第三十三話 「新年の運試し」

公園のベンチで熱い缶コーヒーを飲みながら、俺は暇を持てあましてた。

今日は元日。愛しいキイチは今、新しい両親…、つまりケントの親父さん達のとこに行ってる。

もうじき、俺達の入試が終われば、キイチは親父さん達と一緒に暮らすようになる。

四月になって進学して星陵の寮に入れば、またしばらく離れて暮らす事になっちまうからな。せっかく親子になれるっての

に、これじゃあいつまでも距離が空いたまんまだ。

そんな事を考えて、新年最初の一日だし、今日は一日新しい両親と過ごすように言ったんだが…。

「暇だなぁ…」

俺は呟いて、ベンチの背もたれに背中を預け、空を見上げる。

元旦早々から誰かの家に遊びに行くのもアレだし、かと言って一人で遊びに行くのもつまんねぇし、元旦のテレビって好き

じゃねぇし…。

…なんでウチの両親は正月の特番があんなに好きなんだろな…?

「…帰って寝るか…」

結局俺は、気分転換に出てきたってのに、菓子類だけ買って家に帰る事にした…。

っと…、まずは自己紹介だな。俺は阿武隈沙月。東護中三年で、濃い茶色の被毛をした熊獣人で、胸元には白い月輪がある。

新年早々ローテンションで悪ぃな…。



菓子を食いながら雑誌を読むのにも飽きて、俺はベッドの上にごろっと寝転がった。

仰向けのまま、なんとなく腹回りを探る。

もさもさした被毛の下には、ぶにっと柔らけぇ脂肪がたっぷりと…。

…最近かなり肉ついちまったよな…。部活引退した後も食う量変わってねぇし、勉強の時間も増えて体動かさなくなったし、

当然っていやぁ当然なんだが…。

…あんまりデブると、さすがにキイチにも嫌がられるよなぁ…?

まさかデブ好きって訳でもねぇだろうし…。ってか元はノンケだし…。

こないだ一緒に寝た時なんか、抱きついたままのキイチを巻き込んで寝返り打って、下敷きにして腹で窒息させかけたしな…。

俺はぼんやりと天井を見上げたまま、そんな事を考える。

部屋で一人で過ごすのってえらい久しぶりな気がすんなぁ…。ここんとこずっとキイチと一緒に居るし。

…あと一ヶ月か…。

あと一ヶ月して、入試が終わったら…、キイチはこの部屋を出て行くんだよなぁ…。

四月になればキイチは新しい両親とも離れなきゃならなくなるんだ。

なるべくたくさん一緒に過ごさせてやりてぇし、遊びに誘うのも少し控えた方が良いだろう…。

ちっとばかり寂しいけど、これもあいつの為だ。二ヶ月ぐれぇ我慢してやんなきゃな…。

そんな事を考えてるうちに、なんだかうつらうつらしてきた俺は、ゆっくりと、夢の中に入っていった。



「さっちゃ〜ん。さ〜っちゃ〜ん!」

幼稚園の園庭の隅、一人で丸太の椅子に腰掛けていた俺は、自分を呼ぶ声に気付いて顔を上げた。

黄色い猫獣人の子供が、手を振りながら走って来る。

幼稚園の制服を着たきっちゃんは、俺の傍まで駆けてくると、

「みんなでドッヂボールするんだ。さっちゃんもいっしょにやろうよ」

笑顔でそう声をかけ、俺の袖を引っ張った。

「え?…ぼく…いいよ。ぼくがはいったチームがまけちゃうもん…」

…そのぉ…なんだ…?この当時の俺は、図体ばかりでかい鈍くさいヤツで、運動はからっきしだったわけで…。

まぁ、何をするにも足手まといになるから、いつだって皆に混ざって遊ぶのは遠慮してたわけだ。

「そんなの、きにしなくていいのに」

きっちゃんはそう言うと、ひょいっと丸太の上に跨り、俺の方を向いて並んで座った。

…この当時のきっちゃんは、俺とは対象的に身軽で機敏で、なんでも出来るヤツだった。

…そういや、なんで今は運動ダメになっちまったんだろうな?

「じゃあ、ぼくもやめとく」

「いいよきっちゃん。いってきなよ」

「いいの!さっちゃんといっしょがいいから」

きっちゃんはそう言うと、にこやかに笑った。

この笑顔を向けられると、時々胸がドキッと鳴ったのを覚えてる。

…思い返してみりゃ、この頃から惚れかけてたのかもなぁ…。

「なーにしてんだよ。ふたりとも」

突然かかった声に前を向くと、茶色い被毛の犬獣人の子が、ポケットに手を突っ込んだままこっちに歩いてきた。

「ドッヂにまじらないのか?」

「だって、ぼくへたくそだし」

「ぼくも、きょうはいいや」

けんちゃんは呆れたような表情を浮かべると、

「なーんだつまんねぇ。じゃあおれもいいや」

と言って、きっちゃんとは俺を挟んで反対側に腰を降ろした。

「けんちゃんドッヂボールすきでしょ?やってくればいいじゃない」

俺が言ったら、けんちゃんはつっけんどんな口調で応じる。

「おまえらがまじんないんじゃ、つまんねぇよ」

…そうだったな。あの頃の二人は、いつも俺の事を気にかけていてくれたっけ…。

そんな二人に申し訳ない気持ちと、有り難い気持ちとを、いつも感じてたっけなぁ…。

「さっちゃん?なんでないてるの?」

「な、なんだよ!おれまたなんかわるいこといったのか!?」

二人が慌てた様子で、泣き出しちまった俺を見ていた。

俺は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、黙って首を横に振ってた…。

…言葉にできなかったが…、本当はあん時、こう言いたかった…。

「いつも付き合わせてごめんね」そして「一緒に居てくれてありがとう」…それと…、



「…大好きだよ…」

「はい?」

…ん…?

薄く目を開けると、目の前にキイチの顔があった。いつのまに帰って来たのか、キイチは俺の顔を至近距離で覗き込んでる。

「…お、おう…、おかえり…!」

ちょっとビビった俺の声は、少し上ずってた。

「ただいま。何の夢見てたの?」

「いや、ちょっと昔の夢…。ってか何してんだキイチ?」

「寝顔が可愛かったから、キスでもしちゃおうかと思ったんだけれど、そしたらいきなり愛の告白するんだもん。びっくりしたよ」

「…そりゃあ悪かったな。なんなら続けてくれ」

「…ん!」

キイチは照れたような笑みを浮かべ、軽く口付けしてくれた。

「にしても早かったな?」

「え?もう夜だよ?」

言われて時計を見ると、もう夜の九時だ。

「おばさん、一回夕食に呼びに来たけれど、熟睡してたから起こさなかったんだって」

「そか。…言われてみりゃ腹減ったなぁ…」

まずなんか食うか。それから…、

「じゃあ、食事とお風呂が終わったら初勉強と行こうか」

「…うげ…!」

「受験生にお正月はありません!」

俺が思わず顔を顰めると、キイチは可笑しそうに笑った。

「あはは!冗談冗談!さすがにこの時間だもんね。今日くらいはゆっくりしようか」

…悪ぃ冗談だぜほんと…。



台所のテーブルで、雑煮やおせち料理の残りをかっ込む。

キイチはあっちで食ってきたそうだが、一応付き合ってくれて、向かいに座って茶を飲んでる。

「…で、ゆっくり話とかできたのか?」

そう尋ねると、キイチは微笑んで頷いた。長ぇしっぽが優雅にくねって、椅子の背もたれにすりすりしてる。

「うん。僕のこれまでの事もたくさん話せたし、引っ越してからの事まで色々と相談できた。けんちゃんの部屋を使わせて貰

う事になりそう」

「そか」

キイチは今年の四月から、苗字も変わって乾樹市になるんだなぁ…。…ん…?

「どうしたの?変な顔して?」

「変な顔は元々だ。いや、ちょっと気が付いたんだけどよ…。森野辺樹市、根枯村樹市、どっちも木が多い名前だよな?」

キイチは少し目を大きくした。どうやら気付いてなかったらしい。

「…言われてみればそうだね。木が四つずつある。それがどうかしたの?」

「今度は乾樹市だ。木は少なくなったが…、イが多い」

「…イ・ヌ・イ・キ・イ・チ…、そう言えば交互にイが入ってる。カナにすると名前の半分がイだね…」

キイチは感心したような顔で俺を見つめた。

「良く気が付いたねこんな事?ひょっとしてクイズなんかは得意なんじゃないの?」

「クイズ苦手だけどなぁ…」

思わず苦笑い…。

「あ、おかわりする?」

「おう。悪ぃ」

キイチは俺から空の丼を受け取ると、大盛りによそって寄越してくれた。あ〜、幸せ!

「ところで、明日はどうすんだ?」

「もちろん一日勉強」

「…うげぇ…!」

「くどいようだけれど、僕達受験生なんだからね?」

「分かってるって…。でもさぁ、初売りをちらっと見に行くぐれぇは良いだろ?」

「初売り…。そういえばそうか…」

キイチは少し考えた後。

「それじゃあ午前中だけね。午後からは勉強する事。良い?」

「おう!」

まぁ、特に欲しいもんはねぇんだけどな。でも、初売りって何か買う予定なんぞ無くても行きたくなるイベントだろ?

「一緒に行くだろ?」

「え?う〜ん、特に欲しい物も無いんだけど…」

「良いじゃねぇか。雰囲気を楽しみに行くんだよ」

「…それだけでも良いか。うん。それなら一緒に行く」

「んじゃ商店街行こうぜ!あそこ、買い物するとくじ券くれんだよ。何か当たるかも知れねぇし、新年の運試しだ」

ま、そうそう当たるもんでもねぇけど、これも雰囲気の楽しみ方の一つだろ?



翌日。活気溢れる商店街で、俺達は半日使って店頭に並ぶ品々を見て回り、十分に楽しんだ。

それほど欲しい物は無かったんだが、気が付いたらスポーツショップで握力強化用のグリップと、手首と足首に付けるウェ

イトを買ってた。

…う〜ん…、初売りの空気恐るべし、だな…。

「本当に体を鍛えるのは好きなんだね」

「高校行っても柔道やる事にしたんだ。体力は維持しとかなきゃなんねぇからな。それはそうと…」

俺は貰ったばかりの2枚のくじ券をひらひらさせた。

「運試し、さっそくやってみるか!」

「うん。何か当たると良いね」

「おう、俺がダメでもお前が当ててくれよな」

といいつつ、俺はキイチに券を一枚突き出した。

「え?良いよ僕は。サツキ君がやらなきゃ」

「丁度2枚なんだ。せっかくだから一回ずつやろうぜ」

強引に押し付けると、キイチは苦笑して券を受け取った。

「僕、凄く運が悪いけど?」

「分かんねぇぞ?何だかんだ言っても、去年はついてたろ?」

俺がそう言ったら、

「言われて見れば確かにそうだね…。君と、こういう関係になれたんだから」

と、キイチは飛びっきりの笑顔を見せた。

俺は耳を伏せて、キイチから顔を背けて鼻を掻いた。予想外の反応だったから、顔がカーッと熱くなっちまった…。

…ぬはは…。今の一言…、すげぇ嬉しい…!



「ポケットティッシュか…、まぁ…こんなもんだよな…」

俺は顔を顰めて、残念賞のティッシュをポケットに突っ込んだ。

…当たるとは思ってなかったが、いかにも残念ですって感じのティッシュとか貰うと、これはこれでへこむ…。

もしかして、ハズレならハズレで、ティッシュとか貰わねぇ方がスッキリするんじゃねぇのか?

「後は任したぜキイチ。せめて10等のティッシュボックス辺りを頼む!」

「あはは!希望ライン低くない?まぁ現実的な線だけれど」

キイチはくじ券を係の兄ちゃんに渡し、くじ引き機のハンドルを握ってガラガラと回し始めた。

まぁ、たぶんキイチも白玉(残念賞)だろうなぁ。そもそも二回っきりじゃロクなの当たる訳ねぇか…。

カタタッ、コロン…

…あれ?金色?

「おぉ!特賞大当たりぃ〜!おめでとうございま〜す!」

係の兄ちゃんが大声を上げた。って…、と、特賞!?特賞ってぇと…!?

当たりの賞品が書かれた看板を見れば、特賞は「超豪華!温泉旅行ご招待!」だ。うおマジか!?

見れば、キイチはあまりの出来事に、金玉(アレじゃねぇぞ?)を見つめたまま硬直してる。

「すげぇじゃねぇか!やるなぁキイチ!」

「ご、ごめん…。当たっちゃった…」

キイチは何故か困り顔。ってかなんで謝る?

「おめでとうございます!何かご感想を!」

係の人に感想を求められたキイチは、しどろもどろに、

「え、えっと、…その…、す、済みません、でした…」

…だからなんで謝る?



「お前が持ってけよ」

帰り道、キイチが差し出した封筒を前に、俺はそう言った。

招待券の入った袋を差し出していたキイチは、慌てたように首を横に振る。

「だ、ダメだよ!だってこれ、元はといえばサツキ君のくじ券じゃない!」

「でも当てたのはお前だ。お前のもんだよ」

「ダメだってば!」

俺はポケットに両手を突っ込み、受け取りを拒否しながらキイチに言った。

「親父さんとお袋さんと一緒に、温泉行って来い」

「え?」

キイチは俺の顔を見上げ、一瞬キョトンとした後、目を大きく、丸くした。

「せっかくの機会じゃねぇか。進学したらしばらく会えなくなっちまうんだ。今の内に親孝行、しといてやれよ」

「でも…」

「でもは無しだ。ウチの親父は明日から仕事で行けねぇし、お前が要らねぇってんなら、お袋に婦人会で使わせるだけだぜ?」

キイチはしばらく黙り込んだ後、ようやく手を引っ込めた。

「…分かった。言ってみるよ」

キイチは封筒を胸の前で、両手でしっかりと握った。

「ありがとう。さっちゃん…!」

「どういたしまして!あ、お土産よろしくな?」

「う、うん!」

キイチは笑顔で、何度も頷いた。

…あ。そういや、いつか温泉に連れてってやるって約束してたけど、先に自力で行く事になっちまったな。



「ただいま!」

「おう、おかえり」

座卓に教科書とノートを広げてた俺が顔を上げると、帰ってきたキイチは、なんとも嬉しそうな笑顔をしてた。

キイチは商店街から真っ直ぐに親父さん達に会いに行って、温泉旅行の話をしてきた。

ちなみに、俺は商店街でキイチと別れ、真っ直ぐに家に帰ってきて勉強してた。…今日はそういう約束だったからな…。

「親父さん達、オッケーだったのか?」

「うん!あ、ちゃんと勉強してたんだね。偉い偉い!」

キイチはそう言って俺の傍に来ると、俺にそっと抱き付いて、もさもさした首筋に顔を埋め、頬ずりしてきた。

「ありがとう、さっちゃん!おじさんもおばさんも大喜びだったよ!」

「ぬははっ!そかそか!我ながら名案だったなぁ!」

キイチは俺から体を離してペタンと座ると、ニコニコと笑いながら口を開いた。

「楽しみだね、温泉旅行!」

「おう、気兼ねなく行ってこい!せめて旅行中ぐれぇは受験生だって事忘れてよ!」

よっぽど嬉しいんだろうなぁ。天井を向いたキイチの尻尾は、さっきからフルフルっとずっと揺れてる。

「そうだね、旅行中くらいは勉強の事は忘れようね!」

「その意気だ!思いっきり楽しんでこいよな!」

「うん!一緒に楽しもう!」

…んんっ?

「キイチ、何か言ってる事おかしくねぇか?」

キイチは一度首を傾げ、「ああ」と手を打った。

「まだ聞いてなかった?さっきイヌイのおじさんと、君のおばさんが電話で話してたんだけど…」

「だから何の話をだよ?」

「サツキ君も一緒に行くって話」

「へぇ。…へ?」

俺は思わず間抜けな声を上げ、キイチの顔をまじまじと見つめた。

「だから、君も一緒に行く事になったから、よろしく」

「ちょ、ちょっと待て!なんで俺も…」

「招待券、四名様までご招待だったんだ」

「なんでぇ、滅多にねぇ機会なんだから家族だけで行けよ。券が余るぐれぇ別に良いじゃねぇか?」

断ろうとした俺に、「でも…」とキイチは食い下がる。

「おじさん達が、それなら元になったくじ券の持ち主も誘わなくちゃ。って」

「親父さん達が?」

「それに…。僕も、…さっちゃんと一緒に、温泉に行ければ、…嬉しいな…」

キイチは俯き加減になって、上目遣いに俺を見ながら、少し声を小さくしてそう言った。

…そ、そういう顔すんの…ずりぃぞ…?断れねぇじゃねぇかっ…!

「…良いのか?俺なんかが混じって、邪魔しちまっても…」

「邪魔だなんて!僕も、おじさん達も、君が一緒に来てくれた方が嬉しいよ」

「…判った。そういう事なら、一緒に行かして貰おうかな…」

視線を逸らして鼻の頭を掻きながら応じたら、

「やったあ!」

キイチはガバッと俺に抱きついた。

…そんな喜ばれると、ぬはは!照れちまうよキイチ…!

「君のおばさんと相談して、もう了解は貰ってあるから、後で確認してみてよ」

「おう!」

確かに嬉しいけど、なんか親父さん達にゃ悪ぃなぁ…。

「楽しみだねぇ!僕、温泉なんて初めてだよ!」

と、キイチは本当に嬉しそうに笑った。

本当は家族だけでゆっくり過ごして、新しい家族の絆ってヤツを育んで貰いてぇとこだったんだが…、まぁ、喜んでくれて

るから良いか…。

おし!んじゃ旅行先で上手いこと盛り上げて、キイチと親父さん達が楽しく過ごせるように頑張るか!