序話・弐 〜乾樹市〜

星陵ヶ丘第二男子寮。

そこが、この春から僕達の新しい生活の場になる寮。

立派な外観に内装、文句の付け所の無い四階建ての寮には、二階から四階に寮生にあてがわれた二人部屋が並び、一階には

食堂や談話室など、共有スペースが並んでる。

お風呂は二階から四階の各階に一つずつあって、それぞれの学年毎に使うようになってる。

食事は、一階の食堂でのセルフサービス式。

平日の朝と夜は寮の食堂で食べて、お昼は各自用意。僕らは学校の学食を利用する事になりそうだ。

ちなみに休日は朝だけやってて、昼と夜は各自で食事を摂らなきゃいけない。

なお、春、夏、冬休み中は食堂が完全閉鎖になるらしい。

寮の門限は午後九時で、九時半頃には寮監の点呼が始まる。

その頃には自室に戻っていないと先輩達に手間をかける事になっちゃうから注意。

「…大事なところを簡単に纏めるとこんな感じだけど、大丈夫そう?」

「ん…、まぁ、何とか…」

僕の分まで含めた大荷物を軽々と担いで歩く大柄な熊獣人が、顔を顰めながら頷いた。

「あんだけ長ぇ説明、良く覚えられんなぁ…。俺、食堂の下りしか覚えらんなかったぜ…」

この熊獣人は阿武隈沙月(あぶくまさつき)君。僕の幼馴染みで、茶色い被毛の熊獣人。

15歳ながらも2メートル近い身長で、幅も厚みも並の倍以上ある山のような大男だ。

「…それは、興味のあるなしで覚えられたかどうかが違うんじゃ…?」

僕は苦笑しつつ、部屋のナンバープレートを確認して、ドアノブにキーをさした。

僕達に割り当てられた部屋は102号室。部屋割りは名前順という事で、僕とサツキ君は運良く相部屋になる事ができた!

そうそう、自己紹介しておかなくちゃね。

僕は乾樹市(いぬいきいち)。クリーム色の被毛をした猫獣人。

明日はいよいよ高校生活のスタート、入学式です。



あてがわれた部屋はとても立派だった。僕にはもったいないぐらい…。

他の学校の寮がどうなのか詳しくないから比べようがないけど、コレ、かなり豪華な方なんじゃ…?

部屋は、リビングと寝室とキッチンの三部屋にトイレ付きだった。

リビングになる正面の部屋は結構広くて十二畳くらい。

床はフローリングで、なんと床暖房つき!真ん中に置かれた低いテーブルの下には絨毯が敷かれてる。

テーブルの下面を覗いてみたら、ふとんをかけるとコタツになるタイプのテーブルだった。僕にとっては非常に嬉しい…!

天井も鴨居も高いから、飛び抜けて大きなサツキ君でも頭をぶつける心配は無さそうだ。…今の所はだけど。

入り口を潜った正面には大きな窓。外が暗くなった今は、ベージュのカーテンと、白いレースのカーテンが窓を覆っている。

奥を向いて右手側と左手側の壁には一つずつドアがあり、それぞれの向こう側が寝室とキッチンになってる。

寝室へのドアの脇には勉強机が二つ、壁側を向いて並んでる。

もっとも、僕らはテーブルで向かい合って勉強するのが常だったから、机はあまり使わないかも?

左側の壁には背の低い、長い棚があって、上に内線電話が置いてある。

傍にはテレビと電話のジャックがあって、テレビを持ち込めば自室で好きに見られる。

規則によれば、自前のパソコンを用意して学校の許可を得れば、ネットも利用できるらしい。

入学祝に両親に買って貰ったノートパソコンは、テレビもDVDも見れるから、セッティングしてサツキ君と共用でテレビ代

わりに使おうっと。あとでネット接続の許可も貰って来なくちゃ。

右手側のドアを潜った寝室には、二段ベッドが設置されてた。

かなり大きめだから、こっちもまたサツキ君でも心配なさそう。

ベッドの脇にはスポーツロッカーみたいなノッポのクローゼット。これが二人分並んでいる。

リビングに戻って、寝室のドアと向かい合う形のもう一つのドアを抜けると、こっちは簡易キッチン。

冷蔵庫に電子コンロとレンジ、流し台がある。突き当りにはドアがあって、中はトイレ。洋式便器だ。

「お。センサー付きの電動便座…。しかもウォシュレットだぜ?」

「つくづく豪華だねぇ…」

とりあえず簡単に荷物を片付けた僕達は、部屋の中央にあるテーブルについた。

さっき寮内の自販機で飲み物を買って来ておいてくれたサツキ君は、さっそく活躍し始めた冷蔵庫からそれらを取り出し、

ザックに入れておいた菓子類をテーブルに広げる。

「そんじゃあ、新しい生活のスタートに…」

甘口の缶コーヒーを掲げて、サツキ君はニカッと笑った。

「うん。明日からの高校生活に…」

果肉入りアップルジュースの缶を掲げ、僕は笑みを返す。

『乾杯っ!』



「キイチ、ベッドどうする?」

しばらくあれこれ話しながらくつろいだ後、ポテチをパリポリ食べながら、サツキ君はそう尋ねて来た。

「上と下、どっちが…」

「上」

即答した僕に、サツキ君は笑いながら頷く。

「ぬはは!やっぱ二段ベッドの上って気になるよなぁ?」

「うん…。まぁ、そうだね…。僕が上でも良い?」

「おう、遠慮すんな。俺にしてみりゃ、いちいち登んのおっくうだからちょうど良い」

実は、二段ベッドの上というポジション自体には、はっきり言って興味無い。

僕の脳内シミュレートが、下の段に寝るいくつかのデメリットを弾き出したから上を希望しただけ…。

一つは、下に寝たら、真上に存在する170キロの巨体のプレッシャーを常に感じ続ける事になる。

さすがにベッドが潰れる事はないだろうけれど、頭上でミシミシ鳴ってたりしたら不安で熟睡できそうにない。

二つめはベッドの出入り。

僕がベッドに入る、あるいは出ようとした時に、万が一にも上からサツキ君が落っこちて来ようものなら、猫の敷物が出来

上がる。

サツキ君の下で死ぬなら本望だけど、夢を追って入ったこの学校で、志半ばに圧死するのは、当面は御免被りたい…。

…もちろん、上の段を希望した、これらの本当の理由は黙っておくけどね…。

「そうだ。今日は食堂開かねぇんだよな…。そろそろ飯食いに行くか?」

サツキ君が腕時計を見ながら言ったので、僕も彼からクリスマスプレゼントに貰った、おそろいのアウトドアウォッチに視

線を向ける。

午後六時、夕食時だね。

「探検がてら、お店探してみる?」

「だな。休日なんかにゃ外食する事も多いだろうし…」

僕達は財布だけ持ち、寮の周りを軽く探検しながら、食堂を探してみる事にした。



部屋を出て階段にさしかかると、

「よっ」

上の方から声が聞こえて、僕らは階段の上に視線を向けた。

薄いグレーの、フサフサの被毛に覆われたハンサムな狼獣人が、階段を下りて来ながら軽く手を上げる。

「あ、ミナカミ先輩」

「さっきはどうもっす」

「おっ?おれの名前、覚えてくれたんだな?」

目を細めて笑うこの狼は、水上重善(みなかみしげよし)先輩。僕らの一つ上の二年生で、確かボート部所属。

「これから飯?」

「うす。散歩がてら、近いトコとか探してみようかと思って。これからもちょくちょく世話になんだろうし」

「だなぁ。休日なんかは昼と晩は食堂使えないし、早めにお気に入りのトコ見つけとくと良い」

ミナカミ先輩は、足を止めていた僕らの所まで下りて来ると、僕の顔を見下ろした。

「何だ?おれの顔に何かついてる?」

…あ!狼なんて珍しいから、思わずまじまじ見つめちゃってた!

「い、いえ、その…!」

「犬との違いはどこか…とか?」

あ。それもちょっと気になる。見分け方とか。…じゃなくて!

「す、済みません…!知り合いに狼さんが居ないもので、つい、その…!」

慌てて非礼を詫びる僕を、先輩は口の端をちょっと上げて、面白そうに見つめてる。

「珍しいのか。でもまぁ、すぐに珍しくなくなるさ」

「狼、結構居るんすかこの学校?」

「いや、二、三年じゃあおれ含めて二人だけかな」

じゃあ何で珍しくなくなるんだろう?

そんな風に疑問に思っていたら、ミナカミ先輩は目を閉じて、歯をむき出しにして、ニカッと笑った。

かっこいい顔が、一転して子供みたいな顔になった…。

「狼の知り合い、できたろう?」

…これまで、狼に親しい知り合いは居なかったから、何となく、クールでスタイリッシュでちょっとコワめ、なんて印象を

持ってたけど…、ミナカミ先輩は何ていうか、スマートで優しげ、おまけに接しやすい感じ…。

「ぬはは!違いねぇや!これからもよろしくっす、先輩!」

機嫌良さそうに笑うサツキ君の隣で、僕も微笑んだ。

…良かった。イワクニ先輩といい、ウシオ先輩といい、この寮には良い先輩が多そうで…。

「…ところで、この辺で先輩のお勧めのトコってないっすかね?」

「ん?散歩がてら探してみるんじゃなかったのか?」

「いや…、そのつもりだったし、そうしたいのはやまやまなんすけど…」

サツキ君はちらっと僕を見た。…この切なそうな目は…、SOSだ…。「我、重度の空腹につき至急糧食の手配を求む」そん

な感じ。

「もしよろしければ、何処か紹介して貰えないでしょうか?考えてもみれば、探し回って遅くなって、初日から門限ギリギリ

とかはまずいですし…」

ミナカミ先輩は僕とサツキ君の顔を交互に見た後、

「なら、おれと一緒に行くかい?買い物がてらに飯も食って来ようと思ってたトコだから」

「お!助かる!」

サツキ君が顔を綻ばせたとたん、

ぎぃうるるるるるるぅっ…ぎゅごっ

彼の胃袋が盛大に食事を催促し、ミナカミ先輩はビックリしたような顔で丸いお腹を見つめ、それから小さく吹き出した。

「…っぷ…!ははは!雷かと思った!引き止めて悪かったな?急いで行こうか」

楽しげに笑いながら言った先輩に、

「う、うす…」

サツキ君は耳を伏せて、気まずそうにモジモジしながら頷き、

「済みません。お世話になります」

僕は笑いを噛み殺しながら頭を下げた。



お食事処、飯煮馬瑠(はんにばる)。

寮から歩いて数分っていう好位置に建つ、その小さな食堂の暖簾には、そう店名が記してあった。…ハンニバル…?

「…ところで、二人はどの辺の出?お郷は獣人差別酷い方?」

店の前で、ミナカミ先輩は唐突にそう尋ねて来た。

「東北です。差別は、住んでた辺りでは無かったです。まぁ、ちょっとはそういう人も居ましたけど、都会なんかと比べれば、

獣人の数も多いですし」

「それは何よりだ」

頷いた先輩は、僕らの疑問の視線を受けて苦笑いした。

「話は後にして、まず入ろう。ハラペコなんだろ?特にアブクマ」

「面目ねぇっす…」

サツキ君は鼻の頭を指先で擦りながら、居心地悪そうに耳を伏せる。



「ごめんくださーい」

ガラガラと引き戸を開け、声を上げたミナカミ先輩に、

「へい、いらっしゃい!」

中年の馬獣人が、カウンターの向こうから威勢の良い声をかけてきた。

歳は40を過ぎたくらいかな?180センチを軽く越えてそう。かなり背の高いおじさんだ。

長身を覆う被毛と、大きな瞳はなんとも不思議な色…。

紫を帯びた深い青で、光を滑らかに照り返してる…。こういうの、瑠璃色って言うんだろうか?どこか海を連想させる色…。

店内は夕食時というのもあって、席は殆ど埋まっている。

僕達はミナカミ先輩に促されて、カウンターの端の空いていた席を確保した。

見回してみると、僕達と同じくらいの年頃の客が多い。もしかしたら寮生かも?

「ん〜?見ない顔だな…。シゲ君、こちらさん方は星陵の新入生かい?」

僕達が席につくなり、おじさんは僕とサツキ君の顔を交互に見つめてから、ミナカミ先輩に尋ねる。

サツキ君を見たときに、その体を眺め回して感心したように頷いていた。

なお、話しながらも、その手は凄いスピードでキャベツを千切りにしている。…手、大丈夫ですか?

「ええ。今日入寮したばっかりの、産地直送採れたてホヤホヤの新入生。…こちら馬場瑠吉(ばばるきち)さんだ。もっとも、

皆「おやっさん」って呼んでるけどな」

そう紹介してくれたミナカミ先輩に目で促され、僕らは会釈する。

「どうも。俺は阿武隈沙月っす。で、こっちは…」

「乾樹市です。よろしくお願いします」

サツキ君の後を引き取ってそう答えると、ババさんは「ふむ」と頷いた。

「今年はイワクニ君とウシオ君が監督生だったかな?」

「そうだけど、知ってるんすか?」

サツキ君の問いに、おじさんは目を細くして笑う。

「長年ここで商売してるからね。寮生さん達は皆お得意様さ」

なるほど。僕らの寮からは凄く近いし、休日なんかにはここで食事を摂る寮生も多いのかも。

「で、頼むのは決まったかい?」

ミナカミ先輩の問いに、僕は慌ててメニューを開く。その横で、サツキ君が先輩に問い返した。

「お勧めは何すかね?」

「そうだなぁ…。どうだろおやっさん?」

狼に話を振られた瑠璃馬は、少しの間僕とサツキ君を見つめた。

「何でもお勧めだが、アブクマ君には特盛りカツカレー、イヌイ君には月見とろろそばかな」

ん?どうしてそれぞれお勧めが違うんだろう?

僕達が首を傾げて顔を見合わせると、ババさんは笑顔のまま続けた。

「その体だ。並の量じゃ物足りないだろう?うちのカツカレーはボリューム満点だ。ま、普通の生徒は普通の大盛りでも食い

きれないがね。それと、イヌイ君の方は少し疲れてるんじゃないか?蕎麦なら消化も良いし卵とトロロは疲れに効く。体も温

まるから体を休めるのには良いだろう」

なるほど。お勧めの理由に納得しつつ、僕達はおじさんに勧められたメニューをオーダーする事にした。

「シゲ君はどうするんだい?」

「おれはラーメンライスで」

「あいよぉっ」

ババさんが手馴れた様子で料理を続け、やがて他のお客さんに料理を運んで行った時に、

「…キイチ」

サツキ君は、なんだか肩を落とした元気の無い様子で、声を小さくして話しかけてきた。

「疲れ溜まってたのか?済まねぇな…、気付いてやれなくて…」

少し耳を倒して、気遣うように言ってくれたサツキ君に、僕は笑いかける。

「ううん。それほど疲れてる訳じゃないよ。言われてみて、そういえばなんとなく、って思うぐらい。準備と、慣れない長距

離移動のせいかな?あはは、僕も少しは体力つけないとね」

そう。僕自身も言われるまで自覚も無かったし、僕の事には敏感なサツキ君でも気付かなかった僅かな疲労だ。

一目で見抜いたのは、ババさんがずっと学生相手に商売しているからかもしれない。

職人の目っていうやつだろうか?感心させられるなぁ…。

「はい、おまちどう!」

ややあってから出された料理を見て、僕は少し驚いた。

僕の月見とろろそばは…、うん、普通のお蕎麦だ。

強いて言うなら刻んだネギが多め。丼の中心から少し奥にずれたところで、鮮やかな色の卵が満月のように浮かんでいる。

とろろと玉子の白身は、まるで月の周りを漂う雲みたいだ。

驚いたのはサツキ君に出されたカツカレーの方。

カウンターにゴトンと置かれたそれは、総重量は一体何キロあるんだろう?直径50センチはありそうな大皿。山盛りご飯

に良い香りのルー。トンカツが三きれも使われている。暴力的と言って良い量だった。

なお、ミナカミ先輩のラーメンライスも結構な量がある。醤油ラーメンだ。良い匂い…。

「新規客、入学祝いって事で、量は少しサービスさせてもらったよ。今後もどうぞご贔屓に。さぁ召し上がれ」

「うっす!頂きます!」

呆気に取られている僕の隣で、サツキ君は心底嬉しそうな笑顔で、カレーを食べ始めた。

凄い勢いで飲み込むようにカレーを平らげていく大熊に、周囲の視線が集中していた事は言うまでもない。

月見とろろ蕎麦はとても美味しかった。あっさりした好みの味で、小食な僕がおつゆまで全部飲んじゃった。

…これまではあまり外食する習慣は無かったけれど、誰かと一緒に食事に出かけるのって、悪くないかも…。



「あ〜、食った食った!美味かったぁ〜!」

食事を終えて食堂を出ると、サツキ君は満足気にお腹を擦りながら言った。

…ちなみに、良いお店を紹介してくれたお返しに、会計は僕とサツキ君で持つって言ったんだけど、先輩はそれを固辞した。

「新入生の知り合い第一号なんだ。高校最初の後輩に、先輩面させてくれよ?」

と、朗らかに笑いながら。…結局、逆に奢られちゃったんだよね…。

「近いし、美味いし、値段もそこそこだし、何より量があるし。…見ろよこの腹」

まくり上げられたセーターの下から現れたサツキ君のお腹は、シャツを盛り上げてぽこんと山になっている。

「いつも通りじゃない?」

「えぇ?明らかに膨れてんだろ?」

「しっかし見事な腹だなぁ」

ミナカミ先輩は面白そうな目でサツキ君のお腹を見つめ、手のひらで軽く叩く。

それだけでポヨンと柔らかく揺れたお腹をまじまじと見つめ、僕とミナカミ先輩は小さく吹き出した。

「そ、そりゃそうと…、入る前に言ってたアレ、どういう意味なんすか?」

やや強引に話を逸らしたサツキ君に、僕も同意して頷く。

獣人差別。僕らにはなじみがないけど、この辺もそういうの、多いんだろうか…?

「ああ。悪いんだけど、そこのコンビニでちょっと買い物したい。ついでに飲み物でも買って、食休みでもしながら話すか?」

ミナカミ先輩の言葉に、僕達はもちろん頷いた。

…あんな話されたから、気になって仕方ないもん…。



「先に言っておくと、ここいらじゃ獣人差別は殆ど無い。ってか全く無いって言って良いな。安心してくれ」

ミナカミ先輩はペットボトルのスポーツドリンクを片手で弄びながら、そう口を開いた。

コンビニの駐車場の端で、先輩は鉄パイプの手すりによりかかり、僕は立ったままで、サツキ君はアスファルトに直接あぐ

らをかいている。

三者三様にジュースを口に運びながら、僕らは先輩の話を聞いた。…なお、ジュースも先輩に奢られちゃいました…。

「まだ経験無いだろうけど、地元を離れれば風習も価値観も違う。差別を知らずに育ったヤツと、差別が当り前のトコで育っ

たヤツとは、まずお互いの価値観の違いに驚く。俺と同室のヤツが丁度そんな感じだった。そいつは首都近郊の育ちでね」

「考えてもみませんでした…。僕達、差別の事なんて全く頭に無かった…」

「だよな…。ここ、東護じゃねぇんだ。そういうトコにも慣れてかねぇと…」

僕とサツキ君が頷くと、先輩は軽く肩を竦めた。

「ハンニバルはおやっさんが獣人だからさ、どこから来た獣人でも気兼ねなく行ける。…逆に、獣人差別が根強いトコから来

た人間なんかは、店主が獣人ってだけで入りたがらないけどな。そういうトコでも、相手の価値観が多少は窺えるもんだよ」

「あ!それで僕らにも、まずあそこを紹介してくれたんですか?」

合点が行って尋ねた僕を横目に、サツキ君が首を傾げてる。

「驚いた。えらく頭の回転が良いなイヌイ?」

先輩は口をすぼめてピュウと口笛を鳴らし、感心したように言う。

「…あの…。何か、俺だけ理解してねぇっぽいっす?」

申し訳無さそうに口を開いたサツキ君に、先輩は優しく笑いかけた。

「イヌイの勘が良すぎるだけさ。おれも先輩方に教えて貰った事だしな」

狼はドリンクを一口飲み、それから口を開いた。

「あそこなら、獣人を差別するヤツは来ない。飯ぐらいは美味く食いたいだろう?」

「あ。なるほどなぁ」

「もっとも、それだけじゃない。ハンニバルに限った事じゃないが、店主が獣人の店や、獣人の利用客が多い店、そういった

所に嫌悪を見せるかどうかで、そいつが獣人を差別してる人間かどうか、ある程度見分けられる。そうやって見分ければ、付

き合い上トラブルになりにくい」

「あ〜!なるほど!…って…」

頷いたサツキ君は、ちょっと顔を顰めた。

「つまりその…、獣人差別する人間には近付くなって事っすか?」

「なるべくならその方がトラブルにはならない。が、そうも言ってられないのが学校だ」

先輩は軽く肩を竦めると、納得しかねている様子のサツキ君を見つめる。

なんだろう?理解っていうか…、共感っていうか…、凄く、優しい目…。

「育った環境にとっては、獣人差別も常識なんだ。中にはこっちに出てきて認識を改めようとしてるヤツも居る。だから「近

付くな」「関わり合いになるな」とは言わないさ」

「じゃあ…」

サツキ君は首を傾げ、僕は黙って思案する。

僕もてっきり、先輩が獣人差別者に近付くなって、警告してくれてるんだと思ってたんだけど…。

「気遣ってやれって事さ」

先輩は、ニンマリと笑ってそう言った。

「相手が獣人を嫌いかどうか見極めて、それなりの対応をしてやればいい。ベタベタせず、距離を置く付き合い方…、それも

相手への気遣いだ。考えようによっては可哀そうなんだから。アレルギーなんかと一緒でな」

冗談めかして肩を竦めた先輩は、ちょっとかっこよかった。

差別される側が気を遣う。差別する側が可哀そう。

なんだかちょっとおかしな感じだけど、確かに、見方によってはそれだけでストレスにならなくなる。

「…何て言うか…、ミナカミ先輩、良い人過ぎますよ?」

なんだかちょっと可笑しくなって、僕は微笑みながら先輩に言う。

「だよな。まぁ良い事っすけど」

サツキ君もニカッと笑って同意した。

「おやおや、おれは狼さんだぞ?あんまり気を許さない方がいいなぁ赤頭巾ちゃん達」

ちょっと照れてるのか、先輩は耳を少し倒して、苦笑いを浮かべて見せた。

「ぬははっ!先輩みてぇな狼になら、襲われてみんのも良いかなぁ!」

「冗談。アブクマ相手じゃあ返り討ちにされるのがオチだ」

…案外、簡単に餌食にできるかもしれませんよ?サツキ君はミナカミ先輩みたいな人、好みだろうし…。

とは、さすがに言える訳もないから、僕はただ曖昧に笑っていた。…浮気しちゃヤだよ?さっちゃん!



「あ〜!良かったなぁ!飯も美味かったし、先輩とも色々話ができたし!」

部屋に引き上げてきた後、サツキ君はゴロンと床にひっくり返り、満足そうにそう言った。

「いきなりお腹触られてたねぇ。先輩、お腹の出具合にビックリしてたよ?」

冷蔵庫に飲み物をしまって戻ってきた僕がからかうと、サツキ君は困ったように首を起こして、自分のお腹を見つめた。

部活を引退してからというもの、受験勉強に多くの時間を費やして、体を動かす機会が減ったせいか、サツキ君のお腹には

だいぶお肉がついてしまっている。

サツキ君のムッチリお腹は手触りが良い。でも、その奥には柔道で鍛えた筋肉がみしっと詰まっている。

「あははっ!冗談だよ。でも、また柔道するんだから、もう少しダイエットした方がいいかもね」

「…だな…。勘も取り戻さなくちゃなんねぇし、体もだいぶ鈍っちまってる。少し集中して絞んねぇとなぁ…」

そう呟いた後、サツキ君はくいっと首を上げ、にへら〜っと表情を緩めると、僕に向かって両手を広げて見せた。

その目が「カモン!」と言ってる。

僕は微笑みながらサツキ君に歩み寄り、すぐ脇に座る。

すると、伸びて来た太い手が、僕をぐっと抱き寄せた。

サツキ君の上に乗り上げる形で抱き寄せられた僕の首に、熊の鼻先が埋められる。

「あ〜、これこれ…!この抱き心地だ…!」

サツキ君はフンフンと僕の匂いを嗅ぎながら、満足気に呟いた。

僕はといえば、手を伸ばし、サツキ君の首を撫で回してる。

たっぷりフサフサの首回りは、手が完全に埋まって気持ち良い。

やがて、サツキ君は首筋から顔を離して、僕に視線を向けた。

「キイチ…」

「ん?」

「あ、あの…さ…」

サツキ君は少し恥ずかしそうに口ごもった。…ふと見れば、ハーフパンツの股間が小さく盛り上がって…、

「…そ、そのぉ…、あれだ…。疲れてんなら、無理にとは言わねぇけど…」

引っ越し準備が忙しくて、しばらく二人っきりになる機会が無かったせいか、サツキ君は首周りを撫でられてる内に、興奮

してきてしまったらしい。

「あ〜、でも…、移動も長かったし、荷物の片付けもあったし、他にも色々あったし…、疲れてる…よな?やっぱ…」

僕は苦笑しつつ、盛り上がっているサツキ君の股間をチョンっとつついた。

「…んっ…!」

小さく声を上げた後、サツキ君は照れ笑いしながら鼻の頭を擦り、僕を見つめる。

「ぬはは…。ここんとこずっと会えなかったから、溜まっちまってて…」

「ふふっ!良いよ。久し振りにしよっか?」

僕が言うが早いか、サツキ君はガバッと身を起こすと、ヒョイっと僕の体を抱き上げつつ立ち上がり、寝室に向かって歩き

出す。

「あ、サツキ君!ちょ、ちょっと?」

僕が慌てて言うと、サツキ君はニカッと笑う。

「ベッドの方が良いだろ?」

「それはそうなんだけど」

僕はドアを指さした。

「鍵」

「っと、そうだった。ぬははっ!」

サツキ君は苦笑いし、僕を抱き上げたままドアに鍵をかけた。

僕達実は…、幼馴染みで親友だけど…、男同士の恋人同士だったりもする。



「…あっ…!」

乳首を軽く吸ったら、僕の耳を甘噛みしていたさっちゃんは、小さく声を漏らして口を離した。

耳元で聞こえた可愛い声に、僕も興奮して息が弾む。

さっちゃんの手は僕の腋の下から後ろに回され、背中を撫でていたけれど、ピクンと動いて止まった。

よほど溜まっていたのか、さっちゃんはいつにも増して敏感になっている。

ベッドの上に寝て、ぴったり寄り添いながら乳首を舐めていたら、もうピンと勃ったおちんちんの先から汁が溢れ始めた。

さっちゃんのおちんちんは、体の大きさに似付かず、小さくて可愛い。勃起しても完全に皮を被っている。

彼自身は短小包茎である事と、早漏な事を凄く気にしている。

早漏なのはともかく、おちんちんは今のままで可愛いから気にしなくて良いと思うんだけどなぁ…。

さっちゃんはすごく敏感だから、すぐにイってしまわないよう、僕は十分に焦らす。

少しでも長く、気持ちいい思いをさせてあげたいから。

「お腹揉ませてね?」

僕はそう断って、頷いたさっちゃんの大きなお腹に手を当て、撫で回した。

脇腹を軽く掴むとムニっと柔らかくて、お肉が手に余った。

「んっ…!」

感じているのか、さっちゃんが可愛い呻き声を漏らし、ブルっと震えた。

優しくお腹を揉みながら、僕は彼と口付けを交わし、口の中に舌を滑り込ませる。微かにカレーの匂いと味がした。

クチュクチュと音を立てて舌をからませながら、お腹を揉んでいる手をゆっくりと動かし、彼のおへそに指を入れる。

「んぁっ!きっ…ちゃん…!だ、だめぇ…!ちょ、っと…ゆるめ、て…!」

親指をおへそに入れ、残る指を下腹に当てて掴むように揉むと、さっちゃんは体を震わせてヨロコんだ。

何を隠そう、ここも感じやすい場所の一つ。

押し寄せる快感が耐え難いほどになってるのか、さっちゃんはしっかり僕を抱き締め、鼻面を肩に押し付けて来た。

熊はそのまま鎖骨の辺りを舐め、軽く噛んで来る。

「あっ…!」

思わず声が漏れる。僕がさっちゃんの弱点を熟知しているように、彼もまた僕の感じやすい部分を良く知っている。

愛撫と言えば聞こえは良いけれど、責め合いの要素もある。

どれだけ相手を気持ち良くさせられるか、そういう責め合いだ。

…まぁ、僕達の場合は大概僕が競り勝っちゃうんだけれどね…。

僕達は徐々に体勢を変え、十分にお互いの体を求め合った。

そして…、先に限界に達したのは、今日もやっぱりさっちゃんだった。

「き、きっちゃん…、俺…、俺っ…もぉ…!」

潤んだ瞳で僕を見つめ、さっちゃんは荒い息を吐きながら、イかせて欲しいと懇願した。

僕はすっかり可愛くなってしまったさっちゃんに、微笑みかけて口付けし、仰向けになったその胸へ、彼の顔に背中を向け

る形で跨った。

この体勢の時は、うっかり尻尾を掴まれないように注意しなければならない。

ぽこんと盛り上がった、クッションのように手触りの良いお腹に胸を預け、さっちゃんの上で俯せになる。

この体勢で下を向けば、目の前にはすっかりグチョグチョに濡れた可愛いおちんちん。

僕がおちんちんを軽くつまむと、さっちゃんの体がビクンと跳ねた。

皮を剥きながら、亀頭の先端に舌先で触れる。まだ全部は剥けないから、亀頭が半分出た所でやめておく。

「あっ!」

それだけの事で、さっちゃんは体を震わせて声を上げた。…あー、やっぱりかなり溜まってたんだな…。

ご要望通りイかせてあげてもいいけれど、もう少しだけ可愛い声を聞いていたい…。

僕は手を伸ばして、さっちゃんの太ももを内側から押して足を開かせ、身を乗り出して股の間を覗き込んだ。

そして、薄い桜色のお尻の穴に指を這わせる。

「んっ!んあぁっ!き、きっ…ちゃ…!」

堪らなくなって、さっちゃんは僕の両足をがっしりと抱き締めた。

さっちゃんの柔らかい胸におチンチンが押し付けられて、気持ち良い…!

十分にお尻の周りを押して刺激した後、入念に舐めて湿らせた指を、お尻の穴に滑り込ませる。

「んっ、うっ、うっ、ううぅっ…!」

ヌプヌプと指が侵入して行くと、さっちゃんは食い縛った歯の間から呻き声を漏らした。

肛門がキュッと締まり、指に吸い付いてくる。

そのまま軽く捻ってあげると、指を動かす度に「あっ!あっ!」と可愛い声が漏れた。

「気持ちいい?」

「き、気持ち…ぃいっ…よぉっ…!」

はぁはぁと荒い息を吐きながら、さっちゃんは僕の声に応じる。

僕は可愛い声に興奮しながら、根本まで入れた指の腹で腸内を押して行く。

さっちゃんの息はどんどん荒くなり、上下するお腹が僕の体を揺らす。

…そろそろ限界かな?もうイっちゃいそうかも…。

十分にこなれたのを確認し、指を二本に増やした僕は、さっちゃんの前立腺を集中して刺激し始めた。

「んっ…?はぁっ!?あ!あああっ!ら、らめっ!そこらめぇっ!」

さっちゃんはイヤイヤをするように、首をふるふると振っている。すでにろれつがおかしい。

僕は右手でお尻の中をまさぐり、左手で小さな睾丸を弄びながら、小さくて可愛い、愛おしいおチンチンをそっと口に含み、

舌で裏筋を、かりを、亀頭を舐め上げる。

「きっちゃん…!きっちゃん!俺、もう…い、イっちゃうぅっ…!」

さっちゃんは声を上げながら、震える両腕でしっかりと僕に抱き付く。

興奮している僕は、お尻の中をぐりぐりっと強めに刺激しながら、左手でさっちゃんの竿をしごきたて、亀頭を舐め回す。

「んあぁぁぁぁぁぁあっ!で、で、ちゃ、ふっ…!」

前立腺をぐっぐっと、強めに刺激し始めて間もなく、少し剥いたおチンチンの先からは、汁がとうとうと溢れ出始めた。

高い声を漏らしながら、さっちゃんは大きな体をブルブルっと震わせた。

「あっ!あ、あああっ!あっ!と、止ま…、止まんな…いひぃっ!」

こぷこぷと、精液がとめどなくあふれ出し、僕の口の中を満たす。

かなり久々のトコロテン。…溜ってたなんてもんじゃないね…。

口の中に注がれた熱い精を飲み下しながら、強く吸って、最後まで気持ちよく射精させてあげる。

ヒクン、ヒクンとおちんちんが痙攣し、もう汁が出てこない頃になると、さっちゃんの体からは完全に力が抜けていた。

はぁはぁと荒い呼吸を繰り返すさっちゃんの上で、僕はおちんちんを舐めて綺麗にしてあげる。

この作業中にも、イったばかりで敏感になっているさっちゃんは、声を上げて痙攣を繰り返す。

「き、きっちゃん…!お、俺にも、ちょうだい…!」

やがて発せられた声と同時に、熱っぽい吐息が僕のお尻にかかった。

さっちゃんは僕の体を逆さまのまま引き上げると、僕の股間で怒張しているモノに、下からむしゃぶりついた。

って、ああぁぁぁぁっ!

溜まってたっていうか、餓えていたかのように、さっちゃんは一心不乱に僕のおチンチンをしゃぶり始めた。

放っておけば、僕の全身余すところ無く舐め尽くす程に舐めるのが好きなさっちゃんの舌技は、極めて凶悪!

だから序盤で彼の目の前におチンチンを差し出すのは危険極まりない。

おチンチンを舐め始めると理性が吹っ飛び、タガが外れたようにしゃぶり尽くすので、組み敷かれて抵抗できないまま、一

方的にイかされてしまう事もあるからだ。

彼に組み敷かれたら、僕の力じゃどうしようもない。抵抗空しく、ほとんど強姦同様にヤられる事になる…。

僕が感じているのを察したのか、さっちゃんは一旦口を離して皮を剥いてから、再びおチンチンを口に咥える。

裏筋を擦り上げ、かりに舌をからませ、亀頭を舐め回し、先端を舌先でほじくる。

腕力同様、舌にまで力があるので、かなり刺激が強い。それにしても、いつにも増して気合いの入った求めようだ!

自慢じゃないけれど僕のアソコは大きい。さっちゃんの言葉を借りれば、「超特大フランクフルト」…らしい。

そのおチンチンを根本まで咥え、さっちゃんは懸命に奉仕する。

口の粘膜がからみつき、締められ、吸われ、さっきから興奮しっ放しだった僕は急速に登り詰める。

「さっ…ちゃん…!僕も…、もうっ…!うぅっ!」

僕は痙攣しながら、さっちゃんの口の中に精を放った。

さっちゃんはしっかりとおちんちんを咥えたまま、僕の精液を飲み下す。いや、飲むって言うか…、

ぢゅるるっ、るるるっ、ぢるるるるるるるっ!ぢゅうぅっ!

思いっ切り吸われ、て…!

「あ、ちょ、ま、待ってさっちゃん!さっ…、にゃうっ!強い!強過ぎるからっ!ひにゃぁあああっ!」

まとわりつく粘膜が、舐め上げる舌がおチンチンを刺激して、僕は繰り返し体を震わせた。

存分に舐め、吸い尽くし、綺麗にし終えて満足したのか、さっちゃんはやっと僕のアソコから口を離した。

まだ余韻が残る、気だるい体を動かし、さっちゃんの顔が見えるように向きを揃える。…腰に力が入んない…!

胸を合わせてさっちゃんの上に腹ばいになり、間近で顔を見合わせる。

何も言わず微笑んだ僕に、さっちゃんもトロンとした顔で少し恥かしそうに笑い返す。

「気持ちよかった?」

「…うん…。すごく…」

「ふふ…、僕も…」

こういう事をしている時、サツキ君は凄く可愛くなる。口調までもが可愛くなってしまう。反則だ。

僕はサツキ君と唇を重ねる。吐息に雄の生臭い匂いが混じっているけれど、僕のとサツキ君のだから気にはならない。

「今日から毎日、ずっと一緒に居られるね…」

「うん…。ずぅ〜っと、一緒…」

僕の言葉に、サツキ君は微笑みながら頷き、僕の体をキュッと抱き締めた。



「点呼、何時だったっけなぁ?」

しばらくして余韻が抜け、すっかりいつもの調子に戻ったサツキ君は、枕元においていた腕時計を手に取った。

「九時半からだよ。一年生の部屋から回るはずだから、僕達は最初の方だね。そういえば二番目って言われたっけ…」

サツキ君は片手で僕を抱いたまま身を起こし、僕はサツキ君のあぐらの上に座る体勢になる。

唇を重ね、舌を絡ませた後、サツキ君は腕時計をはめ、僕に尋ねた。

「まだ一時間あるな…。風呂、どうする?」

「う〜ん…、空く時間帯を確認しておきたいかな…」

「んじゃ、ちょくちょく風呂の様子見に行ってみるか。どうせ今日は用事もねぇしよ」

僕の体には、小さい頃に負った傷痕が残っている。

最近になってやっと毛が生え、少しずつ目立たなくはなってきているけれど、人に裸を見られるのは苦手なんだ。

その事を承知しているから、サツキ君は気を遣ってくれている。

サツキ君は優しい。温かくて、大きくて、柔らかくて、とても優しい…。

いかつい外見だし、口調もちょっと乱暴だけど、体と同じように大きな、柔らかい心を持っている。

真っ直ぐで、優しくて、裏表の無いその心が、何年もの間、孤独に過ごしていた僕を救ってくれた。

付き合い始めてからしばらく経つ。一緒に過ごす時間は多いけれど、たくさんの「ありがとう」は伝え切れていない。

…たぶんこれから先、言葉で「ありがとう」を伝え切る事は、僕の一生を費やしてもできないだろう。

言葉で伝え切れない「ありがとう」は、その分態度と行動で、一緒に居て、体で触れ合って伝えて行こう、そう思ってる。

「どうした?急に黙り込んで?」

物思いにふけっていた僕の顔を、サツキ君が覗き込んだ。

僕は彼に微笑みかけ、いままでも、そしてこれからも変わらない、心からの言葉を贈る。

「さっちゃん。大好き…!」

サツキ君は少し驚いたように目を丸くし、それから鼻の頭を掻いて照れ笑いした。