第八話
「困った」
大牛は鉛筆を噛みながら、椅子の背もたれをギシッと鳴らしてふんぞり返った。
咥えた鉛筆をピコピコと動かしている大牛を、同室の人間男子が、柔軟運動で体をほぐしながら眺める。
「何がだい?ウシオ」
「それがなぁ…。件の万引き、ここ一週間ほど動きが目立たん。見回りの効果があったようで…」
「それは良い事だ。…なのにどうして困るんだ?」
いがぐり頭の男子生徒がべたっと床に這い、土の字を作っているのを振り返って眺めながら、大牛は心底困ったと言わんば
かりに眉根を寄せた。
「それが、そう単純に収まったという訳でもなくてな…。ワシらが把握しとらんだけで、万引きそのものはまだ続いとるよう
だ。…ここだけの話、万引きグループが動く時間帯を変えて、午後八時から十時頃を中心に活動しとるんじゃないかと思う…」
「…パトロールの効果っていうか…、パトロールを避けた時間で犯行をするようになったって事かい?」
「その通り。陽明側で調べた被害報告を見るに、少しペースダウンしとるだけのようだ。だとすれば見回りも殆ど効果は無い。
ワシらの活動時間も無制限に延ばせるわけでもない。カバーできん時間帯は当然ある。…まぁ少なくとも、時間から見て犯人
が寮生の線はぐっと薄くなったが…」
大牛は唐突に言葉を切ると、ルームメイトの顔を見つめた。
人の良さそうな顔が引き締まり、厳しい光を称えた瞳が大牛の顔を映している。
「…どうして…、陽明が資料なんか集めているんだ…?」
緊張すらしているようなその表情を見て、大牛は失言に気付いた。
他にないほど気を許している相手だったからこそ、伏せておくべき事までうっかり口にしてしまっていた。
「万引きの被害は川のこっち側だけって言っていたじゃないか!何で陽明が…」
体を起こして詰め寄った男子は、ハッと何かに気付いたように、表情を消した。
「吾妻秀司(あがつましゅうじ)…」
ぽつりと試しに投げつけてみたその囁き声に反応し、大牛の目に走った僅かな動揺を、少年は見逃さなかった。
「やっぱりそうなんだな!?彼が絡んでいるから、だから最近ムキになって…!」
「ち、違うイワクニ!ちょっと落ち着かんか!」
大牛は慌てて首を横に振り、掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出してきた少年を押し止める。
「ムキになっとるつもりは無かったのだが…、もしもそう映っていたとしたら、ヤツとは関係のない事でだ」
「嘘つくな!もう誤魔化しなんかしないって、あの件で約束しただろう!」
「おわっ!?た、頼むから落ち着いてくれぃ!」
自分の半分も無い人間男子に腕を掴まれ、大牛は慌てに慌てながら耳を倒し、やがて…、
「わ、判った。判ったから…、だからもう、そんな顔は止めてくれ…」
物凄い剣幕の男子に圧倒され、観念してしぶしぶ口を割った。
「件の万引き事件で容疑がかかっとる生徒の一人が、実は…シゲと同室のマガキ…判るだろう?アイツの友達らしくてだな…」
気に入っている後輩の友人とはいえ、もしも事件に絡んでいるようなら、立場上は見逃せない。
さらには、大牛個人で調べたところ、見た限りはどうにも万引きなどするような生徒にも思えなかった。
疑問と疑惑がせめぎ合っているが故に調べれば調べるほど落ち着かない気分になり、葛藤しながらついついのめり込んでし
まったのだと、大牛は説明する。
ひとまずそれで納得がいったのか、普段の落ち着きを取り戻した少年は、しかし今度は深刻な顔つきになっていた。
「…けれど、もしもその子が本当に万引き常習犯なら…」
「判っとる。その時は下手に庇う事はせん。…団長は絶対に、赦しはせんだろうからな…」
重々しく呟く大牛の言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようでもあった。
そして思う。あの白豚が万引き犯だったとして、もしも自分が捕まえたなら、アトラは自分を恨むだろうか?と…。
ヤスキと大牛が、それぞれの理由で寝付きの悪い夜を送った、その翌日。
昼飯を食って腹も膨れ、授業前の残り時間を机に突っ伏しながらうとうとと微睡んで過ごしていたアトラは、頭を軽くパスッ
と叩かれ、面倒くさそうに顔を上げた。
その目に、肌色の部位がやたら多い水着姿の人間女性が飛び込んで来る。
思わず目を剥いて仰け反ったアトラの前で、雑誌のグラビアを飾る露出の高い水着アイドルを大見開きで公開していた泥棒
髭は、
「むふふっ!ねぼすけー!目ぇ醒めたか?」
リアクションに満足したらしいヤスヒトは、悪友達と共にゲラゲラと笑う。
ビックリしてビンッと立った縞々の尻尾は、毛が逆立ってぶわっと太くなっていた。
「なになに?マガキって硬派そうだったけど、こういうのに免疫ないとか?」
アトラの反応がよほど意外かつ面白かったのか、席の近い人間男子が笑いを噛み殺しながら尋ねる。
「硬派そうに見えるヤツほど根はスケベなんだよ」
ヤスヒトがしたり顔で勝手に応じると、アトラはムスッと仏頂面になった。
「寝ぼけている所にいきなり見せられれば、誰だって驚くだろう」
「ほー。じゃあ驚いただけで別に興味は無いと?」
泥棒髭の雑種犬がずいっと雑誌を突き出すが、今度は全く退かなかったアトラは、胸すら張ってむしろ堂々と、仏頂面のま
ま言い放つ。
「興味はある。ムッツリだからなおれは」
その堂々たる宣言に一瞬きょとんとした一同は、一拍おいて大爆笑した。
「何そのすげぇ立派な事言ってるみたいな態度!」
「いや立派だよ!マジで立派なんじゃね!?こういう事はっきり言えるのって!」
「ガッキー面白過ぎだって!」
「ガッキー言うなっ!」
笑いの中で仏頂面を崩さなかったアトラは、最後にヤスヒトが吐いたセリフには食いついた。
「うひひっ!おたすけー!」
休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴る中、ヤスヒトは歯を剥いた虎の前からへろへろっと奇妙なステップで遠ざかる。
その手から雑誌が消えている事に、アトラは気付かなかった。
(まったくアイツめ…。…しかし困ったな…。これは寝起きだからか?それとも妙な起き方をしたせいか?)
アトラはムスッとしながら、机の下…自らの股間を見下ろした。
寝起きの生理現象なのか、それとも露出の高い女体を見て興奮したせいなのか、制服のズボンを押し上げて、アトラのソレ
がいきり立っている。
(寮生活が始まってから、おいそれと抜けなくなったからな…。溜まり気味なのか…)
アトラのソコは太く大きく、発展途上でありながらも同年代の物と比べて成熟が早い。
自分で剥き癖を付けていた努力の甲斐もあり、今では包皮は剥けたまま殆ど戻らず、亀頭が露出している。
陰茎が怒張すると、元々太い事もあって包皮口が引き延ばされ、窮屈な痛みを覚えるが、それにもそろそろ慣れて来ており、
痛みそのものはもうかなり弱い。
そんな股間を見下ろしながら、アトラは少し考えた。
勃起して膨れている股間には幸いにも上着がかかって目立たないし、授業が始まってしまえば机で隠れる。はず。たぶん。
そう困る事もないだろうと判断した虎が顔を上げると、白豚と三人の男子が前のドアから入って来る所であった。
足早に机に向かうヤスキと視線が合うと、アトラは目を少し細めた。
微かな笑みで応じた白豚が席につくのを眺めながら、若虎はまた考える。
(…ヤスキは、スケベなんだろうか?それとも、それほどでもないんだろうか?)
そんなしょうもない事を考えているアトラに自覚は無かったが、脳の芯はまだ寝ぼけていた。
あの日の帰りだったか…、おれがヤスキにしょうもない事を訊いたのは。
おれにしてみれば、普通に同世代で交わす他愛のない下ネタの話題だったが…。
…ヤスキにとっては…、どうだったんだろうな…。やはりつまらなかったか…。
眠い授業をなんとか乗り切り、やって来た放課後を、アトラは開放感一杯の明るい気分で迎えた。
あんな物を見せられたせいで何となく下っ腹が疼いて悶々としていたが、今日はルームメイトのシゲが部活である。
さっさと帰って久しぶりに性処理しよう。そんな事を考えて放課後を待ち侘びていたのである。
大柄な体躯は廊下を滑るように前進し、足早に同級生達を追い越してゆく。
そして辿り着いた昇降口で、アトラは意外そうな顔になった。
いかにも鈍重そうな見た目の、そして実際に体育などでは鈍重な動きを披露する白豚が、急いで降りて来た自分よりも早く
昇降口に辿り着いていた。
木製のスノコの上で上履きを脱いでいたヤスキも、アトラに気付いて首を上げる。
急いでいたらしく、白豚の鼻息は荒い。愛想笑いを浮かべつつ、ふこっふこっと乱れている息の間からアトラに問いかけた。
「急いでたんですか?」
「え?…いや、急ぎの用事という訳でもないんだが…」
まさか早く帰ってせがれを慰める為に急いで降りて来たなどと言えるはずもなく、アトラは口ごもる。割と堂々とその手の
話に加わる虎だが、こういった常識はきちんと弁えていた。
下駄箱の下の段から靴を取り出すヤスキは、出っ張った腹が邪魔になるのか、膝を腹に付ける格好で前屈みになると少し窮
屈そうで、アトラはその格好に何とは無しに見入ってしまう。
(ヒロ兄もこんな具合だな、確か…。やはり、太っていると何かと動作がきつくなるんだろうか?)
制服を内側からパツンパツンに押し広げているヤスキの腹は、アトラに親戚の肥満虎の太鼓腹を思い出させた。
その視線に気付いたのか、ヤスキは屈んだ姿勢から少し首を捻り、上目遣いに級友を見上げる。
「えと…、何でしょう?」
「ん?いや…、苦しいのか?その格好。鼻息が荒いし、何だかしんどそうだ」
急いで来たせいで息が乱れている事もあり、白豚の鼻息は相当音が高い。気になったアトラの指摘で、ヤスキは少し恥ずか
しげな笑みを浮かべた。
「ふ、太ってるから…、動くとすぐに息が上がっちゃうんです…。この格好も…」
ヤスキは言葉を切り、弾みを付けて「んしょっ…」と立ち上がってから続けた。
「お腹が窮屈なんです…。や、やっぱり変です?見苦しいとか…」
「いや、別に見苦しいとは思わない。大変そうだなぁとは少し思うが…。可愛くないか?何となく」
「へっ…?」
意外な言葉を投げかけられ、ヤスキは目を丸くした。
被毛が薄い事もあって、その鼻周りや頬の肌がポッと赤らんでいるのがはっきり判るが、自分の下駄箱を漁り始めた若虎は
気付かない。
どぎまぎしているヤスキには目もくれず、靴をコンクリートに落としてつっかけながら、アトラは話題を変えた。
「もし今日も暇なら、またダベらないか?おれとの話が退屈でなければだが…」
しばし胸に手を当てて立ち尽くしていたヤスキは、ハッと我に返る。
「た、退屈だなんてそんな事無いですよぅっ!凄く楽しいです!」
首をぶんぶんと横に振ったヤスキは、しかし少し俯くと、言い辛そうに声のトーンを落としてぼそぼそと続けた。
「で、でも…、今日はちょっと、用事があるんです…。だから真っ直ぐ帰らないと…。ゴメンです…」
ヤスキは心底残念に思いながらアトラに詫びた。
今日は一旦帰宅した後にアーケードへ来るよう、三人組に呼び出されている。
本音を言えばアトラの誘いに乗りたかったのだが、ヤスキがあの虎と親しくなっている事を警戒した三人組は、ある事ない
事勘繰っている。
これまでのようにヤスキを自由にできなくなるかもしれない、外部からの介入…。
アトラとの親交がそんな物に発展するかもしれないと深読みでもされたら、どんな手を使って関係を壊しにかかるか判った
物ではない。
だからこそ、アトラとはあくまでも少し仲が良い級友というスタイルで付き合って行かなければいけない。少なくとも、三
人の目にはそう見えるように振る舞って行かなければ…。
そう考えているが故に、ヤスキは自分の欲求を捻じ伏せて、三人の言い付けを優先しなければならなかった。
「謝るような事じゃない、また都合の良い時で良いさ。…そうだ。途中までは一緒に帰れるのか?」
「え?は、はい!それは勿論です!」
嬉しそうにこくこくと何度も頷いたヤスキは、アトラが既に靴を履き終えている事に気付くと、ぼってり肉付きの良い足を
慌ててスニーカーに押し込み、
「あ、あわわっ!」
気ばかり急いたおかげで躓いてしまい、両手をぶんぶん振り回しながらたたらを踏む。
「おっと…!」
たまたま前方に居たアトラは、背こそ自分より低いが、しかし重さとボリュームで上回るヤスキを咄嗟に抱き留めた。
左腕がヤスキの右腕の下を潜って右腰に添えられ、右腕が左の胸から脇の下にかけて潜り込み、前に泳いだ白豚の上体をしっ
かり支えている。
130キロのヤスキの体を支えても、しっかり踏ん張ったアトラは少しよろけただけで踏み止まった。
支えられたヤスキは、アトラの右肩に顎を押しつける格好のまま、逞しいその肩と、たるんだ自分の体に密着し、しっかり
と抱え込んでいる筋肉で膨れた二の腕の感触に、意識を奪われていた。
汗っかきである事を気にしているヤスキが毎朝全身にふっている、蜜柑の甘い香りに反応し、アトラは反射的に鼻から大き
く息を吸っていた。
その吸気で耳元をくすぐられ、ヤスキはブルルッと、身の深い所から沸き起こった胴震いで全身を揺らした。
(す…、すごい…。中学でも部活とかしてないって聞いてたですけど、アトラ君の体…、筋肉が凄くついてて、がっしりして
るです…。ぼくと大違いですよ…)
自分達の鞄が一緒に足下へ落ちた音を聞きつけ、周囲の生徒達の視線が集まっている事に気付くと、ヤスキは我に返って慌
てながら腰を退き、アトラから離れた。
単に何が起こったのか確認するための視線でも、ヤスキには別の意味が込められているように見えてしまう。疑惑を招くよ
うな事は極力避けたかったのに、手痛いミスを犯してしまったと、白豚は少し焦った。
だが、そんな心配よりも、今ヤスキの胸の内を大きく占めているのは、目の前の虎に抱き留められた際に気付いた、頼もし
い肉体の感触であった。
(が、がっしりしてるですねぇって、前から思ってましたし…、背筋とか握力とかも凄いのは体力測定で騒がれてましたから
知ってましたですけど…。アトラ君…、こんな立派な体してたですね…)
早鐘のように心臓が鳴り、火照った顔はすっかり赤くなっている。
「気をつけろ。足、大丈夫か?」
虎の顔を正視できなくなり、俯いてしまったヤスキを気遣うアトラは、白豚の態度を見て足を痛めたのかもしれないと勘繰っ
ている。
「だ、だだ大丈夫ですよぅっ!」
「本当か?痛むなら保健室に行くか?何なら肩を貸すぞ?」
顔を覗き込まれて狼狽したヤスキに、アトラは善意でそう告げた。
しかしヤスキは心配されるほどに気分が落ち込んでゆく。
何も知らずに気遣ってくれるアトラに申し訳なかった。股間のソレが、少し頭をもたげて硬くなりつつある事が。
「ほ、本当に大丈夫です。ありがとでした」
ヤスキは相変わらず俯き加減だったが、アトラはその顔の赤さを、転びかけた恥ずかしさから来た物だと思い込む。
「か、帰りましょうか!よ、用事あるですから、ぼく!」
ヤスキはアトラと目をあわせないようにしながら、足早に外へと歩き出す。
その様子を見て、足をくじいたりはしていないようだと判断した若虎は、白豚の背を追って足を踏み出した。
外に出るなり、アトラは空気が重くなったような錯覚を覚える。
風が強い。昇降口を出てすぐに、横から強風に吹かれて被毛がざわっと揺れた。
部活に打ち込む生徒もまだ出ていない閑散としたグラウンドは、風に煽られて砂塵が舞っていた。
そちらの方へしきりに顔を向け、視線を逃がしながら校門を出たヤスキに、相手が隠している本当の気持ちが全く判ってい
ないアトラは、また以前と同じようにあのバンドについての話題を持ちかけた。
ヤスキが顔を逸らし気味なのは少し気になったが、それでも返事はきちんと返してくれるので、そう注意を引かれる事もな
く、白豚が必死に自分を宥めている事にも当然気付かない。
ややあって、同じ方向へ歩いていた下校中の生徒の姿も周囲から消え、傍にひとが居なくなると、アトラは唐突に話題を変
えた。
「いきなりな事を訊くが、ヤスキはその…、スケベな方か?」
「はひぃっ!?」
ようやく股間のせがれを鎮めたばかりのヤスキは、アトラの質問で露骨に動揺した。
「先に断っておくと、おれはむっつりスケベだ。君はどうだ?自分はどうだと思っている?」
「え?へ?あ、ああ…、そ、そういう事ですかっ!あ、あはは…、あはははっ!」
態度には気を付けていたつもりだったが、もしや先ほどの接触がきっかけとなって疑われ、勘繰られ始めたのか?などと気
が気でなかったヤスキは、アトラの口ぶりに他意が無さそうだったので、ほっとして誤魔化し笑いを浮かべた。
アトラの場合は聞き方がストレート過ぎだが、そういった話題は男子生徒の間で普通に交わされている。
だがしかし、ヤスキは少し困惑していた。
何せ女性に大して性的な欲求を抱いた事が無いのである。この話題にどう挑めば良いのかがよく判らない。
おまけに、アトラ以外の生徒とはここ数年まともに「普通の会話」などした事もない。下ネタトークに挑戦するのは、ヤス
キには人生初の経験なのである。
(ど、どうしたらっ!?どうしよですよぅっ!?ぼぼぼぼく、女の人の話題とか全然ですし!魅力とか分かんないですしっ!
どう答えたら怪しまれずにやり過ごせるですかこういうのっ!?)
しばし慌ただしく脳みそを高速回転させていたヤスキは、ぽつぽつと零し始めた。
「あ、あんまり…、そういう話は得意じゃないですけどですねぇ…。ろ、露骨なのより…、ソフトな方が…」
無難な答えを導き出したつもりのヤスキだったが、
「なるほど、オープンエロスよりチラリズムか」
(食いついたぁっ!無難な逃げ道探したのに、マガキ君しっかり食いついて来ちゃいましたぁっ!)
アトラがすぐに合いの手を入れて来たので、もろに動揺した。
「気が合うな。実はおれもどちらかというと、全裸より少し隠れた際どさに魅力を感じる」
しかしヤスキの動揺をよそに、真顔で述べるアトラ。
(…へ?あれ?失敗した感じでもないです?)
少しほっとしているヤスキに、「こんな事を急に訊いたのもだな…」と、アトラは続ける。
「同じクラスのタモン、居るだろう?あの泥棒髭。アイツはオープンなスケベだ。ガッツリスケベだ。だが、アイツとおれと
どっちがスケベかというと、ムッツリなおれの方がよほどスケベなんじゃないかと思った訳だ。今日」
「は、はぁ…?」
休み時間終わり際のグラビア起こし事件など知らないので、曖昧に頷くヤスキ。
「アイツがスケベな話をしても皆の反応はそれほどでもないのに…、おれがムッツリだと言ったら大笑いした。やはりムッツ
リの方がスケベに感じるのか?」
「い、いや…。良く分かんないですけど…、でもですね…、面と向かって「自分はムッツリですよ!」って公言されたら、誰
だって笑いたくなるんじゃないですか?」
「………」
アトラはしばし黙って前方を見たまま歩き、やがて、
「…なるほど…!」
物凄い難問の答えを解説されてすっきりしたかのように、大きく頷いた。
(…アトラ君って、結構変わってるですよね…。最初はかなりお堅い感じがしてたんですけど、だんだんお茶目な所が見えて
来たです…)
しきりに「そうかそうか」と頷いているアトラを見遣りながら、ヤスキは口元を僅かに綻ばせた。親しくなってきた級友が、
どんどん身近に感じられるようになって。
確かにこの虎は、堅い事は堅いし、真面目な事は真面目なのである。しかしアトラのその性質は近寄り難さにはならない。
真面目に妙な事に悩み、堅い態度で妙な事に取り組む…。不思議ちゃん…とまでは行かないが、滑稽な生真面目さと堅さと
寛容さが絶妙なバランスで融和しているせいで、頼もしく、そして親しみを持てる人柄を形成している。
「…ぼくも…」
ヤスキもアトラに倣い、視線を前に向けてポツリと漏らす。そして「ふこっ…」と一度鼻を鳴らし、恥ずかしがりながら口
を開いた。
「どっちかっていうとですね、やっぱりムッツリなのかもですよぅ」
無神経。…ああ、無神経だったのかもしれないな、おれは。
気付きようも無かった。そもそも考えた事もなかった。
言葉として知ってはいても、それがどういう物なのか想像すらしてみなかった。
好きになる相手の種類で、悩みを抱えるヤツも居るなんて事は…。
思えば、二人でまともに話したのは、あれっきりしばらく無かったな。
…あんな事になって…、おれ達はあれからそう間を置かずに、言葉を交わさなくなったから…。
ヤスキと別れて寮に帰り着いたアトラは、まだ静かな廊下を歩いて部屋に入ると、鞄を机に上げて中身を取り出し始める。
課題は後で片付けるにしても、忘れない内に見える所へ出しておきたかった。
だが、筆箱を取り出し、ノートを真ん中に置き、教科書を出そうとしたその時であった。鞄の中に見慣れない物を見つけ、
動きを止めたのは。
被毛を震わせるその手がゆっくりと掴み出したのは、ヤスヒトが学校で広げていた、例のグラビアが載った書物…。どこか
らどう見ても間違いようのない成人誌であった。
「あの泥棒髭め…」
いつの間に押し込まれたのか気付かなかったが、ヤスヒトの仕業だと確信したアトラは…、
「…ぐっぢょぶ…!」
とてもとても低い声で呟いた。親指を立てながら凄く良い顔で歯を光らせながら笑うクラスメートを思い浮かべながら。
そそくさと窓際によってカーテンを掴んだアトラは、遠く望めるヤスキの家の窓を一度見遣った。
遮るものは無いといっても、距離があって中の様子までは判らない。
少しの間視線を固定していたアトラは、やがてシャッとレールを鳴らして閉める。
そしてドアを施錠し、灯りをつけると、足早に寝室へ引っ込み、せわしなさを感じさせる衣擦れの音を立てながら手早く着
替えて戻って来る。
その手には、中身があまり減っていないティッシュボックス。
ティッシュと雑誌を手にして床に座り込んだアトラは、さっそく体を横たえた。
横向きに寝ながら弄るのが、この虎のやり方なのである。
左側を下にして横たわった虎が右手で雑誌を捲り、開いたページは、一度は眠気も半分吹き飛ばされたカラーグラビア。青
い空と白い雲をバックに砂浜でポーズを取る、うら若き人間女性の写真である。
背伸びするようにビーチボールを掲げ持ったその伸びやかな肢体は、スマートでありながら、尻や胸は理想的な丸みを帯び
ている。
日焼けなどした事もないような白い肌は、しなやかでほっそりとしていながら、しかし指で突けば程よい弾力があるのだろ
うという事は、写真越し見つめるアトラにも想像がついた。
なまめかしい腰のくびれに、胸を強調するために幾分反らされた背の曲線。
太陽光で陰影がくっきりついた臍と、その下の腰部を控えめに覆う、大胆なカットの水着。
胸を覆う水着はアンダーこそしっかりと覆い隠しているものの、トップの突起は薄い生地越しに確認できるし、胸元は大き
く開いて、谷間が半ば以上露出している。
脇の下にくっきりと落ちた陰は情感たっぷりで、柔らかそうな太腿と美しいふくらはぎのラインは、砂浜の照り返しにあぶ
られて陰影が際だっているせいか、飢えた虎の目には輪郭すらも蠱惑的に映る。
喉仏を上下させてゴクリと唾を飲み込んだアトラは、乱暴に、そしてまどろっこしげにティッシュを数枚掴み取ると、他の
ページを確かめる事もせずに行為に移った。
てるてる坊主を作る要領で、重ねたティッシュをドーム状にし、筋肉質な尻を床から僅かに浮かせ、部屋着であるジャージ
のズボンとトランクスをずり下ろす。
すっかり怒張していきり立った肉棒は、トランクスのゴムにかかって一度ぐっと下げられ、次いで勢い良く跳ねて下っ腹を
打った。
ようやく外気に晒された亀頭は、既に真っ赤に充血しており、針でつつけば破裂してしまいそうなほど膨れていた。
アトラのソレは、太く大きい。
もはや成人のソレと遜色ないサイズと形状をしており、太さに至っては並の三割増し、おまけに怒張した状態では、亀頭な
どはまん丸になる程血色良く膨れ上がる。
その、今はすっかり丸々と太った鈴口に、先に余裕を持たせる格好でティッシュをかぶせたアトラは、上体を少し起こす形
に左腕で支え、砂浜の伸びやかな肢体を見下ろし、ごつい右手できつめに陰茎を掴んでしごき始める。
力の入った腹筋が呼吸と共に上下し、逞しい胸は浅い呼吸で小刻みな膨張と収縮を繰り返す。
中に鉄芯でも入っているかのように硬くなり、強く反り返っている陰茎を一心不乱にしごくアトラの目は、グラビアアイド
ルのなまめかしい肢体を舐めるように蹂躙する。
強く脈打つ陰茎はどんどんその熱を高め、口の周りには乱れた息が湿って漂う。
先走りでティッシュが濡れて変色し、手の平と陰茎の間で擦れて出来た紙くずが、こよりのように捻れた形になってぽろぽ
ろと床に落ちる。
「はっ…!はっ…!はっ…!」
太腿の間や脇の下など、熱の籠もる場所に汗を滲ませながら、荒らげた息をせわしなく吐くアトラ。
その腰回りに、急に一層力が籠もる。
「はっ…、はっ…、う…うぐっ…!」
呻いたアトラはきつく目を閉じて息を止め、陰嚢の下から脳天まで走る刺激を甘受する。
久しぶりの自慰による快楽。その先走りが全身を震わせ、尿道が痙攣する中、アトラは聞いた。
ドアノブがカコッと立てた微かな音を。
強い焦りを覚えるが、しかし始まってしまった射精は止められるはずもない。
身を起こそうにも今陰茎から手を放したら、ティッシュという封を外された陰茎は、遠慮無く精液をぶちまけて盛大に床を
汚すだろう。
怪しい音。強い焦り。隠れなければという一瞬の思考。気のせいであって欲しいと願う気持ち…。
刹那の内に駆け抜けたアトラの中の葛藤をよそに、精液が尿道を駆け上がり、鍵を外す音が無情に響く。
そして、「ただいまー」と、返事を期待していない声を発しながら、帰ってきてしまった狼はドアを開けた。
「あ」
「あっ!」
部屋の中でルームメイトが晒す痴態を目撃し、目を丸くしたシゲの声と、射精に伴って出てしまったアトラの声が重なった。
ビクッと身を強ばらせたアトラが放った精液は、ドーム状に亀頭を覆うティッシュの中で発射され、重ねられた紙を至近距
離からバタタッと叩く。
決定的瞬間を目撃してしまったシゲは、しばし呆然とした面持ちで立ち尽くしていたが、やがて、
「わり」
何故か颯爽とした動作で片手をすちゃっと上げ、ドアを開けて廊下へ戻って行く。
風が強かったせいで川面は白波を立てて荒れており、ボート部の練習は急遽中止となった。
そのせいでシゲはすぐに帰って来たのだが、ボート部の事情など知らないアトラにしてみれば、ルームメイトの早い帰寮は
タチの悪い不意打ちでしかない。
余韻に浸る間もなく、のっそりと腰を上げたアトラは、萎え始めた陰茎に精液でべっとりと付着しているティッシュごと両
手で股間を覆い、内股歩きでせかせかと寝室に引っ込んでゆく。
目尻に涙が光っていたが、しかしそれを見て同情するには、あまりにも滑稽な格好であった。
流石のシゲも気まずくなったのか、以後しばらくの間、両者は必要最小限の言葉しか交わさず、ほとぼりが冷めるのを待つ
事になる…。