第二十二話 「諸々改善」

「映画やアニメになったら、便乗して色々商品が出るのは常だけれど…」

新発売とのプラカードが掲げられたラックに並ぶ、トレーディングカードの一群を見つめて、ボクは唸った。

「…まさか、トレーディングカードゲームが出ているとは…」

実写映画化された桜和居成の小説、エフェクトデリバリー。これのトレーディングカードゲームを、訪れた大型書店でたま

たま見かけたんだが…。

本屋だろ?本を売れ。ますます文庫本のスペースが狭くなるじゃないか。…いや、実写映画化に際してカバーが新しくなっ

た新装版原作小説も置いてあるから、販売促進PRになっているのか?

複雑な思いを抱えて唸るボクの横で、太った狐が小さく首を傾げる。

ノゾムもまた原作を読んでいるそうで、映画も見に行ったそうだが…。

「これ、イラストがちょっと違う?小説の挿絵描いてるひと以外の絵もあるんじゃ…」

ノゾムが言うとおり、ボックスには少々既存イメージと違うイラストが描かれたカードが何枚かプリントされている。

…映画もそうだったが、原作の挿絵イメージが脳みそにこびり付いているせいか、見慣れない絵柄で描かれると結構違和感

があるな…。

「買ってみる?」

ノゾムがポツリと言う。

「…本気か?」

「ちょっと興味あるし、暇潰しにもなるんじゃないかな?」

ノゾムの言葉を熟考し、ボクは少々悩みながら顎に手を当てた。

ノゾムはテレビゲームなんかもやるらしいが、もっぱらオンラインのゲームだそうだ。暇潰しにやるにも多人数で遊ぶよう

なゲームは持っていないし、そもそもボク自身そういった物にあまり興味が無い。

居候を始めて一週間、会話に困るような事は初期を除けば無かったが…、気分転換にこういうのも良いか。

ボクが「物は試し、かな?」と言うと、ぽってりした手が二種類あるスターターボックスという商品を一つずつ掴み、さら

に何枚かカードがランダムで入っているらしいブースターパックとか言う物を、箱で丸々一つ取る。

「お、おいノゾム?そんなに纏めて買わなくたって…」

「でも、後で買い足しに来るのも面倒でしょ?」

この一週間、親の財産をボクの為に切り崩すつもりで金遣いが荒くなっているらしいノゾムは、躊躇いなくそれらをレジに

持って行った。…大人買いってヤツか…。

冷房が効いた店内を出ると、待ちかまえていたようにカッと照り付ける太陽が、強烈な日差しを投げ落として来た。

被毛を焼くような夏真っ盛りの直射日光。歩き出して少ししたら、ノゾムは早くも「あつい…あつい…」と、覇気に欠けま

くった声で譫言のように繰り返し始める。

やめろソレ。言われるとこっちまで暑くなる…。

「この猛暑五日ぐらい続くって…」

考えなければいいのに、週間予報を調べていたノゾムが無気力に呟く。

やめろソレ。教えられたらこっちまで元気が無くなる…。



バスを利用してマンションに帰り着いた頃には、ノゾムは既に汗でぐっしょりだった。

シャワーを浴びると言いだしたので、少し汗ばんでいたボクも、ノゾムのトレーニングを兼ねて同伴する。

男のモノを見ると条件反射でピコンッ!するノゾムの癖はなかなか治らない。そもそも一週間程度じゃ目に見えた効果なん

て出ないのかもしれないが…。

毎晩一緒に風呂に入っているものの、飽きもせずピコンッ!を繰り返している。

そして今も、ノゾムのアソコは元気にピコンッ!している。

一応一日三回のオナニータイムを確保してやるべく、散歩に行ったり無目的にコンビニに行ったりしているんだが…、それ

で処理してもなおピコンッ!している。

三回抜いてもなお、ボクの裸を見るたびにピコンピコンする、恐るべきノゾムリビドー。精力だけはやたらと男らしいと言

えるかもしれない。…ひょっとして栄養取り過ぎなんじゃないのか?他の事にエネルギーを使えば、欲求も収まるかもしれな

いが…、ちょっと考えてみるか。

恥ずかしそうにしながらも、丸々肥えた体に冷水を注ぎかけて汗を落とすノゾムは気持ちよさそうだった。

「本当に、すっかり暑さに弱くなったんだな?昔はそうでもなかったろう?」

「子供の頃は違うよ。今でもまぁ大人じゃないけど…。ミツルもそうだったんじゃない?子供の頃は真夏の暑さもそんなに苦

にしないで、外で遊び回っていたんじゃ…?」

「言われてみればそうかな…。うわ!」

ノゾムがシャワーを持ち直した際に足に冷水がかかり、急に太腿を湿らされたボクは声を上げる。

「あ、ごめん!…でもまぁ、ぼくの暑がりは太ってからかも?何て言うか…、汗が引かなくなった感じがする。体温が逃げて

行かない感じ」

「脂肪が分厚いせいだろうな。熱が内側に籠もってしまうんだろう」

ボクが背後から両脇腹の肉を摘んでやったら、ノゾムは「ひゃわっ!」と甲高い声を発した。

「く、くすぐったいよミツル!」

「これもトレーニングだ。ほれ、ムニュムニュ…」

「やっ!やめっ!はっ!はひひっ!んふひひっ!やめてー!」

身悶えする餅狐をモチモチし、笑い声を上げさせる。浴室に篭もって反響するその声は、嫌がりながらも楽しげだ。

「この脂肪の厚みなら、熱が籠もるのも仕方ないなぁ。ボクが居る内に少し痩せて貰おうか」

「ん〜…。確かに太ったのは大きいだろうけど…、痩せられるかなぁ?」

ノゾムの言葉を受けて、ボクは寮のお隣さん達の事を考える。

イヌイが計画を立てる減量計画は「血も涙もない物」とは、アブクマの弁。確かに見ていてしんどそうではある。あれはあ

の大熊の体力があるから何とか耐えられる代物だろうし、ノゾムのダイエットに用いるのは無理だろう。

何せノゾムは腕力もスタミナも無い。獣人の高校生として平均よりやや下の水準にあるボクと比較してもなお運動性能が悪

い。たぶん運動が苦手な人間男子並だ。あのハードなメニューを実行できるとはとても思えない…。

「ちょっとずつで良いさ。無理しない程度にな。ただでさえ夏は熱中症とか夏ばてとか体調不良になり易いんだから、間食を

減らすとか、ソフトなダイエットに留めたりして…」

ボクがそう提案すると、ノゾムは振り返って微笑んだ。

「ミツルは優しいね」

…いや、決して優しくは無い。お前にだけ特別、気を遣っているだけだよ…。

答えに窮していると、前に顔を戻したノゾムはため息をついた。

「特技が特技なのに、暑いのが苦手っていうのもどうなんだかなぁ…」

「特技?」

反射的に訊ねたボクに、ノゾムはちょっと慌てたように「あ!こっちの話!」と、顔も向けずに応じる。肩がビクッと跳ね

ていた。

…ああ、料理か。確かに火を使うから、暑さに弱いのはマイナスなのかもしれないな。ブーちゃんもそうだろう。

だが、ササハラはどうしてあの体でも暑さに強いんだ?ボクやオシタリ以上に暑さも平気らしいが…。

アレか?女の子は冷え性だからとか何とか、そういう事か?…あんなナリしていても一応女子だからな…。あれほどスカー

トが似合わない女子も珍しいが…。

今ではノゾムも随分ボクに気を許して、ボクが出て行くんじゃないか?なんて怯えるような表情は見せなくなった。

昔のようにとはいかないが、それなりに、ボクらは上手くやって行けていると思う。



シャワーを浴びて汗を落とし、体を冷やし、冷房が効いた部屋に戻ったボクらは、ジュースを飲みながら早速カードゲーム

のセットを開封した。

ルールはやや煩雑だが、クレバーなボクとノゾムには苦にならないレベルだった。

説明書を一通り読み終えてルールを覚えたら、早速遊んでみる事にした。ブースターとやらは開封せず、まずはスターター

に入っていたカードだけで。

買ってきたスターターボックス二種は、それぞれ違うカードが入っているらしい。

ボクの手元にあるのはデリバリーズパッケージ…つまり主役側のキャラクターなどが集められたボックス。

ノゾムが開けたのはフォールズパッケージ…作中の敵側キャラを中心に集められたボックスだった。

手順としては、ベース…つまり基地や拠点、乗り物などが描かれたカードを展開して、コストを確保。

その後にコストを支払って、キャラクターを場に出して行く。それぞれが攻撃値、防御値を持ち、特殊な効果を持つこのキャ

ラクターカードはゲームの要だ。

キャラクターが出たら攻撃と守備だ。この召還と攻撃を交代で行う。

各キャラクターは異本的に1ターンに一回しか動かせないので、強いキャラクターを攻撃に参加させずに守備に残しておく

のもアリらしい。

プレイヤーには10点のライフが設定されていて、キャラクターが守備できない状態か、あるいは特殊な効果を持つキャラ

クターで守備を突破すれば、キャラクター一人の攻撃一回につき一点だけこれを削れる。そうしてお互いのライフを削って行

き、先にゼロになった方が負け。

ボクは手札にあるレモンイエローの飛行艇を場に出して、ノゾムはホテルのようなカードを出して、それぞれコスト確保を

行う。

ノゾムは手札に無いのか、それともコストが足りないのか、キャラクターを出さない。

ボクの方も場には誰も出ていないが…、手札には良さそうなカードが来ている。

静かな立ち上がりを経てボクが最初に場に出したのは、

「鉄色の虎を召還だ」

なんとこの物語の主役のカードだ。

「わ」

ノゾムの目が丸くなる。が、まだ終わりじゃない。

このゲームには召還待機というルールがあり、本来なら場に出したカードは次のターンからしか動かせないが、このキャラ

クターはそのルールを無視して、出たその時点から行動できる特殊効果、「尻が軽い」を持っている。

主役だけあって様々な特殊効果を所持している。これは初っぱなから圧勝か?

「プレイヤーへのダイレクトアタックだ」

ノゾムのライフを直接削る…。ゲーム用語でその事を宣言したら、なんだかちょっと上級者気分だ。

ところが、ノゾムは慌てず騒がずコストを捻り出して、手札を一枚出す。

「イベントカード、「ガス欠」を使うね」

ノゾムが提示したカードを見ると…、「属性デリバリーズを持つキャラクターを行動終了にする」と書いてあった。

…鉄色の虎は…、属性がデリバリーズ、システムサイド、ノーマルスペックとなっている。…攻撃は妨害された。ちょっと

悔しい…。

次のターンでノゾムが出したのはワニ…鼻が長いガビアルという種のキャラクターカードだ。…地味なトコ持ってきたな…。

しかしこのキャラクターは攻撃値、防御値共に鉄色の虎には及ばない。…ふふん!敵じゃないな!

次のターン、ボクは桃色の豚を召還しつつ、鉄色の虎で攻撃宣言!…が、

「イベントカード、「マインドジャック」を使うね」

またノゾムが提示したカードを見ると…、「相手の支配下にある属性ノーマルスペックを持つキャラクターを一ターンだけ

自分の手駒として動かす。この際に召還待機は解除される」と書いてあった。

「桃色の豚で防御するよ」

同士討ちだとっ!?ボクが呼んだばかりのキャラクターは、哀れにも仲間である鉄色の虎によってセメタリー…つまり使用

済みカード置き場送りに…。

ぐぬぬ!ゲームとはいえ、ノゾムの手はなかなかえげつない!

次いでノゾムが召還したのはハイエナのキャラクター。…またマイナー所だ。

ノゾムはガビアルで攻撃を宣言する。ボクの陣営では仲間をセメタリーに送り込んだ鉄色の虎が一仕事終えた顔で一服して

いるから、守護者無しでダイレクトアタックを貰う…。先制点はノゾムだった。

…おかしい…。

出鼻をくじかれる形であしらわれる事二回、ボクは程なくそう思い始めた。

おかしいぞこれ?強いキャラクターのはずなのに…、主役のはずなのに…、ちっとも活躍しないじゃないか鉄色の虎!

次いで召還した癒しの猪が、場に出た際の自動効果で桃色の豚をセメタリーから引き戻す。が…、

「審判の黒獅子を召還」

…ノゾムが大物を呼び出した…。

「アタック」

「く…、ブロック…!」

役目を終えたかのように早速散華する猪。…やばい。作中でも強者の部類に入るコイツは、このゲームでもタイマンなら鉄

色の虎より強い。一回に一人ずつ生け贄に差し出さないと止められない!

何か良いの来ないか?強いヤツとか特殊な効果が凄いヤツとか…。

焦るボクは、引き当てたカードを見てニヤッとした。

「疾風の狼を召還!支援効果「息ピッタリ」で、鉄色の虎、桃色の豚ともども能力強化だ!」

チームメイトである虎と狼は、支援し合う効果を持っていた。これで二人とも攻撃値がアップ!さらに狼は桃色の豚とも「

息ピッタリ」が圧道するから、狼に限っては効果が二重に現れる!

これで狼は獅子と互角!さらに手札にはイベントカード「除幕」がある!1ターンだけだが狼をさらに強化でき…、あれ?

虎がやっぱりイマイチだ。主役なのに…。手札には鉄色の虎をパワーアップさせるイベントカード「発砲許可」があるが…、

これは条件を満たさないと使用できない。今場に出ている面子とは別のキャラクターが必要だ。何という面倒くさい仕様…!

まぁとにかく、これでノゾムも下手に動けないだろう。支援を受けた虎と豚で早速アタック!ガビアルとハイエナをセメタ

リーへ!よぉし楽しくなって来た!

やや旗色が悪くなったノゾムは、顔を顰めながらカードを引き…、

「白い雌牛を召還」

…嫌な予感がする。

「支援効果「つがい」で、獅子と雌牛はパワーアップだね。さらに黒獅子の支援効果「リーダーシップ」で、雌牛はもう一段

階パワーアップ」

…予感的中…。

「さらに雌牛の自動効果。「このキャラクターが場に出た際、手札に属性フォールズ、ネイティブの二つを持つキャラクター

が居れば、ノーコストで場に出す事ができる」と…」

…まだ嫌な予感がしている…。

「じゃあ、心壊の鯱を召還。黒獅子の特殊効果「リーダーシップ」で、鯱もパワーアップ」

…またしても予感的中…。

青白い巨漢の鯱が描かれたカードが場に出て、ノゾムの陣容は褌三人衆がそろい踏み、しかも強化されているという絶望的

景観になった…。

「黒獅子でアタック」

「く…!通す!」

今はうかつに手駒を失えない!また削られるボクのライフ…!くそっ!強いじゃないか黒獅子!

危機感が募る中でボクが引いたのは、

「キターッ!」

思わず声を裏返したボクは、ノゾムが顔色を変えた事で口を塞ぐ。…まずい。良いカードが来た事を悟られてしまった…。

だがまぁ、出してしまえばこっちのもの!よしよし、逆転できそうだぞ!

コストが高いからこのターンは出せないが、ベースを設置して…、

「狼でアタック!」

「雌牛でブロック」

二段階パワーアップしている狼も雌牛にブロックされると相打ちだが、ここでイベントカード!

「「除幕」を使用!」

「あっ!」

ノゾムの顔色が悪くなる。1ターン限定でパワーアップした狼には「除幕対応」の特殊効果!能力値が二倍にドーピング!

もっと使いどころはありそうだが、ここで頭数を減らしておかないとどうなるか判ったもんじゃないからな。

狼が一方的にボコる形で雌牛はセメタリーへっ!グッド!なかなか面白いゲームだ!

「じゃあ、黒獅子の自動効果発動だね。「意趣返し」」

…へ?

ノゾムが示した黒獅子のカードには、つがいとなるキャラクターが倒れた時に発動する特殊効果が記されていた。…見落と

していた!何この極悪な能力!?

「効果は…、「相手の陣営に居るキャラクターの中で、強化分を含めて最も能力値合計が低いキャラクターを一体破壊する。

ただし黒獅子の能力値合計以下でなければならない」だって」

…桃色の豚、本日二度目のセメタリー…。あっちも黒獅子の強化が一段階削れたが、こっちも一段階弱体化した!良い事が

無い!

ま、まぁいい。引いたばかりのこのキャラクターを出せれば、戦況は一変する!

原作でもかなり強力な部類に入るこのキャラクターは、ゾクゾクするほどの能力値だ。

何せ鉄色の虎二人分!しかもおまけで鉄色の虎が強化され、イベントカードでさらなるパワーアップも可能!

いや、イベントカードももう必要無いかもな、このキャラクターと狼だけで押し切れる!…あれ?主人公なのに…、鉄色の

虎…。

「黒獅子で攻撃」

「く!スルー!」

また削られるボクのライフ…。鯱は虎と相打ちになるからか、攻めて来なかった。

「続いて心壊の鯱の特殊効果…、「ベース破壊」。ウニウニ」

「ウニィッ!?」

鯱が行動終了になる代わりに、ボクの陣営からレモンイエローの飛行艇が取り除かれる。…原作通りに黒い棘でハリネズミ

…いや、ウニにされて…。

「くそっ!だが見てろよ?このターンで逆転して…」

カードを一枚引き、ベースを増設したボクは、そこでやっと気付いた。

…はっ!?し、しまった!今ベース破壊されたから、コストが足りなくて切り札が出せない!1ターンお預けか?

いや待て。毎回あの能力でベースを破壊されたら…?

…切り札が、死に札になった瞬間だった…。

一発逆転にもなるレモンイエローの獅子を手札に残したまま、ボクは狼と虎でアタック。二点のライフを削れたが、先を考

えると気が重い…。

続くノゾムのターンでベースが一つ増えて、コストを払って…、ん?

「えぇと、追加コストでキャラクター二体をセメタリーへ、か…。鯱と黒獅子をセメタリーに」

え?追加コスト?何だそれ?どんなの出す気だ?

「大いなる敵対者を召還」

「キターッ!!!」

ボクは頭を抱えて仰け反った。…これもまたノゾムお気に入り…、作中最強クラスのキャラクター、赤いコートを纏う巨漢

の白熊が満を持して登場…。

「自動効果「根源的畏怖」。「大いなる敵対者が場に存在している限り、属性フォールズ、オーバースペック、ザバーニーヤ

のいずれかを持たないキャラクターは攻撃値をマイナス1で計算する」」

最悪だ!鉄色の虎がますます役立たずに!…主人公なのに…。

「凄いねこれ?効果てんこ盛り!「深紅のカリスマ」…属性にフォールズとフリーダムが入ってるキャラへの支援効果だって。

行動終了してると使えないけど、イベントカードと発動型特殊効果への封殺能力「分解吸収」もある!しかも能力値が半端じゃ

ない!」

黒獅子も大概だが、どんな反則カードだよ!「除幕」使うんじゃなかった!

…そしてその後は、原作のパワーバランス通りにゲームは展開し、狼と虎は北極熊に蹴散らされた…。

「負けた…」

「勝ったー」

結局白熊に大暴れされて敗北し、がっくり来てから、ぼくはふとある事を考えてデッキを確認する。

…無い。やっぱり無い。このデッキには、あの白熊と対になる強力なキャラクターが入っていない!一番強いのはポッチャ

リライオンだ!

「こっちも白猫が入ってないよ。当然ブースターにしか入っていないカードもあるんだろうね」

「それにしたって…、何でそっちにはフォールドサイドのトップ3が全員入ってるんだよ…」

「さあ?…ところで、原作でどっち付かずな立ち位置のキャラクターって、属性どうなるんだろうね?」

「ああ、慈悲深き反逆者とか?…そう言えば白猫もそうか。…フォールズ?かな?それともシステム?」

「白猫はフォールズっぽい?」

「…ちょっと気になるな…。このゲームではどう判断されるんだか…」

ノゾムの陣営に出しっぱなしになっている白熊のカードを確認すると、キャラクター固有への支援効果は無さそうだった。

となると白猫と白熊は支援し合う関係には無いって事か?…意味深…。

「ネットで調べてみる?」

「…だな。ちょっと興味ある」

最初は全然乗り気じゃ無かったんだが、いつの間にか興味が膨らんでいた。

ノゾムが立ち上げたパソコンを、太った背中越しに眺める。

公式サイトには完全なリストが載っていなかった。全140種と書いてあるが、その中でシークレット扱いのカードが結構

多く、歯抜けになっている。

ノゾムは諦めずに検索を続行し、カードの解説がナンバー順に並べてあるサイトを見付けた。カードの写真は無いが、まぁ

仕方ない。

「あった。白猫は…、属性オーバースペックのみ。慈悲深き反逆者はフォールズでシステムサイドでオーバースペック」

「ちょっと納得だな…」

「ブースターパック開けて、デッキ調整してみる?」

「そうだな…」

ボクは一考してから、ある事を思いついた。

「今度はデッキを交換してやってみないか?慣れるまでちょっとそのままやってみよう」

キャラクター、ベース、その他のカードの配分とかが判らないままデッキを弄ってしまうのは少し怖かった。バランスが滅

茶苦茶になりそうで。だから慣れるのが先決かも知れないと言ったら、ノゾムは「それもそうかも」と同意してくれた。

かくして、第二ラウンドが始まった。



そして、第二ラウンドが終わった…。

「イベントカード「発砲許可」。鉄色の虎の特殊効果「ブラスト」を使用。虎と獅子でアタックね」

「…くそっ…。どっちを止めても負けだ…。強いじゃないか…、主人公…」

圧倒的敗北…!ボクは凹みながら呟く。

「だねぇ。凄いねぇ」

気分良さそうなノゾム。…こいつ…、戦い方がえげつない…!

「…もしかしてノゾム、他のカードゲームとかやった事あるのか?」

この問いにノゾムはこっくり頷く。…なるほど、これは経験の差かな…。

ボクはさらなる対戦を打診した。負けっ放しで悔しいというのもあるが、ノゾムが楽しそうなのもあるし、そこそこ面白い

から、二戦やっても飽きが来ない。

「じゃあ今度はデッキに手を入れてからやってみようよ?」

ノゾムの提案に従い、ボクはブースターパックを手に取る。

一回に全部開けてしまうのは面白くないから、一戦につき1パックずつ開けて、デッキを調整して行く方針を取るそうだ。

まぁ、徐々に変えていくなら、初心者のボクもそんなにバランスを崩さないでやれるかもしれない。

「…今度は負けないからな…」

気合いを入れてパッケージを破っているボクは、しかしこの後五連敗する羽目になるとは思いもしなかった…。



夕刻、一人になったボクは、唸りながら脳みそを捻りデッキ調整を試みていた。…ノゾムにちっとも勝てない…。

しかし、トレーディングカードゲームなんて頭の何処かで子供だましの入れ食い商法だと思っていたのに、まさかここまで

ムキになるとは…。

結局ブースターパックを半分ずつ分け合う形になったボクらは、最初に使ったスターターデッキをカスタムして行く方向で

遊び続けた。

対戦を重ねて慣れはしたが、未だにデッキ内のカード配分に苦労している。

キャラクターカードやイベントカードに偏り過ぎるとまともにプレイできなくなるし、逆にベースを多くし過ぎても攻め手

に困る事になる。

何よりキャラクターは出せば良いって物でも無いらしい。組み合わせや相性、場合によっては出す順番も重要だ。

…子供のおもちゃだと決めつけていたが、奥深いなぁ…。まぁ、全く興味がない物が題材になったゲームだったら、ここま

でムキにはならなかっただろうが…。

「良さそうなカードは…、入っていたんだけどな…」

強力だがコストも強烈なキャラクターカード、絶対矛盾を顔の前に翳し、ボクはため息をつく。カードの中、灰色熊は素知

らぬ顔で明後日の方向を見ている。

灰は灰に、塵は塵に、負ける時は負ける物です。

…悟ったような顔でそんな事でも言ってそうだが…、やる気出せ。せめて一勝させてくれ。

現在の時刻は午後六時半。ボクを散々負かした餅狐は外出中だ。

料理の学校は夏休みらしいが、どうやらドウカさんに個人レッスンをして貰っているらしく、ノゾムは週に二回のペースで

夕方に出かける。

ノゾムがお世話になっている事だし、ついて行ってご挨拶したいところだが…、ボクが行っても邪魔になるしな。またプラ

イベートで会える機会を待とう。

今頃ノゾムはエプロン姿で、ドウカさんに手取り足取り調理テクニックを教わっているんだろうか…。

調理場みたいな所に立つ二人の姿が思い浮かんだら、何故か自然と笑みが零れて来た。

ドウカさんはきっとあの通りなんだろうけれど、ノゾムはドギマギしながら口数少なく指導を受けているんだろうな…。

ドウカさんは男らしい感じがするし、ノゾムの恋は一筋縄では行かないだろう。

でも、上手く行くように心から願っている。

あんなナリをしていながら、ブーちゃんだってイヌイと付き合っているんだ。上手く行く可能性がゼロとは言えないだろう?

ボクが言えた事じゃないが、ノゾムはあまり幸せじゃない。だからせめて、支えてくれる誰かと、手を引いてくれる誰かと、

幸せにしてくれる誰かと、一緒になれれば良いな…。

そんな事を考えていたボクは、カードを並べていた自分の手が止まっている事に気付き、苦笑した。

…どうしたんだろうな、ボクは…。こんな事案じたり願ったりするなんて、柄でもない…。

「さて、飯はどうしようか?」

デッキ改造を中断し、声に出して気持ちを切り換え、ボクは立ち上がる。

冷蔵庫には冷凍食品が沢山入っている。グラタンとかカルボナーラとか、カロリーが高そうな品ばかり。

本当はもうちょっとあっさりした物が食いたいが、微力ながら、あれらを処理して早速ノゾムのダイエットに協力しよう。

ボクは宇都宮充。クールでスマートでスタイリッシュな狐。伊達眼鏡が知的な顔立ちを引き立たせている。

そんなボクがレンジでカルボナーラを温めながら思った事は…、ノゾムのペースに引きずり込まれて、ボクまで肥えてしま

わないように気を付けなければいけないな…、という事だった。

ミイラ取りがミイラになる。という言葉があるが、…もっちりはしたくない…。