第二十一話 「色々きなくせぇ」

「お?似合ってるじゃん。衣替えかい?」

部屋を訪ねて来た狼は、ドアを開けた俺の姿を見るなり、足下から頭の天辺まで視線を走らせて口元をニヤリと歪めた。

最近いつもそうなんだが、部屋じゃ貰い物の甚平を着て過ごしてる。

三着も送って貰ったから、汗っかきの俺でもローテーションに困らねぇ。

…一緒に送られてきた褌は…、実は一回もつけてねぇ。

試しにつけてみようとしたんだが、締め方が判んねぇんだよ…。

「オジキが送ってくれたんすよ。これが涼しくってなかなか良いあんばいなんだ」

甚平の襟元を摘んで引っ張って見せ、笑い返した俺は、シゲさんを部屋に招き入れた。

邪魔しても良いか?って電話が突然あったのは、つい一分か二分前の事だ。

わざわざ断りを入れてから来るなんて珍しい。

…ってか、休日に飯一緒する時なんかはともかく、平日の夜にシゲさんが一人で遊びに来るのも珍しいか。

部屋に上がった灰色狼は、スンッと軽く鼻を鳴らす。

「あれ?良い匂いしてるな…。料理中だったのか?」

「夜食にペペロンチーノ作ってる途中」

「あはははは!そんなんだと一段と太るぞぉ?痩せたいんだったら、間食や夜食を我慢すれば良いのに」

カラカラと笑いながら、シゲさんは俺のどてっ腹に軽いボディブローを入れてきた。

「軽く我慢できんだったら、ここまで肥えてねぇっすよ。俺の誘惑への弱さを甘く見て貰っちゃ困るぜ」

軽くめり込んでる握り拳を、息を吸って腹を張って押し返してやったら、シゲさんは呆れ混じりの苦笑を浮かべる。

「ははっ!開き直るなって!」

「で、シゲさんも食うっすか?」

「頂こうじゃないか」

「デブってもいいんすか?」

「なぁに、アブクマほど貯蓄してないからすぐ絞れるさ」

「貯蓄かぁ。蓄えて得な事でもありゃいいのになぁ…」

「利子ついてますます太るってかい?」

「…ついてんのかな?利子とか…」

「どうだろな?まぁ、二十四時間全身に重り付けて生活してるようなもんだし、筋トレになってるかも?ここは筋肉が利子っ

て事で一つ」

「そう思っとくっすか」

シゲさんと軽口を叩き合いながら台所に戻った俺は、パスタのゆで加減を確認し始める。

ドア近くの壁に寄りかかったシゲさんは、しばらくの間は黙って物珍しそうに調理風景を眺めてた。

最初は、俺が料理すんのは意外だったらしい。似合わねぇって言われた。むしろキイチのが得意そうだって。

主将も団長もインスタント食品ぐれぇしか扱わねぇらしいし、シゲさんなんて小中の家庭科で習った中身を八割忘れた程度

の料理の腕だと自称してる。

ルームメイトの虎獣人…マガキ先輩は、時々簡単な料理を作ってくれるらしいが、それもあまり頻繁じゃねぇんだと。

おまけにシゲさんが見てると「気が散る」とか言って追い出しにかかるそうだ。

んな訳で、俺の料理風景はなかなか新鮮で眺めてても飽きねぇんだとよ。

「帰って来ないなイヌイ、長風呂なのか?」

「へ?いやキイチは風呂じゃねぇすよ。隣に遊びに行ってるだけで…」

「隣?ウツノミヤとオシタリのトコか」

「そ。時々ウッチーと小説とか映画の事で長々とだべってんすよ。何でああ長話なんだろなぁ二人とも?…あ、キイチに用事

なら呼ぶっすけど?」

「いや、居なきゃそれでも構わない。どっちかと話ができれば良かったからな」

シゲさんは言葉を切ると、それっきり黙り込んだ。

何か考え事してるっぽい雰囲気だったから、俺は話しかけずに料理を仕上げる。

俺は阿武隈沙月。柔道部所属の星陵一年生。濃い茶色の被毛と胸元の白い三日月が特徴の熊だ。



パスタを盛った皿を二つ座卓にあてがった俺は、シゲさんと向かい合って腰を下ろした。

「どうすか?」

「ん。美味いよ。美味い」

二人揃って品無くズルズル音立ててペペロンチーノを食いながら、俺とシゲさんはしばらくの間部活なんかの話をした。

お互い全国大会を控えた身だからな、話は自然とそっちの方に偏っちまう。

あっという間にパスタも片付いて、冷えた麦茶を啜りながら食休みし始めると、シゲさんは話題を変えた。

「ところで、シンジョウの事なんだが」

「ん?」

「今大変そうだけど、何か零してたりしないか?」

「あ〜…、部活の事は俺らにも何も…。あいつ根性あるし肝も座ってるし、簡単に弱音吐くタマじゃねぇすから…」

「だな…。ウシオ団長が「ホネのあるヤツ」って言うぐらいだから、相当なもんだよ」

女子についての評価とは思えねぇ言葉が飛び交ってるが、シンジョウってそういうヤツなんだよ。

男っぽいとか、女らしくねぇとか、そういう事は全然ねぇんだが…、とにかくあいつについて説明しようとすると、どうい

う訳か野郎について話してるような言葉が並ぶ。しかもやたらと男前な評価の言葉が。

「シンジョウは、交際している相手は居なかったよな?」

「居ねぇはずだけど…。何すか急に?」

首を捻る俺に、シゲさんは続ける。

「地元では誰かと付き合ってたのか?」

「いや、交際経験ねぇって聞いたけど…。だから急に何すか?」

「支える誰かは、友達だけって事か?」

「え?そりゃまぁ、たぶん…」

こっちからの問いかけには答えねぇまま、シゲさんは一方的に質問だけ投げ続けてから黙り込んだ。

何か考え込んでる風に瞼を半分下ろして、汗をかいた麦茶のグラスを見つめてる。

…シゲさん、シンジョウの事が心配なのか…。結構気に入ってるみてぇだしなぁアイツの事…。

けどまぁシンジョウは、周りが何か言ったって、そう簡単に考えを変えるヤツじゃねぇしな…。

珍しく静かに考え事をしてる狼をそれとなく眺めて、麦茶を口に含んでた俺は、唐突に開いたドアに顔を向ける。

「ただいま。あ、先輩こんばんは」

クリーム色のちっこい猫は、来客に気付いてぺこっとお辞儀した。

「ようイヌイ。お邪魔してるぞ」

考え事は一旦中断したのか、シゲさんは人なつっこい笑みを浮かべてキイチに応じる。

「今日は何の話だったんだ?」

訊いてもたぶん判んねぇだろうが、一応声をかけた俺に、キイチは満足げな表情で頷く。

「勇者デロレンシリーズについて熱く語り合って来たよ」

『何ソレ?』

さらりと応じたキイチの言葉尻に、俺とシゲさんの声がハモって重なった。

「タカミスズ先生の人気シリーズの一つ。知りません?」

「いや、作家の名前聞いたってピンと来ねぇよ…。漫画家ならちっとは判るけど…」

「シゲ先輩も知らないですか?漫画とか深夜アニメになったりしたんですけど…」

「いやゴメン、おれアニメとか小説とかそういうの疎いから。漫画なら人並みだけど…」

クリーム色の猫は少し残念そうに肩を落とした。が、急に大きく頷くと、

「是非お勧めしたい一品です。漫画でも良いから」

と、若干熱のこもった表情で話し始めた。

…これ、ちとヤバ目の流れだ…。

キイチ、小説とかの事で熱が入ると話がやたら長ぇんだよ。

あれは去年の夏休み…、まだ俺らが付き合い始める前の事だったっけ…。

その日、本屋で偶然見かけたキイチは、棚の高いトコにある本に手を伸ばして、必死に背伸びしてた。

珍しく周りが見えてねぇ状態になってたらしくて、踏み台がある事にも気付けねぇまま背伸びするキイチの様子は…、なん

つぅかこう…、キュンと来たっ!

…いや、とりあえずそいつは置いといて本題な本題…。

んで、俺が本を取って渡してやったら大喜びで、店を出たトコで買った小説の話を始めた。

…一時間以上も立ちっぱなしで…、一方的に…、そりゃもう熱心に…。

一生懸命さがかわいくて半分見とれてた俺だが、あん時はさすがに途中からキツくなったっけ…。

「剣と魔法の世界を舞台にしたファンタジー冒険活劇です。勇者デロレンとその仲間達が歩む波乱に満ちた長い旅路と、魔王

ウィーランドとの戦いの物語なんですよ。デロレンが暮らす大陸は四割が魔王の手中に収まっていて、完全支配も時間の問題

という危機的状況で…」

ヤな予感的中っ!案の定、キイチはすらすらと作品概要について話し始めた。

「え?何か勇者と魔王の名前逆っぽくないかそれ?」

あー…。こういう時は食いついちゃダメっすシゲさん…。

案の定、反応が嬉しかったのか、キイチは「そうなんですよねぇ」とコクコク頷き、一層熱を帯びた口調で話しを続けた。

「勇者デロレンは、両親がハネムーンで行った離島で聞いた、「強い男」っていう意味の名前…って事になってました。でも

より正確には「酒に強い男」って意味らしいです。ちなみに、作中やおまけページでも何回かネタにされてるんですけど、デ

ロレン自身は名前の意味とは裏腹に極端にお酒に弱いんですよ。すぐへべれけになっちゃう」

…熱心に話してるところ悪いけど、何かどうでも良い知識だなぁ…、とか思う俺は失礼なヤツだろうか?

が、シゲさんはちゃんと、「響きからして酔っぱらってる風だもんなぁ」と合いの手を入れてる。

「ですよね!デロ〜っとかデレ〜ンって感じで!勇者らしくないのは名前だけじゃなくて、見た目や性格もなんですよ。29

歳の三十路直前おデブな狸で、根性無しで小狡くて、そのくせおっきな事はできない小心者。何かと理由をつけては旅を遅ら

せようとしたり、お目付役の同行者から逃げ出すチャンスを窺ってまして、魔王討伐が嫌で嫌で仮病で宿の部屋に立てこもる

なんて事もしばしば。さらに物凄くスケベ、しかも元ニートと、おおよそ勇者らしくない所が作中でも繰り返して強調されて

ます」

「あははははっ!何だそれっ!ってかニート?」

…あれ?シゲさん結構乗り気?

「ええ、勇者に認定されるまでは今で言うところのニートでした。作中の世界は科学技術が17世紀ぐらいのレベルで、そこ

に魔法が学問の一分野として取り入れられてるんです。つまり今で言う通信情報システムなんかが魔法で代用されてて、例え

ば水晶板をモニターにした機器でそのまんまインターネットみたいなコミュニケーションや情報収集ができるんですけど、デ

ロレンはそんなシステムにどっぷり浸かった、いわゆるネット依存の二十代後半ニート。それが、何の因果かいろんな偶然が

重なり合って勇者に認定されてしまって、魔王を倒す使命をロイヤルファーストウィザード…王宮付き一級魔導師から直々に

授けられる事に…」

「それ、奇抜過ぎる気がするんだが、売れてんの小説?」

「結構。アニメにもなってますし、ストーリー序盤がイラストレーターによって漫画化されてます」

「へぇ。で、魔王ってのは?やっぱり中間管理職魔王みたいなのが居て、その後ろに真の魔王とかが…」

「とかいう事は無いです。魔王ウィーランドは大陸の四割を征服した凄腕先代が死去して跡を継いだばかりの、いわゆる新人

の二世魔王なんですけど、デロレンより若いんです。しかもカッコイイ」

「あはっ!勇者より若くてカッコイイのかよ!」

…俺…、今どんな顔をしてんだろ…?

次第に熱を帯びていくキイチの話と、それに興味津々で耳を傾けるシゲさんを眺めながら、麦茶を啜る。

ついてけねぇ…。思いっきり蚊帳の外だよ俺…。

それからかなり時間が経ち、置き時計の針が午後十一時を示した頃、一時間近くにわたったキイチの話はようやく終わった。

「あ、ウツノミヤ君が漫画版持ってますから、良かったら借りてみたらどうでしょう?」

「だな。ちょっと読んでみよう」

楽しげな二人の脇で、唯一会話に加わって無かった俺はかなり疲れてた…。

…何だこの疎外感…?



それから数日後、日曜日の夕方…。

男子寮。でもって俺の部屋。しかも台所で…、

「シゲさんの事?」

首を傾げた俺に、体格が良いパンダの女子が耳を寝せて、ちょっと目をそらし気味にしながら頷いた。

「何だよ急に?教えてくれったって…、何をだ?」

「な、何でも良いよぉ…。ミナカミ先輩の事で、どんなんでも知ってる事とかあったら…」

「どんなんでもったって、なぁ…」

困った俺はフライパンを振って焼きそばを宙に放る。

今日はオシタリ以上に大飯食らいのユリカが居るから、飯の量が約三割り増しだ。

シンジョウも忙しいってんで手持ちぶさたになったらしいユリカは、夕飯一緒してぇって訪ねて来たんだが…。

…ん?なんかちょっと前にもキッチンでこんな事無かったか?…まぁいいか。

「た、例えばさぁ…、付き合ってる人とか、どうなんだろ…?ホントに居ないのかな…?」

大根を薄切りにしながら太い体をもじもじ揺するユリカに、俺は「は?」と顔を向けた。

「居ねぇと思うぞ。追っかけみてぇなぎゃーぎゃーうるせぇ女子とか嫌いらしいし、付き合うとかそういうのも煩わしいとか

なんとか言ってるしよ」

「…ホントに居ないんだ…」

呟いたユリカは、ほっとしたみてぇに小さくため息をつく。

「だいたい、シンジョウに聞きゃ一発じゃねぇか?」

「ん〜…、でもこういうのって…、仲が良い男子の方がくわしいんじゃないかなぁって…」

ユリカは少し顔を俯かせながら、ぼそぼそと歯切れ悪く呟いた。

…そういやぁ、こいつシゲさんと一緒だとちょっと様子おかしくなるよな?口数少なくなったりして。

シゲさんのファンみてぇだし、緊張するんだろうってシンジョウも言ってたけど…。

…待て。待て待て待て。まさか…?

俺の頭の中で、数日前のシゲさんとの会話が蘇った。

思い出した。さっきのデジャヴってコレが原因だ。

シゲさんはシンジョウについて、俺にこう訊いた。「地元では誰かと付き合ってたのか?」って…。

あの時は、相手が色恋沙汰に無関心なシゲさんだからあんまり考えなかったが…、あれって普通なら、相手に興味あるって

事だよな?交際してるかどうか訊く理由って、ただの軽い興味とか言い切れねぇよな?

もしかしてシゲさん、シンジョウの事が気になってんのか?…でもって、ユリカは…。

「あの…さ…。先輩の、趣味って言うかさ…、今興味あるものとかさ…、何か知んない?」

小声で尋ねてくるユリカは、いつの間にか手を完全に止めてた。

…まさか、じゃあ…ねぇのか?ひょっとすると…。

今まではそんな深く考えなかったけど、こいつのコレって、ファンってレベルのシゲさんへの興味じゃなくて…、つまり…。

「どぉ?何か知んない?」

繰り返し訊ねられて、俺は「ん?おぉ…」と曖昧に頷いた。

「な…、なんつったかな…?えぇと、タカミスズだかって作家の小説?最近読み始めたとか聞いたな」

「タカミスズ?」

「知らねぇか?」

「うん。あたし小説とか読まないし」

「俺もだ。んでシゲさんな、勇者デイビッドだか何だか…、うろ覚えだけど、とにかくそんな感じのタイトルの小説を、まず

漫画版から入って、今は原作読んでるんだと」

「へぇ…。面白いんソレ?」

「判んねぇ。けどシゲさんは面白いらしい」

「そっかそっか…。あとで調べてみよっと」

「詳しい事は飯のあとにでもキイチに訊いてみろよ。…話長ぇけど」

俺は首を反らしてリビングの方を示した。

飯を待ってるキイチとウッチー、オシタリは、今は隣でくつろぎ中のはずだ。

「判ったそうする」

とりあえず情報が手に入って満足したのか、ユリカは再び手を動かし始めた。

…これって、三角関係とかいうヤツじゃねぇのか…?シンジョウがシゲさんをどう思ってるかは判んねぇけど…。

いやでも、シゲさんが急にシンジョウに興味持ったのは、あいつが今大変そうだからかもしれねぇ。

面倒見良いひとだし、取材嫌いがシンジョウのおかげで治ってきたって言ってたし、力になってやりてぇだけかもしれねぇ

し…、三角関係って決めつけんのも気が早ぇかな…。

俺がそんな事を考えてると、不意にこっちを向いて俺の格好を眺め回したユリカは、物珍しそうな顔で口元を緩めた。

「今更だけどさ、良く似合ってんね?そのジンベー」

…ほんと今更だなぁ…。



「おやぢくせえ」

飯の後、ユリカがキイチとウッチーの二人に隣室へ連れてかれて二人になったら、無愛想なシェパードは俺にそう言った。

皆に甚平似合うって言われる。そんな事を言った俺に対する、即座のリアクションだった。心なしか普段よりブスッとして

るような…。甚平とか嫌いなのかコイツ?

「顔も老けてておやぢくせえからな、似合ってる」

「へっ!どうせ俺ぁ親父顔ですよ!」

鼻を鳴らした俺に、オシタリは「ところでよ…」と、口調を改めて切り出した。

「シゲさんもササハラも、急に何だってんだ?そんなに人気なのかよ、勇者デボネアとかいうの」

「俺に訊くなよ。詳しいウッチーに訊け。あと勇者デリシャスだろ」

…言った後にちょっと違うような気もしたが…、まぁ良いか。

「むかつくし五月蠅えから訊きたくねえ」

「ならキイチに訊け」

実際俺も判らねぇんだから、返事はどうしてもそっけねぇもんになる。

「ササハラまでとはよ…。ちっとビビった」

しみじみと言ったオシタリに、俺は無言で頷く。

同類候補を見つけたと目をギラギラさせてるキイチとウッチーに、二人を合わせたより体積も体重もあるユリカが困り顔の

まま強引に引っ張られてく有様は、なかなかシュールで見物だった。

今頃は熱がこもった口調で一方的に喋り続けるキイチとウッチーに掴まって、洗脳されてる真っ最中だろう…。

「シンジョウ、今日も忙しかったのか?」

オシタリがそうポツリと漏らして、俺は曖昧に頷く。

シンジョウがユリカと一緒に来なかった事、ずっと気にしてる風だったが…、当然か、こいつシンジョウにはやけに気ぃ遣

うもんな。

「直接聞いた訳じゃねぇが、ユリカの話じゃここしばらく帰りも遅いらしいぜ。寮食の時間が過ぎても部屋に戻って来ねぇっ

てよ」

「居残りで、革命運動か…」

「だな。無理もねぇさ。相手は天下の新聞部、多勢に無勢なんだからよ」

とかなんとか知った風な口を叩いちゃみたものの、俺はイマイチ新聞部ってモンの実態を掴み切れてねぇ。

目鼻が利くウッチー辺りはまた違うかもしれねぇが、俺やオシタリ、キイチにユリカ、普通の一年生は新聞部の権力うんぬ

んとか聞いても実感が湧かねぇんだこれが。

まぁ、ペンは剣より強しだっけか?報道の力ってやつが結構な物だって事は何となく判ってきちゃあいるが…。

「イワクニ寮監は何て言ってる?まだ気に病んでんのか?」

「口に出してはこれといって何もねぇ。けどやっぱ気にしてるっぽいな。シンジョウが革命騒ぎに参加したの、自分が口利き

しちまったせいだって、責任感じてるらしくてさ…」

「寮監の責任じゃねえと思うけどな…。あのひとの事だ、寮監から紹介ってきっかけがなくたって、例の派手な旗揚げ見たら、

自分で参加を決めてたろうよ」

俺は「同感だ」と頷く。遅かれ早かれ、シンジョウは自分の判断で参加しただろうな…。

「団長は?ってか、応援団は今回の事どう考えてんだ?」

今度は俺の方から気になる事を訊ねてみると、オシタリは仏頂面でかぶりを振った。

「別に何もねえよ。生徒同士、部活の問題だ。風紀がでしゃばるような事でもねえし、どっちに肩入れとかどっちを支持とか

はねえ。…ま、団長はあのひとの事気に入ってるしよ、個人として応援はしてるが…」

「団としては中立ってか」

「ああ。…だがよ…」

言葉を切ったオシタリの顔が曇る。

いつも不機嫌そうなこいつにしては珍しい表情だが、恩義を感じてるらしいシンジョウの事になると、人並みに思い遣りや

心配の顔を見せるようになる。

「新聞部…、特に上の方は黙ってねぇだろうって、マガキ先輩達は言ってる…。伝統ある部だからよ、内側から出た反抗って

のか?ああいうのを恥だって感じるはずだとさ…。黙って見過ごすはずがねぇってさ…」

「けどよ、別にシンジョウ達は取材される側でもねぇだろ?睨まれたトコで屁でもねぇんじゃねぇか?」

俺の意見に、オシタリは唇をめくり上げ、牙を剥いて唸りながら頷いた。

「おれも最初はそう思った…。できる事なんて、悪口の記事を張り出すとか、そういう悪戯みてえな…、下らねえ真似ぐれぇ

だろうってよ…」

ちょっと気になる言い方をしたオシタリに、俺は目で先を促した。

…それだけじゃ済まねぇって、そう思ってるって事か…?

「新聞部に睨まれたくねえ部が、ご機嫌取りに何かするかもしれねえって…、団の先輩方は考えてるらしい」

「ご機嫌取り?」

「例えば…、あのひとやその先輩達の取材を、受けねえようになるかもしれねえってよ…」

「すっげー陰険だなぁそいつは…、けどそんな事…」

「そんな事が、あり得るんだとよ。新聞部の権力ってのは、記事を頼りにしてる弱小運動部には、簡単に逆らえねえほど強え

モンなんだとさ…」

そりゃまあ、来年こそは安泰になるぐれえ部員確保してえ俺ら柔道部なんかは、四月の新入生向け記事で新聞部に詳しく宣

伝して貰えりゃあ、だいぶ楽にはなるだろうけどな…。

他の小規模な部もそんなもんか…。大会なんかで良い成績出してなけりゃ、記事に色付けて貰うしかねぇもんな…。

「あ〜…。めんどくせぇなぁ、いろいろと…。権力とか影響力とか損得とか関係とか…」

俺はごろっと仰向けになって、頭の下で腕を組む。

腹も膨れて脳みそも使ったせいなのか、頭の端っこに眠気が居座ってる。

トロンとした目を閉じねぇようにして、眠気に抵抗しながら、俺は考え続けた。

今まであんまり深く考えちゃいなかったが、新聞部の影響力っての、部によっちゃ結構しゃれになんねぇぐれぇ強ぇんだろ

うな…。

顔色伺って機嫌損なわねぇようにしなくちゃ、活動そのものに悪影響が出るかもしれねぇんだ…。

今ならわかる。それがどんなにおかしい事なのか。

シンジョウと先輩達が声に出した事で、ようやくわかってきたんだ。いや、ようやく考え始めたって言うべきか…。

…これなんだろうなぁ…。この落ち着かねぇ、どっかおかしいって所が、シンジョウにゃ我慢ならねぇんだろう…。

その辺の事情にあんまり詳しくねぇ俺でも感じるんだ。内側に居たシンジョウはどんな気分だったんだろうな?

ユリカから聞いた。シンジョウが前々から新聞部の体制に疑問を持って、時々悩んでたらしいって事は…。

そんなシンジョウにユリカは言ったそうだ。

シンジョウの書く記事は新聞部の体制に影響されてねぇ。不仲な部の記事もちゃんと平等に書く。

そんなシンジョウの記事を皆が読んで、人気が出てきたのが判れば、他の部員も書き方を改めたり、シンジョウを見習った

りするはずだって…。

個人的には正しいと思う。地道だが、実力に物を言わせて変化を起こすって、着実だろ?

…けど、シンジョウはきっと待ってられなかったんだろう…。

自分の記事で変化を起こるその時を、じっと待つ事ができなかったんだろう…。

…行動派だもんな、あいつ…。

「応援団も柔道部もシンジョウの味方だ。シゲさんだって空手部だってそうだろ?…けど、そんだけじゃ足りねぇのかな…」

呟いた俺に、オシタリは「さあな…」と、低い声で応じた。

「ったく…!色々きなくせぇ…」

俺が何かしてやれる訳でもねぇんだが、気が軽くなるような情報でも入ってこねぇもんかね…。

革命とかに参加したシンジョウの事といい、シゲさんの事といい、ユリカの事といい…、頭の悪ぃ俺のちいせぇ脳みそは、

どうにもごたごたして考えが纏らなかった…。