春節の帰省
ガッシリした固太りの猪が、台所で鉄鍋を火にかけている。顔は厳つく、肩幅は広く、腹が大きく出た肥満体の大男だが、鍋
を覗く目は意外に優しい。
猪が肥えた体と共にリズミカルに揺らす鉄鍋の底では、煮詰められた糖分がドロリと液状になっていた。
丁寧に火にかけ続けて出来上がったのは、果糖と蜂蜜を主原料にした水飴。これを一塊にし、米粉を敷いた上で円状に伸ばし、
麺を打つように繰り返し伸ばし、器用な手つきで何重にも束ねられた細い糸のようにし、最終的には糸状の集合体…綿のように
する。
白くふわふわしたそれを適度なサイズのシート状に切って、あらかじめ砕いて小皿に盛っていたココナッツを乗せ、餃子のよ
うにくるめば…。
「完成!ふぅ…!我ながらなかなかの出来栄えなのでは?ユェイン様がいらっしゃらないのが残念だ!」
額の汗を腕で拭い、満足げな笑みを浮かべて猪が見下ろすのは、砂糖菓子の一種…龍鬚糖(ロンシュータン)。龍の髭の飴と
称されるそれは、綿菓子のようにした糸状の飴で繭のように具材を包んだ菓子。なお、凝り性の猪は自作したが、普通はあまり
家庭で作らない品である。
住民が消えて年月が経った、廃屋と桃園、生活の痕跡だけが残された寒村。その中の一軒である生家に猪は居る。
春節。いわゆる中華圏における旧正月。
祖先や神への祭事が行なわれ、一年の実りと健康を祈る。そして新たな刻の始まり…、年、月、日、それぞれの元(はじまり)
である三元を祝す。
家の入口を鮮やかな絵や飾りで煌びやかに色付けし、隣家と春節を祝う挨拶を交換する。
地域によっては、縁起のいいとされる鳥や魚を食したり、餃子を山のように積んだり、甘味を楽しんだりしながら一年の安泰
を願う、節目の中の節目。
…というのが元々の形ではあるのだが、今では長期休暇のお祭り騒ぎ。国中が明るいムードで沸き返り、財布の紐が緩んで消
費が増して経済も潤い、世界中へ旅行便が飛ぶ。都市も、会社も、政治家も休むように、軍も最低限の一部人員を残して休暇と
なる。
この国で対仙人軍事行動を中心としている第八連隊、司令部付き上尉である江周(ジァン・チョウ)も、司令官と同日から休
暇に入っており、故郷の村に帰って来た。
とはいえ、チョウの春節を祝いは非常に簡素な物である。無人の村に一人だけの帰省となるのだから、盛大に祝う必要も無い。
それなりの過ごし方をしたら、家の傷んだ箇所を修繕したり、道に伸びた草を刈ったり、崩れた廃屋の瓦礫を寄せて塚のように
したりと、休暇中は廃村の手入れと墓地の掃除に従事する。
春連…赤い紙にめでたい文字を記し、倒福…福の字が逆さまになるよう戸口に飾るしきたりは、鬼神や邪鬼を調伏する神仙の
伝承に倣い、桃の木の板でこしらえる桃符とするのがこの村の遣り方。今ではこの伝統を継ぐ者もチョウしか残っていない。
挨拶を交換する隣人どころか、誰も彼もが既に亡く、現在村に住まうのは、チョウの提案で広い桃園に移住してきた数名の妖
怪…木に宿って暮らす花魄(ファポォ)だけ。
春節を楽しむ料理にも特に拘りはない。ロンシュータンも、住民となったファポォ達が喜びそうで、かつ珍しがりそうな物だ
から、春節祝い用に作ってみただけ。ただし、生存のためのエネルギーを地脈から得て、植物にろ過された水分や花の蜜などを
必須ではないが好むという彼女らの性質を考えた上で、好みに合うよう材料の選別段階から全力だったが。
なお、廃村となった故郷に妖怪が移住するという状況は、冷静に考えれば人外魔境化が進んでいるとも言えるのだが、チョウ
はその点を別段気にしていない。半人外とも言える仙術兵器となった身の上に加え、元よりひとと妖怪、半妖などの命を区別し
ていないので、「誰も住まないより遥かに良いでしょう」というだいぶ大味なスタンスである。
(さて、とりあえず祝う支度はこのくらいで良いか。あとは、粥と鶏のささみを煮込んで飯の準備を…)
自分の食事はかなり雑に、ササミと米を煮込んだだけの粗末な粥で済ませるつもりだったチョウだが…、結果的にはそんな事
では済まなかった。
「む!?」
包丁を握った所で、チョウが素早く首を巡らせる。エプロンにこすりつけて掌を拭い、目が届くよう調理台の隅に置いていた
通信端末を掴む。
それは少し型が古い携帯電話に偽装されているが、上官との連絡で使う、通信がノイズと暗号化で傍受されないよう科学的に
も仙術的にも工夫された通信端末。
休暇中は気を使って連絡を取り合わないジャイアントパンダが、こうして直通連絡を寄越すという事は…。
(何かあったな!)
表情を引き締め「チョウです!」と応答した猪の耳に、低く太い上官の声…伏月陰(フー・ユェイン)上校の声が届く。
『休暇中に済まない、チョウ』
「いいえ!…何かございましたな?」
確認しながらも猪は少し警戒を和らげる。ユェインが自分に「上尉」ではなく「チョウ」と名前で呼びかけたので、公的な物
…少なくとも軍事行動に関する指令や伝達ではなさそうだと察して。しかし…。
『ホンが…』
「ホンスー君が如何なさいましたか!?」
上官の甥にして弟のような古馴染みの名が出た瞬間、相当食い気味に語気が強まった。
春節には父の実家に帰り、叔父達家族と一緒に過ごすのが毎年の彼。しかしこのタイミングで名が出るという事は、もしや老
君との旅の道中で何かあったのか?今年は実家に戻らないのか?と回転が良過ぎる頭脳が先回りし過ぎて急に心配性になる。
『此度はこちらに帰ってこないそうだ』
「…!修行が、忙しいのでしょうか」
そうであって欲しいという期待を込めて猪は言葉を選ぶ。老君の修行をこなすのに忙しく、帰省する時間が無いという事であ
れば、ひとまず安心できるのだが、と。しかし…。
『いや、そうではない。一時修行も休んで良いと、老君はおっしゃったそうだ』
(老君がお休みを許可したのに帰らない!?ではやはり何か問題が!?休暇の予定がままならなくなる…。邪仙に捕捉された!?
滅多な者では老君に太刀打ちできない事を考えれば…、まさか!?四罪四凶にホンスー君の存在を嗅ぎつけられた…!?)
この村の生き残りであるチョウの古馴染みは、人類史上初、自前の太極炉を備えた天然神仙の卵。人類を見限った桃源郷に、
ひとの可能性を再考させるに足る未知数の希望の塊。
しかし同時に、疑似太極炉を動力源とする段階から抜け出せていない全ての邪仙と、その大元たる四罪四凶にとっては、見過
ごせるはずもないイレギュラーであり格好の研究材料。
超存在たる老君の庇護の元、修行を積んでいる間は安全だと思いたかったが…。
(ホンスー君に何が!?無事なのか!?)
『こちらではなく、「そちら」へ行くそうだ』
「…はい?」
ユェインが続けた言葉で、思わず間の抜けた声を漏らすチョウ。様々な危機的状況を想定した頭には不意打ちであった。
「こちら、に…?」
嬉しくないはずはないのだが、気の抜けた声で訊き返してしまう猪。
『そうだ。一人で行けるかと訊いたが、「もう大人なので大丈夫」と言っていた』
むしろ子供が言いそうなセリフで、大丈夫どころか逆に不安が煽られる。
『ホンは移動用の仙術で向かっているそうだ』
「ほう!いつのまにそんな仙術を体得したのでしょうな!」
成長が喜ばしく、耳を立てて笑みを浮かべたチョウの顔が、
『覚えたてだと誇らしげだった』
ユェインの声を受けて唐突に曇る。
「覚えたて、の…」
『どうかしたか?』
「いえ…」
様々なアクシデントが脳裏をよぎるチョウ。ユェインは不安要素に気付いていないようで、心配している様子がない。震将、
こういう所ある。
「場所が判れば迎えに行きますが…」
『そうだな。君にそうして貰えるなら、ホンも喜ぶだろう。確認してみるか』
「いえ、それには及びません。こちらからホンスー君に連絡を入れます」
『そうか。では頼む』
「お任せを」
通信を終えるなり、チョウはロンシュータンを皿に重ねて「ホンスー君がこっちに帰省するのか…」といそいそ家を出た。
廃屋が並ぶ無人の道を抜け、桃園に至ると、そこの新たな住民となったファポォ達が、桃の木の陰から顔を覗かせる。
その姿は、纏う衣類こそ古い時代の漢服に似た物などだが、人間の若い女性その物。ただしその体は衣装を含めて半透明で、
身長は20センチほどしかない。
桃園の中の、枯れ木と根を運び込んで削り出して作った円卓に、猪は菓子を盛った皿を置いて周囲を見回す。
「春節祝いに拵えました。大姐(ダージェ)方のお口に合えば良いのですが…」
若い女性の姿をしてるファポォ達だが、皆が中年の猪よりも遥かに年上なので、チョウは彼女達をダージェと尊称で呼ぶよう
になっている。
ファポォ達はそれぞれの家である桃の木から離れて、しずしずと卓に寄り、鳥の囀りのような声で何事かを猪に告げ、一様に
微笑んだ。人類が用いる物とは形態が異なり過ぎる上に、ひとの耳では聞き取りにくいが、彼女らが言っている事がチョウには
だんだん少しずつ判ってきている。
今のは礼を言ったのだと理解したチョウの前で、ファポォ達は卓の上にふわりと舞うように移動し、彼女たちにとっては一抱
えほどの大きさのロンシュータンを吟味し始める。
ファポォは、力場のような物を核と皮膚、骨格としているエネルギー体である。基本的には自然の精気を活動力にするが、物
質を食す事もできる。ファポォ達が千切って口元に運んだ綿のような飴が、ひとが食べるように口の中へ消えてゆく様を、何と
も不思議なものだなぁとチョウは眺めていた。
「お気に召しましたか!それは何よりです。また違う砂糖菓子など作ってみましょう!」
鳥の声のような感想と礼で破顔したチョウは、「少々地脈をお借りします」と断りを入れて、桃園の中心に向かった。
ズボンのポケットから取り出したのは八卦鏡。ただしそれは験を担いで模した装飾品ではなく、神仙の手による超常物品。神
仙となった古馴染みお手製の逸品である。
桃園を潤す地脈の太い経路の上に立つと、猪は屈んで地面に鏡を置く。
この八卦鏡は多数の機能を有する、一種の多目的ツール。仙気を溜めておくバッテリーにもなり、仙術をあらかじめプログラ
ムして発動をコントロールする事も、これ自体を対仙術簡易防壁とする事もできる。
地面に接してチョウが起動させたのは、その機能の中の一つ、遠隔通信機能。この八卦鏡を作成した本人の仙気との共鳴を利
用する物だが、何せ作成者が未熟なので感度や精度がコンディションに大きく左右されてしまい、距離が遠すぎたり悪天候だっ
たり、逆に強力な日差しだったりすると繋がらなくなる。これを補うのが、こちらから仙気で出力を補強する、または大地を介
した広域ネットワークにもなる地脈の力で安定させる、といった手法。今回チョウは後者での通信補強を試みた。
地面に置いた鏡の周囲に、サッサッと見えないレバーを操作するように手を動かして陣を描きなぞり、機能をオープンにした
猪が立ち上がって反応を待つと…。
『はいっ!』
ややノイズが入った音声と共に、ブンッと、鏡の上に等身大の立体映像…レッサーパンダの姿が浮かび上がった。
「やぁ!…何の格好…かな?」
笑みを浮かべたのも一瞬の事、チョウはバツの字磔のような謎のポーズを取っている古馴染みの姿勢をまじまじと見て、怪訝
な表情になった。
神仙、原陽華(ユェン・ヤンファ)。ユェインの甥にしてチョウの古馴染みで、猪と同じくかつてはこの廃村で暮らしていた
レッサーパンダ。表向きの身分としては退役軍人のフリーターという事になっているが、実際には神仙に弟子入りして修行中の、
仙人のタマゴである。
とはいえ、仙人名の名付け親であるチョウも、叔父のユェインも、ひととしての名である伏紅思(フー・ホンスー)の方が馴
染み深いので、今でもこちらの名で呼んでいる。
『チョウお兄ちゃんこんにちは!』
「う、うん。こんにちは…。で、その恰好は…」
溌溂と挨拶するレッサーパンダは、手足を広げた恰好のまま『丁度良かった!実は今そっちに向かってるところ!』と言った。
「そ、そうかい…!」と微妙な半笑いで応じるチョウ。謎ポーズへの疑問が一向に解決しない。
『もうすぐ着くよ!ビックリした!?』
「う、うん。ビックリした。それで、そのポーズは…」
『あ!見えた!着いた!ヤッター!ヤッホー!』
「え?」
眉根を寄せたチョウの耳が、八卦鏡とは逆方向から聞こえた微かな声でピクリと動き、首が巡って視線が上を向く。
「何と…!」
絶句した猪の目に映るのは、頭上200メートルほど…山地のさらに上の雲の中から降りて来る飛行物体。「黒鍋底(ヘイク
オテェ)」…つまり凧である。翼を広げる鳥を象った大きなその凧には、まるでニッポンのニンジャのようにレッサーパンダが
くっついていた。ポーズの謎、解明である。
『これ、気流に乗る仙術で自動航行してくれる凧で、目的地を設定したら何もしなくても勝手に気流を乗り換えしてくれる…あ』
褒めて貰えると思い、喜び勇んで説明するホンスーの声が、八卦鏡経由で聞こえたメギッという異音に遮られた。
「…ホンスー君?今ずごい音が聞こえたんだが…」
『ヤッチャッタ…』
「うん?」
絶望的な表情になるレッサーパンダ。その背中側で、鳥を象ったヘイクオテェの尾翼が、ブランと片側が千切れる格好でぶら
下がり、バイバイするように二度大きく揺れ、一拍おいて自主的にパージ。
『ヤッチャッター!形状固着が緩かったー!』
「せっ、せせせせ仙術解禁っ!」
ホンスーの悲鳴とチョウの慌てた掛け声は全く同時。
仙術、神行法を起動した猪は、常人なら加速のGだけでレッドアウト間違いなしの初速で桃園を離脱、出鱈目な速度と軌道で
谷を飛び越え峰を駆け上がり、風車のように横回転しながら落下してゆくレッサーパンダ・ウィズ・ヘイクオテェを必死に追跡。
「………ぁぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!」
距離が狭まり、回転を交えたホンスーのおかしな悲鳴が徐々に大きくなり、その行き先がピンポイントに深い崖下…、落ちて
砕けた殺意満々の鋭い岩がそそり立つ谷底だと確認するや否や、
「ぎゃあああああああ!ホンスー君!」
真っ青になって悲鳴を上げながら猪が爆走。鼻血が出そうだし血管切れそう。骨も筋肉も嫌な軋み音を上げるほどの最大加速
から跳躍し、半身になって片腕をいっぱいに伸ばす。
間に合うか否か、届くか否か、際どい飛距離の大跳躍から、チョウの手はかろうじてホンスーの靴にかかり…。
スポンッ。
『脱げたぁあああああああああっ!』
重なる絶叫が谷にこだまする。が、この時チョウは平時から回転が速い頭を、五割増しで回転させている。
抜けてしまった靴を握った右手とは逆の、左手が素早く前を向く。その分厚い掌には瞬きにも満たない一瞬の内に、スッポリ
隠れる程小型の拳銃が握られていた。
「何のこれしきぃいいいいいいいいいっ!」
やけくそ気味に吼えるチョウ。暗器兼護身用に持ち歩いている愛用のデリンジャーが、二発立て続けに弾丸を吐き出し、半壊
した凧の左翼に命中。骨組みの竹を破壊した。グニャリと曲がって滑空角度が変わった凧がグランと大きく揺れて、その右翼を
狙い通り猪側に寄せる。
この機を逃さず凧を捕らえたチョウは、極端に浅い放物線を描く大跳躍の軌道に凧ごとホンスーを引っ張り込む格好で救出。
空中でしっかりレッサーパンダを抱え直すと、90メートルの谷越え大ジャンプから…、向かいの岸壁へ。
「!!!!!!!!!!!」
ユェインでもあるまいし、何の準備もなく空中で勢いが落とせるはずもない。砲弾のような速度に重力が加わり、チョウはホ
ンスーをガッシリ抱えて…。
ズドォン…、と、人も寄り付かない山中に轟音が響き、木立からガァガァとカラスたちが飛び立った。
「う~…!う~…!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~!」
寝台にうつ伏せになったまま脂汗を流す猪の横で、レッサーパンダが泣きながら謝り、腰回りに軟膏を塗りつける。
普通ならば投身自殺に等しい大跳躍からの落着を演じたチョウは、着地の衝撃で腰と股関節をやってしまい、何とか村まで帰
り着いたものの力尽きてダウン。痛みに耐えながら自前の治癒術を行使中である。
老虎がホンスーに持たせたこの軟膏は、いわゆる仙丹の外用薬版のような薬。仙気を補充する作用もあり、チョウの治癒の仙
術も効果を促進させられる。まさかこんな事で貴重な仙薬を消費する羽目になろうとは、太上老君も予想できなかったが…。
「また助けられちゃった…。ボクはいつまでも未熟でダメなタマゴ仙人だ…。帰省もまともにできないダメ軍人…ダメ元軍人…。
ダメタマゴ元軍人だ…」
項垂れるホンスー。その深刻さに対し、ズボンを下げて尻を丸出しにする格好で腰回りに軟膏を塗られているチョウは、特製
軟膏の効力で痛みが引いて来ると、徐々に顔を赤らめ始める。
「…ゴホン…!」
気を取り直すように咳払いしたチョウは、「助けるとも」と呟いた。
「…え?」
「助けるとも。何度でも、何回だって、必ず…。俺は、この手が届く限りホンスー君を助けてやる」
「チョウお兄ちゃん…」
「君はいつか、長い時をかけて、数えきれない多くのひとを救って行くんだろう。それを君は自分の役目としたんだから…。俺
は、君が困った時に助ける事を、自分の役目にする。さし当たり次は…」
猪は首を捻り、レッサーパンダに笑いかける。
「ホンスー君が腹を空かさないように、美味い飯を作って助けないと」
レッサーパンダがポカンとし、次いでじんわりと笑みを顔に広げた。
大柄な猪も、その厳めしい顔を綻ばせる。
「そうと決まれば!ろくに用意して来なかったから食材を仕入れに行こう!米はたっぷりあるから、まずは粥!小籠包、青椒肉
絲に酸辣湯、糖醋肉(酢豚)、乾焼蝦仁(エビチリ)、餃子、そして紅薯抜絲!いや、全部揃えるのは難しいが、いっそ満漢全
席に挑戦してみるのも良いか!」
「ボク、そんなに食べられないよぉ…」
ホンスーが困った顔で、しかし嬉しそうに苦笑し、チョウも笑ってこれに応じる。
「君が残した分は俺が全部食う。無駄遣いはしないとも!」
春節は長い。休みの間、いくつでも、何食でも、好物を作ってやろうとチョウは思う。
これからの事、これまでの事、話す時間はたくさんある。
緩やかに流れゆく冬の終わり、春の訪れを祝う節目を、故郷を失った生き残りのふたりは、今年やっと共にできて…。