路傍の少女と檻の幼女(三)

 野良猫が去り、シャッター音が静かに響く細い裏道。

 路地の行き詰まり、スプレーの落書き、現状を嘆く誰かの拳で凹んだ壁、転がった空き缶、錆びた雨樋…。珍しくもないし

綺麗でもない物を一つ一つ丁寧に写真におさめる狸の背中を、レインは黙って眺めながら待つ。

 やがてカナデはカメラを下ろしてレンズにカバーを嵌めると、少女を振り返ってにこやかに口を開いた。

「お待たせ、次に行…」

 きゅぅ~…。

 言葉を切ったカナデの耳が立つ。レインが何かを探すように目を彷徨わせる。やがて、ふたりの目は仔犬が鼻を鳴らすよう

な音の出所…狸の太鼓腹に落ち着いた。

 思わずプッと吹き出すレイン。カナデは照れ隠しに「あれ?結構歩いたせいかお腹が減ってきたナ?」と苦笑いしつつ、お

どけた様子でポンと軽く腹鼓を打つ。

「かわいい音で鳴るんだ?カナデのお腹」

「たぶんお腹が減って元気がないんだネ…」

「お腹もお腹が減るの?」

「それはまぁ本人だからナぁ」

 昼には少し早い時間なのだが、と腕時計を確認したカナデは、「それじゃあ、レインちゃんオススメのラーメンを食べに行

くよ」と目を細めた。

「うん。…カナデは辛いのも好き?」

 並んで歩き、通りに向かいながらレインが問うと、「好きだよ」と狸は即座に顎を引く。

「どんなラーメンも好きだけどネ、辛いのもいいよ。出先じゃなかなかできないけどネ、辛いのを思いっきり食べて汗だくに

なって、体中から噴き出した汗をシャワーで流すと気持ち良いんだよ」

「なにそれ、変なの」

 首を捻って不思議がりながら笑うレインは、カナデが拾ったタクシーで運転手に店の名前を告げる。

 そこは旅行ガイドでも観光客にお勧めされている大きな中華料理店で、四川料理を学んだ料理人が移住して開いており、本

場の味そのままの四川料理と、郷土料理をミックスした創作料理を提供している。

 真っ赤な柱や壁が印象的な店内に入り、壁際のテーブル席に通されたカナデは、椅子を引いてエスコートしレインを喜ばせ

ると、早速メニューに目を走らせた。

「辛いのが美味しいって有名だよ。…食べた事はないけど…。でも話によく聞くから」

 そんなレインの説明のとおり、店の名物は癖になる辛さの特製麻辣。麻婆豆腐や麻辣火鍋は勿論、麻辣拉麺も人気がある。

「それを聞いたら辛いところから攻めなきゃ損だよ!それじゃあ…」

 レインの希望を訊いた後、カナデはウェイターを呼んでオーダーを伝える。そして…。

「…こんなに食べるの…?」

 続々やって来る料理を前に、レインは目をパチクリさせた。

 出てきたのは、レインが希望した担担麺の他、赤黒いドロリとした餡かけがいかにも辛そうな麻辣拉麺、香りが既に辛そう

かつ美味そうな麻婆豆腐、若竹の色合いが美しい青椒肉絲、挽肉たっぷりの魚香茄子、ブツ切りの鶏肉がソースにとっぷり浸

かった棒棒鶏、そして大振りな海老がゴロゴロ入った乾燒蝦仁…つまりエビチリ。

「食べ過ぎで仕事できなくなっちゃうんじゃないの?」

「ああ、そこは心配要らないよ。今日の仕事はもうおしまいにするからネ」

 からかうレインに、撮り溜めた写真を一度整理して、所見を忘れない内にメモするのだと、カナデは述べる。

「おかげさまで予定より早く取材が進んでてネ、住んでる人達の声なんかを集めるのはこれからだけど、必要な写真はだいた

い撮れたよ」

 機嫌が良さそうなカナデの説明で、自分は役に立ったのだと知ったレインは喜んで顔を綻ばせ…。

(…え?だいたい撮れた?って…)

 ドキリとした。それは、カナデの仕事の終わりが近付いているという事で…。

「うん?どうしたのかナ?」

 急に黙り込んで俯いたレインの様子に、カナデは眉根を寄せる。

「う、ううん!何でもない!」

 答えながら、レインは必死になって考える。

「あのさ…。カナデは、「アリス」って何語だか、何処の国のひとの名前だか、判る?」

「うん?何語って…、たぶん英語圏やフランス語圏に多い人名かナ?詳しくないから由来とかまでは知らないけれど、西洋で

は一般的な名前かもしれないネ」

 その名前がどうかしたのかと、話の続きを待つカナデだったが、レインは「ちょっと、思っただけ…」と曖昧に濁して、そ

れ以上言葉を続けなかった。

(珍しい名前じゃないんだ?じゃあどこの国の子供か判らない…。タイシカンとかには行けない…)

 アリスが売られないようにしたい。助けてあげたい。だが、そのためにどうしたら良いのかがまだ判らない。頼めそうな大

人は、頼れそうな大人は、会ったばかりのこの狸程度しか思いつかなくて…。

(何て言って頼めばいいの?何て説明したら、このひとはアリスを助けてくれるの?どうやったら、アリスを助けられるの?)

 時間が少なくなってゆく。小さな胸がシクシクと焦りで締め付けられる。



「よう。お早いお帰りじゃねェか」

 ホテル前、偶然バッタリ…という体を装って、シャチはカナデの前に姿を見せた。

「うん。一旦整理したくてネ、今日は早めの引き上げだよ」

「そうかそうか。そりゃあよかったぜェ。グフフ…!」

 シャチは口角を上げ、先に立ってホテルの玄関を潜りながらこう言った。

「ちょいと付き合いなァ。いい酒が安く手に入ったからよォ」

 サッと上げられたその手には手提げ紐つきの紙袋。酒屋のロゴがカナデの瞳に映り込んだ。


「ジョニー・ウォーカー…。へぇ、普通に売ってたんだよ?」

「グフフ、めっけもんだぜェ」

 カナデの部屋に上がりこんだシャチは、ブルーラベルのボトルを手渡して確認させる。「せっかくの酒だァ、独り飲みも勿

体ねェ」と。

「それじゃあお言葉に甘えてご馳走になろうかナ」

 冷蔵庫にはロックアイスとビーフジャーキー、そしてピーナツ。氷とツマミが丁度よく揃っていた。

 備え付けのグラスを洗い、氷を入れて、窓際の小さなチェアセットにカナデが戻ると、シャチは既にボトルの封を開けて待っ

ていた。

「注ぐよ」

 狸はボトルを取り、シャチのグラスに、次いで自分のグラスに、琥珀色の酒を注ぐ。

「乾杯」

「グフフ、乾杯」

 プラスチックのグラスがカツンと当たる。

 香りを嗅ぎ、口に含み、舌で転がし、飲み下す。

 芳醇な香りが鼻に抜け、喉をアルコールが焼く。冷たくて熱い、堪らない感覚にホッと息をつく。

「美味いネ。肴もグラスも氷も、間に合わせなのが勿体無いよ」

「グフフ!通だなジャーナリストさんよォ」

 目尻を下げて二口目を含んだカナデに、シャチは問う。

「なァ。何が知りたくて、記者をしてんだァ?」

「それは…、うん、難しい質問だネ。何せ見る事と知る事が目的で、それを発信するのも一応の目的で…、これを見たい、知

りたいっていう確たる物を求めてないんだよ」

 カランと、氷が鳴る。シャチの手の中のグラスで琥珀色が不安定に揺れる。

「政治闘争も?」

「うん。確かめたいネ」

「各地の紛争も?」

「うん。知りたいネ」

「弱者の味方として、かァ?」

「そこはどうだろうネ。僕はきっと彼らにとって「本物の味方」じゃないよ。調べて情報を広める、ただそれだけ。本当の救

い手にはならないからナ」

「じゃあ、刺激的な写真が撮りてェ、って事かァ?」

「訴求力のある写真って意味では、そうだネ。でも刺激が最優先じゃあないよ」

「ほう。戦場、死体、悲劇の写真ばかりじゃねェ、と…」

 不躾とも言える突っ込んだ問いに、カナデは「そうだよ」と頷く。その目は…、

「だが、撮るんだろう?そういった写真も」

「そうだネ」

 既に焦点が合っていなかった。

 寝ぼけているような、酔いが回ったような、意識がはっきりしていない眼差しと表情。シャチによって酒に入れられた薬が

効いていた。

 グラスは自分で出した。氷も自分で買ってきた物だった。酒は未開封だった。そして酒は同じボトルから注いだ。それも自

分の手で。

 カナデの行動には落ち度と呼べる物は無かったが、この場合、相手が悪かった。カナデが氷をグラスに入れている間に、薬

は酒に混ぜられていた。つまりシャチも飲んでいるのだが、こちらは体内の浄化機能で薬物の成分を除去し、影響を受けてい

ない。

 薬の正体は、後遺症の残らない、解剖して解析しても引っかからない、ラグナロク特製の自白剤。

 シロだったとしても、排除した方が後々邪魔にならない。そうでなくとも勘が良過ぎて、程度の悪い構成員が接触すればボ

ロを出しかねない。脅威までは至らなくとも危険と判断して差し支えない。

 それがシャチの結論。元より別の仕事ともかち合っているので、判断にそれほど時間をかけてもいられないため、適当なと

ころで見切りをつけるつもりだった。

 この記者は、政治の匂い…それも引火する危険性のある燻りの周辺を嗅ぎ回る。紛争地の火種を間近から確認しようとする。

その目的は別に良い。だが、自分達が事を起こす先々に現れるのは、いざという時に邪魔になりかねない。だから、後腐れな

く始末しておく。

 薬物によって嘘をつけなくなったカナデに対し、シャチの質問は続く。始末するか否かはとうに結論を出しているので、こ

れは最終確認というよりは、シャチ自身のちょっとした好奇心からの質問だった。

「そんな写真のタネを作る、戦争と兵士は好きかァ?」

「好きじゃないよ。ただ、哀しいとは思うネ」

「哀しいってのは、どういう事だァ?」

「「そうしなければいけない」事が哀しいんだよ」

「嫌いじゃあねェ、と?人殺ししてる連中を?」

「そうだネ。それが生きる為に必死でやっている事なら、自分と自分達が生きるために必要な行為だったなら、部外者の僕が

正誤を論じるのは正当とは思えないよ」

「俺様も大勢殺したぜェ?」

 トロンと緩んだ、眠たげな表情の狸にシャチは問う。口の端を上げた皮肉な笑みを浮かべて。

「兵士に良いも悪ィもねェ。仕事で殺す」

「けれど」

 シャチの瞼が片方だけ、大きく上がった。疑問と違和感で。

「それも「必要だから」なんじゃないのかナ?」

「………」

「必死で、生きるために、必要に迫られての事なんじゃないのかナ?」

「………?」

 シャチはマジマジとカナデの顔を見つめた。思考は鈍っているはずだった。質問には答えられるが自発的思考は殆ど出来な

い、泥酔状態に近い判断力の低下を起こしているはずだった。それが…。

「だったらやっぱり、僕はそれを正しいとも間違っているとも言えないよ」

 眠たげに緩んだ顔のまま、しかしカナデははっきりとその持論を述べていた。質問に引っ張られる形で引きずり出されては

いたが、半ば自発的に言及したそれは、おそらくこの狸の「信念」。

 必要だから。理由があるから。だから好き好んでではなく、仕方なく手を汚しているはず…。

 シャチにそう述べたカナデにあるのは、期待…とも少し違う。いわば「願い」のようなもの。

 何も知らないで言えるなら、それは綺麗事。

 戦場を、惨状を、知ってなお言えるとすれば、普通ならば粉飾した偽りの言葉。

 だが、このジャーナリストは今、嘘偽りを述べられない状態にしてある。ならば、現状を知っている男が取り繕えない状態

で口にするこの言葉は…。

 そしてカナデは、戸惑いすら覚えているシャチへその一言を発した。自分の運命を変える言葉だと知らないまま。

「世界は、残酷だよ」

「!」

 シャチの目が大きく見開かれた。

 完全に不意を突かれ、隙だらけの顔を見せていた。この、ラグナロク内でも屈指の戦略兵器が。

 世界は残酷である。

 それはシャチが常々考えている事。これではどちらが本音を探る尋問をする側なのか判らない。

「………そうかァ」

 ややあって、鯱は目を細くした。苦笑いがその顔を彩っている。

 たぶんシロだろうが邪魔になるかもしれないから念のため始末しておく…。それはカナデが口にした「願い」に照らし合わ

せれば「必要に迫られて」の事ではない。自分でも馬鹿馬鹿しいと感じたものの、それが無視できないほど強く引っかかった。

「…保留だ」

 ため息まじりに呟く。始末する気は失せ、カナデに対する好奇心と興味が増している。

 シャチ・ウェイブスナッチャーが決断を引っくり返すのは、これが初めての事だった。

 どうせ薬が効いている間の事は覚えていないのだから、もうコソコソする必要は無い。鯱の巨漢は狸の目をはばかる事もな

く懐から錠剤を取り出し、カナデのグラスに入れて酒を注ぎ足す。錠剤は瞬く間に琥珀色に溶けて、跡形もなく消え去った。

「飲め」

「飲むよ」

 単純化された思考で勧められるままに酒を煽り、息をついたカナデは…。


「………!」

 頭がカクンと揺れた拍子にハッと顔を上げたカナデは、向き合って座ったままのシャチを見て、軽く頭を振る。

「お目覚めかァ?グフフ…!」

「これは失礼したよ…!疲れてたのかナぁ?」

 酒が一気に回ったという点から、一服盛られたのかともチラリと考えたが、時間は飲み始めてから三十分も経っていないし、

シャチもそのまま留まっている。眠らせての物盗りとは思えなかった。

 見ればボトルの中身は半分ほどに減っていて、覚えは無いが少なくとも二杯立て続けにいった物と思える。おまけに体中が

汗ばみ、肌が火照って鼓動も早い。

 酒が回ったせいだとカナデは感じたが、実際にはシャチが追加で飲ませた中和剤の副作用である。もっとも、アルコールそ

のものは普通に回っているので、体調のおかしさを細かく把握する事はできなかった。

「ここからは水割りにするかァ?」

「せっかくだからロックで行きたいところだけどネ…」

 酔い潰れてはいられないと、席を立ったカナデはまずコップで水を一杯飲み、そこからは水割りで楽しむ事にする。

 先ほどとは打って変わって他愛の無い話が話題の中心となるが、カナデはそもそも先の尋問の事を覚えていないので、シャ

チの変わり身の早さを知る事は無い。

 ピーナッツをつまみ、ジャーキーを齧り、酒を舌で転がし、いつしかボトルは空になり…。

「ところで、だァ」

 半眼になったシャチは、話題が途切れたところで身を乗り出し、声を潜めた。

「ゲイって話は、本当だった方が面白ェと思うんだがなァ?」

「ソコに話が飛ぶんだよ?」

 流石に唐突だったので面食らうカナデ。

「で、そっちのバイって話も本当なんだよ?」

「面白ェだろ?グフフ…!で、ほろ酔い気分で一発行こうじゃねぇかァ。安心しろ、病気とかは持ってねェからよォ」

 肉厚な舌を覗かせてベロリと舌なめずりするシャチ。

 カナデは軽く顔を顰めた。知らない同士、商売で割り切るでもなく、ムードもへったくれもなく絡み合うのはちょっと…。

と、思うところなのだが。

「汗かいちゃってるし、ちょっと酔い覚ましもしたいよ。先にシャワーだナ」

 あれ?と、自分の返答に疑問を感じる。断ろうと思ったはずだったのだが…。

「ああ、サッパリしろ。グフフ…!」

 グラスに残る酒をガバッと煽り、氷をボリボリ噛み砕きながら、カナデはシャワールームへ向かう。どうしてオーケーした

のか疑問だったが、これはまだ薬が残っていたせい。理屈よりも建前よりも欲求が前に出てしまった結果である。

 服を脱いで全裸になった狸は、窮屈そうに身を捻って背中側を覗き込み、尻尾の付け根に触れる。そこには、豊かな被毛に

沈んで見えなくなっていたが、金属製のリングが嵌っていた。

 ヒンジ構造の可動点が一箇所あるそのリングを外して、ズボンのポケットにしまったカナデは、バスタブに踏み入ってシャ

ワーコックを捻った。頭から浴びるのは水に近いぬるさのシャワー。火照りを冷ましつつ汗を流し去り、被毛の中に指を埋め

て皮膚まで擦り洗いする。

 体を伝い落ちた水がバスタブの中で跳ねる。そこへシャワーの音と換気扇の音も被さり、他には何も聞こえなくて…。

「わひゃっ!」

 唐突に、胸をモニュッと掴まれたカナデが声を上げた。

 気配を察せられずにシャワールームへ入ったシャチは、既に全裸になっている。

「ちょ、何で入って来てるんだよ?」

 片手でシャワーを止め、もう片手で目を周りを拭うカナデ。背中側から密着し、両腕を腋の下から回して狸の胸を揉む鯱は、

後ろから肩に顎を乗せ、「ああ。「俺様もすぐ行く」っての、言い忘れたかァ?グフフ!」と耳元で笑う。シャワールームの

湿気にも勝り、吐息からは酒の香りが濃厚に漂った。

「気にしねェで続けなァ。グフフフフ…!」

「狭くて不便だよ!?」

 狸は当然の抗議。シャチは筋肉質で岩塊のようなフォルムの固太り、カナデ自身も大柄な上に肥り肉、立った状態とはいえ

バスタブに二頭で入れば当たり前に狭い。シャチの股間では既に屹立した逸物がスリットから露出しており、カナデの尻尾の

付け根に当たっている。

「まァまァ、不便なところは手伝ってやるぜェ?毛が多い種は手間がかかって大変だなァ」

 言いながら、シャチの両手はカナデの豊満な胸を下から掬うようにして揉みしだく。「あひゃ」と鼻にかかった声を漏らし

た狸の耳を、「感度良いじゃねェか?グフフフ…!」と嬉しそうに囁いた鯱が軽く噛む。

 ピクンと震える狸の肥えた体。肉厚で皮下脂肪が厚く、被毛に弾力のあるその手触りが気に入ったシャチは、片手を胸から

離して尻を片方鷲掴みにした。

 カナデは再びシャワーコックを捻って冷水を出したが、抵抗はしない。これがこの男の前戯なのだろうと解釈し、まず体を

流す事に専念する。シャチはあちこち掴んだり撫でたり揉んだりしていたが、カナデはお構いなしに体を清める。

(動じねェなァ…)

 初心な反応はしていたが、これは実際のところ経験豊富なのではないか?とシャチはカナデを見直した。


「まだ体が生乾きだよ?」

 ベッドの上に尻餅をついた格好で、カナデはシャチを見上げた。部屋に戻るなりドンと押されてこの体勢である。

 濃い茶色と黒の被毛に覆われた、骨太で大柄、肉付きが良く幅も厚みもある体躯。仕事柄精力的に動き回るので筋肉はしっ

かりついているのだが、太り易い体質のため、皮下脂肪が厚くてボディラインはやや弛み気味。どこかダルマを思わせるずん

ぐりしたシルエットは本人の性格同様に愛嬌がある。

 投げ出す格好になった両脚の付け根には、たっぷり大玉の陰嚢と、肉に根元が埋もれた仮性包茎の厚皮陰茎。埋もれ気味と

はいえ太さはなかなかで、素のサイズは立派と言えそうだった。

「どうせ汗かくんだ、いいじゃねェか?グフフフフ…!」

 ベッドの足側に立って見下ろすシャチは満足げに含み笑いを漏らしている。

 こちらは青味を帯びた深い黒と、やや暖色寄りの白からなるツートーンの体。筋肉の隆起がくっきりと肌に浮き出る体躯は、

絞り切って引き締まったアスリートのソレとは違い、岩塊のように重々しく頑丈そうで、腰も腹も首もくびれが無い。黒目が

ちな双眸は黒い部位に溶け込んで見えるので、位置を見失いそうになる。

 その股間ではスリットから露出した陰茎が、粘液に濡れてヌラヌラと光っている。シャチ自身が親指と人差し指で輪を作っ

ても回り切らない太さで、屹立したその先端はヘソに向かって反り返っていた。体格もそうだがココもご立派だと、カナデは

感心する。

(かなり太いナ…。まぁでも、入らないって事はないよ)

 のしっとベッドに乗り、狸の鼻先へ四つん這いで顔を寄せる鯱。その腕が投げ出されていたカナデの太腿を掴み、グッと持

ち上げる。カナデの股関節は柔らかく、大開脚の強要にも応えて左足が高々と上がった。

「いきなりなんだよ?」

「グフフフ…!美味そうなモンは正直にガッツクのが俺様の流儀でなァ」

 シャチが舌なめずりした瞬間、カナデの体がビクンと震えた。

 グプッ…。

「ひっ!」

 食い縛った歯の隙間から声を漏らしたカナデは、目を真ん丸にしている。

 肛門をほぐしにかかったシャチの指は、太かった。とても。

「も、もうちょっとそこは遠慮がちにノックしてから入る…そんな心持ちの丁寧な訪問が推奨されるところじゃないんだよ!?

…あふん!」

「そうかァ?余裕でズッポリ入ったがなァ」

「ぐ、グリグリもそんな乱暴にっ…!いひゅ!」

 シャチが中指を折り曲げて内側をまさぐる。太い指が手馴れた様子で前立腺を探り当て、腸壁越しにククッと押し込むと、

カナデの太鼓腹がギュッと引っ込んだ。

「あひゃ、あっ、はひゅひっ!ひひゅっ!」

「お?ここかァ?ここ感じるかァ?グフフフ…!」

 グニグニと刺激される前立腺。激しくも、場数を踏んだ確かなテクニック。ふいごのように腹を上下させ、身悶えするカナ

デ。良い声と表情で、まんざらでもなくなったシャチが調子に乗り、早速指を二本に増やす。

 シャチが体の内側で指を起こす度に、刺激されたカナデの陰茎がヒクン、ヒクン、と連動するように跳ねる。

 しばしカナデの喘ぎ声とシャチの含み笑いが部屋に響き続け、シーツがカナデの汗をたっぷり吸ってじっとり湿った頃…。

「じゃあ入れるかァ」

「ハァ…、ハァ…、え?」

 ズッ…。

「!!!」

 硬いモノが入ってくる感覚に、硬直し、目を見開くカナデ。

 ズプッ…プッ…ププッ…。

「!?!?」

 太いモノが腸壁に擦れながら、奥まで、奥まで、さらに深く…。

「え、ちょ…、コレどこまで入って来…」

 困惑。疑問。先ほど見た際に太いとは思った。だが予想以上だった。

 ミヂィッ…。

「んうぅっ!?」

 奥の奥まで押し込まれ、予想外の圧迫感で狸が息を詰まらせる。

 それもそのはず、シャチの陰茎は先ほどカナデが見た際には七割勃ちといったところ。完全に怒張した現在、その質量はカ

ナデが経験した事のないレベルとなっている。

「グフフフフ…!よし、奥まで入ったぜェ…!んじゃ早速…」

「ちょ、ちょっと待ってだよ…!」

 腰を振りに入ろうとしたシャチを、涙目のカナデが止める。

「ま、まだ無理…だよ…!かなりキツくて…」

 はぁはぁと息を弾ませている狸を見下ろしたまま、シャチは「おお?そうかァ?」と首を捻った。

「あっさり入ったから楽勝かと思ったぜェ」

「あっさり…どころか…、お腹いっぱいだよ…!奥の奥まで、ミチミチで…!あっ!」

「じゃあ慣れるまでこっちを弄っててやるかァ。ま、楽にして任せとけェ、グフフフフ…!」

 シャチはカナデの股間…苦しさですっかり縮んでしまった陰茎を摘むと、皮に包まれたままの亀頭を指の腹で挟んでクリク

リと揉み始める。

 圧迫し、擦り、こねる。ただし今度は激しくない。手馴れた愛撫による刺激で、狸の陰茎はたちまちの内に硬くなった。

「あ、あん…!あふ…」

 マッサージに近い適度な圧迫刺激で緊張を解かれ、次第にカナデの体から力が抜けてゆき、しばし経った頃にはすっかり脱

力していた。

「そろそろ良いかァ?」

 訊ねてきたシャチの顔を、雑なようで意外と運びが上手いものだと、少し見直したカナデが見上げる。

 リードしているつもりになって実際には乱暴で拙いだけの、勘違いしている下手な手合いはそもそもカナデの趣味ではない

が、シャチは粗雑で性急に見えながら、テクニックもリードもしっかりしている。

「試しに少し動くぜェ?」

 カナデが慣れるまで待っている間も屹立した状態を保っていた陰茎が、シャチが僅かに引いた腰に合わせて後退する。

 ズズッと、腹中を擦りながら出てゆく太い陰茎。それがある程度引かれた所で、今度は再び侵入を開始する。

「ふぁ…!」

 乱暴さは無かった。カナデの申告を聞いてアプローチを変えたシャチの動きはゆったりしていて、乱暴どころかむしろ紳士

的な気遣いに満ちている。

「どうだァ?奥まで入ったぜェ?」

「う、うん…。大丈夫だよ…。それにしてもビックリだよ?」

 余裕ができたカナデが口の端を緩める。

「よくデカいって言われるんじゃないカナ?ボクが経験した中じゃトップサイズだよ」

「グフフフフ!自慢の倅だからなァ!泣かせた男女は星の数だぜェ?…まぁ、そもそも入らねェ場合もあるんだがなァッ…!」

 最後の一言は少々悔しげである。立派なりに困った事もあるのだなぁと、小さく笑うカナデ。

「じゃ、話の続きは動きながら…、ここからはスポーツの時間だァ」

 シャチは言うが早いかズルリと陰茎を後退させ、次いで先よりも勢いよく、腰を突き出した。

「あっ…!」

 息を飲むカナデ。腹の奥まで達するような圧迫感。擦り上げられる前立腺。平時は体験する事のない体内の刺激。苦しくも

あるが耐えられない程ではなく、それよりも快感の方が強い。

 腰を前後に振るシャチの動きは速くない。むしろゆっくりした前後動である。

 ズチュッ…、ズチュッ…、腰を打ちつける音、淫靡に湿った音が規則正しく上がり、その都度カナデの口から濡れて熱い吐

息が押し出されるようにして漏れる。

「き、気持ち…、いい…よぉ…!」

 蕩けた表情で漏らすカナデ。ああそうか、とシャチは口の端を上げる。そんな事は表情と息遣いで判る。それをわざわざ口

にするのは、コイツなりの気持ちの表し方であり伝え方なんだろうな、と。

「キツくねェかァ?どんな具合か、もっと聞かせなァ。グフフフ…!」

 少しずつ腰を動かすスパンを早めながら、余裕のある口ぶりで催促するシャチ。

 機嫌がいい。情事のイロハを弁えながらもスレてはおらず、経験が浅い初々しい者のような新鮮味がある反応を見せる。そ

れも芝居がかった演技などではなく、敏感な肉の反応は本物…。こういったセックスを味わえる相手はなかなか居ない。

「あっ…、ん…!お、お腹の…、奥の奥まで…、入ってきてぇ…!んっ!く、苦しいけど、気持ち良くて…、こ、こんな中に

まで入られるの…、は、初めてだよ…!」

「そうかそうかグフフフ!」

 気を良くしたシャチのストロークがスピードと力強さを増す。強い前後運動で、カナデの豊満な胸が、腹が、ゆっさゆっさ

と激しく揺れ動いた。その左乳房を、のしかかるように前のめりになったシャチが右手で鷲掴みにし、右乳房をベロリと肉厚

な舌が愛撫する。

「コッチはどうだァ?おっと、聞くまでもなく感じるクチかァ、グフフフ!」

 陥没していた乳首が一舐めでたちまち屹立していた。声もなく喘いだカナデの反応で、シャチはここも性感帯だと察する。

そして…。

「あ!そこ…、その角度ダメだよ!刺激強すぎて…!」

 前傾した事でシャチが突く角度が変わり、腸壁が強く擦られた。堪らず声を上げたカナデの股座で、ビクンビクンと陰茎が

痙攣し、鈴口からタラタラと透明な汁が溢れ出る。

 ミートポイントを発見したシャチは、「おっとソイツはできねェ相談だぜェ!」と口元を歪ませ、ここぞとばかりに腰使い

を激しくする。

「あ、あああ、そ、そんなにされたら!も、もう、保たない…よぉ…!」

 グッとカナデの顔が歪む。目をきつく瞑り、息を細くした狸の肛門が、ギュッと鯱の陰茎を締め付けた。

「よーし!なら俺様もイクぜェ!しっかり飲み込みなァ!」

 宣言するや否や、シャチは背中や臀部の筋肉まで怒張させ、強く、深く、速く、繰り返しカナデの中へ突き込む。熱い吐息

が絡み合い、混じり合い、雄の体臭を絡めてベッドから天井へ立ち昇る。そして…。

「あ、あああああああ…!」

 か細い声を漏らして、カナデは絶頂に達した。

 身震いするシャチの男根が一層膨れ上がり、ドクドクと精液を吐き出す。カナデの腹の奥に注がれ、満たす、大量の精。孕

むという比喩的な表現を通り越し、実際に孕んだかのように腹の中で圧迫感が膨れ上がる。

 堪らずシャチの背中に腕を回してしがみ付いたカナデの陰茎からは、タラタラトクトクと、体液が止め処なく漏れ出ている。

「どんな…、量だよ…?お腹が膨れたよ…」

 腹の中に出された量を実際に感じられるほどの、大量の射精だった。カナデは思わず下っ腹に手をやり、ヘソの周りをさす

る。射精してなお質量を維持しているシャチの陰茎が、自分のどの辺りまで入っているのか今更ながら気になった。

「満足したかァ?グフフフフ…!」

 と、シャチは覆い被さったままカナデの耳を甘噛みし、小さく喘がせた。

 感想を聞くまでもない。表情が如実に物語っている。

「俺様は満足だぜェ?」

 耳から口を離し、そっと囁いたシャチが、身を離そうとすると…。

「あ!ちょっと待ってだよ!?」

 カナデは慌てた様子で再びシャチの背に腕を回し、力を込める。

「なんだァ?まだ繋がったままで居たいってかァ?グフフフフ…!いいぜェ、挿れたままでピロートークし…」

「そうじゃないよ」

 きっぱりとした口調で遮ったカナデは、

「このまま抜かれると、入れられたのが漏れてきちゃうんだよ…!」

 本当に、真面目に、困った顔で訴えた。

「…気にすんのかァ?ソコを…」

「気にするよ?寝床なんだからナ。このまま漏らしたらベッドの上が大惨事だよ」

 汗をかいたまま事後の気怠さを噛み締めたかったシャチは、呆れ顔になって軽く首を縮める。

「仕方ねェ。じゃあ尻に指で栓してついてってやるから、先にシャワーだァ」

「そこまではいいよ!とりあえずティッシュを取って欲しいんだよネ!」

「遠慮すんなァ。栓したままついてって、ついでに中までしっかり洗ってやるぜェ。ところでオメェ、シャワ浣でも感じるク

チだろォ?グフフフフフフフ…!体洗いながらついでにもう一発…」

「どこまでヤル気だよ!?」

 騒がしいベッドの横で、卓上のグラスから溶け残りの氷が、カロン…と侘しい音を響かせた。