第五話 「定期戦翌日」(後編)

アブクマの提案で夕食を共にする事になったぼくらは、一度解散して、夕刻四時に第二男子寮…アブクマとイヌイの部屋に

集合した。

お邪魔する事になったのは、ぼくにシゲ、シンジョウさんにササハラさん。そしてウツノミヤにオシタリ。

結果的には、夕食に集まるのは合計八人にもなった。…結構大人数だな…。

ぼくがシゲと一緒に部屋を訪ねた時には、アブクマはすでにエプロンを身に付けてキッチンに入り、カレーの準備に取りか

かっていた。

なお、うどんの方は女子二名が買いに行ってくれている。

ぼくとシゲ、先に来ていたウツノミヤとオシタリの四人は、いやにテキパキと具材を切っているアブクマの邪魔にならない

よう、中部屋のテーブルを囲んで大人しくしている。

ちなみにイヌイは、アブクマの手伝いでキッチンに入り、なんだかちょっと危なっかしい手つきで野菜を洗っていた。

ドアが開いたままのキッチンから、野菜を切る包丁の音が、トントントンとリズミカルに聞こえて来る。

さっきちょっと覗いてみたら、アブクマはかなりスムーズかつスピーディーな包丁捌きでニンジンを切っていた。

うどんと一緒に食べる事を前提としているせいか、心持ち薄切りにしているらしい。

日曜大工の方は、何と言うか見た目に合った特技に思えたけれど、…こっちの方は本当に見かけによらない特技だ…。

しばらくすると、イヌイが着信メロディーを奏でた携帯を取り、「お疲れ様」と声を上げた。

女子達が買い物を終えて到着したらしい事を悟ったぼくは、再びキッチンを覗き込み、イヌイに頷いて見せた。

「今寮監が迎えに行ってくれるから、ちょっと待っていてね?」

そう電話相手に告げながら頷き返してきたイヌイに背を向けて、ぼくは「迎えに行って来るよ」とシゲ達に声をかける。

「ボクが行きましょうか?」

眼鏡をかけた狐が腰を浮かせかけながらそう言ったけれど、ぼくは片手を上げてそれをとどめる。

「ありがとう。でも良いよ。来訪者名簿の記載手順なんかも教えなきゃいけないからな」

申し出てくれたウツノミヤに礼を言って、ぼくは部屋を出て玄関に向かった。

階段を降りて玄関ホールを見回すと、女子二名は入り口を入ったすぐの所で佇んでいた。

珍しい女性来訪者に、通り過ぎる寮生達が好奇の視線を向けている。

眼鏡っ娘は両手で胸に紙袋を抱えて、パンダっ娘は両手に大きなビニール袋を下げていた。

歩み寄るぼくに気付くと、シンジョウさんとササハラさんはペコッとおじぎする。

「買い出しお疲れ様、ありがとう。さっそく案内するから、名簿に記載して貰えるかい?」

揃って頷いた二人をカウンターに案内したぼくは、カウンターに袋を置いたシンジョウさんが記載している間に、ササハラ

さんに手を差し出した。

「ぼくが持つよ。貸してくれ」

ササハラさんはちょっと目を大きくした後、耳を斜め後ろに倒してにへら〜っと笑った。…何?ぼく、何か変な事でも言っ

ただろうか?

「えへへぇ〜!どぉもっ!でも結構重いですよぉ?ダイジョブですかセンパイ?」

「平気だよ。女の子に全部持たせるのも気が引けるしな」

「へぇ…。アタシみたいのでも女の子って呼んでくれんですねぇ?…なんかちょっと照れ臭いなぁ…」

パンダっ娘はちょっと嬉しそうに眼を細めると、片方の袋を差し出した。

受け取ってみると、はたして彼女が言ったとおり、うどんがぎっしり詰まった袋はかなり重かった。

ビニールが指に食い込んで少し痛い。…こんなのを涼しい顔して軽々と二つも持っていたのか。女子ながら羨ましい胆力と

筋力だ…。

シンジョウさんに記載手順を説明し、次いで入れ替わったササハラさんにも同じく説明。

記入を終えた二人に、ぼくは笑みを浮かべてお辞儀した。

「はい結構。ようこそ第二男子寮へ。記憶にある限りは、本年度初の女生徒来客じゃないかな?持て成すのはぼくじゃないけ

れど、時間の限りゆっくりくつろいで行って欲しい」

「はい、お邪魔します先輩」

「えへぇ〜!おじゃましまっす!」

二人はにこやかに笑いながら、お辞儀を返してくれた。



「ただいま。二名様ご案内だ」

「失礼します」

「お邪魔しまぁ〜っす」

ぼくに続いて二人の女子が部屋に入ると、シゲが片手を上げ、ウツノミヤが会釈した。

無口なオシタリはというと、チラッと目だけ動かして視線を向けただけ。

「悪いなぁ?買い出しまで任せて」

シゲがそう声をかけると、シンジョウさんは「いえいえ」と笑みを返し、ササハラさんは何故か居心地悪そうにもじもじっ

と身じろぎする。

「ん、んじゃあアタシ手伝って来んねっ!センパイ、ありがとでっす!」

ササハラさんはそう言うと、ぼくの手から袋を受け取り、足早にキッチンに入って行った。

「あ、ユリカ、私も手伝うわ」

「えぇ?良いって良いって。ミサトに作らせると超激辛カレーうどんになっちゃうかもだし」

追いかけていったシンジョウさんを、紙袋だけ受け取って追い返そうとするパンダっ娘。

「あ、あれは買って来るルーをちょっと間違えただけで…!」

「にしたってさぁ、いくらなんでもカレーの女王様は無いっしょお?」

巷で噂のジョロキア入りレトルトカレーの名前を渋い口調で挙げるパンダっ娘。

「で、でも結構美味しかったでしょう?たまにはアリよね?」

その言葉にもパンダっ娘は渋い顔。シンジョウさんは次いでこちらを振り返ると、何やら訴えかけるような視線を投げて寄

越す。

「ナシかなぁ…」

「ナシだろうな」

「ナシだな」

「ねぇよ…」

ぼくとシゲとウツノミヤとオシタリが揃って首を横に振ると、シンジョウさんは肩を落とした。

…前に一度、ウシオとシゲとアトラと四人で食べたけれど、アレは二度とゴメンだ…。

表情とリアクションを見るに、ウツノミヤとオシタリも試した事があるようだけれど…。

「先週、アブクマが作りました…」

疑問に思っている事をぼくの顔を見て察したのか、ウツノミヤが小声で教えてくれた。

「どうだったんだ?」

「阿鼻叫喚の地獄絵図…ですね…。ボクはむせるしオシタリはキレるしイヌイは泣くしで…」

…そうか…。大変だったな君らも…。

「結局全然食えなくて、アブクマが責任を取って全部食べましたけれどね。汗だくになりながら…」

アレが食えたのかっ!?シンジョウさんといい、アブクマといい、どういう舌をしているんだ?…薄ら寒くなる…。

そんな話をしている内に、シンジョウさんは結局追い返され、キッチンからアブクマとササハラさんの声が聞こえて来た。

「アブクマ君、アタシ手伝うよぉ」

「お?料理できんのか?んじゃ頼むかなぁ」

「ある程度はねぇ。で、どこまで進んでるん?…何これ?片栗粉?」

「おう。片栗と小麦粉溶かしてんだ」

「へぇ〜。カレーうどんのは、普通のカレー作んのと違うんだねぇ?レシピおせーてよ」

「ウチ方式ので良けりゃあ作りながら教えてやるよ。あ、もう良いぞキイチ?ありがとな」

「え?ぼくもまだ手伝うよ?」

「良いって。気にしねぇであっちで皆と休んでろ。もうしばらくかかるからよ」

アブクマに促されたイヌイは、結局しぶしぶとキッチンから出てくる。

まぁ、キッチンに居るのは恰幅の良い熊とジャイアントパンダだ。イヌイは小柄だが、三人はちょっと窮屈なのかもしれない。

ちょっと覗いてみる気になって、ぼくはキッチンのドアに歩み寄った。

思ったとおり、ボリュームのある二人が肩を並べていると、キッチンはやけに狭く見えた。

「片栗粉と小麦粉を湯に溶いてだな、ルーを崩し入れて煮込むんだ。こうしとくと、ちっと煮詰めただけですぐとろみがつく

からな。うどんに絡みやすくなんだよ」

「おぉ〜なるなる…。あ、肉と野菜炒めとく?」

「おう、頼むわ。最初は鶏肉とタマネギだけにしといてくれ。あ、タマネギはキイチが洗っといてくれたからよ。そこな?」

「りょうかぁ〜い。ニンジンかなり薄切りだねぇ、こっちだけ後にする?」

「だな、タマネギと鶏肉を軽く炒めた後ぐれぇで良いだろ」

「おっけぇ〜」

二人の間で交わされる言葉はテンポが良く、実に小気味良い。二人とも慣れてる感じがするなぁ…。

立ち尽くしたまま開いたドアに視線を注ぎ、鍋を掻き回しているアブクマの背中を眺めていると、

「なんて言うか…、一見、この中で最も料理できなそうな二人が料理得意なんだな…」

シゲが面白がっているように呟くのが聞こえた。

…同意はするが頷かないでおこう…。

眺めていても仕方ないので、ぼくもテーブルの傍に戻って腰を下ろす。

ウツノミヤにオシタリ、イヌイにシンジョウさん、そしてシゲとぼく。六人で他愛のないおしゃべりをしながら、出来上が

りを待つ。

…もっとも、オシタリが相変わらずほとんど喋らないけれど…。

寡黙で無愛想なシェパードは、ウツノミヤに何か言われて面倒臭そうに頷いたり、シンジョウさんに話を振られた時にぶっ

きらぼうに返事をするぐらいだ。

まぁ、それでもかなりの進歩だと思う。以前の彼なら、こうして皆と一緒にテーブルにつく事もしなかっただろうから。

何がきっかけで周りに打ち解け始めたのかははっきりしないものの、とても良い変化だと思う。

前のオシタリは昔のウシオ並にとっつき難かったからなぁ…。

「…なんすか、寮監…?」

彼の横顔を眺めながらそんな事を考えていたら、オシタリは不機嫌そうにこっちを見て口を開いた。

「いや、何でもない。シンジョウさんと親交があるとは知らなかったから、ちょっと意外に思っただけさ」

「…シンコウガアル…?」

眉根を寄せて呟いたオシタリに、

「親しいつきあいがある。って事だよ」

と、ウツノミヤが呆れたように肩を竦めて説明した。

「…別に親しいわけじゃねえよ。オレが一方的に世話になっただけだ」

「もう気にしないで良いのに」

「こう見えて結構律儀だからな」

オシタリが仏頂面をぼくに向けて応じると、シンジョウさんが呟き、ウツノミヤが頷く。

シゲとイヌイはその間に何やらボソボソと話していたが、小声だったから内容は判らない。

待つ事しばし、やがてカレーの香りがキッチンから流れ出て来た。

「悪ぃなぁ、もうちっとだけ待っててくれよ」

香りに気を取られて会話が途切れ途切れになると、キッチンから顔を覗かせたアブクマが声をかけて来た。

「匂いが強くなってきたら、なんか急に腹が減ってきましたね」

「だな。ん〜…、良い匂いだ…」

シゲとぼくが笑みを交わすと、シンジョウさんとイヌイ、ウツノミヤも頷いて同意する。

「顔はマズい割に、料理は美味ぇんだよな…」

ボソリと呟くシェパード。…オシタリよ…、それはあんまりな言い方じゃあなかろうか…?



「おまたせでぇ〜っす」

「悪ぃっす。結構かかっちまったなぁ」

ササハラさんとアブクマが口々にそう言いながら、四つずつ丼を乗せた大きなトレイをそれぞれ持って、やっとキッチンか

ら出て来た。

丼の種類がバラバラなのは、アブクマが所有している分だけでは足りず、ウツノミヤとオシタリ、シゲが自分の部屋から持

ち込んで間に合わせたからだ。

上に刻んだ長ネギが散らされたカレーうどんは、良い香りの湯気をあげて、ぼくらの食欲を刺激する。

「さあ、冷めねぇうちに食ってくれ」

「おかわりあるからねぇ?」

調理者二人に労いの言葉をかけたぼくらは、それぞれ頂きますを言って、さっそくうどんに箸をつける。

四角いテーブルには、まずぼく、その右隣にシゲ、左隣にササハラさん、向かいにシンジョウさんがついている。

そしてアブクマの勉強机にウツノミヤが、イヌイは自分のデスクに、それぞれ机に背を向ける形で椅子にかけ、こっちを向

いて丼を手にしていた。

アブクマはイヌイのすぐ傍の床に直接腰を下ろして、そのまた傍では、オシタリが同じように床にあぐらをかいている。

ウツノミヤとオシタリ、イヌイとアブクマの位置関係が、鏡に映したように対称になっているのがなんだか面白い。

短い時間、それぞれがうどんを啜る音が部屋に響き…、

『美味い!』

ぼくとシゲが同時に声を上げた。

「ほんと、美味しい…」

「…本当はきつねうどん派だが、カレーうどんも悪くないな…」

シンジョウさんが感心したように箸を止めて丼を覗き込み、ウツノミヤも頷いて同意する。

イヌイはやっぱり猫舌なのか、ハフハフ言いながらもうどんに夢中。…なんか可愛い…。

オシタリは熱いのも苦にならないのか、豪快にズルズルと麺を啜っている。

皆口数が少ないのは、あまりにもうどんが美味いからだろう。

ルーはとにかく濃厚で、うどんによくからまるし、具材は面積が広くなるよう薄く切られていて、麺と一緒に口に入りやすい。

「カレーが良くからんでんだろ?ユリカがかなり手間かけてうどんのぬめり取ったんだぜ?茹で加減も完璧だなこりゃ」

「うんにゃ、サツキのルーが良いんだよぉ。今度アタシもやってみるねぇ」

いつの間にファーストネームを呼び捨てにしあう程フレンドリーになったんだ?きみら…。

「ササハラは料理が得意なんだな?」

シゲがそう声をかけた途端、直前まで緩んだ笑みを浮かべていたパンダっ娘は、ピクンと耳を立てて背筋を伸ばした。

次いで体を縮めて何やらモジモジし始めると、

「い、いやそのぉ…、得意って言うか、何て言うか…、ひ、人並みですぅ…」

と、俯き加減でぼそぼそと応じる。

「謙遜しなくていいのにユリカ。普段からかなりやるじゃない?」

シンジョウさんがそう言うと、シゲは「へぇ」と声を漏らした。

「見た目によらず、結構女の子っぽい特技持っているんだなぁ」

見た…!?…シゲよ!お前はデリカシーという物を一体何処に置いてきたんだ!?

気を悪くしたんじゃないかと心配しながらチラリと視線を移すと…、

「い、いやぁ…、そんな上手い訳でも無いんでぇ…」

と、ササハラさんは照れ臭そうに笑いながらモジモジしていた。

シゲの悪気とデリカシーの無い一言は、どうやら彼女を傷つけはしなかったらしい。

…もっとも、今回に限ってはだが…。後で軽く注意しておかなくちゃいけないな…。

「じゃんじゃん食ってくれよな?ほら、主将もシゲさんも!時間も早ぇし、うどんは消化早ぇから、たっぷり食っとかねぇと

夜までに腹減っちまうっすよ?」

自らもズゾズゾうどんを啜りながら、アブクマが皆に声をかける。

…それにしても、アブクマはともかく、オシタリの食いっぷりもかなりの物だ。黙々と、飲み込むように食べている。

これまで食堂で同じテーブルについて食べる事が無かったから知らなかったな。

考えてみれば、結構筋肉質な体付きをしている訳だし、食欲旺盛なのも頷ける。

一方。意外と言ったら失礼だろうが、ササハラさんは行儀良く…、というよりも、どことなく硬さを感じるが…、とにかく

静かにチマチマと食べている。

…いや、箸が進んでいないと言った方が良いかもしれない。どうしたんだろう?あんなにカレーうどんを楽しみにしていたのに…。

「どうしたのユリカ?食欲無い?」

「え?うんにゃあ、いっつもどぉりだよぉ?」

「いつもって…」

シンジョウさんが首を傾げている様子を見るに、やっぱりと言うか何と言うか、普段通りじゃないんだろう。

もしかして、キッチンでずっとカレーの匂いを嗅いでいたから、それでお腹が一杯になってしまったんだろうか?

と、そのやりとりを聞いていた灰色の狼が、不思議そうに首を傾げて口を開いた。

「凄い食いそうな体してるのに、割と小食なのか。…あ、もしかしてダイエット中?」

シゲぇええええええええええええええええええっ!?何言ってくれてるんだお前ぇええええええっ!!!

去年の誕生日にはデリカシーをプレゼントするべきだったと後悔しながら、ぼくはササハラさんをチラリと盗み見る。

パンダっ娘は「あ、いえ…、そういう訳じゃ…」と、俯き加減でボソボソと呟いた。

アブクマ、オシタリは無反応だが、イヌイ、ウツノミヤはさすがに反応している。目がまん丸だ。

こ、ここはどうにかしてフォローしないと…!そうだ、話題を変えよう…!何か当たり障りの無い話は…?

ぼくが話題の切り替えを目論んでいる内に、狼がまた口を開いた。

「ちょっとばかり体型が気になっても、無理なダイエットとかはよした方が良いぞ?」

頼むからお前もう黙っててくれシゲぇええええええええええええええええええええっ!!!

女性への気遣いを持ち合わせていないこの狼を、無理矢理にでも強制退室させる事を本気で考え始めたその時、

「最近はモデルどころかタレントでも多いけれど、ダイエットしてガリガリに痩せてる子を見る度に思うんだよ。可哀相に、

体キツいだろうなぁって」

シゲはここまでの自分の発言がどれほどの物か気付いていないらしく、軽い調子で話している。

…一刻の猶予も無い、もう黙らせよう…。ぼくがそう決心した瞬間、シゲは言った。

「体鍛えるのとは違うんだしさ、何も見栄え優先で痩せなくたっていいじゃないかって」

…お…?ぼくがそろっと様子を窺うと、ササハラさんは少し顔を上げていた。

「良い事言うねぇシゲさん!だよなぁ、無理なダイエットは体に悪ぃよなぁ」

アブクマが何故か嬉しそうにウンウン頷く。

「ダイエットやめちゃうの?サツキ君…」

「や、やめねぇよ…。やめねぇからそんな目で見んなよ…」

即座にイヌイに切り込まれ、アブクマはボソボソと呟く。

「ははは!まぁ、減量が必要な場合は別だけどなぁアブクマ」

シゲにその気はなかったんだろうが、フォローになったらしい。

ササハラさんは少しの間、何かを考えている様子で黙り込んでいたが、

「でもまぁ、ぼくら運動部は体が資本だ。確かに見てくれ優先で体を壊しちゃいけないな」

ぼくがそう言い、「ごもっとも」とシゲも頷くと、やがてその顔に、ちょっと恥ずかしそうな緩んだ笑みを浮かべた。

そして彼女は再びうどんを食べ始める。今度はさっきよりも少し早いペースで。

…やっぱり、ハンサムなシゲを前にして妙な緊張をしていたんだろうな。

ちなみに、緊張しているのはぼくも一緒だ。

ぼくは女子と一緒に過ごす事は少ない。この空気に不慣れな上に、シゲのおかげで無駄にハラハラさせられたせいで…。

「おかわり居ねぇか?一緒によそって来んぞ?」

いち早く食べ終えたアブクマがそう声をかけると、ずぞ〜っと汁を啜り込んだオシタリが、大きな熊に丼を突き出した。

「おかわり」

「おう」

「大盛り」

「判ってるって」

オシタリが言葉短く催促すると、丼を受け取ったアブクマは腰を浮かせた。

「二人とも健啖家だなぁ…」

「まったくで。惚れ惚れするような食いっぷりですね」

ぼくとシゲが笑いあうと、ササハラさんは耳をピクリと動かし、さらに早いペースでうどんを食べ始め、あっという間に平

らげてしまった。

「まぁだまだいっぱいありますからねぇっ?ミサトもおかわりどぉ?」

「あ、私はたぶんこれ一杯でたくさんよ。ユリカこそ働いたんだから、たくさん食べたら?」

元の調子に戻ったササハラさんとシンジョウさんが言葉を交わすと、シゲも頷いていた。

「そうそう。功労者はたくさん食べて、元を取って貰わないとな」

それを聞いたササハラさんは、ちょっと嬉しそうに耳を倒し、「えへへぇ〜…」と笑いながら空の丼を片手に立ち上がる。

「センパイ方、おかわりどぉですか?」

「あ。んじゃあおれも貰うかな」

シゲが汁だけになった丼を差し出すと、パンダっ娘は笑みを浮かべて「はいっ!」と返事をし、ちょうど出てきたアブクマ

と入れ替わりにキッチンに入って行く。

「功労者じゃないんだから、少し遠慮したらどうだオシタリ?」

「ふん…!」

ウツノミヤがチクリと刺し、不機嫌そうに鼻を鳴らしたオシタリがアブクマから丼を受け取る。

良いなぁ、こういうの…。食堂で寮の皆と食べるのともまた違う、にぎやかで楽しい夕食だ。

楽しい食事は続けられた。とりとめもない物や他愛のない物ばかりだが、話題はいつまでも尽きることがなく、ぼくらは食

べ、談笑し続けた。

そして、時間はあっという間に過ぎ、時計の針が午後六時五十分を示した。

「いけない…。もうこんな時間?」

「んぁ〜!?ヤバぁい!まだ食器洗ってないよぉっ!」

シンジョウさんが呟くと、デザートのリンゴをシャクシャク食べていたササハラさんが、ビックリしたように声を上げて腰

を浮かせる。

「洗い物ぐれぇ気にすんな。丼とリンゴの皿だけだからな。ちゃちゃっと済むしよ」

アブクマが笑いながら言うと、ササハラさんは「ん〜…、ごめんねぇ?」と、頭を掻きながら眉尻を下げる。

「そうそう。洗うだけなら野郎だけでも十分。おれも手伝うぞアブクマ」

そんなシゲの言葉が意外だったのか、女子二名はきょとんとした顔で狼を見つめた。

「あれ?意外だったかい?男子とはいえ寮住まいなんだ。食器洗いぐらいはするさ」

ぼくがそう言うと、今度は一年生男子三名から『え?』と声が上がった。

「寮監も洗い物をなさるんですか?」

「え?シゲ先輩も?」

「…やってねぇぞオレら…」

皆の視線を浴びながら、狐と猫とシェパードが口々に言う。

「それはそうだろう?もう丸二年以上も寮住まいなんだ。手の込んだ料理はしなくとも、インスタント食品ぐらいは作る。食

器は使うさ。…と言うより三人とも、寮食が休みの時なんかに食器を使わないのか?全部外食?」

ぼくの問いを受けて、イヌイは耳を伏せて、小柄な体をなお小さくした。

「…じ、実は…、掃除から洗濯からご飯の支度から…、みんなサツキ君がやってくれるから…、僕は全然…」

「俺、結構得意なんすよそういうの。似合わねぇっすよね?」

口ごもるイヌイの後を引き取ったアブクマが、口の端を少し上げて笑う。

あぁ、なるほど。ぼくとウシオと同じで、片方が専門にやるペアか。

…しかし、イヌイがアブクマに任せっきりとは、ちょっと意外だ…。

「ボクとオシタリはハンニバルがメインです。あとはブーちゃんが自分達の分と一緒に作ってくれるから、自分達で調理をす

る事は皆無ですね…」

「へ?何?何でこのグループのオカンみたいな事になっているんだアブクマ?」

思わずそう尋ねると、大きな熊はさも当然といった様子でこう答えた。

「協同生活っすからね。得意なヤツが得意な事をやんのは当たり前だろ?」

…立派だ…。見上げた物だよアブクマ…。

「キイチとウッチーは俺達の勉強見てくれてるし、オシタリにゃあでけぇ借りがあるしな。役割分担だよ」

「役割分担だそうだ、オシタリ」

「イヌイの買い出しに付き合ってるじゃねぇか…」

意地悪くニヤリと笑ったウツノミヤに、オシタリは不機嫌そうに応じた。

「…さて、名残惜しいが時間だ。定刻を過ぎたら入れなくなるから、忘れ物のないように。大丈夫かい?」

ぼくが声をかけると、シンジョウさんとササハラさんは荷物を手に腰を上げた。

「良いっすよシゲさん。洗い物は俺らでやれるからよ。ほれ、主将と一緒に見送りでもしてきちゃどうっすか?」

皿をまとめ始めたシゲに、アブクマはそう言って見送りを促した。

「そうそう…。女性二人だけで夜道を歩かせるのもちょっと…。玄関までと言わず、寮まで送ってあげたらいかがでしょうか

寮監?」

ウツノミヤが実に彼らしい提案をする。こういう細やかな気配りを、シゲとウシオにも身につけて貰いたい…。

「だ、大丈夫だよぉ!すぐ近くだし…」

「ええ。平気よウツノミヤ君。それにまだ七時だもの」

ササハラさんとシンジョウさんが遠慮する。が…、

「近いとは言っても、もう真っ暗だ。ウツノミヤの言うとおりだな」

ウツノミヤの勧めに従い、ぼくとシゲは女子二人を彼女達の寮まで送ることにした。そこで、

「オレも行って来る…」

運ぼうとしていた食器をウツノミヤに押し付けながら、オシタリがぼそっと言う。

「なかなかの忠犬ぶりじゃないかオシタリ」

「うるせぇ…!皿洗いやりたくねぇだけだ…」

ウツノミヤがからかうように言うと、シェパードは鼻面に小皺を寄せ、威嚇するようにルームメイトを睨んだ。

なんだかんだ言って、随分仲が良くなったなぁこの二人…。

「片付けは気にしないで下さいね?三人でも手が余るぐらいですから。それじゃあ行ってらっしゃ…」

にこやかに言いかけたイヌイは、何かに気付いたように目を丸くし、それからプッと吹き出した。

「どうしたんだイヌイ?」

シゲが首を傾げるとイヌイは笑いを押し殺して応じた。

「いえ…!送り狼…!」

全員の視線が集中し、首を傾げたままのシゲは、自分の顔を指差しながらキョトンとする。

「ぬははははっ!そういやそうだ!」

「はははっ!大丈夫、この通り送りシェパードもついて来るから、こわ〜い狼さんも滅多な事はできないって!」

シゲが笑いながらオシタリの肩を叩き、シェパードは不機嫌そうに顔を顰める。

「あ、それとも襲って欲しい?」

「こらシゲ、調子に乗るな!」

「はははっ!済みません!」

ぼくにたしなめられた狼が、機嫌良さそうに笑ってドアを開けた。



「わざわざ送って頂いて、有り難う御座います…」

「ど、どもですぅ…」

女子寮の門の前で、女子達は深々と頭を下げた。

ちょうど帰って来た女子の一団が、シゲに気付いて立ち止まり、熱い視線を投げて寄越しているが、狼は意にも介さない。

…というより気付いていないっぽい…。

「いやいや、どうって事無いさ」

「そうそう。美味いうどんのお礼としちゃ、安いもんだったよ」

ぼくとシゲが応じる。寡黙なオシタリは相変わらず無言のままだ。

「それじゃあおやすみ。シンジョウさん、ササハラさん」

「おやすみ、ごちそーさん!良かったら、今度また一緒に飯食おうな?」

「は、はははいっ!おやすみなさいです!」

「おやすみなさい先輩方、オシタリ君」

「…おう…」

それぞれ別れの言葉を交わし、ぼくらは女子達の見送りを受けながら帰路についた。

先ほど帰って来た女子の一団の居た方から、写メの音が響いている。

撮られてるぞシゲ?…って気にしてない。っていうか気付いてないか…。

「面白い女子ですね、あの二人」

シゲが楽しげな口調で呟いた。

「女子と顔をあわせれば、やれ彼女は居るのか?とか、恋愛経験は?とか、ご趣味は?とか、そんなんばっかり訊かれるもん

だけれど、あの二人はそれがない。煩わしく無くて良いですね」

「シンジョウさんは結構質問していたようだったが…」

「ああ。ホント面白いなぁ彼女」

シゲは心底楽しげに含み笑いを漏らす。

「部活…、ボートについての質問ですよ。いずれ自分も取材に行く事になるかもしれないってね、ボートの事を詳しく知りた

がってたんです。はは!クールぶった口調の割に、燃えるような目ぇしちゃってさ。文化部だけれども、ああいう熱い子も居

るもんなんですねぇ」

…なるほど…。シゲにしてみれば、自分の容姿に惹かれて接近してくる女子より、部活の事でアレコレ訊く女子の方が対応

しやすいのか…。

まぁ、色恋沙汰に興味が無いシゲからすれば、打ち込んでいる部活について話をする方が楽しいんだろう。

「…ん?どうしたオシタリ?」

シゲが首を巡らせて声を発したので、ぼくも振り向く。

後ろを歩いていたオシタリが、帰り道から逸れる方向の路地に向かっていた。

「…コンビニ…。イヌイにノートと消しゴム頼まれてんだよ…」

足も止めず、半面だけ顔を向けて応じるシェパード。…本当に共同生活してるなぁ…。

ぼくとシゲは顔を見合わせて小さく笑い、せっかくだからオシタリに付き合ってコンビニに寄って帰る事にした。

ついでに、留守番部隊に飲み物でも買って帰ってやろうかな…。