第三十話 「僚友達との再会」(後篇)

「キイチにも黙ってた方が良いか?」

 部屋の前まで来たところで、アブクマは急に気付いたように尋ねてきた。

「…いや」

 ボクはついさっき考えた事を手短に説明する。

 アブクマもそうだが、イヌイにも知っておいて貰った方が相談しやすいし、この大っぴらにできない事についてフォローし

て貰いやすい。

 同類ならバレたところで変に警戒しなくても良いし、負い目に感じる事もないからな。話しておいた方が良いはずだ。

「とはいえ、さっき話して実感したが、なかなか説明し辛かったからな…。協力頼むぞ?」

「ぬはは!任しとけって!…で、ジュンペーとダイスケにはどうする?黙っとくか?」

 気を利かせたアブクマは、暗に「嫌なら無理に伝えなくていい」と含めてきたが…、同類だし、どうせ星陵に来る予定の後

輩達なんだし、伝えておいて問題ないだろう。…なんなら…。

「…今一緒に話してしまうか?」

 あの言い辛い説明を何度も繰り返すのも拷問だ。一回で済むならそれに越した事は無い。そう判断して呟いたボクに、アブ

クマは何故か、満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。



「えー!?」

 素っ頓狂な声はイヌイの物。

「ほへー…」

 ため息のような声はタヌキの物。

「………?」

 マイクを握ったまま歌を中断したクマミヤは、何故か眉根を寄せている。

 …おい。ブーちゃん…。

「って訳だからよ。こっちの事じゃ新人だから…」

 …おい、アブクマっ…!

「手取り足取りよろしく頼むぜ?あと恋人探しもしねぇとな!」

 おいこらブタクマぁああああああっ!!!

 あろう事か、アブクマは部屋に入るなり「ウッチーもホモだったんだってよ」と切り出した。「任しとけ」を鵜呑みにした

ボクが阿呆だった…。

 あっさりと軽いノリでボクの秘密を暴露したアブクマは、周囲どころか当事者のボクまで置いてけぼりにして、物凄く簡単

に協力要請。

 …ここまでライトな扱い方をされると、人生を左右する問題だと受け止めて、深刻に思い悩んだボクの日々は何だったのか

と本気で疑問に思う…。

「え?ん?」

 流石に歌っていられる状況でもなくなったクマミヤは、マイクを握ったまましきりに首を傾げている。なお、地声は低めな

のに意外にも声域が広かった黒熊は、今しがたまで良い声で物悲しい歌詞が印象的な某有名バンドのクリスマスソングを歌っ

ていた。…なぜ今クリスマスソングだ…?

「あのねダイちゃん?実はウツノミヤ君も同類だったって、そういう話…」

 唐突過ぎて判っていないらしいクマミヤに説明するイヌイ。まぁ無理もない。何かの冗談かと思うような切り出し方だった

からな、アブクマのは…。

「いや、それは判るぞ?けど…」

 黒熊はなおも不思議そうに眉間に皺を寄せている。

「キイチ兄ぃ初耳だったのか?」

「…え?そうだよ?」

「オイラてっきり知ってるんだと思ってた」

 …ん?

 イヌイが、アブクマが、ボクが黙り込む。

 …何だ?何か言っている事がおかしいような気がするんだが?

 知っているんだと…思っていた…?まるで自分はもう知っていたような口ぶり…。

「何だか、ボクがホモだと知っていたような言い方だな?」

 ボクの問いに、クマミヤは丸耳を震わせ、困り顔で応じる。

「え?いや、そうだろうなぁって何となく…」

 …は…?

「何となくって何だ?ボクはそんなに挙動不審だったか?ホモっぽかったのか?」

 焦りから身を乗り出し、矢継ぎ早に質問するボクの前で、勢いに押されたようにクマミヤが首を引く。

「そういう訳じゃないすけど…。オイラ、何となく判るんで…」

 …何となく判る?だから何となくって何だ!?

「ダイスケ、そういうの結構鋭いんですよ」

 そう口を挟んだのはタヌキだ。丸い狸は「勘みたいな物らしいですけど…」と黒熊を見遣りながら続ける。

「ダイスケが「そうかも」って言ったひとは、オレが知る限り全員ホモでした」

「なんだそりゃ?」

 ブーちゃんが目を丸くする。いや、勿論ボクだって訳が分からない。勘でボクがホモだとバレたのか!?

「えっと…。つまり同類探知機?」

 イヌイが胡乱げに首を捻ったが、クマミヤ自身がどうにも困り顔だ。

「どうなんだろ?でも絶対に判るとも言えないし…」

 しどろもどろになっているクマミヤが助けを求めるように視線を向けると、頷いたタヌキが札名を引き取った。

「オレもダイスケも正確に把握してるわけじゃないんですけど、「判る事もある」…ぐらいに考えてます。一目見てすぐ判る

とかそういうんでもなくて、ある程度間近で観察したりとかしないと判らないっぽいですけど…。仕草とか雰囲気とか、そう

いうのを無意識に分析しちゃってる系なのかな?原理とかはちょっと判らないです。あ、それとですね、ホモなら全部判るの

かどうかは確認のしようもなくて、ダイスケにも判らないホモが居るのかもで…。とりあえずですけど、今までのところはダ

イスケが確信した相手は100パーセントホモでした」

 タヌキはそこで一度言葉を切ると、「前主将と前々主将とか…」と意味ありげにアブクマに囁いた。

 何か驚くような事だったらしく、アブクマの目が真ん丸になる。

「マジか…」

「マジです」

 神妙な顔で頷く二人。ボクは…ああ、うん。何だろうな…。たぶん今、鳩が豆鉄砲食らったと形容するに相応しい顔で立ち

竦んでるんじゃないかな…。

「それにしても…、判ったならなんで黙ってたんだよダイスケ!さっさと話してよ!」

「だって、映画行く途中でも先輩とイチャイチャの話をしてただろ?だからオイラてっきり、先輩方はもう知ってて、オイラ

達に話す機会を窺ってるんだろうなぁって…。だから今、先輩達までビックリしてたから「何かおかしいぞ?」って思って混

乱して…」

 もそもそと後頭部を掻くクマミヤ。…にわかには信じ難いが…、本当なのかこれ?

「待てよ…?」

 アブクマが唐突にぼそりと呟き、眉間に皺を寄せて何やら考え込む。

「…それ、ウッチーの恋人探しに役立つよな…?」

 うぉおおおいブーちゃん!?

「おし!善は急いで回れだ!早速幸せ探しだな!」

 混ざってるぞブーちゃん!善は急げ、急がば回れの二つが!あと恋人イコール幸せで置き換えるな!

「あの、こう言っちゃなんだけど…」

 ボクが泡をくっていると、イヌイがおずおず控えめに声をかける。

 そ、そうだイヌイ!言ってやってくれ!そんな不確かで信憑性の無い話は鵜呑みにできないって!あとボクの恋人探しとか

ラージなお世話だって!そこをはっきりと…。

「星陵で探すかウツノミヤ君の地元で探すかした方が良くない?こっちで見つかっても遠距離恋愛に…」

 この似た者カップルがぁあああああああああっ!!!

 疑わないのか!?確定事項なのか!?歩くホモ探知機とかそこら辺の有り得なさを少し考えろ!

「流石キイチだ!冴えてるぜ!なぁダイスケ、夏休み中にちょこっと星陵まで来ねぇか?」

「いや、狙うなら終わり際だよサツキ君?寮生の皆もいくらか戻って来てる頃の方が…」

「待てキミ達!」

 固まってばかりではいられない。放置しておくと当事者であるボクを置いて話がどんどん突き進んで行く。ここはビシッと

言わねばならない!

 とりあえずボクは、妙に気を遣われると気持ち悪いとか、恋人探しとかヒュージな御世話だとか、あからさまに鈍感そうな

そこの黒熊の勘とか当てにできないとか、そこらの事をオブラートに包んで訴えた。

「…なるほど。まぁ確かにウッチーの意思抜きで進めんのはアレだな…」

 どうやら判ってくれたらしいアブクマが、耳を倒して頬をポリポリ掻く。…とりあえず話は通じたか…。

「そうだね。本人の意向を無視するのはまずいよね」

 聡明なイヌイも神妙に頷く。

「ところでダイちゃん?進学先になるんだし、夏休み終わり際に星陵見物に来ない?」

 待てチビネコ。

 話が判ってないじゃないか!本人の意向を無視して…。

 …あ…?

 抗議しようとしたボクがその事に気付いた瞬間、イヌイが口の端を僅かに上げた。

 …本人の意向…。そうだ、クマミヤの意向で彼が行くなら、それは…。

 ぐぬぬぬぬっ!一番の強敵はイヌイか!

 かくなる上は、と目でクマミヤに訴えるが、

「行く行く!」

 こっちを見てもいない黒熊は、ボクの懇願する眼差しに気付かないままコクコク頷きプリプリ尻尾を振った。…おのれっ…!

「あ、じゃあオレも行きます!前々から見てみたかったんですよねー、写真でしか見てなかったマンモス学校!」

 弾んだ声で乗じるタヌキ。…まぁ、旅行気分で遊びに出るのは結構だ。文句を言う筋合いはない。だが…、かき回すなよ頼

むから!?

 勝手にしろ。と言ってやりたい所だが、それでは本当に勝手をされかねない。

「言っておくが…。そうして世話をやかれた所で、勧められたヤツとそのまま付き合うつもりなんかないからな?」

 釘は刺しておかないといけない。ボクは一同を見回して告げる。

「付き合うとしたら、自分で選ぶ」

 お見合い的に引き合わされたよく知らない相手となんて交際できるはずもない。ある種の結婚はそれでいいだろうが、法に

縛られない交際だからこそ、両者の納得が必要という物だろう?

「そいつは勿論だ」

 ボクの考えを聞くなり、アブクマが即座に頷いた。

「僕も同意見。だから、あくまでも「らしいひと」を見つけるだけ。それを教えるまでがバックアップで、そこから先はウツ

ノミヤ君次第。無理強いはしないよ」

 イヌイはそう言って微笑む。…完全にクマミヤの勘を信用して計画に組み込んでいるな…。くどいようだが、何で君らはそ

んな非科学的な事を信用できるんだ…?

 とにもかくにも、ホモ探知機が同類を見つけても、それと付き合えという流れにはしない事、あくまでも判断はボクが下す

事、不必要に騒ぎ立てない事など、厳密に取り決めを交わした上で、ボクはしぶしぶこの協力体制に同意した。

 …おかしいぞ?ボクの為という事になっているのに、不安ばかりあってちっとも有り難くない…。



 カラオケを終えたら次は銭湯。

 タヌキの家で運営しているというそこへは、ショッピングモールからバス乗り換えなしで直行できた。

 外観は昔ながらの銭湯で、最近のスパ銭とは趣が違う。門の両脇に塩が盛ってあり、古めかしい形の客商売を連想させた。

 ボクの視線が塩に向いている事を察し、「あ、それよく勘違いされるけど魔除けとかじゃないんですよ」とタヌキが口を開

く。不思議がっているように見えたんだろうか?

「それは商売繁盛の…」

「ああ、始皇帝の故事が由来だったな」

 頷いたボクの顔を、タヌキがきょとんと見つめる。

「し、しこーてー…?」

「ん?そうか、流石に謂れまでは知らないか。盛り塩というのは…」

 かいつまんで説明してやると、タヌキは微妙な半笑いになり、太い尻尾をせわしなく、恥ずかしげに振りながらボソリと呟

いた。

「…父さんの話…、微妙に間違ってるじゃないか…」

 ん?どうかしたんだろうか?

 先を行くアブクマ達を追いかけて入口をくぐると、そこは和風のロビー。涼んだり休んだりできるようにベンチが多く設け

られていて、結構広々としている。

 カウンターには…でっぷりした中年狸。

 あまり似ていないから一目では判らなかったが、あのひとがタヌキの父親だと、イヌイが教えてくれた。

 母親似なのか?と思っていたら、女エンブレムの暖簾を押して女性用浴室方面から、面影がタヌキと似た小太りなタヌキ女

性が現れた。

 アブクマ曰く、その女性がタヌキの母親らしい。…やっぱり母親似か…。

 当のタヌキは両親にボクらの事を説明している。客が居るから父親はカウンターから離れられなかったが、簡単に御挨拶さ

せて貰った。愛想がよくて良く笑うひとだった。

 タヌキが丁寧に紹介してくれた母親の方は朗らかなひとで、こっちも笑みを絶やさない。きっとタヌキの性格は両親から伝

染したんだろうな…。

「弟も居るんす」

 クマミヤがぼそっとボクに囁く。

「可愛いのが」

「可愛いのか」

「ミニジュンペーす」

「ミニか…」

 タヌキを見遣って想像するボク。…もうちょっと大人しめの性格だと可愛いかもしれない。



「あまり混んでなくて良かったですね」

 脱衣場にタヌキの声が響く。…ここの息子として空いている事を喜ぶのは如何な物か…。

 臀部と腰回りに肉がついた狸らしい体付きで、全体的にラインがむちっとしている。…想像していたより黒っぽいんだな、

狸って…。

 ノゾムとは違って、中に筋肉が入っているせいかやや張りがあるシルエット。丸く出たユーモラスな腹は、狸の腹太鼓が似

合いそうだ。

 ただし、胸は鎖骨の辺りまできっちり厚く、大腿やふくらはぎ、そして手首近辺がやけに太いのも特徴だ。流石は全国大会

出場者。ただのデブではない。そして…。

 ボクはちらりと、さっきから気になって気になって仕方がない部位を見遣る。

 …大玉だ…。

 分厚い皮を被った包茎竿の方はともかく、その下にぶら下がる陰嚢のサイズは尋常じゃない…。

 何だこれ?野球のボールでも入ってるんじゃないのか!?これまで狸のデカキンは迷信だと思っていたんだが、もしかして

標準的にこうなのか?

「時間早めの方が良いっておじさんが言ったの、こういう事なんだろな。空いてるからって」

 そう言ったのはクマミヤ。こっちは熊らしい大柄で骨太な体格。顎下なんかの白い部分を除くと全身真っ黒で、被毛はツヤ

ツヤ黒光りしている。

 かなり脂肪が乗った堅肥り。腹も結構出ていて、アブクマ同様下っ腹には段がついてポヨンと柔らかそうだった。

 こっちもただ肥えているわけじゃなく、二の腕や肩の盛り上がりが凄い。肩幅もあるから、首まで繋がる山裾のような筋肉

の隆起がなおさら目を引く。そして…。

 ボクはちらりと、さっきから気になって気になって仕方がなかったポイントを覗う。

 …特大だ…。

 イヌイ程じゃあないが、棒も袋も体格に見合った大きさだ。全体的なサイズが尋常じゃない…。

 どうでもいいが何故裸靴下だ?何故最後まで靴下を残すんだ?すぐ全裸になるとはいえ、今この瞬間はダサいぞかなり?一

瞬一瞬を大切に生きろ。

 一方、アブクマは相変わらずのボリューミーなボディ。単純に体がでかいだけじゃなく、クマミヤと違ってモッサリした毛

の具合もあるからな…。

 イヌイは変わらずスレンダーなボディ。…と顔に似合わない凶悪なサイズの逸物…。

 独特の熱気と湿気が籠る大浴場は、外観から想像していたよりも広かった。

「おし!んじゃ洗いっこな!ローテーションで!」

 宣言するアブクマ。ふざけろ、恥ずかしいだろ、と止めたボクに何やら否定的な視線を向けて来たが、ここは断固反対。

 空いているとはいえ客は居る。公衆の面前でスキンシップは御免だし、ローテーションで洗いっこするより、各々が体を流

してから入った方が明らかに早い。皆が入浴を終えた後の寮の風呂じゃないんだ。いつまでも浴場が空いていると思うなよ?

「確かに、混み合うまでが勝負だからね」

 そんなボクの意見にイヌイが賛同し、アブクマがしょぼんと折れた。…洗いっこなら寮でいつもやっているだろうに。

 手早く体を流して汗を落とし、さっぱりした所で熱めの浴槽へしずしず浸かる…。夏場とはいえ、やっぱり広い風呂は気持

ちがいい。

 もっとも、脂肪で重武装している熊どもはさほどそう感じないらしく、「熱ぃ」だの「暑ぃ」だの言いながら、さっさと温

い風呂に、さらには水風呂へ連れ立って移動していく。

「おデブどもは大変だな」

 皮肉を込めて呟いたボクは、一瞬後にまだこっちで頑張っているおデブが居る事を思い出した。

「いや、オレだって暑いの得意って訳じゃないんですよ?サツキ先輩とダイスケは特別弱いんです」

 視線に気付いたタヌキが、左右に広げた両腕を浴槽の縁にかけて伸び伸びした姿勢のまま、へらっと笑う。…その格好と頭

に乗せたタオルがやけに似合うな…。

「…そうだ」

 イヌイが唐突にぽつりと言った。そしてにぃっと笑みを浮かべる。

「サウナ入らない?こういう時でもないとなかなか、ね」

「そうだな。悪くない」

 早速熊組を誘って、客が居ないタイミングでサウナにイン。

 被毛を温めながら通って肌に来る独特の熱が、風呂で温まった体をさらに火照らせる。

「実は僕、サウナってちょっと好きなんだよね。この密閉された感じとか、小説や漫画に出て来る秘密の部屋みたいだと思わ

ない?」

「ああ!隠し部屋ですね?」

「密会に使われる隠れ家の一室とかか」

「そうそう!あと、この熱がある匂いなんかも僕には新鮮に感じられて…」

「判るなそれ。木の匂い」

 熱を帯びたベンチに座って会話を弾ませるイヌイとタヌキとボク。しかし…。

「俺…、もう駄目…」

「お…、オイラも…」

 熊組が揃って舌を出して喘ぎ出し、早々にギブアップ。

「根性足りないなぁダイスケ」

「その図体は見かけ倒しかブーちゃん?」

「体のでかさは関係ねぇだろ…」

「二人とも、まだ三分しか経ってないよ?」

「三分あったらカップ麺できるよキイチ兄ぃ…」

 活きが悪い二名がサウナから逃げ出すと、仕方がないなぁと言わんばかりの表情でイヌイが腰を上げた。

「ついてくんですか?あまり甘やかしちゃダメですよセンパイ。チームXLがつけあがるから」

「XL入るかな?あの二人」

「もし着れてもピチピチだろうな。でなければ裂ける」

「じゃあXXL?」

「Xをもう一つ増やしておくか。真心で」

「あまり甘やかしちゃダメですよセンパイ?チームXXXLがつけあがるから」

 そんな事を言い交わして笑いあい、イヌイは外へ、ボクとタヌキは残る。

「そういえば、SMLは判り辛くてなかなか覚えられなかったと、小学生の時にブーちゃんが言っていたっけな…」

「判り辛い?どうしてでしょうね?」

 ボクは指を三本立て、それを折りながら説明した。

「Sはスモール。Mはミニ。そしてLはリトル…。どれも小さいんじゃないのか?…と思ったらしい」

「…物凄く紛らわしくなりますね、それ…」

「むしろ、よくもまぁそんなわざわざ判り難くするような間違いを思いつくもんだと呆れたな。頭が柔軟なんだかそうでない

んだか…」

「あはは!言えてます!」

 可笑しそうに笑ったタヌキ。その拍子にポヨンとした腹が弾むように揺れる。

「先輩達って、寮でもあんな具合ですか?」

「ん?…まぁ、そうだな…。仲は良い。だがベタベタしてるだけじゃなく、適度な遠慮…というか気遣いがきちんとある間柄

だ。良好な関係で、少し羨ましくなるよ」

 …口に出してから、ちょっと驚いた…。ボクは本当に、誰かを羨む自分を認められるようになったんだな…。

「ホモカップルだって、傍目から見てはっきり判りますか?」

「そうでもないかな。寮の自室じゃベタついているが、外ではそうでもないし…。実際のところ、ボクもそうと知るまでは気

心知れた親友同士としか考えていなかった」

「ちゃんとやれてるんですね?…はぁ、良かったぁ…。寮とかだと寝食一緒だし、バレ易いかもと思って不安だったんですよ」

「普通に規律を守ればそうでもないさ。客観的に見て非常識な事、やり過ぎだなと思える事、そういう物を控えて振る舞えば

いいだけだ」

「参考にします」

 素直に頷くタヌキ。ふと気になったが、コイツ結構頭が良くないか?受け答えが滑らかで、頭の回転が良さそうなんだが…。

「キミ、成績良い方?」

「え?ん〜…成績順位でいうなら、上から十分の一くらいの所でしょうか?」

 そこそこ良いじゃないか。それに加えて部活でも全国大会で優秀な成績…。文武両道とはまさにこれか。

 それほど強い選手に見えないし、ガリ勉的風貌でも性格でもないから、ギャップがなかなか面白いな。

 これでビジュアル面に恵まれて同性愛者でなかったら、女子共が殺到するスーパーマンじゃないか。…どっちも努力でどう

にもならない所だというのがいとおかし。

「それはそうと、そっちもクマミヤとは、その…、上手くやっているんだろうな」

「ええ、まぁ」

 応じたタヌキは、何か引っかかりを覚えたのか、横目でチラッとボクを覗う。

「…いや、恋人が居るっていうのは…、どういう感覚なんだろうな?…と…」

 …何だか口に出すのが恥ずかしい問いだなこれは…。

 ごもごもと呟いたボクに、タヌキは少し考えるように「ん〜…」と鼻を鳴らしてから、

「…ありふれた言葉ですけど、「ステキな感じ」ですかね?…やだなぁ、何かこれ口にすると恥ずかしいぞ?」

 恥じらうように肥えた体をもぞっと捻る狸。見た目にも言動にも愛嬌があるせいか、男なのにそんな仕草もそれほど気味悪

くは感じない。…何となくマスコットとかヌイグルミっぽいからか?

 …まぁ、確かにありふれた言葉だよな…。具体性に欠けてどうにも把握し辛い…。

 そんな感想を抱いたボクに、タヌキは「オレの場合ですけど」と先を続けた。

「ずっと悩んでて、独りぼっちな感じを抱え続けてて…、温かくてキツい事も、幸せで辛い事もあって…、そんな中で出会え

た恋人だから、なおさら…」

 それから少し間を置いて、タヌキはぽつりと言う。

「オレの初恋のひと…、サツキ先輩だったんです」

 …え?

 唐突な、そして衝撃的なその言葉で、ボクは面食らった。

「あはは!見事にふられちゃいました!」

 明るく笑うタヌキ。

 ボクはかなり驚いた。だって、アブクマもタヌキも、これまでそんな…、居心地悪そうな雰囲気とか、複雑な感情とか…、

そんな物は全く見せなくて…。

 だって、初恋の相手だろう?それが別の相手と付き合って、それと一緒に遊ぶって…。

 イヌイはタヌキから見て恋敵だった訳だろう?クマミヤにしてみればアブクマは恋人の初恋の相手になるわけで…。

 それが…、それが何でこんな風に仲良く…。

「何で…平気な顔して…」

 理解に苦しむボクが思わず零したら、「やっぱ変ですよねー」とタヌキがカラカラ笑う。

「最初は苦しかったですよ。何年も片思いして、やっと告白できたら…、まぁ、こんな話はいいか…」

 小さく頭を振ったタヌキは、「そんな時、ダイスケが言ってくれたんですよ」と先を続けた。

「有り難かったですよ。ゲンキンだなぁって思ったんですけど、オレもダイスケの事が好きで…。結局、上手い具合に拾って

貰えてくっついた感じです」

「…そうか…」

 軽々しく何か言ってはいけないような気がして、ボクは曖昧に返事をする。

「だから、先輩も見つけちゃった方が良いですよ!無理強いは無しって事にはなりましたけど、オレ的には断然!早期発見、

早期決着がオススメです!長引くと辛いですよ〜?」

「何だか病気みたいな表現だな?」

 しんみり気味になった雰囲気を盛り上げるためなんだろう、タヌキは殊更に声を明るくして冗談めかして、ボクもそれに乗っ

かった。

「好みのタイプとか、どういうんですか?」

「…どう…だろうな?」

 ノゾムの裸が思い浮かんだ。…だってオカズにするも何も、自覚するも何も、ホモだと自覚してからアイツの裸以外で抜い

た事はないし…。

「…まずいな。好みのタイプからしてよく考えてみる必要がある。自分でもどうかと思うが、好みが判らないぞ…!」

「そ、それは難儀ですねぇ…。でもほら!外観なんかはピーンと来るのがすぐ把握できると思いますよ!だって本能直結みた

いな物ですし!内面についてはちょっと判りませんけど」

 やっぱりコイツは頭が柔軟で回転も良い。しかも、ボクやイヌイとは違うタイプ…、ムードメーカー気質だ。

「とにかくですね、先輩も良いナニしてるんですし、恋人作ってエンジョイしなくちゃ!顔だって知的でハンサムなんだし、

ソロプレイばっかりじゃ勿体無いです!」

 …前言をやや撤回し修正する。コイツはきっと頭の回転がリビドーに直結している節があるシモネタ担当気質だ。

 ともあれ…、良いナニの定義はよく判らないが、ボクは少なくとも「不可」ではないな。それはまぁシャフトもボールも並

レベルだが、水準通りに整っているとも言える。

 タヌキは…。気になるな、あのボールがやっぱり…。邪魔にならないんだろうか?いや、イヌイも邪魔とは言わないし…、

慣れか?ずっとぶら下がっているモンだからな…。

 ボクがあまり見過ぎたからだろう、視線が気になったらしいタヌキは、ボクの顔と自分の股間へ交互に目を遣った。…見比

べるな頼むから。

「触ってみます?」

 ………。

 …は…?

 おいちょっと待て何故そうなるんだ!?

「気になってるんですよね?」

 とんでもない事をさらりと言い出すタヌキ。

「結構言われるんですよクラスメートにも。プールで着替える時とか「邪魔じゃねぇの?」とか、「どんな具合なんだそれ?」

とか…」

 …馬鹿な…!何だそのオープンさは…!?小学生か!?低学年か!?

「いや…、ボクは別に…」

「ああ!心配ないです!ちゃんと洗いましたから、今ならバッチくないですよ!」

 今なら、とかリアルに常態が想像できそうな事を言うな!普段はバッチィのか!

「見られるだろうここじゃ!?」

「窓は狭いし、壁際に寄ってればそうそう見えませんよ!オレがそっちに注意してれば入って来られたり覗かれたりする前に

気付けますし!バッチリです!」

 何でそんなにノリノリなんだお前!?

 いやしかし、こういう機会がそうそう無い事も確かだ…。ためしに軽く触らせて貰う事も経験…、か…?

 我ながらどうかしているが、タヌキが執拗に誘ううちに、何だか提案に乗るのも悪くないような気がしてきて…。

「なら…、ちょっとだけ…」

「どうぞご遠慮なく!」

 腰に手を立てて胸を張る…そして腹も突き出すタヌキ。何故ここで誇らしげポーズだ?

 と、とにかく、ぼやぼやして長引けばそれだけ危険が増す!

 ボクは妙な気分になりながらも早速屈み込んで、ポヨンと突き出た腹の下にチョコンとついた包茎「おちんちん」と、その

下にブランと下がった大袋を間近から見つめる。

 …何だこの格好?何だこの位置関係?傍から第三者目線で見たこの光景が頭に浮かんで、ただでさえサウナで熱く火照った

ボクの顔が、さらにカッカと熱を持つ…。

 み、見えているモノもモノだ…!腰に手を当ててデーンと腹を突き出した狸の股間が目の前だぞ?このどこか間抜けでシュー

ルな光景に胸が高鳴るボクもどうなんだ…!?

 丸みを帯びて段がついた腹肉の下には、むっちりと肉がついた股座…。

 ノゾムやアブクマもそうだが、ブリーフがジャストフィットしそうな三角形に張り出した肉のライン…。

 そこの下側についたモノは…、子供じみた包茎でありながら…、間抜けな外見でありながら…、ちょっとそそる…。いや、

大いにそそる…。

「…焦らしてます?」

「そんなことはない」

 恥ずかしげなタヌキの声に、やたら早口の棒読み口調で返すボク。

 ゴクリと唾を飲み込み、おずおずと手を伸ばして、陰嚢の下にそっと添えてみる…。

 たふっと手に乗ったタヌキの陰嚢…。それは柔らかく、ボリューム満点で、ずっしり重みがあった。

 思わず目が丸くなってしまったボクがまじまじと見つめていると、「うわやば、これ予想以上にハズい…!」とタヌキが呻

く。…勧めたくせに…。

 思いの外感触は良い。玉袋を覆うきめこまかな被毛までが柔らかだ。…触れている部分があれだからこういう感想すら何だ

か末期染みているが…。

 ちょっと手を上下させて揺すってみると、タプンタプンと柔らかに袋が揺れる。これ、何だか面白いな…。

 って…。あれ?

 ボクは玉袋を揺する手を止めた。その上で、タヌキの肉棒が、皮を被ったままムクムクと大きくなる…。

「な、何だって勃つんだよ…?」

「いやあのっ!い、弄られたから!?あと何だかこう、シチュエーションにドキドキ…し…て…!」

 ボクらの間に微妙な空気が流れる。

「…ちょっとトイレ行ってきます…」

「…ごゆっくり…」

 タオルで股間を隠したタヌキが、前屈みでそそくさとサウナから出て行く。

 独り残ったボクは、感触が残る手をわきわきしつつ、改めて振り返る。

 …夏休み前には想像もしていなかった事態だな…。

 今しがたちょっと閃いたんだが、ボクはもしかしたら、太目が好みかもしれない。デブは暑苦しいし見苦しいから好きじゃ

なかったはずなんだが…。

 最初の相手がノゾムだったからだろうか?一種の刷り込みと言えるのかな、これも…。