ジァン・チョウ上尉の不運~あるいは日常的災難~

「しかし、だ…」

 カチャリとソーサーにカップを戻し、見目麗しい青年は難しい顔で残った紅茶を見つめた。

「最高級アールグレイの淹れ方までケチのつけようが無いとは…。逆につまらない男だな君は?」

 茶葉50グラムで2,000人民元はする超高級紅茶、淹れ方を失敗したら苛めてやろうと思っていたヂーは拍子抜け。自分

で淹れるよりも美味くされたのでちょっと面白くない。

「お褒め頂き恐縮です」

 白いクロスがかかった丸テーブルを挟み、ソーサーを左手で支え、カップを右手で保持し、紅茶を啜っていた猪が応じる。ウ

ザ絡みはいつもの事。無理不尽な文句はいちいち気にしていられない。

 離将、リー・ヂーの個人邸宅である屋敷、その英国調の接客室。優雅なティータイムも様になるヂーに対し、チョウはゴツく

て太くて厳めしく、ファー付きのジャケットまで洒落っ気皆無、体格と体形のせいでカップが不釣り合いに小さく見える。しか

し茶を楽しむ猪は飲み方が堂に入っており、場に合わせた着こなしさえすれば恰幅の良い英国紳士を装えそうな風格である。

 たまの中央出仕。ユェインに付き添い基地を離れたチョウは、二日かけて用足し諸々の補佐が落ち着いた今日、上官に許しを

貰い、修行をつけてやると言ってよこしたヂーの屋敷を訪れていた。

「紅茶の淹れ方も、震将に恥をかかせないために勉強したのか?」

「それもありますが」

「あるのか」

「ヤングァン様から、ブリティッシュティーの作法も色々と教わりまして」

「…前々から思っていたんだが震将の兄上、いくらなんでも多才過ぎないか?農地開墾に作付けの工夫。水路建設管理に家庭教

師全科目制覇。各国の歴史に伝承、食事マナーに伝統作法の知識。そして菓子作りをはじめとした料理…。逆に何ができない奴

だったんだ?」

「ヒヨコの雌雄識別とか…」

「それは僕もできないぞ。できないとも。できるか。他には?」

「ご本人は詩を吟じる才が無いと、嘆いておられましたが」

「あれは一家言ある専門家レベルの詠み比べなら劣るっていう程度だった。ギリギリアマチュアといった所で、あれでダメとか

言ったら一般人は何も詠えないぞ?」

 やはりか、とチョウは苦笑する。素人ながら、子供ながら、ヤングァンが詠んだ物はいつも素敵に思えていたから。

「喧嘩は滅法弱くて荒事は全くダメ、とおっしゃっておられましたが…。あれも本当は違うのではと、今では思います。何せ比

較対象に名を持ち出す相手がユェイン様でしたから」

「おかしいだろう比べる相手が。…何ができないって、客観的に適切な自己評価ができない奴だったんじゃないのか、それ…」

 天才を自称して憚らず、人類の大半を凡人と見下すヂーが、才覚溢れる人物だったのだろうと面識が無くとも評するのだから、

やはりあの人は非凡な傑物だったのだと、チョウはヤングァンを想う。思えばあのひとは、自分にとってもう一人の父親のよう

な存在であり、「お兄ちゃん」でもあったな、と…。

 飲み残しの紅茶を口元に運びつつ、ヂーは「あ、そうそう」と思い出したように言った。

「さっきの申し出な。訊いてみたが、本人は興味ありそうだった。写真とか見せて確認してみよう」

「は。では後ほど画像データをお送り致します。婦人のお気に召すと嬉しいですな!」

 チョウは少し口を開けて笑みを見せた。

 実は先程知ったのだが、未だに新居が決まらないファポォは、ヂーの屋敷で庭の椰子の木を仮住まいにしていた。

 訪問して彼女と思いがけない再会を果たし、驚きながらも喜んだチョウは、ふと思い付きで提案した。

 自分の故郷…、もうひとも住んでいないし、自分が帰り、ユェインがたまに墓参りに来るだけの村は、逆に言えばひとは勿論

電波などを発する機器も無いため、ファポォを脅かす物も、彼女らが嫌う物もない。

 元はと言えば、彼女の住処は自分の不注意で邪仙狩りのとばっちりを受け、失われた格好なので、新たな住処の提供に一役買

えれば、少しは気も晴れるという物である。

「桃ばかりですか」

「花が咲く木はだいたい好きらしい。まぁ、僕に遠慮してそう言っている可能性もあるから、その辺りは正直に話して貰わなく

ちゃいけないな。…ついでの相談だが、その村近辺の登地、大半の所有権は君の物って言ったな?」

 チョウは「ええ」と頷く。軍の給金は常識的な範囲だが、チョウには持て余すほどの収入が基本給以外にある。邪仙を討伐す

れば入る特別手当金…、これが、チョウには今日までに五十一体分支給されていた。

 たくさん作ってたくさん食べるので食費はやや多いものの、ちょっとした趣味の蒐集品や、旅行ぐらいしか金をあまり使わな

いチョウは、それらを給金で賄う。邪仙を討伐して得た手当は、故郷の村の土地権利が散逸しないように相続権などを調べ、土

地の取得に充ててきた。

 今ではあの村近辺は、殆どがチョウ名義の資産になっている。そうして正当な権利を取得した上で管理するのが、チョウなり

の、村の皆への手向けだった。

「もしもだが、他にも住みたいというファポォが居たら、集団移住は許可できるか?」

 ヂーは、住処を失った、あるいは失う事になる、弱い妖怪達を保護している。住める土地の確保は常に優先課題だった。

「それは…」

 猪は目を丸くした。

 誰も住んでいない、ひとが通うのも一苦労の山奥。買い物すらも楽ではない場所。だが、ファポォ達であればそんな事は問題

にならない。いま気付いたが、自分達の故郷はファポォに限っては理想の環境だった。

「勿論ですとも!木々は多く、水も綺麗です!あれが住み良い環境ならば…!」

 チョウは想像する。花の咲き乱れる桃園に、道を彩る古木に、ファポォ達が住んで穏やかに暮らす様を。

「よし、ちょっと環境の調査は必要だが、希望者を調べてから改めて話そう」

 満足げに頷いたヂーは、「ところで…」と話題を変えた。

「震将、今日はルォちんと一緒に呼ばれて地下に行ってるんだろう?同行の必要はなくとも、見物に行きたかったんじゃないの

か君は?」

「それはそうです。ふたりの模擬戦などそうそう見られる物ではありませんからな。しかしユェイン様は…」

 チョウは一度言葉を切り、「静かに参りたいでしょう。俺がついて行っては邪魔になりかねませんので」と述べた。赴く用事

は他にあるとしても、あそこへ行ったらユェインは必ず「参る」。昔の上官の、偉大な先達の、霊廟とも言える場所へ…。

「…まぁ、そうか。そうだな。そうだとも。ヨンと会うのも久しぶりだからな…」

 ヂーも理解して深く頷いた。そして、しんみりしかけた空気を払うように話題を変える。

「あと、チェン爺に捕まりたくないのも、同行しなかった理由だろう?」

「………さ、さて…?」

 目を泳がせて回答を避けるチョウだったが、その微妙な半笑いが本心を物語る。

 巽将を担う八卦の老龍は、ユェインにもチョウにも孫を嫁にしないかと勧めて来る。孫娘だけに絞っても18人居るので、誰

を勧められるかはその時によって違うが。なんなら婿でも良いぞとも言う。男の孫も21人居るので。

「ま、あの爺さんはヨンも苦手だったからな。「炎龍方士ドンフォン」も「仙人殺しのユェイン」もたじたじになる…。ある意

味、この国で一番強いんじゃないかチェン爺は?」

「巽将が天下一の方士であられる事は、間違いありませんな」

 苦笑いを交わすふたり。ヂーもその老人にはあまり強く出られない。やはり孫を紹介されるので。

「昇進、また断ったんだってな」

「は…。流石は第八室、お耳が早いですな」

 ソーサーとカップをテーブルに戻すチョウ。実は中央での用向きの一つに、チョウの少校昇格に関わる打診が含まれていたの

だが、猪はユェインにも詫びた上でこの話を辞退した。

 何故?と皆が思う所だが、チョウはずっと前から一切の昇進を断っている。そもそも、現時点で仙人討伐数が五十を超えてい

るのに、尉官のままというのが異常なのである。例えば特殊将校が40年現役で居たとして、その年数を上回る数の邪仙を討伐

できる者はごく僅か。年平均三体前後を自分が主となる形で討伐できているチョウは、八卦将などの一部の例外を除けば異様な

ハイペースである。

 にも関わらず昇進せず、自らも拒んでいる理由は、実は単純だった。あまり偉くなっては、副官としてユェインに傍仕えでき

なくなってしまうからである。ユェインが上校で居る以上、自分は尉官のままで居るのが都合が良い。

「ま、僕は賛成だが?君と震将の同時運用は、我が軍が持つ邪仙に抗し得る手段の中でも最上位クラスの有効性だ。相性がこの

上なく良いというか、最大攻撃力と言える震将とルォちんの二人を組み合わせるより、震将と君のペアの方が、極論すれば相乗

効果で上を行く。性質的にも軍略的にも戦闘スタイル的にも、これ以上ない好相性だからな。ある種の法則から言っても君と震

将はセットで相手を圧倒する方が良い」

「ランチェスターの法則ですかな?」

「流石は第八連隊、話が早い。ま、君を欲しがっている将官も、飼っておきたいと思っている官僚も多いんだが…」

「内政にも軍政にも、関わるつもりはありませんな。現場から離れては本懐が遂げられませんので」

「だろうな。君は影法師、月光か雷光と共に在るものだ。もっとも、君が政治家共の甘言に乗って政府におもねる凡夫に成り下

がったら、僕が人の味方をする理由がまた一つ減ってしまう。それは面白くないから、甘い誘惑には乗らないでおけと一応言っ

ておこう」

「肝に銘じます」

「それと、現場命の生き方も良いが、早死にはダメだぞ上尉?君と震将が早く死ぬと歴史が変わる」

「また御冗談を…」

 軽く笑ったチョウだったが…。

「マジだが?マジだぞ?自覚しておくべきだな君は」

 ヂーは真面目だった。

「良いか?君と震将が殺せる仙人が、放置された場合のデメリットを考えろ。単純にひとが死ぬだけじゃないぞ?」

 チョウは重々しく顎を引く。

「は。奴らの多くは食った分の何割かを四罪四凶に献上します。邪仙を討伐する事は、間接的に四罪四凶がこれ以上力を増す事

を阻む結果に繋がる。まして、邪仙は増やされる。数を減らし続けなければ、いずれこの地の人類は…。それに、犠牲にならず

に済んだ者は、後の未来に繋がる希望です」

「そうとも。もしかしたら君達が邪仙を屠った事で生き延びられた人々の中から、君達のような戦士が現れるかもしれないんだ。

確率の話になるが、投資でもあるなこれは。だから長く投資を続けろ」

「ええ。気の長い、しかし期待して良い、未来への投資ですな」

「そうだ。未来への投資と言えば…。老君の所に行った新弟子がどんな調子なのか、ちゃんと連絡は来ているのか?」

「はい!」

 話がホンスーの事になるなり、急にズイッと身を乗り出す猪。懐にしまっていた封筒をここぞとばかりに取り出して見せる。

「手紙で連絡が来ております。いや、事が事なので、当たり障りのない話だけのやりとりでして、具体的な修行の進捗や成果は

判りませんが…。きっと!ホンスー君は頑張っております!昔から頑張り屋でしたからあの子は…!何よりヤングァン様の息子

でユェイン様の甥っ子!困難でもへこたれずにやり遂げますとも!」

 やや遠い目になるチョウ。

 仙衣はまだ生成できないとしても、きっと似合うし初々しくて可愛いだろうなぁ、と…。

 ルーウーは優しい老人だし、きっと軍に居た時より伸び伸びと、毎日修練をしているのだろう、と…。

 どんな感じなのか、頑張っている様子をちょっとだけで良いから、修行の邪魔をしない程度に見られればいいのになぁ、と…。

 ほんわかした気分になり、自然と表情が緩み、房付きの尻尾をヒュンヒュンとせわしなく振っているチョウだったが…。

「そうか。良かったじゃないか、震将から聞いたが仲直りできたんだろう?」

「え"

 猪の反応は、ちょっと喉に絡んだようなダミ声になっていた。

「軍から追い出そうとしてイビっていた相手を、慕って手紙を寄越す…。確かに、君が言う通り頑張り屋で、へこたれないんだ

ろうな。頑張り屋だ。頑張り屋だとも。いじらしいな。いじらしい。本当にいじらしい」

「そ、そう…です…な…!」

 分厚い胸に言葉がグサグサ突き刺さり、俯いてモゴモゴ応じるチョウ。尻尾と耳がショボンと下がる。

(この萎みっぷり、効果覿面じゃないか?これからはこの方面でつつくのもアリだな…。ふふふ…!)

 ニヤニヤするヂー。非常にひとが悪い。

「さて、そろそろ本題に移ろう。久々の修行だが、準備は良いんだろうな?」

「は!」

 すぐさま切り替えて顔を上げるチョウ。今日ヂーの屋敷を訪れた理由は、修行をつけてやると呼び出されたからである。

 神行法を習得し、妖術寄りの扱い方を叩き込まれたのも、乾坤術等の一通りの基礎を仕込まれたのもこの屋敷での事。チョウ

にとってここは、かつてたっぷりしごかれた思い出の道場でもある。

 剣と体術を用いての白兵戦はユェインに、実戦向けの仙術や妖怪の知識はヂーに、様々な儀式や方術の知識は巽将に、古今東

西の兵法については軍人になる試験を突破するためにヤングァンから、それぞれ学んで、自分に合うよう調整し、今のチョウが

できあがった。

 自己流のアレンジを施せばだいたいは上手く行かない物なのだが、己を知り最適化させる事において、チョウは抜群のセンス

を持っていた。その成果が、あの荒々しく実戦的で汎用性が高い、唯一無二の戦闘スタイルである。

「よし、じゃあ支度を済ませて来る。呼びに来るから少し待っていたまえ」

 席を立ち、身を翻すヂー。立ち上がって「は!」と敬礼し、見送ったチョウだったが…。




 それから三十分後。丁度、本部地下施設で模擬戦闘を終えたユェインが、老龍にちょっと困らされ、逃げるように立ち去り、

シャワーで汗を流して身を清め、ようやく立ち入り許可が下りた地下深くの設備へ向かった頃…。

「………!」

 ギシッと、手足を拘束する板が軋み、しかし折れず、猪は焦りの表情を浮かべていた。

 仰向けで広い板の上に寝かされる格好のチョウは、手足がそれぞれ、その板から伸びた別の板に拘束された状態になっている。

 革製と見られるバンドが猪の首、肩の付け根、手首足首、膝と肘、太腿の根元で板に括りつけており、チョウはエックスの格

好のまま身動きを封じられていた。

「む、むんぐ!?」

 声を出そうとして、布を捩じって綱状にした太い猿轡まで噛まされている事に気付く。

(これは!?俺は何故拘束されて…)

 最前の記憶を手繰って、この状況に陥った経緯を把握しようとしたチョウは…。

「お?目が覚めたか上尉」

 その声を聞いてあらかた全部悟った。

「むんぐもっ!もむんぶぼほむぶふっ!(離将!どういうことです!)」

 エックス磔の猪の目が下に向く。が、突き出た腹が山になって視界を遮り、声が聞こえた足元側が窺えない。

 ただし、姿は見えなくとも声の主が誰なのかは無駄に良い声質ですぐに判った。

 同時に、剥き出しになっている腹から自分が上半身に何も着ていない事が判った。

 それどころか、妙に股間がスースーする感覚から下もスッポンポンらしいと判った。

「おっと腹で見えないか?よし起こしてやろう」

 その声に続いて、ウィ~ンと静かでベタなモーター音をチョウは背中側で聞く。どうやらこの磔台は機械動力で可動式になっ

ているらしい。

 徐々に起きる体、リクライニング磔台の上で、チョウは自分をここに拘束した相手の姿を視認した。

 くつろぎの大型ソファー。サイドボードにはチーズ乗せクラッカー。前足で挟むのは葡萄ジュースのグラス。

 青虎…ヂーが、磔台に拘束されたチョウをニマニマしながら見ている。映画でも観賞するような格好でソファーに伏せて。

 そしてチョウは把握した。ヂーが席を立って独りで残された後、すぐに記憶が途絶えている事に。

「もむふぁもぶばぶふぉあ!?(何か盛りましたな!?)」

「うん。部屋に睡眠ガスを充満させた。あ、僕には効かないヤツだから、後から入る時も心配要らないぞ?人用の薬だ」

 悪びれもしないヂー。四罪四凶の邪視にもある程度抵抗できるチョウだが、人類に有効な薬などは普通に効くので、風邪薬も

効くし酒にも酔うし滋養強壮漢方薬でゲンキになる。そして睡眠剤を盛られれば寝る。

「むんぶぐぐ!ばっぶふぶぼふぼ!ぶふぃばふべぼ!(むぐぐ!脱出しますぞ!無理やりにでも!)」

 四肢に力を込め、拘束を引き千切ろうとするチョウ。しかし薬の作用が消えていないのか力が入らず、神行法による強制駆動

で拘束から脱しようとしたが、どういう訳か仙術が起動できない。

「ぼっ、ぼべぁ!?(こ、これは!?)」

 焦りの色が猪の目に浮かんだ。

 拘束されるのは初めてではない。というか頻繁に縛られるが、それは特殊な力を帯びた強靭な索や縄での事。こういった拘束

台ならば壊して逃げられるはずだったが、今回は、だいぶパワーアップしていた。

「壊せないだろう?天才の僕にかかれば、リクライニングフレキシブルパワフルハイテク頑丈な拘束台もこの通りだ」

 超高級静音モーターをふんだんに使ったソレは、レリックに等しい希少な古木と古妖の皮を用いて制作し、まじないをかけ、

能力、方術、その他諸々を八割方抑制する機能を備えた物。大妖であるヂーが全力で工作したそれは、もはや百年級の邪仙も捕

らえておける封印拘束具と化している。才能の無駄使い、ここに極まれり。

「ば、ばぶふぉぶふぼふぼふぃべうふっ!?(な、何をするおつもりです!?)」

「うん。まぁ君の修行と、預かった子の練習だな」

 ヂーが寝そべるソファーの後ろから、モゾリと、赤い何かが転げ出た。

 それは赤に白い筋が入っており、サシが入った霜降り牛肉のような見た目の肉塊。体調1メートル弱の楕円形で、アザラシの

子供にも似たフォルム。ヒレのような前足のような部位に、尻尾のような足ビレのような部位も確認できるのだが、目や鼻など

の感覚器に該当する物は見当たらない。

「ばいぶんっ!?(タイ君っ!?)」

 猪の顔色が変わる。

 アザラシ型に固めた高級牛肉の塊のように見えるそれは、立派な妖怪…それもヂーの母親と並ぶクラスの大妖怪、太歳(タイ

ソェイ)の幼体である。

 異邦人を護衛中に遭遇した事件の一つ…表向きは設備不良による広域電波障害及び大規模停電事件となっている件で、紆余曲

折の末にヂーが預かる事になったそのタイソェイの幼体は、一応固有名がある事はあるのだが、うばらげわ的な、ひとには発音

も聞き取りも難しい…というか正確に知覚する事が不可能な名前。そもそも大妖怪については、その真名を正確に知ってしまう

のは色々と危険がある…酷い時には正確に名を口にするだけで呪詛の類を貰ってしまうケースもあるので、チョウは「タイ君」

と愛称で呼んでいる。一応子供らしいので。

「ぼどぼびばべぼふぃびふえんべもふ!(子供に何て物を見せるんですか!)」

 全力で抗議するチョウ。何せ磔の猪は全裸で股間も丸出し。茄子を半分に切ったような短めながら太い、厚皮半被りの男根も、

その下に二つくっついている鳥の玉子のような睾丸も、隠したくても隠せない状態である。

 あんな見た目でもタイソェイの幼体には知性も知能も人類並みに備わっている。こんな姿を見せるのは子供の教育によろしく

ないと、猪は主張するが…。

「ジァン上尉。子どもはいつか、大人の階段を登るものだぞ」

 良い事を言ったような顔の青虎。良い声質がとても白々しい。

「ところでだ。あれこれ忙しくしているから伸び伸びになっていたが、そろそろ執行しなければいけない頃合いだ。…うんまぁ、

纏めてはキツいから今日は一回分だな」

「???」

 言葉の意味が判らなかったチョウだが…。

「タオティエとやりあった時は死にかかったそうだな?」

 青虎の言葉でピクンと猪の耳が立つ。

「内部破壊の類を貰うなんて隙があり過ぎる。修復可能な程度の内臓の損傷だったから良かったようなものの、胴体が爆散する

ような術を仕込まれたら一発アウトだったろう。故に。故にだ。故にだとも」

 ヂーはしたり顔で言った。「おしおき…もとい、内臓を鍛える必要がある」と。

 嫌な予感しかしないチョウ。青虎はストローを咥えてジュースで喉を潤し話を進める。

「幸いと言うか何と言うか、この子にも練習が必要な事がある。なかなか実践困難な物だ。これらが一度に片付くのは天才の采

配と言えるだろう」

 何を言っているのか全く分からないチョウに、ヂーは言った。

「子どもはいつか大人になる。この子もその内に年頃になり、気に入った子を見初め、あるいは見初められ、恋に落ち、そして

交尾して孕ませる」

 穏やかそうな話の流れに突然生々しい単語が投入されて目を剥く猪。タイ君にはまだ早い!と思うのだが、妖怪の成熟度合い

と実年齢は必ずしもひとの基準ではかれるとは限らない。実際問題、チョウが子供と認識しているこのタイ君、タイソェイ基準

で言えば幼体だが、猪より十年は長く生きており、ユェインよりちょっと下ぐらいの歳である。

「この子が恋のお相手と巡り合った時、余りにも下手糞だったら可哀そうだろう?可哀そうじゃないか?可哀そうだとも。だか

らこそ予行演習は必要だ。というわけで上尉、この子の筆卸し練習に付き合いたまえ」

 下世話ここに極まれり。しかも練習相手として承諾を得ずにチョウを用意している外道ぶり。これが、「悪党ではないが邪悪」

と称されるリー・ヂーの日常的所業。

「むんももむむべぶぁ!(そんな無茶苦茶な!)」

 身を揺すってもがくチョウだが、やはり体に上手く力が入らないままな上に、拘束台の木材の柔軟性は、植物のそれよりは鍛

造して展性を持たせた合金板のように強靭。折ったり割ったりはできず多少たわむだけ。

「という訳で…、早速チャレンジだタイ坊主。頑張れ!ここで高みの見…いや、見守っているぞ!」

 焚きつける青虎がソファーから垂らした尻尾でトフトフ叩くと、タイ君はズリリッと、アザラシが這うようにゆっくり前へ。

「ぶもふぉーっ!(ぶもふぉーっ!)」

 声を上げるチョウ。せわしなく目が左右に動くのも無理のない事、何せ拘束台はヂーが肉球でプニプニ押したリモコン操作に

反応して、モーター音をサイレントに唸らせながら動き出している。

 腕を拘束する板は上へ向かい、両足を縛る板は左右へ移動。しかも板は接ぎ目も関節部も無いのに表面の角度を変えて、無理

のない形状でチョウを拘束し続けていた。

 昔の漫画でちょくちょく目にした謎のポーズ…大開脚万歳ジャンプのような格好にされたチョウが、ぶもぉと抗議するが…。

「嫌だって言うのか?しかしだな、尻からコーラを注入されるのと、タイソェイの生殖器を挿入されるの、どっちがいい?愚問

だろう?愚問だとも。愚問だ」

 まさに愚問である。どっちも嫌に決まっているという意味で。

「まぁ、逆さ開脚させてコーラを尻から注ぎ込んで苦しげに嘔吐を堪えながらゲップをし続ける君を眺めているのも嫌いじゃな

いが、飲み物を粗末にしてしまうという点だけが気掛かりだった」

 その点「だけ」が気掛かりと述べる辺りがだいぶおかしい。

「さぁ往けタイ君!今日は無礼講だ!ドーンと胸を…いや、尻を借りたまえ!」

 無責任にけしかけるヂー。アザラシ風肉塊は、ウィ~ンと程々の位置まで下降させられてきた猪の、大股開きの真ん前で止ま

ると、ペコリと、お辞儀するように頭部(?)を揺らす。

「ばふぃぶぅん!ぼんぐばぼぶぅびべぶふぁ~!(タイ君!そんな所を見ては~っ!)」

 焦るチョウ。あられもない格好で拘束されている羞恥もあるが、いたいけな子供(と思っているモノ)に親の物でもない生々

しい男性器を見せつけるのはよろしくないと、慌てふためく。が…。

「!?」

 ピタリと、そのもがきが止まった。

 一度頭を垂れたように見えたアザラシ型が、鼻先(?)をニュ~ンと伸ばした。象の鼻のように。ウネウネと自在に動くソレ

こそが彼らの生殖器である。

 前進するイモムシのように脈打つソレを凝視するチョウは、目が真ん丸。直径は8センチほどで、長さは80センチ程と、本

体より少し短い程度。

 実は、タイソェイは不定形な生物で、その都度必要な器官を形成する。この生殖器も今作った物で、体のどこからでも生やせ

る物だった。

(いや…。これは…、流石に…、ちょっと…)

 チョウはその肉の触手のような生殖器をマジマジと見つめた後、ヂーに目を向けた。見ての通りこれは体積的に絶対に無理、

と。しかし…。

「ゴーだタイ君!」

 青虎がけしかける。

「むぐー!?(むぐー!?)」

 猪が唸りを上げる。

「―――」

 タイ君がニュルリと肉の手を伸ばす。

「!!!」

 ビクンと、チョウの太い体が強張り、陰嚢がキュッと縮んだ。

 肛門にあてがわれた肉の触手は、表面から何か分泌しているのか、細くした先端をスルリと抵抗なく内部に侵入させた。ヒヤ

リと冷たいその温度とぬめり具合は調理前の生肉のようで、感触の柔らかさもそれに似ている。

「んっ!んんっ…!」

 ヌルリと入って来るそれの感触を直腸の内側で味わいながら、猪はキツく目を閉じる。太く思えたが、どうやら自在に変形す

るらしいソレは、肛門入り口で負担をかけない太さに調節されながら進入してきたので痛みはない。むしろ潤滑がよくて、ゆっ

くりとだが抵抗なく入って来る。

(む、無理ではない太さにはなった…、が、これは…!)

 腸にジャストフィットする太さに調整され、内壁を擦りながら入って来るソレに対し、しかしチョウは安心できない。何せ、

ソレの長さが長さである。80センチも押し込まれたらたまった物ではない。

「んぐっ!んんんっ…!」

 ズプッ、ズププ…、プ…、プ…。

 ゆっくり、ゆっくり、次第に奥深くまで入り込むタイ君の生殖器。前進に合わせて蠕動するそれが腸内いっぱいに広がってい

るため、腸壁を擦り、前立腺を刺激する。張りのある腹が猿轡越しの乱れた息と連動しながら上下を繰り返した。

「んぐぅ…!ぐ、うぐぐ…!んくふー…!くふー…!」

 呻くチョウの股間で、陰茎がムクリと大きくなる。被っていた厚皮が膨れた亀頭に押し広げられ、張りのある赤い鈴口が露出。

やがて捲れてゆく包皮口が亀頭の最も太い部分を通過すると、一気にクルンと捲れて亀頭の根元で丸まった。

 ヒクン、ヒクン、と脈動して震える陰茎は真っ赤に充血して、先端には透明な水滴を丸く貯めている。

 羞恥で顔を真っ赤にするチョウは、延々と入って来るように感じるのに、見えている長さがなかなか減らない肉の触手に前立

腺を擦り上げられ続け…。

(う、う…!ゆっくり入って来るとはいえ、下っ腹が苦しく…。…なっ!?)

 下腹部が張っている異物感を堪えながら、はたと気付く。タイ君の体が少し縮んで見える事に。

(触手の長さが変化していない!?いや、これはまさか…、見た目がそうなだけで、伸びている!?)

 チョウも気付いたが、その体は少し縮んでいる。近くで見ていても気付き難いが、実はタイ君、構成した生殖器はあれが完成

形ではない。挿入しつつそれを延長構築してゆくのが彼らの交尾の仕方。つまり、見た目の上ではほんの少しずつ生殖器を押し

込まれているように感じられたが、棒状で固定されている訳ではない柔軟なそれは、腸の形状に沿ってどんどん奥へ潜り込んで

おり、もう最初の80センチ分はすっかり猪の体内に収まっている。

「んっ!んんん!んぶぅ!」

 気付くなり急激に膨満感が増した。呻くチョウの尻に、ズブズブとひたすら潜ってゆく肉の触手が、猪の下腹部を少しずつ膨

らませてゆく。やがて…。

「お?だいぶ入ったな。僕が見込んだ通り、我慢強い上尉は適任だったな!」

 青虎はもがきながら呻いているチョウと、一生懸命筆卸しに励むタイ君を微笑ましく…もとい、ニタニタと笑いながら眺め、

いけしゃあしゃあと言い放った。

「んくふー…!んくふー!うぶっ…!くふー!ぶふー!」

 涙目の猪は息が荒い。元々丸く出ている腹がだいぶ張って、触手が詰まってミチミチになった下腹部が異物感を訴えている。

一方頑張って生殖器を構築したタイ君の体は当初よりだいぶスリムになって、アザラシというよりも回遊魚のようなフォルムに

なっているが、これはその縮んだ分の体積がチョウの尻から侵入した事を意味する。

(ぐ…、ぐるじ…い…!下っ腹がもう…、パンパンで…!)

 タイ君はもう大腸の遡上を終えて、小腸…回腸まで生殖器の先端を到達させていた。腹が膨れたチョウは息苦しさの余り脂汗

を流し、ミチミチに詰まっている肉の触手が少し動くたびに、左右に大きく広げられた足の指をピクピク痙攣させている。

「予行演習は上々だな。これなら本番でもちゃんと交尾できそうだ。まぁ、これで慢心せず、たゆまぬ練習と努力は必要だが」

 もっともらしい事を述べる青虎は、猪の苦しそうな顔、上下する胸と膨れた腹、したたる脂汗をじっくり鑑賞しながらニヤニ

ヤしている。

 基本、人類の味方を続けているヂーだが、ひとが苦しそうな顔をしたり必死に耐えたりしている姿を見て悦に入るのが大好き

という、困った性分をしている。猫が獲物をいたぶって遊ぶような物で、一種の習性だと本人は語るが、本当に羅羅という種に

共通する特徴なのかどうかは定かではない。

「さてタイ君、今度はゆっくり、慎重に、なるべく時間をかけて、焦らしながら…もとい、負担をかけないように優しく抜いて

やるんだ」

 本音が見え隠れする指示を出し、ストローでチューッとジュースを啜ったヂーは…。

「…え?出したい?ほ~…」

 タイ君から何らかの意思表示を受け取ったらしく、少し思案し、やがて満面の笑みをチョウに向ける。

「放精したいそうだ。つまりひとで言う射精だな。どうだ上尉?ここまで来たら付き合ってやるかい?なに、何リットルかは判

らないが、子供だから大した量じゃないさ」

(何リットル!?む、無理です!既に腹がパンパンで限界…!)

 首をブンブン横に振る猪。

「いいってさタイ君」

「んぶぉふっ!?」

 拒否しているのが判っていながら無視してサラリと許可を出すヂー。目を見開くチョウ。

(無理ですぞ離将!腹がいっぱいでもう入らな…。あ)

 ボコンと、タイ君の触手が根元…本体との境目で膨れた。そのコブ状の膨らみがチョウの尻との結合部に迫って来る。

「んぼっ!?むむぐっ!んぐー!」

 もがくチョウ。しかし逃れられるはずもなく、触手の膨らみは肛門に至り、広げつつ中に入り込む。

 ググっと、直腸を押し広げたコブが奥へ奥へと進んでくる。腹の中を上がって来る圧迫感は、しかしその一度ではない。ボコ

ン、ボコン、と繰り返し根元からコブを生じて、チョウの中へ送り込む。

「んふーっ!んぐむ!んっ!んんんっ…!」

 目をきつく閉じ、ブルブル震えて圧迫感と膨満感に耐えるチョウ。やがてその腹が、中で吐き出された体液によってムクッ…

ムクッ…と膨れ始めた。

 さらに、ポンプのように体液を送り込む触手が、コブ状に膨れてはしぼむ動作を繰り返すので、通過するたびに前立腺が刺激

される。苦しくてたまらない一方で、絶え間なく加えられる刺激で陰茎は完全に怒張し、パンパンになった亀頭の先からはダラ

ダラと透明な液がおびただしく垂れていた。

(は、腹が…!まだ入って来るのか…!?)

 下を見れば、徐々に腹が膨れて来るのが目に見えて判る。しかも前立腺に加えられる刺激は、腸が膨れて圧迫されているせい

か、より強くなっている。単に苦しいだけでなく、拘束されて逃げられない状態で刺激と快感を与えられる…、まるで新手の拷

問である。

 触手から絶え間なく注ぎ込まれる体液。膨れてゆく腹の中でゴポリゴポリと音が鳴るのをチョウは聞いた。猪の腹はまるで妊

娠したようにせり出し、大きくなる。

「どうだ上尉、子供に犯されて孕まされる気分は?それにしてもゲンキだな君の逸物。もしかして感じてるのか?奥の奥まで生

殖器を挿入されて、腹がパンパンになるほど孕まされて、気持ちいよくなっているのか?ふふふ、これは意外。こういうのが好

きとは新発見だ」

 ニタニタ笑うヂーは、こういう言い回しが効くチョウの性格を理解した上で、声でなぶる。苦しさの余り意識が朦朧としてき

ていてもなお、その無駄に良い声はよく聞こえて、羞恥でブルルッと震えた猪はカーッと顔を真っ赤にした。

(ふふふ…!良い反応じゃないか。良い反応だ!たまらないな!)

 チョウの顔を見て反応の良さにゾクゾクするヂー。邪悪。

「んぶふうっ…!ぶふぅ~っ!ぶふ…!くふー…!」

 もはや息をするのも苦しいチョウ。まん丸く、一回り大きくなった腹が、内部を体液でミッチリ満たされて限界まで膨れる。

注入された体液は腸から逆流してきて、胃袋をはち切れんばかりに満たして喉元までせり上がって来ていた。体内で動く触手の

感触で身悶えすれば、膨れ上がった腹部が重そうにゆさりと揺れて、硬くなった陰茎がブルンと震える。

 喘ぎに混じって押し出されたガスで、エップエップと喉を鳴らしていたチョウは、目を見開いて身を震わせ、必死になって耐

えていたが…。

「ごぷっ!?ごぶふっ!ごぼぼっ!」

 ついに我慢と胃の容量が限界を迎え、猿轡を噛まされたままのチョウの口と猪っ鼻から、ガスと共に粘度がある透明な液体が

噴き出した。
同時に、血管を浮かせて脈打っていた男根が、ドブッ、ドブッ、と内側から絞り出されるように白濁した液体を吐

き出し始める。

 食い過ぎどころの膨満感ではない。嘔吐ともゲップともつかない物を漏らす。が、注入される精はまだ止まらない。延々と注

ぎ込まれてくるそれが、断続的にゴポッ、ゴポッ、と喉へせり上がって口から溢れる。

「~~~~~……!」

 やがてゴポゴポと喉を鳴らすチョウの目が、グリンと上を向いて白目を剥き、ガクンと体が脱力する。

 ついに猪は力尽きたが、気絶してなお解放されず、注ぎこまれた精を口から漏らしながらビクン、ビクン、と痙攣していた。

「ん~…、出たは出たけど精は宿ってないか。まだ未成熟って事だな」

 タイ君の体液が色付いていない事を確認し、ヂーは呑気に言いながら、ジュルジュルとジュースの残りを啜った。

 

 

 それから二時間後。丁度、本部を出たユェインとルォチゥァが、刷り込まれたように日式拉麺を食べに向かったその頃…。

「はっ!?」

 チョウが目を見開き、飛び起きた。

 全裸の体には腰と腹を覆う形でタオルがかけられ、清潔な白いベッドに寝かされている。

「生きたか上尉。調子はどうだ?」

 声に首を巡らせれば、床に伏せて手毬を転がし、アザラシ型肉塊と遊んでやっている青虎の姿。そこは先程の拷問部屋ではな

く、洋風の調度が揃えられた宿泊用客室である。

「調子はどうかなどと!」

 非難しようとしたチョウは、「ん?」と眉根を寄せた。

 何となく腹が落ち着かないような感覚が残っているのだが、何故か体調は随分良く、仙気が体の隅々まで充填されている。栄

養価の高い美味い物をたらふく食い、広々とした風呂で身を清めてリラックスし、途中で起きる事も無くたっぷり眠って朝を迎

えたような、最良のコンディションである。

「まだ精が宿ってないとはいえ、大妖怪タイソェイの体液だ。枯れかけの人体が一晩で万全に戻る…上質な仙薬の効能にも匹敵

するだろう。感謝しろよ?それだけの活力を注ぎ込んでくれたタイ君と、セッティングした僕に」

 実は、疲労回復効果については本当である。大妖怪の体は人類の物とは規模が段違いで、分泌物ですら栄養価が非常に高い。

ヂーの唾液にも同程度の作用がある。

 が、青虎は誰にもその事を言わない。かつて自分が黒熊に接吻でそれを与えていた事を、勘繰られるのは嫌なので。

「ここ三週間、一日も休暇を取っていないらしいな?」

 疲労が溜まっているはずだとユェインから聞いた事を、ヂーは告げる。

「ひとは僕達のように長くは生きられないんだ。長持ちするように、大事に体を使わなきゃいけないぞ?」

「…は…、どうも…」

 気遣ってくれていたのだと感じて、文句を言い辛くなるチョウ。感謝もあって非難するのは止める事にしたが…。

(予想以上に効いたな…。ここまでとは思っていなかった。上尉が苦しみながら目を白黒させて頑張る顔も見応えがあったし、

タイ君もスッキリしたようだし、この効能にかこつけてまたやらせよう。そうだな…、次は上の口からの感触をタイ君に味わわ

せてあげなくちゃな!経験は力、実践は自信だ。ふふふ、楽しくなってきたぞ!)

 感謝はしても良いのだが、チョウは決して忘れてはならない。

 毎回何となく良い感じに纏めて来るので騙されがちだが、基本この男は、悪党ではなくとも性根が邪悪。獲物をいたぶって遊

ぶ猫のように、自分を弄って困らせるのを心の底から楽しんでいるのだという事を…。