序話・四 〜新庄美里〜

今年の初売りで買ったばかりの、愛用のデジタル一眼レフを首にかけ、私は朝早くに寮を出た。

故郷の東護から遠く離れたここ、日本海に面した星陵は、本当に景観が良いわ…。

情報集めが本来の目的なのに、出かけるとついつい、見慣れない日本海の表情や景色を、写真に収めてしまうのよね…。

今日は始業式なんだけれど、昨日の入学式後にそれぞれのクラスで諸注意と連絡事項を受けた私達新入生は、嬉しい事に丸

まるお休み。

さて、今日は商店街のお店でもチェックしてみようかしら?

まだまだこの街も不慣れだから、利用機会が多くなりそうなお店は、早めに押さえておいた方が良いでしょうしね。

私の名前は新庄美里(しんじょうみさと)。星陵ヶ丘高校一年。極度の近眼なので眼鏡が手放せない女子。

一応、新聞部に入部予定よ。



ここ、星陵ヶ丘市は、日本海に突き出た半島にある港町。

県内全域が豪雪地帯に指定されている地方都市で、街の中を星降川(ほしふりがわ)という大河が流れている。

川を挟んで東と西に二分された市街地に、それぞれ一校ずつ有名私立高校が建っている。

定期戦などで交流のあるその高校、陽明商業は川の東側で、私達の星陵は西側にある。

河口にかかったゆるいアーチを描く長大な星降橋(ほしふりばし)が街のシンボルで、海に沈む夕陽が実に美しいのも特徴。

…実はこっちに来た当日に魅せられちゃって、もう何十枚か撮ったわ…。

ちなみに特産品は山菜とキノコ類と海産物。特にイカ。

私が通う星陵ヶ丘高校は、その大河と日本海を見下ろす小高い丘の上にある。

やたらと広大な敷地と、巨大な校舎群が特徴的な私立高校だ。

校舎の表側にある窓からは、防風林と砂浜を挟んで海を眺める事ができる。

昨日確認したところ、屋上からの眺めは正に絶景!あとで同郷の二人にも教えてあげなくちゃ!

…まぁ、屋上から空を眺めるのが好きだから、すでに知っているかもしれないけれど…。

学校の裏には星見山(ほしみやま)が聳え、低いながらも美しい山が四季に応じた姿を見せてくれる。

星見山の頂上には恋愛の神様を祭る神社があるらしい。

しかしその神様、朔夜星見姫(さくやのほしみひめ)っていう女神らしいんだけれど、カップルで訪れると嫉妬して別れさ

せてしまうという話。…なんとも人間くさい神様よね…。

まぁとにかく、恋愛成就を願うなら、一人で行くのが鉄則らしいけど、私には関係ないわねコレ。

別に好きな人も居ないし、恋人を作るつもりも当面はないし。

おっと脱線…。話は学校の事に戻るけれど、生徒数は700強。寮が男子寮、女子寮それぞれ二つずつあり、今年度は各寮

それぞれ約50名前後、計200名ほどの寮生が入寮している。

それなりに有名な進学校で、多数の文化人、特に物書きの母校として、そして野球の強豪校として知られている。

だから、受験の倍率は結構高いのよね…。寮が立派な事も人気の秘密かもしれないけれど…。

部活はバスケとバレー、そして先述の硬式野球部が強い。

野球部に関しては、何度も甲子園にも勝ち上がっている超強豪。

あっちの取材はたぶん、ペーペーなんかに任せないで、先輩方がやるでしょうね…。

おまけに、昨年はボート部の一人がシングルスカル(調べてみたところ、一人乗りのボートの名称だそうね)でインターハ

イ出場、全国五位に食い込んだらしい。

その選手は当時一年生だったにも関わらず、昨年中の県民大会などの各種大会で賞を総なめにした。

ミナカミという二年生らしいけれど、いずれ取材を申し込まなくちゃ。

どんなヒトかしら?狼って聞いたけど、やっぱりとっつき辛いタイプかしらねぇ…。

…まぁ、注目度高いし、一年の私が取材できる体制になってるかどうかも問題だけど…。

他の目玉といえば応援団。

この学校の応援団と、川向こうの陽明の応援団は、単なるサポーターとはちょっと違うっていう裏情報をゲットした。

定期的に応援合戦などを行う二つの応援団は、ただ部活を応援するだけじゃなく、それぞれの学校の生徒に睨みを利かせ、

風紀を護るという側面も持ち合わせているらしい。

学校内だけじゃなく、対外的にも動く風紀委員って感じかしら?

…まぁ、風紀委員って呼び方は可愛い過ぎるような「指導」を行うみたいだけど…。

だって、応援団の前じゃあどんな生徒も、それこそここらの二校以外の学校の不良でさえ、大人しくなるらしいから…。

なお、星陵の団長は焦げ茶色の大柄な牛。陽明の団長は同じく焦げ茶色の大柄な羆だそうな…。

っとまぁ、これまでに調べられたのはこのくらいね。あとは街並みやお店を細かくチェックして行かなくちゃ。

何せこれから三年間、この街で暮らすんだから!



商店街をうろつきながらメモを取り、お店をチェックしていると、携帯が鳴った。

「はい、もしもし?」

『あ!ミサト姉ちゃん?おれおれ!』

 その馴染みがある一声で、思わず顔が綻んだ。

「詐欺?」

『ち、違うよっ!』

「ふふ!解ってるわよイヌヒコ。で、どうしたの?」

『ん〜、いや、どうしたって訳でも無いんだけどさ…。そっち、どうかなぁって…』

携帯越しに聞く幼馴染の後輩の声は、照れ臭いのか、なんだか妙にモゴモゴとしている。

『親と離れて寮住まいって、いろいろ大変そうだし…。遠いから、何かあってもすぐには帰って来れないだろ?不安じゃない?』

おやおや、まさか心配してくれていたとは思いもしなかったわ…。結構可愛いトコあるじゃない?

「大丈夫よ。もう一週間になるし、ちょっとは慣れてきたところ。心配してくれるのは、嬉しいけれどね?」

笑い混じりに応じると、イヌヒコは照れたように『へへへ…』と笑った。

「それよりも、貴方ももう「先輩」になるんだから、しっかりね?」

『判ってるよぉ!』

不満げな返答の声を耳にしたら、幼馴染が頬を膨らませている、子供っぽい顔が思い浮かんだ。

『あ、先輩…!そう、先輩だ!アブクマ先輩、元気にしてる?』

「大丈夫。彼が元気じゃないのはお腹が減ってる時と試験期間中ぐらいのものよ。あ、なんなら電話したら?私達、今日は休

みだから、電話かけても平気なはずよ?」

『ん〜…、話はしたいけど…、そろそろ稽古の時間だから…』

「え?…イヌヒコ。これ、どこからかけてるの?」

『学校の公衆電話』

「ちょっと!早く言いなさいよ!小銭ガンガン減ってるんじゃないの!?」

『…あ。ほんとだ!うげ!?もう二百円なくなってる!?』

「まったく…!話したいなら、家の電話になさい?私からかけても良い…」

『……ヒコぉ……ろそろ…かなくちゃ…。……まっちゃ…よぉ〜?』

受話器の向こうで、誰かの声が遠く聞こえ、私は言葉を切った。

今の間延びした声…、お友達の黒牛君かしら?さっき、イヌヒコもこれから稽古って言ったし…。

『わりっ!すぐ行く!…ごめん、もう稽古始まる!姉ちゃん、悪いけどまた今度ゆっくり!』

「ええ、頑張って」

『へへ!姉ちゃんも!んじゃっ!』

イヌヒコがガチャンっと通話を切り、私は笑みを浮かべながら携帯をしまう。

自分の事、真正面の事しか見れなかったあのガキンチョが、私や、恩人の彼の事を気にするなんてね…。

成長したものね、ホントっ。



利用しそうなお店を調べながら、アーケードの半ばまで差し掛かった所で、私は足を止めた。

行き交う人ごみの中に、知り合いの姿を見つけて。

人混みの中でも一際目立つ、飛びぬけて大きな巨漢は、近付いてゆく私に気付くと、口の端を吊り上げて、太い笑みを浮かべた。

「よう!シンジョウ!」

同郷の生徒は、大きく手を上げて私の名を呼ぶ。

この茶色い被毛の熊獣人、名前は阿武隈沙月(あぶくまさつき)という。

去年の中体連では、種族、体重別の個人戦、最重量のクラスで全国二位まで登り詰めた猛者で、2メートル近い小山のよう

な体をしている。

中学時代は女子、特に下級生に人気があったけれど、恋人一筋で、他の生徒には目もくれなかった。

行き交う人々がその巨体に興味深そうな、そして感心しているような視線を向けるけれど、彼自身は周囲の視線なんて全く

気にしていない様子。

幼い頃から飛び抜けて大柄だったらしいから、慣れてるのねきっと。

…まぁ、鈍感だから、っていうのもあるでしょうけど…。

「おはよう。買い物?」

アブクマ君は荷物が詰め込まれてパンパンに膨れたザックを、空のコンビニ袋でも持ち上げるように軽々と吊し上げ、ポン

ポン叩いて見せた。

「おう。調理器具一式と、足りなかった日用品な」

言われてみれば、ザックの横のチャックが閉め切られておらず、そこからフライパンの柄や、お玉か何かの柄が突き出して

いる。

もう片方の手に提げられたスーパーの袋からは、長ネギと大根の葉っぱが覗いていた。…主婦かあんたは?

彼はゴツイ外見と乱暴な口調に似合わず、料理が得意だ。

一度だけお手製弁当を味見させて貰ったことがあるけれど、お世辞抜きに絶品だった。

…あのクリームコロッケの味は忘れられない…。

アブクマ君は私と同じで、東護から進学して来た同級生。

上級生に東護中の卒業生は居ないから、星陵には私と彼ともう一人、たった三人しか同郷の生徒は居ない。

…ん?そう言えば…?

私は周囲を見回す。いつも彼と一緒にいる恋人の姿が見えない。

「ネコムラ君…じゃないわね、イヌイ君は?」

「キイチなら、ほれ」

彼が顎をしゃくった先には、丁度本屋から出てくるクリーム色の猫獣人の姿があった。やっぱり一緒だったらしい。

「あ、おはようシンジョウさん」

微笑みかけてきた猫獣人に、私も笑みを返す。

「おはようイヌイ君。良いわねぇ、相変わらずラブラブで」

私が口元を押さえて小さく笑うと、二人は顔を見合わせて苦笑した。

彼は乾樹市(いぬいきいち)。小柄で細身な猫獣人で、アブクマ君と同じく、私と同郷の生徒。

大柄なアブクマ君と並んでいると、歳の離れた兄弟か、下手をすると親子に見えてしまう。

悲しく、辛い過去を背負っているけれど、辛そうな顔は決して見せない。

小さくて脆そうな印象があるけれど、芯は強くてしっかりしている。

一見人当たりが良さそうに見えて、実はそう簡単には他人に気を許さない彼だけど、私の事はそれなりに信用してくれてい

るらしい。

排他的というほどではないけれど、以前は他人と距離を取りたがる傾向があった。

でも、アブクマ君と一緒に居るようになってから、その傾向もだいぶ薄れて来ている。

…実はこの二人、男同士だけど恋人同士、いわゆる同性愛者。

中学三年の二学期始め頃、アブクマ君がイヌイ君に惚れて告白し、付き合う事になったらしい。

…ま、その詳しい経緯については説明を省かせて頂くわね。

この二人は念願叶って、同じ寮の同じ部屋に入った。

イヌイ君が旧姓のままだったら別の部屋になるところだろうけれど、名簿順なので幸運にも相部屋になれたそうな。

…あ!?そうだった!寮と言えば…!

私は表情を引き締め、二人に尋ねた。

「ところで…、少し時間ある?話したい事があるんだけれど…」

二人は一瞬視線を交わした後、

「構わねぇけど」

「僕も大丈夫だよ」

と、揃って頷いた。

「ありがとう。なら、ちょっと場所を変えましょうか」

私は踵を返し、二人を連れて来た道を引き返し始めた。

…来る途中で見つけた公園、あそこなら話をしやすいわね…。



「ありがとう」

アブクマ君が自販機のコーヒーを奢ってくれたので、私は軽く頭を下げて礼を言った。

イヌイ君は緑茶、アブクマ君はやたらと甘いコーヒー飲料をそれぞれチョイスしている。

商店街の裏手にあるこの長方形の公園は、ベンチが四つとシーソー、ブランコ、砂場や滑り台があり、広くはないけれど遊

具が充実している。

「で、何だ?」

二つのブランコに座った私とイヌイ君に向き合う形で、ブランコを囲む手すりに大きなお尻を預けたアブクマ君は、要件を

切り出すよう促してきた。

「少し迷ったけれど、貴方達なら変に騒ぎ立てることもないでしょうし、話しておくべきだと思って…」

私は情報を整理し、言葉を選びながら話し始める。

「これから話すのは、まだ裏も取れてない話なんだけれど…」

私は二人の顔を交互に見つめた。

「二人とも、忍足慶吾(おしたりけいご)っていう男子と、同じクラスでしょう?」

二人は揃って頷き、アブクマ君が口を開いた。

「おう。同じクラスな上に、寮の隣の部屋だ」

…ちょっと驚いた…。まさかそんな近くで過ごしているなんて…。

「何もなかった?彼、どんな様子?」

思わず身を乗り出しながら尋ねると、アブクマ君は訝しげに首を傾げた。

「どんなって…、あいつほとんど喋らねぇからなぁ…。印象で言うなら、無口で愛想がねぇってとこか?」

「そう…」

私はブランコに座り直し、情報を整理する。…どう話せばいいのかしら…?

「…彼には、気を付けて…」

結局、私が選んだ言葉はこれだった。二人は訝しげな顔つきで私を見つめる。

「気を付けるって…、何に?」

イヌイ君は少し顔つきを改めて、声のトーンを落として尋ねて来た。

彼は頭が切れる。東護中でも一、二を争う秀才だったし、この星陵の推薦入試では、筆記テストで満点を取って入学したと

いう逸話は結構有名だ。

警告さえしておけば、彼ならきっと、恋人共々面倒事を回避してくれるはず…。

私は一応誰にも聞かれていない事を確かめ、小声で話し始めた。

「…彼、地元では有名な不良だったみたいなのよ」

二人とも少々驚いたようだ。

「喫煙や喧嘩なんかで補導された事も、一度や二度じゃないらしいわ」

「おぉ〜!やっぱ骨のあるやつなんだな!?」

私の説明に、アブクマ君は感心したように言った。

「そうじゃないでしょ!?」

ピシャリと遮ると、アブクマ君はぽりぽりと頬を掻いて苦笑いした。

…少しばかり嬉しそうに見えたのは気のせいよね…?

「三年になってから急に静かになったって話なんだけれど、とにかく気を付けてよね?彼、狂犬って呼ばれていたらしいから」

「判ったよ。…で、裏が取れてねぇってのは?」

アブクマ君は軽く肩を竦めると、大きな体を揺すって手すりに座り直した。

どうやら私が警告の為に話をしている事を、きちんと理解してくれたらしい。

「この学校を目指した動機よ。ここに来るぐらいなら、入れる学校は他にもあるわ。にもかかわらず、自宅から遠く離れたこ

の学校に進学した理由。それに、中学生活後半になってから静かになった理由。これらがまだはっきりとは判らないの」

アブクマ君は目を細めて頷き、私を真っ直ぐに見つめた。

曇りのない、深く黒い瞳が、私の目をじっと窺う。

「荒れてた事にも、この学校に来た事にも、何か理由がある…。そうなっちまってた…、そうしなきゃならなかった理由が…。

シンジョウは、そう思ってんだな?」

「そういう事。噂だけで人を判断するようじゃ、記者になんて到底なれないわ」

私は彼に頷き、そう答えた。

噂というものは、それなりにあてになる。

あまりにも的外れな噂という物はそれほど広まらないものだけれど、広まり、そしてなかなか消えない噂という物には、概

して真実の幾分かは含まれている。

簡単に言うなら、まるっきりリアリティのない噂は広まり難いって訳。

意図的に流布されていたり、あるいは囁く人々の願望が混じったりしていない限りはね。

でも、噂だけで物事を判断すれば、先入観で本質を歪めて捉えてしまいかねない。

だから私は噂を軽んじたりもしないけれど、不必要なまでに信用する事もしないわ。

不確かな部分は、自分の目と耳と感覚で確かめる。

これは私が敬愛するジャーナリストから学び取った、真実を追う者のスタンスであり、ポリシーよ。

「それで…、彼の事を調べて、どうするつもりなの?」

イヌイ君の問いに、私は苦笑を返した。

というのも、彼の声に、顔に、幾分心配するような色が見え隠れしていたから。

「どうもしないわよ。単に、貴方達の傍に火種かも知れないものがあるのが落ち着かないだけ。この学校じゃ三人だけの同郷

なんだもの」

そう。私がオシタリ君という一年生の事を調べているのは、いつものように好奇心で調べているのも、もちろんある。

けれど、同じクラスになったらしいこの二人が、厄介事に巻き込まれはしないだろうかという心配が、今回は先にある。

二人は私の返答を聞き、笑いかけてきた。

「ありがとよ。気ぃつけとく」

アブクマ君が微笑みながら礼を言う。

「忠告ありがとう。でも大丈夫」

イヌイ君は、何故かクスクスと笑っていた。

「僕には雷様よりも強い、サツキ君がついてるから」

雷様より強い?意味が解らなくて、私は眉根を寄せて首を傾げた。

見れば、アブクマ君は微妙な半笑いで頬を掻いている。

まぁ、雷様がどうこうは解らないけれど、確かにアブクマ君が一緒なら、暴力を振るわれかけたとしても護ってくれる。

…いや、それどころかイヌイ君に手を出そうとした相手は、たぶん一瞬で返り討ちね…。

アブクマ君自身、中学入学当初、上級生達に喧嘩を売られてこれを返り討ちにし、尾ひれの付いた妙な噂が流れたせいで、

その後一般の生徒には不良と勘違いされて距離を置かれ、他校の不良には絡まれまくった経験がある。

16人もの上級生に囲まれ、親友と一緒に大暴れした武勇伝は、本人の知らないところで一人歩きし、勝手に不良にされて

しまっていた。

当時つけられたあだ名は「東護の魔王」「悪魔番長」「デビルアブクマ」など、センスの無いのが多数。

「私の話はそういう事。本当に気を付けてよ?喧嘩でも柔道でも「不沈艦アブクマ」が負ける事はそうそうないでしょうけど、

暴力事件で退学にでもなったら困るから」

あだ名の一つをあげて、からかい混じりに言ってやると、アブクマ君は太い指で鼻の頭をぽりぽり掻いた。

本人に自覚は無いらしいが、時折見せるこういった仕草が可愛いと、東護の女子には好評だったのよね。

実際、私もちょっと可愛いと思うし。

「だな。大人しくしとく。それに、正直なとこ、柔道部が面倒な事になってるから、他に構ってる余裕もあんましねぇんだ」

「あぁ…、そういえば一昨日、廃部寸前って言ってたわよね?」

携帯で現況報告しあった時、柔道部が人数不足で廃部の危機にあるとか、イヌイ君から聞いていた。

あと一人部員を確保すればオーケーらしいから、本人も私もあまり心配してはいないけれど。

「まぁ、そんなに難しくはねぇさ」

アブクマ君は笑いながら言う。

「あと一人部員見つければ良いんだしね」

ビラ配りなどを手伝っているイヌイ君も気楽そうに微笑みながら言った。

「ふふ。応援してるわよ」

私は二人に微笑みを返し、そして少し気になった事を尋ねてみる事にした。

「…ところで…」

表情を改めて身を乗り出し、声を潜めた私に、二人も顔つきを改めて、それぞれの耳をピクリと動かし、そばだてた。

「同居生活はどんな感じかしら?」

「ああ、こっちに着いてから昨夜までの二晩、それはもう大変だったよ…」

「うおおぉぉい!キイチぃぃいいいっ!?」

尋ねた私にイヌイ君が神妙な顔で即答し、アブクマ君が声を上げながら腰を浮かす。

「へぇ?大変って、どんな風に?」

「うん。サツキ君ったら凄く溜まっちゃっててね?せがみ方が凄…モガ…」

赤面するでもなくすらすらと質問に応じるイヌイ君の口を、アブクマ君の大きな手が塞いだ。

「…よいしょ…。二晩で6回はやったよね?」

手をどかして、可愛く小首を傾げながら同意を求めるイヌイ君。

「え?そ、そんなにやったっけ…?じゃなくて暴露すんなキイチっ!」

アブクマ君はもう大慌て。丸い耳は恥ずかしそうにペタッと伏せられている。

「シンジョウ!お前なんだってそんな事まで…」

「ああ、安心して。記事にはしないから」

「されて堪るかっ!!!」

「ただの純粋な知的好奇心から尋ねてるだけよ」

「不純な痴的好奇心だろが!?」

私は彼から視線を離し、イヌイ君に視線を向ける。

「ところで、アブクマ君の包茎、少しは良くなった?」

「ちょ!?ちょっと待て!お前何でその事を知って…!?」

「いやぁ、相変わらず可愛いまんまで…」

「っておいキイチぃー!?」

アブクマ君の悲鳴に近い声が、狭い公園に響き渡った。



アブクマ君を少し弄ったあと、私は二人と別れてお店の調査に戻った。

彼、単純で素直だから実に弄り甲斐があるわぁ…!

…私、もしかするとSなのかしら…?

まぁそれはともかく、周囲では希少な恋愛の形をしている二人だから、いずれは腰を据えて深いところまで細部に渡って根

堀り葉堀りじっくりたっぷりねっぷり話を聞いてみたいところね。

さて…、明日からは通常の授業が始まるわ。

念願の星陵での高校生活が、いよいよ本格的にスタート。

興味深い生徒も多いし、まずは生徒の情報収集から開始しなくちゃね。

さぁ、忙しくなるわよぉーっ!

「…あ…」

歩きながら背伸びをしていた私は、ある事に気付いて、そのままの格好で固まった。

…応援団長と、ボート部のミナカミ先輩…、あの二人と同じ第二寮だったはず…。

しまった!今後の為に、どんな先輩達なのか訊いておけばよかった…!