「不破君ももう子供ではないのだ。双方もう分別のある大人、本人達の交際に口を挟むべきではないと思うが。そもそも羽目
を外し過ぎない清い交際なのだから問題も…」
「甘いですよ。甘過ぎる。スウィートです」
据わった目でスルトの言葉を遮るロキ。
「いい大人が手も繋がずデートなど笑止千万。もはや健全どころか不健全レベルです。映画。カラオケ。ボーリング。…良い
でしょう。ええ、良いとしましょうこの際、中高生のようなデート内容はとりあえず良いとしましょう。しかしその後普通に
何事も無く帰宅というのは頂けません。父は心配です」
「………」
冷ましまくった茶を啜るスルト。もう何を言っても聞き入れないだろうなと、付き合いも長いので理解できる。
「と、いう訳でぇ。貴方には暴漢を演じて貰うわぁ」
地獄女史が三日月のように笑う。
「少し待って欲しいのだが…」
一通り説明を聞いたウルは眉間に皺を寄せた。その筋書きには無理がある、と突っ込むのかと思いきや…、
「バイト料はいかほどで?」
安定の長男。
「一ヶ月分の家賃免除よぉ」
「是非とも引き受けさせて頂きます」
平伏の長男。
そもそも顔見知りであるという点が問題視されていない辺り、「暴漢から身を挺して守る彼氏に御嬢様はメロメロズキュー
ン!作戦」の結果は予想するまでもなかった。
「一般的な殿方の喜ぶ事、で御座るか…」
難しい顔をするマーナ。自分達はアニメを見て盛り上がり、同時に表現力を養うのだが、これは一般的カップルのデートに
相応しいかどうかというと客観的に考えてすこぶる微妙という自覚はある。鰤大根のお礼に気の利いたアドバイスでもしたい
所だが…。
「ん~…。こいなごど訊いでも困らすだげだっちゃね…」
自分でも無茶な振りだったと、ユウトはため息をつく。
「いやはや面目も御座らん…。しかし、しかしながら」
耳を倒して申し訳無さそうにしながら、マーナは一つだけ、率直な言葉を口にした。
「不満無き逢瀬こそが求められる物…、ではありますまいか?」
「…不満無き?」
マーナは「然り」と顎を引き、照れたように耳を後ろへ動かす。
「拙者らなど、特に関係を進めようなどと考えた事も御座らぬ。共に在って満足できるのであれば、無理に何かを足そうとせ
ずとも宜しいのではありますまいか?背伸びなど必要な時にすれば良いのであって、常々爪先立ちでは疲れてしまうし、落ち
着いて話もできますまい」
倒れっぱなしだったユウトの耳がピコンと立った。
尤もだと思いながら聞いていたシャモンの忠告、しかしそこに感じた引っ掛かりの正体が判った気がした。
悪寒に反応し、振り向きざまに一足飛びで壁に接近するタケシ。予想したとおり、壁面のダストシュートの蓋が開いており、
中から「何か」が這い出している。
飛び込むその勢いを乗せて蹴りを放つ。踏むように。ブギュッと酷い音がしたが躊躇い無くそのままダストシュートに蹴り
戻そうとする。
「昨年中は全くお世話になりませんでした謹んで死ね愚養父」
ダストシュートの縁に手を掛けて這い出ようとするロキの顔面に靴裏を当て、グイグイ踏みながら新年の挨拶を述べる養子。
相変わらず容赦が無い。
「あけましておめでとう。貴方が無事に結婚するまでは死んでも死にきれませんよ」
警察署に侵入を試みるという奇策で養子に会いに来た養父も、いけしゃあしゃあと新年の挨拶。いくら普通に訪問しても避
けられるからといっても、ダストシュートから侵入するという発想が相当ロキである。
「ところで神代のお嬢さんとはチッスぐらいできましたか?父は心配で心配で…」
「やかましい死ね。本当に死にきれないかどうか試してやろう。今、ここで」
もはや警察官とは思えない眼差しと声音とセリフである。
「その返答、チッスはまだと受け取っても?まあそう邪険にしないで下さい。父は息子の為を思ってプレゼントを用意しまし
た。取り出したるは超薄ゴムでありながら耐久性抜群の…」
皆まで言い終える前に、避妊グッズを取り出そうとして片手を縁から外したロキは養子がかける靴裏の加重に普通に負けて
ダストシュートにズボン。
「ぬかりましたぁあああああああああっ!」
裏をかく奇策と手際の良さと詰めの甘さが相変わらずな養父。
反響しながら遠ざかる声を、ダストシュートの蓋を閉めて遮ったタケシは、帯びている拳銃を確かめると、静かな殺気を湛
えた目を紫紺に光らせながら集積場へと駆け出した。
「今日は殺す…。絶対に殺す…。必ず殺す…」
不破刑事の進軍速度の遅さに業を煮やし、ついに黄昏荘管理人達(の一部)が動き出した!コテコテな三文芝居、古典的な
脅迫、北風と太陽作戦、そしてコンドームプレゼント…、あの手この手で神代家の御嬢様と物理的にくっつけようとする面々
の奮闘は実るのか否か!?良かれと思って常々迷惑な養父がタケシに迫る!
次回、第五十三話 「ありがた迷惑…否、迷惑千万」