第三十二話 「おめでとう!」

僕の名前は根枯村樹市。東護中三年で、クリーム色がかった白い被毛の猫獣人。

「今年もじきに終わりだなぁ」

サツキ君のおじさんが、お猪口を傾けながらしみじみと言った。

今年ももう残すところ6時間。もうじき恒例の歌合戦が始まる。

居間には普段にも増してたくさんの、豪勢な料理が並び、一家団欒(僕もお邪魔してるんだけど)の年越し体勢ができあがっ

ている。

「それじゃあ、世話になった今年と、サツキの誕生日に…」

『乾杯!』

僕達は声を揃えて乾杯した。

そう!今日、大晦日は、サツキ君の15歳の誕生日だ!

「はいこれ、私とお父さんからのプレゼント」

そう言っておばさんがサツキ君に手渡したのは、白い祝儀封筒だった。

「なんだよ小遣いか?色気のねぇプレゼントだなぁ…」

サツキ君は苦笑いしながら封筒の口を千切って、中身を見るなり露骨に顔を顰めた。

「…図書カードっておい…」

封筒の中身は、なんと1万円の図書カード。

「上手く行きゃ春から高校生なんだ。お前もきっちゃんを見習って本を読め」

「…ほんとに色気のねぇプレゼントだなぁ…。でもまぁ、ありがとよ親父、お袋!」

ニヤリと笑ったおじさんに、サツキ君は苦笑い。

「それじゃあこれ、僕からも」

僕がコタツの下に忍ばせておいた箱を取り出すと、サツキ君は慌てて言った。

「え!?いや、良いって!俺、お前に誕生日のプレゼントしてねぇし、クリスマスに貰ったばっかじゃねぇか!」

それはまぁ仕方ないよ。僕の誕生日は6月、つまりあの追試騒動よりも前だったからね。

「遠慮しないでよ。…けどそんなに期待しないでね?」

箱を強引に押し付けると、サツキ君は照れ臭そうに頭を掻きながら受け取ってくれた。

「開けてもいいか?」

「うん」

サツキ君はリボンを解き、箱の蓋を開ける。その中には…。

「あら可愛い!」

横から覗き込んだおばさんが顔を綻ばせた。

箱の中には写真の束。その一番上には、お祭りの法被を着て、緊張した顔でこっちを見つめる、コロコロとした熊獣人の子供。

「これ…、幼稚園の時の夏祭りか?」

サツキ君は箱から写真の束を取り出し、驚いたような照れたような、微妙な表情を浮かべて見つめる。

「叔母さんの家を出るときに荷物の整理をしていたら、前の家から持ってきた荷物の中から、幼稚園の頃の僕達を写したフィ

ルムがたくさん出てきたんだ」

その中には、サツキ君が写っているものが合計で150枚以上もあった。それだけ、僕達はずっと一緒に過ごしていたって

事なんだよね…。

「おうおうおう!緊張しちまってまぁ!こんな可愛い頃もあったよなぁ!」

「み、見んなよ親父!んじゃ何か?今は可愛くねぇってのかよ?」

「鏡見てモノ言えやサツキ」

「本当に、昔は素直で小さくて可愛い子だったのに…、いつの間にか図太くて大きくて可愛くない子に…」

「…傷つくなぁおい…」

サツキ君は興味深そうに手元を覗き込んで来る両親に写真を手渡すと、少し恥かしそうに鼻の頭を擦りながら、上目遣いに

僕を見つめた。

「あ…、ありがとよ、キイチ…」

「えへへっ!」

ちょっと心配だったけれど、喜んでくれたみたい。照れ笑いした僕に、サツキ君は小声で囁いた。

「…で、その…、お前の写真はねぇのか…?」

「サツキ君が写ってるのだけ集めてきたから…、この中じゃ一緒に写ってるのが何枚かだけかな?持ってこなかった中にはあ

るけれど…」

「そっか。今度、お前の分も見せてくれよな?」

サツキ君はそう言ってニッと笑った。…小さい頃の写真かぁ…、ちょっと照れるなぁ…。



「あ〜、もう食えねぇや」

食事を終えて自室に戻ると、サツキ君は自分のベッドにごろんと寝転がり、仰向けになって満足げにお腹をさすった。

「うっぷ…。調子ん乗ってちっと食い過ぎた…、腹苦しい…」

「食べ過ぎは体に毒だよ?」

「分かってるって。でもまぁ、今日ぐれぇは良いだろ?」

「僕から見ればいっつも食べ過ぎだけどね」

ベッドのへりに腰掛け、お腹をさすってあげると、サツキ君は気持ち良さそうに目を細めながら苦笑した。

…なんか…すごく張ってる…?

「けどよ。家に来たばっかの頃と比べて、お前も飯食う量増えたよな?」

「うん、まぁね。ちょっと信じられなかったけど、本当に成長期みたい」

ご飯が美味しいのもあるのかも知れないけれど、体が急に成長を再開したせいなのか、僕の食事の量は以前と比べて少し増

えてきている。

制服の丈を確認してみたら、袖とズボンの裾の位置が少し、でも確かに上がっていた。

この間指摘されて初めて気が付いたけれど、本当に、僕の体は成長しているんだ…。

「その内、俺と同じぐれぇまで背ぇ伸びると良いなぁ」

「あははは!さすがにそれは無いと思うよ。ま、少しでも身長が追いつけば、立ったままのキスはしやすくなるけどね」

「だな。あとシックスナインもできるようになるかも知れねぇし」

やだこのスケベ。…って…、

「もしかして…、溜まってるの?」

僕の問いかけに、サツキ君は恥かしそうに視線を逸らす。

「い、いやまぁ、ちょびっとだけな…」

そう言えば、クリスマスから今日までみっちり受験勉強してたから、夜は疲れてぐっすりだったもんね…。

「でも今は止めとく。お前のが喉の奥に当たったら、食ったもんが出てきちまう…」

「…そ、それはさすがに困るね…」

…嫌なモノ想像しちゃった…。

僕はサツキ君に寄り添って横になる。

そっと回されたサツキ君の腕に抱かれながら、ゆっくりと、でも確かに残り少なくなっていく今年を振り返った。

今年の春。サツキ君と同じクラスになった当時、嬉しいというよりも、辛かったっけ…。どうせ打ち明ける事もできないの

に、距離ばかりが縮んで、傍で彼を見なければならなくなったから…。

そして夏。あまりにも困っていたようだったからついつい声をかけちゃったけれど、思えば、あの日に声をかけなければ、

僕達はこうして再び親密になる事も無かったんだよね…。

それから夏休みをまたぎ、二学期に入って、君は僕に告白してくれた。最初は本当にびっくりしたんだよ?自分が同性愛者

だって言う人をこの目で見たのは初めてだったし、ましてそれが小さな頃から知ってる君だったんだもん。しかも僕の事が好

きだなんて言うんだからさ…。

でも、不思議な事なんだけれどね、本当に、最初からちっとも嫌じゃなかったんだ。

…うん。確かに戸惑いはしたけれど、凄く嬉しかったよ…。

秋になった頃には、隠し続けていた僕の秘密も、少しずつ君にバレ初めていたね。

雷がとても苦手な事。

体に残る傷痕の事。

叔母さんの家に居候していた事。

そして…、僕が森野辺樹市だという事…。

僕が君を騙し続けてきた事を思えば、怒って当たり前、愛想を尽かされて当たり前、絶交されて当たり前なのに、それでも

君は、僕の傍に居てくれた。僕を受け入れてくれた。僕を抱き締めてくれた。僕を好きだと言ってくれた。

君と恋人同士になるまで、誰かに好きになって貰える事が、誰かを好きになれる事が、こんなにもステキな事だなんて知ら

なかったよ…。

さっちゃん…。好きになってくれて、本当にありがとう…。僕も君が大好きだよ…。

今の僕は…、とても幸せだよ…。

「また何か、難しい事考えてんのか?」

声をかけられて回想を中断した僕は、じっと僕の目を見つめているサツキ君に微笑んだ。

「幸せな一年だったなぁって、思い返してたんだ」

「…だな…。幸せな一年だった…」

ぺったりとくっつき、間近で顔を見合わせた僕達は、微笑みを交わした。

サツキ君は、お腹を撫で回してあげているせいか、トロンと気持ち良さそうな目で僕を見ていた。

「来年も、良い年になるといいね…」

「おう!きっと良い年だぜ。来年も、再来年も、その先もず〜っとな!」

サツキ君はそう言って、僕の鼻からおでこまでをベロンと舐め上げた。

「…うん…!ずっとずっと、僕達、一緒だもんね!」

僕は、とびっきりの笑顔でサツキ君にキスをした。



「さぁて、そろそろ年越し蕎麦だな!」

しばらくごろ寝した後、サツキ君はそう言って身を起こした。

「…さっきまでお腹苦しいって言ってたのに、もうお蕎麦が楽しみなの?」

「もう腹もこなれたよ。なんたって育ち盛りだからな!ぬははっ!」

それは否定しないけれど…。…まぁ、何かもう良いや…。今夜くらいはもうつっこむの止めよう。

時刻はもうじき0時になる。年越し蕎麦を食べて一眠りしたら、早起きして初日の出を見て、初詣に行く予定。

僕達が一緒に居間に降りると、おじさんとおばさんはコタツに入って、除夜の鐘をテレビで見ていた。

コタツの上にはすでに器が並べられていて、真ん中にはざるに盛られたお蕎麦が置いてある。サツキ君の家の年越し蕎麦は

ざる蕎麦なんだね。

「あら。そろそろ呼びに行こうと思ってたところだったのよ。もしかしたら寝てるかもしれないと思ったから」

おばさんはそう言うと、それぞれの器につゆを注ぎ入れた。

『頂きます!』

僕達は四人で声を揃えて蕎麦を食べ始めた。

こんな風に誰かと一緒に年越しするなんて何年ぶりだろう?

叔母さんの家に居た間は、年越しも関係なく一人で部屋に籠もっていたし…。祖父母と一緒に年越しをしたのが最後だった

な…。…なんだか…ちょっと嬉しいな…。

「お、もう変わるぞー」

おじさんの声に、僕達はテレビの上に表示されている時刻表示を見た。腕に視線を落とすと、サツキ君から貰った時計も、

同じ時刻を刻んでいる。

5、4、3、2、1…、僕は腕時計を見ながら心の中で秒読みした。そして…、

『あけましておめでとうございます!本年もよろしくお願いします!』

僕達は笑顔で新年の挨拶を交わした。

「いやー、毎年の事だが、改まって挨拶すんのもなかなか照れくせぇもんだなぁ!」

「いいでしょう?一年の初めなんですから」

照れ笑いするおじさんに、おばさんも笑いながら言う。

「おし!朝も早ぇし、寝よ寝よ!」

「え?ちょ、ちょっと待ってよ!」

さっさとお蕎麦を食べ終えたサツキ君が大きく伸びをしながら言ったので、僕は慌ててお蕎麦を啜った。

…もう!食べるのとイっちゃうのは本当に早いんだから…。



4時間ほど寝て、暗い内に起き出した僕達は、おじさん達を起こさないように静かに玄関を出て、近くの神社に向かった。

その神社は車では登れず、長い石段を自分で登らなければならないせいか、あまり混まない静かなところだ。

小さな、こんもりと盛り上がった山の上にある神社の境内からは、太平洋から顔を覗かせる初日の出が見えるはずだ。

今日は空も晴れているし、今日はきっと綺麗な日の出が見えるはず!…なんだけど…。

「…さ…」

「うん?」

先に石段を登り切っていたサツキ君は、遅れて登り切った僕を振り返って首を傾げた。

「さ、さささささ寒いいいいぃぃぃぃぃっ…!」

日の出前のこの時間は冷え込みがキツい!鼻がジンジンして口周りがヒリヒリする!

「だな。この時間帯はさすがにちっと冷えるなぁ」

呑気にそう言うサツキ君には、大して寒そうな様子は見られない。セーターの上に前をはだけたダウンジャケットを羽織っ

ている。

「日がで、でで出る前に…、と、凍死しちゃうよっ!」

「おおげさだなぁ…」

と言いつつも心配してくれたのか、サツキ君は僕の所まで引き返してくると「ほれ」と言ってダウンジャケットの前を大き

く開き、僕を抱え込むようにして被せてくれた。

僕がプレゼントしたセーター越しに、サツキ君の体温が伝わって来る…。

「拝んだら、そこの自販機で温けぇの飲もうぜ。ほら、空も明るくなって来たし、夜明けはじきだ。もうちっとの辛抱だよ」

「う、うん。ありがとう…」

寒さに冷え切っていた僕の頬は、ポワンと温かくなった…。



ガランガランガランっと大きな鈴を鳴らし、僕達は手を打って拝んだ。

「…う〜!寒い寒い!」

拝み終わると同時に、僕はさっさとサツキ君の上着に潜り込んだ。

「ぬははっ!本当に寒がりだなぁ」

サツキ君は可笑しそうに笑いながら、上着のポケットに手を突っ込んで、僕をしっかりと囲ってくれた。これだけの体格差

が無いと、この芸当は無理だねぇ。

「で、何願ったんだ?」

自販機の方へ歩き出しながら、サツキ君はそう尋ねてきた。

「サツキ君こそ、何をお願いしたの?」

懐から見上げると、サツキ君は照れたようにそっぽを向いて、鼻の頭を擦った。

「…今年も、お前と一緒に居られるようにって…」

「あはは!結局二人して同じお願いしたんだね」

「…そか」

サツキ君は照れ臭そうに、でも少し嬉しそうに、短く呟いた。

「とりあえず、早く自販機行こう!熱いのが飲みたい!」

僕が催促すると、サツキ君は少し脚を速めてくれた。この状態だと歩くのも一緒だからね。なんだかちょっと変わった二人

羽織っぽい。

自販機の前に着くと、僕はかじかんだ手で財布を開けようとした。けど、…上手く行かない…!

「いいからポケットに手ぇ入れてろよ。どれがいい?」

焦っている内に、サツキ君が自分の財布から取り出した硬貨を入れてくれた。

「ご、ごめん。ミルクティーが良い」

「おうよ」

サツキ君がボタンを押し、僕はガコンと落ちてきた缶を素早く屈んで取り出した。そして再びサツキ君のお腹にひっつく。

…あ〜、柔らかくて温かい…。

「…面白ぇなお前…」

サツキ君は感心したような呆れたような微妙な口調で言うと、自分の分はコーヒーを買った。

僕は再び俊敏に缶を回収し、またサツキ君にくっつく。気分はもうコバンザメ。

「はいっ」

「おう。ありがとよ」

僕から缶を受け取ったサツキ君は、急に首を巡らせた。

「あら。あけましておめでとう」

眼鏡をかけ、首から大きなカメラを提げ、動きやすそうながらも暖かそうなジャンバーを着た少女が、僕達を見てにこやか

に笑った。

「おう。あけおめ!シンジョウ!」

「あけましておめでとう。シンジョウさん!」

挨拶を返した僕達に、シンジョウさんは苦笑を浮かべた。

「相変わらずラブラブみたいね。新年早々見せつけてくれちゃって…、激写しちゃおうかしら?」

眼鏡の奥の目がギラリと光る…!

「おいおいおい!ちょっと待て!?」

「嫌ねぇ。冗談よ」

慌てた様子で両手を突き出して撮影拒否するサツキ君に、シンジョウさんは涼しい顔で応じる。…一瞬、冗談に聞こえなかっ

たんだけど…?

新聞部のシンジョウさんは、僕達の関係を知っている。それでも他人には話さないでいてくれているのが有り難い。

なんでも、記事になった対象が不幸になるような記事は書かない。それが彼女のポリシーだからだそうだ。

僕達が自販機前から退くと、シンジョウさんは暖かいお茶を買う。

「お前も初日の出を見に来たのか?」

「ええ。ここから見える日の出を写真に収めようかと思ったの。校内新聞の新年号に使いたいのよね」

シンジョウさんはそう言うと、胸に吊したカメラを軽く叩いた。

「年末の在庫処分セールで一目惚れして買っちゃったのよね。この子のデビューになる一枚、綺麗に撮りたいの。それはそうと…」

シンジョウさんは僕に視線を向けた。

「養子縁組の方、上手く行きそう?」

「うん。卒業を待ってから正式に…」

………!?

シンジョウさんは手をパタパタと振った。

「ああ、誰にも言うつもりはないから安心して」

「なんで分かったの?」

「アブクマ君が必死になって調べものするなんて、貴方に関係する事ぐらいでしょう?それに、私は貴方の事も一通り知って

るから、だいたいの察しは付いたわ」

シンジョウさんはサラッとそう言った。…僕の…事?

「…一通りって、どこまで?」

「だから一通りよ。先生方が知っている程度にはね。あ、これも言いふらすつもりは無いわ」

「お前、何でキイチの事まで調べた?」

サツキ君は少し表情を硬くして、低い声でシンジョウさんに尋ねた。

「あら、勘違いしないでよね?」

シンジョウさんは苦笑いしながら、また手をパタパタと振った。

「最近になってから調べた訳じゃ無いわ。アブクマ君の取材の時に貴方の名前を知ったんだけど、どこかで聞いた覚えがあっ

たような気がしてね。珍しい苗字だし。で、よくよく考えてみたら、3年近く前に読んで、そこから遡って調べてみた事件の

記事の事を思い出したわけ」

「そう…なんだ…?」

驚いた…。三年前…、祖父母の自殺については、小さな記事だったはずなのに…。

しかも、そこから僕と両親の事まで辿り着いた?一体どれだけの記事を確認したんだろう…?

「あまり心配しなくて良いと思うわ。当時小学生だったんだから、私達と同年代で知っている人は居ないでしょう。例え当時

記事を見ていたとしても、詳しく覚えている人なんか居ないでしょうし、そこから過去の事件まで辿ったりするような人も居

ないわよ。私みたいなのが他に居るとも思えないしね」

「じゃあ、シンジョウさんはどうして?」

僕の問いに、シンジョウさんは肩を竦めて苦笑いした。眼鏡の奥の釣り目が細められ、意外にも親しみやすい笑みが浮かぶ。

「私ね、新聞記者になるのが小さい頃からの夢なのよ。小学校低学年の頃には、新聞を隅から隅まで読むようになっていたわ。

それに、自慢じゃないけど、事件記事に対してだけ、記憶力には自信があるのよ?気付いたのはそのおかげね」

「シンジョウ。解ってくれてるとは思うが…」

少し心配そうなサツキ君の言葉を遮り、シンジョウさんは真剣な顔で頷く。

「もちろん口外しないわ。言ったでしょう?私は誰かを不幸にするような記事を書きたい訳じゃない。って?」

「…だったな。助かる」

「ありがとう。シンジョウさん」

僕達が礼を言うと、シンジョウさんは軽く肩を竦めた。

「ま、私が知っているって事も、気にしない方が良いわ。こういったらアレだけど、もうあの事件の事には興味ないから」

…シンジョウさんは、遠回しに「これ以上この話題に触れるつもりはない」と言ってくれているんだ。つくづく有り難い…。

「さて、そろそろよ?拝む準備は良い?」

シンジョウさんはそう言って微笑むと、東の水平線を見遣った。

「おう。きっちり拝んどかねぇとな。合格祈願!」

「だね。僕もサツキ君の合格を願っておこうっと」

「…お前のは?」

「拝まなくても足りてるから平気」

「たはぁ〜!良いねぇ余裕があるヤツは…」

サツキ君が苦笑いし、シンジョウさんがニヤリと笑う。

「あ!出た!」

水平線の上を、細く、鋭い光が走った。

みるみるうちに大きくなって行く太陽に、僕達は目を細めて見入っていた。

「今年も、良い年になればいいわね」

シンジョウさんは口元を吊り上げてそう呟き、シャッターを切る。

秘密を知られてしまった事には少し驚いたけれど、きっと彼女なら大丈夫。約束は守ってくれるだろう。

「だな!良い年にしようぜ!」

「うん!」

眩しい初日を浴びながら、僕達は笑顔でそう応じた。