第二十八話 「寮友達との再会」(前編)

「晩飯、食って来るから。帰りはたぶん八時前後」

 ひんやり冷たい牛乳に浸された、朝食のチョコフレークを食べながらボクはノゾムに帰宅予定時刻を告げる。

「判った」

 頷いたノゾムは一見普段通りだが、耳が少し倒れている。

 寂しいんだと察せられて、申し訳なくも思うが、勝手ながら少し嬉しいような気分も味わっている。

 居て欲しい。そう思われる事は嬉しいんだと、ノゾムとの生活を通して初めて知った…。

 独りで生きていける強さが欲しかったのに、今はこうして、必要とされる事に喜びを感じる…、何とも半端だなボクは。

 ボクは今日、大会を終えて帰省してきたブーちゃんやイヌイと会う事になっている。

 大会の労い…も、確かにまぁ目的ではあるものの、本題はたぶんちょっと違う形になるかな?何でも紹介したい後輩達が居

るらしくて、今日はそいつらと顔合わせだ。

 ノゾムは丸一日何もなかったそうだが…。

「ところで、そろそろ支度した方が良いんじゃないのか?」

 ボクがそう声をかけたら、餅狐は「何で?」と首を傾げた。

「その格好じゃ出かけられないだろう?」

 誤解の無いように言っておくが、ノゾムは今日、ボクと一緒に出掛ける訳じゃない。

 一日暇だと言うから、別に「用事」を頼んだんだ。「ボクがどうしても欲しい品物をリストにするから、今日中に買ってき

てくれ」と…。

 なお、ノゾムは今ランニングシャツにトランクスの、肌着スタイルであり下着スタイル。この餅狐、余所行きの格好をしな

いと四六時中誘惑ルックのまま生活するから困る。

「まだ早いよ。そんなに急がなくても、ちゃんと今日中に買って来るから大丈夫」

 …本当はそんなに時間が無いんだよ…。まだ秘密にしているんだが…。

「ところで、買い物のリストまだ?」

「ああ、渡すよ。っと…」

 チャイムが鳴り、丁度食事を終えたボクは腰を浮かせる。

「あ、いいよ。出るから」

「いいって。それよりコレ、よろしく」

 ノゾムを制したボクは、ポケットから取り出した紙片をテーブルに置き、玄関に向かった。

 早速確認したんだろう。「え!?」という驚きの声が、廊下に出たボクの背中を打つ。

 インターホンで相手を確認し、ロックを外してドアを開ければ、そこには恰幅がよく貫禄十分な白い熊ダンディの姿。

「おはようございます。ドウカさん」

「おう、おはようさんミツル君!」

 我が鰻盟友ドウカさんは、破顔して懐っこい笑みを見せた。

「ミツル!これ一体どういうこ…と…」

 リビングから追い掛けてきたノゾムは、ドウカさんの顔を見て固まり、

「おう!おはよう!」

「お、おあよございまふ…!」

 舌をもつれさせながら挨拶を交わすと、下着姿のままじりじりと後退し、「し、失礼しました!」と奥に引っ込む。

 だから言ったんだよ。支度した方がいいって…。

 なお、欲しい物リストと称して渡したメモには…、

 

 ドウカさんは夕方までオフだそうだから、ノゾムが家電量販店に買い物に行きたがっていると伝えて、足役をお願いした。

 エンジョイサマーバカンス!上手く話を合わせて何か適当に買って、一日デートして来い。

 

 追伸 訓練したとはいえ過信するな。ピコンッ!にはくれぐれも気を付けろ。厚手のズボンを穿いていけ。幸運を祈る。

 

 …とまぁ、こんな具合に書いておいた。

 ささやかな後押しってヤツだ。自分だけ楽しんで、ノゾムが独り寂しく部屋でゲームしている状況は気分がよろしくないか

らな。

 それに、ボクが来てからというもの、ノゾムが日中にドウカさんと会う時は大概一緒させて貰っている。ノゾムにしてみれ

ば意中のひとと二人きりになれる時間が減っているわけだから、たまにはこのくらい気を利かせないと。

「とりあえず、上がって待っていて下さい。すぐ支度できると思いますから」

 ボクはドウカさんにそう告げてリビングへお通しし、寝室を覗く。そして、バタバタと大わらわで着替えているノゾムにニ

ヤリと笑い掛け、小声で「上手くやれよ?」と囁きかけた。

「み、ミツルっ!」

 バッと振り返り、文句を言いたそうにこっちを見たノゾムに背を向けたボクは、肩越しにひらひらと手を振ってからドアを

閉めた。

 それから冷蔵庫に向かい、ドウカさんにアイスコーヒーを御馳走する。

「それじゃあ、ボクはそろそろ出ますから。ノゾムを宜しくお願いします」

「お?何なら送ってっても良かとよ?」

 ドウカさんはそうおっしゃってくれたが、デートは出発前から始まっているんだ。ボクだけ早々に退散するのが望ましい。

 お礼を言いながらも丁寧に辞退して、ボクはいそいそと部屋を出る。

 さてと…、これで心置きなく楽しめるな!

 ボクは宇都宮充。星陵高校一年、化学部所属の伊達眼鏡がクレバー過ぎる男子。

 自分で言うのも何だが、ジェントルメンだ。



 約束の十分前。

 待ち合わせのバス停前で携帯を覗いたボクは、パタンと畳んで視線を上げる。

 ショッピングモール前停留所から左右に伺える大通りは、ひっきりなしに車が行き交っている。

 …本当に賑やかになったよな、この町…。ボクが居た頃は田畑ももっと多くて、ガードレールもないような、幅の狭い道が

あちこちに伸びていて、用水路も結構あったのに、今はすっかり整備されて、港から駅までの間がまるで別の都市みたいだ。

 この直線から離れると、昔の商店街も残っていて懐かしい景色が見れるんだが…。

 ボクは眉根を寄せる。

 予算か計画の都合でこうなったんだろうか?高いビルも多くて、そのくせ交通の便を優先したように太い道路が多い。港と

海浜公園周りから、ショッピングモールを通り、駅までの整備されたこの辺りの区画…、まるで、海側の何かに備えて整備さ

れているような、何とも妙な具合だ。

 見張るような、あるいは、すぐにそこへ行けるような…?

 そんな事を考えていたボクの耳を、バイクの排気音が叩いた。

 何だろう?とそっちを見やれば、レーサーが乗るようなバイクが猛スピードで走って来る。乗っているのは、金色の被毛を

風に激しくなびかせる、乗られたバイクが可愛そうな程の大熊…。

 明らかにスピード違反、かつ危険運転。クラクションを鳴らされながら車線変更を繰り返し、車をぐんぐん抜いて行く。し

かもヘルメットを被っていない。片手で携帯を持って何か騒いでいる…。

「………に急行中!あと五ふ…」

 バイクの排気音に阻まれた声が、ドップラー効果で変調しながらボクの眼前を猛スピードで通り過ぎた。…思わず二歩後ず

さってしまった…。

 でかい金色の熊は、次々上がる騒がしいクラクションの中を去っていった。工業用の港の方へ、太い通りを疾走して…。

 何だろうなアレ?まるで映画みたいだ。

 しばし呆然と立ち尽くして見送ったボクは、気を取り直して振り向き、左車線を眺める。

 すると、バス優先レーンの先頭に、地元の会社なんかの広告が入ったバスの姿が見えた。

 …たぶんあれだな…。ボクは時刻表示の傍から少し離れて待つ。

 小さく高いブレーキ音混じりに減速して、やがて停まったバスから、まずのっそり降りて来たのは…。

「よう!」

 濃い茶色の被毛に覆われた、見慣れた大男。大きな熊はボクを見つめてにぃっと目を細め、片手を上げる。

 手を上げ返したボクの前で、アブクマに続いて降りて来たのはクリーム色の猫。「あ」と、ボクに気付いて声を漏らし、顔

を綻ばせる。

 イヌイの後ろに続いたのは、見覚えのないガタイがいい黒熊、そしてむっくりした狸。

「御無沙汰ウッチー!」

 走り去るバスの音を物ともしないアブクマの声に、「しばらく」と応じたボクは、てくてく前に出たイヌイに笑いかけられ、

頷いて笑みを返す。

「本当にお久しぶりって感じがするね?」

「まる一月だからな。大会で大変だったと思うが、二人とも思ったより元気そうだ」

 正直、昨日の今日だからもう少し疲れが見えるかと思っていたんだが…、気が抜けてダウンって事も無さそうだな、この二

人は。

「ところで…」

 ボクは、アブクマイヌイ組と一緒にバスに乗って来た、見慣れないふたり…狸と黒熊に視線を向ける。

 スポーツに打ち込んでいるヤツに時々見かけるが、この二人も同年代と比べて体格が良い。どっちも太めだが、筋肉量が豊

富で逞しい、力強さを感じる体付きだ。

「おっと、初顔あわせだもんね!」

 イヌイが横に一歩退いて、アブクマもそれに倣って横へ、ボクは狸と熊と向き合う形になる。

「こいつがさっき話した宇都宮。通称ウッチーな」

 アブクマがボクを後輩たちに紹介する。…その通称で呼ぶのはキミだけだぞブーちゃん?

「初めまして!田貫純平(たぬきじゅんぺい)です!」

 そう挨拶したのは狸。ぼよんとした狸らしい体型で幅があるけれど、背丈はボクやノゾムと変わらない。

 しかし、太い事は太いがタプタプなノゾムとは違う。肩の盛り上がりや首、二の腕、大腿部やふくらはぎの太さ、手首付近

のがっちり具合から、鍛えたうえでこの体型なんだと窺えた。

 狸特有の愛嬌のある顔立ちは常に笑みに緩んでいて、声は明るく張りがある。どうやら快活な性質らしく、表情や身振りな

んかからアクティブさが覗える。

「球磨宮大輔(くまみやだいすけ)です。初めまして」

 続いてそう名乗ったのは、アブクマをコンパクトにした感じの黒熊。背が高く肩幅もある。体だけならすっかり大人のサイ

ズだ。

 毛が寝るタイプで、肉付きの良いむっちりがっしりしたボディラインが判り易い。剥き出しの腕や太腿、ふくらはぎに見ら

れる筋肉で膨れた隆起なんかが、光沢のある黒毛独特の陰影を帯びてくっきりしている。

 顔つきはやや柔和で、老け顔のブーちゃんを見慣れているせいか、年相応の顔のはずがやや幼く見える。シャイ性分なのか、

微かなはにかみ笑いを浮かべている。

「宇都宮だ。よろしく二人とも」

 第一印象は大事だからな。整った顔に社交用スマイルを貼り付け、ボクは微笑む。よし完璧。

 簡単に挨拶を済ませたらすぐに移動。お互いの事は遊んでダベりながら知って行けばいいという流れだ。なお、今日の予定

は映画鑑賞、昼飯、カラオケ、銭湯、晩飯となっている。

 予定に銭湯が入っているのは流石に奇異だったから、何故なのか訊ねたら、後輩の家で経営している銭湯らしい。紹介がて

ら…という事だな。

 歩道の幅に合わせて、前をイヌイと後輩達が三人並んで、後ろをボクとアブクマが並んで、二列で歩く。

「映画なんて久しぶり。ずっと全国に向けて部活だったから…」

「やっぱりマネージャーって忙しいです?」

「いや、他と比べれば随分楽だと思うよ?だって部員が主将とサツキ君しか居ないし」

「キイチ兄ぃは、慣れてないから大変だったのかもなぁ」

「確かにそれはあるね。右も左も判らなかったから…。たぶん来年はもっとスムーズにやれると思うよ」

 どうやら可愛くて人当たりの良いイヌイは、後輩達からも慕われているらしい。…それにしても、体格の良い二人に挟まれ

ていると、イヌイの小ささと細さが際立つなぁ…。アブクマと二人で並んでいる時とも違う際立ち方だ。

「可愛い後輩達じゃないか」

 ボクのそんな言葉で、アブクマはまんざらでもなさそうに笑う。

「あれで、今年の全国三位とベスト8なんだぜ?あいつら」

「どっちがどっちだ?」

「お?あんま驚かねぇんだな?」

 意外そうに言う大熊に、ボクは鼻で笑ってやる。

「ボクの記憶力を甘く見ないでくれ。前にイヌイと話していただろう?ふたりして全国行き決めたとかなんとか…」

 目を丸くするアブクマ。「何でそれだけで…」と不思議そうに…。おいおいブーちゃん、相手が忘れるのを前提にして喋っ

ているのかキミは…?

「ジュンペーが三位。ダイスケがベスト8入りだ。自慢の後輩達だぜ」

 目を細め、前を行くイヌイとその両脇を固めている二人を見つめながら、アブクマは言う。

「二人とも星陵に来てくれるってよ。有利な学校、他にいくらでもあんのによ…、わざわざ…」

 尻すぼみに小さくなっていく声。大きな熊は、嬉しさを堪えるように口を閉じて、小さく肩を震わせた。

「良かったじゃないか。確実に廃部を回避できる」

「だな…」

 頷くアブクマ。でも、廃部云々は実質もう心配要らない気がする。全国出場した選手が居る学校に、近場の中学生が進学し

たがらない訳がない。

 そうとも、阿武隈沙月はその手で勝ち得たんだ。柔道部の未来を、後輩達を、先輩達に顔向けできる立派な成果を…。

 ボクはというと…、何もしていないんだよな。ノゾムと傷を舐めあってただけだ。

 そんな事を考えていたら…、

「ウッチ―は、夏の間どうしてたんだ?」

 隣を歩くアブクマが、タイミング良くそう訊ねて来た。

 ボクは即答できなくて、少し考えなくちゃならなかった。言えない事はたくさんある。ノゾムとの事とか…。それ以外の事

だと、逆に特段言うべき事がないんだよな…。

「ダラダラしていたかな」

「ダラダラかぁ。…って、それだけか?」

「特に何も無かったからな」

 あまり追及されても困るんだよな…。この話を打ち切りたかったボクは、無理矢理話題を変える。

「ブーちゃん少し痩せたか?」

 いや、痩せたというか…、引き締まった?向き合って感じる圧力めいた物は変わらないのに、体付きは少しシャープになっ

たような…。

「お?痩せて見えるか!?」

 むふーっと鼻息を荒くするアブクマ。

「大会に向けてずっと絞ってたからな。それにホレ、夏毛だからよ!そっか、痩せて見えるか!ぬははははっ!」

 嬉しそうなアブクマ。まぁ努力していた事は確かだが…。

「とはいっても、今だけだからね、ソレ」

 大熊の笑い声を遮って、振り返ったイヌイがさらりと言った。

「毎年だけど、秋口から太っちゃうんだ。一年を通して一番男前なサツキ君が見れるのは今だけ」

 イヌイいわく、夏毛になって体重が落ちて大会用に調整された、年中で最もスリムなアブクマがコレだそうだ。

「男前か?今の俺」

「うん」

 訊ねるブーちゃんに迷い無く頷くイヌイ。ラブラブだな相変らず…。でも後輩達に変に勘ぐられても困るだろう。

「ブーちゃん…。少し控えた方が…。イチャイチャするのは二人きりの…」

 小声で注意を促したボクだったが、アブクマは「イチャイチャなぁ」と、途中のキーワードに食い付いて言葉を遮った。

「一区切りついたし、キイチと思う存分イチャイチャしてぇんだけどなぁ…。実家に居るより寮に居た方がくっついてられん

だから、複雑なもんだぜ」

 ボクはバッとアブクマの顔を仰ぎ見て、それから前を向いた。

 馬鹿かブーちゃん!?そんなストレートな発言、後輩達に聞かれたらどうするつもり…。

 マズイと思ったボクの前で、狸がくるっと首を巡らせた。ほらみろ聞こえてたじゃないか!どう誤魔化せば…。

「寮の同室って羨ましいなぁ。オレも進学したらダイスケと一緒の部屋がいいんですけど…」

「名前順らしいからな、部屋割り」

「え?オイラは…「く」、ジュンペーは…「た」、…まずい…、厳しい?」

「それに、同じ寮になれるとも限らないからね。こればっかりは…」

 …あれ?

 狸が、アブクマが、黒熊が、イヌイが、普通に会話を続けている。

 …聞こえなかったのか?いや、いかがわしい意味に解釈しなかったって事か?

 戸惑いながらも安堵したボクは、「あ」という、何かに気付いたようなアブクマの声で彼の顔を見遣った。

 大きな熊は何やら照れ笑いを浮かべ、太い人さし指で頬をポリポリと掻く。

「あ〜、その二人な…、俺らが付き合ってる事、知ってんだよ」

 …は!?

「知ってる…って…」

 目を丸くしたボクが前を向くと、聞いていたらしい熊と狸が一度顔を見合わせ、それからこっちを向いてはにかみ笑いを浮

かべた。

「オレ達、付き合ってもう一年になるんです」

 タヌキが言って、クマミヤが頷く。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それはつまりその…、キミらも…!?」

 知ってるどころか…同類!?…驚きだ…!

 さらに詳しい話を聞こうと思ったら、

「こういう所で立ち話もなんだし、後で落ち着いてから話そうよ?」

 イヌイがごもっともな意見を述べた。

 当然、ボクらは口を閉じてそれに従う。

 …確かに、公道で話し合う内容じゃないよな…。ノゾムとの事があったせいか、らしくもなく前のめりになってしまった…。



 観に行った映画はSFアクション洋画。人気シリーズの三作目。

 夏休中という事もあって、ボクらと同年代に見える客が多い。アブクマは目立つし有名人なんだろう、時々「お?」とか声

が上がって、顔見知りらしい相手と手を上げあって挨拶したり、目があった相手と笑みを交わして「お久!」と声をかけあっ

たりしていた。

 かくいうボクも、二人ほど何となく面影に覚えがある相手を見つけた。もしかしたら小学校で一緒だったりしたかもしれな

いが、名前も思い出せないし、相手もこっちに気付いていないしで、声をかけるのはやめておいた。

 故郷とはいえ微妙なんだよな…、こういう所もあって…。

 座席はまずまずの位置が割り当てられた。正面2ブース目最後尾やや右側…、要するに近過ぎないギリギリの範囲で正面か

らやや横。

 なお、馬鹿でかいアブクマの後ろが通路だったのは幸いと言える。真後ろの席に座った客はろくにスクリーンが見えそうに

ないからな…。

 なお、この映画は美麗なCGを駆使した派手なアクションが売りだが、前の二作を見ているのが前提のストーリーになって

いた。単品で見るとイマイチ理解し辛いタイプ。

 ボクはレンタルとロードショーで前の二つを見ているから良かったが、面子の中でただ一人シリーズを一つも観ていなかっ

たアブクマは、ひっきりなしにキャラメル味のポップコーンを口に運びながら、しきりに首を捻っていた。…まぁ、アクショ

ンシーンはちょっと楽しげだったが…。



 昼飯はモール端にある全国チェーンのファミレス、むっくりドンキーで。

 この頃になると後輩二人も慣れて来たのか、特にタヌキがボクに話しかけて来るようになった。

 とはいっても、あっちは柔道部でボクは化学部。おまけに住んでいる位置も違うから、話題はいまいち噛み合わないんだが。

「俺はバーグステーキエッグ300」

「オイラ、バーグステーキホットペッパー300」

 アブクマとクマミヤが速攻でメニューを決める。えらく慣れた様子だ…。

「オレはカレーバーグディッシュ。先輩何にします?」

 タヌキが訊ねると、イヌイは少し迷っている様子でメニューの上に視線を走らせ、

「えっと…、僕残しちゃうかもだし、あっさり目のが良いんだけど…」

 そう、ちょっと申し訳なさそうに言った。ボクもだが、こういう所での食事にあんまり慣れていないんだろう。

「それなら、おろし系とか結構サッパリしてますよ?」

 タヌキが気を利かせてイヌイの相手をしている間、以外にもアブクマは口を挟まなかった。

 …というか、タヌキがイヌイのメニュー選びを手伝っている様子を、ちょっと嬉しそうに耳を寝かせて見つめている…。

 ちょっと思っていた事だが、どうにもアブクマの態度が普段と違う。いつだってイヌイ優先だったのに、今日は少し距離を

取っているような…。

 …おっと、ボクもメニューを決めないと…。慣れていないから戸惑うんだよな、こういうの…。

「ウッチー先輩も、ファミレスとかあんまり来ないっす?」

 のしっとテーブルに肘をついて身を乗り出した黒熊が、ボクにそう声をかけてきた。

 …今、「ウッチー先輩」って言ったか?

「ああ、あまり来ないな…」

 曖昧に頷くと、クマミヤは「どういうのが好きとか、あるっす?」と、選ぶのを手伝ってくれる構え。

「ああ、えぇと…、どういうのが良いのか今一つ…。無難なのが良いかな」

 クマミヤが太い指で写真を示した。

「じゃあ、こういうのとかお勧めかも…」

 黒熊が示したのは、パスタの上にハンバーグが乗った物…。確かに無難かもしれない。

 礼を言ってボクがパスタバーグに決めたら、オーダーは確定。早速ウェイターを呼んで注文を済ませる。

 注文を受けたウェイターが下がるや否や、アブクマの先導でサラダとドリンク、スープバーへ。この辺りはどの店舗もシス

テムが変わらない。ボクも戸惑わずに目当ての物を取る。

「そんなモンで良いのか?」

 控えめによそったボクに、アブクマが言う。「ただなのによ」と。

「ただだから食わなきゃいけない義理は無いだろう?」

「野菜嫌いだったっけか?」

「そんな事はないが…」

 鬼のようにサラダバーをかっ食らう二名…。しかもハンバーグが来る前にお代わりに立つ…。

「馬鹿だなぁダイスケ…、腹が膨れたらメインの美味しさが半減しちゃうじゃないか…」

 黒熊の背を見送り、呆れ顔のタヌキが呟いた。…ボクもまったく同意見だ。

 それにしても、こういう体験は珍しいかもしれないなぁと、ボクは考える。考えながらも運ばれてきたパスタバーグを口に

運ぶ。…ハンバーグが物凄く柔らかくて美味い…。

 それほど親しくない相手も一緒になっての、他愛のない会話。さっき観たばかりの映画の話も交え、和気藹々と…。

 ふと、ここにオシタリが居ない事が少しだけ残念に思えた。アイツ社交性に欠けるからな…、こういう事は滅多に体験でき

ないだろう。アブクマ達の後輩とかなら、そんなにギスギスしないと思うんだが…。

「あ、忘れてたぜ。デザートにパフェ食おう」

 ブーちゃんがそんな事を言い出し、「あ、賛成っす」とクマミヤが頷く。

「秋は始まったばかりなのに、初っ端から飛ばし過ぎはまずくない?」

 ハンバーグを食べきれずに、アブクマとクマミヤにちょっとずつ分けていたイヌイが、大食漢二人の食いっぷりに少し顔を

顰める。…それにしてもキミは相変わらず小食だなぁ…。

「そうですよ〜。せっかく今一時イケデブ風味なのに、変身が解けるの早まっちゃいますって」

 タヌキがそう言ってから訳知り顔で視線を動かし、ちらりと見られたクマミヤがピクンッと背筋を伸ばす。

 ああ言われたら気にしない訳にはいかないだろう。イヌイは相変わらずだが、タヌキもなかなかに手綱の取り方が巧みだ…。

 結局アブクマとクマミヤは、パフェを頼みはしたものの、イヌイとタヌキにそれぞれ三割献上した。

 ボク?付き合いで小ぶりなアイスを頼んだが、こっちもなかなかだった。

 むっくりドンキー、悪くないな。



 昼食が終わったらモール内を歩いてカラオケへ移動。腹ごなしになると息巻くアブクマは、何でも今日の為に最近の歌を数

曲覚えてきたそうだが…。

「最近の…ド演歌ですか?」

「お?馬鹿にしやがって…。ちゃんとポップスっていうヤツ覚えて来たんだよ」

 からかうタヌキを肘で突いてよろめかせるブーちゃん。一方イヌイの方は、

「キイチ兄ぃとデュエットできる歌あると良いなぁ」

「デュエットかぁ…。僕もあんまり詳しくないんだよね」

 クマミヤに誘われながらも微妙な困り顔。どうでも良いが、体格が良い黒熊に甘えるようにすり寄られてよろめくクリーム

色の猫の図…、なかなかに可愛い。ちょっとシュールだが。

 …そういえば、博識な割に流行に疎い所があるんだよなぁ、イヌイは…。本ばかり読んで、テレビドラマなんかはあんまり

観ていないようだし、流行歌に疎いというのも納得だ。

「ウツノミヤ先輩は、音楽とか良く聴くんですか?」

 タヌキがボクを振り返る。

 とりあえず、耳に残るドラマの主題歌や、話題になった歌の中で気に入った物なんかはレンタルすると説明したら、タヌキ

は数曲名前を上げ、歌えるかボクに確認を取った。

「上手いかどうかはともかく、一応は歌えるかな?」

「お?じゃあ良さそうなの言って下さいよ、デュエットしましょう!」

 朗らかに笑うタヌキに、ボクは微笑して頷く。

 後輩達二名の事が少し解って来た気がする。

 タヌキは明るく快活で、はきはきしている。結構頭の回転が良いらしい事が、イヌイとのやりとりを見ていると良く判る。

 クマミヤは朴訥としていて口数が少なめで、ややおっとり気味。イヌイに特別懐いているのか、アブクマに対する物とは少

し態度が違う。

 どっちも悪いヤツじゃない。…こうなると、オシタリだけじゃなく、ノゾムとも会わせられないのが少し残念だ。

 …まぁ、本人が嫌だと言うんだから仕方がないか…。