水が凍結してゆく。
水を伝播してゆく超低温は、立ち込めた消火剤の粉塵に紛れ、視認し辛い。
しかし、水が凍り付いていく微かな音に気付いたのだろう、ミストはちらりとフォウに視線を向け、跳躍して逃れようと身
を屈める。
「オオオオオォォッ!」
タイミングを計り、俺が放った呪縛の咆吼は、ミストの跳躍を一瞬遅らせた。
瞬きする間にも等しいほんの一瞬、たったコンマ数秒の停滞、それでも十分な妨害だ。
「むう…!?」
赤虎は自分の足を見下ろし、動かない事に気付いて舌打ちした。
ミストの足下に到達した冷気は、足裏を床に貼り付け、足首までを氷漬けにしていた。
直接手で接触したわけじゃないので、本来の威力には遠く及ばないが、それでもフォウの能力は、ミストの足を完全に止めた。
「退却だフォウ!他の出口を!」
叫んだ俺に小さく頷き、フォウはミストから目を離さないまま後退する。
足を止めたと言っても、あっちには飛び道具があるからな、うかつに背中を向けたらバッサリだ…。
後ろ向きに、しかし大急ぎで出口に向かった俺とフォウは、突然背後で響いた重々しい音に動きを止めた。
「…しまった…!遮断壁が…!」
ちらりと背後に視線を送ったフォウが、愕然として呟く。
見れば、俺達が入って来た入り口に、扉…というか分厚い一枚鉄板が下りている。
「退いて!ブチ破る!」
ミストの様子を窺い、軽くステップして体重を乗せた俺は、渾身の力を込めて扉にヤクザキックをお見舞いした。
…が、鉛色のその扉はガァン!というけたたましい音と共に少しヘコミが付いただけ。逆に俺の足が痛くなる…!
「い、いっつ!何だコレ!?」
爪先から膝までが、異様な感じで反射した衝撃で痺れている。
「無理だヨルヒコ…!この遮断壁は、防災のためだけでなく、ライカンスロープの逃亡防止用でもある…!そう簡単には破れ
ない…!」
フォウは目を細めて腰を落とし、しなやかな尻尾を左右に揺らし始めた。飛び掛る機会を窺うネコのように。
見れば、低く笑っているミストの足元で、氷が融け始めている。
体温を上げて、凍らされた足を内側から溶かしているんだ。
肉体のポテンシャルの差なのか、それとも血の支配が俺よりも上手なせいなのか、俺が試した時よりも数倍速い!
「残念でしたね…。ここを逃走経路に使われる事は、人間共も重々承知しています。緊急隔壁が作動するまで随分とかかりま
したが…。あぁ、あのおデブさんの仕業ですか…」
「だからビャクヤをデブって呼ぶな!」
「生き残っていた施設の監視員が操作したのか…!」
どうする…!?扉は無理でも、壁ならなんとかなるか?
…いや、この回りは通路とエレベーターを除けば、別の空間に隣接してない。
ミストの目を盗んで壁を破壊しても、そこは土の中だ…!
俺は、腹をくくる事にした。
俺達がどんな状況にあるか察したフォウは、さっきいち早く臨戦態勢に入った。
…つまり、やりあうしか無いって事か…。
ビャクヤと真っ向から戦うだけの力を秘めた、この赤虎と…!