第三十三話 「しばらくよろしくな!」

 俺、阿武隈沙月。星陵高校一年。夏休みで帰省中の熊。

 休み中はダチを実家に泊める事になってんだが…。

「おう」

 そのダチ…駅から出てきた無愛想なシェパードの一言目は、これだった。

 スポーツバッグ一つ肩からぶら下げてるオシタリは、夏休みだってのに全然嬉しそうじゃねぇ。ウッチーですらちょいと開

放感あったのにな…。

「応援お疲れ様オシタリ君!」

「…おお」

 一緒に来たキイチが笑顔で歓迎すると、尻尾がちょっとだけフサッと動いた。で、同じく一緒に来たジュンペーとダイスケ

は…。ん?

「めっちゃコワそう…」

「うんうん…」

 …ほれみろ。やっぱりハナから引いてんじゃねぇか。人懐っこいはずのジュンペーまで…。いや、俺も最初はおっかながら

れたっけ?どっちにしろ第一印象悪ぃなこりゃ…。キイチが「こわくないよ?イイヤツ系だよ?」ってカバーに入ってるが、

ふたりとも微妙な顔だ。

「コイツが話してたオシタリだ。顔は怖ぇが、そんなおっかなくねぇからよ」

「どの口が怖ぇ顔とか言ってやがる…」

 ギロリと睨んでくるオシタリ。何だよ、ホントの事じゃねぇか。

 キイチがジュンペーとダイスケを紹介したが…、愛想がねぇオシタリにやっぱ引いてる。う~ん、顔が怖ぇ、無愛想、元不

良、って大事な三点セットについては先に教えてたんだけどよ、予防にゃなってねぇか…。あ。元不良は余計な情報か?

 地元のダチにも紹介して回ろうと思ってたんだが、よした方が良いかもな。考えてみりゃオシタリはそういうの喜ぶタイプ

じゃねぇし…。

「…ヨロシク」

 振り絞るように低い声で呻くオシタリ。警戒するジュンペーとダイスケが『どうも…』って小声で返事をする。うん。第一

印象バッチリ悪ぃな。

「何か喋れよオシタリ…」

 流石に呆れてきて肘でつつく。お前、少しは愛想とかそういうのをだな…。

「…来年は星陵に来るのか?」

 一瞬俺を睨んだオシタリだったが、それでも一応ふたりに話しかける。よしその調子だ。何でもいいから喋って懐かせろ。

夏休み中ずっとギスギスしてたら堪ったモンじゃねぇぞ。

「そのつもりですけど…」

 オシタリの質問には、ジュンペーの前に出たダイスケが答えた。…へぇ…。

「柔道部に入部するのか?」

 オシタリが続ける。

『はい!』

 今度はふたりとも揃ってはっきり答えた。…ぬはは!前から話してた事だけど、こう言われると嬉しいなぁやっぱ!

 オシタリは頷くように少し顎を引いて、「そうか」って言って…。

「なら、来年からはお前らも応援する相手だ。合格しろよ?」

「は、はい!」

「よろしくお願いします!」

 頭を下げるダイスケとジュンペー。

 …俺、ちょっとオシタリのこと見直したかも。見くびってたってワケじゃねぇんだが、コイツあんまりひとに気を遣ったり

しねぇヤツだったし、こういうことも言うんだなぁって…。

 やっぱり応援団に入ってから変わってきたか?ウシオ団長の影響…はあんま無さそうだけど、喋り方が落ち着いて来たのと

かはマガキ先輩の影響みてぇな感じするし、気遣いとか気配りとかは…たまにつるんでる陽明のカイジマって応援団員の影響

かもしれねぇ。

 オシタリはそれからキイチと少し言葉を交わして、「ウツノミヤは?」と訊ねた。

「今日は用事があるんだって。親戚の家に泊まってるそうだけど…」

「なら勝手もできねぇワケだ」

「シンジョウさんも昨日帰ってきたって、電話あったよ」

「…そうか」

 キイチが現況報告して、その度にオシタリが頷く。

 今日はこのまま、俺とキイチの家の周りとか、近くのコンビニとか教えて迷子にならねぇようにして、ウチでだべって解散

の予定。こっちに居る間の半分は俺の部屋で寝るようになる。いっぺんに教えても覚えんの大変だろうし、まずは判り易い道

沿いのトコだけだな。

 早速歩き始めた俺達の先頭は、一番詳しいジュンペー。

 大会が終わって東護に帰って来てからは、俺は地元のダチと会ってストリートバスケとかで遊んだり、学校生活の報告した

りしてた。キイチもおばさんに挨拶しに行ったり、サカキバラに会いに行ったりしてた。…まぁ後はジュンペーダイスケセッ

トと一緒だな。

 シンジョウは一回星陵に戻って、部の方で資料纏めをやってから帰ってきた。大会の取材もあるし記録とか写真の整理もあ

るしで、結構大変だったらしい。今日からはこっちのダチと会ったり親戚周りしたり…、こっちでも忙しいみてぇだ。アイツ

ああ見えてイイトコのお嬢様だしな…。

 ウッチーは夏休みが始まって早々にこっちに来てて、親戚の家で生活してるらしい。俺達が帰って来てからすぐジュンペー

とダイスケにも紹介した。…まぁ、ちょいとビックリな打ち明けがあったんだが…、オシタリに何て説明すりゃいいかな…。

ここはやっぱストレートに教えた方が…。いや、こいつぁウッチー本人から言うことだったか…。

「そこの県道を覚えておけば万が一の時も安心です。駅からずっと標識出てるし、道沿いに案内板もありますからね!」

 先導して歩くジュンペーは…、ちょっとは慣れてきたか?オシタリに説明する声が普通の調子に戻ってる。

「そうだ!先輩、ウツノミヤ先輩と一緒の部屋だと毎日楽しいでしょう?」

「うん。物知りだし、親切だし、丁寧だし…」

「!?」

 ジュンペーとダイスケが言うと、オシタリは信じられねぇモンでも見たように目を見開いてた。クワッて。

「え?そうでもないんですか?」

 ジュンペーの質問に、「いや…、まあ…、退屈はしねぇ…」って曖昧な返事をしたオシタリは…、

「…あの野郎、コイツらの前じゃネコ被ってんのか?」

 俺に小声で訊いてきた。完全に疑惑の目で。

「ウッチーの当たりがキツいの、お前とかシンジョウが相手の時だけだろ?他には割と紳士で優等生な対応じゃねぇか」

 オシタリは顔を顰める。納得行かねぇってツラだが…、ジュンペーもダイスケも、ウッチーには最初から懐いてんだよな。

やっぱ顔の差ってデケェのか…。

 まぁ今日は疲れてんのかずっと不機嫌顔だし、無理もねぇか。



 家に戻って、お袋にオシタリを紹介して、皆でしばらくダベって、夕方になったら揚げ物の匂いがし始めた。

 ジュンペーが鼻をヒクつかせて、腹が減ったのかダイスケは切なそうな顔をする。

「そろそろおいとましようか?」

 キイチが皆を促して、俺とオシタリは玄関まで見送りに出る。

 ウッチーも一緒になる明日の予定はバッチリ再確認できた。寝坊だけしねぇように気を付けねぇとな。

「それじゃ先輩達、また明日!」

「お邪魔しましたー」

「オシタリ君、疲れてるだろうし今日はたっぷり休んでね?」

「おう!また明日!」

「ああ…」

 ジュンペー、ダイスケ、キイチが出て行く。俺は隣のシェパードを見遣って、「荷物あれだけか?」と確認した。

「着替え以外に物がねぇからな」

 なるほど。スポーツバッグ一個に、必要な分だけ纏めて来たんだろう。

 俺の部屋にオシタリを案内して、「今日から寝床は俺の部屋な?」って中に入れたら…、

「綺麗に片付いてんだな?」

 意外そうなオシタリ。顔も声も思いっきり以外そう。すげぇ散らかってんの想像してたんだろお前?

「片付けたんだよ。掃除機もきっちりかけといたから、バッチクねぇぞ?」

 オシタリは今日からここで寝る。今朝までにちゃんと片付けたし、客用の布団を運び込んで、広くはねぇけど物を置いたり

するオシタリスペースもオシタリエリアも作っといた。

「…邪魔する」

「邪魔じゃねぇから、気ぃ遣わねぇでのんびりしてくれよ」

 …実は、キイチがウチに居た期間もあったし、その後は寮暮らしだったからなのか、一人で寝んの落ち着かなかったんだよ

なぁ…。習慣みてぇなモンなのかもだけど、俺もしかして寂しがり屋になっちまってんのか?

 オシタリは荷物を下ろして、部屋の中を見回して、落ち着かねぇ雰囲気で窓を見て、最後に本棚を見た。受験で使ったキイ

チお勧めの参考書とか辞書もそのまま入ってるが…、

「お前、漫画も読むのか?」

「そりゃあ普通に読むぜ?スポ根多いけど、週刊誌とかの連載モンは結構好きなヤツも多い…」

「そうなのか?…そうなのか…」

「…え?何だよその意外そうなツラ?」

「お前は…、俺と同じでウツノミヤが言う「浮いてる枠」だと思ってた…」

「どういう意味だよ…」

「部活して料理して飯食って、強くデカくなる事優先で、漫画とかテレビはあんまり詳しくねぇとか、話題について行けねぇ

とか、そういう…」

「修験者か何かみてぇだなそのイメージ…」

「ああ。少しホッとした」

 …コイツにホッとされんの、何か納得行かねぇな…。オシタリの生活の方がよっぽど「普通」から離れてんじゃねぇのか?

「ただいまー!」

 玄関から聞こえる威勢の良い声。俺とオシタリは一緒に耳を立てる。

「親父だ。すぐ飯になるから居間に行こうぜ。先に軽く紹介しとく」

「…ああ」

 親父に会わせたら、オシタリは思いっきりマジマジと俺と親父の顔を見比べてきた。

 …似た者親子ってよく言われるけどよ…、そんな珍しがるモンか?



 オシタリを歓迎するってお袋が張り切って、今夜はフライ尽くしになった。

 ピーマンのフライにオニオンフライ、エビフライにヒレカツ、さらに鶏肉と長葱の串カツ…。あとは塩キャベツがどっさり。

「ささっ!た~んとめしあがれ!」

「ガタイいいし、食う方だろ?遠慮しねぇで好きなモン食いな!」

「…押忍…」

 お袋と親父は歓迎ムードなんだが、オシタリは緊張してるっぽくて大人しい。…返事が応援団式だ…。

 親父はオシタリの体付きが気になるらしくて、あれこれ聞いてみて、別にスポーツとかは経験してねぇって聞いたらフムフ

ム頷いてた。

「何なら休みの間ウチでバイトするかい?」

 親父がオシタリを誘う。

「ああ親父。ウチのガッコな、校則でバイト禁止なんだよ」

 オシタリが少し困ってるっぽい顔してるから、俺が代わりに答える。

「そうなのか?じゃあ…、「お手伝い」ならどうだい?バイトじゃねぇからお給金はやれねぇが…、オッチャンが個人的に駄

賃やる分には問題ねぇだろう。ぬはははは!」

 …出たよ。ルールすり抜ける親父の方便が…。

 気が向いたら、暇な時だけ、簡単な荷運びやってみねぇかって、親父はオシタリを口説く。考えてみますってオシタリは答

えたが…、やる気ありそうな雰囲気だ。…コイツ家の事情であんまり金の余裕ねぇしなぁ…。ま、オシタリがやる時は俺も付

き合うか!居た方がいくらでもいいだろ!

 お袋は反対しねぇでニコニコしてる。コワモテな割に大人しい今日のオシタリを、面白がってるっぽいなぁ…。



 飯と風呂が終わってからは、部屋に戻ってコーラ飲んで湯涼みした。俺もオシタリも上はランシャツ。俺は私物のハーパン

穿いてるが、オシタリは学校の体操着の短パンだ。くつろいだ格好で浴びるクーラーの風は、汗ばんだ体に気持ち良いぜ…。

「飯、どうだった?」

 俺が訊くと、オシタリは「美味かった」って即答した。嬉しそうな声には聞こえねぇけど、尻尾がハタハタッて揺れてた。

「親父うるさかったしなぁ、落ち着いて食えなかったか?」

「いや…、何つぅんだ?新鮮…ってのか。悪くねぇよ、ああいうのも…」

 シェパードは言葉を探すように考えながらそう言って…、ノックの音で口を閉じる。

「お邪魔するよ、っと」

 ドアを開けて足で押さえたのはお袋。両手には盆と皿に乗った西瓜、四分の一サイズ。

「西瓜冷やしてたの。オシタリ君も嫌いじゃないでしょ?」

「押忍…。どうも…、済みません…」

 お袋が出てくまで、オシタリはじっとその姿を見てた。胸元見てたのが気になったんだが…。

「オシタリ、お前もしかして熊好きか?年増の」

 西瓜を取りながら訊いたら、オシタリは「は?」って、何を言ってんだか判らねぇって顔になる。

「でなきゃ胸がデケェのが好きとか…。お袋のこと気にしてたろ?」

「………」

 シェパードはムッとした顔になりながら西瓜を掴んだ。…あ。悪気無かったんだけど、あんまり訊くべきじゃねぇ事だった

か?コレって…。

「そんなんじゃねぇ。…が、そういう気色悪ぃ目で見てたなら、悪かった」

「いや、変な目とかはしてなかったぜ?ただ…」

「ただ?」

「見とれてたって言やぁいいのか?ちょっとボーっとしてた風だったしよ」

「…見とれてた…のか…」

 オシタリは少し驚いてる風だった。で…。 

「胸のサイズは…どうでもいい。そういう目で見てたんじゃねぇ」

 きっぱり否定する。照れも何もねぇ言い方だから、胸のデカさとかには本当に何とも感じてねぇんだろうな。

「…「母親のエプロン姿」って、記憶にねぇから…」

 …あ…。

「…飯もそうだった…。家族揃って飯とか、無かったからな」

 …ああ、そうか…。コイツお袋さんからはほったらかしにされて、親父さんは小せぇ頃に離婚して、ガキの頃に一緒に居た

記憶がねぇんだった。そして、親父さんと再会してからもそんなに長くは…。

「どんなひとだったんだ?親父さん」

「………」

 シャクッと西瓜を齧ったオシタリが、無言で俺を見る。

「話し難かったらいい。無理に聞こうって気はねぇからよ」

「………」

 突っ込み過ぎたかな?これは間違いなくデリケートな話題ってヤツだし…。

「…弱っちぃ男だった」

 話を変える気になって西瓜に噛み付いてた俺は、オシタリがポツリと漏らした声で耳を立てた。

「…見た目からして自信がねぇのが丸判りで、頼りねぇ感じで、気が弱くて…」

 オシタリは窓の方を向いてた。もう空の明かりが殆ど残ってねぇ暗い窓を、ぼんやり見てて…。

「…気が弱ぇのに、何であんな真似しやがったんだか…」

 ………。

 オシタリは、変な顔だった。

 口元は…ちょっと笑ってる風でもあって、でも目は遠くを見てる感じで、そんで…、寂しそうで…。でも何つぅか、誇らし

そうにも見える表情で…。

「…アブクマ」

「おお」

 オシタリはこっちを見ねぇまま、俺に訊ねる。

「お前、親父さん好きか?」

「…好きっつぅか…、何つぅか…、大工の腕は尊敬してるぜ。何だかんだで頼りになるし…、気に入らねぇトコも文句とかも

いろいろあるけどよ」

「…そうか…」

 オシタリがポツッと呟く。「そういう物なのか…」って…。

 俺、オシタリのこと結構判って来た気になってるけど、実際には全然知らねぇんだよな。コイツがどう生きてきたとか、親

とどんな思い出作ってきたとか、ウチとはかけ離れ過ぎてて気持ちを想像すんのも難しい。

「親父が言ってた、「手伝い」な」

 話題を変える。オシタリの財布の事とか考えながら。

「やりたくなったら言えよ。ひとりじゃ遣り難いトコもあんだろうし、俺も付き合うからよ」

「ああ。…どういう事やるんだ?手伝いってのは…」

「単純な肉体労働だけだ。土嚢作ったり、それをトラックに積んだり…、そんな感じの単純作業だな。難しい事はやらせねぇ

よ、親父もそこんとこは判ってる」

「そうか」

 オシタリは視線を下に向けて、しばらく黙った後で言った。

「気ぃ遣わせちまったな。お前にも、お前の親父さんにも…」

「あ~…、ソレだけどよ。気に食わなかったら言えよ?ただの勝手なおせっかいなんだからよ。変に気配りされんの嫌だった

らキッパリ言って貰っていいんだ」

「…ああ…」

 オシタリはまたしばらく黙ってから、「正直、ありがてぇ」って小せぇ声で言った。

「やっぱ、仕送りの締め付けでギリギリなのか…」

 一応、学校の制度で学費の件はクリアできたんだが、親父さんの遺産はお袋さんが管理してて、仕送りが殆ど…。

「その事だけどよ」

 オシタリはハッとした様子で顔を上げた。

「金の方は、たぶん決着した」

「ん?何が?」

「親父が残してくれた、保険金やら何やらの財産だ」

「…財産が、決着?」

「ああ。…トラ先生が、お袋にナシつけて…」

 ………。

 ん?トラ先生が?何だって?

「オシタリ。よく判んねぇ、もうちょい詳しく…」

 身を乗り出した俺にオシタリが言うには、応援団の活動が終わって一回星陵に戻って、それからこっちに来るまでの間に、

トラ先生と一緒に地元に行ってきたらしい。

 トラ先生、一学期にやった面談で、オシタリの家庭環境とか確認してたんだと。…コイツが口を割るのは意外っつぅか…、

いや、オシタリもトラ先生相手だと結構態度が柔らけぇか…。

 で、オシタリもよく知らなかったらしいが、先生はオシタリの親父さんの財産を何とかできねぇか考えたらしい。

 で、先生は自分も世話になってる知り合いの法律家だかに相談して、色々準備してきてて、オシタリのお袋と直談判したら

しい。その法律のヒトも一緒に。

「…で、どうなったんだよ?」

 オシタリが黙って、俺はドキドキしながら結果を急かす。溜めんなよココで…。

「…おっかねぇ、って思った…」

「あ?」

 オシタリの言葉の意味が判らなかった。

「トラ先生…、怒るとあんなおっかねぇんだな…」

「…おっかねぇのか…。っつぅか、怒ったのか?」

 いや、まあ、いつも優しいひとこそ、怒ったら怖ぇって聞くけどよ…。

「保護責任者としてうんぬんの、ちょっと難しい話をしてたけどよ…。話してる先生見て、お袋は震え上がってた…。傍に居

るだけで俺まで震えがくるほどおっかねぇ…」

 …そこまでかよ…?

「それで…、先生の知り合いの法律のひとがよ、話まとめてくれて…。未成年後見人の背任が云々とか、保護責任が云々とか、

難しい話は全然理解できなかったんだが…」

 オシタリ曰く、親父さんの生命保険とか財産の譲渡とかそういうのは、全部「オシタリ個人あて」に相続の決め方がしてあっ

たらしい。お袋さんは、オシタリが未成年だからそれを管理するって立場なだけで、肉親だとか元妻だとか関係なく、オシタ

リあてに残されたモンはオシタリ自身に権利があるとかなんとかで…。

 よし!判んねぇ!

 だいたい喋ってるオシタリもよく判ってねぇっぽいんだから、俺に判るはずがねぇ。今度キイチに話して和訳?とか解説?

とか、とにかく判るようにして貰おう…。

 とにかく、「なんならオシタリの依頼で届出を貰って、出るトコ出て争おうか?」的な話を法律のひとがしてくれたら、お

袋さんは折れたらしい。まぁ、お袋さんもあんま詳しい方じゃなかったっぽいんだけどよ…、結論を言やぁ先生達の勝ち。

「だから、金の心配はじきに要らなくなる」

「そりゃあ良かったぜ!…ところでよ。トラ先生、法律の専門家とかの世話になってんのか?もしかして財産とか結構持って

んのか?」

「…あ?…さあな、そこは考えなかった」

「ん?じゃあさっきの、親父の手伝いの小遣い稼ぎは?もう金に困らねぇんだろ?」

「ああ、そっちはそっちで別だ」

「けどさっき、「ありがてぇ」って言ったのは…」

「泊めて貰って飯も食わせて貰うんだ。何かしなけりゃ割に合わねぇだろうが?」

 …ああ、そうだった。コイツお袋さんからほったらかしにされて育ったから、労働と生活がセットの考え方してんだよな…。

確かにコイツは中学までフダつきのワルだったろうけど、ケンカもカツアゲも、飯を食う金が必要でやってただけ…。善悪と

か良し悪しとかじゃなく、生きる為の労働として不良やってたんだったな…。

 西瓜を食い終わって、台所に盆と皿を返してきて、背伸びをしたら欠伸が出た。

 オシタリもつられたみてぇで、ふあぁっ…、って大欠伸する。

「応援だけじゃなく、地元にまで行って来てたんなら、相当疲れてんだろ?」

「…どうって事ねぇ」

「無理すんなよ。今日もずっと喋ってたんだから…」

 ふと気がついて、オシタリを見る。

「考えてみりゃ、こんな風にふたりで長々と話すんのって、初めてだったよな?」

「あ?」

 オシタリは、何言ってんだ?って顔で片耳を倒して、それから、ん?って視線を上げて…。

「…そう言えば…、無かった、か…?」

「おう。無かった無かった」

「そうか…。そうだったな、考えてみりゃ…」

 シェパードは耳を倒して少し笑った。珍しい表情だな、コイツにしちゃ。

「お前、結構ヅカヅカ踏み込んで来るんだな?」

「え?踏み込みすぎだったかやっぱ?」

「「やっぱ」って事は自覚あったのかよ?」

「途中でちょっと思ったけどよ…。ウザかったか?」

「いや、お前は判り易くていい。ウツノミヤの野郎は遠回しに嫌味言ったりおちょくったりして、喋ってるだけで変に頭使わ

されて疲れるし面倒くせぇんだよ。だいたいダチとかずっと居なかったから、気のきいた人付き合いの仕方なんざよく判って

ねぇのに…。あの野郎は機知がどうとかセンスがどうとか受け答えがつまらねぇとか、喋る中身にまで注文つけてきやがる」

「あ~…、判る気がすんな、ソレ」

 うん。ウッチー、オシタリ相手だとものすげぇ遠慮ねぇからな。俺から見りゃウッチーが一番ちょっかいかける相手だし…、

反発してるようで何だかんだ仲いいしな。

 今日のオシタリは結構喋る。ってか、喋んねぇヤツじゃねぇんだよなホントは。コイツとこんな感じでたっぷり喋った事あ

んま無かったから、知らなかっただけなんだ。

 気がついたら気になって、それはオシタリも同じみてぇで、アレコレと、今まで喋った事もなかった、何でこんな事もお互

いに知らねぇままだったんだろうなって事まで、チョコチョコ、長々、話をした。

 俺の昔の事。中学の事。キイチの事。

 オシタリの昔の事。中学の事。今までの事。

 欠片だけ耳に届いてたり、端っこだけ情報を知ってたり、別の誰かの口から聞いてた事を、俺達は直接相手の口から聞いて、

知って、理解してく。

 ヘンな気分だった。こんなにお互いの事を知らねぇまま、毎日はダチ同士でやって来れたんだから。相手の事を知るのは大

事だけど、ダチになんのに必要不可欠ってわけでもねぇのかもな、過去バナとかって。

「ダチ、か…」

 オシタリが呟く。

「居なかったから、どう付き合っていいか判らねぇんだよな。イヌイとか…」

「俺とかウッチーは?」

「ウツノミヤは別に。好かれようとも思ってねぇから気楽だ」

「え?それ俺もか?」

「お前は…」

 オシタリは一瞬悩むような顔で耳を寝せて、少し間を空けてから言う。

「どんな態度でも良いって言うかな…、気ぃ遣わなくたって平気って言うか…、関係が悪化したりしそうにねぇ。ウツノミヤ

と別の意味で気楽だ」

「ぬはははは!判り難いみてぇで何か判ったぜ!」

 俺の笑い声にコンコンと、ノックが続いた。

「アサリとタラコとエリンギのパスタ作ってきたけど、まだ夜食に早かった?」

 顔を出したお袋に礼を言って、バターたっぷりのピリ辛シーフード和風パスタを二人分受け取る。刻み海苔がふりかけられ

たコレ、レシピ的に親父の酒のツマミも同じモンだな。

 パスタを前に置いてやったら、オシタリは俺を見ながら言った。

「…いつも夜食まで作って貰ってんのか?」

「いつもじゃねぇよ。だいたいは自分で作るぜ?お前が居るから世話焼いてくれてんだ。ぬはははは!得したな!」

 冷める前に熱々のパスタをフォークに巻き付けた俺を、オシタリは相変わらずじっと見つめてる。…特に腹の辺りを…。

「お前がデブってる理由、判った気がする」

「なにおう!?ならお前は食うなよ!」

「ふざけんな。やらねぇ」

 皿を取り上げようとしたら、オシタリはサッと取って引っ込めた。チッ!

「デブになんぞ?いいのか?」

「俺はデブらねぇ」

 ツンと鼻を上げたオシタリは、口を付けちまえば取られねぇと思ったのか、フォークでかき込むようにしてゾゾゾッとパス

タを啜った。そして…、

「…美味いな…!?コンビニのパスタと全然違うじゃねぇか…」

 パスタをマジマジ見ながら、ビックリ顔で目を丸くする。

「だろ?何たってお袋は俺の師匠だからな」

「…家庭の味ってヤツか…」

 …ああ、そうか。コイツお袋さんから飯作って貰った事も、あんまりねぇのかも…。

「オシタリ、好物って何だ?」

 顔を上げたオシタリに、俺は笑いかける。

「好きなモン言えよ。ウチのお袋、何だって作れんだからよ!」

 ウチに居る間は、美味いモンたらふく食えばいい。親に食いたい物せびったりとか、頼んだりとか、そういう経験して来な

かったんだろ?なら…、ちょっと贅沢言うぐれぇいいじゃねぇか?ぬはははは!

「アブクマ」

「おお」

 オシタリは視線を天井に向けて…、

「…その…」

 カーテンが閉まった窓に向けて…、

「…あの…、何だ…」

 最後に下を向いて、ボソッと言った。

「…世話になる…。ありがとよ…」

 俯いたシタリは耳を寝せて、体を硬くしてた。

 やっと判った。

 今日のオシタリは不機嫌だったんじゃねぇ、緊張してたんでもねぇ、たぶん恥かしがってたんだ。礼を言うのが照れ臭ぇ。

けど、礼を言わなきゃ落ち着きが悪ぃ。そんで変に硬くなってたのか…。ぬはは!考えてみりゃあ、こういう態度もコイツら

しいのかもな!

「気にすんな!親父もお袋も喜んでんの判ったろ?客が来て嬉しいんだよ!ま…」

 俺はオシタリにニッと笑いかける。

「短ぇ間だけど、今日からしばらくよろしくな!」