第二十六話 「夏の底へ」

 モゾッと、丸く肥えた体がすり寄る。

 横になったまま一度尻を浮かせて移動してきたせいで、腰が落ちた途端にベッドが軽く軋んだが、その音にももうすっかり

慣れた。

 ノゾムは仰向けに寝ているボクにすり寄ると、腕を抱え込んでキュッと抱き締める。

 汗の臭いは気にならない。清潔にしているから臭わないのか、シャンプーの香りに紛れて体臭らしい体臭を感じない。

 代わりに感じ、気を引くのは、生臭い独特な匂い…。精液のそれだ。

 そう。ボクらは射精した後だ。

 簡単に拭っただけのシーツはまだ汚れているし、まだ汗が引いていない体が冷え始めて、エアコンが吐き出す風を冷たく感

じている。

 ぼんやりと天井を眺め、半ば夢うつつの状態らしいノゾムに腕を捕まえられたまま、ボクは少し前の事を振り返る。

 まず思い出されるのは、濃厚な、息が詰まるようなキス。

 きっと一生忘れる事はないだろう…。深くまで押し入った他人の舌に口の中をまさぐられるのは、当然だがあれが初めてだっ

た。

 まともな精神状態でなかった事は認めざるを得ない。

 だが、何と理由をつけようと、結局はそこから続いたノゾムの行為を受け入れた事実は変わらない。

 そう、ボクらはあれから…。



 お互いの内側をまさぐるような、長い長い口付けの後、ノゾムはゆっくりと身を起こした。

 のし掛かられて密着していた体が離れると、そこが急に冷えたように感じられて、スースーと落ち着かない肌寒さを覚えた。

 ノゾムは、緊張のせいか、それともやっぱりボクが怒ったり拒絶したりする事が怖かったのか、物凄く汗をかいていた。

 …後者だろうな。起きあがった状態から、まだ仰向けのままでいるボクを見下ろしたノゾムの目には、覚悟を決めたような

光が宿っている一方で、微かに揺れていて、怯えも見て取れた。

 涙がたまった目を腕でぐいっと擦ったノゾムは、体を小刻みに震えながら、口元も震わせ、震える声を発する。

「み、ミツルが…!あっちに…なんかっ…、行きたく、なくなるような事っ…、してあげるからっ…!」

 つっかえつっかえ言い終えたノゾムは、ボクのズボンに手を掛けた。

 「あ!」と声を上げ、反射的に手を伸ばしたものの、肉が付いて太い指が柔らかい生地の短パンに潜り込み、ぐいっと下げ

る。いや、ズボンだけじゃない、下のトランクスまで一緒に掴まれていた。

 掴みにかかった指先が被毛を掻き分けて潜り込み、臍下なんていう普段触れられない部分の皮膚を軽く引っ掻いたら、ボク

の体はピクンッと跳ねた。

 こそばゆさというか、寒気というか…、妙な感覚だった。静電気で被毛が逆立ってくすぐったくなるような…。

 背筋がゾクゾクしたボクの手からは力が抜けて、ノゾムの手首を取ろうとしたのに空振り、指先が被毛の先を掠めただけだっ

た。その間にノゾムはボクのズボンとパンツを纏めて不引き下げにかかる。

「ま、待っ…!」

 待て。その一言を発する間もなくボクは腰の後ろに圧迫感を覚える。強引に脱がせようとするノゾムは必死で、周りがあま

り見えていなくて…、だから、引っ張られたズボンとパンツがボクの尻上に引っかかったままギリギリ食い込んでいる事にも

気付いていなかった。

「痛い痛い痛い!痛いって!」

 被毛がすり切れてしまう!必死になって声を上げ、腹筋の要領で背中を床から浮かせ、改めてノゾムの手首を取ったボクは、

大声を出したせいでびっくりしたらしいノゾムと目があった。

 一瞬手を止めたノゾムは、しかしここで負けてなるものかとばかりに口を引き結び、今度はボクの腰の左右でズボンを掴み

直す。

「わ!こらやめっ…」

 制止は間に合わなかった。必死だからなのか予想以上に力がこもっていたノゾムの手は、ボクが手首を掴んでいるにも関わ

らず止まらない。ズボンを引っ張ってボクの腰を浮かせ、一気に引き下ろした。

 ズリっと下がるズボンとトランクスの擦れ音に混じり、何処かで縫い目が破れたのか、ミリッと小さく音が鳴った。

 このままだと力尽くでどうこうされてしまう。と不安と恐怖を覚えたが…、ささやかな火事場の馬鹿力だったらしいノゾム

の力は、長続きしなかった。腰を浮かせて後退しながら、ボクのズボンを無理矢理足首まで下げて行って抜き取り、起きあが

ろうとしたボクへ慌てたように再度のし掛かって来た時には、もう息が上がっている。

 腕を掴んで遠ざけるように押してやったら、ノゾムは簡単にぐらっと横揺れして、「わう!?」と悲鳴を上げて横転する。

起きあがろうとして床についた手はぷるぷる震えていた。…その、押し切ろうにも押し切れない体力の無さが、ボクの中から

恐れをぬぐい去る。

 必死になって、これなんだよ…。思い切りやって、これなんだよ…。

 抵抗する気が失せるような現実。威勢の良い事を言っても、ノゾムはとことん無力で…。

 掴みかかって押し倒そうとするノゾムを、ボクは拒まなかった。そうして再び硬い床に仰向けにされながら、諦めにも似た

気持ちを抱いて、半ばノゾムの行動を受け入れる気分になっていた。

 気が済むようにさせてやろう。そう心のどこかで思った。

 ノゾムをこうまでさせているのは、さっきまでの、ボクの配慮が足りない言動なんだから…。

 強い興奮と恐怖と、ちょっとした運動で息が乱れているノゾムは、やや斜めになってのし掛かっている。上半身を重ねて、

腰は半分だけ重なっている格好だ。

 そしてノゾムは、ふぅふぅと荒い息を吐きながら、またボクの唇を貪った。

 またあのこそばゆい感触。耐え難い程の…。それがもしかしたら気持ちいいのかも知れないと、頭の隅に微かに浮かんだそ

の直後、ボクはビクンと体を跳ねさせた。

 ノゾムの手が、ボクの股間に触れている…!

 殆ど反射で身を捻るボクの上で、ノゾムは揺れながらもしがみつき、動きを封じにかかる。

 乱暴に陰茎が掴まれた。そしてぐりぐりと皮と芯を擦るように上下する。快感なんてない。痛いだけだった。

「んぼぉ!」

 口を塞がれたまま声を絞り出し、腕を振り回す。拳を握っていた事に気付いたのは、それが柔らかい物にドスッとぶつかっ

た後だった。

「ぶふっ!」

 ノゾムがボクの口の中に息を吹き込んだ。ボクが振り回した拳骨が、たっぷり肉がついた脇腹に命中したせいで。

 けれどノゾムは離れなかった。むしろボクの方がビックリして固まってしまった。

 ノゾムは唇を重ねたまま啜り泣いている。その涙が下になっているボクのマズルに落ちて、くすぐりながら目の下に抜けて

いった。

 ボクは、思い切り殴ってしまったノゾムの脇腹にそっと平手を添えた。

 ゴメン。そんな気持ちを込めた掌でも、ノゾムはビクッと身を強ばらせた。

 こんな事するつもりはなかった。傷付けたいなんて思ってなかった。なのにボクは、気付けば何度もノゾムを苦しめていた。

言葉でも、態度でも、そして今は…、この手で…。

 またぶたれるかもしれないとビクつくノゾムは、それでもボクから離れようとしない。コイツの決心はそこまで固いんだ。

臆病さに勝るほど…。

 ボクはノゾムの脇腹をそっと撫でた。肉付きが異常に良い丸く張った腹は、自重で下向きに引かれて、普段よりせり出して

いる。その曲面を、ボクは丁寧に撫でた。

「ぼべん」

 繋がった口の中で発した声は滑稽なほどにくぐもって、隙間から出て行く空気が唇をブルブルさせて、不明瞭な音に変わっ

ている。ノゾムはビックリした様子で目を丸くしていた。

 ボクはノゾムの脇腹を撫でながら、反対側の手をその頬に伸ばした。

 ビクッと震えて目をギュッときつく瞑ったノゾムは、ボクの手が頬をそっと撫でたら、恐る恐る目を開ける。

 好ましいと思った。ボクはノゾムの事を、確かに今、この状況で、好ましいと思っていた。

 やり方は全面的に正しいと言えないが、それでも必死になってボクを押し止めようとする姿勢が、他者に真心をもって接す

る事ができる心根が、好ましいと思った。

 たぶんボクは、ノゾムがほんのちょっと羨ましいんだ。

 …強くなりたくて、強くあろうと頑張って、強がり続けてひねくれてしまったボクには、同じような事はもうできないだろ

うから…。

 唇を重ねたまま、至近距離で視線を交わしながら目で頷く。ボクの意図は伝わっただろうか?謝りたい気持ちと、もう抵抗

しないという意思は、伝わっただろうか?

 答えはすぐに出た。

 ノゾムは戸惑っているような目をしながら、ボクの股間に置いたままの手を、恐る恐る、控えめに、また動かし始めた。

 ただし、申し訳ないがボクにその気はない。ノゾムがいかに頑張ろうと、そういった事で慰められるものでもないんだ。だっ

てボクはホモじゃなく…、ん?

 腰骨や下腹部に、篭もったような微かな疼きを覚えて、ボクは疑問を感じた。

 それは微細な物で、はっきり認識できる物ではなくて、最初は何だか判らなかったし、思いもしなかった。

 微かなそれが、自慰をする際にオカズを前にした時と同種の、体の中心にこもる疼きと同種だとは…。

 次第にはっきりしてきたそれが、馴染みのある感覚だと気付くかどうかというタイミングで、ボクはもう一つの異常を自覚

する。

 陰茎に苦しさが…圧迫感があった。完全勃起した時特有のアレが…。

 混乱した。だってボクは男で、ノゾムも男で、親戚で、いや親戚かどうかはこの際どうでもいい。とにかく生物学的に見て

同じ性別で、本来子供を作れる組み合わせではなくて、だからこういう反応は普通じゃなくて、でも触られて刺激されるとこ

ういう事もあるのか?とか考えて、いやでもしかし相手はノゾムだぞ?ノゾムの手で弄られて勃起ってそれはボクよちょっと

おかしいんじゃないかボクよどうしたんだボクよ?

 そんな事が頭の中をグルグル回っている間にも陰茎の苦しさは増して、ノゾムの手はなんだかビックリしたようにいつの間

にか止まっていて…。

 ノゾムが口を離し、ボクを見つめる。驚きと、そしてほんのちょっぴりの喜びが、その目に宿っているような気がした。

「…おっきくなった…」

 ノゾムがポツリと漏らす。さっきまでの会話の流れを考えれば、それはとことん場違いで、状況にそぐわない言葉にも思え

たが…、事実だ…!ボクは勃起している。見なくても判る…!

 何て事だろう!?ボクはショックを受けた。それはもう物凄いショックを…!

 卑猥な意味じゃなく硬くなっているボクに、ノゾムは再び覆い被さる。

 たぷんとした胸がボクの胸に重ねられ、くびれた腹部に出っ腹が密着する。触れ合ったそれだけで、ボクの陰茎はドクンと

脈打った。

 もはや確実だった。この状況で、ノゾムの前で、ボクは興奮している…!

 驚きながらも呆れた。だって…、だってあの話の後に…、デブで親戚で男なノゾム相手に勃起…だと…!?

 否定したい気持ちは山々だが、ノゾムの息遣いが、口付けが、締まりがないムニムニした体の感触に反応しているボクの体

は何だ!?誤魔化しようがない事実が、ボクにさらなるショックを与える。

 正直に言う。これは自己弁護とかそういった物じゃなく本当の事だが、ボクはこれまで一度たりとも男やその裸に性的な興

味や興奮を覚えた事はない。本当だ。

 なのに、なのに…!ボクは今、ノゾムを相手に興奮している!自慰のオカズを前にした時同様の興奮…いや、それ以上の興

奮がボクの体の芯を脈打たせている…!

 こんな時なのに、急にある言葉が頭に浮かんだ。

 …世の中の十人に一人は、同性愛者か、潜在的同性愛者である…。

 以前何かで読んだ一文だ。

 ウチのクラスは何人だ?ブーちゃん。イヌイ。二人だけじゃ十分の一にならないぞ?不本意ながらボクを含めても、他に一

人居る計算に…。

 十人に一人。その数字が本当だとして、ある事に気付いたボクは愕然とした。

 同じ月生まれのヤツ以上の割合で、同性愛者は存在する!いや、男の同性愛者と女の同性愛者という違いはあるから…、い

や、それでも単に「同性愛者」という事なら…!

 以前、同性愛者に偏見は無いとブーちゃん達に語った時の事が思い出された。

 あれは、全部じゃないが半分嘘だったかもしれない。ブーちゃん達についてはどうこう思わない。ひとの勝手だと今でも思

う。だが、ボクは…、ボクは…!こんな事で強い快感と興奮を覚えるボク自身に混乱している!

「んんっ!?」

 頬に当てた手でグイッと押し、顔を離させたら、ノゾムはビックリしたような呻き声を漏らした。

 その、拒絶されたと思って傷ついているらしい狐の丸顔を見ながら、ボクは声を震わせる。

「ノゾム…!ボク…、何だか怖い…!」

 恥も外聞ももうどうでもいい、正直に言う。

 ボクは、怖くなった。

 今まで知っていた、知っている気になっていた自分の、別の面に気付いて。男を相手に性的興奮を覚える面に気付いて。ト

レーニングと称してノゾムを連れ回したボクは、同類だったんだ…!

 もうひねくれ者でお強い優等生を演じる余裕なんてないボクは、ブルブル震えている。押さえ切れない…!寒いのとは違う

震えが、おさまらない…!

 らしくもないボクの発言と態度で動揺したのか、ノゾムはちょっとおろおろした。けれどすぐに、何やら急いでいるように

早口で言う。

「だ、大丈夫だよ!痛い事しないし、酷い事しないから!だ、だから!大丈夫だから!」

 言いながらもノゾムはそのままボクに被さって来て、首の後ろに左腕を入れてボクをギュッと抱き締めた。

 重たくて柔らかい体がくっついて熱がこもるが、どうしてか、その重みや感触でちょっとだけ心が静まる…。

 ボクを抱き締めているノゾムは、また右手で股間に触れてきた。

 硬くそそり立ったソレをサワッと撫でられて体を固くしたボクは、次いでキュッと掴まれて身震いする。

 恥ずかしい。くすぐったい。重たい。熱い。柔らかい…。

 渦巻く感情は自分の物なのに掴めない。考えている事が纏まらなくなって、意識は内側じゃなく外側へ、体が触れあってい

る箇所に集中する。

 頭の隅で警鐘が鳴る。いや、ずっと鳴っていたんだ。しつこく。繰り返し。

 こんなのおかしい。ノゾムには他に好きなひとが居て、ドウカさんの事が好きで、それでボクらは男同士で、しかも親類で、

小さな頃から良く知った仲で…、だからこんなの良くないと、判っている事をずっとずっと繰り返す。

 けれどもボクはその警鐘に従わない。もう従う気がなくなっている。

 あっ。あっ。う…!

 ほら、声がする。誰の声?ボクの声。ノゾムに弄られて喘ぐ、快感に身を震わせる、信じ難いボクの声。

 ノゾムの手は動きを速めていた。その動作は全体的にぎこちなくて、でも自分でやる時とは違う快感があって、そんな所を

触らせて申し訳ないとか、そんな気持ちもちょっとあって…。

 …あ…。

「は、はなっ…!」

 放せ。そう言おうと思ったのに、言葉は最後まで出なかった。あとほんのちょっとで間に合わなかった。

 陰茎の中を走る刺激が、快感を伴って腰の中へ、下っ腹へ、背骨へ、脳へ…。

 尿道の痙攣。陰茎の怒張。おなじみの快感なのに、それは普段の自慰で得る物とは段違いで…、言葉を途中で飲み込んでし

まったボクは、ぶるるっと身震いした。

 間に合わなかった言葉。やってしまった射精。ノゾムの口から「あ!」と声が出て、手がビックリしたように引っ込んで…。

 たぶん、二十秒か三十秒くらいだろうか、ボクは意識が飛んでいた。

 いや、気絶したとかそういうんじゃなく…、余韻に浸りながら放心状態になってしまったらしくて、気付けば天井を眺めて

ぼーっとしていた。

 その視界の左側に、ノゾムの顔が見えた。

 正座を崩したような格好でペタンと床に座り、驚いているような、心配しているような、そして途方にくれているような表

情でボクの顔を見つめている。

 ボクが目を向けた途端にビクッとしたノゾムは、「あ…、あのっ…」と、おずおず口を開いた。

「ご、ごめん…」

 一時の熱というか、勢いというか、さっきまでノゾムを突き動かしていたものはどこかへ行ってしまったのか、そこに居る

のは気弱そうに俯く太った狐…、普段のノゾムだった。

「ショック…だよね…?い…、勢いにまかせて…、こんな真似…しちゃったけど…」

 ノゾムは耳を伏せて視線を斜め下に逃がした。

 どうやら勢いに任せて体当たりしたものの、落ち着いて考えたらそれが正しかったかどうかすら判らなくなったのかもしれ

ない。

 そして、ボクの放心状態を、男に射精させられたというショックのあまり生じたものだと捉えて、後悔したらしい。

 …まぁ、ショックではある。だが、それもどうでも良く感じている。射精したせいで欲求が静まっただけじゃなく、混乱と

か動揺とかそういった他のものまで静まっているらしい。

 まぁ、それはいい。もう、どうでもいい。男同士で…とかそういう事までどうでもよくなっているボクは、視線をノゾムの

股に向けた。

 むっちり太い、ボクの倍はある太腿が開かれて、ぱやぱやした柔らかい毛と堆積した贅肉に根元が埋もれた男根が丸見えだ。

 ソレは今、怒張している。

 ピコンッなんてレベルじゃない。ビキンッと硬くそそり立って、デブなせいで先端まですっぽり被っていた皮が押し広げら

れて、先っぽで丸く開いた包皮口からピンク色の亀頭がちょっとだけ顔を覗かせていた。…おまけに我慢汁がだらしなくダラ

ダラ垂れて、亀頭の先がテラテラ光っている…。

 ボクの視線に気付いたノゾムは、サッと足を閉じ、上から両手を重ねて隠し、「こっ、これはっ!これはそのっ!」と、声

を1オクターブ高くして、あわてた様子でどもりながら弁解しようとする。

「……せろ…」

 ボクの声は掠れていた。言おうとした内容にまずボク自身がビックリした。

 ノゾムには意図が伝わらなかったようで、ドギマギしながらも問うような眼差しをボクに注いでいる。

 ボクは唾を飲み込んで喉を湿らせ、念のためにコホンと咳払いし、羞恥を堪えて口を開いた。

「…見せろよ…、ノゾムのも…」

 ノゾムの顔から疑問や不安の色が消えて、キョトンとした表情が浮く。それから次第に目が大きく見開かれて、次いで耳が

後ろに倒れて、恥ずかしさとビビりが混じった何ともいえない引き気味の顔ができあがる。

 …この野郎っ…!

 腹が立った。恥ずかしいの我慢して言ったんだぞこっちは!?

「ボクのをさんざん弄っておいて自分のは見せないなんてむしが良過ぎるだろ?見せろ!」

 身を起こしたボクが素早く掴み掛かると、ノゾムは「いにゃー!」と、悲鳴と「嫌」が混じったような声を上げる。肩に手

を当てて押し倒すようにしたら、ノゾムはゴロンとひっくり返って、股間が無防備に晒された。

 そしてボクは気付いた。いや、確信した…というべきか?自分の重大な変化を…。

 元々ボクは性的欲求が薄かった。…そのはずだった。週に一回か、多くて二回程度性処理する程度で事足りた。だからあま

り精力が強い方でもないんだろうと思っていた。

 なのに今は、射精して間もないのにまた陰茎が大きくなり始めている…。ノゾムのソレを見ていたら、下腹部が疼いて…、

ムラムラして…。

 仰向けになったノゾムが起き上がろうとしたが、ボクはその出っ腹に手を置いてぐっと体重をかけ、その動きを制した。

 柔らかい脂肪に覆われた腹にむにゅっと手が沈む…。その感触すらも、さっきまで密着していた時の熱を、快感を、克明に

思い出させた。

「み、ミツルぅ…!」

 腹に手を置かれたノゾムは、後ろに手をついて上半身を起こしながらも、それ以上は体を立てられない。自由にならないま

ま股間をまじまじと見られるのは当然恥ずかしいようで、何とも情けない顔と声だった。

「ふ…、ふっ…くくく…!」

 ボクは笑い出す。我慢しようとしても、腹筋が勝手に痙攣して笑いが止まらない。

 我ながら気味が悪い笑い方をしているボクに、「あの…、み、ミツル…?」と、餅狐が控えめに声をかけてきた。

「いや、何でも…、ふっ…!くくくっ…!」

 体を折って笑うボクは、物凄く納得していた。

 そうだ。そうだったんだ。元々ボクには備わっていたんだろう、ホモになる要素のような物が…。

 ボクは性的欲求が薄かった。グラビア写真や際どい水着を身に着けたアイドルの写真など、絶好のオカズが手に入っても、

それほど興奮しなかったし、飽きるまで使った事もなく、お気に入りになった物もない。だからボクは性的な欲求が薄い性質

なんだと思い込んでいた。

 でも、それはこのせいだったんじゃないか?今では確信に似た物がある。

 女体にはいまいち興奮できなかったんだ。興味が薄かったんだ。何故ならボクは、本当は男に性的な欲求を覚える性質だっ

たから…。ホモの資質みたいな物が心の奥にあったから…。

 ボクは何とか笑いを殺して、ノゾムの硬くなったソレを軽く掴んだ。

「ひんっ!」

 ビックリして身を震わせるノゾム。そのモチッ腹が弾むように揺れて、ボクは吹き出してしまう。

 不思議だ…。今はこのだらしない体型すらも好ましく思える…。陰茎に触れる事にも…まぁ、敏感な部分だし、急所だし、

それ故の遠慮と恥じらいによる躊躇いはちょっとあるが…、忌避感や嫌悪感のような物は全くない。

「ノゾム」

 ボクは語りかける。今ではもう見た目が全く似ていない古馴染みに。

「今度は、ボクがやってやるよ」

 ノゾムの目がまん丸になる。信じられないといった様子だが、ボクは念を押すように言葉を続けた。

「ただし、初めてだから上手くやれるとは思わないでくれ」

 妙な話だが、自信がない事をきっぱり伝えるボクの声は、自分の耳にすら自信満々に聞こえた。



 …結局あれから、お互いに五回抜いた。

 あの後ノゾムを射精させて、そうしたら今度は餅狐がまたのしかかって来て、ボクも反撃して、そのまま陰茎のしごき合い

になって…。

 固い床の上で取っ組み合って慰めあっていたら、疲れた上に体も痛くなって、シャワーも浴びずにベッドに移ったんだが…、

そこでも並んで天井を見ていたらムラムラきて、さらに二回抜いた。

 疲れきったらしいノゾムはスゥスゥ寝息を立てている。その表情は穏やかで、満足げで、見ているとこっちの顔まで綻びそ

うになる。

 ボクは抱かれた腕を捻ってノゾムの股間に触れようとしたが、出っ腹が邪魔で手が届かない。仕方ないからへその下のやけ

に柔らかいプニプニポイントを指でクムクム押してやったら、くすぐったそうに身じろぎして少し腰を引いた。

 ムニュムニュしたこの柔らかい感触すら心地よく感じ、好ましく思うようになった自分の、劇的としかいいようのない変化

に若干戸惑う。

 …本当に、どうしてしまったんだろうな、ボクは…。

 ノゾムが起きない事を確認し、ボクは天井に視線を戻す。

 混乱は、まぁしている。だが今はどうでもいい。しばらくしたらまたあれこれ悩むかもしれないが、今はいい。

 ボクは宇都宮充。星陵一年、化学部所属の狐。

 親類と体を重ねてホモになったボクは、こうして、ノゾムと一緒に夏の熱気の底へ沈み始めた。

 お互いの体に、溺れるようにして…。