第七話 「見られてたっ!?」
キーボードをカタカタ叩く音が、ずっと部屋に響いてる。
パソコンと睨めっこしてるキイチの背中をじっと見つめながら、少し離れた床に胡坐をかいてる俺は、控えめに口を開いた。
「…なぁ、まだ休まねぇのか?」
「うん。もうちょっとだけ…」
寮に帰ってきてから、飯と風呂を挟んで今までずっとパソコンと向き合ってるキイチは、手を休めねぇまま答える。
時計を見りゃあ、もう十一時半だ。…頑張んなぁキイチ…。
キイチはここ数日、ずっと柔道部のスケジュール表を作ってる。
練習試合やら休みの日を細かく入れた、かなり立派なもんだ。
主将の目論見通り、定期戦を終えた直後から、色んな学校からの合同練習の申し込みが舞い込んでる。
土日の昨日今日で近場の二校分は消化したが、県内中から申し込みが来てて、マネージャーのキイチは日程調整に頭を悩ま
してんだ…。
案を作っては主将や理事長と相談して、向こうさんとの都合を調整して、また打ち直すって作業の繰り返しだ。
俺達には稽古に専念して欲しい。そう言って主将に頼み込んで、キイチはこの作業を受け持つ事になった。
俺も手伝えりゃ良いんだろうけど、キイチは自分の仕事だって言って譲らねぇ。
…まぁ、キーボードもろくに使えねぇ俺じゃあ、大して助けにはなれねぇんだけどよぉ…。
「先に休んでてよ。僕もすぐ寝るから」
「でもよ…」
キイチは首を巡らせ、微笑んだ。
「昨日と今日、連続で合同練習だったから疲れてるでしょ?明後日の放課後にはまた近場の学校にお邪魔するんだから、体を
ちゃんと休めなくっちゃ。僕の事は気にしないで、先に寝てよ」
…う〜ん…。このまま俺が傍に居ても役に立たねぇし、むしろ気ぃ散らせちまうかなぁ…?でも傍についててやりてぇし…。
う〜ん…。むむむ…。
「サツキ君?」
「ん?」
手を止めたキイチは、俺を見つめて苦笑いしてる。
「どうしたの?妙な唸り声なんか上げちゃって?何か悩み事?」
…唸ってたのか俺?…ってか気ぃ遣わせちまってるじゃねぇか…!…こりゃあ、居ても邪魔なだけかぁ…。
「…悪ぃ…。んじゃ先に寝るわ。でもいいか?ぜってぇ無理はすんなよ?」
「うん。ありがとう。お休みさっちゃん」
「おう。お休みキイチ」
いつもと同じ挨拶を交わして、俺はドアを開けて寝室に入る。
シャツとハーパンを脱いで、ブリーフ一丁でベッドに仰向けに寝転がった俺は、頭の下で腕を組んでため息をついた。
主将は寮監の仕事もあるし、理事長は自分の仕事で忙しい。
だから自分がメインになってスケジュールの組み方やら、部費の管理やらを引き受けてぇってキイチの気持ちは、良く判る
し有り難ぇ。
別に、キイチが組むスケジュールに不満がある訳じゃねぇんだ。
…なんつぅか、俺だけが稽古以外何もしてねぇこの状況が、どうにも居心地悪ぃんだよな…。
ついでに言うと、こいつは俺個人の、客観的に見りゃ些細な問題なんだが…。
…キイチが忙しくて、あんまりちょっかいかけらんねぇからちっと寂しい…。
…いや、ほんのちっとだけな?別に寂しくてあんまし良く眠れねぇとか、そういった事はねぇからな?
横になって枕を抱え込み、俺はまたため息をつく。
…はぁ…。キイチの抱き心地が恋しいなぁ…。
俺、阿武隈沙月。星陵ヶ丘高校一年、柔道部所属。
茶色い被毛と、胸の白い月輪がトレードマークの、ちょっぴり寂しい熊獣人だ…。
静かにドアが開いた小さな音を聞き取って、うつらうつらしてた俺は目を覚ました。
ほんのちっとだけ、薄く目を開けると、抑えた灯りの中にキイチのシルエットが見えた。
ドアが閉まり、俺は目を瞑って寝てるフリをする。…俺が起きたって気付けば、キイチが気にするだろうしな…。
ベッドに歩み寄ったキイチが動きを止めた。目ぇ閉じてたって、足音と服の衣擦れの音で判る。たぶん俺の顔を覗き込んで
るんだろう。
ベッドはカーテンで囲めるようにできてるが、なんとなく息苦しい感じがするから、俺はいつも開けっ放しにしてる。
寝姿見られたとこで減るもんじゃねぇし、見る相手がキイチだしな。
キイチは少しの間俺の顔を見つめてたみてぇだったが、すぐに梯子を登って、上段の自分のベッドに入った。
枕元の時計をそっと見れば、午前一時ちょっと前。…またこんな遅くまで…。
起きた事を悟られねぇように、俺は体を動かさねぇで、じっと静かにしとく。
…やっぱり疲れてんだろうな…。十分もしねぇ内に、規則正しい寝息が聞こえてきた。
音を立てねぇように静かにベッドから這い出し、ベッドを覆うカーテンをそっと開け、背伸びして中を覗き込む。
無駄にでけぇこの体も、こういう時ばっかりはホントに役に立つなぁ…。
毛布一枚被っただけのキイチは、体の右側を下にして、こっちに顔を向けて寝てた。
口を少しあけて、すーすーと静かな寝息を立ててる。
顔の前には軽く開いて投げ出された手。細くて綺麗な手は、すっかり力が抜けて弛緩し切ってる。
…ぬあぁ〜っ!ちくしょぉ〜っ!かわいい寝顔だなぁおい!
頬ずりしてキスしたくなるものの、ここはグッと我慢…!
キツそうな様子こそ見せねぇようにしてるが、ホントは疲れてんだ…。今はゆっくり寝かせてやりてぇ…。
俺はそっと自分のベッドに戻り、仰向けに寝転がる。
…はぁ…。…なんか…寂しい…。
ここ一週間のキイチはあんまりにも忙しそうなもんで、ぜんぜん構ってやってねぇ。
…ま、構われても迷惑だろうけどよ…。
今、この天板の上で、キイチが無防備に寝てんだよなぁ…。可愛い寝姿で…。
……………。
…やべぇ…。ムラムラしてきた…。
考えてみりゃ、前に抜いたのいつだったっけ?
指を折って数えてみると、最後に抜いたのは丁度一週間前だ。
闇に目を懲らして見ると、股間でブリーフがコモッと押しあがって…。
…そろそろ抜いとかねぇと、夢精とかしちまうんじゃねぇのか…?
耳を澄まして、キイチの寝息を確認する…。…よし、寝てるな…。
俺は短ぇ尻尾を穴から外し、静かにブリーフを下ろして、ビンビンになってるチンポをそっと握った。
刺激に餓えてたせがれは、痛ぇぐれぇに勃起して、脈打ってた。
…まぁ、勃起しても相変わらずで、あんまりでかくならねぇんだけど…。
俺は目を閉じ、ベッドの上に居るキイチの裸を思い浮かべる。
柔らかくて、手触りの良い毛並み…。
細くて、筋肉のあまりついてねぇ、華奢ですらっとした手足…。
上に手を伸ばすと薄くあばらが浮く、極々薄い脂肪と毛皮に覆われた胸…。
…キイチ…。
キイチの細いしなやかな指が股間を刺激するのを想像しながら、実際には自分のぶっとい指でチンポをしごく。
皮をかぶったままのソレをくすぐり、裏筋をなぞり、皮をめくって亀頭の先を擦る指を想像し、呼吸を荒くする。
腹をさすって軽く揉み、キイチが舌を這わせてくれてるのを想像する。
胸を、乳首を吸ったキイチは、唇を重ねて来て、舌を絡ませて…。
…あぁっ…!…キイチ…!
尻に入ってくるキイチの指を想像したら、ケツの穴がひくついた。
ゆっくり出入りしながらケツの穴をほぐすしなやかな指が、内側からそっと肉壁を押し、刺激を与えてくるのを想像する。
それだけで、俺のチンポはヒクッと反応した。
左手で睾丸を軽く揉みしだき、右手で竿をしごく。
チンポを咥え、キンタマを揉んでくれているキイチの姿を想像しながら…。
んっ…うぅっ…!キイチ…、俺、俺もう…!
頭の中では、舌が亀頭にからみつくようにして舐め上げ、竿をギュッときつめに握ってしごいてくれてるのをイメージしてる。
絶頂が近くなり、俺は喘ぐような息を漏らしながら、必死になってチンポをしごく。
ピストン運動でチンポからクチュクチュと嫌らしい音を立て、上の段で眠るキイチの姿を思い描きながら、俺は登り詰めた。
「はぁっ…あっ…んうっ…!」
押し殺した息を漏らし、俺は自分の腹の上に、生暖かい精液を放った。
チンポの先からビュクビュクと吐き出された精液は、予想より大きく飛び、胸の月輪にまで届いた。
「はぁ…、はぁ…、ふぅ…」
脱力し、荒い息をつきながら薄く目を開け、月輪についた精液を指で撫でる。
…やっぱだいぶ溜まってたんだなぁ…。
快感の余韻に体をまかせ、ため息をついてベッドの天板を見つめた俺は、その横からひょこっと覗いてるものに気付いた。
「え、えぇ〜と…」
白猫が、上段から逆さまに顔を出し、ベッドを覗き込んでた。
「…あの…、…ごっ、ごめん…」
キイチは気まずそうに、すっと視線を逸らす…。
「あ…、あ…、あぁぁぁ…!?」
…み、見られてたっ!?
「う…、うぎゃぁぁぁあああああああああああっ!」
恥ずかしさに耐えきれず、俺は俯せになって枕に顔を埋めた…。
「…ごめんね…?その…、覗き見する気なんて無かったんだ…」
俯せのままの俺の横、降りてきてベッドのへりに腰掛けたキイチは、気まずそうにぼそぼそと言う。
「…でも…、め、目が離せなくなっちゃって…」
うぅっ…!顔から火が出そうだ…!
相互オナニーやってる間柄だってのに、一人オナニー(って正しいのか?この呼び方?)を目撃されて受けるこの大ダメー
ジは何だ…?
「…ね、寝てたと思ってたのに…。いつから起きてたんだよ…?」
枕に顔を埋めたままの俺の問いに、キイチはぼそぼそと応じた。
「…その…、ベッドが揺れてたから…、…最初は…地震かと思って…」
ぐはぁっ!?揺れてたのか!?俺、そんなに激しく動いてたのか!?
「…いつから見てた…?」
「さ、最後の方だけ…、「キイチ、俺、もう」って呟いてた辺りから…」
うそ!?声出してたのかよ俺!?
「…ごめん…」
俺は枕に顔を埋めたまま謝った。
「起こさねぇように、こっそりやるつもりだったんだ…。まさか、ベッドが揺れるなんて考えもしなかったから…。ムラムラ
来ちまって、どうにも辛抱できなくなっちまって…」
「別にコソコソやらないで、言ってくれれば良かったのに…」
キイチはそう言うと、俺の背中をさすり、尻尾を軽く握った。…あぁ、気持ち良い…。
「でもよぉ、お前忙しかったろ?…それに、最近は結構疲れてるみてぇだったし…」
キイチは手を止め、「あ」と声を上げた。
少し顔を起こしてキイチを見ると、何だか困ったような顔をしてた。
「疲労は…、あまり自覚してなかったな…。でも、そうかも?毎日ぐっすりだし、朝辛いし…」
キイチはそう言うと、今度は俺の首の後ろを撫で始める。…朝に弱ぇのは前々からじゃねぇか…?
「…うん…。もしかしたら、少し熱中し過ぎてたのかも…」
キイチは体を倒して俺の肩にしなだれかかり、俺のフサフサした毛に覆われた首に顔を埋め、息を吹き込んだ。
「ごめんね?気を遣わせちゃって…」
「…んん…」
「今日は、一緒に寝ようか?」
嬉しい事に、キイチはそう言ってくれると、足を引き上げて俺の横に寝そべった。
俺も体を起こして横向きになり、キイチに腕枕する。
…抜いてなかったら、たぶん我慢できなくなってるトコだな…。
キイチは俺の鼻に軽くキスをして、微笑んだ。
「今度こそお休み、さっちゃん」
「おう。おやすみ、キイチ…」
キイチは微笑んで目を閉じる。
その可愛い寝顔を眺めてたら、すぐにパッと目が見開いた。
顔を間近で見ていた俺は、ビックリして思わず毛を逆立てる。
「サツキ君。オナニーの後なのに、口調が変わってないね?」
「え?あぁ、まぁ、そうだな?それがどうかしたのか?」
「…ひょっとして、一人でやった時は変わらない?」
「…そう…だな…?」
「…新発見…」
キイチはふむふむ頷くと、また目を閉じた。
今度は寝たらしい。すーすーと寝息を立て始める。
起こさねぇようにそ〜っと抱き寄せて、その細っこい体を軽く抱き締める。
胸に抱え込んだキイチの寝息が、俺の三日月にかかって少しばっかりこそばゆい。
久しぶりに味わうキイチの抱き心地…。
俺は愛しのキイチの感触を味わいながら、幸せな気分で微睡んで、そして眠りについた…。
「これだ!」
翌日の夕食。食堂で声を上げた俺に、キイチとウッチーが驚いたように視線を向ける。
「どれだよ…」
オシタリが相変わらずの仏頂面で納豆をかき混ぜながら呟く。
「どうしたんだ?」
「どうかしたの?」
口々に言って首を捻るウッチーとキイチ。
「ぬははっ!良い事思いついちまったぜ!」
出来の悪ぃ脳みそで考えついたにしちゃ名案だ!
俺は大急ぎで飯を掻き込み、トレイを持って立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる!」
トレイをカウンターに下げて足早に食堂を出る俺を、三人の視線が追いかけて来てた。
「ただいまキイチ!」
「おかえり。…って、どうしたのその荷物?」
買い物から戻った俺がドアを開けると、キイチは俺が手にしている袋を見て首を傾げた。
「へへへ!そいつぁ後でのお楽しみだ!先に風呂入ろうぜ?」
「良いけど…」
キイチは納得してねぇ様子だったが、俺はさっさと冷蔵庫に袋を押し込み、キイチと一緒に風呂に向かった。
「んじゃ、キッチンに居るからよ。何かあったら呼んでくれ」
風呂から戻った後、俺はキイチに断って、キッチンのドアを開けた。
「え?うん…。キッチン?何するの?」
「あ、安心しろって。別に隠れてなんか食おうって訳じゃねぇから…!」
首を傾げて訝しげな表情をするキイチに、俺は慌てて首を横に振って応じた。
「そこは疑ってないよ。隠れて食べるつもりなら、キッチンに居るなんて断らないでしょ?それに…」
キイチは眉を上げて、ちょっとだけ笑う。
「サツキ君、約束は破らないもん」
………。
「そんなに照れないでよ」
信じて貰えてんのが嬉しくて、俯いて頭をガリガリ掻いたら、キイチは小さく笑った…。
「…と、とにかく…、用事あったら呼んでくれ。な?」
キイチにそう告げて背中を向け、俺はキッチンに入ってドアを閉める。
そしてさっそく腕まくりして、さっき買ってきた食材を冷蔵庫から出した。
考えてみりゃ俺にもあったんだよ。キイチにしてやれる事が!
「キイチ。ちっと休憩しろよ」
キッチンのドアを開けた俺に、パソコンと向き合っていたキイチは、鼻をひくひくさせながら顔を向けた。
「良い匂い…。お料理してたの?」
「おう!ま、夜食ってヤツだ」
俺は皿に盛ったパスタをテーブルに置く。
アルデンテに茹で上げたピリ辛ペペロンチーノだ。
厚切りのベーコンと柔らかく湯がいたホウレン草をあえて、俺特製のガーリックソースで味付け。
寝る前だから量は少なめにしといたし、油はもちろん低カロリーのもんを選んだ。
「嫌いじゃねぇだろ?」
「う、うん…。でも…」
キイチは申し訳無さそうな感じで、上目遣いに俺を見た。
「もしかして…、僕にお夜食作ってくれる為に、わざわざ買い物に…?」
「へへっ!してやれる事って、こんぐれぇしか思いつかなくてよ…!」
エプロンを脱ぎながら言った俺に、キイチは微笑んだ。
「…ありがとう、さっちゃん…」
いつもと少し違う、照れてるような、恥ずかしがってるような微笑み。…あ〜っ!グッと来るぅっ!
「さ、冷めねぇうちに食えよな!あ、あぁ!後、すぐに茶も淹れるから…」
俺は小躍りしたくなるのを堪えて、紅茶を淹れる為にキッチンに戻った。
その日から、キイチが夜更かしする時は、なるべく昼間のうちに言っておいて貰うようにした。
相変わらず手伝いはできねぇし、させてもくれねぇけど、俺は自分に出来る事で、あいつを喜ばせてやれてる。
キイチは、あんまり遅くまでの無理はしねぇようになった。
量は少なくとも、なるべくスタミナのつく料理を作ってやってるせいか、疲れた様子もあんまり感じられなくなった。
俺も、自分だけ楽してるような、妙な居心地の悪さが消えてすっきりした。
「お夜食作ってくれるのは嬉しいけど、大変じゃない?それに、これが続いたら、僕その内太って来ちゃうかも…」
キイチは困ってるような嬉しそうな顔で、そんな事を言う。
「良いじゃねぇか!キイチはコロコロしてても可愛いと思うぜ?」
俺は笑いながら、遠慮する事なんてねぇんだって、そう応じてやった。
ただ一つの問題は…、料理中に耐え難ぇ誘惑と戦うはめになってるって事かな…。
…まだ減量継続中なんだよ、俺…。
数日後の夕飯の後。俺は相変わらず忙しいキイチを部屋に残して、夜食の材料調達の為に寮を出た。
橋を渡ってふら〜っと川向こうの商店街に足を伸ばしたのは、まぁちょっとした気分転換と、少しでも歩いた方が良いだろ
うと思ったからだ。
でっけぇ門構え型看板が入り口に立ってる商店街に着いたのは、午後七時ちょっと前だった。
が、来たは良いが、不慣れな事もあって、食材店なんかの位置も良く判んねぇ。
参ったなぁ…、気分で来ちまったけど、休みの日中にでも来りゃ良かったなぁこりゃ…。
キョロキョロと辺りを見回した俺は、商店街入り口からすぐの所にスパイス専門店があるのを見つけた。
マジか!?あっちの商店街にはねぇんだよこういう店!
インド風って言やぁ良いのか?それともエキゾチック?言い方が良く判んねぇけど、とにかく外装から内装までが濃い目の
色彩で彩られた店のドアを潜った俺は、
「おぉ〜…、なんか凄ぇな…」
スパイスの小瓶がぎっしり詰め込まれた棚や、スパイスの壁を飾るインド風のタペストリーなんかを眺め回した。
それほど広くもねぇ店ん中は、両側の壁が棚になっててスパイスがギッチリ。
他にも俺の背と同じぐれぇの棚が三列並んでて、こっちもスパイスがミッチリ。
レジカウンターに居る店の人は、インド人じゃなかった。ふつーのお姉ちゃんだ。
ターバンとかいうあの布を頭に巻いてる店員なんかがレジに立ってりゃあ面白かったかもしれねぇ。…日本語通じねぇと困
るけどよ…。
さして広くもねぇ店内には、俺の他にも数人客が居る。結構人気の店なのかもな。
…っと、あんまボヤボヤしてると遅くなっちまう…。
じっくり見物してぇけど、そいつはまた今度にしとこう。
とりあえず、この店に入った時に決めたメニューの為に、俺は目当ての調味料を探す。
ターメリックパウダーにコリアンダーだろ…、あとレッドペッパーに…。
そう、メニューってのはつまりカレーだ。
こないだ主将達やシンジョウやユリカ呼んでカレーうどんやったばっかだし、今回はカレー粉を使わねぇインド風のもんに
するつもりだ。
このインド風カレーの作り方は、お袋に教えられたもんでも、自分で覚えたもんでもねぇ。小せぇ頃にミヅキの手伝いをし
ながら教わったもんだ。
…ウチじゃあ、スパイスから作るカレーは食卓に並ばなくなっちまったからな…。
な訳で…、実は、作んのはかなり久々なんだけどよ…、分量も覚えてるし、まぁ大丈夫だろ。
俺は自分の身長ぐれぇの棚の間をうろうろしながら、スパイスの小瓶を選ぶ。
後はクローブにシナモン…。え〜と、カルダモンは…、お?あったあった。
小瓶に手を伸ばしかけた俺は、同じ瓶に横合いから伸びた黒い手に気付いて、首を横に向けた。
俺もそうだが、相手も驚いたのか、目を少し大きくして俺を見ていた。
真っ黒のモサっとした長毛に覆われた体。顔立ちは猫だが、少しゴツくて体格も良い。
ちっとばっかし太め体型のその猫は、山猫の血が混じってるらしい陽明の三年生、定期戦で俺と試合した柔道部員だった。
「…どぞ…」
俺が手を引っ込めると、確かネコヤマって名前の黒山猫は、小さく頷いてカルダモンの瓶を手に取った。
「…もしかして、カレーっすか?」
俺も同じ瓶を手に取りながら尋ねると、ネコヤマ先輩は訝しげに目を細める。
「…キミも?」
「うす…」
お互いが持っている店のかごを眺めあい、俺と黒猫は顔を見合わせた。
「料理…するのかい?」
「まぁ、ちっとばかり…。…先輩も?」
「…うん…」
…微妙な沈黙…。
何となくだが親近感を覚えつつ、俺達は一緒にレジに向かった。
料理とかすんのか、この先輩…。…なんつぅか、ひとは見かけによらねぇなぁ…。