陽炎


みぃわみぃわとセミが鳴く、七月も末の午前10時。

カッと照りつけるお日様の下、熱せられたアスファルトが陽炎で揺らめいている。

…今日も暑いなぁ…。

車道に煌く逃げ水を遠くに眺めながら、それでも僕は日差しの強さにだれないで、むしろスキップでもしたい気分で足早に

歩道を行く。

右肩にベルトをかけてぶら下げている着替えを収めたナイロンの鞄と、左手に下げたコンビニの袋が歩調に合わせて揺れて

いる。
…おっと、あんまり揺らすとコーラが大変な事に…。

僕は小木明仁(こぎあきひと)。犬獣人で、純血のウェルシュコーギーカーディガン。茶色と白の柔らかい毛並みが自慢。

外側は茶色、手足の内側なんかは白のツートンカラーで、顔は頭頂部から目の間の細いラインと、口と顎、そして喉を通っ

てお腹側が白い。

体と比べて大きいピンとした耳と、フサフサのカールした尻尾、手足がちょっと短めでずんぐりしているのが特徴。

幼めの顔と小柄なトコが魅力的って言われるんだけれど…、実はもうちょっと身長が欲しい高校二年生。

部活は吹奏楽。トランペット担当。学生寮住まいの寮生。

今は夏休み中で、寮生の大半はもう帰省しちゃっているから寮はガラガラだ。

普段は大勢が生活していて、真夜中でもなければ音が絶える事が無い寮も、ここ数日は実に静か。

食事時に行列ができない事や、雑音に悩まされずに音楽鑑賞できる事は嬉しいんだけれど、部屋を出れば雑多な生活音が響

いてくる暮らしに慣れているせいか、静かな廊下が何だか寂しい。

え?何で僕は残っているのかって?それはね…。あ、見えてきた!

強烈な光が照りつけて屋根や窓の反射も眩しい住宅街の中、目指していた家を視界に捉えた僕は、気が急いて歩調を早めた。

 

風を入れる為かな?ドアが大きく開け放たれていた玄関から中を覗き込み、「こんにちは~」と声をかける。

けれど、いつもならすぐ返ってくるはずの返事が、今日は何故か無い。

…あれ?昨日の内にこのくらいの時間に来るって言っておいたのに…。

首を傾げた僕がもう一度声をかけようとすると、家の奥から「おぉぅ…」と、ちょっと元気のない声…、っていうか呻きが

聞こえて来た。

やがて、のっしのっしと巨体を揺すって廊下の奥から現れたのは、見上げるような巨漢。灰色のフカフカした毛に全身を覆

われた、身長2メートル近いむっくり太った灰色熊だ。

ごん太手足にビア樽みたいな太い胴体。そしてボヨンと大きく突き出たお腹。首回りの毛は一層もさっと豊かで、顎から喉

が白く、別パーツみたいになっている。ちょうどよだれかけなんかを付けているような感じ。

並んでいるとそうは見えないだろうけれど、彼は僕と同級生。さらにクラスメートだ。

名前は灰島岳(かいじまがく)。応援団員。

それにしても、何てサービスが行き届いた出迎え!ガクはトランクス一丁で、他には首にタオルをかけているだけ!抱き付

きたくなる豊満なダイナマイトボディを惜しげもなく晒すそのセクシーな格好は、誘っているって取っても良いですかっ!?

灰色熊は首にかけたタオルで汗を拭き拭き、左手に握った団扇で顔を扇ぎながら、ちょっと元気のない顔で口を開いた。

「早かったなぁアキ…」

あれ?声に張りが無くて、何だか疲れているような雰囲気…。

ガクの表情や声からテンションの低さを感じ取った僕は、興奮をおさめて灰色熊の顔をマジマジと見る。

「早かったかな?だいたい約束通りの時間だと思うけど…、っていうか、どうしたの?何だか辛そう…」

「悪い…。壁の中で配線がいかれたらしくて、昨夜からどの部屋もエアコン動かなくなっちまってさ…」

ガクはしょんぼりがっくり肩を落としてため息を漏らす。

いや全然まったくこれっぽっちも悪くなんかないでつよガクたん凄く目の保養になってますホント…!

「電気屋さん午後に来るって話だから、ちょっと我慢してくれるか?」

「う、うん…。僕は平気…」

…そう、僕の方は平気だけど…、ガクがだいぶ辛そうなんだけれど?

開けた口からでれんと舌を出した灰色熊は、ハカハカ息をしながら団扇でバタバタ顔を扇いでいる。応援中はどんな炎天下

でもこんな顔しないのに…。やっぱり、活動中は凄く気を張っているんだろうなぁ…。

「これ、コーラとお菓子。まだ冷えているよ?」

「おぉ~、サンキュ…!奥の和室がいくらか涼しいから、そっち行こう…」

ガクは僕を促して、のそのそと廊下を引き返して行く。

「お邪魔しま~す…」

靴を脱いで揃えた僕は、汗ばんでいるガクの背中を追いかけて、トタトタと足早に奥へ向かった。


裏庭に面した畳敷きの和室は、扇風機を回しながら窓を全開にしてあった。

けれど、今日はほぼ無風なせいか涼しい風がぜんぜん入らない。日の方向を向いていないから日陰ではあるけれど…。

氷とコーラが入ったグラスをガブッと煽ると、お盆の上に戻したガクは、バタンと仰向けになった。

僕が来るまでもこの部屋で過ごしていたらしい。

「ぬぁ~…、あぢぃ~…」

こんもり山になった大きなお腹が、少し早い呼吸に合わせて上下している。僕も確かに暑いけれど、流石にこんな風にはな

らないなぁ…。

でっぷり太っているガクは、皮下脂肪が極端に厚くて、被毛の密度が高い事もあって、暑いのが大の苦手。真っ黒い団服の

上下を着込んで炎天下で応援するのは、実は彼にとって無茶苦茶キツい苦行らしい。そんなの応援中には全然悟らせないんだ

から、本当に立派…。

コーラを啜ってグラスをトレイに戻した僕は、ガクが放り出した団扇を拾って、顔や胸元をパタパタ扇いであげた。

「…あ~…、涼しい…。ありがとなアキぃ…」

「どういたしまして」

暑い空気が動くだけ、本当はあまり涼しくも無いんだろうけれど、ガクは嬉しそうに口元を綻ばせている。

半裸で仰向けっていう無防備極まりない格好のガク…。本人には自覚がないみたいだけど、僕にとっては強烈な誘惑…。

抱き付きたい衝動が込み上げるけど、ここは我慢…!…本気で暑そうだから…。

「天気が良いからツアーは予定通りだってさ。明後日まで帰らない」

「僕もちゃんと外泊許可取って来たよ」

思い出したように口を開いたガクに、僕は笑顔で頷く。

ガクのご両親は旅行会社に勤めている。夏休み中は子供会行事なんかで旅行の申し込みが多くなるから、毎年お盆前までは

大忙しなんだってさ。

そんな訳で、僕は今日灰島家にお泊まりっ!連日の応援で溜まった疲れも吹っ飛ぶ癒やしイベントっ!

…まぁ、実は今回、お泊まりだけが楽しみって訳じゃなくて、ちょっと特別な日だったりするんだよね…!

しばらく顔を扇いであげていたら、ガクが辛そうに大きく息を漏らし、しみじみと呟いた。

「結局、本当に夏休みも一緒に応援する事になったな…」

「だね。今年は凄いや!」

そう。僕が夏休みに入った今も寮に残っている理由は、硬式野球部が勝ち残っているから!凄いぞ野球部っ!

勝ち進んでくれているおかげで、応援団と僕ら吹奏楽部員は応援の為に活動継続中。寮生は都合がつかなければ辞退して帰

省しても良いって言われたけど…、もちろん僕は参加の為に残寮。

部活だから…。応援の為…。理由は色々あるけれど、帰省したらガクと会えなくなっちゃうから、こっちに居られる理由が

あるのは嬉しい。偉いぞ野球部っ!

去年は活躍したサッカー部も残念ながら今年は早々と消えちゃったし…、吹奏楽部や応援団の出番がある部活は、もう野球

部しか残っていない。頑張れ野球部っ!

で、今日は泊りで遊びに来た訳!ガクのご両親が仕事でお出かけなのは好都合。むふふ…!ご家族の目を気にしないでベタ

ベタできちゃうっ…!

「野球部、勝ち進めるかな…?」

僕はコーラを一口啜って、ガクの顔を扇いであげながら呟いた。

「ウチは打撃が薄いからな。主砲一本とバントの名手、この一年ふたりが軸だ。強豪相手の勝負はエースが投げ勝てるかどう

かにかかって来る。…っていうのがハスキ団長の見立てだな」

それきり、ガクは目を半眼にしたまま黙り込んだ。

ウチの野球部は、去年までこの辺りで最弱クラスのチームだった。川向こうの学校の野球部は県内でも最高峰の強豪で、甲

子園常連だから、目ぼしい選手はみんなそっちに流れて行っちゃうのも強くなれなかった理由の一つ。

けれど昨年秋の大会では、僕らと同級生の当時一年生のピッチャーが奮闘して、ブロック上位に食い込む健闘を見せた。

これがきっかけになって、今年の春は、それまでだったら川向こうへ行っていたような良い選手が何人か新入生としてこっ

ちに入ってくれた。ピッチャーに惚れ込んだ強打の捕手とか、名センターの俊足バント職人とか…。エースピッチャーの奮闘

が花を咲かせてくれたんだね!

監督が変わったのも大きかったっていう話も聞いた。皆をとにかく強くする…んじゃなくて、個人毎の持ち味を活かした、

「一芸特化選手の集合体」としてチームを再構築したんだって。その結果、ウチの野球部はこれまでで最高レベルに仕上がっ

たらしい!…変なひとだけど、凄い監督なんだなぁあの先生…。

…と言っても、選手個人個人の技術とかは、今ようやく普通の学校のレベルになったらしいけれど…。

でも大きな問題が一つ。マシになったと言っても、ウチの野球部はまだまだ選手層が薄いんだ。打撃陣はヒッターが少なく

て、控えのピッチャーもあまり良く無いらしい…。だから当然エースピッチャーを温存する事もできなくて、毎試合全力での

ギリギリ勝負。

9回になってもマウンドに立ち続けて、必死に投げ込むあの姿を見ていると、たった独りで踏ん張っているような錯覚に陥っ

て、胸が苦しくなる…。だから、マウンドに立つ赤毛のお猿さん当人が、どうしてあんなにも堂々と胸を張って、弱気を見せ

ないで投げられるのか、時々疑問に思う。

「…厳しいだろうが、勝てないとは思わない」

唐突に口を開いたガクの顔を、僕は首を傾げながら見る。

それがさっきの問い掛けへの返事だって理解できるまで、考え事をしていたから少しかかった。

「あいつには夢がある。…自分の分だけじゃない大事な夢があるから、勝ち進むって信じたい」

ガクは僕をちらっと横目で見て、口の端を少し上げて笑った。

「ちょっと、今年の定期戦の事を思い出してみろ」

「定期戦って…、0対4で負けたよね?」

「数字で見れば一方的に負けてたが、赤木がマウンドに立っていた7回までは無失点な上に、安打はたった二本だ。交流試合

とは言っても、あの「川向こう」を相手にだぞ?向こうも先発はエースピッチャーだった。エース同士の投げ合いなら天下の

星陵相手に互角以上。他のメンバーの頑張り次第なら、全国レベルの強豪にだって…」

ガクの言葉に、僕は笑みを浮かべて頷いた。

勝てる確率はゼロじゃない。それどころか、僕が思っていたよりは大きそうだ。

会話が途切れると、ガクは視線を天井に向けてから「あ」と声を漏らした。

「…氷とか、どうだ…?」

「え?」

ガクは唐突に妙な事を言い出した。首を傾げた僕に、灰色熊は先を続ける。

「氷買って来よう」

「へ?冷蔵庫もダメなの?」

「いや、冷蔵庫は元気だ。絶好調。いろんな部屋が配電ダメになってるが、台所と洗面所と風呂場は無事」

ガクの返答で、僕はさらに大きく首を傾げた。

…じゃあ何で氷…?ひょっとしてガク、暑さで…頭が…!?

「塊買って来てかき氷作ろう。この暑いのもいくらかマシになるだろ?」

「あ、あぁ~…、かき氷ね!良かった!」

「?よかった?」

「ううん、こっちの話…!」

イチゴシロップと練乳がたっぷりかかった、カラフルなかき氷のビジョンが、僕の脳内にポンっと浮かんだ。

「良いね!けど、コンビニでカップ入りのとか売っているし、作らなくても…」

「いや、シロップとか揃えてあるし、かき氷作る機械もある。せっかくだから作るよ。…ありがとなアキ。涼しかった」

ガクは扇いであげていた僕にそう言いながら、腹筋の要領で身を起こし…、

「ほっ…」

起こし…、

「ふっ…!」

起こ…、

「んぬっ…!」

……………かわいい…。

「……………」

大きなお腹が障害になるのか、身を起こしかけてはゴロンと後ろに転げ…、また起こしかけては転げ…、結局諦めたらしい

ガクは、両手で口を押さえてフルフルしながら萌え萌えしている僕の前で、向こう側へごろんと寝返りを打ち、手をついて身

を起こす。

…あっちを向いたまま照れ隠しにガリガリ頭を掻いてる様子がまた可愛い…。

「…コンビニ寄って来たばかりで悪いけど…、付き合って貰って良いか?」

首を巡らせて半面だけ振り返ったガクに、僕は勿論頷いた。

大きなお腹がつっかえていた、今のおきあがりこぼしを脳内でリプレイし、ニマニマしながら…。


「……………」

陽炎揺らめく歩道の上を行きながら、僕は傍らの灰色熊の顔を見上げた。…家を出てからずっと無言だ…。

「大丈夫?」

「へーきへーき…。どんと来いだ…。ちゃ~ら~…へっちゃら~…」

…ダメっぽい…。色々と…。

水色のタンクトップに濃い青のハーフパンツを身に付けたガクは、サンダルをペッタペッタ鳴らしながら、億劫そうに足を

進める。

胸側はムチッと張り出した豊満な両胸と鳩尾の中間を中心に、広い背中側は肩甲骨の間のちょっと下側を中心に、それぞれ

大きな汗染みが丸く浮いて、タンクトップの色が濃くなっている。

大きな体がいかにも重そうな鈍い足取り。舌を出してはぁはぁ息を吐く半開きの口。だるそうに半眼になった目。…何処か

らどう見ても弱り切っている…。けれど僕はその様子に興奮しちゃう。応援団としての凛々しい格好ばかり見ているから弱っ

たまま見せる本音が新鮮…。

ただ、いつもならふざけてボディタッチぐらいするトコだけれど、こうまでグロッキーだと弄るのは気が引けるなぁ…。

「もうちょっとだからねガク!」

「お、おぅ…!もう少しだな…、最後まで頑張ろう…!」

「うん!あとちょっと!ホントにちょっと!」

「倒れるとしても…、前のめりだ…!」

まるでオアシスを求めて砂漠を行く旅人のようなやりとり…。

いくらか元気を取り戻したガクの顔は、熱せられた大気の中、ずっと向こうで揺らめくコンビニの看板に向いている。

…比喩抜きでオアシスを求める旅人の気分なのかもしれない…、今のガクたんは…。

ようやくコンビニに辿り着いた頃には、ガクのタンクトップはほぼ全面が湿っていて、ドアを開ける時に体が触れ合ったら

ムワッと来た。

「あぁ…!涼しい…!」

冷房がきいている店内に入った途端、ガクは生き返ったというように顔を弛ませ、胸元を掴んで涼しい空気を入れながら深

呼吸した。
そして、僕が反射的にスンスン鼻を鳴らして、漂って来た汗の匂いを嗅いでいる事に気付くと、

「あ…!わ、悪い…!汗臭いか?」

ガクは耳を倒しながら腕を上げて匂いを嗅ぎ出した。

「ううん、平気だよ」

僕のうなじとかスンスンしまくる匂いフェチのくせに、汗っかきのガクは自分の体臭を嗅がれると臭いをしきりに気にする。

恥かしがっているような申し訳なく思っているような、そんな顔にグッと来る…!思いっきりクンカクンカしてもっと困ら

せてやりたい衝動に駆られるけれど、ここは我慢!…公衆の面前だし…。

ガクは板みたいな氷の塊を三枚とアイスバーを手にとって、わき目もふらずに真っ直ぐレジに向かった。そして、不自然な

ほどレジから体を離して、手をいっぱいに伸ばして会計している。…気にしてる気にしてる、汗臭くなっている事…。

手早く買い物を済ませて店を出ると、外の熱気に顔を顰めながら、ガクはアイスバーを袋から取り出した。

「ソーダとコーラ、どっちが良い?」

「あ、ソーダが良い!」

僕に一本握らせると、灰色熊はもどかしそうに袋を破いて、アイスバーをパクっと咥える。

「頂きま~す」

僕もカサカサと袋の口をあけ、キーンと冷たいアイスバーを舐める。いくらか元気を取り戻したらしいガクと並んで帰路に

ついて、歩く事数分…。

「ん?…ねぇガク、あれ…」

僕は見知った姿を遠くに見て、車道の反対側を指さした。

「…お?」

ガクも知った顔だと気付いたらしく、大きな手を高々と上げる。

ただでさえ大きくて目立つガクが手を振ったら、流石にこっちに気付いたらしい。

向こう側の車道をジョギングしていた赤毛の猿は、歩調を緩めて左右を確認すると、車が途切れたタイミングを見計らって、

ダッシュでこっちに渡って来た。

「や、カイジマ君!それに、コギ君…だったよね?」

「うん。おはようアカギ君!」

「おはようアカギ」

メッシュのシャツにジャージの長ズボン。どっちも真っ白で被毛の赤が映える格好をした彼は、野球部の快進撃の立役者、

校内の有名人アカギ君。

僕は勿論知っているけれど、彼は僕の事はあまり知らないはず…。名前を覚えて貰っていたのが意外だった。

身長はぼくより拳一個分くらい高い、たぶん165センチか、それよりちょっとある?鮮やかに赤い毛はニホンザルらしく

てモッフモフしている。

「今日は練習休みだろ?それでも走ってるのか?」

「日課だから、走らないと落ち着かなくて…」

ガクが少し顔を顰めながら言うと、アカギ君は苦笑いしながら汗で湿った額を手の甲で拭う。

「せっかくの休みなんだ。ちゃんと体も休養させないとダメだろう?大事な時にバテるぞ」

「うん、ありがとう。でも軽く流してただけだから大丈夫。もう今は帰り道」

…ん…?二人のやり取りを横から見てた僕は、ちょっと不思議に思った。

ガク、ひょっとしてアカギ君と親しい?ガクからはあんまり友達が居ないって聞いていたんだけれど…。

疑問を感じている僕の様子に気付いたのか、ガクは顔だけ僕に向けて口を開いた。

「アカギとは去年一緒のクラスだった。俺の数少ない友人だ」

「そうだったんだ?…あ。じゃあ僕の名前知っていたのって…」

「うん、カイジマ君から聞いてたんだ。根性のある吹奏楽部の友達って。カイジマ君が何回も話に出すひとなんて珍しいな~

って、印象に残ってた」

アカギ君は笑みを浮かべて僕の顔を見た。…ガク、いったい僕の事どういう風に話したの!?何だかアカギ君の視線がくす

ぐったいんだけれど!

それにしても…、話した事もなかったからだけれど、こうして向き合うとアカギ君の雰囲気って、これまで僕がイメージし

ていたのとちょっと違うな…。

マウンドに立って、豪快なトルネード投法から放つ剛速球で相手バッターをなぎ倒して行く彼は、いつだってとても格好良

かった。だから、高めの声とちょっと可愛い口調や、グラウンドに居る時とは違う幼い雰囲気の表情が、すごく意外…。スト

ライクで試合を締めた時なんかの、「っしゃあ!」って、ガッツポーズするあの気合の入った顔はいったい何処へ…?

あ、でもまぁガクも話してみるまで抱いていた印象が随分違っていたし、話してみないと判らない物なのかも?

僕が新鮮な気分でアカギ君を観察していると、熱で溶けつつあるアイスバーをしきりに舐めながら、ガクは彼に尋ねた。

「ところで、一人なのか?」

「え?ううん。一緒だったけど「先行け」って…。そろそろ追いついて来るはず…」

振り返ったアカギ君につられて、僕らが同じ方向に顔を向けると、もやもやと揺れる陽炎の遥か向こうから、ドテドテ走っ

て来る大柄な犬の姿…。

待つ事しばし、グッショリ汗をかいたセントバーナードは、僕らに近付いて歩調を緩めると、前屈みになって膝に手を付き、

がっくりと項垂れた。

体格が良過ぎるせいで丸い背中が、乱れた息で上下している。

「大丈夫?」

「平気?」

「無事か千戸?」

アカギ君が、僕が、ガクが口々に声をかけると、むっくりしたセントバーナードは舌を出して喘ぎながら顔を上げる。

「だ、大丈夫平気無事…!暑くて、キてるだけだから…。んがぁ~…!あっつぅ~…!」

七分袖の襟元を掴んで、バタバタして胸元に空気を送り込み、セントバーナードは顔を顰めた。

このセントバーナード…チド君は、野球部のマネージャーさんだ。ガクほどじゃないけど太っていて大きい。たぶん身長は

180を越えている。

薄手の七分袖の胴回りは、豊満なバストとポヨンとしたお腹で引き伸ばされて、胸元にプリントされた「ねばーぎぶあっぷ」

が横長フォントになっちゃっている。…書体にまで元気がない…。

それにしても凄い汗…!紺色の七分袖は汗染みで黒々としているし、黄緑の短パンも腰周りから変色している。

「だから今日は付き合わなくて良いよって言ったのに…」

「だ、だって…。待ってるの暇じゃん…」

呆れたような顔でアカギ君が言うと、チド君は首周りを腕で拭いながら応じた。…あぁ。僕と同じで「マテ」できない子な

んだねチド君…。

チド君も校内では有名人だ。同じクラスになった事は無いけれど、彼の事はそれなりに知っている。やっぱり向こうは僕の

事知らないだろうけれど…。

「カイジマは買い物?」

「おう」

チド君はガクに尋ねて、それから僕に顔を向けた。

「あ~、コギ君…だよね?いつも応援ありがとう」

驚いた事に僕の名前を知っていたセントバーナードは、ニヘラ~って笑みを浮かべ、腰を少し曲げてペコっと頭を下げた。

「いいえ、どういたしまして!…って言うより、お礼なんて…。野球部の応援は僕らにとっても晴れ舞台だから…」

「それでも、ありがとう」

弛んだ笑みを浮かべながら繰り返したチド君の顔を見ていたら、何となく察しが付いた。彼もガクと知らない仲じゃなさそ

うだから、きっとアカギ君みたいに僕の事を聞かされていたんだろうね。

「あ。溶けるよ?」

そう言ったチド君の視線は僕の手元…、食べかけのアイスバーに注がれていた。

やばぁい!表面はもうトロンと溶けて来ちゃって、雫が伝って来ている…!ガクの方は…、いつの間にか食べ終わって棒だ

けになっているし…。

急いで食べなきゃと思ってアイスバーを持ち上げて口を開けた僕は、じっと注がれ続けている視線に気付いて、手を止めた。

…チド君が、目を皿のようにしてアイスバーを凝視している…。

口を半開きにして、アイスバーに熱視線を注ぐセントバーナードは、ゴキュッと音を立てて唾を飲み込んだ。

…食べ辛いっ…!

「…あの…。食べかけで悪いけど…、いる?」

「え!?い、いいい良いのか!?くれるの!?ホント!?」

恐る恐る訊ねると、チド君は身を乗り出して物凄い勢いで食いついて来た。

「い、良いよ。どうぞ…」

ちょっと怯みながら食べかけかつ溶けかけのアイスバーを差し出すと、チド君は目を細めて受け取った。心底嬉しそうに尻

尾をバタバタさせている…。ここまで喜ばれると悪い気がしないっていうか…、むしろ食べかけで申し訳無いなぁっていう気

分になるなぁ。

でっかくて太っているひとが好みの僕には、チド君もストライクゾーンど真ん中。優しくしてあげたくなっちゃう!

アイスバーを口元に寄せて、チド君が舌を伸ばしたその瞬間、口をポカンとあけていたアカギ君が、ブンブン頭を振ってか

ら顔を顰めた。

「こらハナ!…じゃない、チド!催促しちゃダメじゃないか!」

「うぇ!?…お、おれ催促なんてしてないぞ?コギ君がくれるって…!」

「目と表情で催促してたでしょ今っ!?」

赤毛の猿が怒ったような口調で言うと、彼の倍以上体積があるセントバーナードがタジタジになる。

「ゴメンねコギ君…。チドったら、食べ物の事になると昔からホント意地汚くて…」

「い、良いよ良いよ!ほら!いっぱい汗かいて喉が渇いたんだろうし!脱水症状起こしたら大変だし!」

フォローした僕を、チド君は感謝の色を浮べた目で見つめてくる。体は大きいのに子供みたいなトコ…、グッと来る…!…

好みだから、やっぱり肩を持ちたくなっちゃうなぁ…!

はっ!いけないいけない!僕にはガクっていう恋人がっ…!

僕はさっきから無言になっているガクの様子をそっと窺う。

アイスバーを舐めて一息つき、ホワンと表情を弛ませているチド君を…、それから首を巡らせて僕を…、なんだか恨めしそ

うな顔をしながら見たガクは、掠れた声でボソリと呟いた。

「…間接キス…」

ちょっとぉおおおおおっ!?こんなトコでそういう事言うのヤメテぇええええっ!

幸い二人には聞こえなかったらしくて、注意を向けて来ていないけれど…、勘ぐられちゃったらどうするのっ!?

「はぁ~、生き返る~…!けど帰ったらまずシャワーだなぁ。もうパンツの中まで汗でビッチョビチョ…」

心臓をバクバクさせて嫌な汗をかいている僕の動揺には気付かず、満面の笑みでアイスバーを舐めながらチド君がそんな事

を言う。…思わずパンツの中の状況を事細かに想像しちゃった…。

「だね。物凄い汗…」

腕を伸ばしたアカギ君は、チド君の胸に平手で触り、シャツの濡れ具合を確かめながら顔を顰めた。あ、ちょっと羨ましい

かもソフトタッチ…。

「シャワーも良いけれど、こういう日はプールで泳げばスッキリするかもよ?」

本人達にその意識は無いんだろうけれど、仕草が誘惑になっていて、動揺している僕は落ち着かない気分を紛らわせつつ、

何気なく提案してみた。

けれど、この提案には誰も賛成しなかった。

アカギ君は微妙な顔で押し黙り、ガクは少し沈んだ表情でちらっと僕を見る。…あれ?普通乗って来ない?

首を傾げて視線を巡らせた僕は、困っているような寂しがっているような、垂れ耳を後ろに寝せたチド君の顔を見て気が付

いた。

…しまった!…チド君、やっぱりプールには…!

忘れていた訳じゃないのに、僕の言葉は配慮に欠けていた…。

一年生の時、定期戦で華々しくピッチャーとしてデビューを飾って、期待されていた彼が、何故今はマネージャーをやって

いるのか、ウチの学校で知らない生徒は居ない…。

チド君がこんなに暑くても七分袖を着ているのも、プールを避けるのも、左腕をあまり見せたくないからだ…。

見えている部分だけでは何とも無いように思える、チド君の左腕…。ちらっと視線を向けた僕は、自分が嫌になりながら、

上目遣いにセントバーナードの顔を見た。

「…あ、あの…。ごめん…」

「気にしないでくれよぉ。単に泳ぎが下手くそなだけなんだ。それにほら、おれ、みっともなく太ってるからさ、裸見られる

のってなんか恥かしいしなぁ!」

チド君は気分を害した様子もなく、にこやかに笑いながらお腹をむにゅっと摘んで見せた。

「みっともなくなんか無いよ!ぷっくりしていて健康的だよ?」

本音で言うなら「でっぷりしていて魅力的だよ?」なんだけれど、そこはちょっと伏せておく。

「うぇへへ!そう?そんな事言われたの初めてだぁ」

チド君は可笑しそうに、そしてちょっと嬉しそうに顔を綻ばせると、「健康的って言うと、カイジマもそうだよな?」と、

ガクにふる。

「ははは!まぁ、見た目に反して健康だ。確かに!」

ガクは大きなお腹をゆすりながら、声を上げて愉快そうに笑った。つられて僕とアカギ君も吹きだし、チド君は笑みを深く

する。
僕の失言で漂いかけた微妙な空気は、明るい笑い声と暑い空気に押しやられて、どこかへ行ってしまった。

…失敗失敗…。もうちょっとさりげなく気を回せるようにならないと…。


時間も時間だから、かき氷は食後の楽しみに取っておく事にして、ガクはまず昼食の準備に取り掛かった。

ちょっと早めの昼食を済ませて、かき氷を食べて涼みながら電気屋さんを待つ。それがガクの予定。

勿論僕に異存は無い。ガクがぐったりして動きたくなかろうが、精力的に動き回ろうが、傍に居られさえすれば十分嬉しい

し楽しいから。

…まぁ、ガクが暑がるだろうから今はあまりベタベタできない。それはやっぱりちょっと寂しいから、早くエアコンが直っ

てくれるに越した事は無いんだけれど…。

お昼ご飯はそうめんだ。ガクのご両親がお土産に買ってきた、永碕の手延べ素麺。僕は知らなかったけれど、食通のガクに

説明を求めたら、本格手延べなのにお手軽な値段って事で、最近結構話題になっているらしい。

取りやすいようにちゃんと丸めて、ざるの上にあてがわれたそうめんは、…いつもながら半端ない量だ…。

何食分あるんだろう?四つの大ざるに山盛りにされている…。

薬味にはおろし生姜や刻みネギ、ワサビや海苔が用意されて、なんとガクお手製の天ぷらつき。サツマイモにシシトウにエ

ビにタマネギなどなど、ガクが汗だくになりながらも手早く用意した天ぷらは、本人が「簡単に済ませた」と言う割に結構種

類が豊富。

なお、僕はワサビと生姜は苦手だからパス…。刺激物全般があんまり得意じゃないんだ。

味わっているんだかどうだか判らないペースで、ズゾゾゾ~っと麺を吸い込んで行くガク。惚れ惚れするような大食漢ぶり

と取るか、見ていると食欲が失せる食いっぷりと取るかは、意見が分かれる所だろうね…。

もうだいぶ慣れた僕は、乱される事無く自分のペースで食事をする。サクサクしたかき上げが特に絶品!卵を浮かべてツル

ツル啜るそうめんは、夏を実感させてくれた。

「ところでさ、井本先生の夏休み課題、嫌がらせだよねぇ…。問題集って何?小学生じゃ無いんだからさぁ…」

そうめんを啜る合間にそう話しかけると、麺で頬を膨らませていたガクは、中の物を飲み下してから口を開く。

「あぁ。だが全体的に見ればそんなに難しくないだろう?」

「まだ見てもいないよ」

ガクに苦笑いを返した僕の頭を、ふとある考えが過ぎった。

「ガク…?ひょっとして、もう課題進んでいるの?」

「ん?うん。終業式の夜に済ませた」

「はい!?」

麦茶をグラスに注ぎながら、さらりと応じる灰色熊。

予想の斜め上をベリーロールで華麗に跳び越える答えが返って来て、僕は目を点にする。

「終わったの!?もうっ!?早過ぎない!?」

「やらなきゃいけない事がいつまでもあったら落ち着かないだろう?早めに済ますに限る」

ガクは、当然だろう?って調子でそう言った。…つくづく優等生…。むむむ…!こうなったら…!

「ねねっ!?お願いがあるんだけれど…」

「うん?」

僕はヘラッと愛想笑いを浮かべ、拝むように手を合わせてみる。

「課題写させて?」

頼んでみたら、ガクはちょっと顔を顰めた。

「自分でやらないと為にならないだろう?先生が課題を出すのは、夏休み中の学力アップを考えてのメニューだぞ?」

「え~?ダメぇ~?」

僕は小首を傾げて見せる。ちょっとでも可愛く見えるように。

効果があったのか、ガクは「ぐぅ…!」と呻いて顔を顰めながら首を引き、迷うような顔をしたけれど、かたく目を瞑って

ブルブルっと首を横に振った。

その仕草はノーって言っているようにも、迷いを吹っ切ろうとしているようにも見える。

「…ダメだ…。悪いが…」

そう断ったガクは、耳をペタンと寝せる。

一瞬、「じゃあ今夜はアレな事してあげないぞっ!?」って揺さぶりをかけてみようかとも思ったけれど、やっぱりやめた。

ガクはイヂワルして言っているんじゃなく、僕の為を思ってくれているんだし、…何よりフェアじゃないしね。これ以上こ

ういう方向で困らせるのは不本意だし、僕は「うん。自分でやる」と、苦笑いしながら引き下がる。

ガクが耳を寝せて済まなそうにしているから、話題を変えようと色々考え始めたその時だった。

ツクツクボウシがすぐ近く…たぶんガクの家の庭辺りで鳴き出した。

「ちょっと早いね?まだ八月にもなってないのに…。おまけにまだお昼…」

考えるまでもなく話題の方から来てくれた。ナイスだツクツクボウシ!

…けど、なんでこんなお昼時に?しかもまだ七月なのに…。

「ん?ああ…、言われてみれば早いか?時期も時間も」

ちょっと不思議そうに言ったガクは、寝せていた耳を立てて鳴き声に耳を澄ませている。

「僕、ツクツクボウシ好きなんだ」

「何でだ?」

窓から視線を外したガクは、不思議そうな顔を僕に向ける。

「鳴き声がすっごくユニークじゃない?余韻を残してフェードアウトしていく最後のトコなんかが特に好き」

ガクが「ん~?」と微妙な顔で首を傾げたその途端、ツクツクボウシは再び鳴き出した。

僕らはしばらく箸を休めて、その鳴き声に耳を傾ける。

「どう?」

鳴き声が止んでから訊いてみると、ガクは困惑しているように眉根を寄せた。

「え?いや、どうって…、何がだ?」

「だから、ツクツクボウシの鳴き方」

「鳴き方…?うるさくて暑さが増すって感じしか…」

「もう!次に鳴いたら良く聞いてみて?で、音を頭の中で文字にしてみてよ?」

「文字って…、ツクツクホーシにしかならな…」

ガクは言葉を切って、僕と同時に窓を向く。ツクツクボウシがまた鳴き出したから。


ジイィィィィィ…ツクツクツクツクツクツクオーシッ!ツクツクオーシッ!ツクツクオーシッ!ツクツクオーシ!ツクツク

オーシ!ツクツクオーシツクツクオーシツクツクオーシツクツクオーシウィオース!ウィオース!ウィオース!ウィオース!

ジイィィィィィィィィィ…


「あ」

ガクは口をポカンと開けて、小さく声を漏らした。

「どう?」

さっきと同じ問いを繰り返した僕に顔を向け、ガクは丸い耳をピクッと動かして、可笑しそうに少しだけ口元を緩めていた。

「何か面白いぞ?」

「でしょ?鳴く虫はいっぱい居るけれど、ここまで音楽的な鳴き方をする子は他に居ないよ」

また鳴き声が響き出し、僕らは窓の外に目をやって、鳴き声を頭の中でカナ変換しながら笑う。

「けどなぁ…、せめてもう少し小さい声で鳴いてくれないもんかなぁ…」

ガクは笑みを浮べ、ガリガリと頭を掻きながらそんな事を言う。

「ふふっ!それは仕方無いよぉ」

応じた僕は、こう考える。だって地面の下で何年も頑張って来たんだもん。おっきな声で鳴きたくもなるよね?って。

だからさ、ボリュームが大きい事にはちょっと目を瞑って、好きなだけ鳴かせてあげよう?

僕がそんな事を考えていたら、

「…「仕方無い」か…。確かにそうかもな」

と、ガクはちょっとしんみりした口調で呟いた。

「何年間も、ず~っと我慢して来たんだもんな…。ああやって鳴ける夏は一回こっきり…、大声で鳴きたいのは当り前か…」

ガクがぼそぼそと口にした内容は、僕が思っている事とまるっきり同じだった。まるで、声に出さなかった僕の気持ちが伝

わっていたように…。

「…何だよ?何かおかしかったか?」

自然に顔が綻んだ僕に、ガクは訝しげに尋ねて来る。

「ううん。嬉しかっただけっ!」

満面の笑みを浮かべて応じる僕。

「何が?」

「秘密!」

口にするのが恥かしくって、僕は笑って誤魔化した。

セミ達の事に想いを馳せられる…。ガクが僕と同じような感じ方をしているって事が、嬉しいんだ…!

「そうだ。こんな話知ってる?」

ツクツクボウシが歌う中、僕は強引に話題を変えた。

「ツクツクボウシってさ、普通は他のセミより遅くに出て来るでしょ?だから昔の人は、夏と秋の境目を知らせに来るんだっ

て言っていたらしいよ」

「へぇ…。言われて見れば確かにそうだな?季節の変わり目かぁ。…これまであんまり意識してなかった」

「でね?あの鳴き声…「ツクツクホーシ!」のトコなんだけど、「つくづく惜しい」って言っているんだって。幼稚園ぐらい

の頃かな?近所のおばあちゃんからそんな話を聞いた事があるんだ」

「つくづく惜しい?何がだ?」

「ヒントは、ツクツクボウシが鳴き出す時期」

ガクは眉根を寄せて首を傾げた後、「あ」と声を漏らした。

「「夏が終わるのがつくづく惜しい」。とかか?」

「ピンポーン!さっすがガク、頭の回転速い!」

勉強できる子のガクは、一発で正解を口にした。

「つくづく惜しい、か…。俺達と一緒かもな」

誉められた事が照れ臭いのか、ガクは頭をガリガリ掻きながらそんな事を言う。

「僕らと同じ?それってどういう…」

ピンと来なくて問いかけた瞬間、僕は気付いた。

夏が終わる…。

野球部の夏。僕らの夏。そして夏休み…。

どれも、終わるのが惜しい物ばかりだ…。

「…そうだね。僕らと一緒だ」

「終わっちまったらまた来年…、だな。俺達はだけど…」

言葉を切ったガクは、ちょっと寂しそうに目を細めて、窓の外に顔を向けたまま呟いた。

おっきくて強面で太っていて、繊細さなんて外見からはまったく感じられないガクだけれど、心根は敏感で柔らかくて、穏

やかでとても優しい。きっと、セミの一生に想いを馳せているんだろう。

僕らがちょっとシンミリしちゃったら、ピンポーン、と、軽やかなチャイムが鳴った。

「あ。たぶん電気屋さんだな。ちょっと行って来る」

ガクはのそっと腰を浮かせると、ドスドスと廊下を踏み鳴らして足早に玄関に向かった。

ひとりで和室に残った僕は、麦茶のグラスの中でカラッと音を立てた氷を見遣る。

季節はずれ。他のセミに混じって鳴く、一匹だけ勇み足なツクツクボウシが叫ぶ精一杯の声は、休憩を挟みながらまだ続い

ていた。


テーブルの上のペンギン形かき氷製造機のハンドルを握った灰色熊が、汗を拭き拭きゴォリゴォリとハンドルを回す。

居間のテーブルにガクと並んでつき、横から覗き込んでいるボクは、頃合を見て声をかけた。

「そろそろ代わる?」

申し出た僕に、汗拭き用のタオルを首にかけたガクは、笑顔で「いや、大丈夫」と応じる。強がっている風じゃない。本当

に手伝わなくて良さそう。

大きな手でハンドルを握り、ぶっとい腕を力強く動かすガクは、なんだかちょっと…じゃなく、凄く楽しそうだ。

壁の中で配線がショートしていたらしい冷房は、電気屋さんのちょっと長めの修繕作業で完璧に直った。涼しい送風で気温

を適度に下げられた居間に、カキ氷作成の音が心地よく響く。

あ~…。夏って感じがする…。

「お待ちどう」

「ありがとう!」

灰色熊が差し出したガラスの器には、真っ白い氷の山。受け取った僕が練乳とイチゴのシロップをかけると、赤と白のおめ

でたいカキ氷が完成。

驚いた事に、ガクの家の冷蔵庫には、イチゴにブルーハワイ、メロンなど、各種カキ氷用シロップが揃えられていた。

作業を終えた灰色熊は、三人前はありそうな特盛りカキ氷を金時にしている。あれだけそうめんを詰め込んだのに、ガクの

胃袋にはまだまだ余裕があるらしい。…そういえば、「甘いものは別腹」って言っていたっけ…。

「…うっ…!?」

カキ氷をすくっていたスプーンを止めてこめかみを押さえた僕に、ガクが笑いかける。

「キーンってキたか?」

「う、うん…!う~!キく~!」

…でもまぁ、これも夏っ…!

「んぐっ!?」

僕が頭を押さえていると、今度はガクがギュッと目を瞑って、側頭部をトントンと叩き始めた。

「キた?」

「キた…!んっくぅ~っ!」

灰色熊は顔を顰めながらも口元には笑みを浮かべている。

あ~、なんて幸せな夏休みっ…!ステキな恋人と満喫する夏の、何てステキな事かっ!

去年だって充実していなかった訳じゃない。地元に帰ってたくさん遊んだし、十分に満喫したけれど、ガクと一緒だとやっ

ぱり違う。

…まぁ、今日は今のところ、やっている事を傍から見れば、友人宅にお邪魔してダベってご飯とカキ氷をご馳走になってい

るだけなんだけれど…。

「あ~!食った食った!」

特盛りそうめんに続いて山盛りカキ氷を平らげたガクは、その場でゴロンと仰向けになる。

僕がガラスの器の底に残る、溶けた氷で薄まったイチゴシロップとミルクを啜って、綺麗に舐めていると、

「まだ食いたいなら作るぞ?」

満足気にお腹をポンポンと叩いているガクは、斜め後ろからそう訊ねてきた。

「ううん、満足満足。この残りのシロップが好きなの」

はしたないとは思うけど、この最後の溶けたトコがどうしようもなく好きなんだ…。

器をテーブルに戻した僕は、「ごちそうさまでした」とガクを振り返り、ガクは「お粗末さまでした」と、ニンマリ笑って

応じる。
笑みを返した僕は、体の向きを変えて、こんもりと盛り上がっているガクのお腹に両手を当てて、ポフポフ軽く叩く。

たっぷりと脂肪がついた大きなお腹は、軽く叩いただけでたゆたゆと波打った。

こそばゆいのか、ガクは目を細めて口元を弛ませていた。

僕はその場で体を倒し、ガクの右隣にころっと寝転がって、山になっているお腹に腕を乗せる形で横から抱き付く。

右腕を上げて僕を迎え入れてくれたガクは、そのまま体を横向きにして、ズリズリ位置を調節する。

ガクの顎の下に僕の頭。僕の顔の前にはガクのたっぷりした垂れ胸があって、抱きつきやすい位置にでっかいお腹がある。

横になったまま、ガクと正面から抱き合う形だ。

あ~…、幸せぇ~…!この手に余るボリューム満点のタプタプボディの心地良さときたらもぉっ!

横になっているせいで、重力に引かれて半潰れで畳に乗っているガクのお腹は、ちょっと押したらタプンと揺れた。

一方、匂いフェチのガクはスンスンと鼻を鳴らして、僕の頭の匂いを嗅いでいる。

…大丈夫。ちゃんとシャンプーしているから。…けれどやっぱり気になるなぁ…。

僕を軽く抱き締めたまま、しばらく黙っていたガクはおずおずと切り出した。

「…あ~、そのぉ…。ま、まだ時間あるし…、このままのんびりしとくか…?」

「…うん…」

恋人の少し恥かしがっているような声に顔を綻ばせ、たっぷりした柔らかで広い胸に顔を埋めながら僕は頷いた。


「涼しくなったね」

「だな。ひと安心だ…」

日中の陽炎がすっかり消えて、オレンジに染まった夕暮れ道を、僕とガクは並んで歩いている。

周囲には、僕らと同じ方向へと歩いて行く人々。浴衣を着た女の子や、団扇を手にしたおじさん…。たぶん目的地は一緒。

ふふふっ!今日のこれをずっと楽しみにしていたんだよね!

僕らが向かっている先は、林と堀に囲まれた大きな公園。

日足(ひだり)公園という名のその公園の中心には、無雲日足主(なぐものひだりぬし)という神様が祭られている。ずっ

と昔に遠くから来て、山賊だか野盗だかを成敗して去って行った、女のひとみたいに見目麗しかった若い武人の神様だとか何

とか…。

恋の成就を司るこの神様は、敵方の大将との悲恋の伝説と共にこの土地で長く信仰されて来たんだって。

そして今日は、年に一度のお祭りの日!公園全体に所狭しと屋台が並ぶんだ!実は僕、昨年の今頃はもう実家に帰っていた

から今年が初体験なんだよねっ!ガクと一緒にお祭りを巡るの、何週間も前からず~っと楽しみにしていたんだぁ!

「お。子供御輿だな」

ガクが足を止めて首を巡らせて、耳をピクピクさせる。

「ホントだ。太鼓の音が聞こえる…。どっちからだろ?」

「後ろだな」

ガクが振り返り、僕も同じ方向へ視線を巡らせると…、確かに、和太鼓の音は僕らが来た方向から聞こえてくる。

しばらくその場で待っていると、やがてパトカーに先導されたお御輿が、角を曲がって姿を現した。

先導されて車道を進んで来るお神輿に、歩道から歓声が飛ぶ。お御輿を担いでいるのは、小学校高学年ぐらいの子供達。み

んな鮮やかな朱色の法被を着ていた。子供達が担いでいるお神輿は、人気アニメのキャラクターをダンボールや折り紙で作っ

たものだった。

脇には紙で作った花で町内会名が入れられている。…可愛いお神輿だなぁ…!

「小さい頃な、俺もアレ担がされたんだ」

「へぇ!ガクもやったんだ!」

ガクは当時の事を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めている。きっと可愛いプックリ小学生だったんだろうなぁ…。

「町内会毎に手作りで、上手くできた所は賞が貰えるんだ。けど、ウチの町内会のは途中で壊れたりしてな、賞を貰えた事は

一回も無かった。結構悔しかったな、練り歩いてる途中で崩れるのは」

思い出し笑いしているガクと、興味深く聞きながら当時の恋人の姿を想像している僕の前を、お神輿を担いだ子供達が通り

過ぎて行く。

車道を進むお神輿の後を追うように、僕らはゆっくりとした足取りで再び歩き出した。


「すっ…ごぉい…!」

予想以上の光景を目にした僕は、呆気に取られて公園入り口で立ち尽くした。

大量に吊るされている赤い提灯に、尋常じゃない数の屋台!

浴衣や私服、思い思いの格好をしたひと、ひと、ひとの波!

「ほらアキ、行こう。入り口に立ってたら邪魔になる」

ガクは驚いている僕の背に大きな手を当てて、反応を面白がっているように笑いながら、端の方へと促す。

周囲の人々の姿を見回した僕は、ちらっとガクの顔を見上げた。品定めするような目で屋台を眺めていた彼は、視線に気付

いて「何だ?」と見下ろしてくる。

「ガクも浴衣で来れば良かったのに」

「無いんだよ。前は着たが、中学の頃のはもう入らないしな」

灰色熊は苦笑い。そっか、おっきくなっちゃっているんだね…。

「う~ん、残念…。見たかったなぁ浴衣姿…」

「…俺も、アキの浴衣姿は見てみたいかもな…」

僕らは顔を見合わせて笑う。来年はどうにかして浴衣を用意してみようって、後で相談しよう…。

「さっそく回るか。手近な所から行こう」

僕は尻尾をバタバタ振りながら、「うん!」と、上ずった声で返事をした。

人ごみを縫って歩く僕とガクはかなり目を引く。僕じゃなくガクがだけど。慣れっこなのか、それとも人目が気にならない

性分なのか、彼は辺りの視線にも反応らしい反応を見せない。

小山のようなガクの巨体は周囲から頭一つ半は抜けていて、大人三人分程もボリュームがあるから、行く手のひとが目を丸

くしていたり、すれ違ったひとが振り返っていたりする。ふふふっ!ちっちゃな子なんかはビックリして、遠慮なく指差して

いるよ!

のっそのっそと巨体を揺すって歩く灰色熊を前に、人ごみが割れて道が開く。なんだか妙な気分になりながら、僕は恋人と

一緒に喧騒の中へ踏み込んで行った。

 

「あ。ヤキソバだ」

「ホントだ!ちょっと食べてく?」

「そこ、チョコバナナ売ってるぞ」

「僕チョコバナナ大好き!」

「お、たこ焼きだ」

「あ~、いい匂い!」

「リンゴ飴だ」

「お祭りといえばコレだよねぇ」

「ほらあそこ、お好み焼き」

「う、うん…」

「綿菓子食おう」

「…うっぷ…」

「イカポッポ」

「が、ガク…、あの…。そろそろギブアップ…」

イカが焼ける香ばしい匂いに誘われて、次なる屋台へ向かおうとするガクの服の裾を掴み、僕はついに音を上げた。

ヤキソバやたこ焼きなんかは二人で半分に分けて食べていたけれど、もうお腹パンパンだよぉ…!ガクのペースで食べ歩き

に付き合っていたら、胃袋がパンクしちゃう!

振り返った灰色熊は、げんなりしている僕の顔を見下ろすと、苦笑いを浮かべてから首を巡らせた。

「あそこのベンチでちょっと休むか」

「うん。そうする…」

僕は近くのベンチに腰を下ろして、「ふぅ…」とため息をつく。…お腹苦しい…。食事までガクに合わせていたら、僕、間

違いなくデブデブになっちゃうよ…。背が低いからチビデブだ…。

ジュースのロゴマークが入っているプラスチックのベンチは、ガクが腰を降ろすとメリメリギシィッ!と派手な悲鳴を上げ

たから、潰れるんじゃないかと不安になった…。

思い出してみると、さっきから回っていたの、食べ物の屋台オンリーだ…。

ガクはまぁそれでも楽しそうなんだけれど…。お祭りの楽しみ方、偏ってない?

普段からこれだけ食べているから、縦横斜め全方位に大きくなったんだろうなぁ…。

「射的とか、金魚すくいとか、やってみない?」

僕がそう提案すると、ガクは「ああ」と、何か思い出したような顔になる。

「祭りなんだしな、食い歩き以外の楽しみもあるか。ははは」

食い歩き以外の楽しみ…。やっぱり食欲最優先だったんだ…。

僕の呆れ顔を見て苦笑いしたガクは、「あ」と声を上げると、ベンチを軋ませながら立ち上がった。

視線は僕の頭の上を通り越してその向こうへ…。何だろう?

首を巡らせて振り返ると、黒いタンクトップにジーンズという格好の、ガッチリしたシベリアンハスキーの姿…。応援団の

団長さんだ。

僕らの一つ上…三年生で、ガクとは家が隣の幼馴染。彼を応援団に誘った先輩でもある。

コバルトブルーの目は切れ長で鋭く、ハスキー特有の隈取がある顔つきは精悍で凛々しく、がっしりした骨太で筋肉質な体

型と相まってちょっと近付き難い雰囲気があるけれど、話してみれば穏やかで礼儀正しくて、そんなに怖いひとじゃない。

幼馴染のガク曰く、突然妙な事を言い出したり、唐突に面白い行動を取ったりするらしいけれど、そんなトコは見た事が無

い。僕が見る限りはしっかりしていて真面目で紳士な先輩だ。

その団長さんが、片手にチョコバナナを、片手にリンゴ飴を持って、人ごみの中でキョロキョロしている。

「にぃ…じゃない、蓮木団長!」

僕が立ち上がると同時にガクが声をかけると、ハスキ団長は耳をピンと立ててこっちに顔を向ける。

歩み寄った僕らが揃ってペコッとお辞儀すると、ハスキ団長も会釈を返してくれた。応援団長は結構頻繁に吹奏楽部に来て、

部長達と応援についての打ち合わせをして行くから、ハスキ団長とは僕も顔見知り。

「こんにちはコギ君。それにカイジマ。楽しめているか?」

「はい!それはもう!」

笑顔で答えた僕に、ハスキ団長は精悍な顔に微笑を浮かべて「結構」と頷く。それからガクにちらりと視線を向け…、

「カイジマと一緒ではずっと食い歩きだろう?付き合うのは程ほどにしておきたまえ。でないと胃がもたないぞ?」

と、口の端を吊り上げて、冗談半分に言った。

「それは勿論。…いま痛感していましたから…」

苦笑いを返す僕の横で、「…ここからは他の店も回ろうな…」と、ガクはいささか決まり悪そうにガリガリと頭を掻いた。

「で、団長。誰かをお探しですか?」

姿勢と態度を正したガクは、さっきの様子が気になっていたのか、ハスキ団長に尋ねる。

幼馴染のはずなのに、ハスキ団長と話をする時、ガクの態度はいつもこんな風に堅苦しい。まるっきり先輩と後輩のそれだ。

「ん?ああ…、ちょっと考え事をしている間に姿が見えなくなってな…。何処に行ったんだアイツ?」

問われたハスキ団長は、耳を少し倒してため息混じりにそう呟いた。

「僕らも探すのを手伝いましょうか?この人ごみじゃ大変でしょう?」

僕がそう提案すると、ハスキ団長は困ったような笑い顔で首を横に振った。

「い、いや良いんだ!携帯もあるからな、その気になればすぐに見つかる」

あれ?なんだか笑みがちょっと引き攣っているような?…気のせいかな…。

「では、自分はそろそろ行く。お互い、ひとが多いから十分に気をつけて楽しもう」

「はい!」

「押忍」

僕とガクがお辞儀すると、ハスキ団長は踵を返しかけてから、「あ」と声を漏らした。

「つかぬ事を訊くが、二人はチョコバナナとリンゴ飴、どちらの方が好きだ?」

「へ?どっちかなら…、リンゴ飴でしょうか?」

唐突な質問に戸惑いながら僕が応えると、ガクは「俺はどっちも好きです」と、何故か両手を差し出しながら答えた。

「リンゴ飴か。なるほど…」

ハスキ団長はフムフムと頷くと、両手を前に出しながら距離を詰めていたガクを睨む。

「やるとは言っていない。手を引っ込めろ、手を」

「え?紛らわしいな…」

ハスキ団長が逃げるように後ずさると、ガクは顔を顰めながら手を引っ込めた。…ナチュラルに貰いに行っていたんだ…。

今のやり取り、ちょっと幼馴染っぽいかも?人前ではちょっと堅いだけで、こっちが二人の普段のやり取りだったりするの

かな?


ハスキ先輩と別れた後、僕とガクは射的や輪投げ、かた抜きなど、出し物のお店を回ってお祭りを楽しんだ。

…戦績は…、二人揃って散々だけど…。

途中でアカギ君とチド君にも会ったし、他にも何人か同級生や先輩と顔をあわせた。

地元のお祭りだからね、やっぱりウチの学校の生徒もいっぱい来ている。去年卒業した先輩方の姿もチラホラ見えた。

金魚すくいの屋台に人だかりが出来ているから何事かと思って覗いてみれば、丸っこくて真っ白でモフモフな犬獣人が、ポ

イで二匹掬いの神技を披露している。

あのサモエドさん見覚えがある…。確か僕らの二つ上、今年の春に卒業した先輩だ。その横には、去年生徒会長を勤めてい

た、眼鏡をかけたアビシニアンの姿。こっちは観戦しているだけみたい。

ポイが破れるまでに二十匹以上の金魚を捕獲した白ワンコは、青褪めているお店のおじさんに大半の金魚を返して、周りか

ら喝采されていた。

結局二匹だけ袋に入れて貰った白ワンコは、得意げに胸を張ってニカニカ笑い、アビシニアンにそれを差し出す。アビシニ

アンは目を細くして笑みを浮かべると、小さく口元を動かしていた。声は聞こえなかったけれど、たぶんお礼を言っていたん

だと思う。

成績優秀、品行方正、いつも難しそうな顔をしていて、すごくお堅いイメージがあった前生徒会長だけれど…、凄く愛くる

しい顔で笑うんだなぁ…。

「ね?僕らもやってみない?」

「俺は構わないが、…かなり待ちそうだぞ?」

振り返った僕が提案すると、すぐ後ろに控えていたガクが「見てみろ」と顎をしゃくった。

視線を前に戻すと、サモエド先輩があまりにも簡単そうに掬って見せたせいか、それまで観戦していたひと達が、我も我も

と殺到している。

「…今はやめておこうか…」

「それが良いだろうな」

僕とガクは顔を見合わせて肩を竦め、一気に混雑し始めた金魚すくいのお店の前から退散する。

…と、人ごみの間をスッスッと抜けて来る、見覚えのあるスラリとした鹿の姿が目に入った。

「あ!鹿妻部長!」

僕が背伸びしつつ手を上げ、声をかけると、鹿獣人は眉を少し上げてこっちを見た。

「やあ、コギ君。カイジマ君。こんにちは。…いや、もうこんばんはだね」

歩み寄って行く僕らに自分からも近付いて来てくれた牡鹿は、にこやかに微笑んで、赤から紫に変わっていく途中の空を見

上げた。

「ですね。そろそろこんばんはです」

「こんばんは、カヅマ先輩」

僕とガクも空を見上げて色を確認し、口々に挨拶する。

この鹿獣人は吹奏楽部の先輩、カヅマ部長。とっても後輩想いの先輩で、懐深くどんな相談にも乗ってくれる人格者。

指揮をとる時は別人のように真剣で厳しい顔つきになるけれど、それ以外はいつも穏やかで優しい。

部員からの信頼も厚い。僕も何回も相談に乗って貰っているし、アドバイスもたくさん貰った。先生と一緒で僕らの上達を

助けてくれる頼れる先輩!

「先輩はお一人ですか?」

ガクが訊ねると、カヅマ部長は首を横に振りながら、軽く肩を竦めた。

「いや、連れが居たんだけれどね、はぐれてしまって。…やれやれ、これで今日二度目だぞ…」

おや?カヅマ部長もひと探しの最中だったんだ?さっきのハスキ団長と同じだなぁ。

「いつもそうだけれど、突然立ち止まって考え事に没頭するからなアイツ…。気が付いたら横から消えていた…」

カヅマ部長は苦々しい口調でそう言う。…イライラしているような、仕方がないなぁっていうような、部長にしては珍しい

表情だ…。

「…所構わず考え事に没頭する…。居るなぁそんなひと、俺が知ってる中にも」

ガクは顔を顰めてそんな事を呟くと、「なんなら、俺達も探すのを手伝いますが?」と、さっきの僕と同じように提案した。

「え?いや、良いよ。お互いに携帯も持っているし。たぶんすぐ見つかるからね。ありがとうカイジマ君」

カヅマ部長は笑みを浮かべて遠慮する。…カヅマ部長の笑顔、何となくぎこちないような…。気のせい?

「それじゃ」と言い残し、にこやかに手を振って人ごみに消えるカヅマ部長。

手を振り返して見送った僕らは、顔を見合わせて小さく笑う。

「いろんなひとと会うなぁ」

「そうだね。陽明の生徒、いっぱい居る!」

これが夏休みじゃなかったら、寮生も加わってもっと多くなるんだろうなぁ。

知った顔が多かったからそれとなく探してみたけれど、前々団長さんの姿は見つけられなかった。

僕が一時期、勘違いから想いを寄せていた人…。

あれだけ大きいから人ごみでも目立つと思うんだけど…。今日は来てないのかも…。

未練がある訳じゃないけど、卒業生の姿を目にしたら、ふと思い出して気になっちゃった…。しばらく姿を見ていないけれ

ど…、先輩、お変わりないかなぁ…?元気にしているかなぁ…?

僕らはそれからもいっぱいお店を巡って、たくさん楽しんだ。帰る頃にはお財布がかなり軽くなっていたけれど、気分は晴

れやかで満足満足!

「あ。ちょっと待っててくれ」

出口に向かっていた僕は、ガクにそう声をかけられて立ち止まる。

「夕飯用に、ヤキソバ買って帰ろうな」

「ゆうめ…、え…えぇっ!?あれだけ食べたのにまだ食べ…」

止める間も無く、ズボンのお尻から覗く短い尻尾をピコピコ振りながら、灰色熊は一番近くのヤキソバ屋台にドスドスと駆

け寄って行った。

…ガクたん…。いや、良いです…。



家に戻ると、ガクはさっそく夕食に取り掛かった。

さすがにもう入らない僕は、テレビを眺めつつ恋人の豪快な食いっぷりを見物。

思うに、大災害なんかで食料が不足したら、ガクは真っ先に弱るんじゃないだろうか?それとも、蓄えてる脂肪のおかげで

普通のひとより長もちする?

食べ終わったガクが食休みに入って、お腹がすこしこなれたら、いよいよお待ちかねのバスタイム!仲良く浴室にGO!

先に背中を流して貰った僕は、むっちりタプタプなガクのおっきな体を隅々まで入念に、丁寧に、不必要なまでにベタベタ

しながら流してあげた。そして…、うふふふふふふっ…!

「今日は僕がやってあげるね?」

僕は尻尾を振り振りニコニコしながら、お湯をかなりぬるく設定し直す。

「い、良いよ。自分でやるから…」

背中側から股の間に手を入れていたガクは、耳を伏せて顔を顰めたけれど、僕がシャワーヘッドを手に取りながら「え~?

やらせてぇ~?」と、首を捻って懇願すると、諦めたようにしぶしぶ首を縦に振った。

浴室の湿った床に四つん這いになったガク。その大きなお尻にシャワーヘッドを近付け、ぬるいお湯を当てる。

「いい?くっつけるよ?」

「お、おう…」

確認した僕に、ガクは恥かしそうに項垂れたまま応じた。

これからの事に備えてシャワーでお尻の中も綺麗に…つまりシャワ浣するわけ。

ガクのお尻に強く押し当てて、縦横に逃げ散るお湯に顔を顰めながらヘッドの角度を調節していると、ガクが「んっ…!」

と呻いた。

「アキ、その位置だ…。入って…来た…!」

「おっけー」

頷いた僕はシャワーの位置をキープ。

「…アキ。そろそろ良いぞ」

位置をキープ。

「アキ?」

引き続きキープ。

「アキ!?もう良いって!」

僕がいつまでもお湯を入れていたら、慌てた様子でガクのお尻が逃げて行った。

「悪戯するなよぉ…!」

「てへっ!」

舌を出して笑う僕から逃げるように距離を取ったガクは、両手でおヘソの下辺りを押さえながら顔を顰めた。

「う…!入れ過ぎだ…」

「どれどれ?」

「やめろ押すな漏れちゃうっ!」

にじり寄ろうとした僕の意図を悟ったらしく、ガクはお腹を庇いながらさらに距離を取った。ちぇっ!


ガクがトイレでひと頑張りした後は、お風呂に続くお楽しみタイム!

冷房で肌寒いくらいに冷されたガクの部屋に入ると、おっきな灰色熊はベッドにドスンと腰を降ろして、両手を大きく広げ

て照れ笑いする。

いらっしゃいポーズで耳を寝せているガクの胸に、僕は尻尾をバタバタさせながら迷う事無く飛び込んだ。

抱き締める形で僕を捕まえて、そのまま仰向けにベッドに倒れ込んだガクは、上に乗せた僕のうなじに鼻先を埋めて大きく

息を吸い込む。

「…シャンプーの匂いしかしない…」

「それはまぁお風呂上りだもん」

匂いフェチのガクは、僕の体臭が感じられない事にやや不満げ。…自分がクンカクンカされると恥かしがって逃げるくせに、

僕の匂いは素のままが良いって言うんだから…。

諦めきれないのか、ガクはなおも僕の首周りをスンスンしていた。何回嗅いでも変わりませんよガクたん…。

その間にも僕の手はガクの脇腹を撫でて感触を楽しむ。僕を上に乗せて仰向けになっているガクの体はさながらウォーター

ベッドだ。ポヨポヨでムニムニ。フカフカでタプタプ。柔らかなお腹側の被毛とたっぷり付いた皮下脂肪に、僕の体が少し沈

み込んでいる。僕の下でお腹と胸が呼吸で上下する。恋人の呼吸が、鼓動が、体全体で感じられる。

…この「くっついている感」が、堪らなく好き…。

ガクと恋人同士になってから気付いた事がある。僕には友達も居るし、優しい先輩も可愛い後輩も居る。けれど、きっと僕

は餓えていたんだと思う。

家族と離れて、寮の一人部屋で過ごす夜を重ねて、友達から誰と誰が付き合っているとか、誰と誰はカップルかもしれない

とか聞いている内に、こうした触れあいに、自分をさらけ出す行為に、餓えてきていたんだ。

ようするに僕、甘えん坊なんだ…。そしてそれは、両親が不在がちなガクも同じだった…。

しばらく脇腹を撫でていた僕は、下になっていた灰色熊がおもむろに寝返りを打ったせいで、ベッドの上に転げ落ちた。

「わっと!…ガク?」

横向きになって顔を向き合わせたガクは、少し息を弾ませて、トロンとした、ちょっと潤んだ目で僕を見つめていた。

「あ、アキ…。そのぉ…、そろそろ始めないか?俺、ちょっと我慢ができそうにないんだ…」

視線を下に…ガクの股間に向けると、ボヨンと突き出て段がついているお腹のせいで判り辛いけれど、トランクスがちょっ

と盛り上がっているっぽい。

「うふふ~っ!ガクったらせっかちなんだからぁ!」

ちょっと抱き合っていただけで興奮してくれた事が嬉しくて、僕は尻尾をパタパタ振りながら身を起こした。

「良いよ。さっそくやってあげるね!」


両肘と両膝で四つん這いになって上げられた大きなお尻に、そっと両手を添える。

横に広げるように軽く押すと、尻尾の付け根から股座、腿の内側に続くラインに沿って色が少し薄くなっている被毛の間に、

ピンク色の肛門が見えた。

そっと顔を近付けると、吐息を感じたのか、お尻の穴をヒクっと反応させたガクが軽く身震いする。

「ちょっと我慢していてね?」

「ん、うん…」

相当くすぐったいみたいで、お尻を舐めている間、ガクは時折体をブルブルいわせていた。ぺろぺろと舌を這わせて入念に

湿らせ終えた頃には、早くも喘ぐような息を漏らしている。股の間にぶら下がっている太くて短い重度の仮性包茎ドリチンが、

ドリル状の先端からタラリと先走りを零していた。

…相変わらず早いなぁ…。まぁ、本人も早いの気にしているみたいだから言わないでおく…。

敏感なのは悪い事じゃ無いと思うんだけれど、ねぇ?ガクは一回出てもすぐ元気になるし、連射できるならすぐに出ちゃっ

ても物足りなくはないでしょ?

「オッケーだよガク。仰向けにゴロンチョして」

しっかり舐めて肛門付近を唾液まみれにしたら、今度は仰向けになって貰う。四つん這いからでも良いんだけれど、そうす

るとガクの顔が見え辛いから、体位を変えて貰ったんだ。

…まぁ、変えて貰う理由はもう一つ…。

前に四つん這いの格好でお尻を弄ったら、快感を堪えて重い体を支えるガクの手足は結構大変らしくて、途中でガクブルし

始めて、最終的には顔はベッドに突っ伏して、反対にお尻が高く上がるっていう格好になっていた。

…感じているんだか辛いんだか、イマイチ微妙だったなぁアレ…。まぁ、ポーズそのものは可愛かったんだけれど…。

体勢を変えたガクの顔を、こんもり山になっている大きなお腹越しに眺めて微笑みかけながら、僕は自分の指をしゃぶり始

める。

楽器に傷を付けないように、元々爪の手入れはしっかりやっていたけれど、ガクと付き合うようになってからはさらに入念

に手入れをするようになった。もう毎日滑らかでピカピカ。
これ、見た目を気にしてじゃないんだ。ガクのお尻に指を入れて

あげる時、痛くないように、そして傷なんか付けないようにっていうのがその理由。

「良い?入れるよ?力を抜いていてね?」

「う、うん…」

ガクは仰向けのM字開脚を維持したまま、少し首を起こして僕を見ながら頷いた。

股の間から大きなお腹越しに顔を見るっていうアングルに加えて、耳をペタンと寝せている恥かしそうな表情が…、またそ

そります…!

入念に舐めて唾液で湿らせた中指をピンク色の肛門にヒタリとあてがったら、反射的にヒクッとすぼまって指の腹がキュッ

と吸われた。その感触が面白くて、指を放してはくっつけるという動作を繰り返す。

「あ、アキぃ…!」

ガクが眉を八の字にして声を上げる。

「うふふ…!ごめんごめん、もう焦らさないから!じゃ、そろそろお邪魔しま~す」

ちょっと力を込めて押すと、僅かな抵抗の後、唾液で湿った中指の先が、ツプっとガクのお尻の穴に入り込む。

「んっ…!ふ…」

目を固く閉じて小さく呻くガク、反射的にキュッと閉まった肛門が、僕の中指を締め付けた。吸い付いてくるようなその感

覚を、ちょっと指を捻ったりしながら味わう。

「力は抜いたままでね?ゆっくり入れるから…」

「ん…。あっ!」

ガクの返事と同時にお尻がちょっと弛んだ瞬間を逃さず、僕は指を慎重に、ゆっくり侵入させ始める。反射的に締りそうに

なるのを堪えているみたいで、肛門はヒクヒクと痙攣している。

「感触判る?痛くない?」

「あっ…、ん、んぅっ…!判る…。へい…きぃ…。あっ、あっ…!入って…、来るぅ…!」

ガクは顔を歪ませて、口を半開きにして喘ぐ。感じているっていうより、指を入れられるっていう行為そのものに、恥かし

さと興奮を感じて。

切なそうな声と表情が…、ふいごのように上下するお腹が…、体の両脇でシーツをきつく掴んでフルフルしている手が…、

堪らなくセクシー!

第二関節までゆっくり入れた後、僕は指を抜き差しし始めた。肛門をほぐす軽い準備動作にも、敏感なガクは息を弾ませて

いる。
毎回終わった後ぐったりしている訳だよね。準備段階からこんな具合で、ずっと興奮しっぱなしなんだもん…。

十分にほぐれた後は、いよいよ本格的なマッサージ。柔らかくてあったかいガクの内側を、指の腹でゆっくり押して刺激し

ていく。
前立腺を中指の腹でククッと押し上げると、ガクは「はふ…!」と息を漏らした。

ガクはチンチンだけじゃなくお尻の中も敏感だ。ちょっとマッサージしただけで、半勃ちになったチンチンがヒクヒクし始

めて、先走りがトロトロと勢いを増す。

「どう?感じる?」

「ん、う…!感じ…るぅ…!」

…そういえば、最後に抜いてあげたの何日前だっけ?

「ガク?もしかしてあれからオナニーしていないとか、そういう事は無いよね?」

「んっ…、ふ…!し、して…、ない…。…はふ…」

ふぅふぅと息を漏らし、目を閉じたまま応じるガク。…やっぱり溜まっていたんだ…。いや、「溜めていた」のかな?…が、

頑張って期待に応えなくちゃ、責任重大…!

むっちりとお肉がついてチンチンが埋まり気味な股間の三角コーナー(セクシーバミューダ)、その下部にコロンとついて

いる二つの玉を、あいている手で軽く握ってマッサージする。

ヒクッと体を硬くしたガクの喘ぎが一層強くなった。嫌がらないようだから、睾丸から陰茎へと手を移しつつ、前立腺を指

圧する中指に力を入れる。

「はっ!はっ…!アキ…!んぅ…、気持ち…良い…!あっ…、気持ち良い…よぉ…!」

刺激で半泣きになったガクは、顔に太い腕を乗せて声を上ずらせた。

クッチュクッチュと音を立ててお尻の中をまさぐる度に、大きなお腹が膨れてしぼんで震えて、開いて膝を立てている太腿

が、内股のたっぷりした肉を震わせてブルルッと痙攣する。

…可愛い…。

僕はガクのお尻を弄ってあげながら、ヒクヒクしているチンチンから手を離した。

分厚い皮を被った、太くて短いガクのチンチン…。

愛しくて愛しくて堪らないソレに、僕は顔を寄せ、舌を這わせる。…我慢して溜めてた分、しっかり出させてあげなくちゃ!

「ふぁ…?は…!あ、アキぃ…?」

両目の上に太い腕を渡しているガクが、感触が変わった事に気付いて声を漏らした。

カポッと口を被せ、強く吸う。

「あっ!あぁああああっ!」

先端から皮の間に舌を入り込ませる。

「ひんっ!あ、アキ!アキぃ!だめぇ…!」

皮の中に入れた舌先で、亀頭をクチュクチュする。

「は、ふ…!はっ、ふあぁっ!」

ガクの喘ぎ声が、部屋の中に大きく響く。

結構舌を使って疲れる…!けど…。可愛い…。可愛いよ、ガクたん…!

もっと声が聞きたくて、顔を前後に振ってフェラしてあげながら、お尻の中に潜り込ませた指で前立腺を刺激する。

あいている手は激しく上下してるお腹に乗せて、おヘソに親指を入れてグリグリする。

「ひあっ!あああアキっ!イきそ…!お、おお俺もぉ…、おかしくなっちまいそぉ…!」

三点同時責めに耐えかねたのか、ガクの声は大きく、高くなって、切なそうな響きで震えていた。

泣いている。時々ヒュッと喉を詰まらせて、喘ぎ声の隙間から「ひぃん…!」と可愛い呻きが上がる。

「ふぁっ!だ、ダメっ!ダメだぁ…!アキ…、も…、俺…!で、でひゅっ…!んうぅっ…!」

我慢できなくなった僕が本気で責め始めてから一分前後で、ガクは絶頂を向かえた。

太った体をブルルッと強く震わせ、灰色熊は僕の口の中に精液を注ぎ込む。

怒張した包茎チンチンがビクンビクン痙攣して、その先からビュクッ、ビュクッと、立て続けに汁が飛び、僕の口内を叩く。

射精が収まってからも少し待って、チンチンから口を離した僕は、苦いようなしょっぱいようなイガつくような、喉に絡み

つく濃い液体を何とか飲み下した

「ひ…、ひぃん…!ひぃ…!」

射精を終えて脱力したガクは、啜り上げながら涙ぐむ。…ガクは前立腺を弄られると何故かこうなっちゃう…。嬉し泣きみ

たいな感じだと本人は言うけど、幸せ過ぎて泣きたい気分と、お尻を弄られた恥かしさで泣きたい気分が半々なんだそうな…。

肛門からチュポッと指を抜いたら、ガクは「はんっ!」と呻いて身をかたくしたけど、すぐさまぐったりする。

「どう?良かった?」

「ん…、ひっく!あ、ありがと…、アキ…!」

ぐずついているガクの上に、股の間から身を乗り出すようにして覆い被さる。

大きなタポタポのお腹に頬をすりつけ、両手で左右から挟んでタプタプ揺する。この重量感と感触…、堪らないなぁ…。

柔らかなお腹に顔を埋めている僕は、鳩尾の辺りに当たっているガクのチンチンが、急速に萎んでフニフニになってくのを

感じていた。

ガクが落ち着いたら、今度は僕の番。それまではこうしてタプンタプンのお肉を満喫してようっと!

匂いでも付けているのかっていうくらいに頬ずりした後、僕は少し体を移動させて、ガクのおヘソに舌を入れた。

「ひゃっ!?あ、アキ…!ぷふっ!くすぐったいって…!」

ビクンと身を震わせたガクは、次いで笑い混じりの声を上げる。

「アキ…!ちょっ…!わはは!ま、待って!妙な気分にっ!ぷくふっ!へ、ヘソはダメ!俺、ヘソもダメっぽい!」

おや?おヘソ舐め舐めしても感じますかガクたん?

丸々太った体を揺らし、僕の頭に両手を添えて笑うガク。笑うのにあわせてお腹が上下して、声で震動しているのがちょっ

と面白い。音での震えが楽器みたい。お腹に顔を当てたままだと声の届き方が違うね。今度、お腹に抱きつかせて貰ったまま

で、一曲歌って貰おうかなぁ。

ぺろぺろと舌を動かし、ほじくるようにしてガクを味わっていた僕は、

「…ん?あれ?」

体を下げたせいで、今は胸に当たっているソレが、ムクムクっと大きくなって来るのを感じて、体を離した。

見下ろしている間に、極太ドリルがググっと…。

…愛撫し過ぎた…。ガクのチンチンが、早くも復活している…!

「もう一回、やる?」

「…おう…」

ニマニマ笑いながら訊ねた僕に、ガクは耳を寝せて目を伏せながら、ガリガリ頭を掻いて恥かしそうに頷いた。

僕は客観的に見て格好良くないし、綺麗でもない。背も低いし、手足だって短くて、とことん幼児体型。男としての魅力な

んか全然無いこんな僕が相手でも、ガクはこんなに欲情してくれる。

…その事が、堪らなく嬉しい…。

…実はもうトランクスの中でチンチンが苦しいくらいギンギンになっているんだけれど…。ま、僕の番は後回しでいいや…。

僕は笑みを深くして身を乗り出し、ガクに圧し掛かって鼻先に軽くキスをする。

「よっし!最愛の恋人に、ご奉仕致しましょう!」

性欲を発散して暑さを追い払うのも夏の過ごし方!…だよね?