第一話 「高校生活最初の」
「…それじゃあ、今日はここまで。アブクマ、頼むなぁ〜」
「うす。きりーっつ!礼っ!」
俺の号令で立ち上がったクラスの皆が、揃って頭を下げると、教壇に立った虎獣人…、担任の寅大(とらひろし)先生も、
軽く会釈を返す。
「はい、お疲れさん。じゃあ、また明日なぁ〜」
でかくて太ってるトラ先生は、ぶっとい縞々尻尾を揺らしながら教壇を下りて、のそ〜っと教室を出て行った。
皆がわいわいと帰り支度を進める中、俺は椅子にどすっと腰を下ろして…、
「お…、終わったぁ…!」
ぐったりと、机に突っ伏した…。
高校生活最初の学期…、苦しかったその一日目が、やっと…、やっと終わったぜ…。
突っ伏したままウンウン唸っている俺を、微苦笑を浮かべたクリーム色の猫が振り返る。
「大丈夫?」
愛しの我が恋人…、乾樹市(いぬいきいち)に、俺は親指を立てて見せた。
「…まだまだ行けるぜ…、どんと来いってんだ…!」
「と、強がってはいるものの…、大丈夫には見えないな?」
後ろの席で、眼鏡をかけた狐が呟いてるのが聞こえてきた。
こっちは宇都宮充(うつのみやみつる)。俺はウッチーって呼んでる。
確かに、正直なトコ頭から煙が出そうだぜ…。
「…聞いてねぇぞ…?初日から学力テストだなんて…!」
俺達一年生の高校生活一日目は、基本五科目、国数社理英の中学範囲のテストだった…。
中学最後の期末試験以来勉強してねぇし、中身もスッポリ忘れちまってたから、もうグッダグダだ…。
あれから二ヶ月にもなってねぇってのに、既に脳みそはすっからかん。…俺、本当に頭悪ぃよなぁ…。
「え?スケジュール表に書いてあるじゃない?ほら…」
「うぇ…?」
顔を上げて、キイチが指さした壁を見れば…、確かに、小せぇ黒板に今週の予定書いてあんな…。
「入学式後のホームルームでも、先生が言っていたじゃないか?」
背後からは呆れたようなウッチーの声。
「マジでか!?」
「大マジだ」
体を起こして振り向いた俺に、ウッチーは真顔で頷く。
「で、でもよぉ…、キイチ勉強してなかったじゃねぇか?」
「だって、中学の範囲のだし、今回の結果は成績に反映されるものじゃないし…。それに…夜は…サツキ君…、その…」
キイチは耳を伏せて、少しばかり恥かしそうな笑みを浮かべて言葉を濁した。
…あ…?
「…わ、わりぃ…!勉強してなかったのって、俺が…!」
ひょっとしなくても、俺が毎晩ベタベタひっついて甘えてたからだ!
うがぁ〜!知らなかったっつっても、馬鹿か俺は!
ヘコんで落ち込んで申し訳なくなって、再び机に突っ伏した俺の頭に、
「気にしないでね?僕も復習より、そっちの方が良かったんだから。…もっとも、君が忘れてるなんて思わなかったけど…。
念の為、一声かけておけばよかったね?僕こそゴメン」
と、キイチの小さな囁きがサワサワと当たった。
うぅ〜…。優しいなぁキイチ…。部屋に帰ったらしっかり謝ろう…。
「さっきから何をコソコソ話してるんだ?」
「ん?軽く答え合わせ。訊くのが恥かしいレベルの問題に、ちょっと自信無かったんだって」
訝しげに尋ねるウッチーの声に、キイチの笑い混じりの声が応じた。
…キイチ…。文句言える立場じゃねぇけど、誤魔化し方が微妙にキツいぜ…。
「さぁ、過ぎた事は仕方ないよ。元気だしてサツキ君!今日からイワクニ先輩と部活するんでしょ?」
キイチの言葉で大切な事を思い出した俺は、ガバッと身を起こした。
そうだ!今日から仮入部期間、部活動開始だ!
「入部希望者、山ほど来たりしてな!?」
「うん。きっとたくさん来るよ。いっぱいビラ配ったしね!」
キイチに励まされ、俺は鞄を掴んで席を立った。
何人入ってくれるかなぁ?う〜っ!楽しみだなぁおい!
「あ、お前らはどうすんだ?」
尋ねると、キイチは鞄を抱えて立ち上がりながら応じた。
「図書室を見てから、少し部活を見て回ろうかと思ってるんだ。他の部に、仮入部希望者がどれくらい集まってるか、ちょっ
と見てくるね?」
「ボクは一度寮に帰ってから、本屋に行って参考書を見てくる」
キイチには部活に入る気がねぇ。まぁ、やりてぇ事ってのに集中するんだろうな。
ウッチーはまだ決めてねぇらしいが、運動部はなるべくならカンベンって事だった。
「一通り見て回ったら柔道場にお邪魔するね?練習が終わったら一緒に帰ろう?」
「おう!待ってんぜ!」
笑顔で二人と別れたこの時の俺は、もちろん知るはずもなかった。
この後、俺をとことん落ち込ませる事が待っていようとは…。
そうそう、お馴染みだが自己紹介な!
俺は阿武隈沙月(あぶくまさつき)。星陵ヶ丘高校一年で、柔道部所属予定。
濃い茶色の被毛に、胸元の白い月輪がトレードマークの熊だ。
「……………」
「……………」
俺と主将はたった二人、ボロボロの柔道場の畳の上で、じっと入り口を見つめていた。
「…誰も…来ないな…」
「…一人も来ねぇっすね…」
表情無く、ぽつりと言った主将に、俺は同じく無表情で頷く。
いつも姿勢が良い、ちっと細めの体付き。頭は五分刈り、真っ直ぐな眉、鼻筋の通った顔立ちから真面目な印象を受ける。
いかにも柔道部員って感じのこの主将、名前は岩国聡(いわくにさとる)。
三年生で、俺達の寮の寮監だ。
…何を隠そう、今んとこ、主将と俺しか部員は居ねぇ…。
まずい事に、年季の入った道場の引き戸は、俺達が入って以来一度も動いてねぇ…。
…何だこれ!?何で一人も来ねぇんだ!?
入り口を潜って正面、道場の奥には、主将が自前のパソコンで作って、プリントした紙を貼り合わせて出来上がった「歓迎!
ようこそ柔道部へ!」の横断幕が、隙間風に寂しく揺れてる。
「…今年の新入生も…柔道に…興味無いのかな…」
「い、いや!まさか俺だけなんて事はねぇはず…!」
「でも、昨年も新入部員無しだった…。ちょうどこんな感じで…」
たまに風で戸がカタンと音を立てる度、俺と主将は期待に顔を上げる。
…が、音が鳴るだけで開きはしねぇ…。
「…初日だし、遠慮して見に来ないのか…?」
「そいつだ!皆緊張して来辛ぇんすよ!明日、明後日になって慣れてくりゃあ、きっと見学にも来るっす!」
「そ、そうかな?そうだよな?」
「おう!きっとそうっすよ!」
お互いに声を掛け合い、ネガティブ思考を追い払おうとしながらも、戸が風で音を立てる度、ハッと見つめては、やがてた
め息をつく俺達…。
…さ、寂しいなこりゃあ…、完全に予想外だぜ…。
と、そこで、ガラガラガラ…、っと…
「失礼しまーす」
引き戸が開く音と、控えめな声!?
『いらっしゃい!』
声を揃え、笑顔で振り向いた俺と主将は、しかし…、
「あれ?二人だけ…ですか?」
目を丸くしているキイチの姿を認め、がっくりと項垂れた。
「す…、済みません…!何だか、間の悪い時に来ちゃいました…?」
「い、いや良いんだイヌイ。勝負は明日からさ!遠慮せず上がって行きなよ」
勝負は明日から…か…。すでに今日は諦めてんだな、主将…。
毛羽だった畳の上に腰を下ろし、俺と主将はキイチから他の部活の様子を聞いた。
「…とまぁ、こんな具合でした…」
キイチは浮かねぇ表情で報告を終える。
…なんてこった…、柔道部以外には結構人が集まってるらしい…。
「何が悪ぃんだよ一体!?」
思わず頭を抱えた俺の横で、主将が顎に手を当てながら目を細めた。
「もしかして…、道場の位置が解り難いのか…?」
それを聞いたキイチが「あっ!」と声を上げる。
「それも原因かもしれないですよ?だって、昨日先輩に案内して貰わなければ、僕も柔道場の位置が解りませんでしたし、今
だって少し迷いながら来ましたから…」
「そういえば、ビラにも位置は書いていなかった…。しまった!これは盲点だった!」
「でも主将、校内案内板にゃ柔道場の位置も書いてあんだろ?気付くんじゃねぇのか?」
俺が首を傾げると、キイチはチッチッチッと指を振った。
「甘いよサツキ君!例えば、入部希望がいくつかあって、目に付く所に部室がある部と、ちょっと探しても見つからない所に
部室がある部…、普通はどっちに見学に行く?」
「そりゃあ、目に付く所に行くかなぁ?」
「でしょ?それで、最初に行った部で満足しちゃって、次の部に行く前に「ここで良いやー」ってなっちゃったら…?」
「あ?あぁっ!?そりゃまずい!ここに来る前に流れが止まっちまってんのか!?」
主将は大きく頷くと、腕組みをして難しい顔になった。
「可能性としては大いに有り得る…!さっそく今夜にでも案内用のポスターを作って、明日の朝の内に張っておこう!有り難
うイヌイ!これで危機を脱せそうだ!」
原因らしいもんの候補が一つ挙がったら、なんとなくだが気が楽になった。
俺と主将はキイチを交えて明日からの対策を話し合い、結局稽古もしねぇまま、今日の部活は終了になった。
「キイチ、ウッチー。ちっと外すな?悪ぃけど二人で食っててくれ」
夕飯時、俺は目当ての顔を食堂で見つけ、飯を乗っけ終わったトレイを持って二人の傍を離れた。
まだ遠慮があるせいか、キイチもウッチーも先輩の大半が居なくなって、一年だらけになってから夕飯を食う。
俺は大して気にならねぇんだけど、一人で食いに来んのもイマイチつまんねぇっつうか、寂しいっつうか…。
…と、それはともかく…。
黙々と飯を食ってた鋭い顔つきのシェパードは、テーブルの向かいに立った俺に、ちらっと視線を向けた。
「邪魔するぜ。構わねぇか?」
返事は無かったが、俺はオシタリの向かいの椅子を引いて腰を下ろした。そして、とりあえずは飯を掻き込む。
イヤに静かなのは、俺達に会話がねぇからってだけじゃねぇ。周りのテーブルでも話し声が止んだからだ。
たぶん、シンジョウが調べてる、こいつが札付きのワルだったって噂、そろそろ広まって来てんだろうな。
鈍感な俺でも、何となくだが周りが警戒してるような感じが解る。
「ウッチーと、あんまし話してねぇのか?」
「…ウッチー?」
返事を期待した訳じゃなかったが、オシタリは手を止めて、微かにだけど、訝しげな表情を浮かべる。
…そか。普通はウッチーじゃ解んねぇか…。
「あぁ悪ぃ、ウツノミヤの事な」
納得したのか、オシタリは再び食事に戻る。
…俺の質問そのものには答えが返って来ねぇな…。
「なぁ、何で周りのヤツらを避けんだ?」
この質問もスルーされたが、俺は箸を動かしながら続けた。
「ダチ作りたくねぇ理由があんのか?それとも単に口べたなだけなのか?」
オシタリは答えねぇ。が、俺はやっぱり構わず話し続ける。
「つまんねぇだろ?せっかく高校に入ったってのに、ダチも作んねぇで居んのは?」
なんだか独り言みてぇだなこれ?
ひとまず喋んのを止めて、納豆を掻き回す事に集中すると、
「…何でだ?」
と、オシタリがぼそりと言った。
「何がだよ?」
「他にも席は空いてるだろう?何でオレの所に来る?」
「う〜ん…」
俺は手を休め、理由を探す。
…改めて何でって聞かれると、困るな…。
まずはどんなヤツなのかって、話して確認してみたかっただけだしよ…。
「…何となく、か?」
「…バカかお前?」
悩んだ末にあやふやな答えを返した俺に、オシタリは不機嫌そうにそう呟くと、空になったトレイを持って立ち上がった。
「なぁ、毎晩何処に出かけてんだ?」
「うるせぇ、オレに関わるな」
俺の質問に、オシタリは吐き捨てるようにそう答え、さっさと歩いて行った。
…ま、今日はこんなもんかな…。
オシタリが不機嫌そうに食堂を出てくと、キイチとウッチーが食いかけの飯を持って移動して来た。
「まったく何考えてるんだ?ブーちゃんがいつキレるかとハラハラしたぞ?」
「なんだと?そんな風に言ったら、いかにも俺がキレやすい今時の若者みてぇじゃねぇか?」
反論してから気付き、一言付け加える。
「…若者だけどよ」
「見てくれはこの上なくおっさんくさいけれど、確かに同級生ではあるな」
ウッチーはキッパリと辛辣な意見を言って、それから声を潜めた。
「イヤぁ〜なヤツだろ?何考えてるかさっぱりだし…。悪いことは言わないから、キミも関わるな」
ウッチーはどうやら、オシタリの事を良く思ってねぇみてぇだな…。
まぁ、真面目なこいつにすりゃあ、協調性のねぇオシタリは気に食わねぇのかもしれねぇ。
「それで、どんな感じだった?」
ウッチーの話が終わるのを待って、キイチがそう尋ねて来た。
「まだ良く解んねぇなぁ。けど…」
俺はオシタリの顔を、他人を拒絶する雰囲気を、そしてキイチの話を聞いていたからこそ感じた、あの微妙な空気を思い出す。
「…寂しい感じはしたかなぁ…。ほんのちっとだけど…」
思い出しながら俺が呟くと、キイチは神妙に頷き、ウッチーは訝しげに首を傾げた。
「起立!礼」
「はい、お疲れさんなぁ〜」
今日のホームルームで学級委員になったウッチーのキビキビした号令で、俺達は一斉に頭を下げ、トラ先生はやっぱり間延
びした口調で別れの挨拶を言う。
「今日こそ来る!ぜってぇ来る!」
「うん!来ると思う!」
胸の前で両拳を握り締めた俺に、キイチは笑顔で頷いた。
「それじゃあ、僕は今日も他の部活を見て、それから道場に報告に行くね?」
「わりぃなぁ?お前もやりてぇ事っての、あんだろうに…」
「そっちはまぁ大丈夫だから、気にしないでね?それじゃあ、また後で」
「おう!後でな!」
「まずは…、見学者で混み合う前にサッカー部〜っ!」
キイチは鞄を抱きかかえたまま、足早に教室を出て行った。
キイチのやりてぇ事ってのが何なのか、俺はまだ知らねぇ。
確かに、気にはなるけどよ、無理に訊き出すつもりはねぇんだ。
いつか、あいつが話してくれるその時まで、じっと、待ってようと思ってる。
「……………」
「……………」
俺と主将はたった二人、柔道場の畳の上で、今日もじっと入り口を見つめていた。
「…今日も来ないな…」
「…来ねぇっすね…」
おかしいだろこれ!?ちゃんと柔道場までの案内表示も張ったってのに!
「…デザインがまずかったか?もうちょっと派手な案内なら…」
「あ、そ、それだ!きっと気付かれてねぇんだな!うん!」
お互いに声を掛け合い、ネガティブ思考を追い払っていた俺達は、
ガラガラガラ…、
「失礼しまーす」
と、引き戸が開く音に振り返った!
『いらっしゃい!』
声を揃え、笑顔で振り向いた俺と主将は、しかしキイチの姿を見てため息をついた…。「あの…、二人とも…」
昨日と同じく現れたキイチは、何だか困り顔だった。
「…マジか!?」
「うん。敷地内に無許可で掲示物を貼っちゃダメなんだって…」
キイチは困り顔でそう言った。
なんでもキイチは、ここに来る途中で案内ポスターを剥がしてる生徒を見つけたらしい。
何でそんな事すんだ?って慌てて尋ねたら、校則違反って事だったと…。
「しまった…!校舎内はともかく、屋外に掲示物を貼るときは、美化委員会に許可を取らなきゃいけないんだった!うっかり
していた…!」
主将はキイチが美化委員から引き取ってきた案内ポスター(全部剥がされてた…)を前にして、頭を抱えた。
「でもまぁ、これで原因ははっきりしたじゃねぇすか?貼ったは良いが、剥がされてたんだもんな。気付いてねぇんすよやっ
ぱり!」
「そうだな!早速許可を取りに行って来るよ!今日のうちに貼り直せば、明日はきっと!」
結局、ポスター掲示許可と貼り直しに時間を費やして、今日も部活は終わった。
…なかなか部員も来ねぇし、稽古もできねぇなぁ…。
「お、居た居た。キイチ、ウッチー。今日も外すな」
夕飯時、俺はまた目当ての顔を見つけ、トレイを持って食堂を横切った。
「邪魔すんぜ」
オシタリは、テーブルの向かいに立つと、ちらりと俺に視線を向けた。
昨日と同じように向かいに座り、飯を食い始めると、
「…よそに行け」
オシタリはぼそっと、そう呟いた。
「良いじゃねぇか、ここで食いてぇんだから」
笑いながらそう言ってやったが、オシタリは俺の顔を見ることもねぇまま、もう無反応モードに入ってる。
…う〜ん…。スマイルにゃ自信ねぇし、これで反応引き出せるとも思っちゃいなかったけどよ…。
気にせず飯を掻き込み、とりあえずは食事を続ける事にする。
しばし黙々と食事を続けていると、食い終わったオシタリがトレイを手に持った。
「なぁ」
声をかけると、シェパードは腰を浮かせかけたまま止まって、独特の鋭い目で俺を見る。
「ダチも作んねぇで、誰とも喋らねぇで過ごすのって、寂しくねぇか?」
オシタリは苛立たしげに目を細め、オレを睨んだ。
「…うぜえんだよデブ…!」
吐き捨てる声は、静かだった食堂に響いた。
口の端を吊り上げ、噛み付きそうな顔で俺を睨むオシタリ。
周りは水を打ったように静かになってる。
「…何が可笑しい?」
オシタリは俺の目をじっと見つめた。
…っと、いけねぇ…。やっと反応があったと思ったら笑っちまってたらしい。
俺は笑みを消して、首を横に振った。
「いや、なんでもねぇよ」
オシタリは訝しげに目を細めて、じ〜っと、俺を見つめた。
「…怒らねぇんだな…」
「デブなのは自覚してるからな。言われたって別に腹は立たねぇよ」
苦笑しながら言ってやると、オシタリはトレイを持って静かに立ち上がった。
「…変な野郎だ…」
ボソッと呟き、去って行くオシタリの背を見送り、俺は食事に戻った。
そこへ、キイチとウッチーがトレイを持ってやって来る。
「まさか今日もやるとは…。懲りないなぁアブクマ…」
「まだ反応らしい反応が返って来てねぇからな。根気良く続けるさ」
「続けて何になるんだ?」
理解できねぇと言わんばかりに、大げさに肩を竦めて見せたウッチーに、俺は苦笑いしながら答えた。
「誰だって、一人は寂しいもんだろ?普通はよ」
キイチは目を細めて、微かに笑いながら頷いてから、口を開いた。
「ところで、今日は少し進展した?」
「ちっとはな。なかなかガードが固ぇ。ま、オトし甲斐があるってもんだ。ぬはは!」
今日のオシタリは、昨日と比べりゃいくらか反応があった。
すぐにどうこうって訳には行かねぇだろうが、ちっとずつ打ち解けて行ければ良いと思ってる。
なんせキイチも気にしてるし、俺だって気になる。
ウッチーと相部屋のヤツだし、少しは打ち解けてやって貰いてぇ。
それに何より、せっかくの高校生活なんだ。
ダチ作んねぇで一人で過ごすのって、ちょっと寂しいだろ?
…まぁ、去年の今頃は進学するつもりが無かった俺が言うのも、なんだけどな…。