「「しっぷく」」
「へい?」
紐で括った一抱えほどの紙束をいくつも、頭より高くなるほど重ね、突き出た腹の前からタワーのように持ち上げて軽々運
んでいた大狸は、稲妻型の向こう傷が目を引く顔を傾けて、視界を塞ぐ紙束の向こうに視線を通す。
「これも」
櫓を組む際に使う丸太の類が並んで立てかけられた脇に、神主のような白装束に黒烏帽子姿の小狸が立って、古い箪笥を指
さしていた。
「へい賜りやした。そちらは何が入った品にごぜぇやすか?」
「三十年ぐらい前の台風の時の、支援者名簿と寄進物の目録」
「そりゃあ大事な資料でさぁ。感謝を込めて手入れさして頂きやしょう」
あちこちに埃が溜まった物が雑多に詰め込まれた中、黒い浴衣姿の狸はその巨体にも関わらず、何かにぶつかったり倒した
りしないよう、前が見え難くなるような荷運びをしながらも器用に物を避けて移動し、抱えている紙束を「どっこいしょー!」
と出入口に当たるコンクリートのタタキに下ろした。背筋を反らして「ふ~」と息をつき、腰の後ろをトントン叩く狸の黒衣
は、埃であちこち白くなっているが、小狸の方は全く汚れていない。
老朽化し、倉庫に使われている神社の建物。あちこち歪んでたわみ、窓からは隙間風が入るなど、悪い意味で風通しが良く
なっているため、大狸は傷みやすい資料類を引っ越ししている。
「そろそろお八つ時でさぁ。それだけ運び出したら休憩にさして頂きやしょう」
「今日は何?」
「水羊羹など冷やしてごぜぇやす」
表情が無い小狸が尻尾を軽く振ったのを見届け、大狸はニパッと笑う。
「抹茶と小倉がごぜぇやすが…」
「どっちも」
「へい、受け賜りやした。冷えた麦茶もお出ししやしょう」
紙束を運んだ際に白くなった出っ腹をポンポンと叩いて埃を落とすと、大狸は太い脚を上げ、ボロボロの縄や空の一斗缶な
ど、転がっている様々な物を跨ぎ越し、箪笥の傍に寄る。
「どぉすこい!」
腰を沈めるなり、木造りのどっしりした古い箪笥を軽々と持ち上げ、相撲で相手を吊るように腹に乗せた大狸は、巨体を揺
すって障害物を避けながら出入口へ。乱暴に下ろして傷などつけないよう、敷いてある茣蓙の上に慎重な手つきで箪笥を据え
ると…。
「おや?」
大狸はヒラリと足元に落ちた一枚の紙に目を向ける。
箪笥の引き出しなどはきちんと閉じているのだが、はて何処から出たのかと、怪訝な顔。
運んでいた他の資料等とは違い、擦り切れや湿気などによる変色もなく、新品の感熱紙のような白さだった。
「何処から抜けやしたかね?はて…」
腰を叩いて手の埃を落とし、屈みこんで拾い上げた大狸は…。
諸君!オイラはパンダが…ああああああ!?
ここを観測する者のため 目録を記しておく
十四周年記念 公開品目録
・その他の作品に「黄昏荘 第39話」を掲載
・VigilanteMM本編完結記念、2012エイプリルフール作品「???」を復刻公開(注・9月3日までの期間限定公開)
・通常作品内で「328日のセクステット」、同拡張パック「パートオブチェンジリング」、同拡張パック「バトルオ
ブトライアングル」、「セクステット番外編 ~温泉の旅~」を公開(注・いずれも9月3日までの期間限定公開)
「………」
大狸は紙を眺めてしばし考え、やおら、ポンッ、と良い音を立てて出っ張った腹を打った。納得、といった風情であるが、
手を叩くでも膝を打つでもなく腹を鳴らすのがいとおかし。
「こいつぁアレでさぁ、「たまたま見えた」モンにごぜぇやすか…」
誰が記した物なのか、誰が残した物なのか、誰に宛てられた物なのかは判らないが、少なくともここにあるべき物ではない
なと、大狸は理解した。
本来自分が見るべきではない、本来自分が知るべきではない、本来自分が触れるべきではない…、そんなモノと接する事が
「こんな役職」で「こんな場所」で「こんな事」をしていると、時々ある。
丁寧に紙を折り畳んだ大狸は、その分厚い手に挟みこむ格好で、パンッ、と柏手を打つ。
手を合わせたまま祈るようにしばし目を閉じた大狸が、ゆくりと手を開いたその時には、もう先程の紙は影も形も無くなっ
ていた。
「さぁて、お八つお八つ、と。「滅多にねぇ」が見れるは吉兆にごぜぇやす。今夜は良い蕎麦が打てそうでさぁ!」
そんな事を言いながら大狸が外に出ると、神社の社務所の玄関から、先に行っていた小狸がひょこっと顔を出した。
「「しっぷく」。まだ?」
「へいただ今!」