バイトサンタのクリスマス


空気も冷え込む夕暮れ時、小雪がちらつく大通りを歩いて行く人々は、皆幸せそうだ。

これから外食なんだろうか?小さな女の子が笑いながら、やはり笑顔の両親の間に挟まれて歩いて行く。

これからデートなんだろうか?幸せ臭をプンプン漂わせるカップルが、手を繋いでゆっくり歩いて行く。

俺は足元に視線を落とし、冷え込んできたせいで溶けない粉雪で白くなり始めた路面を眺めつつ、「ほぅ…」とため息をつ

いた。

「ちょっとちょっとヤマト君!サンタがそんなアンニュイなため息とかついちゃ駄目じゃない!スマイルスマイル!」

「すっ、済んません!」

玄関から顔を出した猫獣人の店長に注意された俺は、楽しい事を思い浮かべ、ニコニコとした笑顔を作る。

恋人でも居れば、その笑顔でも思い浮かべてニコニコするんだろうが、残念な事に俺は独りぼっちだ。

…ちなみに、今思い浮かべたのはPCゲーム(R18)の初回特典のポスターを、友人から運良く譲って貰えた時の事。

…これで心底幸せそうに笑えるんだから、我ながらどうかと思う…。

申し遅れた。

俺は大和直毅(やまとなおき)。ピッチピチの25歳、独身。

生まれは北街道箱盾、育ちは朝日川。フサフサした薄茶色の毛で全身が覆われた羆の獣人だ。

現在は諸事情あってフリーターの身。

クリスマスイブである今日もここ、おもちゃ屋の店頭でサンタに扮し、看板片手に客寄せのバイト中だ。

サンタの衣装が良く似合うと、店長に誉められた。

…が、ここで少し考えて欲しい。

サンタの服装が似合う…。これには、実は三種類ある。

小さな子供なんかが着て、似合うと言われるのがまず一種。

可愛い女の子や童顔の若者(俺も若者だがな)が着て、似合うと言われるのがもう一種。

そして、サンタそのもののイメージにピッタリで似合うと言われるのが最後の一種。

俺に対して言われるのは、最後に挙げた「似合う」なのだ。

…つまり、俺は体格が良く、少しばかり幅がある。…少しだけな?ほんとだから。

誰だ?今「ピッチピチってそういう意味か」とか思ったのは?

…ゴホン!まぁとにかく、そういった世間様一般の外見上の好みの事情もあり、俺自身のマイノリティな好みの問題なども

あり、恋人が居ない。

…改めて自分で言うとヘコむなぁ…。

「ヤマト君!スマイルスマイル!ビッグスマイル!」

「…は!?はいっ!済んません!」

考え事をしている内に完全に項垂れていた俺は、店長に叱咤されてシャキッと背筋を伸ばす。

道行く人々の幸せオーラに負けないよう、俺はニコニコとサンタらしい笑顔を浮かべ続けた。

…切ねぇなぁおい…。



バイトを終えた俺は、スーパーで惣菜を買い、家路についた。

料理が(控えめに言って)得意じゃない俺には、コンビニ弁当や店屋物、スーパーの惣菜やインスタント食品が主食になる。

ん?その右手に下げた紅白の袋は何かって?

…あ、これな?これはそう、その…、あれだ!

閉店間際のスーパーの店頭に、哀れな程に売れ残ってたケーキとシャンパンを見たらだな…、クリスマスも終わればラベル

とか包装とか剥がされて処分されちゃうんだろうなぁ〜。それって店員さんにとっても結構な手間だよなぁ〜
…なんて思っ

てだな、それで買ってきてあげたわけだ。つまりは在庫処分に協力しただけなんだよ。うん。

別にクリスマスを祝うつもりなんか全っ然、これっぽっちも無いんだぞ?いやほんと。

そもそもクリスマス祝って喜ぶような歳でもないし、大体、男一人でクリスマス祝ったって寂しいだけだろ?

経験のない方に念のために言っとくが…、本当に寂しいんだからなアレはっ…!?

 …何で熱くなってんだよ俺…。

俺はケーキの箱とシャンパンの入った右手の袋を、顔の高さまで持ち上げ、今日何度目か判らないため息をついた。

鼻と口周りに白い息がフワッと漂い、雪の止んだ冷たい夜気に溶けて消える。

「…売れ残り同士、仲良くやろうか…」

イブの寒空の下、俺は苦笑混じりに呟きながらケーキの箱をポンッと叩き、襟元を押さえて歩き出した。



我が城、駅からもバス停からもかなり離れた安アパートの一室に帰り着いた俺は、風呂を湧かしている間に、九時のニュー

スをぼーっと眺めながら夕飯を掻き込んだ。

たとえ狭くとも家賃がとにかく安いというのが、このアパートの数少ない、そして最大の魅力である。

夜の話し相手でもあるテレビでは、今日はここ二十年来で最低温度を記録したとか、サンタに扮した強盗が宝石店に押し入っ

たとかいうニュースをやっていた。…やれやれ物騒な…。

飯を食い終えた後は、パソコンのメールをチェック。

携帯には入ってないものの…、誰かから来てないかな…。

だが、普段つるんでいるメル友達も今日はクリスマスで忙しいのか、メールボックスには通販ショップからのお知らせが2

通届いているだけ。

…ほんのちょっとだけ寂しいかな…。

さて、風呂が沸くまで手持ち無沙汰になったので、一応現在の俺の状況を説明しておこう。

俺は高校卒業後に、念願叶って本州に渡り、そこそこ都会なこの街の大学に入った。

やりたい事を見つける為に都会に出た。…そのつもりだった。

でも、大学でぼーっと、周囲に流されながら四年間過ごし、それで何か見付かったかと言われれば、答えはノーだ。

自分が本当にやりたい事は何なのか?何一つ掴めないままに卒業し、こうしてずるずると都会に居座り続けている。

結局、都会の大学を選んだ理由だって、やりたい事を見つけるためなんかじゃなかったんだと、今になれば思える。

単に寂れた地元を離れて、賑やかな所に来たかっただけだったんだろう。

そういうところに来れば、やりたい事も見付かると思っただけなんだろう。

…我ながら何とも浅はかで、楽天的な考え方だった…。

郷で魚屋をやっている両親からは、事あるごとに「帰って来い」と言われる。

だが、変な意地っていうのか、プライドみたいな物が邪魔して、素直に帰る気にはなれない。

今年は一度も帰ってないし、正月だってどうするか…。

…自分から状況説明しといて何だが…、イブに独りで部屋に閉じ篭ってこんな事考えてると、いつにも増してブルーになる

な…。

さてと、そろそろ沸いただろうし、風呂風呂っ!

すっきりして嫌な事忘れてパーッとシャンパン飲もう!なんてったってイブ…なん…だから…。

…ふぅ…。切ねぇなぁおい…。



風呂から上がった俺は、体を拭い、嘘つきな体重計をしばらく眺める。

…初売りで買い換えよう。こんな数字出るわけねぇもん…。

湯気で曇った鏡を拭き、何とはなしに自分の姿を眺める。

…昔はなぁ…、ヌイグルミみたいで可愛いって、良く言われたもんなんだけどなぁ…。

まさか中年太りって訳じゃあないだろうが、最近以前にも増して出具合が気になりだした腹を摘んでみる。

…摘むっていうか…、掴めちまうんだけどねこれが…。

太ってるのは昔からだが…、…こ、この手触り…、もしかして体重計は真実を語っていたんだろうか?

被毛を乾かしてジーンズとトレーナーを身に付け、俺は居間兼寝室に戻り、コタツの上でケーキの箱を開ける。

…板チョコに描かれたポップ体のメリークリスマスが目に痛ぇよぉ…。

そしてシャンパンを開け…ようとしたその時だった。玄関の外でガタゴトという物音が聞こえたのは。

時刻は夜の十時半。…宅配便…じゃあないよな、もちろん…。

…ひょっとして、誰か友達が来てくれたのかも!?

俺みたいに独りぼっちのヤツが寂しくなって尋ねて来たのかも!?

そうだ、きっとそうに違いない!

なんだよ水臭いなぁ!電話の一本でも貰えば鍵開けて部屋片付けて待っといたのに!

ちゃぶ台の周りに散らばった雑多な物(プライバシーに関わる問題なので、詳細な説明は省かせて頂く。俺だって年頃の男

だし、色々あるのだ)を、見えない所に手早く押し込み、いそいそと玄関に向かう。

誰だろう!?上田かな!?それとも山岸!?

「メリークリスマァ〜ス!」

笑顔で声を上げつつドアを開けた俺は、だがしかし、ドアの前に居た二名を目にして硬直した。

赤い服…。赤い帽子…。大きな袋…。白い髭…。片方は、恰幅のいい老人だった。

帽子と白い髭の間で、俺の顔を映した目が丸く見開かれている。

もう一人は…、いや、一人、とは、言わないよな…?

茶色い被毛にスラッとした四本足、大振りな枝のような角…。つぶらな瞳…。

その傍らには、テラス型の狭い通路を塞ぐソリ…。

ウエダでもヤマギシでもなく、そこにはサンタと、本物のトナカイが居た。

念のために言っておくが、決して俺の知り合いでは無い。

双方が凍り付いたように動きを止め、どこか遠くで鳴る救急車のサイレンが、静まり返ったイブの夜に響く。

この瞬間、俺の頭の中を、さっきニュースで見たばかりのサンタに扮した強盗の事が過ぎった。

「ぎゃぁぁぁああああああっ!!!」

「ぐはぁぁぁああああああっ!?」

俺は我ながら情け無い悲鳴を上げつつも、サンタの顔面へ反射的に渾身の右ストレートを叩き込んでいた。

サンタに扮した強盗は、もんどりうって背中から通路に倒れる。

「ううううう動くなよっ!?今警察呼ぶからっ!」

一撃でノックアウトされたサンタ強盗と、その隣でオロオロしているように見えるトナカイを牽制しながら、俺はワタワタ

と携帯を取り出した。

「ま、待って下さい!どうか、どうか警察だけはご勘弁を!これには事情が…!」

強盗が慌ててそう弁解を始める。

「泥棒は誰だってそう言うっ!」

折り畳み式の携帯を開き、ボタンに指が触れる寸前、俺は違和感に気付いた。

ゆっくりと、視線をサンタに向ける。…やっぱり完全に伸びてる。

ゆっくりと、視線をトナカイに向ける。トナカイは懇願するような目で俺を見つめ…、

「どうか!どうか話を聞いてください!」

「ぎゃあああああっ!?喋ってるぅううううっ!?」

何という事だろうか?獣人ではない。れっきとしたトナカイ(かどうかは実は良く分からない。間近で見る機会なんてまず

無いし…)が、日本語、しかも敬語で喋ってる!

「お!お!おっ!お前は何だ!?どういうっ、アレだ!?」

パニックになりかけながら俺が発した誰何の声に、トナカイはペコリと会釈しつつ応じた。

「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、私達は本当に怪しい者では…」

「喋るトナカイの何処が怪しくないんだっ!?」

「…そ、それはごもっとも…!」

反射的につっこんだ俺に、トナカイは困ったように口ごもる。

それが本当に心底困った様子だったので、俺は110番をプッシュするのも一瞬忘れてしまった。

「うるせぇぞぉ!何時だと思ってんだぁ!」

どうするべきか僅かに躊躇していると、隣室から声が上がった。

隣の部屋に住む単身赴任のサラリーマン、横嶋さん(虎猫)だ。

普段は物静かな紳士だが、酒が入ると虎になる。それもたちの悪い猛虎に。

そして今夜のヨコシマさんは、もうすっかり出来上がっているご様子…。

おおかたクリスマスにも家に帰れず、今年小学校に上がったばかりの娘さんに会えない事で落ち込み、一人寂しく深酒して

いたんだろう。

今、彼と関わり合いになるのは避けたい…。

「えぇいっ!とにかく中に入れ!良いか!?おかしな真似はするなよっ!?」

…後から思い返すに、この時はかなりパニクッていたようだ…。

トナカイにそう告げた俺は、強盗かもしれないサンタを抱き起こし、部屋に入れちまったんだから…。



「分かってるな!?妙な真似したら即座に104…じゃなかった、110だからな!?」

俺は気絶したままのサンタを後ろ手に縛り上げつつ、部屋の隅に下がらせたトナカイに警告した。

「…あ、そこストーブから遠いから、寒かったら我慢しないで、そこにあるハロゲンヒーター使って」

…って、何で強盗に気を遣っちゃってんの俺?

「有難うございます。では、お言葉に甘えて…」

トナカイは犬のお座りのような格好で部屋の隅に座ったまま、ペコリと頭を下げた。

声変わり前の少年のような、澄んだ高い声をしている。

「実は少々体が冷えていたところでして…。今年のイブは随分と冷え込みますねぇ」

「あ〜。ここ二十年で一番の冷え込みだって、ニュースでも言ってたなぁ」

トナカイは前足を使い、器用にハロゲンヒーターのスイッチを入れる。

その様子を見て、意外な器用さにちょっと感心した俺は、実はさっきからずっと気になっていた、ある事を尋ねてみた。

「ところでさ…、歌なんかだと、「真っ赤なお鼻のトナカイさん」って言うじゃないか?」

「そうですね」

「あんた、鼻赤くないな?黒いよな?」

「鼻が赤くなっていたら、風邪か何か…、普通は病気ですよ?」

「へ?そうなのか?」

「ええ。トナカイの鼻のデフォルトカラーは黒です。…私も普段は肌色ですし」

「ほへぇ、そうだったのか…。全然知らなかった。んじゃアレは?赤い鼻が暗い夜道で役に立つっていうのは?」

「ツクリですね。そもそも鼻が赤いくらいでは夜道は照らせませんし、今は暗視ゴーグルとかがありますから、ライト等には

頼りません。忍び込む時に見付かっちゃいますし…」

「なるほどなぁ…、勉強になったよ」

…ってか俺、何で喋るトナカイなんていう得体の知れない生物と普通に話なんかしちゃってんだろう?

自分に疑問を持ち、首を傾げると、縛って転がしておいたサンタが呻き声を上げた。

「…むぅ…?こ、ここは…?」

目覚めたサンタは部屋を見回し、トナカイに、次いで俺に視線を移す。

「むぅ!?お、落ち着け!ワシは怪しい者ではないぞ!名前を出せば誰でも知っとる、身元の確かな…、あぁっ!?何故縛ら

れとるんじゃワシ!?中井君っ!これは一体!?…それにつけてもこの縛り方…、きつ過ぎず緩過ぎず、捕らえた相手を傷つ

けぬ拘束が実にっ、実に見事っ…!あっぱれ!プロの仕事じゃ!」

「お前が落ち着けぇ!!!」

思わず怒鳴ると、サンタはピタリと動きを止めた。

「…で、何者なんだあんたら?」

この質問に、縛られて転がったままのサンタがモゾッと動いた。…どうやら胸を張ろうとしたらしい。

「ふふん!聞いて驚け!何を隠そう、ワシはかの有名なサンタクロースじゃ!」

「へぇ」

そっけなく返事をしたら、自称サンタは少し寂しそうな顔をした。

「いや…、なんかこう…、もうちっと濃い目の「りあくしぉん」が欲しいのぉ…」

「わぁ、すげぇやぁ。…これで良いか?んじゃそろそろ警察呼ぶな?」

「ちょちょちょちょっと待ってくれぃ!ワシは本物のサンタクロースじゃ!」

「やかましい!何処の世界にサンタクロースなんかが実在するってんだ!」

「ここ!ここにおるじゃないか!証拠ならほれ!名刺が…!」

「…黒須さん。名刺は個人で勝手に作れますから、身分証明にはなりません…」

名刺とやらを取り出そうと、縛られたままイモムシのようにモゾモゾ動くサンタに、トナカイが困り顔で呟く。

…なんだか疲れてきた…。まぁ、こうして見る限りは悪い奴らじゃ無さそうだけど…。

「あ、そ、そうじゃ!証拠はある!プレゼントを届けに来たんじゃ!」

「…プレゼント?」

「うむ、このアパートに住んどるはずの男の子にプレゼントを持ってきたんじゃが…、どうやら部屋を間違えてしまったよう

でな…。こっそり入ろうとしたら「メリークリスマス!」に続いて腰の入った正拳が飛んできよった…」

何かを訴えるような目で見つめるサンタに、俺は顔を顰めた。…謝れってかい…。

「この紐を解いて貰えれば、すぐにも証拠を見せるんじゃが…」

少し迷った後、俺はちらりとトナカイを見る。そっちからも切実に懇願する眼差しが飛んで来ている。

「…分かったよ…。ただし、妙な真似したら即座に警察呼ぶからな?」

「おほっ!話が分かるのぉ熊さんや!もちろん妙な事なんてせんよ!」

「…にしても、このアパートに子供なんか居たっけ?」

ロープを解いてやりながら首を傾げると、自由の身になったサンタは、トレードマークの赤い上着のポケットに手を入れ、

一通の手紙を取り出した。

「いやいや、おるはずじゃ。どうやらこっち側に引っ越しとったらしくてのぉ、あっちの担当から回って来おったんじゃ」

…あっちの担当?首を捻る俺の前で、サンタは汚れている…っていうより、古くなって茶色く変色しかかった手紙を覗き込

んで、目を細めて字を読んでいる。

「知らんかの?七つの男の子で…」

「七才?…そんな小さい子、居れば知ってると思うけど…」

「熊の獣人で…」

「このアパートに住んでる熊って、確か今は俺だけだぞ?」

「むぅ…?また引っ越してしまったんじゃろうか?転勤族のお子さんなのかのぉ?」

「どうかなぁ?ここに住んでもう七年近く経つけど、俺はそんな子知らないぞ?」

俺の言葉を聞いたサンタは、困ったように顎鬚を弄る。

「その子の名前はなんて言うんだ?」

「ふむ、なかなか良い名前じゃぞ?大和直毅君という」

「…は…?」

目をまん丸にして口をポカンとあけた俺の顔を、サンタは不思議そうに見つめた。

「なんじゃ?やっぱり心当たりがあるんか?」

「心当たりってか…、それ…、俺なんだけど?」

サンタは目を丸くすると、やおら手紙に視線を落とし、再び俺の顔を見る。

「七つには見えんのぉ…」

「七つじゃないからな…。ってか何だよその手紙?」

サンタの手から手紙を引ったくり、そこに書いてある文字を見た俺は、息をするのも忘れて目を見開いた。

そこに書いてあったのは、幼い頃から殆ど変わっていない俺の癖字だった。

直毅の「毅」という字が上手く書けず、他の字と比べてやけに大きくなっているのも、紛れもなく、幼い時の俺の書き方だ。

「これ…、間違いなく俺の字だ…。な、何で…?」

混乱している俺に、サンタはたっぷりとした白い顎鬚を弄りながら言う。

「子供らは昔から、ワシらサンタクロースに手紙を書いてきた。まぁ、今では書く子も随分減ってしまったんじゃが…。そう

やって書いて両親に渡したり、机に仕舞ったりした子供達の手紙はのぉ、あるルートでサンタクロース協会に届く。まぁ種を

明かすと、協会には「そういった事専門」の工作員がおって、気付かれないように子供の家に忍び込み、手紙を回収して来る

わけじゃ。…あ、これは「おふれこ」じゃぞ?最近は不法侵入やら何やら色々と煩いし、ワシらの評判も落ちるからのぉ。…

大丈夫かの?頭が痛むんか?」

「…いろいろ突っ込みたいし聞きたい事もあるが、とりあえず続けてくれ…」

俺は眉間を指で揉みながら、自称サンタに先を促す。

「それで、回収した手紙はそれぞれの地区を担当するサンタクロースに回される。そこからがワシら実働サンタの出番という

わけじゃ。ワシらは手紙の内容に合う、子供達の期待に沿えるようなプレゼントを用意して、イブの夜にこっそりと届けるん

じゃよ」

「…だいたい分かった。…いや待て、ほんとに分かったか俺?…もう良いや、なんかめんどくさい…、分かった事にしよう…」

「理解が早くて助かるわい。で、お前さんの場合なんじゃが…、どうも朝日川支部の方で手違いがあったようじゃのう。恐ら

く何処かに紛れ込んで見付からなくなっていた手紙が、何かの拍子に今年の分に混ざってしまったんじゃろう。…というわけ

で…」

サンタはおもむろに立ち上がると、さっき玄関の中に引っ張り込んでおいた大きな袋に手を突っ込み、それから俺の前に戻っ

て来る。

「メリークリスマス。ナオキ君」

笑顔でサンタが俺に手渡したのは、テディベア。熊のヌイグルミだった。

「ちょっと待ってくれ。手紙は書いたような気がするけど、俺、ヌイグルミなんか頼んだのか?」

そう言いながら、俺は十八年前の自分が書いた手紙の内容を確認する。そこには…。

「…何だよ…?「友達を下さい」って…」

俺は思わず吹き出していた。

…やっと思い出した…。当時小学校一年生だった俺は、朝日川に越したばかりで友達が少なかった。だからきっとこんな手

紙を書いたんだろうな…。

「しかし、人形渡して「はい友達です」ってか?サンタってのも結構皮肉な真似するなぁ」

「何を言うか。某「ひぃろぉ」とて、愛と勇気だけが友達じゃと言うとるぞ?」

「騙されるな。実際には山ほど友達居るんだからアイツは」

「そ、そうなんか!?一匹狼でも信念を貫く、今時感心な奴じゃと思っとったのに…」

驚いたように言うサンタに、俺は思わず苦笑していた。

「とにかく、もう俺には必要無いから、誰か大事にしてくれそうな子の友達にしてやってくれ」

俺はサンタに熊のヌイグルミを放って返した。

「欲が無いのう。お前さん?」

…いや、欲が無いとかどうとかじゃなく…、だって本当にいらないし。

ヌイグルミを袋に仕舞うサンタに、俺はちょっと思いついたことがあって声をかけた。

「でも待てよ?考えてみれば、俺の手紙を手に入れて、騙して詐欺ろうとしてるっていう可能性もあるよな?」

「な!?なんと疑り深い!本物の詐欺師だったとしても、そこまで回りくどい真似をして、こんな金の無さそうな部屋になん

ぞに押し入るもんかい!」

「金が無さそうで悪かったなっ!…実際無いけどっ…!ってか、もっとこう判り易い証拠とかないのかねぇ」

もちろん、この期に及んでこいつらが詐欺師だとか、強盗だとか思ってるわけじゃない。ちょっとからかってみただけだ。

…本物のサンタクロース、か…。

こんな暗い世の中だ。本物気取りのおかしな連中でも、居た方が良いじゃないか?

「う〜む…、ならば取っておきを見せてやろう。一発で本物のサンタじゃと分かる決定的な証明じゃ!」

サンタはそう言うと、右手を上げ、パチンッと指を鳴らした。

次の瞬間、俺とサンタの丁度中間の空中で、パシッと光が弾ける。

空中に、それこそ本当に何もない所から、赤いリボンのかかった白い箱が出現していた。

フワッと浮かんでいた、そのいかにもクリスマスプレゼントなデザインの箱は、重力に引かれて落ちる。

ポカンと口を開けて見上げていた俺は、慌てて腕を伸ばしてそれをキャッチした。

「今回の口止め料…。ワシからのクリスマスプレゼントじゃ」

「ま…マジか…?これ?どうやったんだ?」

「それは企業秘密じゃから言えんのう。…さぁ、開けてみぃ」

笑顔のサンタに促された俺は、おずおずとリボンを解き、箱を開け…。

ビョンッ、バガス!

「ぐはぁっ!?」

箱の中から飛び出して来た真っ赤なボクシンググローブが鼻面に命中し、俺は仰向けに転がった。

…昔懐かしいビックリ箱である…。

ビヨンビヨンとバネの先で揺れる真っ赤なグローブには、ご丁寧にも「めりくりっ♪」と、可愛い書体で白く書いてあった。

「ほ〜ほっほっ!こりゃ愉快!そこまで見事に引っかかってくれるモンは、最近ではなかなかおらんぞ!?」

高笑いするサンタに、先程まで微笑を浮かべながらこっちを見つめていたトナカイが責めるような声を上げる。

「な、何て真似をしてるんですクロスさん!?あああああ!落ち着いて!落ち着いて下さいヤマトさんっ!」

「…いい度胸だじじぃ…。待ってろ、すぐお迎え呼んでやるから…。いち、いち、れ…」

「ちょっ、ちょっと待てぇい!今のは「じょおく」!冗談じゃって!軽い冗談!」

携帯のボタンを押し始めた俺に、じじぃは慌てて縋りついた。

「さっき出会い頭に一発貰った分の軽〜いお返しじゃって!そんなに怒らんでくれい!」

「…ぐくっ…!」

確かに、咄嗟だったとはいえ先制攻撃は俺だった。…こう言われると弱い…。

「…分かったよ。チャラにしとく…」

「おお!若いのに話が分かるのぉ!感心感心!」

馴れ馴れしく俺の肩を叩くサンタ。対してトナカイは部屋の隅で小さくなって頭を下げていた。

「本当に済みません…。その方はその…、サンタクロースとしては非常に優秀なのですが、職業柄子供のことばかり考えてい

るせいか、本人も時折子供のようになってしまい…」

…外回りから外した方が良いんじゃないのか?そんなやべぇ人物…。

「まぁ、きちんと理解できてるかは怪しいけど…、本物のサンタらしいって事は分かった。警察は呼ばないでおくよ」

「有難うございますっ!」

「あんたも大変だなぁ。事情はイマイチ分からないけど、このサンタと組まされて仕事してるんだろう?」

トナカイははにかんだような笑みを浮かべた。…はにかんだよな?たぶん…。

「大変は大変ですが、でも、この仕事に誇りをもっていますから。慣れないうちは確かにちょっときつかったですけれど、今

ではこれが天職だと思っています」

…仕事に…、誇りを…、か…。

「悪かったな、忙しいとこ足止めし…」

「あぁっ!?何をしているんですかクロスさん!?」

俺の言葉を遮り、トナカイが声を上げた。その視線は俺の背後に向けられている。

その視線を追って振り向くと、…サンタが…シャンパンをラッパ飲みしていた…。

「て、てめぇじじぃ!何してやが…」

「ヤマトさん!そのシャンパン、アルコールは!?」

俺が文句を言い終えるより早く、再び言葉を遮って、トナカイが慌てた様子で尋ねてくる。

「え?確か、5パーセントぐらいだったかな…?」

「うわぁぁぁぁぁあああ!?どうしよぉぉおおおお!?」

トナカイは天井を仰いで悲鳴に近い声を上げる。…な、何だ一体…?

「…え…?これ、酒入っとるの…?」

「どうするんですクロスさん!まだプレゼント配り終わってないのにぃっ!」

「い、いや、喉が渇いたんでつい…」

声を大きくして非難するトナカイに、サンタはドギマギと応じている。

「どうしたんだ一体?何かまずいのか?」

事情が飲み込めず尋ねた俺に、トナカイは半泣きになりながら訴えた。

「お酒を飲んで運転したら、飲酒運転になっちゃうじゃないですかぁ…!」

…へ?飲酒運転?

「あの…、ソリも飲酒運転になるの?」

「私達のソリはしっかりなっちゃうんですよぉ!飲んだら乗るな!常識じゃないですか!」

いや、確かに常識なんだけどさ…、サンタクロースとか喋るトナカイとか非常識な存在にそれを諭される俺って…?

「ここ数年、飲酒運転の取り締まりも厳しくなって来ていますし、ただでさえ警戒が厳しくなるイブの夜なんて、どこで検問

を張られている事かっ!」

「検問って、警察があんたらみたいなのを取り締まるのか?」

「そういう取締りをする警察みたいな機関もあるんです!」

…変なトコで奥深いな、世の中って…。

「…そうじゃ…!」

サンタはポンと手を打ち、俺を見つめた。

「お前さん、免許は持っとるか?」

「え?一応持ってるけど…」

「よし!ならば何とかなる!」

「良かった!それなら何とかなりますね!」

嬉しそうに言うサンタと、安心したように頷くトナカイ。

「ちょっと待てよ。何が何とかなるんだ?」

尋ねる俺の手をしっかり握り、サンタはじっと瞳を覗き込んで来る。

「お前さん、今夜一晩サンタをやってみる気はないかの?」

「はぁ?」

「私が引くソリに、クロスさんと一緒に同乗して頂くだけで良いんです!御者は原付の免許を持っていればできますので!」

「え!?サンタのソリって原付と同じなのか!?」

「そうなっています。少し複雑な話になりますが、詳しくご説明致しますか?」

「いや、良いよ…。既に頭がいっぱいいっぱいだからこれ以上のシュールな話は…。ってか、ちょっと待てよ!何で俺が…!」

俺はもちろん断ろうとした。それが普通だろ?…だが…。

「子供達に、夢を配ってあげたいんじゃよ…。どうか、頼まれてはくれんか?」

サンタは俺の手をしっかり掴んだまま、真っ直ぐに瞳を覗き込んで来る。

真摯な、そして曇りの無いその視線に、俺は…。

「…ったく…!先に断っておくけど、俺かなり重いぞ?」

俺の言葉に、トナカイは笑顔で、サンタは嬉しそうに頷いた。

またこれだよ…。俺、昔っから頼まれると断れない、優柔不断な性格なんだ…。

おかげでこれまでに何回…、いや何十回、厄介事に首を突っ込むはめになった事か…。

「有り難い!もちろんタダでとは言わん!配達が済んだらきちんとお礼をさせて貰うからの!」

「パンチが飛び出す箱はもう要らないぞ?」

改まって感謝され、照れ隠しに冗談めかして言うと、

「…ちっ…」

「クロスさんっ!?」

「じじぃ!今「ちっ」って言ったか!?「ちっ」って!?」

…手伝うの、やっぱりやめようかな…。



「良く似合っていますよ。衣装」

「その誉められ方、実はあんまり好きじゃないんだけどな…」

振り返ったトナカイに苦笑で応じつつ、渡された本物のサンタ服を着た俺は、本物のサンタと並んでソリに乗り込んだ。

「手綱を握って下さい。実際に操る必要は有りませんが、それが許可になって私は走れるんです」

「意味は分からないけど…、こうで良いのかな?」

首を傾げた俺が手綱を握ると、ソリは音も無く浮かび上がった。

「うわっ!?」

驚いて声を上げた俺の横で、サンタは「ほぅほぅほぅ!」と、愉快そうに笑う。

「では、行きますよ〜!」

宙を走るトナカイに引かれ、俺達を乗せたソリは、イブの夜空へ舞い上がった。



「黒須惨太(くろすさんた)…!?」

手綱を片手で握りながら、俺はサンタから渡された名刺を見つめて絶句した。

ちなみに、肩書きには一等巡回配達員とある。

「ほっほっほっ!偽名なんかじゃありゃせんぞ?れっきとした本名じゃ!どうじゃ?まるでサンタクロースになるために生ま

れてきたような名前じゃろう?」

「…ああ、でも…、なんつぅか…、ひでぇ名前だな…」

「何じゃと!?全国の黒須さんに謝れぃ!」

「いや苗字じゃなくてだな…。ああもう何でもいいや…、ゴメンなさい」

「判ればよろしい!」

俺とサンタ(本名だった)のやり取りを聞きながら、トナカイが首を巡らせて口を開いた。

「私も後で名刺をお渡ししますが、中井雪之丞(なかいゆきのじょう)と言います」

「へぇ、綺麗な良い名前じゃないか!」

「そ、そうですか?…えへへ…!」

っていうか、名刺持ってるんだ。トナカイなのに…。

ナカイ君(トが取れた)は照れ笑いしながら顔を前に戻す。

声のキーが高い事もあってか、その様子はまるで少年のようだった。

落ち着いた態度と丁寧な言葉遣いのせいで、それなりの歳かと思っていたけど、もしかすると結構若いのかも…?ひょっと

したら俺より年下かもしれない。

「ナカイ君、今何歳?」

「年明けに二十歳になります。実は務めてから今年でまだ二年目なんですよ」

「やっぱり俺より下なんだ…。若いのにずいぶんしっかりしてるよね?」

「ええ。それは、その…」

ナカイ君はちらりとサンタを振り返る。

あぁ、言わなくても分かった…。苦労してるんだな君も…。

「じきに目的地じゃぞ。おしゃべりは一時中断じゃ。なぁに残すは二軒、すぐ終わるわい」

俺の横で呟いたサンタは、少し顔つきを鋭くしていた。

ちゃらんぽらんなようで、やっぱりプロなんだろうな、仕事人の顔つきってヤツか。



住宅地に建ったごく普通の一戸建て、その二階の窓際に、俺は音もなくソリを着けた。

…いや、実際は完全にナカイ君任せなんだけどな。

サンタはしばらく窓の中の様子を窺い、それから懐に手を突っ込み、一枚の紙を取り出す。

そして、被っている赤い帽子の中に手を突っ込むと、なにやらゴツい眼鏡を顔の前に引き降ろした。

「何だそれ?」

「多目的暗視ゴーグルじゃ。スターライトビューに加え、サーモグラフィーも付いており、壁越しにもターゲットの様子を窺

えるんじゃよ」

…さっきまでカタカナの発音がおかしかったくせに、こういった聞き慣れない言葉は流暢に発音しているサンタ…。

「その紙は?」

「工作員が調べたこの家の見取り図じゃ。子供部屋はこの部屋で間違いなさそうじゃな。ふむ、今はベッドで横になっとるよ

うじゃ」

「…いいや、もうつっこまなくても…」

俺がため息をついている間に、サンタは再び懐に手を突っ込むと、見慣れない道具を取り出した。

なんかこう、製図用の道具みたいなそれは、吸盤が付いていて…。

「なんじゃ知らんのか?これはガラス切りじゃ」

俺の疑問の視線に、サンタはその器具をペチペチ叩きながらそう答えた。

「ちょっと待て!なんでガラス切りなんだ!?」

「窓に鍵がかかっとるんじゃ!」

「だからってお前っ!」

「えぇい騒ぐな!気付かれるじゃろうが!それとも何か?お前さんが得意の正拳突きでガラスをブチ破るか!?」

…ぐぅ…!根に持つなぁこのじじぃ…!

「すぐに済む、静かに待っておれ…。見せてやるわい、プロの仕事ぶりという物をな」

自信満々に言ったサンタは、窓にガラス切りを押し当て…、

「…あ」

室内は暖房で暖まっていたのか、ガラス切りの吸盤は、溶けた雪で湿った窓の表面をつるりとすべり、サンタの手をすり抜

け、屋根の上に落ちてけたたましい音を立てた。

「…何やってんだじじぃっ…!」

「…し、静かにせんか!気付かれるじゃろうがっ…!」

小声で言い争う俺達の前で、ナカイ君がおろおろと振り返る。

「…二人とも、話は後にして急いで下さい!本当に子供が起きちゃいますよ…!」

「ふん!案ずるなナカイ君!子供は一度寝付いたらそう簡単には…」

ガラッ。

サンタの言葉を遮っていきなり窓が開き、俺達はビクッと振り向く。

「…なぁにぃ〜…」

8つかそこらくらいか、可愛いアヒル柄のパジャマを着たおかっぱの女の子が、寝ぼけた様子で目を擦りながら…、

「ていっ!」

ズビシ!

「きゅっ!」

…一瞬だった…。

ほんとだ!一瞬だったから止めようが無かったんだ!

だって…、だって一体誰が、サンタクロースが子供にあんな真似をするなんて思う!?

サンタの放った手刀は、女の子の首筋に打ち込まれ、女の子はお腹を支点に窓枠に寄り掛かった格好のままグッタリと動か

なくなっている…。

「お、お、おっ!おまっ!お前なんて事してんだぁあっ!?」

「えぇい騒ぐでない!日本男児たるもの、みだりに取り乱してはいかん!落ち着いて、この隙にプレゼントを…」

「ミカ?ミカ、どうかしたの?」

サンタの言葉は、家の中から聞こえた声で中断された。

「まだ起きていたの?」

子供部屋のドアが開き、廊下の明かりが漏れ、俺達を、…そして窓枠でグッタリと、まるで干された布団のような体勢になっ

ている女の子の姿を照らす…。

「き…!」

ビュンッ…ガスッ!バリン!…ドサッ…

「…ミッションコンプリート…!」

「ちょまぁぁぁああああっ!?何してんだじじぃぃいいいいいいい!?」

満足気に親指を立てたじじぃの襟を掴み、俺はガックンガックン揺さぶりながら叫んでいた。

明るい廊下に立ち逆光になっていた、ミカと呼ばれていたこの子の、おそらくは母親であろう女性。

彼女が悲鳴を上げようとしたまさにその瞬間、このじじぃは袋から取り出したプレゼントを、女性のシルエット目掛けて投

げつけたのである…!

人間の頭程もあるそのプレゼントは、シルエットの頭部を直撃し、一撃で昏倒させた。

…途中で聞こえたバリン!は、プレゼントが壊れた音だろうか…?

「じじぃてめぇ!女の子だけでは飽き足らず、母親までっ!?」

「どうした?何だか凄い音が…」

一発殴ってやろうと思ったその時、廊下側でさらに声がした。…おそらく旦那さんだ!

「ヤマトさん!クロスさんをメタクソにするのは後回しにして、今はこの場を離れましょう!早く手綱を!」

「っく…!」

「ナオキ君!尊い犠牲を無駄にする気か!?手綱を握るんじゃ!」

「お前が言うなぁあああああああ!!!」

「ゑはぁっ!?」

とりあえず一発頭突きをかましてやると、じじぃは奇妙な声を上げて仰け反った。

「…済まないっ!」

窓枠にひっかかっている女の子に心から詫び、俺はナカイ君の手綱を握った…。

…サンタって…!…サンタってこういう物じゃないだろぉっ!?



「あの子が希望してたプレゼント、何だったんだ?」

手綱を握り、次の家へと向かう道すがら、俺はじじぃに聞いてみた。

「ほっほっほっ!可愛い豚さんの貯金箱じゃ」

「…それを壊したよな…?お前…」

「まぁほれ、形ある物は必ず壊れるんじゃ。あの貯金箱もいつかは中身を取り出す為に壊される運命じゃった。それに子供の

頃から貯金なんぞするもんじゃないわい。守銭奴になるぞ?」

「…ナカイ君。こいつここから蹴り落としても良い?」

「あと一軒ですから、どうかっ…、どうか我慢を…!」

ナカイ君は必死に何かに堪えるように、固く引き結んだ口の隙間からそう答えた。

…よくもまぁこんなヤツと一緒に仕事を続けられるもんだ…。口には出さないがほんっとうに大変だろうに…。

「着いたぞい。ここがラストじゃ」

「先に言っとくが、間違ってもさっきみたいな真似は…」

俺は言葉を切り、ナカイ君が止めたソリから眼下を見下ろす。

「…あのさ…。届け先…、間違ってない?」

俺の声が震えていたのは、高所を吹く風の冷たさのせいだけではないだろう。

「いや、間違っとらんよ。小山田邦夫(おやまだくにお)君、この屋敷に住んどる七つの男の子じゃ」

眼下に広がるのは、純和風の立派な庭園。

そこに建つのは、純和風の立派な屋敷。

その敷地内を巡回警備しているのは、…立派な…極道さん達…。

「天下の大極道、小山田組のご子息様がサンタに手紙書いたってのか!?」

「だって来ちゃったんじゃもん!仕方無いじゃろう!?来ちゃったんじゃもん!」

「「もん!」じゃねぇ!可愛くねぇんだよじじぃ!ああもう!なんか警備厳重だぞ!?いつもこうなのか!?」

「もしかして、何処かの組と抗争中なのでしょうか…?」

ナカイ君も不安げに敷地を見下ろし、背筋が寒くなるような事を呟く。

見付からないようにかなり高い位置で停車(?)しており、月明かりも弱いので気付かれる恐れは殆ど無いが、敷地内を巡

回して回るコワいお兄ちゃん達は、遠めに見るだけで迫力十分だ。

「いや、先日潜り込んだ工作員が、手紙を手に入れて脱出する際に気付かれてのう。それで警備が厳重になっとるんじゃろう」

サンタは目を細めて屋敷の灯りを見下ろし、顎鬚を弄りながら応じた。

「なるほどな、裏方もたいへ…、ってそっちに原因があるのかよ!」

「「そっち」とは何じゃ!今はお前さんも「こっち」側の者じゃろうが!もはやワシらは一蓮托生!運命共同体じゃ!」

「…ナカイ君、こいつここから蹴り落としても良い?」

「お気持ちは痛いほど分かりますが、どうかっ…、どうかご辛抱を…!」

俺は思わず頭を抱える。

「あぁもうっ!ここ一軒ぐらいパスできないのかよ!?」

冗談じゃない!ここでさっきみたいな事になったら、騒ぎになるどころじゃないぞ!?下手すれば首都港に沈められるっ!

「クニオ君がパスされるのは、やっちゃんの家の子供じゃから、かな?」

サンタの静かな言葉に、俺は顔を上げた。

「サンタクロースは子供を選ばん。手紙を受け取ったなら、必ず応えてあげねばならんのじゃよ。それが嫌われ者の国会議員

の娘じゃろうと、やっちゃんの一人息子じゃろうと、子供達の汚れ無き願いは皆平等。ワシらの都合で選り好みしてはいかん

もんなんじゃ」

「じいさん…」

サンタは穏やかな目の中に、揺ぎ無い光を灯していた。

…俺は、この時初めて、このじいさんのことをカッコイイと思った…。

「なぁに、実働員はワシじゃ。お前さんはソリに乗ったまま、いつでも脱出できるように準備しといてくれい」

「…酔っ払いの老いぼれが、あの厳重な警備の中、一人で荷物背負って子供部屋まで行けるのかい?」

俺は後ろに積んでいた袋を掴み、手繰り寄せた。

「荷物持ちは俺がやる。バイトで鍛えられてるからな。体力仕事なら多少自信があるんだ」

「…ナオキ君…」

驚いたように目を丸くしたサンタに、俺はニヤッと笑って見せた。

「いざとなったら、手ぶらならいくらかでも速く走れるだろ?その代わり、なるべくならコワいお兄さん達に会わないように

先導を頼むぜ?」

「…任せておけい!」

笑みを浮かべて応じたサンタから視線を外し、俺は手綱をしっかり握りなおして、ナカイ君に頷く。

ナカイ君は感動したように目を潤ませ、頷き返した。…なんか照れるなぁ…。

俺達を乗せたソリは静かに、慎重に、屋敷の屋根へと近付いて行った。



「見取り図によれば、あの離れに子供部屋がある。…はずなんじゃが…」

サンタは目を細め、灯りの消えた離れを見据えた。

「あの辺だけ警備が居ないよな…?何でだ?」

庭木の中にソリを隠し、身を潜めた俺とサンタは、揃って首を傾げた。

「侵入者に警戒して、クニオ君を何処かに移したんでしょう」

ナカイ君が小声で囁く。

「私が匂いで追ってみます」

「え?トナカイって鼻が良いのかい?」

「本物はどうだか分かりませんが、私はそうです」

感心して尋ねると、ナカイ君は悪戯っぽく笑った。

本物はどうだか分からないって…、やっぱり、普通のトナカイじゃないって意味かな?

ナカイ君は警備の目が無い事を確認して、離れに近寄る。

俺達がはらはらしながら見守る中、離れの中の様子を窺い、首を伸ばして入り口の辺りの地面を嗅ぎまわったナカイ君は、

誰にも見付からずに戻ってきた。

「やっぱり移っているようです。中に気配は無いし、比較的新しい匂いの道筋が、母屋の方へと繋がっています」

サンタは報告を聞きながら見取り図を広げ、ある部屋を指差した。

「ここかも知れんの。ここにも室内遊具やおもちゃが置いてあったらしい」

サンタの声は硬い。と言うのも、なにやら大きな部屋が隣にあるからで…。

「この、隣の大部屋は何なんだ?」

「若い衆の休憩部屋…。ようするに兵隊の詰め所みたいなもんじゃろうな…」

嫌な予感を覚えながら訊ねた俺に、サンタは重々しい口調で応じる。…マジですか…?

「ナオキ君。お前さんはナカイ君と一緒にここで待っとれ。やはりここは正式なサンタクロースがやるべきじゃ」

サンタは腰を浮かせ、中腰になりつつそう言った。

「ここまで来て引き下がれって?冗談きついぞサンタクロース」

俺は立ち上がり、荷物を肩に担ぎながら、サンタにニヤリと笑ってやった。

「最後まで手伝うさ。その代わり、お礼っての、色つけてくれよな?」

サンタは目を丸くした後、「ほほっ!」と笑った。

「約束しよう。では参るかの!」

「おうよ!」

ナカイ君の心配そうな視線を受けながら、赤ずくめの俺達二人はやっちゃんちの庭を横切り、慎重に、しかし急いで母屋に

向かった。



「…行ったか?」

「…のようじゃ」

巡回をやり過ごし、潜んでいた縁の下から這い出すと、サンタは服を払いながら呟いた。

「お前さん、もうちっと「だいえっと」した方がええぞい?きつくてかなわんかった」

「お前が言うかお前が?」

小声で文句を言い合いながら、俺達は母屋を回り込み、クニオ君が居ると思われる部屋に最も近い窓を目指した。

侵入予定口は、あのヤバそうな部屋の反対側にある廊下の窓だ。

バレずに上手く侵入さえできれば、そっと部屋にプレゼントを置き、引き返すことができる。

見付からないようじりじりと慎重に進み、やっと窓に辿り着き、ほっとしたその時、アクシデントは起こった。

「…ガラス切りが…無い…」

タップリ一分ほど懐をまさぐった後、サンタはそう呟いた。

「…さっきの家で、落として来たよな…?」

「なんで指摘せんのじゃ!?」

「だって、ここでもガラス切り使うなんて思わなかったんだよ!」

「えぇい!戻るぞ。ソリには予備が積んである」

もう一度この庭を移動するのかと思うとゲンナリしたけど、仕方がない…。

しかし、俺達が引き返そうとしたその時、

「誰だ!?」

鋭い声と共に、眩い光が俺達のすぐ傍の地面を照らした。

運良く逸れていった光の輪が戻ってくる前に、俺達は縁の下に潜り込む。

俺とサンタの目と鼻の先で、黒光りする革靴が六つ見えた。

さらに俺達が潜んだ縁の下の真上で、ガラッと窓が開いた。

四人の男の話し声が、息を潜めた俺達の耳に届く…。

「どうした?」

「話し声が聞こえたんだが…」

「聞き間違いじゃ無いのか?」

「言い争っているような声だったぞ?間違えるもんかよ」

「…この間の侵入者か?」

男達は声を潜めると、手にしたライトで周囲を照らし始める。

窓を開けた男もサンダルをつっかけて庭に降り、捜索に参加した。

緊張と恐怖で心臓がドクドクと鳴り、その音で奴らに気付かれるんじゃないかと気が気じゃなくなる。

男達が少し離れた隙をついて、サンタが口を開いた。

「今開いた上の窓、鍵はかけておらんようじゃ。ワシが囮になる。お前さんは子供部屋へ…」

「馬鹿言うな、囮なら俺が…」

反論しかけた俺の鼻に指を突き付け、サンタはニッと笑った。

「お前さんには良い所を見せとらんからな。格好つけさせてくれい」

言い終えるが早いか、サンタは止める間もなく縁の下から這い出し、丁度揃って向こうを見ていた男達に気付かれないまま、

少し離れたところまで移動した。そして…、

「ほっほっほぉう!」

「何だ!?」

「誰か居るぞ!?」

突如響いた大きく陽気な笑い声。

男達の向けた光のスポットに、赤い衣装が鮮やかに翻る。

サンタは見てくれからは想像もできない機敏さで、庭木の中に駆け込んで行った。

「あっちだ!派手な赤い服を着てるぞ!」

「逃がすな!皆を起こせ!」

…じいさん、あんた…!

悔しいけれど、かっこよかった…。

俺は男達が走って行ったのを確認して縁の下から這い出し、荷物を引っ張り出した。

幸いにも、窓の鍵はまだ開けっ放しだ。

男達は皆を起こせと言っていた。人が増えれば侵入はもちろん、脱出も絶望的になる。ぼやぼやしている暇は無い!

静かに、だがしかし大急ぎで廊下に上がり、俺は頭の中に描いていた地図と照らし合わせ、薄暗い廊下に視線を走らせる。

…あのドアだっ!

足音を忍ばせてドアに歩み寄り、祈るような気持ちでノブを回す。

その時、廊下の向こうから誰かが駆けて来る音が聞こえた。

南無阿弥陀仏!

さして信心深くない俺は、この聖夜に阿弥陀如来に祈りながら、開いたドアの隙間に体を捻じ込み、素早く、静かに閉めた。

内側からノブを掴み、ドアに寄り掛かって息を殺し、耳をそばだてる。

足音は、止まらずに部屋の前を通り過ぎて行った。

…やれやれ…。ほっと息を吐き出し、額の冷や汗を拭うと、

「…誰?」

幼い声と同時に、部屋に光が灯った。

ドキッと心臓が跳ね上がる。

暗さに慣れた目を細め、光の方を見ると、ベッドの上で身を起こした男の子が俺を見つめていた。

色白の、線の細い子だった。灯りの光源はベッドの横、読書用のナイトスタンドのような物だった。

男の子は目を擦り、まじまじと俺を見つめる。

「…君は、クニオ君かい?」

「うん」

やった!やったぞじいさん!ターゲット発見だ!

子供が使うには似つかわしくないナイトスタンド。ベッドが大人用である事から見ても、この部屋が臨時の子供部屋だとい

うサンタの読みは当たっていたらしい。さすがプロだ!

「メリークリスマス!手紙は受け取ったよ。プレゼントを持って来たんだ」

笑顔を作った俺がそう告げると、クニオ君は顔をぱっと輝かせた。

「サンタさん!?本物のサンタさんなのおじさん!?」

「…俺はまだお兄さんだ…。それと、本物のサンタじゃ…」

サンタじゃない。そう言いかけてから、思い直し、微笑んだ。

「まだ、サンタ見習いなんだけどな」

クニオ君は顔を輝かせたまま、興奮したように話す。

「凄い!本当に!?本当に僕に会いに来てくれたの!?」

「ああ、本当さ!さて、プレゼントは…」

ベッドに歩み寄って、傍らに屈み込んで袋に手を突っ込み、箱を掴んだ瞬間、俺は硬直した。

赤いリボンの平べったい箱…。その中で、何か細かいものがザラザラと動く感触があった。…まさか…!?

軽く揺すってみると、感触は気のせいじゃなかった。

…何て事だ!中身が何だったのかは聞いていなかったが、大急ぎで縁の下に押し込んだり、乱暴に扱ったせいで壊れちまっ

たのか!?

クニオ君は期待と不安の入り混じった眼差しで俺を見つめている。

…どうする!?どうすれば良い!?

硬直した笑顔を浮かべて焦る俺は、袋の口の中に視線を向け、箱を掴んだままの手を見つめ…、

…ん?なんだこれ?箱のリボンに、薄い紙が挟み込まれて…?

これは…手紙?…もしかして…。

俺は指先で手紙をずらし、袋の口の所に持って来て、書いてある文字に素早く目を走らせる。

それは思ったとおり、クニオ君の書いたサンタへの手紙だった。

その内容を把握した俺は、ある事を思いつく。これなら、きっと…!

袋の中には、最後の一人であるクニオ君へのプレゼントとは別に、もう一つだけプレゼントが入っている。

それは十八年前、本来ならある別の子供に渡されるはずだったクリスマスプレゼント…。

「メリークリスマス!」

俺がサンタに返し、袋の中に戻っていた縫いぐるみ…テディベアを取り出し、クニオ君に手渡した。

「うわぁ!ありがとうっ!」

クニオ君は目をキラキラさせながらテディベアを受け取り、その顔を見つめるなりギュッと抱きしめた。

…この子の願いは、十八年前の俺と同じだった。つまり、欲しかったのは友達…。

奇しくも当時の俺と同じ七才の男の子は、熊のヌイグルミで喜んでくれた。

…案外、当時の俺も貰えば喜んだのかもなぁ…。

「で、まぁ。これはついでなんだけど…」

俺はゲーセンで作った名刺、名前と携帯番号を記してあるそれを財布から取り出し、彼の前に置いた。

きょとんとしているクニオ君に、

「寂しい時は電話すると良い。そいつ、いつも一人ぼっちの寂しいヤツなんだ。喜んで話し相手になってくれるさ。…あ、お

父さんやお母さん、他の誰にも絶対にナイショだぞ?」

…怖いお父様から「ウチのせがれに近付くおどれは何者じゃあっ!?」なんて電話がかかってきたら困るからな…。

「うん。ありがとう!一人になった時にかけてみる!」

「そうしてくれ。それじゃあ、俺はこのへんで…」

「あ、お兄ちゃん!」

立ち上がりかけた俺を、クニオ君が呼び止めた。

「お兄ちゃんのお名前、何ていうの?」

「俺は…」

一瞬本名を名乗りそうになった俺は、慌てて口をつぐんだ。そして、パッと閃き、笑みを浮かべて口を開く。

「…名前も、サンタクロースって言うのさ!」



そっと廊下に出て、窓を開け、外の様子を窺うと、

「のわっ!?」

「しーっ!」

窓のすぐ外に居たナカイ君が、驚いて声を上げた俺に注意を促した。

「ど、どうしてここに!?」

「匂いを辿って追って来ました!ご無事で何よりです」

「それは良いけど…、随分鼻が良いなぁ。本当は犬なんじゃないのか?」

「まぁ、そこはご想像にお任せして…」

ナカイ君は意味ありげに微笑む。…ん?なんか今のやりとり、どこかおかしかったような…?

「クロスさんが表門で皆を引き付けています。早くソリで迎えに行って、脱出しましょう!」

「だな。長居は無用だ!」

プレゼントは届いた。サンタが人目を引き付けてくれている。あとは帰るだけ。

庭に飛び降り、小走りに道を引き返し始めたその時、俺は大仕事を終えて気が抜けていた。

そう、気が抜けていたから…、

「何だお前!?」

…曲がり角の向こうに佇んでいた男にも、気付けなかったんだ…。

咄嗟の事で反応できなかった俺めがけ、男は黒い、伸縮式の特殊警棒を振りかぶった。

激痛を覚悟して体が強張る。警棒が唸りを上げて振り下ろされる。

俺が硬く目を瞑ったその時…、

「ぐわっ!?」

 声を上げ、倒れたのは男の方だった。

目を開けた俺の足元に、男を体当たりで突き飛ばしたナカイ君が伏せていた。

男は倒れた時に頭を打ったのか、完全に伸びている。

「悪い。助かったよナカイ君…」

ほっと息をついた後、俺は彼の異常に気が付いた。伏せたまま、ナカイ君は小刻みに震えていた。

「どうしたんだ!?どこか殴られたのか!?」

屈み込んだ俺に、ナカイ君は首を横に振る。

「慣れない事なんかするからですね…。運動不足が祟ったか、足を捻ってしまいました…」

苦笑して言い、立ち上がろうとしたナカイ君は、「キャンッ!」と声を上げてへたり込む。

…なんてこった…。俺を庇ったせいで…!

「うぅっ…。空を走れれば、足を怪我していても関係ないのに…!」

「そうなのか?なら飛んで行こう!」

「無理です。ソリと手綱が無ければ、私達は空を走れません…」

…となると、ソリまで戻れば何とかなるのか。

「じっとしてて。俺が運んで行くから」

「え?わ、わわっ!」

俺が両腕を体の下に入れて抱き上げると、ナカイ君は驚いて声を上げた。

「む、無理ですよ!小柄とはいっても、今の私はトナカイなんですよ!?」

「静かに!今度見付かったらほんとにアウトだ。それと…」

俺はナカイ君にウィンクしてやった。上手くできたかはちょっと自信が無かったが。

「熊って力持ちなんだぜ?それに、さっきも言ったけど、バイトで鍛えられてるから、体力には自信があるんだ」

ナカイ君は少し黙った後、恥ずかしそうに頬を赤らめて頷いた。

「済みません。お願いします…」



立派な表門の上に、丸っこい、赤いシルエットがあった。

下からライトで照らされたサンタは、目を細めて微笑みすら浮かべ、いきり立つ男達を見下ろしている。

「サンタぁぁぁあああっ!」

俺の声に気付いたサンタは、首を巡らせて上を、大きく欠けた月をバックにする俺達の方を見た。

「ほっほっほう!無事終わったんかの?」

「任せろ、バッチリだ!さぁ引き上げるぞ!」

ナカイ君は勢いをつけて降下し、俺は左手でしっかり手綱を握ったまま、右腕を伸ばす。

男達がポカンと口を開けて見上げる中、ソリは表門を掠めて急上昇、聖夜の星空へ舞い上がる!

「お見事じゃ!お前さん、サンタに向いとるかもしれんのぉ!どうじゃ?やってみんか?」

すれ違い様に腕を掴み、ソリの上に引っ張り上げると、サンタはそう言って笑った。

「冗談だろ?サンタがこんなハードなものだなんて思わなかった…。勘弁してくれ…」

耳を伏せて苦笑した俺に、サンタとナカイ君は声を上げて笑った。



早朝の人気の無い公園で、俺はサンタと向き合った。

「色々、迷惑をかけたのう」

「お互い様さ。…出会い頭の先制パンチは俺だったし…」

頭を掻きながら応じると、サンタは「ほっほっ!」と笑った。

「さて、お前さんとの約束を果たそうかの?」

「約束?」

首を捻った俺に、サンタの傍らで伏せていたナカイ君が微笑んだ。

「お忘れですか?お礼をすると言っていたじゃないですか」

…あ〜…。どたばたに紛れてすっかり忘れてた…。

「ほっほっ!本当に無欲じゃのう。お前さん、そんなんじゃ損ばかりしてしまうぞい?」

「まぁ、こう言うと何だけど、期待しない事に慣れてるからな」

「じゃが、今回は期待してくれい。サンタクロースが直々に請け負うぞい」

「ははは!んじゃ少しは期待しようか。どんなお礼なんだ?」

「一つ」

サンタは俺に向かって人差し指を立てた。

「一つだけ、何でも、お前さんの望むものをプレゼントしよう!」

「へぇ」

「んむぅ?またしても「りあくしぉん」が薄いぞ!?」

「いや、だってさ。何でもって言われても…」

俺は頭を掻きながら口ごもった。

昨夜、彼等と会う前の俺なら、あるいは「俺のやりたい事をくれ」とか、そんな願いを言って、サンタを困らせたかもしれ

ない。

…でも、今はもうそんな事は望まない。

おぼろげだけど、やりたい事が、なんとなく見えてきた。

クニオ君の、あの笑顔で…。

「…子供の笑顔って、良いもんだよな…」

呟いた俺に、サンタが、そしてナカイ君が笑顔で頷いた。

「そうじゃろうそうじゃろう。あの心溶かすような笑顔…、あれがあるから、この歳になってもサンタは止められん」

心溶かすような…。確かにそうかもしれないな。

今バイトしてるあのおもちゃ屋…、春に新装予定だから、店員募集するんだったっけ…。

接客とか苦手だから避けてきたけど、応募してみようかな…。

「悪い。欲しかったもの、見付かったかも。だから特に無いや」

「いやいやいや!そういうわけには…!約束した以上何かプレゼントせんと、ワシの沽券に関わる!」

「そうは言われてもなぁ…」

首を捻った俺は、ある事を思いつく。

…でも、この願いってアリなのか…?

「よし…。んじゃもう一つ欲しいものがあったから、それを頼むよ」

「ほうほう!何じゃろ何じゃろ!?」

「…その…」

いざとなると、言い出しづらいな…。

「あの…さ…。恋人が、欲しいんだけど…」

「……………」

サンタはしばらく沈黙した後、俺の顔をマジマジと見つめた。

「お前さん…、鏡を見た事はあるかの?」

グサッ!

「ほっとけぇっ!」

「まぁ、これも約束じゃからな、反故にはできんわい。では好みを聞いておこうかの」

「え、えぇと…。体付きは細身で…」

「ほうほう」

「性格は、お淑やかで、でもしっかりしてて…」

「ふむふむ」

「目はつぶらな感じがいいなぁ…」

「うんうん」

「ま、そんな感じ…」

「豪邸付きとか、外車付きとか、遠慮せんでいいんじゃぞ?飛びっきりの美人じゃとか、「ないすばでー」じゃとか、金持ち

じゃとか、そういった希望は無いんかの?」

「別に無いかなぁ?」

「お前さん、本当に無欲じゃなぁ…」

無欲っていうより、期待してないだけだって事は黙っておこう。

「これは今すぐには無理じゃから、少し待っていてくれるかの?」

「ああ。いつでも良いからな?無理なら無理で良いんだから」

「大丈夫じゃ!任せとかんかい!」

サンタは自信ありげに笑うと、ナカイ君を促した。

「それでは、酒も抜けたようじゃし、そろそろ行くとするかの」

「ええ。聖夜の魔法も、そろそろ解けてしまいますし…」

「聖夜の魔法?」

俺の問いに、ナカイ君が頷いた。

「私が空を走れるのも、ソリが浮くのも、クロスさんがプレゼントやビックリ箱を出せるのも、その魔法のおかげなんです。

一年に一度だけの、聖夜の魔法…」

…そうか。サンタが働くのがクリスマスだけなのは、その魔法が一年に一度だけだからなのか…。

「聖夜の魔法は午前5時24分をもって解けてしまう。だから早く帰らんとならんのじゃ」

「…またえらく半端なタイムリミットだな…」

呟いた俺に背を向け、サンタはソリに乗り込んだ。

「そういえばさ、クニオ君に渡すプレゼントって何だったんだ?実は俺、壊し…」

「ジグソーパズルじゃ。子供たちが手を繋ぎ、輪になって踊っておる絵柄のな。友達を欲しがっておったから、繋いでゆく大

切さをと思って…、どうしたんじゃ?」

「いや、何でもない…」

首を傾げたサンタに、俺は手の平で額を押さえながら応じた。

あれか…、壊れたんじゃなく、ジグソーパズルだから、元からザラザラ言ってたのか…。

「それではナオキ君、メリークリスマス!」

「ヤマトさん、お世話になりました!メリークリスマス!」

「ああ。気をつけて帰れよ二人とも!メリークリスマス!」

サンタの挨拶は、お別れもメリークリスマスらしい。

手を振る俺の視線の先で、トナカイが引くソリは、明るみ始めた空に舞い上がる。

冷たい朝の空気の中、サンタクロースは空へ駆け上り、あっという間に見えなくなった。



「…んあ?」

コタツで寝ていた俺は、身を起こして首を振る。

変な格好で寝ていたのか、首が痛い…。

コタツの上には空になったケーキの箱とシャンパンのビン。…あれ?

…夕べのあれって、夢だったのか…?

部屋を見回してみるが、変わった事は特に無い。

壁にかけたジャンバーもバイトから帰ったときのままだし、着ている服も風呂から上がった後のままだ。

…考えてもみれば、サンタクロースとか喋るトナカイとか、有り得ないよな…。

クリスマスムードに当てられたのか、変な夢見ちゃったなぁ…。

「…でもまぁ…。悪い夢じゃあなかったか…」

呟きながら首をコキコキと鳴らしてほぐし、コタツの上にだらしなく顎を乗せ、リモコンでテレビのスイッチをオンっ。

コタツから出なくて良い幸せ。ビバリモコンライフ。

午後三時のニュースを映すテレビには、なんだか見覚えの有るような無いような家が映り込んでいた。

…どうでも良いけどずいぶん寝たなぁ…。自覚無かったけど、結構疲れてたのかな俺?

「…んっ…?」

テレビ画面の右上のスーパーにはこうあった。「深夜の強盗!サンタに扮した二人組み!」と…。

「…あれ…?」

まだ半分寝ぼけたまま首を傾げた俺の耳に、リポーターの話す内容が入ってきた。

『昨夜遅く、子供部屋での物音に気付いた奥様は、子供部屋の窓の外に立つ二人の男に…』

「あ…あれれ…?」

『…気を失い、旦那さんが駆けつけた時には、男達は姿を消して…』

俺はテレビの前に移動し、画面を掴んで覗き込んだ。

『…現場には、侵入に際して使用するために用意されていたと思われるガラス切りが残されており、警察では…』

「夢じゃなかった!?」

俺は思わず叫んでいた。

『男達がサンタの衣装を身につけていたことまでは確認できたものの、薄暗く、顔形、背格好までは分からなかったという事

です…』

とりあえず、奥さんは怪我をしていなかったらしい。不幸中の幸いだ…。

ほっとしながらテレビから離れると、

ピンポーン♪

ビクッ!突然来客を知らせるチャイムが鳴った。

…ま、まさか警察…!?

恐る恐るドアに歩み寄り、スコープを覗くと、そこには見知らぬ顔…。

白い、暖かそうなコートを着た、茶色い犬獣人の若者が立っていた。

とりあえず警察では無さそう…。

一安心してドアを開けると、犬獣人はペコリとお辞儀した。

黒いつぶらな瞳に、ほっそりした体付き、鼻は肌色だ。

…ん?…何処かで…会ったっけ…?

「済みません。まだお休みでしたか?」

「いや、今しがた起たところですけど…」

上品に微笑む犬獣人は、声変わり前の少年のような、澄んだ高い声をしていた。

「良かった。朝方まで掛かりましたからね。お疲れでぐっすりかもしれないと思っていたんですよ」

…ん?んん?

「もしかして、お食事はまだですか?」

俺が答える前に、腹の虫が盛大に鳴いた。

決まり悪くなって頭を掻くと、品のある若い犬獣人はクスッと微笑む。

「それじゃあ、最初の仕事として、早速何か作りましょう!」

「え?あ、あの…。悪いけど、話が見えないんですけど…?」

どちらさん?と聞こうとしたら、犬獣人は目を大きくして口元を押さえた。

「あ!ゴメンなさい!私ときたら一人で先走って…」

そう言うと、犬獣人はコートのポケットに手を突っ込み、そして一枚のカードを差し出す。

「昨夜は渡し損ねてしまいましたね」

少し照れているように微笑んだ犬獣人からカードを受け取ると、それは俺の物とは違う、きちんとした厚紙で出来た、立派

な名刺だった。そこには…。

サンタクロース協会、三等運送員、中井…雪之…丞…?

「え!?君、ナカイ君!?」

トナカイの顔を思い浮かべながら驚く俺に、犬獣人は微笑みながら頷いた。

「聖夜の魔法が解けましたから。これが普段の私です」

そう言って、ナカイ君はコートをなびかせ、その場で優雅に一回転。

「び…、びっくりしたよ…!あ、ゴメン!散らかってるけど、とりあえず上がって!」

慌てて中に通そうとした俺に、ナカイ君はまたペコリとお辞儀する。

「申し遅れましたが、私がクリスマスプレゼントです」

……………。

「はい?」

「ですから、私がヤマトさんへの…」

何を言われているのか判らなかった俺は、少し間を開けてからやっと思い出す。

俺は、あのじじぃに、プレゼントには恋人をくれと言った。

そして、ナカイ君はそのプレゼントらしい。つ、つまり…。

「バイト料に加え、十八年分の利息と、口止め料込みのプレゼント…。…受け取って、頂けますか…?」

上目遣いに、少し恥らいながら言ったナカイ君に、俺はたっぷり三十秒近くも固まった後、コクコクと、小刻みに何度も頷

いた。

「良かった!好みじゃないと突っ返されたらどうしようかと思っていたんですよ!」

「い、いや、好みも何も…、君はその、良いの?じいさんの勝手な約束で、その…」

「もちろん、これは私自身の意志でもありますから」

ナカイ君は、それこそ心を溶かすような笑顔でそう言った。

若干混乱したまま、あたふたしながらナカイ君を部屋に上げ、ドアを閉めようと手をかけながら、俺は思う。

俺はあの時、彼女をくれとは言わず、「恋人」をくれと言った。

他には一言も言っていないのに、じいさんはナカイ君をよこした。

…本物のサンタには、隠し事なんかできないって事なのかな?…単にボケてたんでなければだけど…。

ドアを閉める前に、俺はサンタが消えていった空を見上げ、笑みを浮かべて呟いた。

「プレゼント、確かに受け取ったよじいさん。絶対に大切にする…!メリークリスマス!」