第二十二話 「意外な再会」

「うひょ〜!見たか!?すっげぇ美人!」

「さすが都会!女の子もレベル高ぇ〜!」

嬉しそうな声を上げたタカツキ君とイシモリ君に、サツキ君はうんざりしたようにため息をついた。

「一つ聞ぃとくが…、お前ら、首都の街並みを見に来たのか?それとも女を見に来たのか?」

『女の子に決まってる!』

声を揃えて答えた二人に、サツキ君は再びため息。

ここは若者の街として知られる四分谷。僕達は今、修学旅行の自由行動中なんだ。

道行く女の人達を見てはあれこれ感想を言い合うタカツキ君とイシモリ君に、くじ引きで班長を押し付けられたサツキ君は

だいぶ呆れている様子。

「まったく…。済まねぇなぁ、キイチ、カワベ。あいつらの目的が分かってりゃ、別のトコをゆっくり見て回る事にしたんだが…」

「気にしないで。僕も周りを見てるだけで楽しいし。ん?そう?カワベ君も楽しいんだ」

僕の言葉にカワベ君も頷いていた。表情は乏しいけれど、その目が楽しいと言っている。

「…前から気になってたんだが…、なんでお前、カワベの言いてぇ事が分かんだ?何も言ってねぇのに…」

サツキ君は不思議そうな様子で、僕とカワベ君の顔を交互に見た。

「え?分からないものなの?」

「…悪ぃ、さっぱりだ…」

「アイコンタクトで分からない?」

「いや、全然…」

サツキ君はそう言うと、女の人を追いかけて離れていく二人に視線を向け、ちょっと怒ったように「戻って来い!」と声を

上げる。

「…ったく、ほんのちっとも目が離せねぇ…。俺達にもゆっくり見物させろってんだ…」

さて、あわただしくなる前に自己紹介しておくね。

僕は根枯村樹市。東護中学三年。クリーム色がかった白い被毛の猫の獣人さ。



シブヤを離れた僕達は、地下鉄を使って官公庁の集中するエリアにやってきた。

タカツキ君とイシモリ君は、よほどシブヤが気に入ったのか、「俺達だけ残る!」とかごねたけれど、サツキが今にも爆発

しそうな気配が漂っている事に気付き、大人しく引き上げる事を承諾した。

「行政エリアなんて昨日見たじゃん」

「そうそう、わざわざ自由行動で見に来なくたって…」

「走ってるバスん中から見ただけだろ?初めてなんだから、誰だってゆっくり見てぇって思うだろうが」

「誰だって、って…、どこに居るんだよそんな酔狂なやつ?」

タカツキ君の言葉に、僕とカワベ君、サツキ君が手を上げる。

「マジでか!?ネコムラは分かるけどカワベまで!?ってかアブクマ!嘘つくなよ!」

「悪かったな…。いっぺん生でじっくり見たかったんだよ。新都庁…」

サツキ君は昔から巨大建造物が大好きだ。昨日なんて60階建ての某有名ビルを下から見上げたまま、うっとりとした表情

を浮かべてしばらく動かなくなった。たぶん、都庁を見ても同じ症状が出ると思う。

駅の前で地図を確認し、サツキ君は都庁の位置を再確認した。

「5ブロック先か…、少しあるな。どうする?」

「せっかくだから、街並みを眺めながら歩いて行くのも良いんじゃない?って、カワベ君が言ってる」

サツキ君は訝しげな表情で、また僕とカワベ君を見比べる。

「言ってるって…、喋ってねぇじゃねぇか…。でもまあ、俺もカワベの意見に賛成だ。歩きでいいか?」

『異議な〜し』

なんだかんだ言って、タカツキ君とイシモリ君も、行政エリアの街並み見物は興味があるらしい。手に手にカメラを持って

周囲を見回し始める。

「さっそく美人OL発見!」

「お!?どこどこ!?」

…前言撤回…。やっぱり街並みそのものには興味無いみたい…。



しばらく歩いた頃、道を確認しながら前を歩いていたサツキ君がいきなり立ち止まり、僕は背中に追突した。

「…いった…!…どうしたの?」

じっと前を見つめたままのサツキ君に、僕は鼻を押さえて尋ねる。

「ありゃあ…」

サツキ君は目を細めて前方を凝視していた。その視線をたどると、ずっと向こうで数人が道の端に固まっているのが見えた。

そして、誰かが街路樹の前で座り込んでいる。…あれ?あの制服って…。

僕が気付くと同時に、サツキ君は猛然と駆け出した。僕もその後を追って走り出す。

道の端に固まっていたのは、僕達と同じ東護中の生徒達。別のクラスの斑だ。

「おい、どうした!?」

駆け寄ったサツキ君は、皆に囲まれて街路樹の傍に座り込んでいる女子に目を向ける。

その子は真っ青な顔で足を押さえていた。見れば、膝裏の少し下、ふくらはぎのところでハイソックスが破れ、そこから血

が流れ落ち、地面に血溜まりを作っている。

「空き缶に躓いて…、切ったみたいなんだ」

同じ斑の男子が蒼白な顔色で言う。

サツキ君は女子の傍に屈み込むと、手をどけさせ、傷口を確認した。…う…、結構深いかも…。

サツキ君は険しい表情を浮かべて顔を上げ、一同を見回した。

「誰か包帯持ってねぇか!?無けりゃタオルかハンカチでも良い、とにかく、破っても構わねぇような縛れるもんをくれ!」

カワベ君は頷くと、背負っていたナップザックを下ろして素早く開け、タオル数枚とテーピングを取り出す。サツキ君はほっ

としたように表情を緩め、それを受け取った。

「キイチ、カワベ、見えねぇように周りに立ってくれ」

僕達が言われたとおりに女子の左右に立つと、サツキ君はタオルの端を咥えてビリビリっと細く裂き、女子の顔を覗き込んだ。

「悪ぃ。変な真似はしねぇから、ちっと我慢してくれよ…」

そう言ってスカートをまくり上げると、サツキ君は女子の太もも、膝裏の少し上に畳んだタオルを当て、その上から細く裂

いた方のタオルできつく縛った。たぶん、血管を圧迫して出血を止めているんだと思う。

「お〜い!なんだよ急に走り出して…」

遅れてやってきたタカツキ君とイシモリ君に、サツキ君が鋭い声で言う。

「シンジ!タク!緊急だ、頼む!」

女子の様子とその言葉だけで状況を察したのか、二人の顔からいつものお気楽な表情が消え、きりっと引き締まる。

「おい!そっちの担任は誰だ!?連絡はしたのか!?」

イシモリ君の問いに、斑の皆が首を横に振った。

「先生の携帯の番号を教えろ、俺がかける!」

イシモリ君が担任の先生に連絡をとっている間、タカツキ君はサツキ君の隣に屈み込んで、手伝いをしていた。

「どこを押さえれば良い?」

「ももの裏、少し外側の筋肉が窪んだ辺りだ。少し押すようにして押さえてくれりゃあ出血が緩くなる。その間に傷口を縛る」

サツキ君の指示通りに手当てを手伝いながら、タカツキ君は青い顔の女子を、優しい口調で励まし始めた。

「大丈夫だ。出血はすこ〜し派手だけど、ほれ、もう止まりかかってるだろ?アブクマはこう見えて応急手当が得意なんだ。

だからもう大丈夫!安心して、落ち着いて深呼吸しなよ、な?傷の方は綺麗なもんだ。傷跡だって残りはしないさ」

女子を落ち着けようと優しく言葉をかけるタカツキ君と、驚きのあまり動けなくなっている斑の皆に代わって、担任の先生

に電話をかけ、状況を詳しく、正確に説明するイシモリ君。

この緊急時に、普段のおちゃらけた様子からは想像もできないほどしっかりしている。やる時はやるんだね二人とも!…僕

にも何かできる事は…?

関わり合いになりたくないのか、遠巻きに僕らを眺めている野次馬を見回す。協力してくれそうな人は居ないかな?

「ちょ…!悪いっス!ちょっと道を空けて…」

頼れそうな人を探して見回していると、人垣の一角が割れ、若い獣人が姿を現した。

白い被毛の、大柄な熊獣人だ。…ん?あれ?この人って、もしかして…?

「何があったんスか?事故?」

人をかき分けながら進んでくる彼に、僕は大声で呼びかけた。

「オールグッド君!」

名前を呼ばれた白熊君は、驚いたように視線を巡らし、僕を見つめた。

アルビオン・オールグッド君。柔道の全国大会でサツキ君と優勝を争った相手だ。首都代表なのは覚えていたけれど、すご

い偶然!これは天の助けかも!

「…あれ?君って確か…」

どうやら、一度会っただけの僕の顔を覚えていてくれたらしい。それから彼はサツキ君に気付き、足早に僕達に歩み寄った。

「…アルビオン!?」

傍らに屈み込んだ白熊君に、サツキ君は驚いた様子で声をかけた。

「久しぶりっス!でも、話は後回しっスね…。オレ、この近くで手当てできるトコ知ってるから、止血済ませたら案内するっスよ」

「悪ぃ!恩に着る…!」

タオルで傷口をギュッと縛ると、サツキ君は女子に背を向けて屈み込んだ。その背中に、僕とカワベ君が女子をおぶらせる。

「シンジ、この連中、見てやっててくれ。ショックのせいで、落ち着いた行動ができねぇかもしれねぇ」

「オッケー任せろぃっ!」

「カワベ、タク、一緒に先生方を待っててくれ。こっちはちっと急ぎだ。俺はこいつと一緒に行く」

「僕も一緒に行く!荷物持ち、必要でしょ?」

僕がそう主張すると、サツキ君は苦笑いしながら頷いた。

「そうだったな、頼むキイチ。さ、アルビオン。悪ぃけど案内頼むぜ!」

「うっス!」

オールグッド君を先頭に、サツキ君と僕は女子を気遣いながら、足早に歩き出した。



「ご迷惑をおかけします。本当に助かりました」

「そんなにかしこまらないで。気にしないでいいのよ」

僕が深々と頭を下げると、猫獣人の女性が微笑んだ。美しいグレーの毛並みに、すらりとした体。これまでに見た中でもと

びっきりの、すごい美人だった。

僕達は怪我をした女子を、オールグッド君が住んでいるという巨大ビルに運び込んだ。

サツキ君はオールグッド君に案内されて、女子をおぶって一緒に医務室に向かった。

そして僕は、オールグッド君の保護者という女性と一緒に、ビルのロビーで二人が戻って来るのを待っている。

驚いた事に、このビルには医療設備も整っていて、医師も居るとの事だった。ここ、どんな所なんだろう?そして…、オー

ルグッド君、彼は一体、何者なんだろう?

「私達の事が気になっているのね?」

女性は僕の考えを読んだようにそう呟き、微笑んだ。

「安心して。私達は調停者よ」

「調停者?それじゃあここは…、調停事務所なんですか?」

驚いて聞き返した僕に、女性が頷いた。

調停者、職業化された自警団と言えばいいのかな?

警察や自衛隊の下請けとして、地域に密着して治安を護る人達。詳しくは部外秘という事で公表されていないけれど、一般

には公表されていない最新技術で作られた装備の使用を許可されていたり、様々な機密を知る権利が与えられたりしているらしい。

もっとも、かなり過酷な上に、収入も安定しない仕事らしいから、目指す人は少ないし、厳しい試験に合格できる人も僅か

らしい。

「あれ…?それじゃあオールグッド君は?」

「将来は調停者になる事を希望しているわ。もっとも、今は私が保護者のようなものだから、それとは無関係にここに置いて

いるのだけれど」

 …と言うことは、この女性はこれだけの規模の事務所で、かなり上の立場にいる人なんだろう。…所長秘書とか、そんな感

じかな…?

「キイチ!」

背中にかかった声に振り向くと、怪我をした女子を背負ったサツキ君が、オールグッド君と一緒に廊下を歩いて来る所だった。

「手当ては終わったっスよ。結構深く切れてたけど、エイルさんの話じゃ、傷は綺麗だから跡は残らないって話っス」

僕はほっとしてサツキ君の顔を見上げる。彼も大事に至らなくて安心したのか、険しかった表情は消え失せ、安堵の笑みを

浮かべながら僕の顔を見下ろした。

その背では、手当てを受けた女子が静かに寝息をたてていた。…あ〜、分かる分かる。サツキ君の背中、広くて温かくてふ

かふかで気持ちいいんだよね…。…安心したらちょっとジェラシー…。

「軽い貧血と、鎮痛剤のせいで眠ってるだけだ。問題はねぇってよ」

僕の気持ちには気付かず、サツキ君は心底嬉しそうに言う。

貴重な自由見学が潰れたっていうのに、本当にお人好しなんだから君は…。…でもまあ、そういう所も大好きなんだけれどね。

サツキ君は女性に向き直ると、深々とお辞儀した。

「色々お世話になって、なんて礼を言や良いのか…」

女性は輝くような笑みを浮べた。普通の男なら、誰だってドキッとするステキな笑顔だ。

「気にしないで。それにしても、アルが友達を連れて来るなんて珍しいと思ったら、君が噂のアブクマ君ね?」

「…ん?俺の事、知ってるんすか?」

訝しげに聞き返すサツキ君に、女性はちらりとオールグッド君を見る。彼はなんだかもじもじとして視線を逸らしていた。

「柔道の全国大会の後、決勝で当たった相手の事、良く話してたのよ。凄く強い相手と戦った。彼が怪我をしていなかったら、

優勝は自分じゃなかった。ってね」

「…買いかぶりっすよ。当たるまでに怪我してる時点で、俺は半端もんです」

サツキ君が苦笑しながら応じると、女性は正面口へ視線を向けた。

「ごめんなさいね、そろそろ行かなくちゃ。車を用意させたから、ホテルまで送らせるわ。ネコムラ君が先生方にも事情を説

明したから、今頃はホテルでやきもきしているはずよ」

「…何から何まで、本当に済んません…」

サツキ君がまた頭を下げると、女性は笑みを深くした。

「木田先生に伝言をお願いできるかしら?神埼がよろしく言っていた。と」

『え!?』

僕とサツキ君は同時に声を上げた。

「キダ先生の事…」

「ご存知なんですか?」

女性…、カンザキさんは懐かしそうに微笑んだ。

「私の恩師なの。もっとも、その時は先生、教育実習生だったけれどね。先生、かっこよくてねぇ、憧れたものよ」

…世間って…狭い…!



僕達を車まで案内しながら、オールグッド君がぽつりと言った。

「オレ、高校に行く事にしたっス」

「奇遇だな?実は俺もなんだ」

そう応じると、サツキ君は僕に向かって顎をしゃくった。

「こいつに説得されてな」

「オレもネネさんに…、さっきの人に説得されたんスよ」

オールグッド君がそう言うと、サツキ君は可笑しそうに笑った。

「お互い、猫に頭が上がんねぇみてぇだな?」

「そうみたいっスね?」

二人は顔を見合わせて笑う。

「でも、やっぱり柔道はしないっス。他にやりたい事があるっスから」

「そうか…。俺は、また柔道続ける。お前と試合できねぇのは残念だけどな」

「…済まないっス…」

耳を伏せて項垂れたオールグッド君に、サツキ君は笑いかける。

「謝んなよ!お前が悪ぃ訳じゃねぇんだから」

この二人、きっと良い友達になれると思う。

カンザキさんは、オールグッド君が友達を連れて来るのは珍しいと言っていた。

理由は分かる。首都近辺は獣人差別が根深いし、獣人自体も少ない。たぶん、あまり友達は多くないんだろう。

住んでいる場所が、こんなにも離れていなければ、僕らと遊ぶ事もできるのに…。

「さて、オレはここまでっス」

オールグッド君の声に顔を上げると、目の前で、黒光りするベンツが僕達を待っていた。

「悪ぃ、世話んなったな…。ゆっくり話をしたかったんだが…」

「そうっスね…。でもそんな事より、せっかくの修学旅行なんだから、目一杯楽しんでって欲しいっス!」

笑顔で言ったオールグッド君に、サツキ君は微妙な半笑いを浮かべた。

「…明日の朝に帰んだけどな…」

「…そ…、そうっスか…」

サツキ君は少し黙った後、咳払いしてから手を差し出した。

「じゃあな。アルビオン」

「「アル」って呼んで欲しいっス。オレの名前、長ったらしくて呼びにくいっスから」

「なら、俺の事もサツキって呼べよな?」

アル君は照れたように笑いながら、サツキ君の手を握り返した。それから、僕に向き直って手を差し伸べる。

「確か、ネコムラキイチ君って言ったっスね」

僕が手を握り返すと、アル君は少し寂しそうに微笑み、

「アブクマ君が羨ましいっス。君みたいな友達が居て…」

サツキ君には聞こえないように、そう小声で囁いた。

僕は手を握ったまま、車に女子を乗せているサツキ君に声をかけた。

「今回、あんまり首都見学できなかったねぇ?」

「ん?ああ、そうだな…」

振り向いたサツキ君に、僕は笑いかけた。

「今度、また来ようよ。その時は前もって連絡を入れて、地元に詳しいアル君に案内して貰おう?」

「…そいつは、良いアイディアだな!」

満面の笑みを浮べたサツキ君から視線を外し、僕はアル君に笑いかけた。

「引き受けてくれるよね?僕達、友達でしょ?」

「ネコムラ君…」

「キイチ。そう呼んでくれる?」

戸惑ったように瞬きを繰り返した後、アル君は嬉しそうに耳を寝せ、はにかんだような笑みを浮べた。

「…う、うっス!喜んで!」

僕は笑顔で頷き、手を離すと踵を返した。

「あ、ごめんっス!ちょっと待って…」

アル君は上着のポケットをゴソゴソとまさぐると、手帳を取り出してさらさらっと何か書く。そしてそのページを千切ると、

僕の手に握らせた。

「オレの携帯っス。暇なときにでも連絡くれたら…、嬉しいんスけど…」

「うん!サツキ君にも教えておくね!」

もじもじと言ったアル君に、僕は笑顔で頷いた。そしてサツキ君と一緒に車に乗り込む。

「じゃあ、またな!アル!」

「またね、アル君!」

「うっス!サツキ君も、キイチ君も、気をつけて!」

アル君は、僕達を乗せた車が見えなくなるまで、手を振りながら見送ってくれた。



「あ〜!疲れたぁ〜!」

ホテルの部屋に戻ると、サツキ君は大きく伸びをした。

「おう、おかえり〜!」

「大変だったなぁ?で、あの女子どうだった?」

タカツキ君とイシモリ君、無言で心配そうにこちらを見ているカワベ君に、彼女の傷は綺麗なもので、傷跡はもちろん、後

遺症も残らないと聞いた事を話してあげた。

「そりゃ良かった。せっかくの修学旅行で怪我した上に、跡まで残っちゃなぁ…」

「ああ、あんまりにもかわいそ過ぎる」

正直、僕はこの二人の事を見直した。普段の様子からは想像もできないけど、やる時はやるんだ。今日の二人は本当にかっ

こよかったよ!

結局、ホテルまで送って貰った僕達は、先生には簡単に事情を説明するだけで済んだ。タカツキ君達が正確に状況を報告し

たのと、アル君の保護者、カンザキさんからの連絡のおかげで、僕達が改めて説明しなきゃいけない事は、実際にはほとんど

無かったんだ。少し疲れていた僕とサツキ君には、本当にありがたい事だった。

先生方は僕らを大げさな程に誉めてくれた。普段は毛嫌いしているあのエコジマ先生にも心底嬉しそうに誉められ、サツキ

君は終始微妙な半笑いを浮かべていた。

それから、食事の時間に間に合わなかった僕らの為に、ホテルの人が料理を温めなおしてくれた。でも、皆と一緒に食べら

れなかったのは少し残念だったかな?

「俺らはもう風呂入ったからさ、二人とも行って来たら?」

「おう。キイチ、先入れ」

サツキ君はイシモリ君に頷き、僕を促した。

「先って…、ネコムラ、またユニットバス?昨日もだったじゃん?もったいないなぁ!大浴場使えって!」

タカツキ君が首を傾げながらそう言い、サツキ君は困ったような顔をした。

「いや、そりゃあちっと…」

「ちょっと事情があって、大浴場には行けないんだ」

口ごもった彼に代わり、僕が自分で答えた。

「ワケアリ?」

「うん。ワケアリ」

タカツキ君は頷くと、それ以上聞いて来なかった。こういうさり気ない気遣いが嬉しい。

「そういえば、アブクマは昨日見張りみたいな事してたよな?事情知ってるの?」

「お?おう、まぁな…」

イシモリ君の問いかけにサツキ君が頷くと、タカツキ君が笑みを浮べた。

「なら一緒に入ってこいよ。覗いたりしねぇからさっ」

僕とサツキ君は顔を見合わせる。ちょっと、顔が熱くなった。

「良いじゃん?恋人同士、背中流し合ってきたら」

「でも、ユニットバス狭ぇし…」

「馬鹿だなぁお前!狭いからこそ嫌でも合法的に密着できるんじゃないか!」

…合法的…?

「…馬鹿はお前だ…!」

呆れた様子のサツキ君。

「まぁそれは置いといて、お前らが恋人同士だって事、この班全員が承知してんだからさ、遠慮しないで一緒に入って来いって」

「…そうだな…、全員知ってる事…だ…し…?」

…あれ…?僕とサツキ君は、同時にその事に気付き、はっとしてカワベ君を見た。

「お、お前らっ!その話は秘密だって…!」

「え?カワベ、とっくに気付いてたみたいだぜ?」

「おう。それも、俺達よりも先に」

サツキ君は目を丸くしてカワベ君を見つめた。

「そ、そうなのか?」

カワベ君は驚いた様子も無く、コクリと頷いて見せた。…え?そうだったの!?

「い、いつからだ?」

「球技大会のころだって、びっくりだね?」

尋ねるサツキ君に、僕が答えた。

「…そうなのか…。ってか良く分かったな…」

「そうだねぇ。なんで分かっちゃったんだろう?」

「…いや、俺が言いたいのは、カワベの言いたいことが良く分かったなって…まぁいい…」

サツキ君は三人の顔を見回してから、照れたように言った。

「んじゃ、お言葉に甘えて一緒に入って来る。悪ぃけど、見張り頼むぜ?」

「まかせとけって!」

三人に見送られ、僕達はちょっと奇妙な気分になりながら、一緒に脱衣場に入った。



「今日はお疲れ様、背中流してあげるね」

「お疲れ様って、疲れてんのはお互い様だろ?俺が先に洗ってやるよ」

「僕、ほとんど何もしてないし。サツキ君はずっとあの子をおんぶしてたじゃない」

そう言って、僕はサツキ君の腕を少し強引に引っ張った。彼は苦笑いすると、

「んじゃ、頼むかな!」

と、床に直接腰を降ろした。

不思議な事に、あれだけ隠し続けてきた胸の傷をサツキ君に見られる事に、今ではもう全然抵抗を感じなくなっている。…

いや、裸そのものを見られる事にも…。

サツキ君は特にボクの傷には注意を向けない。意図的にっていうより、傷があってもなくても関係ない、そんな感じだ。変

に気を遣ってる様子も無いのが、なんだかすごく嬉しい。

ふっふっふっ…。せっかくだから、今日はちょっと趣向を変えてみよう…。

僕は備え付けのボディシャンプーを手に取り、自分の体を少し湿らせてから塗りたくった。僕ら獣人はこの被毛のおかげで、

タオルなんか使わなくても軽く擦るとすぐに泡立つ。

僕が何かしている事に気付いたのか、サツキ君が首を傾げる。

その広い背中に、僕はギュッと抱きついた。

「わっ!?」

びっくりして声を上げたサツキ君の耳元で、僕は笑いながら言う。

「天然のブラシ。どう?気持ち良い?」

「え、えぇと…」

「それとも止める?」

「あ、止めねぇで…」

素直でよろしい。僕は自分の体を使ってサツキ君の背中を擦る。

…あ、自分で考えておいてなんだけど、これかなりエロい…。動きとかが特に…。

僕はサツキ君の肩に顎を乗せ、下を見る。と、ポコッと盛り上ったお腹が見えた。

「…また少し太った?」

「…なんか事ある毎に言われてるような…」

まぁ、そこは意図的に弄ってるんだけどね。それよりも…。

「あはは!疲れてるはずなのに、息子さんは元気だねぇ」

「……………」

サツキ君は無言で俯く。丸いお腹のラインの下で、皮を被ったかわいいチンチンがピョコンと自己主張していた。

「こ、これはだな…」

「…まぁ、僕のも元気になってるんだどね…?」

そう言って耳を甘噛みしたら、サツキ君は「ひゃんっ!」と可愛い声を上げた。

「皆の好意に甘えて、旅の思い出作り、していこうか?」

「キイチ…、お前最近積極的だよな…?」

とかなんとか言っちゃって、嫌じゃないくせにっ!

そして僕とサツキ君は、この旅先においても、いつものように唇を重ねた。



「結構長かったな?」

「ま、まぁな…。長風呂なんだ、俺達…」

タカツキ君にごもごもと答えながら、サツキ君は疲れた様子で襟元をバタバタさせた。

あはは…。ちょっとハッスルし過ぎたかな?結局、かえって疲れさせちゃったみたい…。

「さぁて、寝る寝る!な〜んか色々あり過ぎて、修学旅行だった実感がねぇよ…」

サツキ君は伸びをすると、さっさと布団を被ってしまった。きっと、皆にあれこれ詮索されるのが照れ臭いんだと思う。

それは僕も同じだから、皆にお休みを言って。サツキ君の隣の布団に潜り込んだ。

意外な事件に意外な再会、意外な手助け、そして新しい友達…。うん!いろいろあったけど、実りの多い修学旅行だった!

いつかまた、次はゆっくりと首都見物したいね、さっちゃん!