第一話 「柔道部のリスタート」

ぼくは美化委員会に所属する知り合いにかけあって、学校や寮の敷地内、それに近隣で回収された雑多な粗大ゴミを物色さ

せて貰う約束を取り付けた。

校舎外、近隣の清掃活動もおこなっている美化委員会は、回収した粗大ゴミについては、一定期間、一箇所にまとめて溜め

ておき、だいたい月に一度、学校が委託している業者に回収して貰っている。

なので、金網のフェンスで囲まれ、施錠された校舎裏の粗大ゴミ専用スペースには、一ヶ月近くに渡って、放置自転車や車

のタイヤなどがゴタゴタと詰まれている。

そんな粗大ゴミ群に何の用がって?う〜ん…、それはぼくにもまだ良く解らない。

というのも実はこれ、今年入部してくれた後輩、アブクマから頼まれた事だ。

彼は粗大ゴミを使って何かをするつもりらしいんだが…。

さて、もうじき放課後だ。部活が始まる前に自己紹介しておこう。

ぼくは岩国聡(いわくにさとる)。星陵ヶ丘高校三年、柔道部主将。

加えて、第二男子寮の寮監も任されている。



「お〜お〜、結構あるなぁ!」

ムクムクした濃い茶色の毛に覆われた大柄な熊は、目の上に手でひさしを作って、山と積まれた粗大ゴミを見回しながら、

何故か嬉しそうに笑みを浮かべた。

そしてぼくらに説明をするでもなく、さっさとゴミの山に歩み寄ると、前屈みになってゴソゴソとゴミを漁り始める。

「何してんのあれ?」

「う〜ん…。何だろうか…」

級友でもある美化委員の兎がぼくに尋ねたが、ぼくも知らないのだから答えようがない。

「ねぇサツキ君。そろそろ説明してくれない?でないと手伝えないよ」

ぼくの傍らで、同じように立ちつくしていたクリーム色の猫が、前屈みになって作業に没頭しているアブクマの背に声をか

けた。

言っては悪いが、彼とは対照的に、何も知らずに会えば中学校低学年にも見える程に小柄なイヌイは、こうやって小首を傾

げたりすると実に可愛らしい。

「ん?おお。悪ぃ悪ぃ、そうだったな」

イヌイに声をかけられたアブクマは、ゴミの山から、チェーンもライトも無い、ほとんど骨組みだけの錆び付いた自転車を

引っ張り出しながら、苦笑いを浮かべてこっちを振り返る。

「それで、何をするつもりなんだアブクマ?」

「まぁ、材料探しってヤツっすよ。思ってたより多くついたって言っても、予算は限られてんだ。俺らの手でやれる事はやっ

とこうと思って」

アブクマは自転車を片手でひょいっと肩に担ぎ上げて、ぼくらの前まで引き返して来る。

立派な体格に見合った、実に羨ましい腕力だ。

ぼくらの前で自転車を下ろしたアブクマは、錆び付いたホイールに、それでもまだしっかりとくっついているタイヤを指さ

して見せた。

「タイヤやらチューブやらってのは、筋トレ用具にゃ持って来いなんすよ。材料さえありゃ、簡単なもんなら俺にも作れる。

粗大ゴミってのも、こう見えて色々と使い道があるもんなんす。こいつも中のチューブはまだ使えると思うんすよ」

ニッと笑ってそう言うと、アブクマはタイヤを軽く叩く。

「…なるほど、納得した。手作りでトレーニング器具をねぇ…」

「手ぇ切らねぇように気ぃつけて、二人でタイヤに切れ目入れて外しててくれるっすか?」

アブクマはそう言いながら、身幅が広いカッターをジャージのポケットから取り出し、ぼくに握らせた。

「切んのはだいたいこの辺かな…。一応言っとくっすけど、中のチューブは傷付けねぇように注意っすよ?切れ目が入ったト

コから裂け易くなっちまうから」

タイヤを指さしてそう教えてくれたアブクマを前に、ぼくはすっかり感心していた。

ぼくより二つも下なのに、彼は本当にしっかりしている。

「じゃあこっちはよろしく!俺は使えそうなもんを探して、じゃんじゃん持ってくるっすから!」

「うん。任せてくれ」

ぼくは頷き、イヌイと二人がかりでタイヤを外す作業に取りかかった。

その間にアブクマは、再びゴミの山と格闘を始める。

「感心だなぁ。彼一年生なんだろ?廃材の再利用を考えるあたり、しっかりしてるよなぁ」

級友は長い耳をピコピコ動かしてそう言うと、親切にも手伝ってくれるつもりらしく、イヌイと一緒になって自転車を押さ

えつけてくれた。

確かにそうだ。なんというか、アブクマは年齢不相応に自立している。

いくら部費節減のためとはいえ、普通、自分達だけでここまでやろうと考えるだろうか?いや、そもそも思いつくだろうか?

ついこの間まで中学生で、両親と一緒に暮らしていたはずなのに、寮暮らし三年目のぼくらよりも、ずっと自立している。

身も心も実に逞しい。

「サツキ君…、気を回してくれたのかも…」

慎重にタイヤに切り込みを入れるぼくの前で、イヌイがそう呟いた。

「僕、マネージャーどころか、部活動そのものに不慣れだから…、昨日主将にお渡しした部費の配分予定表も、出来上がるま

でずいぶん悩んで、サツキ君にも色々教えて貰ったんです…。だからたぶん、余裕を持たせようと思ってくれたんじゃ…」

耳を伏せて、済まそうに言ったイヌイに、ぼくの方こそ申し訳ない気分になる…。

…アブクマだけじゃない。寮監も兼務しているぼくの負担を減らそうと、イヌイだって初経験になるマネージャーの仕事を

頑張ってくれている…。

ぼくは三年生なのに…、先輩なのに…、主将なのに…、二人に何もしてあげられていない…。

それどころか至らない事ばかりで、楽しい高校生活と部活を始めるはずだった二人に、こんな初めから負担ばかりかけて…。

「わぁ。主将、上手ですねぇ…!」

ぼくの手元を覗き込んでいた、イヌイが急に声を上げた。

綺麗に切り離されたタイヤが、ホイールからするりと外れ、無傷のチューブが姿を現す。

「イワクニほとんどの科目の成績良いけど、技家や美術は飛び抜けて良いもんね。ほんと器用だよなぁ」

兎も頷きながら、感心したように言う。

…褒めて貰って光栄だけど、手先がちょっとばかり器用なだけが取り柄の柔道部主将って、どんなものだろうか…。



一連の作業が終わったのは、夕暮れで空が真っ赤に染まった頃だった。

作業を終えたぼくらは、発掘分解作業が終わるまで付き合ってくれた兎に礼を言って、確保した材料を道場前まで運んだ。

きちんと種類ごとに分けて道場前に並べた材料は、結構な量になっている。

「こんだけありゃ十分だな」

並べた材料を見下ろして満足げに頷いたアブクマは、ゴミの山に溜まっていた雨水やら錆やら油やらで、ジャージと体が斑

に汚れた凄い格好だ。

まぁ、ぼくとイヌイも彼ほどではないけど結構汚れている。人のことは言えないな。

小柄なイヌイなんか、自転車やホイールに乗っかるようにして押さえつけていたせいで、特に手とズボンの汚れが目立つ。

…体がクリーム色だから、顔の汚れなんかは、なおのこと目立つなぁ…。

「もう暗くなるし、今日はここまでにしよう」

「うっす!」

「はい!」

ぼくの宣言に頷くと、アブクマとイヌイは顔を見合わせ、同時に小さく吹き出した。

「キイチ、手で顔こすったろ?目の下にクマができてんぞ?」

「え?どこ?うわ…!」

イヌイは手鏡を取り出し、自分の顔を確認して驚いている。

「ぬはは!なんか間抜けな顔だなぁ!」

可笑しそうに笑ったアブクマは、鼻先に手鏡を押し付けられて目を丸くした。

「そう言うサツキ君だって、ほっぺたに路線図みたいなのが入ってるよ?」

「ぬおっ!?何をどうやったんだ俺!?」

イヌイの手鏡に映った自分の顔を見たアブクマは、愕然とした表情を浮かべ、奇妙に入り組んだ細い黒線が縦横無尽に駆け

巡っている頬に触れている。

「ははは!二人とも、まるで眠っている間に誰かに悪戯されたみたいな顔だな」

そう言って笑ったぼくを見て、イヌイとアブクマは揃って吹き出す。

「しゅ、主将…。ぶふっ!あんたも相当っすよ…!?」

「ど、どうぞ…!確認してみてください…!」

イヌイの差し出した手鏡を覗き込んだぼくは、

「な…、なんだこれぇっ!?」

思わず声を上げていた…。

ぼくの両頬には、左右対称に三本ずつ、猫の髭のような線がくっきりと、計ったような同じ長さで引かれていた。

どうやら油汚れらしく、指でこすっても消えず、むしろ汚く広がった。

「う〜ん…。ジャージもそうだけど、ちょっとこのまま帰りたくはないなぁ…」

「そっすね…」

「水道で顔だけでも洗って行きますか?」

「それでも良いけれど…。あ、そうだ」

ぼくは良いことを思いつき、二人にニヤッと笑って見せた。



「いや、確かに助かるんだけどよ…」

アブクマは少し驚いている様子で口を開いた。

「ほんとに良いんすか?部員でもねぇ俺達が使っても…」

「大丈夫だ。快く貸してくれたよ」

今ぼく達が居るのは、まだ練習中の野球部の更衣室だ。ここから専用のシャワールームに入れる。

野球部の主将はぼくの友人だ。試しに頼んでみたら、二つ返事で快く了承してくれた。その事を説明すると、

「野球部の主将に応援団長…。主将、交友関係広いよなぁ…」

驚いているような感心しているような顔で、大熊はそう呟いた。

…言われてみれば、友人は確かに多い方かも知れない。

「やっぱり人柄なんでしょうね」

イヌイはそう言って微笑む。

…人柄…?ぼくの?

考えても見れば、ぼくは特に目立つ方じゃない。どっちかと言えば、むしろ地味な方だろう。

…それなのに友人が多いのはどうしてだろうか?これまでは考えた事も無かったが、少し気になった。

「ぼくの人柄って、どんなだろう?」

そう尋ねたら、服を脱ぎ始めていたアブクマとイヌイは、動きを止めた。

そして、二人揃って目を丸くして、まじまじとぼくを見つめる。

「どんなって…、自分の事じゃねぇっすか?」

「判らないんですか?」

アブクマとイヌイは困ったように言った。

「さっぱり判らない。これといって特徴的な性格でもないのは判るけど…。なんていうのか、没個性?」

イヌイは「ぷっ」と小さく吹き出した。

「そんな事無いですよ。主将は十分個性的です」

「どこが?」

首を傾げたぼくに、イヌイは微笑みながら続ける。

「真面目で穏やかで優しくて、熱血漢ですよね?」

「熱血漢???」

意外な言葉に目を丸くすると、アブクマがイヌイの言葉に頷いた。

「何だよ意外そうな顔して?思いっきり熱血じゃねぇっすか?普段は大人しそうな顔してんのに、柔道の事になりゃあ目の色

変えてギラギラしてよぉ?」

…いや、それは…。…あるかなぁ…?

「もしかして、ぼく豹変キャラなのか?そういう妙な個性?」

「そんな事なんかじゃ、交友関係の広さに説明がつきませんよ」

イヌイは可笑しそうに笑いながら言う。

「いつも穏やかで、他に気を遣っていて、好きなもののために一生懸命になれる。そんな人柄に、皆が惹かれるんじゃないで

しょうか?僕らがそうですからね」

「だな。まぁ、難しい事は判んねぇけど、なんとなく居心地が良いんすよ、主将の傍って」

イヌイとアブクマの言葉を聞いていたら、ふと、ウシオが言っていた事を思い出した。

「お前の傍に居ると安心するというか…、ははは!まぁ、上手く言えんのだが…!」

傍にいると、安心できる、か…。まぁ、無害そうに感じられるって事かな?

「ありがとう。何となく判ったよ」

ぼくは苦笑いしながら二人に礼を言った。



温かいシャワーを浴びながら、ぼくは仕切りの向こうに声をかけた。

「アブクマ。あの材料で何が作れるんだ?」

タイルに反響するぼくの声に、水音に負けないように大きめの声でアブクマが答える。

「まぁ色々っすね。そんな難しいもんじゃねぇから、明日中には仕上げられるっすよ」

帰って来た声には、少しばかり楽しげな笑いが含まれていた。

驚かせようとでも思っているのか、どうやらまだ教えてはくれないらしい。焦らすなぁ…。

手洗いから借りてきた石鹸を使ってみたら、汚れは思いの外あっさりと落ちた。

このぶんならジャージも無事、綺麗になるだろう。

シャワーを止めてしきりから出ると、ちょうどアブクマも出て来る所だった。

水泳部から借りた備品のタオルを頭に被って、顔をごしごしと拭いている。

そういえば、裸を見るのは初めてだったな…。

毛皮と筋肉と脂肪とで、ボリューム満点の体…。

少々肥えてはいるが、雄熊らしい実に立派な体格だ。

濃い茶色の毛に覆われた肩は、筋肉で丸く盛り上がり、腕も腿もとにかくぶっとい。

筋肉で厚みのある胸は、脂肪がついてやや垂れ気味。

頭をごしごし擦る動きにあわせて、胸まで揺れている。

そんな胸元には鮮やかに、白い三日月がくっきり浮かんでいた。

減量している以上、本人も気になっているんだろうが…、腹にはむちっと贅肉がつき、まん丸く突き出ている。

叩けばボヨンと波打つその腹は、手触りは柔らかいが、その奥にみっしりと筋肉が詰め込まれている。これは日頃の稽古で

組み合っているから判る。

段がついた下っ腹のさらに下には、…ん…?んん?

その時になってタオルを頭から退け、ぼくの視線に気付いたアブクマは、目をまん丸に見開いた後、慌てたように股間にタ

オルを当て、両手で押さえる。

…隠れる寸前、それはヒクっと縮み上がったように見えた…。

大熊は前屈みで内股になり、股間を隠し、俯き加減で上目遣いにぼくを見る。

「…み、見え…た…!?」

アブクマは、焦っているような、そして恥ずかしそうな顔をして、おずおずと、そう尋ねて来た。

「…え…、えぇーと…。…う…うん…」

アブクマのアレは、その…、何というか…、その立派な体とは対称的に…、

「……………!!!」

完全に俯いたアブクマは、もう可哀そうなぐらいに体を縮めていた。

正直に頷いてしまったものの…、ウソでも「見えなかった」って言ってやるべきだったかな…?

大熊の股間には、見た目からは想像もつかないほどに、可愛いモノがついていた。

皮下脂肪で三角形にむっちり張り出したそこには、長い被毛に埋もれるようにして、…なんか、完全に皮を被った可愛らし

いモノが…。

「き、気にするな!普通だよ普通!」

アブクマは上目遣いでぼくをチラッと見ると、恥ずかしそうに目を逸らした。

普段は大人びて見えるが、こういう仕草を見ると、彼がぼくよりも年下なのだという事を実感する。

…短小包茎…。うん。気にするのは判る。

さすがに、本人の了解も無しに二人に暴露するのは躊躇われるが、以前はウシオも被ってる事を相当気にしていたから…。

…まぁ、あっちはサイズがかなりのものだし、今では見られてもどうとも感じていないようだが…。

…というより、こっちが赤面するほどに堂々としているけれど…。

「どうしたんですか?」

シャワーが終わったのか、一番奥の仕切りからひょこっと顔を出したイヌイは、まずアブクマの背中を見て、次にぼくの顔

を見て、それからまたアブクマを見た。

イヌイはアブクマの隣に歩み寄ると、俯いている大熊の顔を見上げる。

「…見られちゃったんだ…?」

無言のままこくりと頷いたアブクマの肩を、イヌイは腕を伸ばしてポンと叩いた。

「そんなに落ち込まないで…。そこまで気にやまなきゃいけない事じゃないから…」

「そうだよ。あんまり気にしない方がいいぞ?皆、結構気にしないものだから」

イヌイとぼくに慰められ、アブクマは少しだけ顔を上げる。

「…で、でもぉ…。俺…、体ばかり大きくなって…、こっちの方は、ぜんぜん…」

恥ずかしそうに体を縮めて、アブクマはか細い声で言い、ちらっと、横のイヌイを見た。

ぼくもつられてそっちを見ると…。

「うおっ!?」

ぼくが思わず声を上げたのと、イヌイがタオルで股間を隠したのは同時だった。

柔らかい被毛が湿ってペッタリと寝て、あばらが薄く浮いた細身の体…。

華奢で小柄なその体とは裏腹に、イヌイの股間には…、暴力的なサイズの逸物がぶら下がっていた…!

こ、こんなに小柄なのに…、ウシオのアレと、互角以上に渡り合えそうなモノを装備している…!

前を隠したまま、「あははぁ〜…」と、少し恥ずかしそうに微苦笑するイヌイ。

…う〜ん…。確かにこれと比べたら、なぁ…。アブクマが気にするのも頷ける…。

並の上を自称するぼくも、イヌイと比べっこするのは御免だと本気で思った。

「…主将のも…、結構でかいよね…」

アブクマがそう呟いたので、ぼくは自分も全く隠していなかった事に気が付き、慌ててタオルを腰に巻いた。

…まぁ、今更だけど…。

「…主将…。そ、そのぉ…、この事は…」

アブクマはもじもじしながら、消え入りそうな声で呟いた。

大きな熊がモジモジしながら見せる、その恥ずかしげな仕草は、なんだか反則的なまでに可愛く感じられた。

「…だ、誰にも…、い…、言わ…ないでぇ…!」

がばっと頭を下げるアブクマを前に、ぼくは慌ててしまった。

「い、言うわけないだろ?安心しろって!」

頭を下げて頼むなんて…、そこまで気にしているとはさすがに思わなかった…。

いつもの堂々とした振る舞いはどこへやら、ここまでおどおどしてるアブクマは初めて見る。

心なしか、口調まで少し変わってしまっているような気もするけれど…。

「ほ、ほんとにぃ…?」

上目遣いに顔を見つめてくるアブクマが、あまりにも子供っぽくてかわいくて、ぼくは思わず苦笑していた。

「当たり前だろう?大事な後輩を困らせるような趣味はないよ」

アブクマはぼくの答えを聞いて安心したのか、ほっとしたように表情を緩めた。

大人びているとばかり思っていたけれど、意外に可愛いところがあるんだなぁ…。

妙な事に感心しながら、ぼくは二人に背中を向け、一足先に更衣室に戻った。

ぼくが居たら、二人ともいつまでも股間を押さえて動きそうになかったからな。



そして、その翌日の放課後…。

「うっし、完成だ!」

アブクマは満足げな笑みを浮かべ、出来上がったトレーニング器具を見回した。

「凄いものだなぁ…。粗大ゴミを元にこんなのが作れるなんて…」

ぼくもイヌイもただただ感心して、アブクマの仕事の成果を見回す。

道場前の立木に自転車のチューブを結わえて、ボロ雑巾を木の幹に当てた背負いの練習機。

重ねたベニヤ板の上に、切った廃タイヤで拵えた滑り止めを固定し、これも粗大ゴミの中から見つけた何かの取っ手を足掛

けにした腹筋台。

他にも、太い枝からチューブを吊るした上腕とリストを鍛える器具。

廃タイヤを加工して作った腰に固定するベルトに、トラックのタイヤをロープで繋いだランニング用の重し。

などなど、他にも様々な器具がある。

…これらを見ているだけで、これからのハードなトレーニングが目に浮かぶなぁ…。

ぼくもイヌイも、アブクマの指示通りに簡単な作業を手伝っただけ、作業の大半は彼一人がこなした。

なんというか、とにかく惚れ惚れするような手際だった。本当にこういうのが得意なんだなぁ。

イヌイの話では、アブクマはこういった大工仕事のみならず、料理や洗濯など、家事全般が得意らしい。

少し意外だけど、実用的な特技が多いのは良い事だ。

「今更だけど、よく粗大ゴミを利用してこんなのを作ろうなんて考えついたね?凄いよサツキ君、本当に!」

「別に凄ぇ事じゃねぇよ。ウチの工務店でも廃材なんかの再利用をやってるから、「無駄を出すな。買う前と捨てる前に考え

ろ」って、親父に口うるさく言われててなぁ。そういうのが染み付いちまってるだけだって」

イヌイの言葉に、アブクマは苦笑いしながらそう応じた。

「いや、凄い事だよアブクマ。ただ聞いているだけなら誰でもできる。でも、意識して実践できるヤツはそう多くない。手間

がかかる事なら、なおさらね」

素直に褒めると、アブクマは困ったような顔をして、鼻の頭を指先で擦った。

「あ、あんましおだてねぇでくれ…!なんか体がムズムズしてくるっす…」

どうやら照れているらしい。ぼくとイヌイは顔を見合わせ、含み笑いを漏らす。

「ま、見てくれはちっと悪ぃけど、しっかり造り込んだつもりっす。頑丈さは保証するっすよ?」

気を取り直したように言ったアブクマは、腹筋台を大きな手でバシッと叩き、ぼくらにニカッと笑って見せる。

今の彼を見ていたら、昨日、シャワールームで見た事は夢だったんじゃないかと思えてしまった。

なんだろう?この凄いギャップは…。