第二十六話 「おいでませ夏の東護大作戦」
林間学校が終わり、バスに乗り込んだ僕らは学校に帰る。
でも、その中にトラ先生とウツノミヤ君の姿は無い。怪我は大した事無いって連絡があったみたいなんだけど…、それでも
やっぱり心配だよ…。
でも、それとはまた別に、僕には気になっている事があった。
ウツノミヤ君について、オシタリ君が言った事が気になってる…。
…好み…かぁ…。難しい問題だなぁ…。前々から思ってはいたけど、ウツノミヤ君は判り辛い所があるから…。
僕は乾樹市。星陵の一年生で、クリーム色の猫。柔道部のマネージャー。
林間学校は、予想とは別の意味で大変だった…。
「どんな映画が好きなんだ?アイツ」
オシタリ君がポツリと言ったのは、バスに乗り込む少し前の事だった。
大きな熊は片方の眉を上げて訝しげな顔をした。
「んあ?アイツって誰だ?」
「ウツノミヤだ」
オシタリ君はムスッとした顔で応じる。
「ウッチーの好きな映画って…、何だよ唐揚げ棒に?」
「藪から棒だよさっちゃん」
即座に訂正すると、気恥ずかしそうに頭を掻いたサツキ君が僕を見下ろし、「…あれ?俺今何て間違えた?」ともごもご小
声で呟く。
「唐揚げ棒って、食いしん坊万歳なミス。惜しかったね。で…、どうしたのオシタリ君?急にそんな事…」
僕が視線を戻すと、オシタリ君はムスッとした顔のまま口を開いた。
「足怪我しやがったんだ。あんまり動けねぇだろうし、暇だろ」
『ああ!』
僕とサツキ君の声が重なる。確かにそうだ!
「DVDとか借りて来てやろうと思うんだけどよ、どういうの見るんだかさっぱり判らねぇ」
「普段はどんな番組見てんだ?ウッチーって」
サツキ君の問いに、シェパードは仏頂面をちょっと、ほんのちょっぴり緩めて、目を僅かに細め、口の端を微妙に上げて応
じる。
「動物のだ。猫とか」
「…それは、オシタリ君が見てるのを一緒になって見てるだけなんじゃ…?」
僕がおずおずと言ってみたら、「やっぱりそうか」と、耳を微かに動かしながら頷くオシタリ君。
「他にはニュースぐれえしか見てねえ。映画だと…人狼探偵?あれ見たな…」
僕は「ああ!」と大きく相槌を打つ。
「僕はまだ見た事ないんだけど、ああいうシリーズなら無難かも?ウツノミヤ君、オウニギ先生のファンだし!」
「そうか」
小さく頷いたオシタリ君は「他にどういうのが良い?」と続けて訊ねて来る。
「難しい映画とかどうだ?ウッチー頭良いしよ、そういうモンの方が面白ぇんじゃねぇか?」
とはサツキ君の言葉。…いや、難しい映画がそのまま面白いかどうかは…。
「なるほどな」
頷くシェパード。この時点で若干嫌な予感がした僕だけど、物凄く納得してる風だったから口を挟み損ねた。…まぁ、僕だっ
てウツノミヤ君の好みに詳しくはないから、どうとも言えない訳で…。
でもきっと、ウツノミヤ君も喜んでくれるよ。オシタリ君の心遣いを…!
帰りのバスで考え事をしてた僕は、やっぱり疲れてたのか、いつの間にか眠っちゃってた。…ホント体力無いなぁ…。
学校で待ってたウツノミヤ君は予想以上に元気…って言うかいつも通りで、凄くホッとした。
今日はあまり歩かないように言われたそうだけど、踵をついて歩けばあまり痛くないんだって。
「トイレの介助まで必要にならなくて良かったよ」
とは本人の弁。ホントにいつも通りだよ…。
でも怪我人である事に変わりはない!僕とサツキ君は嫌がるウツノミヤ君を無理矢理説得!トラ先生にも加勢して貰って説
き伏せて、熊さんおんぶで寮へ帰る事を承諾させた。
物凄く嫌そうな顔をしてたけど、恥ずかしさより怪我の具合を優先すべき!
サツキ君におぶられたウツノミヤ君は、
「ブーちゃんは判らないでもないが…、イヌイも結構強引なんだな…」
と呟いてた。…あれ?そうかな…?
なお、シェパードは学校から直接DVDのレンタルに向かった。彼がどんな物を借りてくるのか…、実はチョイス傾向に興
味津々だったりする。
ウツノミヤ君を部屋に送ったら、僕とサツキ君は夕食前に自室でミーティング。
こんな事件が起こって怪我をしちゃった所でなんだけど、ウツノミヤ君に提案したい事があるから。
作戦名、「おいでませ夏の東護大作戦」。
…なお、ネーミングはサツキ君。ストレートなのに響きがなかなかシュール。
床に座って向かい合い、これまでに繰り返し打ち合わせしてきた僕らは、決行前の最終確認を行う。
向き合うサツキ君は僕の三倍以上の体格だから、顔の位置も高い。座ってもなお見上げなきゃいけないけど、慣れなんだろ
うねぇこれって、首を起こしながら会話するのも苦じゃないんだ。
オシタリ君は家庭環境がゴニョゴニョだから、東護に招待したい。それがこの企画が立ち上がったきっかけ。
僕とサツキ君がそれぞれの家に招いて宿泊場所を提供するから、滞在費も無し!…まぁ旅費はかかっちゃうけど…。
でもオシタリ君はあの性格だから素直に「うん」って言ってくれそうになくて…。そこで、説得材料としてウツノミヤ君に
も協力して貰いたいんだ。
彼が来るって言うなら、まぁ寮仲間だし〜…と、あんまり重く受け止めないで、つられてくれるんじゃないかなぁって。
だからまずはウツノミヤ君に呼びかけて、頼んでみないと!
「…作戦は以上。今日明日中に、ウツノミヤ君が一人になるタイミングを見て決行。いい?」
「おう!」
大きく頷くサツキ君。その顔がニンマリ楽しそうに弛む。
「楽しみだなぁ!全国終わってからだから期間は短ぇけど、オシタリは気兼ねなく過ごせりゃいいし、ウッチーも故郷は懐か
しいだろうし、喜んでくれると良いなぁ!」
「うん。そうだね!」
つられて笑顔になる僕。楽しい夏休みになるといいなぁ!
それから僕らはいつものように仲良く一緒に食事して、入浴して、点呼も終えて…、
「おし!行くか!」
サツキ君が大きな手で顔をスパンッ!と挟むように叩く。
彼お馴染みの気合い入れだけど、こうまでする辺り、本気具合が良く判るなぁ…。
「説明は僕がするけど…、いい?上手く連れ出せる?」
「まかしとけって!」
サツキ君が胸をドンと叩く。叩いた拍子にたっぷりした胸とお腹がゆさっと揺れるのが薄いシャツ越しに判ってユーモラス。
まずはサツキ君がオシタリ君を誘ってジュースを買いに行く。その間に僕がウツノミヤ君に打診する予定。もしも今日上手
く行かなかったら、明日中にはなんとかしないと…。
気合い充分なサツキ君がドアに向かい、僕がその後をトコトコとついて行くと、ドアがココンッと音を立てた。
…あれ?点呼はもう終わったんだけど…、主将かな?
サツキ君と顔を見合わせてから「開いてますよ」と告げたら、開けられたドアの向こうにはオシタリ君の姿。
「アイツが、「DVD観るから一緒にどうだ?」ってよ…」
あ、ああ。なるほど…。そう言えばオシタリ君はウツノミヤ君の為にDVD借りに行ったんだった…。うっかりしてたぁ、
ちょっと予定が狂ったなぁ…。
断る理由も無いし、隙があれば作戦も実行に移せるから、僕らは有り難く同席させて貰う事にした。
そうしてオシタリ君に従って部屋を出ると、
「なあ、須藤って名前、心当たりねえか?」
オシタリ君はサツキ君を振り返ってそう訊ねた。
「あん?…どんな須藤だよ?」
きょとんとしたサツキ君から目を離すと、オシタリ君は次いで僕を見る。
「誰?えっと…、先輩?」
心当たりがないから適当にそうかまをかけてみたけど、
「知らねえなら、いい」
オシタリ君はそう言って僕らに背を向け、さっさと隣室に向かった。
顔を見合わせる僕とサツキ君。…はて?知り合いには居ないけど…。
「小説が原作の映画だぁ?何か難しそうだなぁ…」
「原作の小説、ケントも読んでたんだよ?」
DVDレンタルのビニールケースに入ったディスクをしげしげと見つめ、顔を顰めてたサツキ君は、僕の言葉で意外そうな
表情を浮かべる。
「嘘だろ!?あのケントが小説読んでたってのか!?」
「トラ先生もファンだそうだ」
かなり驚いてるらしいサツキ君は、ウツノミヤ君がそう言ったら腕組みして唸った。「先生もかぁ…」って。
「…考えてみりゃよ、先生にゃ似合いそうだよな、本読んでんのも」
『どう似合う?』
ウツノミヤ君とオシタリ君の声が重なった。
「あれ?俺変な事言ってるか?」
首を傾げるサツキ君に、
「ねぇサツキ君。何でトラ先生に読書が似合いそうだなぁって思うの?」
僕はそう訊ねてみる。何で似合うと思うのかちょっと判らなくて…。インドア派っぽいから?それとも眼鏡かけてるから?
「いや…、トラ先生ってこう…、グテ〜っとしてるっつぅか、のんびりしてんの似合いそうだろ?部屋でゴロゴロしてんのと
かよ」
僕も含めた全員が、揃って大きく頷いた。それはもう納得顔で。
「だからよ。畳の上でごろっと仰向けにでもなってさ、本読んでのんびりしてんのとか、イメージピッタリだと思わねぇか?
んで、眠くなったら本を顔に被せてよ、そのまんま高いびきで寝てんのとか…」
『あ〜…!』
僕らの声がハモる。確かにトラ先生がのんびりごろごろ読書して、そのまま居眠りしちゃうのはイメージし易い。
畳の上とかに座布団を敷いて、それを胸元に入れて支えにして、うつ伏せに寝転がったりなんかして…。
ポジションは窓際かな?夏は風通しが良くて、冬場は日があたってじんわり温い…。そんな場所でのんびり本を読んで過ご
す大きくて太っている虎さんは、イメージの中だとなかなかしっくり来る。
「ありそうだな、そいつは」
「だね。言われて見ればリアルに思い浮かんじゃう」
「凄いぞブーちゃん。大した想像力だ」
オシタリ君と僕とウツノミヤ君が口々に言うと、何故かサツキ君は眉根を寄せた。
「いや、ウチの親父がそんなんだからよ…、先生も同じ具合に読みながら寝るんじゃねぇかなぁと…」
「おじさん本読むんだ?ちょっと意外…」
「本読むったって、キイチとかウッチーが読んでるような小説とかじゃねぇぞ?建築関係のだよ」
『あ。納得』
僕とウツノミヤ君の声が重なる。何だか今日は声が良くハモるなぁ…。
「ところで、先に原作の説明をしておいてなんだが…、実はそれじゃない物を観ようかと思っているんだ。良いかな?」
ウツノミヤ君が気を取り直すようにそう言った。狐尻尾が控え目にふさっと動いたけど…、もしかしてちょっと楽しみ?
「俺は何でも良いぜ?」
「僕も」
サツキ君と僕が二人で頷くと、「こいつなんかどうだ?」とオシタリ君が別のDVDを袋から取り出した。
「サスペンスのコーナーにあった。内容は知らねえが、名前カッコよかったから…」
DVDを受け取ったウツノミヤ君は一瞬考え込むような顔になってから頷いた。観たこと無いヤツかな?
「ならこれにしようか?セットしてくれオシタリ」
「おう」
ウツノミヤ君が観る気になったらしく、ディスクを返されたオシタリ君がセットに向かう。すると、
「どっこいしょっと…」
サツキ君が体の左側を下にして寝そべり、いつもの観賞姿勢に。…じゃあ僕も…。
寝そべるサツキ君の後ろ側に座った僕は、ふくよかで重量感のあるボリューミーな脇腹に上体を預ける格好で被さり、体重
を預けた。
さっちゃんクッション使用の、いつもの観賞姿勢。僕がのしかかったぐらいじゃビクともしないサツキ君の巨体は、とにか
く安定感がある。
おまけにムチムチポヨポヨフカフカの好感触。ダイエットしてもこの感触が変わらなければ良いのにと、ちょっと思う。
何故かウツノミヤ君が胡乱げな顔でこっちを見てる事に気付いた僕らは、『何?』と揃って首を捻る。
「いや何でも…」
そう応じたウツノミヤ君は、それでも何か引っかかってるような顔をしてたけど…、まぁいいか、映画始まっちゃったし。
そして数十分後…。
幸せそうな顔をして、サツキ君は寝てる。
座卓に突っ伏して、オシタリ君も寝てる。
この映画は…、ちょっと…難しかった…かな…。
疲れがあったのかなぁ?それとも映画がいまいち面白くなかったのか、二人ともあっという間に眠っちゃった…。
同じく起きてたウツノミヤ君と目があって、僕は微苦笑し、二人を起こさないように気を付けて、小声で囁いてみる。
「二人とも疲れてたんだね。きっと」
「疲れていた?元気いっぱいだったじゃないか?」
「うん。でもサツキ君、昨夜からずっとテンション高かったから…」
「…オシタリもそんな雰囲気はあったな…」
心当たりがあったのか、思い出すように目を細めたウツノミヤ君は、次いで僕に尋ねて来た。
「イヌイ。この映画面白いか?借りた本人は寝てる事だし、正直な意見を聞かせて欲しい」
「う〜ん…。ちょっと…難しい?かな?理解が?及ばないっていうか?」
評価に困るなぁ。これはフランス映画らしくて、僕個人としては興味深い言い回しなんかが出てきて参考になるし、向こう
の生活が窺い知れる部分も興味深いんだけど…、話その物はちょっと纏まりがないって言うか…、共感し難いって言うか…。
サスペンス映画って割にそのテイストは薄いし…。これって文化圏の違いがあるからなのかなぁ?
歯切れの悪い返事をした僕に、ウツノミヤ君は納得顔になった。…彼もいまいち入り込めないらしい…。
「人狼探偵はいつ観るの?まさか今日じゃないよね?」
話題を変えようと思ってそう切り出した僕に、
「今日二本連続はさすがに…。何せ観たがっていた本人が寝てるしな」
ウツノミヤ君はそう応じて、一週間レンタルらしいから、良ければ自室でみたらどうだ?って勧めてくれた。映画版をまだ
見てなかった僕にとっては有り難い申し出!
それから僕らは音量を落とした映画をBGMにして、小声で作家さん談義を開始。好みが近いから話も弾んじゃう。
「…そういえば、ウツノミヤ君は聞いた事ある?オウニギ先生、別のペンネームでも本を出してたっていう話…」
思い出してそう話を振ったら、ウツノミヤ君は軽く顔を顰めた。噂程度なら耳にしてるって。
まぁ、当然の反応なんだよね、顰め面も。だって都市伝説みたいな物だったし…。
「イヌイ、あれ信じてるのか?」
「全然信じてなかった」
ウツノミヤ君の疑わしげな問いに、僕は即座に応じた。でもすぐに「ついこの間までは」と付け加える。
「どういう意味だ?」
「ちょっと気になる事ができて…」
僕はついこの間気付き、でもこれまで誰にも話してなかった事を、ウツノミヤ君に打ち明けた。
オウニギ先生と似た雰囲気の文章を書く小説家の話を…。
「へぇ…、ここ十年…ね…」
新刊がずっと出てないって話をしたら、ウツノミヤ君は目を細める。ちょっと興味が湧いたらしい。
十年…。オウニギ先生が亡くなって、新刊が出なくなってからも、十年経ってる…。
ウツノミヤ君の「読んだのか」という問いに応じ、さらに話を進めた僕は、ジャンルは何なのかと問われて、結局迷ってい
た事まで口にした。
「恋愛…かなぁ…。…同性の…だけど…」
「はぁ!?」
案の定驚いたらしく、妙な声を出すウツノミヤ君。
その声に反応して、熟睡中だったさっちゃんが「ふがっ…」と鼻を鳴らして、机に突っ伏してるオシタリ君も、不機嫌そう
に「う〜…?」と唸る。…起きては…こないね。
いや、判るよ…。僕だってイマイチ自信が持てないのはこのジャンルのせいだから…。だって、オウニギ先生がBL物を書
いてたなんて、ねぇ…?
たぶんペンネームだろうけど、天道宇凪(てんどううなぎ)っていうその作家さんは、言葉遊びを作品中に用いる所や、表
現方法っていうか…、改行や台詞区切りの癖がオウニギ先生と良く似てたんだ…。だから、作品のジャンルは違ってても気に
なって…。
気付けば僕はかなり熱が入ってて、ウツノミヤ君も乗ってきて、ああでもないこうでもないと検証を展開してた。
他の作品はまだ調べてないけど、僕が読んだ作品は途中で終わってたから、それで気になってるっていうのもある。
虎狐恋歌。
大きくて太った虎と、その親友だった狐の、いつしか友情から愛情に変わってく関係の変化を描いた、BLストーリー…。
ずぼらでがさつで大雑把な虎は、でも不器用に優しくて…。
諧謔味のあるマイペースな狐は、でも凄く寂しがりやで…。
主役の二人が高校生だという事もあって、僕はのめり込んだ。僕とサツキ君の生活を二人に重ねて…。
僕は考えながら、殆ど無意識にサツキ君の丸いお腹をさすさすと円を描いて撫でてた。この曲面が脱力した手の角度の丁度
よくて、吸い付くように馴染むから具合が良かったりする。
「何してるんだイヌイ?」
見咎めたウツノミヤ君が訊ねてくる。
「うん?ん〜…。ペンをクルクルっと手で回すアレみたいな感じ?気持ち良さそうだね。サツキ君」
「そうなのか?っていうか気持ち良さそうなのかコレは?」
「うん。何となくだけど」
「どの辺がだ?どの辺りを見れば気持ち良さそうだって判るんだ?」
「うんと…、尻尾とかかな?」
だって、可愛くピコピコしてるもん。サツキ君の尻尾…。
「ね?」
「「ね?」って…、いや、まぁ…、喜んでるの…か…?」
ウツノミヤ君は胡乱げだった。お腹を撫でたら喜ぶんだよ?と説明しても納得できない風だった。ホントなのに…。
それからしばらく作品について話した後、僕は映画の情景に目を向けて、眉間に皺を寄せてこう思った。
何してんの僕!?と…。
考えてもみたら、オシタリ君熟睡中の今、連れ出し作戦なんかしなくたって話題が振れるじゃない?ディープな話ができる
相手だから、大事な目的を忘れてついつい別件で話し込んじゃった…。
映画もそろそろ時間的に終わりかなぁって頃だし、起きる前に話しておかないと…。
「ねぇウツノミヤ君。サツキ君とも話したんだけれど…」
「ん?」とこっちを見たウツノミヤ君に、僕は続ける。「夏休み、東護に遊びに来ない?」って。
「は?何でまた…」
急な話だから流石に戸惑った声を漏らしたけど、それでも僕は先を続ける。
「ウツノミヤ君からすれば東護って懐かしいだろうし、どうかなぁって思って。泊まる場所はサツキ君か僕が家族に相談して
用意するし…」
「いや、休みに入ってまで迷惑をかけるのは…」
「迷惑なんかじゃないよ?」
遠慮するウツノミヤ君の言葉を遮る。お願い!実は事情があって、どうしてもウツノミヤ君にも…。
「それに、誘おうと思ってるの、オシタリ君もなんだ」
「へ?」
狐がシェパードを見遣る。ちょっと不思議そうに。
「オシタリ君、さ…。夏休み中も、ずっと寮に留まってるつもりなんだって…」
ちょっと口にするのが憚られる事だったから、ぼくは耳を倒しつつ声を潜めた。ごめんねオシタリ君、ばらしちゃって…。
「初耳だな。本人が言ったのか?」
「うん。今日の炊き出し中に…。応援団の活動もあるけれど、それが終わっても寮に残ってるつもりだって。こっちも大会が
あるから…」
そこまで言った所で、下で熊クッションがもそっと動き、僕は「わ?」と声を漏らして言葉を切る。
退いた僕の前で、サツキ君がゆっくりのっそり身を起こした。
「おはよう、サツキ君」
「おはよう。良く寝ていたな?」
僕とウツノミヤ君がそう声を掛けると、「…はよ…。ふぁあ…」と、座り込んだサツキ君が背伸びして大欠伸。…ちょっと
可愛い。
そしてサツキ君は映画が流れっぱなしのモニターを見遣って、「ちと便所借りるな…」と立ち上がった。
トイレに去ってくサツキ君を見送ってから、僕は話を再開する。
「それで、こっちもサツキ君が全国大会行きだから、里帰りは夏休み半ばになるんだけれど、どう?」
「どうって…、急だ」
「うん。急だね、ごめん」
「何でまた唐突にそんな事を?」
僕は「えっと…」と口ごもり、眠ってるオシタリ君をちらっと見る。そして口を開こうとしたら、
「いでっ!?」
トイレ方面から聞こえるサツキ君の声。僕とウツノミヤ君は顔を見合わせる。
「…アブクマかな?」
「うん。間違いなく」
「どうしたんだろう?」
「…挟んだのかも…」
「挟んだ?って何を…、あぁ、挟んだのか」
男だと判る会話。ちょっとシュール。
「それで、話の続きなんだけど…」
話の先を続けようとした僕は、ウツノミヤ君が何か言いたそうな事に気付いた。…行かなくて良いのか?…そんな感じだけ
ど…。
いや、行くのはちょっと…。だって、行ったら行ったで恥ずかしがるだろうから…。
「…応援団の活動が終わったら、オシタリ君を招待しようかなぁって、思うんだけど…。…その、あまり家に帰りたくないの
かなぁって、思って…。どうかな?」
ウツノミヤ君は一拍おくなり、「なるほど。良い考えだ」とすぐに賛同してくれた。オシタリ君の家庭環境については彼も
知ってるから、意図を察してくれたんだろう。
「…でね?オシタリ君も自分一人だけ誘われると、たぶん「うん」って言い辛いでしょ?だから、ウツノミヤ君も一緒なら抵
抗無いかなぁって…」
「つまりボクはオシタリのついでか?」
「えっ?いや、そういうんじゃないけど…。う〜ん…、そういう事になっちゃう…かなぁ?」
しどろもどろになった僕に、ウツノミヤ君は面白がってるように目を細めて笑いかけてくれた。「冗談だよ」って。一瞬気
分を害したんじゃないかって思ったから、笑顔でホッとしたよ…。
「悪くないと思う。この頑固者、馬鹿の癖に結構遠慮するタイプだからな。自分だけだと断りそうだ。けどまぁ、ボクも一緒
に招待されて、他にも同じようなヤツが居るとなれば、首を縦に振りやすいだろう」
「うん。シンジョウさんからも一声かけて貰えるから、誘いの方は万全。あとはオシタリ君が提案に乗りやすいように状況を
整えるだけだったんだけど…」
僕とウツノミヤ君は揃ってオシタリ君を見遣った。
…家庭環境にあまり恵まれてもいないせいだろうね。何となく共感がしちゃうっていうか、同情しちゃうっていうか…、オ
シタリ君には、楽しい夏休みを送って貰いたいなぁ…。
「了解だ。そっちの負担にならないなら、オシタリと時期を合わせて東護に行くよ」
「本当?有り難う!」
僕は笑顔になる。ウツノミヤ君だって、ついでなんかじゃないよ。懐かしい街で楽しい夏休みを過ごして貰いたいって思う
もん。…紹介したい相手も居るしね。
「ところで…」
ウツノミヤ君がポツリと、思い出したように漏らして別室を見遣る。
「アブクマ帰って来ないな」
「あれ?」
僕もトイレの方を見る。…さっき声が上がってから結構経つのに、出て来ないし、やけに静かだ…。
…流石に心配になって来ちゃった…。だ、大丈夫かなぁサツキ君…、とちっちゃいお子さん…。
「救助活動、難航してるのかも…。ちょっと見てくるね」
「…え?行くのか?」
「ちょっと様子を覗いて来るだけ」
サツキ君も見られたくないとは思うけど…、やっぱり心配だし…。
ウツノミヤ君とオシタリ君を残して、僕はサツキ君の元へ向かった。
せっかく上手く行きそうなのに、ここで別のアクシデントだなんて…。
追記。
サツキ君のお子さんの救助作業は難航しました。
お子さんには微かに血が滲んで、サツキ君の目には涙が滲んでた事を申し添えておきます…。