第二十七話 「家族みてぇに」
俺、阿武隈沙月。東護中三年。濃い茶色の被毛で全身が覆われた熊獣人で、胸元に浮かぶ白い月の輪がトレードマーク。
そのトレードマークを、今は白い被毛に包まれた指が撫で回している。
細くてしなやかなその指が俺の胸を揉み、時折指先が優しく乳首を摘む。
「気持ちいい?さっちゃん…」
「…う、ん…」
気持ち良く無い訳がねぇ。それどころか、あまりの気持ちよさにトロンとしながら、俺は頷いた。そしてキイチの首に腕を
回して抱き寄せ、首筋を舐める。
ベッドの上、仰向けになった俺にキイチがしなだれかかる格好で、俺達は絡み合ったままお互いの体を愛撫していた。
時刻は深夜、場所は俺の、そしてキイチの部屋だ。
耳を甘噛みすると、キイチは小さく「あっ」と声を漏らした。この声がまた、堪んなくかわいい…。
キイチの手が俺の股間にそっと伸び、勃起しても皮を被ったままの俺のチンポを、その細い指が優しく握った。
「…んっ…!」
思わず呻いた俺に、キイチは唇を重ねてくる。
舌を絡ませあいながら、俺もキイチのチンポに手を伸ばす。…ちなみに、キイチのは勃起すると完全に皮が剥ける。…羨ま
しい限りだぜ…。
…そうそう。余談だが、キイチのチンポはやっぱりデカいらしい。
本人は「普通じゃない?」と言ってたし、俺もジュンペーやイイノのぐれぇしか見たことねぇからいまいち確信は無かった
んだが、先日、ジュンペーん家の銭湯を借りに行った時、あいつの目の前でキイチのパンツを(不意打ちして強引に)下げて
確認して貰ったら、目ん玉かっ開いて「え…XXLですね…」と驚いてた。
…その後、キイチに思いっきり頬をつねられたがな…。
舌を絡ませ合い、お互いのチンポをしごき合い、俺達は押し殺した喘ぎを絡ませる。…が…、
「き、きっちゃん…!ちょっ…緩め、て…!い、イっちゃ…うっ…!」
やっぱり先に臨界が来るのは俺だ。刺激に弱いのも相変わらずだ…。
「え?もう?」
俺の顔を覗き込みながらキイチが言う。…頼むから「もう?」とか言わねぇで欲しい…。
キイチは俺の股間から手を離した。
意思に反して腰が勝手にキイチの手を追いかけそうになるが、身を裂かれる思いで我慢する…。
「体勢変えるよ?脚を広げて…」
キイチはそう断ると、俺の胸の上に跨り、腹ばいになった。
キイチが絶対触らせようとしねぇ、長くてしなやかな尻尾が俺の顔の前で翻り、尻が俺の目の前にさらけ出される。キンタ
マとケツの穴が見えるナイスアングル!
キイチに図解で教えて貰った体位、シックスナインを少しずらしたような感じの体勢だ。
ってか俺とキイチの身長差じゃ、かなり無理しねぇとシックスナインはできねぇわけで…。この事に関しては、無駄にでけぇ
自分の図体が、ちっとばかり恨めしい…。
キイチは俺の腹の上に胸を乗せ、膝を立てて開いた股の間に顔を入れる。そして指を舐めて湿らせてから、俺のケツの穴に
滑り込ませた。
「んうっ…!」
異物感とともに入ってきたキイチの指が尻の中で動くと、俺は堪らずに声を漏らしちまった。
どういう理屈かは詳しく知らねぇが、尻を弄られるのもかなりの刺激になる。
キイチの言うところに寄れば前立腺がどうとか言ってたが…。うん。さっぱり分かんなかった。
ちなみに、前に何度かチンポに触れられる事無く、ケツを弄り回されただけでイっちまった事がある。
…ってこのままだとまた一方的にイかされちまうっ!
妙な対抗心に駆られ、俺は自分の上で俯せになっているキイチのキンタマを握り、軽くもみしだいた。
これも結構キくんだ…。なんつぅか、ちっと怖ぇのと、気持ちいい圧迫感があって…。
俺の愛撫で感じたのか、キイチの指が俺の中で一瞬ピクンとつっぱった。
「…あぅっ…!」
「あ、ごめん!痛かった?」
「い、いや…へい、き…!」
快感のツボを指先でつつかれ、先に声を漏らしたのは俺の方だった。…反撃するつもりが自爆かよっ!
ちなみに、俺がキイチの尻を責めるのはダメだった。試してみた…いや、試そうとしたんだが、俺の指が太過ぎて無理だった。
「そろそろ、二本に増やすよ?」
「…う、うん…」
実は、二本目を入れられるのは今でもちょっと苦しい。
少し経てば慣れるし、気持ちよくなるんだが、初めがちょっとキツい。
今じゃマシになったが、最初に入れられた時はとんでもなく痛かった。裂けるかと思ったぜ。いやマジで…。
キイチは入念に指を湿らせた後、
「入れるよ?」
と断って、俺のケツの穴に二本の指をゆっくりと入れてきた。
「いっ、つ!」
拡げられた尻の穴に痛みを感じ、俺は思わず声を上げていた。
「ごめん、痛い?」
「ちょっと、キツイだけ…、でも平気…」
キイチはいったん指を止め、俺のチンポを舐め始めた。元々ビンビンだったチンポがさらに元気になる。…ってイく!イくっ
てキイチ!
チンポの刺激に気を取られている間に、キイチの指はゆっくりと俺の中、さらに奥の方へと潜り込んでくる。
二本の指がゆっくりと動き、俺の中をまさぐった。
じわじわと波のように押し寄せる快感に堪えながら、俺は片手でキイチの玉袋を揉み、もう一方の手をキイチの腹の下に入
れ、チンポをしごく。
一緒に上り詰めながら、それでもやっぱり先にイきそうなのは俺だった…。
「んあぁっ!だめぇっ!き、きっちゃんっ!お、俺…もぉっ…!」
キイチの二本の指に尻の中でバタ足され、俺はもう限界に達しちまった。
キイチは俺のチンポを口に含むと、指を折り曲げ、俺の内側からへその方へと押した。
玉袋の奥辺りが内側から押し上げられ、下っ腹が突っ張るような感覚と共に、チンポが痛ぇぐれぇに勃起する。
チンポを包んだ皮の先端をこじ開け、キイチの舌が滑り込んで来る。
亀頭を舐められた瞬間、俺のチンポは勢い良く精液を吐き出した。
ビクンと体を震わせた俺の上で、キイチは俺のチンポを揉みしだいて、最後の一滴まで精液を絞り、舐め取ってくれた。
「…んぅっ…!」
尻から指が抜かれる何とも言えねぇ感触に、勝手に声が漏れる。
息を弾ませつつ、心地良さと気だるさを感じながら、俺はキイチの両脚を掴みグイッと引き上げた。
「わっ!」
驚いたような声を上げたキイチの股間は、俺の顔の真上に移動してる。
絶景絶景!俺は硬くなっているキイチのチンポを口に含み、亀頭を舐め回した。
キイチは喘ぎ声を押し殺しながら、俺の腹に腕を回して抱き付く。
快感で弾むキイチの熱い息が俺の下っ腹にかかる。
入念に愛撫する事しばし、キイチの喘ぎが最高点に達した。
「さっ…ちゃん…、ボクも、もうっ!」
キイチは俺の腹に顔を埋め、しがみつく腕に力を込める。
俺は舌に力を込め、キイチのかりを舐め回した。
「…っあ!」
小さな声と共に、キイチのチンポが精液を吐き出す。熱くて濃厚な苦味と匂いの液体が、口の中に溢れた。
ビクン、ビクンと跳ねるチンポを舐め回しつつ、俺はキイチの精液を呑み下す。
苦いようなしょっぱいような味にも、生臭さにももう慣れてるし、何よりキイチのだと思えばちっとも嫌じゃねぇ。
舌で綺麗にしてやってから、チンポから口を離すと、キイチはのろのろと腰を上げ、向きを変えて俺の横に寝そべった。
雄の匂いがする唇を重ね合い、キスを交わした後、俺はキイチの頭の下に右腕を入れて腕枕してやった。
キイチは細い腕を俺の胸に這わせ、モサモサした被毛に覆われた俺の胸を撫で回す。
「…はぁ…。幸せ…」
「俺も…幸せだよ…、きっちゃん…」
俺達はそう呟き、笑みを交わした。
こういった事をやれるのは真夜中だけだ。両親にバレねぇようにこっそりやんなきゃならねぇからな…。
キイチが家で一緒に暮らすようになって一週間が過ぎた。
毎朝起きればキイチが居る。
朝飯も勿論一緒に食う。学校に行くのも、昼飯を食うのも、帰って来るのも一緒だ。
夕食だって一緒だし、寝る時までキイチが一緒に居る。
…ああ!なんて幸せ者なんだ俺は!
って言っても、キイチにしてみりゃ、親戚の家を出てウチに居候っていう気まずい形なんだから、手放しに喜べるもんでも
ねぇんだよな…。
だが、あんな家にこれからもキイチを置いとくのは堪えられねぇ。
やっぱり無理矢理にでも引っ張ってきて良かったんだと思う。
キイチは家に来た夜、自分が森野辺樹市、つまり俺の幼馴染みのきっちゃんだって事を親父とお袋に明かした。
全然気付いてなかった親父はえらく驚いてたが、お袋はキイチの顔に小せぇ頃の面影を見てたらしい、「言われてみれば…」
ってすぐに納得した。
そしてキイチは今まで素性を隠してきた理由…、これまでに自分に起こった事件の全部を打ち明けた。
話を聞き終えた親父はキイチを抱き締めて号泣し、お袋もずっと涙を流してた。
…俺も、改めて話を聞いたら、また涙が出てきた…。
最初は遠慮して態度がぎこちなかったキイチだったが、昔の馴染みって事もあってか、すぐに家に馴染んだ。
親父もお袋も前からキイチの事を気に入ってたが、実はきっちゃんだったと知って、なおさら大事にしてくれるようになった。
まるで、前々から一緒に暮らしてる家族みてぇに扱ってくれてる。
自分の両親ながら、その事が本当に嬉しくて、ありがてぇ…。
全部打ち明けるのは辛かっただろうけど、きっとそのおかげで俺達は本当の家族みてぇになれたんだ。
まだキイチには内緒だが、親父とお袋、実はキイチの高校の学費もなんとかしてくれるつもりらしい。
元々行くはずもねぇ俺の大学進学の為に貯金してくれてた金があったらしく、それを回せば全く問題ねぇそうだ。
キイチは遠慮するだろうけど、こればっかりはどうしても受けて貰わねぇとな。俺一人だけ高校に行くなんてまっぴら御免だ。
「…何か考え事?」
「ん?…まぁな」
キイチは俺の顔を見ながら尋ねてきた。
「困り事なら相談してよね?」
「おう、ありがとよ。でも大丈夫だから心配すんな」
俺は思わず苦笑した。…まったく、困った事になってんのは自分の方だろうに…。
「あ、言葉遣い戻ったね」
「……………」
…ああいうことをやってる最中は、俺の口調は変わってるらしい。
キイチ曰く、小せぇ頃の俺の喋り方に似てるそうだ。…う〜ん…。思い返してみると確かに…。
天井を見上げて黙り込んだ俺を見つめ、キイチはクスリと笑う。
そして俺の胸に這わせていた手を下げ、俺の腹、へそのすぐ上の辺りをさすり、
「もう痕も全然判らなくなったね…。良かった…」
と、安心したようにそう言った。
そこは、あの事件の時に包丁で刺された場所だ。
しばらく傷痕が残っていた間、キイチは愛撫のたびに、「消えないね…。消えないね…」と呟き、傷痕を舌で舐め、撫でて
くれた。
きっと、俺が怪我をした事に責任を感じてたんだろう。こいつが気にする事はねぇってのにな…。
俺の傷痕は完全に消えたのに、キイチの傷痕は消えねぇ。
どんなに舐めても、さすっても、頬を擦りつけても、お袋さんが遺してった傷痕は消えねぇ…。
俺は体を少しずらして左腕を伸ばし、キイチの胸に触れた。消えねぇ痕に触れ、ゆっくりさする。
何を考えてるか分かったんだろう。キイチは小さく笑って、俺の腕にそっと触れてきた。
「僕のは良いんだ。消えなくたって…」
「…けどよ…」
なんで俺のはこんな簡単に消えて、キイチの傷は消えねぇんだよ…。
この傷のせいでキイチは他人に裸を見せられねぇ。海にも、プールにも、温泉にも行けねぇんだ…。
…それが可哀そうでならねぇ…。
「サツキ君が嫌がらないから、消えなくたって良いの!」
キイチはそう言うと、不意打ち気味に俺の唇を奪った。
息を絡ませ、俺達はお互いの口の中を舌でまさぐる。
…嫌がるわけねぇじゃねぇか…。お前の全部に惚れてんだからよ…。
「あ」
唇を離したキイチは、何かに気付いたように声を上げた。その視線は俺の股間に向けられてる。
再び勃起した俺のチンポが、キイチの膝の上に触れていた。
「あはは!元気だねぇ!」
キイチは俺のチンポを膝小僧で軽くぐりぐりしながら、可笑しそうに笑った。
…う〜ん、ムード台無し…。
「もう一回、やる?」
「…うん…」
キイチの申し出に、俺はもちろん頷いた。
…もっかいぐれぇは、良いよな?明日は土曜日で休みだし…。
目を覚ますと、カーテン越しに明るい日差しが射し込んでた。
視線をずらすと、キイチは俺の腹の上に上半身を投げ出し、俯せになって眠ってた。
気持ち良さそうな寝顔しちまって…。だいぶ肉がついちまった腹の上は、柔らかくてさぞ寝心地が良いんだろう。
…そっか、二回目の後そのまま寝ちまったんだな…。俺達は素っ裸のままで、暖房も付けっ放しだ。
キイチを起こさねぇように、静かに頭を動かして時計を見たら、もう昼直前だった。
二回もやったからぐっすりだったなぁ…。…そういや腹が減っ…、
思った瞬間、俺の腹が「ぐううううぅぅぅぅ…」と、悲痛な声を上げた。
ちょうどその上に顔を乗っけてたキイチは驚いたように目をぱっちり開ける。
「だははは…。悪ぃ悪ぃ、起こしちまったなぁ…」
俺が苦笑いしたら、身を起こしたキイチは頭をブルブルっと振って笑った。
朝に弱ぇキイチも一発起床!我ながら大した腹の音だ。
「あ〜びっくりした…。こんな強烈な目覚まし時計は初めて。雷かと思ったよ」
それから時計を確認し、感心したように呟く。
「…強烈な上に正確だね」
「…そいつぁどうも」
俺はベッドから降りると、脱ぎ捨てたままにしてあったトランクスを手に取り、片足をあげる。そして、何故かこっちをじっ
と見ているキイチに気付いて動きを止めた。
「何だよ?」
「え?うん…」
キイチは小さく笑い、それから口を開いた。
「やっぱり、さっちゃんはブリーフ姿の方が可愛いかなぁ…って」
俺は動きを止めたまま、顔がかーっと熱くなるのを感じた…。
着替えて…、ってか服を着て部屋を出ると、キイチは二階廊下の突き当たりにあるドアに視線を向けた。
「ところでさ、居候して気付いたんだけど」
「ん?」
「あの部屋、ずっと書斎か何かだと思ってたけど、おじさんの書斎も部屋も一階にあるよね?あの部屋って何なの?僕が君の
部屋に居候してる以上、空き部屋や倉庫って訳じゃないんでしょ?」
俺もそっちに視線を向け、開かずの扉を眺める。
…そのドアは、もう三年以上も、一度も開けられてねぇ…。
「…あ…」
気が付いたのか、キイチは小さく声を上げた。
「…もしかして、ミヅキさんの部屋?」
「ああ。…あ、親父の前であいつの話はすんなよ?機嫌悪くなっから」
「…うん…」
俺達が一階に降りると、親父もお袋も居なかった。まぁ親父は仕事だろうけど。
空っぽの居間を覗いた後に台所に行くと、保温状態の電子ジャーと、ラップをかけたおかずがテーブルの上に置いてあった。
その脇にはチラシの裏を使ったメモ。お袋の字で、「友達の家に行ってくる、夕方には戻る」なんて事が書いてあった。ど
うりで起こしに来ねぇ訳だな。
二人で昼のワイドショーを見ながら朝食兼昼食を摂っていると、交通事故のニュースが流れ始めた。
「あれ?あの公園の近くじゃない?」
「ほんとだ…。昨日の夜かぁ…」
それは、飲酒運転の軽トラックに、横断歩道を渡ってたじいさんがはねられたってニュースだった。キイチを家に連れて来
たあの夜。俺達が会っていた公園の傍の横断歩道だ。
…幸いじいさんは軽傷だったらしいが、こえぇなぁ酒飲み運転って…。
「ところで今日はどうする?…また勉強か…?」
若干げんなりしながら、俺はキイチの予定を聞く。…一緒に暮らすようになって以来、俺は勉強から逃げられなくなったわ
けで…。
「…ん…、ちょっと…叔母さんの家に行ってくる…」
「は?」
予想外の言葉に、思わず間の抜けた声を出しちまった。
「忘れ物。和英辞典忘れて来ちゃったんだ」
「ああ、なるほど…」
「だからちょっとの間、一人で勉強しててよ」
自分の顔がヒクッと引き攣るのが判った。
「い、いや良いよ。付き合うからさ。散歩がてら気分転換だ」
「気分転換って、今日まだ何もやってないじゃない?」
呆れたように言うキイチに、俺は苦笑いしながら頼んでみる。
「まぁそうだけどよ…。良いだろ?少しぐれぇ…。公園で待っとくからよ」
俺はもうあの家にゃ顔を出さねぇ方が良いだろうしな…。
「構わないけど…、寄り道はしないよ?すぐ戻るんだからね?期末テスト目前なんだから」
「わ、分かってるって…」
キイチは忘れずにクギを刺して来た。…厳しいなぁ…。
叔母さんの家に向かうキイチと別れ、公園のベンチに座り、俺はふんぞり返って空を見上げた。
細く、薄い雲が筋を引いて浮かんでるが、空の大部分は青空だ。
もうすっかり冬だなぁ…。最近じゃ雪がちらつく日も多くなってきた。
そろそろスキーシーズンだが、…はて?キイチは滑れんのかな?後で聞いてみるか。
ぼっーっとそんな事を考えていたら、すぐ傍で足音がした。
視線を降ろすと、スーツを着た、すらっと背が高ぇ、茶色い被毛の犬獣人が立っていた。
その姿に、一瞬ケントの姿がだぶる。
「やあ。もう調子は良いのかい?」
「おかげさんでバッチリっすよ」
笑みを浮かべて声をかけてきたケントの親父さんに、俺も笑みを返す。
「今日は非番なんすか?」
「ああ。でも、昨夜この近くで事故があってね。現場検証は済んでいたんだが、どうにも気に掛かって見に来てしまったんだ。
ははは、職業柄とはいえ、困った物だね」
困ったように眉尻を下げて笑った親父さんは、
「きっちゃんはどんな様子かな?」
と尋ねてきた。
親父さんは刑事だ。キイチの事も全部知ってる。でも、キイチと俺達の為を思ってなんだろう、ケントや奥さんはもちろん、
俺にも親父達にも何も告げなかった。
…親父さんには話しといても良いよな…?
「相変わらず。って言いてぇとこっすけど、…実は…」
俺はキイチが叔母さんの家を出て、先週から家に来てる事を話した。
「…そうかい…」
俺の隣に腰掛けた親父さんは、なんでか知らねぇが、複雑な表情を浮かべた。
「きっちゃんは、私が何か話していたと、言っていたかい?」
「ん?…いや、なんも…。何か話をしてたんすか?」
「…うん…。実は、あの事件の後…、君が入院していた頃の事なんだが…」
親父さんの話を聞いた俺は、驚きのあまりしばらく言葉が出なかった…。
「おまたせ〜!ごめんね、探すのに手間取って…」
駆け戻ってきたキイチは、少し首を傾げた。
「どうかしたの?」
「…ちょっとな…。さ、帰るか…」
俺の態度に何か不審な物を感じたのか、キイチは不思議そうな表情を浮かべたまま頷いたが、何も聞いては来なかった。
「なんで黙ってたんだ?」
部屋に戻った俺は、開口一番そう尋ねた。
「なんでって…何が?」
キイチはきょとんとして俺の顔を見つめ返す。
「一体どうしたの?公園からずっと黙り込んでたと思ったら、いきなり…」
俺はきょとんとしてるキイチの顔を見下ろしながら続ける。
「ケントの親父さんと会った」
キイチの表情が少し硬くなった。
「話は全部聞いた。ケントの親父さんとお袋さん、お前さえ良けりゃ養子にしてくれるつもりなんだろ?」
キイチはため息をついてから、困ったように表情を曇らせる。
「そっか…、僕が隠してたと思って怒ってるの?」
俺は微苦笑しながらキイチの頭をポンと叩く。
「勘違いすんなよ?別に怒ってる訳じゃねぇ。でも何で話してくれなかったんだよ?」
キイチはほっとしたように表情を緩めると、ベッドに腰かけた。
「言い訳になるけど、隠そうと思ってた訳じゃないんだ。ただ、実現不可能だから話してなかっただけ」
「…不可能?なんでだ?」
首を傾げながら隣に腰を降ろすと、キイチは意味が分からねぇ俺に説明してくれた。
「この国での養子縁組は、役所に届け出を出すだけで済む場合と、他にも手続きを踏まなければならない場合があるんだ。そ
れで、僕の場合は後者」
キイチはノートを引っ張り出し、机の上に広げて図解で説明してくれた。
まず自分の名前を書き、その上に両親の名前を書く。
「僕がイヌイさん夫婦と養子縁組をする場合。まだ子供だから、本来は実親の承諾が必要になる。でも、僕の場合は両親共に
居ない」
キイチは自分の親を丸で囲む。
「待てよ?それじゃ両親が居ねぇ子供の場合は最初から無理って事なのか?」
言ってから気付いたが、最初から不可能なら、ケントの親父さんもそんな話は出さねぇよな?他に何かあるのか?
俺の疑問には、キイチがすぐに答えてくれた。
「両親が居ない場合は、代わりに後見人に承諾して貰えば良いんだ。でも…」
キイチはお袋さんの名前の横に線を引っ張った。
「後見人って、お前の場合は誰なんだ?」
「…叔母さん…」
キイチはぽつりと応じながら、引いた線の横に叔母さんの名前を書いた。…よりによってあの叔母さんかよ…。
「話してみたのか?」
「してないよ。でも、世間体を気にするだろうから、承諾が貰えないのはほぼ確実だね」
疫病神だとかぬかす割には、キイチが出てくのは体面が悪くなるからダメってか…。なんかムカムカすんなぁ…!
…でも、ここまで調べてあるって事は、キイチも養子の話を前向きに考えてたって事だよな…。
「…仕方ねぇ…。もっかい頭、下げてみるか…」
そうぼそっと呟いたら、キイチが苦笑した。
「それはやめておこうか。また君が怒るとこなんて見たくないし」
俺は決まり悪くなって鼻を掻く…。う〜ん…、返す言葉もねぇや…。
「残念だな…。親父さん達も、ケントがあんな事になって寂しかったんだろ…。赤の他人なら考えもしねぇが、お前だったら
養子になって貰いてぇって…、そう言ってた…」
「僕も残念だよ。…僕がもう少し大人になって、もしそれでもおじさん達が僕を養子にしてくれるって言うなら、その時は…、
改めてお願いしてみようかな…」
「…そっか…」
キイチが家に居てくれるのは嬉しい。
でも、ケントの両親がキイチを養子に欲しがるのも納得できる。
キイチの為にも、例え血の繋がりのねぇ養親だとしても、やっぱり親って必要なんだと思うし…。
「あの事件で再会しなければ、おじさんはあんな事考えなかったんだってさ」
「そっか。何が縁になるか分かんねぇもんだなぁ」
そう応じながら、俺はちっこい脳みそを捻って考えた。
本当に、キイチがケントの両親の養子になれる方法って、無ぇもんなのかな…。