プログラム・ケモチェンジャー
「ん…」
薄く目を開けると、天井が見えた。…これ、俺の部屋の天井じゃないな…。
「んん…?」
身を起こして頭を振り、俺はぼんやりと思い出す。
そうだ。コーイチの部屋に来て、夕飯の支度をする前にシャワーを借りていたんだった。
で、あれ…?なんで俺、床の上に寝ていたんだ?
なんとなくしっくりこない眼鏡を軽く直し、座り込んだ俺の正面には、電源の入っているパソコンのモニター。
…あぁ、そういえばこいつを覗き込んだら眩暈がしたんだっけ…。それでひっくりかえったのか?
周囲を見回したが、コーイチの姿は無い。…そういえば、タバコとビールを買いに行くとか言っていたっけな…。
見回したついでに、視界の隅に入った縞々のものに視線を向ける。
「…なんだこれ?」
俺の脇の床に、黄色と黒の縞々の、太いロープみたいなものが投げ出されていた。モップ…?にしては形が変だよな?これ
じゃあ使い辛いだろう。
縞々のロープの先は丸くなっている。なんだか猫の尻尾のようだ。視線で追うと、ロープは俺の背後へ回り、タンクトップ
とトランクスの間に入り込んでいる。
…コーイチの悪戯か?あいかわらず子供みたいな真似を…。
あいつの童顔を思い出し、苦笑しながらロープを掴もうとした俺は、自分の手を見て硬直した。
…黄色?でもって、毛?
手を…、いや、腕全体を覆う黄色い毛、所々に黒い縞模様がある。指先には…、なんだこの鍵爪っぽいの…?
俺はハッとして視線を足に向ける。トランクスから伸びる太もも、ふくらはぎ、足首、足、全部黄色い毛と縞に覆われている。
「な、な!?」
軽くパニクりながら立ち上がると、どうやらこれ、俺の足らしい。
おそるおそるタンクトップを捲りあげると、大学に入ってからすっかり肉のついた胸と腹も、手足よりは少し薄い色の黄色
い毛で覆われていた。
「ななな!?」
尻からだらんと垂れた縞々のロープが、ぴこんと跳ねた。
「ななななななな!?」
パソコンの横にあった、丸い鏡を覗き込むと、そこには…、
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁああああ!?」
…眼鏡をかけた…虎が居た…。
…話は、二十分ほど前までさかのぼる。
午後四時ちょっとの事だ。俺が通いなれたマンションの通路を足早に歩いていたのは。
申し遅れた。俺は虎島晴彦(とらじまはるひこ)。とある大学に通う四年生、今年で22になる。
ムワッとした空気に、まとわりつくような暑い風。夏は始まったばかりだと言うのに、気温の方は日々極めて快調に上昇し
ている。
ニュースで言っていたが、今日の最高気温は40℃らしい。…思い出すんじゃなかった。考えただけで汗が出てきた…。
五分歩いただけですでに汗まみれ。眼鏡と鼻の接触が潤滑になってずり落ちそうになる。
タンクトップは汗を吸って肌にぺったりくっつき、少し透けて見えた。
俺はいつものようにあいつの部屋の前で足を止める。玄関のドアには鍵はかかっていなかった。
ま、留守だったとしても合鍵預かってるから勝手に入れるんだけれども。
「コーイチ〜、邪魔するぞ〜」
「はぁ〜い。いらっしゃ〜い」
ドアを開けて玄関に入ると、気持ち良く冷やされた空気が俺を包んだ。
部屋の主には省エネという概念は無いらしく、ドアを開けっぱなしにしてあるせいで、玄関や廊下まで冷房が利いていた。
そして間を置かず、開け放たれたドアの向こう、リビングからロンゲの童顔がひょこっと現れ、へらへらと笑いながら間延
びした口調で喋りだした。
「今日は何ですかぁ〜?」
「チンジャオロースと春巻、コーンスープの予定」
「またゴッテリした夕食ですねぇ〜」
「夏ばて予防に体力つけるんだよ」
「そんなんだから〜…、痩せられないんだと思いますよぉ〜…?」
う…!?痛い所を突く…!
こいつは大学の後輩、竜間幸一(たつまこういち)。
俺の二こ下で、このあいだ二十歳になったばかりだ。ちなみにいいとこの坊ちゃんで、稼ぎの無い学生の身分でありながら、
この高級マンションで一人暮らししている。
二年前の春の事だ。
大学内で迷子になり、うろうろと彷徨っていた新入生のこいつを偶然見つけて、キャンパス内を案内してやったのは。
それが、俺達が知り合うきっかけになった。
コーイチが住むこの立派なマンションと、俺が住んでいるボロアパートとは、太い道路を挟んで向かい側に建っている。
近所という事もあるのだろう。コーイチは大学で初めて顔をあわせたばかりの俺を、先輩と呼んで慕ってくれるようになった。
で、安いボロアパートの部屋には風呂が無く、銭湯通いだった俺に、コーイチは風呂を提供してくれるようになり、俺は風
呂を借りるついでに晩飯の仕度をしてやるようになった。
…こんな生活してちゃ彼女なんてできるはずも無い。そう気付いたのは、コーイチとの夕食がすっかり日常化し、昨年の冬
に男二人、コタツで石狩鍋をつついている時だった。
…すでに手遅れの感が拭えない…。…まぁ、生まれてこのかた彼女なんてできた事ないけれどな…。
また今年の夏休みも、こいつとダラダラ過ごして終わるのかな…。
俺は用意してきた食材を冷蔵庫に放り込み、パソコンに向かって作業をしているコーイチの背に声をかけた。
「先に風呂借りるぞ?もう汗だくだ…」
「暑いですもんねぇ〜、今日〜。汗っかきの先輩は大変だぁ〜」
いちいち引っかかるなぁ…。年々体に脂肪が乗ってきている俺を、こいつは事あるごとにからかう。
まぁ、コーイチにも悪意があるわけじゃないし、俺もそれほど深刻に肥満に悩んでいるわけではない。
ちょっと気になってるだけだ。ほんとだ。ちょっとだけだ。ほんとだぞ?
だが一つ言うのなら、酔っ払った際に抱き付いたり、腹を揉んだりするのはカンベンして欲しい。
手触りが良いのは判るが、なんだかこう…、妙な気分になるのだ…。
シャワーを浴びて汗を洗い落とし、良い気分で湯船に漬かっていると、バスルームの曇りガラスの向こうで人影が動いた。
入浴中で眼鏡のない今は、本当にシルエットでしか見えない。
「せんぱぁ〜い。ちょっとコンビニまでビールとタバコ買いに行って来ますねぇ〜?すぐに戻りますからぁ〜」
「ああ〜。気をつけてな〜」
大きな声に大声で応じ、俺は「よっこらしょっ」と湯船から立ち上がる。
…よっこらしょってなお前…。
苦笑しつつ、俺は自分の脇腹をつまんだ。
高校までは空手で鍛えていた体も、大学の自堕落な生活ですっかりなまり、コーイチ曰く中年太りっぽい体形になって来ている。
コーイチが傍に居ようが居まいが、こんなんじゃ彼女なんてできるはずもないか…。
対してコーイチのヤツは結構格好が良い。
水泳をやってたそうだが、細身ながらも引き締まった体付きで、背は低いが、童顔とあいまってなかなか可愛いルックスだ。
髪を短くすれば可愛さに磨きが掛かるだろうが、面倒くさがりのあいつは床屋に行く手間を惜しんで、伸びるに任せている。
片付けや掃除も苦手らしく、俺が世話を焼いてやらないと、一週間と経たずに部屋は足の踏み場も無い状態になる。
事実、昨夜片付けたというのに、結構大きなテーブルの上は、コンビニの袋やパソコンの雑誌で埋まっていた。
熱中できる事にはマメなくせに、どうしてこういう所はだらしないのだろうか?
勝手知ったる他人の部屋。体を拭った俺は、タンクトップにトランクスというラフな格好でリビングを横断し、キッチンに
備え付けてある冷蔵庫を物色した。
お、缶ビール一本残ってるな。コーイチが買いに行ってるし、貰っとこう。
酒を覚えたてのコーイチはカクテル派だ。いまいちビールに馴染めないらしく、「苦くて嫌です〜」との事だ。
それでもビール派の俺のために、こうして常に缶ビールをストックしておいてくれている。
プルタブを開け、一気に半分飲み干し、「ぷはぁっ!」と一息つく。う〜ん美味い!風呂上りはまた格別だ!
…こういう事言ってるトコを見られると、「ますますおっさんくさいですねぇ〜」とかコーイチに言われるが…。
ビールを片手にリビングに戻り、食事に備えてテーブルの上でも片付けようかと思ったその時、俺は立ち上げられたままの
パソコンの画面に気付いた。
コーイチはゲームが好きだ。
大学のなんたら研究会とかいう、パソコンのゲームやプログラムを作るサークルにも入っているほど。
俺はゲームにあまり詳しくないが、話題になったいくつかのゲームなんかは、あいつにやらせてもらったりもした。
あいつ、またゲームの途中で出て行ったのか?
覗き込んでみると、画面には動物の顔のアイコンがたくさん並んでいる。
いや、普通の動物だけじゃない。なんかユニコーンとか竜とか、架空の生き物まで混じってるな…。
音楽も鳴ってないし、ゲームとは違うのか?
少し考えた後、俺は以前コーイチにやらせてもらった、動物のキャラクターを使った性格や相性の占いの事を思い出した。
…ちょっとやってみるか…。俺は何気なくマウスを握り、画面のカーソルを滑らせる。
どうやるんだったっけ?やったのも去年の話だし、うろ覚えなんだよな…。
確か、生年月日を入れてからキャラクターが表示されたような…?
俺は下の方にある白い枠に目を留める。そして生年月日を入れようとして…、
「…生年月日に、身長、体重…?」
なんで身長と体重だ?まぁ良いか…。
入力を済ませ、「OK」ボタンをクリックすると、今度は画面の上に「アイコンを選んで下さい」とメッセージが表示され、
動物の顔が耳を動かしたり、口を開いたりと、思い思いに動き始める。
ん?前はこんなんじゃなかったような?データを入力すると結果として動物が表示されるんじゃなかったか?
ま、とりあえず続けるか。選ぶのは…、
俺は苗字にもあり、自分の干支でもある動物の顔をクリックした。
画面が切り替わり、黄色に黒の縞模様のバックに、二つの点が表示された画面になる。
説明を読むと「右目でA点を、左目でB点を見て、エンターキーを押してください」とな?
…あれか?立体で絵が見えるっていうあれなのか?どうやら占いじゃなかったらしいが、せっかくだから最後までやってみるか。
でも苦手なんだよな、こういうの…。俺は二つの点を苦労して見つめ、視点を調節する。
…って、あれ?何も見えて来ないじゃないか…。あ、エンター押すんだったっけ?押すと何か変わ…、
パッ!と、画面が眩しく光った。
目の奥が…、いや、頭の芯がジンジンして、俺は眩暈を覚えて後ろにひっくり返り…、
…とまぁ、今に至るわけであり…、
落ち着けハルヒコ!これは夢だ!夢に決まってる!本当はまだベッドの中に居るんだ!
でなければ暑さで頭が浮かされて妙な白昼夢見てるんだ!とにかくコレは現実じゃない!…はず…、
俺は自分の尻を振り返る。肉付きの良いむちっとした尻から生えた尻尾は、自分の意思で動かすことができた。
…夢だ。夢なんだこれは…!
そ、そういえば、俺はあのパソコンの画面を見て…、…ん?
俺は画面を凝視する。あの激しい発光はしていないが、黄色に黒の縞模様のバックに、二つの点があるあの画面のままだ。
その画面の真ん中に、「変身は上手く行きましたか?」というメッセージ。
その下には、「OK」と「リトライ」のアイコンが新たに出現している。
…変身は…、上手く行ったか…?…だと…?
ピーンと来た。これはたぶんこのパソコンのせいだ。
原理は判らないが、あのフラッシュで催眠状態か何かにされているんだろう。頬でもつねれば目も覚めて…、
「い、いでっ!いでででででで…!」
痛いばかりで全く元に戻らない。
むしろ、つねる頬の毛の感触までがリアルで、これが現実なんじゃないかと思えて来てしまった。
ガチャッ…バタン
「ただいまですぅ〜」
背後から聞こえた音と声に、俺は総毛だった。いやもう比喩じゃなく本当に、文字通り全身の毛が逆立っている。
「遅くなっちゃいまし…」
リビングのドアを開けたコーイチは、俺の姿を見て硬直した。
…沈黙…。
俺達は言葉も無く見つめあい、部屋は耳が痛くなるような静寂で満たされる。
ま、まずい…!なんとか弁解しなければ!
不審者以上に理解不能、かつ非常識な生物を前にすれば、いかにおっとりしてるこいつでも流石にパニックになる!
「こ、コーイチ…、落ち着…」
「せんぱぁ〜いっ!!!」
どすっ!ばたん!
「げふぅ!」
説明のために口を開きかけたその時、コーイチはいきなりダッシュし、俺に抱きついて来た。
突然の事に踏み堪え損ねた俺は、コーイチに抱きつかれたままひっくり返る。
「おい!離せコーイチ!酔ってるのかお前!?…って、あれ?」
俺は首を傾げ、胸にすりすりして来るコーイチの顔を見つめる。
怖がってない?それどころか、こいつ、俺だって一目で判ったのか?
「コーイチ?俺が判るのか?」
「えぇ〜?判りますよそれは〜」
コーイチは俺の腹をさすりながら頷く。…やめれ。
…考えて見れば、出かける直前までコーイチはこのパソコンを弄っていた。この現象の事を知っているのか?
「とにかく…」
俺はコーイチを無理矢理引き剥がし、座り直してその顔を見つめた。
「このパソコンの画面を見て、気が付いたらこうなってた。…これ、何なんだ?」
「プログラム・ケモチェンジャーです〜」
コーイチはそういうと、パソコンに視線を向けた。
「は?…プログラム…ケモレンジャー…?」
「チェンジャーです、チェンジャー!簡単な入力の後〜、特殊なパターンのフラッシュで視床下部に刺激を受けると〜、誰で
も希望の獣人になれるとゆ〜、まさに我々ケモナーの夢を実現してくれる画期的、かつ脅威のプログラムぅ〜!実在の動物だ
けじゃなく、ドラゴン、ユニコーンなどの架空の生物の獣人にもなれちゃうので〜、多様なニーズにもバッチリ対応〜!」
…ケモナーって何だ…?
首を傾げる俺をよそに、コーイチはご機嫌で話を続け、
「うちのサークルで作っているんですけれど〜、なかなか上手く行かなくて〜…。それで、プログラムの一部を持ち帰って調
整していたんですけれど〜…、いやぁ〜、大成功ですねぇ〜!」
と、へらへら笑う。…っておい、冷静に考えると、このプログラム、何気に凄くないか?
「先輩!」
コーイチは急に真顔になると、俺の目をじっと見つめてきた。
こいつがあまり見せる事の無いその真剣な表情に、俺は思わず居住まいを正して正座していた。
…まさか…、…もしかして…、…この姿、治らないのか…?
うっかりあんな物を見てしまったばっかりに、俺は一生タ○ガーマスクの出来損ないみたいなこの格好で生きていかなけれ
ばならないのか?
「先輩…!」
コーイチは口元を歪めると、
「な、なんなんですかぁ〜、あんたぁ〜っ!!!」
「おぅあ!?」
また俺に抱きついて来た。
「虎ぁ〜!おまけに眼鏡ぇ〜!そしてこの出っ腹ぁ〜!タンクトップにトランクス〜!何なんですかあんたは〜っ!悶え死に
するくらいにツボだ〜っ!」
「お、落ち着けコーイチ!」
「あ〜!もう言っちゃいますけどぉ〜!オレずっと先輩の事が好きでしたぁ〜っ!付き合って下さいぃ〜っ!」
「ちょっと落ち着けコーイチ!な?おちつ………、えぇぇぇぇえええええ!?今何て言ったお前!?」
聞き捨てならないセリフをさらっと言いつつ、胸にグリグリ頬を押し付けるコーイチに、俺は動揺を隠せないまま問い返す。
「実はオレ〜、先輩に惚れちゃってたんです〜っ!会ったあの日に恋に落ちて、ずぅっと言う勇気無かったんですけど〜、せっ
かくだからどさくさに紛れて言っちゃいます〜っ!」
「どさまぎの告白って何だ!?っていうか男だぞ俺は!?」
コーイチは潤んだ目で俺を見つめた。
「良いんです〜!性別なんて関係ないっ!愛してます先輩ぃぃぃいいいっ!」
「あっ!ちょっ、ま…!それはっ、ら、らめぇぇぇえええええええっ!!!んむっ!?」
俺の絶叫は、コーイチのキスで遮られた…。
…ぐすっ…。…俺の…、ファーストキス…。
「で、戻るんだろうなこれ…?」
テーブルの向こうで、幸せそうな顔で春巻きにかぶりつくコーイチを軽く睨みながら、俺は尋ねる。
コーイチは俺の問いに、あっさりと頷き返した。
ファーストキスをコーイチに奪われると言うあまりの出来事に、思わず家事に逃避してしまった俺は、予定通りチンジャオ
ロースと春巻きをこしらえ、現在夕食中…。
「まだ試作段階なんで〜、せいぜい4時間程度しか〜、効果が続かないんですよ〜」
という事は…、四時半頃に画面を見たから…、八時半くらいには戻れるのか。
時計を見ればもうじき七時半。あと少しの辛抱だな…。
「もうちょっとだな。早く戻らないかねぇ…」
なにせこの口ではビールが飲みにくい。呟いた俺を、コーイチが箸を休めて見つめた。
「やっぱり〜…、戻りたいですか〜…?」
「当り前だろう?こんな格好、普通は見たら腰抜かすぞ」
「オレは〜…、魅力的だと思いますよ〜…」
箸を置き、俯き加減で言ったコーイチの言葉に、何故か俺はドキッとした。
「ば、ばか言うな。こんな太った虎の出来損ないみたいなの…」
「すてきですよぉ。先輩ぃ…」
…また、あの潤んだ目…。
こんな事、言われた事なんてなかったせいか、俺は顔が熱くなるのを感じた。
コーイチは立ち上がると、テーブルを回って俺の横にぺたんと正座した。
「オレ…。最初に先輩とあったあの日…、先輩に優しくされて、惚れちゃったんです〜…」
コーイチは俯いたまま、ぼそぼそと言った。
「でも、オレ…、先輩が気持ち悪がると思って〜…、ずっと我慢して〜…、でも…、でも〜…」
長い前髪が垂れていて、コーイチの顔は見えない。…でも、どんな顔をしているかは、なんとなく判った。
…声と肩が、震えていたから…。
「…やっぱり…、ダメ…ですよね…?」
ぽそっとそう言うと、コーイチは頭を下げた。
「さっきは…、無理矢理あんな事して…、ごめんなさい…」
すっと立ち上がり、俺から離れようとしたコーイチは、足を止めて振り返った。
「せん…ぱ、い…?」
自分の脚に、遠慮がちに、そっと絡みついた、黄色と黒の縞模様の尻尾を見て、コーイチは驚いたように言葉を切った。
「ん…、まぁ…その…、なんだ…」
俺は湿った鼻の頭を指で擦りながら呟く。
「俺も…、お前のこと、憎からずは…、…うん…、思ってる…」
ぺたんと座り込んだコーイチの頭を、尻尾の先でポンポンと叩きながら、俺は視線を逸らして呟いた。
「可愛いヤツだなぁ…。とは…、前々から…、思ってはいた…」
「せ、先輩…」
泣き出しそうな童顔に、俺は歯を剥いて笑ってやった。
やっぱり、嬉しかったんだろうなぁ、俺…。例え男からでも、好きって言って貰えた事が…。
二度目のキスは、ベッドの上でだった。
座って抱き合い、唇を重ねながら、コーイチの手が俺の胸を揉む。
肉が手に余る胸を揉みしだき、柔らかい毛にうずもれた乳首を細い指先が摘むと、俺は堪えきれなくなって呻き声を漏らし
てしまった。
しばらく胸を弄んだ後、コーイチの手は柔らかい毛に覆われた腹をさすり、軽く揉み、そして股間へと降りていく。
「こ、コーイチ…」
「はい〜…?」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、コーイチの耳元に囁いた。
「じ、実は俺…、童貞なんだ…。だから、こういうの初めてで…、どうすれば良いのか…」
顔から火が出そうになった…。
童貞ではあるが、一応知識としては知っている。だがしかし、男同士のというのはなんとなく知っているだけで、実際にど
ういう事をするのか、最終的にはドッキングするらしい事しか判らない。
「判りました〜。オレがリードしますから〜、任せて下さいね〜…」
コーイチの手が、トランクスの中に滑り込む。
キスだけで興奮していた俺のあそこは、すでに硬くなりつつある。それを、コーイチのしなやかな細い指がそっと握った。
ゾクゾクする感覚が股間から這い上がり、全身の毛が逆立ち、尻尾がピンと天を突く。
ムクムクと大きくなるソコを、コーイチは優しくさする。
…ふと思ったが、やっぱりこいつ、初めてじゃないよな?
コーイチは股間から手を離し、俺に万歳させてシャツを脱がせると、トランクスに指をかけた。
「先輩〜、少し、腰を浮かせて〜…」
「あ、ああ…」
腰を浮かせると、コーイチはトランクスに手をかけた。
ズズッと下げられたトランクスのゴムに引っかかって、勃起した逸物が押し下げられ、少し苦しくなる。
ゴムが外れると、逸物はピンと元気に跳ねて、俺の下腹を叩く。
「あぁ〜…、先輩〜…」
喘ぐような声で囁き、コーイチは唇を重ねてきながら、俺の肉棒をキュッと掴んだ。
いつも感じていた妙な感触…。俺は、今になってはっきり判った。
いつも、酔って抱きついて来たこいつに、腹を揉まれたり、胸をつつかれたりする度に、きっと俺は、感じていたんだ…。
夢中になって唇を吸っている間に、コーイチの手はチンポから離れ、毛に覆われた睾丸を優しく揉みしだいた。
僅かな恐怖感、そして快感がじわりと下腹に広がる。
「先輩〜、仰向けになって〜…」
「あ、ああ…」
仰向けになり、されるがままに脚を開いた俺の尻を、コーイチの指が撫で回した。
「ココも〜…、初めてですよねぇ〜…?」
俺は恥かしさを堪えながら、無言で頷く。
「オレ、先輩の初めて…、貰っても良いですか…?」
これから何をされるのか何となく判り、正直、ちょっと怖くなった。
だが、ここで中断するには、俺の体は火照り過ぎていた。
俺は、意を決してコーイチに頷いた。
「んぅっ!?」
ローションをたっぷり塗りつけ、湿ったコーイチの指が、俺の尻の穴に滑り込んできた。
堪らず声を上げた俺に、コーイチは心配そうに声をかける。
「力を抜いていて下さいねぇ〜?大丈夫ですか〜?痛い〜?」
「へ、平気…だと、思う…。でも、一つ良いかコーイチ?」
「はい〜?」
俺はおしめをかえられる赤ん坊のようなポーズのまま、恥かしい思いをしながらコーイチに尋ねた。
「…その穴って…、本来、そういう事する穴じゃないよな…?…だ、大丈夫か?裂けたり、腸がはみ出てきたりとかしないか?」
「あはは〜、さすがに腸とかは出てきませんよ〜」
へらへらと笑いながら言ったコーイチに、俺は半笑いで頷く。
「そ、そうだよな、大丈夫だよな…、ははは」
「まぁ〜、裂けるっていうか〜、切れちゃう場合は〜ありますけど〜…」
「ええぇぇえ!?」
思わず声を上げた俺の尻に、コーイチの指がするっと、奥まで入ってきた。
「あぁんっ!」
腸の内側を指で刺激され、初めて味わう妙な快感が、腹の中から股間まで駆け抜ける。
「かわいい声ですねぇ〜、先輩〜…」
コーイチは指を抜きさしして、肛門を広げるようにほぐしながら囁いた。
しばらくして肛門が弛んで来ると、コーイチは指を二本に増やした。
「んぅぅっ、あぐっ…、あぁんっ!」
「大丈夫ですよ〜…。すぐ慣れてきて〜、気持ち良くなりますから〜…」
痛いっ!そして苦しい!快感は伴っているものの、今のところは苦痛の方が大きい。
あまりの痛さに涙が出たが、メス声で喘ぐ俺の尻を、コーイチは優しく囁きながらほぐしていく。
されるがままに快感と戦いながら、俺はふと思った。
マグロって、今の俺のような状態の事を指すんだろうな。と…。
そして、コーイチは俺の腰におおいかぶさるような体勢を取った。
尻の穴のところに、熱い何かが押し当てられる。それは、コーイチの男根だ…。
「良いですか〜?先輩ぃ〜…」
コーイチのは結構でかい。…実は俺のよりもでかい…。
指二本でほぐしたとはいえ、あれ以上太いのが来るのかと思うと、正直少し怖くなった。
…だが…、俺はごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めて頷いた。
尻の穴に圧迫感。次いで、ぐりっと何かがねじこまれる感覚。
…ずっ…ずぷっ…みりっ!
「んがぁぁああああああっ!?」
思わず悲鳴に近い大声を上げたら、コーイチは動きを止めた。
「大丈夫ですか?先輩ぃ!?」
「んっぐぅ…!た、たぶん…」
「亀頭は入りましたから〜、一番太い所は過ぎました〜。でも〜、慣れるまで少し、このままでいますね〜?」
コーイチはそう言うと、俺のチンポを弄り始めた。
「んっ!あぅっ!」
快感に声を上げている内に、尻の圧迫感は薄らいで来た。…こういう手法、やっぱり慣れてるんだよな?こいつ…。
「コーイチ…、もう、大丈夫っぽい…」
「…そうですか〜?…それじゃあ〜、もっと深く入れますよぉ〜…」
ググッと、コーイチが俺の中に潜り込んできた。
ずぬっ、ぬぬっ、ぬぬぬっ…
「んうっ!うっ、うっ、うっ、うぅぅっ!」
腹の中から、チンポと肉壁が擦れる音が聞こえてくるような気がした。
みりりっ
「ひぎっ!?」
…火。頭の中で火花が散る…!
ぎゅぎゅぎゅ、みぢぃっ
「いぎゃぁぁぁぁああああああっ!」
…熱い…!腹の中、奥の奥まで、熱い何かが押し込まれているのがはっきりと判った。
気が付くと、俺は大声で泣き喚いていて、コーイチがその口を優しく唇で塞いでくれた。
俺の中で、コーイチのチンポがドクドクと脈打っているのが判る。
キスをしているうちに、少しずつ痛みが引いてきた。いや、慣れてきたんだろうか?
「こ、コーイチ…」
「はい〜…?」
「だ、大丈夫…、続けてくれ…」
あんな苦しい思いをしながらも、俺にはもう、途中でやめる気なんて全く無かった。
痛いけど気持ち良く。苦しいけど心地良い。こんな気分を味わうのははじめての事だった。
コーイチは頷くと、ゆっくりと腰を振り始める。
チンポが出し入れされるたび、電流にも似た快感が、背骨を駆け上がってくる。
俺は尻尾をピンと突っ張らせ、シーツを硬く握り締めて声を押し殺す。
尻の穴に肉棒を突っ込まれる事が、何故快感に繋がるのか、俺には全く判らなかったが、チンポの反応は理屈を越した所に
あった。
尻を突かれる度に、俺のチンポはびくびく反応し、よだれを垂れ流しにしている。しごいてもいないのに射精寸前の有様だ。
コーイチのチンポが俺の腹の中をぐちゃぐちゃにかき回す。
肛門はすでに熱をもって痺れ、痛みが消えている。
腰を振っているコーイチ自身も、快感を堪えるように歯を食い縛っていた。
ぐちゅ、ぐちゅ、と、俺の尻の穴とコーイチのチンポが音を立て、コーイチの腰と俺の尻がぶつかり合う音が、体毛のせい
で少しくぐもって響く。
卑猥に響くそれらの音が、俺の神経を興奮させた。
「コーイチっ!お、俺、たぶん、そろそろ…!」
「せ、先輩〜っ…、そんなに締めたら〜、あ、あぁぁぁっ!」
俺達は高い声を上げ、殆ど同時に絶頂に達した。
俺のチンポから放たれた精液は、俺の腹を覆う薄黄色の毛皮を汚し、胸にまで届いた。
一番奥まで突き込まれたコーイチのチンポは、俺の中で一層怒張し、熱い体液を大量に吐き出した。
焼け付くような、裂けそうにも感じた尻の痛みはいつしか完全に消え、体の芯と同じ、ただ痺れたような、熱の感覚だけが
残っていた。
脱力したコーイチが、俺の上にしなだれかかる。
ぐったりとしながらも、俺はコーイチの背に両手を回した。
「先輩ぃ〜…」
「…ん…?」
「好きですぅ〜…」
コーイチの囁くような声に、俺は少しの沈黙の後…、
「…俺も、お前が好きだよ…、コーイチ…」
顔が真っ赤になるのを感じながら、そう言っていた…。
「…あれぇ〜…?」
余韻が抜け、気だるい体を起こしてリビングに戻ると、コーイチが首を傾げた。
「どうした?」
後ろからリビングに入った俺は、コーイチの視線を目で追う。
もう九時半か…。結構長いこと情事に耽ってたんだな…。
…ん?今、何か大事な事を思い出しかけたような…。
……………。
あ。
「コーイチ?」
「は、はい〜…」
「四時間で…、戻るって言ったよな…?」
「はい〜…」
「…もう五時間近く経ってるんだが…」
「そ〜…です〜…ねぇ〜…」
「……………」
「……………」
「ど、どういう事だコーイチ!?」
「あ、あれぇ〜?おかしぃなぁ〜、あははは〜」
「笑い事じゃないだろ!?」
「せ、先輩はきっと〜、プログラムとの相性が抜群に良いんですよぉ〜!うん!素晴らし〜!」
「素晴らしくない!戻せ!すぐ元に戻せ!」
「大丈夫〜っ!」
「何が!?」
「先輩、人間の姿の時よりも〜、今の格好の方が魅力的ですぅ〜!どうせならずっとそのままの姿で〜…って、ちょっと?先
輩ぃ〜?尻尾で首を絞めるなんてマニアックな責め…、げうぅっ!?」
「お前まさか一生このままで居ろとか言うんじゃないだろうな!?」
「お、おちつ…、せんぱ、い…!くるし…!」
「うがぁぁぁあああ!これが落ち着いていられるかぁぁああああああ!!!」
尻尾で首を絞められ、真っ赤な顔で口をパクパクさせているコーイチの肩を掴み、ガックンガックン揺さぶる。
俺の叫びの後半は、虎そのものの雄叫びになっていた。
…俺…、ちゃんと元に戻れるんだろうなぁ…!?