第二十四話 「おいてけぼりな話」
もう、七年になるんだな…。
雷龍の国。…って、知っているか?
そうか。名前くらいしか知らないよな、普通は。
そこは文化圏の境目にある、小さな、平和な、長閑な国だ。
この国とも関係は友好なんだぞ?
…ああ。それでもあまり知られていない。大きな国でも、派手な国でも、押しつけがましい国でもないからな。
ん?何でそんな話をって?
…そこからまず話さなくちゃいけないんだよ。家族の事について説明するならな…。
ボクの父が勤めていた企業はレジャー関連事業にも力を入れていて、当時は海外旅行ツアーの行き先を増やす事に躍起になっ
ていた。
それで、あの国への進出を狙ったわけだ。
派手で快適で有名な所ばかりじゃない。静かで趣がある国も癒しの旅には持ってこい…、とかそういう事らしい。この辺り
は憶測混じりだが。
他企業と大きく差を付けて、半ば独占的に事を運べるように、ゆくゆくはレジャー施設を建てたり大型ホテルを建てたりす
る開発プロジェクトも持ち上がった。
ただし、いきなり土地を買い取って開発を始めたりなんかしたら現地で良く思われない。旅行客が良い気分で楽しむ為には、
現地が好ましく思って受け入れてくれなければならないんだ。
考えてもみろよ。勝手に入り込んで、土地を買い漁って、掘り返して、うるさく目障りな建物を作った連中が呼んだ客を、
現地が優しく迎えてくれると思うか?
そう、その通り。向こうから見たら旅行客も斡旋業者も開発企業もみんな同じ国の者なんだよ。
それでまずは足がかりとして、現地へ売り込みつつアピールする計画が持ち上がったんだ。学校を建てたり、公共施設を作っ
たりしようって話が。
私達と仲良くしておくとこんなにお得ですよー、と…、まぁ親切なふりをして売り込みをかけると、そんな具合だな。
父が携わったのはそこの部分だ。一大プロジェクトの総責任者…。年齢から言えば大抜擢さ。大喜びで張り切っていたのも
今なら頷ける。
…もっとも、ボクが企業の内情を含めてその辺りの事情や状態まで知ったのは、事件から数年経っての事だったけれどな…。
忙しかったよ、当時の父は。
朝しか顔を合わせない日々が普通になったし、休みも減って遊んで貰えなくなった。泊まりになる事も頻繁だったな…。
でも我慢した。父は偉いのだと、凄い事をしているのだと、頑張っているのだと、喜び一杯の母から何度も言われていたか
らな。
素直でお利口さんで物分かりのいいミツル君は、手間の掛からない良い子だったのさ。寂しそうな弟を宥めすかして、それ
はもう親の言うとおりに我慢し、我慢させたって訳だ。
足がかりを作るためとはいえ、それにすら金がかかる。まぁ当然だ。
その少なくない金を賄うには、企業だけの出資じゃ足りなかった。そこで株主に出資を呼びかけたり、募金活動までおこなっ
た。「かの国に学校を!」って。はっ、ご立派な文句だろう?
あの国でスカウトしたレッサーパンダの少女をマスコットに仕立て上げて、ポスターやら何やらで呼びかけた。可愛かった
から効果は抜群だったらしい。
知っている?ああ、当時はちょっとだけテレビなんかでも取り上げられたからな。
…今はどうしているんだろうな、あの子は。当時十六だったから…、もう立派に大人の仲間入りをしているだろう。被害者
だな、彼女も…。
話を戻そう。
誇らしかったよ。父が携わる仕事に関係した事が、テレビで取り上げられるのは。
子供心に判っていたんだ。テレビに出るのが結構大した事なんだって。覚えていないがクラスメートなんかに自慢したかも
しれない。
結局、それらのアピール活動で資金は集まった。多額の金が、な。
だが、この金の出所が企業内予算だけじゃなかった事が、後々の事件を大きくする結果になった。
…いや、まずは順を追って話す。結論から言ってもちんぷんかんぷんだろうからな。
プロジェクトは進み、資金調達の目処も立って、早速現地へ人員を派遣し始めたその頃、父の下にある男がついたんだ。
補佐役としてつけられたその男は、まぁ、人当たりの良い男だったよ。歳は父よりも若くて、当時二十代後半かな…。
ありふれたこの国のリス種で、中肉中背でこれといった特徴は無かったけれど、笑顔が好印象だった。
家にも何度か遊びに来た。公私にわたりお世話に…っていうアレだな。社交的で人好きがするうえに優秀だったらしくて、
父も気に入っていた。
ところが、軌道に乗って間もなくの事だった。その事件が起こったのは。
その男が蒸発した。
直後、計画の為に集められた金があらかた無くなっている事が判明した。
大金を前にして目が眩んだのか、笑顔が素敵なあの男は、会計を誤魔化して資金を持ち逃げしたんだ。数ヶ月に渡り、慎重
に、いくつもの口座を使って、金を小分けにして…。
プロジェクトは頓挫した。
建てかけの学校も、整備中の土地もそのままに、企業は手を引いたんだ。
参加して現地へ入っていた雇われ業者達は、殆どがすぐに引き上げたが…、どうやら物好きな連中はそっちに残って、自腹
で建物を完成させたらしい。詳しくは知らないけれどな…。
その後、父の転勤という事で、ボクら家族は引っ越す事になった。小学三年の時だったな。お前の家に挨拶をする事も無く、
一週間もかけずに支度して、慌ただしく東衛を出た。
当時のボクは疑いもしなかったが、そっちはどう思っていたんだ?親からは何て聞かされた?
…そうか。栄転か。子供にはどこでも同じように説明する物なんだな…。
お仕事の為。ボクらはそう母から聞いた。そうとも、「栄転」だ…ってな。当時のボクは判らなかったし疑いもしなかった。
その引っ越しが、左遷ついでに逃げる為の物だったなんて…。
巨額の資金持ち逃げ事件は、当時は結構ニュースで流れていたらしい。小学生だったボクは見ていなかったが、我が家では
意図的にニュースにチャンネルを合わせなくなった。
…これも後で思い返して気付いたんだけれどな…。不自然だったよ。それまで両親のどちらかがいつも見ていて、子供向け
の番組が見たくとも我慢させられていたのに、突然ああなったんだから。
ニュースの時間になる度にチャンネルを回すんだよ。一斉にニュースをやる時間なんて、普段見ない衛星放送のバスケット
なんかにチャンネルが回った。徹底していたな…。
とにかく、引っ越さなければならなかったのは、左遷先が少し離れていたからと、企業名から父の事を噂されるからだ。地
元じゃ勤め先が近所に知られているからな。
うん?父の責任?直接関わっていないのにおかしい?
いや、何も知らなかった事が既に罪なんだ。責任者っていうのはそういうものさ。
騙された。出し抜かれた。それが既に過失で罪。
とにもかくにも、ボク達は東護を離れて、知り合いが居ない街へ引っ越した。
新しい街、新しい家であるマンション、新しく通う事になった学校。
慣れるのに精一杯で、両親の様子にまで気が回らなかった。
それなりに充実していたと思う。遺憾にも脳天気にも無神経にも、両親の苦悩に気付けなかったボクの生活は。
けれど、そう長くは続かなかったんだ。その状態も。
ある朝、どこから聞きつけたのか、マスコミがマンションに押しかけたんだ。
ボクが朝に家を出た直後の事らしい。両親は施錠したドアの後ろに立て籠もった。たまたま風邪で体調を崩して幼稚園を休
んでいたアマルも一緒に。
そんな事も知らないボクは、呑気に普段通りさ。学校で授業を受けていた。
両親はパニックになったらしい。家では上手く振る舞っていたせいもあってボクは察せられなかったが、精神的にギリギリ
まで追い詰められていたんだろうな。
逃げてきたここでも素性が知られてしまった…。進退窮まった両親は、窓から脱出を計った。マンションの三階からだ。
隣のベランダへ逃げて、また隣へ移って、そのまた隣へ…。
窓が開いていた部屋の住人に詫びながら部屋の中を通して貰い、廊下に出て、非常階段を下って駐車場まで逃げた両親は、
車に乗り込んだ。
動きを察したマスコミが回り込もうとしたが、父はそれらを車ではねて逃げた。温厚な父にそんな面があったのかと、後に
なって話を聞き、驚いたっけ…。
マンションの管理人から学校に連絡が入ったのは昼休みの事だった。ボクは校内放送で職員室まで呼び出されたよ。という
のも、両親達に逃げられたマスコミ関係者がマンション住民に聞き込んで、ボクが通っている学校を突き止めたらしく、校門
で張っていたからだ。
事件について知った校長は、警察官を呼ぶと共にボクを匿った。そして親類に連絡を取ろうとしたんだが…ここからもう、
たらい回しが始まってたな。
その頃、怪我人まで出して逃げた父は、母とアマルを連れて県境まで逃れて、練炭を買った。…まぁ、逃げる途中で覚悟が
決まったんだろうな。
そして、海岸線に出たんだ。
あとは…、防風林の中で…。
ボクはというと、担任の教師と校長に付き添われたまま、事情も聞かされず、ただただ戸惑いながら待っていた。
何を待っているのかも判らないまま、時間が過ぎるのを待っていた。
ようやく連絡が回った宇治夫妻が慌てて迎えに来てくれたのは、夜の十一時だ。
良く判らないまま宇治夫妻に連れられて、ホテルに一泊したよ。
その翌朝だった。練炭自殺特有の、血色の良い死に顔をした両親とアマルが見付かったのは。
そこからは…、よく覚えていない。
葬儀は身内だけで行われた。死に方が死に方だから密葬だな。
そして、持ち回りで親戚の家を数ヶ月毎に点々とする、ボクの新たな生活が始まった。
結局、どこの家でも腫れ物に触るような扱いだったし、ボク自身も馴染めなかった。
中学に上がる際に、たらい回しにされるボクを見かねた宇治夫妻が、裕福でないにも関わらず引き取ってくれた。
金を持ち逃げした男は、今でも捕まっていない。
生きているのか死んでいるのかも判らない。
学べたよ。外面に騙されるなって。
そして、今のボクが出来上がった訳だ。
「…まぁ、頻繁にあるとは言わないが、有り得なくもない悲劇だな」
語り終えたボクは、すっかりぬるくなった麦茶を飲む。
コップは汗をかいてジットリ湿っていて、掌が濡れた感触は不快だった。きき過ぎたエアコンで、湿った部分が気持悪くスー
スーする…。
テーブルを挟んだ向こう側ではノゾムが正座している。
麦茶は手つかずのまま。コップは水滴の球が浮いて濡れて、テーブルに水溜まりを作っていた。
時折控えめに問いを挟むだけで終始静かだった丸い狐には、俯いたまま動きがない。…ま、引いて当然だよな、こんな聞く
側がおいてけぼりになるような話を聞いたら…。
ノゾムは本当に、ボクら家族に起きた事を全然知らなかったらしい。断片的にすら。…汚点だから大人達も触れないだろう
し、しょうがないか…。
「自殺を選んだ両親の選択については、何も言う気は無いさ。大人が選択した事だ。生きるも死ぬも好きにしたらいいし、養っ
て貰えなかったと恨み言を口にする気もない」
冷たい、と思ったんだろう。ノゾムが身じろぎした。
突き放した言い方である事は認める。が、正直なところ、ボクは両親を前述の事とは別件で恨んでいるから、口調は刺々し
い物にもなってしまう。
「けれどな、一つだけ許せない事がある」
機会が無かった事もあって、これまで誰にも説明していなかったあの事件について語ったせいか、ボクは自分でも意外だっ
たが、概要を説明するだけでなく心情まで吐露していた。
もしかしたら、ボクは誰かに言いたかったんだろうか?聞いて貰いたかったんだろうか?飲み下して消化したとばかり思っ
ていた、あの事件と自分の気持ちを…。いや、そんなはずはない。
ボクはまた麦茶を飲んでから、誰にも言わなかった両親への恨みを、口にした。
「アマルを連れて行った事だけは、絶対に許さない」
ノゾムがぴくんと肩を震わせたが、ボクは構わず続ける。
「大人が自分の判断で死ぬのは勝手だ。けど、何も判らなかっただろうアマルを連れて行くのは勝手が過ぎる」
気付けば、ボクの声は低い嗚咽のような物に変わっていた。
だから一瞬違和感があった。自分の声に思えなくて。
「アマルを殺した事だけは、絶対に…、絶対に、絶対にっ、許さないっ…!」
ボクら兄弟は、両親に名前をつけられた。
ボクは充分な幸せを掴めるように、ミツルと。
弟は余った幸せを分け与えられるように、アマルと。
はっ。名前負けも良いところだ。
それとも、この境遇は幸せなのか?親の都合で未来を断たれたアマルは幸せだったのか?
「…ああ…。そうか…」
ボクは呟いた。何かに気付いて。
でも、何に気付いたのか頭では良く理解できていない。
それでも、口にしたら形になりそうな気がして、声は半ば勝手に出て行った。
そう。歌詞を忘れかけた歌を、実際に口ずさんで思い出すように。
「ボクは、アマルが羨ましかったのか?」
口にした言葉は問いかけになっていた。
誰への?
自分への。
「ボクは、一緒に連れて行って欲しかったのか?」
いや、そんなはずはないだろう?ボクは自分の声に心の中で即座に応じる。
まだ死にたくない。そうとも、ボクはまだ生きていたい。
読んでいない本もたくさんあるし、観たい映画もまだまだある。やり残した事は山ほどあるのに、死にたい訳がない。
…だが、皆と一緒に逝きたいという気持ちも、何処かにあったんだろうか?
寂しくて?
羨ましくて?
仲間外れが嫌で?
おいてけぼりが嫌で?
…良く判らないな…。
何でボクはこんな事を口にしているんだ?
これじゃあまるで自殺志願者予備軍の危なっかしいヤツじゃないか?
どうして昔語りをした程度で、こんな面倒くさい気持ちになっているんだろう?
ふと気付いたが、ノゾムの肩が小刻みに震えていた。どうしてだろう?
無性に落ち着かなくて、ボクは喉も渇いていないのにまた麦茶を飲む。
ノゾムがすすり上げた。何故コイツが泣くんだろう?
「ごめ…んね…!」
俯いたまま手で目を拭い、ノゾムが掠れ声を漏らした。
「何が「ごめんね」なんだ?」
訳が判らない。不思議に思って訊ねるぼくの声は、少し掠れていた。
「知ら…なくて…、ごめ…!」
ぐしぐしと目を擦りながら、ノゾムがしゃっくりする。
「謝り方がおかしいぞ?」
知らなくてごめん…、は、何だかちょっとおかしいだろう。
ノゾムは首を左右に振り、顔を上げた。
そして、涙で目元がグショグショに濡れた目で、ボクを見つめる。
「話し…させ…て…、ごめっ…なさ…!」
…ああ…。そういう事か…。
「謝る事じゃないだろう?ボクが進んで話した事だ」
ノゾムはまた俯いて、顔をグシグシ盛大に拭う。
湿った音が汚い。どうでも良い事なのに何故か気になる。神経が高ぶって鋭敏になっているかのように、エアコンの音にま
で気が向いてしまう。
「つ、辛かった…ね…?」
「まあな」
「苦しかった…よね…?」
「そこそこは」
同情なんてまっぴらだ。ボクの返事はぞんざいになる。
「だ、だけどねっ…、ミツルは…、ミツルはもう、充分我慢したからっ…」
ノゾムは鼻をすすり上げ、潤んだ目をぐしぐし擦り、ボクを真っ直ぐに見た。
「だからもう…、い、良いんだよ…?」
「良いって、何が…」
ボクの言葉に、ノゾムは首を横に振る。そして、
「もう、もうっ…!平気な振りなんて、止めて良いんだよぉっ!」
叫ぶように、そんな言葉をボクに叩き付けた。
「平気な振り?」
オウム返しに呟いたボクは自問する。
振りなんかじゃない。ボクは本当に平気で…。アマルの事を除けば納得して、克服して…。
「…あれ?」
ボクは顔に触れる。不意に視界が滲み、伊達眼鏡が汚れたのかと思って。
けど、眼鏡を外しても視界はぼやけていた。外した眼鏡さえ輪郭がはっきりしなかった。
ポタッと、足に水滴が落ちた。
それが涙だと気付くまで少しかかった。
…どうして、ボクは泣いているんだ?
息苦しいと思ったら、鼻が詰まっていた。いつの間に?
戸惑いながら目を擦っていると、隣でずりっと音がした。
涙が止まらなくて、困りながら拭いつつそっちを見遣れば、いつの間にかテーブルを回り込んでいたノゾムがそこに居た。
「いいんだよ、ミツル…!ぼ、ぼくはっ、ミツルのっ、み、味方だからっ…!ぼくだって、ミツルになら…、う…!よ、弱み
も見せられるからっ!だからっ!」
つっかえつっかえ、嗚咽と共に刻んだ言葉を吐きながら、ノゾムはボクの体に腕を回し、横から抱き付いて来た。
涙で顔がグショグショなだけじゃない。変な汗をかいて、もっちりした体は熱を持っていて湿っぽい。
なのに、不快じゃなかった。
「だから…!うぇ…!ミツルも、良いんだよっ…!泣いて良いんだよぉっ!我慢してるなんて、辛い事っ、しなくて良いんだ
よぉっ!」
…ああ、そうか…。
同情なんかまっぴらだって思っていたけれど、本当は…、ボクは…、本当は…。
…慰めて、欲しかったのかな…。
ノゾムのタプついた胸が肩に当たっている。泣き声と一緒に上下する胸が。
「止めろよ…。ムニュムニュして気持ち悪いんだよ…」
ボクはノゾムの脇の下に手を当てて押す。
「暑苦しいから…離れろよ…。鼻水肩にこぼすなよ?」
けれど力はちっとも入らなくて、入れる気にもなれなくて…、
「…お前がそうするから…、涙が止まらないんだぞ…」
悪態に次いで変な事を口走りながら、抱かれるがまま、すすり泣きしていた…。
結局、ボクの涙が止まってからしばらくしても、ノゾムは泣きやまなかった。
ずっとボクを抱いて、泣いていた。
この前までとは違う。腕を解くとボクが居なくなりそうだから放さないんじゃなくて、ボクを一人にしたくないから放さな
いんだろう。
けれど、泣いている様子を端から見たら、どっちが慰められているんだか判った物じゃない。
「ごめ…んね…。ミツルぅ…!」
ぐずぐずと鼻を啜りながらノゾムが繰り返す。
「ごめんは聞き飽きた」
そっけなく言い返すボク。照れ隠しなんだろうな、この態度は。かなり格好悪い…。
「これは…さっきと違う…ごめん、なんだ…」
意味が良く判らない事を言われ、ボクは眉根を寄せた。
ノゾムはそんなボクの横顔を間近から見つめる。照れ臭くて決まり悪くてそっちを向けない…。
「ミツルが大変なのに…、ボク…、何も知らなくて…、甘えて…、ごめん…なさ…!」
ノゾムの泣き方が、また悪化した。
盛大に鼻を啜る餅狐に、
「…いいって…」
ボクはつっけんどんに応じた。
この状況から、早く抜け出したくて。
何でもない事を話すつもりで、淡々と説明をしていたはずが…、何でこんな格好悪い事になってるんだボクは?
くそっ。
「えう…、うぅぅ…!ごめ…!ミツル…ごめぇっ…!」
「…いいってば、もう…」
ボクは今どんな顔をしているんだろう?気にはなるが、間違っても確認したくはないと思った。
それともう一つ思った事は…。
…こんな格好悪い所を見せたんだから、もうノゾムには何を見られたって平気だろうという事だった。
ひょっとしてボクは誰かに話したかったんだろうか?…いや、それは無いか…。
とにもかくにも、正直な所、少しすっきりしたかもしれない。
…見栄えが悪い打ち明け話になってしまったのは、甚だ遺憾だが…。