第三十七話「俺…、ダメだった…」

「キイチ…、俺っ…」

日曜の夜。一泊二日に及んだ入試を終えて、家に帰ってきた俺の表情を見たキイチは、浮かべかけた笑顔を凍り付かせて、

口を開きかけたまま固まった…。

「俺…、ダメだった…」

…まさか…、あんなに面倒見て貰ったってのに…、こんな情けねぇ報告をする事になるなんてよ…。

俺は東護中三年の阿武隈沙月。濃い茶色の被毛に、胸元の白い月輪がトレードマークの熊獣人だ…。



「ねぇ…、具体的にはどういう風にまずかったの?」

「………」

ベッドに俯せになり、枕に顔を埋めている俺に、キイチは遠慮がちに声をかけてきた。

…なんとも情けねぇ…。

お前は自分も勉強しながら、あんなに一生懸命になって俺の分まで見てくれてたってのに…、…俺ときたら…!

うぅっ…。もう、あわす顔がねぇよ…。

「まだ終わった訳じゃないよ。週末に結果が発表されるまでは、まだ何とも言えないし…」

「………」

「それに、最悪の場合でも追加募集枠があるはずだから…、忘れないうちに問題点を振り返っておくのも…」

「………」

「…ねぇ…。元気出してよ、さっちゃん…」

「…済まねぇ…」

枕に顔を押し付けたまま、俺はやっとの事でそれだけ言った。

情けなくて、悔しくて、哀しくて、申し訳なくて、自分に腹が立って…、キイチの顔をまともに見れねぇ…。

キイチはベッドの脇に腰掛け、俺のうなじを優しく撫でる。

今、なんて声をかけられても、辛くなるだけだと考えたんだろう。

キイチは言葉をかけるでもなく、しばらく黙ったまま、じっと寄り添っててくれた…。

やがて俺は顔を上げ、枕に顎を乗せて、入試の状況についてのろのろ話し始めた。

「…手応え、全然無かったんだよ…。空回りして、スカスカだ…」

「…うん…」

「回答はできる限り埋めた…。でも、無我夢中でやってたのに、何の感触もねぇんだ…」

「…うん…」

「全部、お前が教えてくれてた範囲のもんだったのに…」

「…うん…」

「きっちゃん…、ご…ごめん…よぉ…!」

「ううん。まだ終わってないんだから…、ね?」

「…う…」

「それより、とにもかくにも入試お疲れ様!今日はゆっくり休んで、気持ちを切り替えよう!ね!?」

キイチは努めて明るい口調で言い、俺のモサモサした首を少し乱暴に撫でた。

キイチの励ましがあまりにも優しくて、嬉しくて…、そして、応えられなかった自分が情けなくて、悔しくて…、涙が出て

きた…。



風呂から上がって、口も聞かずに早々とベッドに潜り込むと、キイチは灯りを消して、何も言わずに俺のベッドに入ってきた。

俺を慰めるように軽くキスをすると、キイチは俺にぴったりくっついたまま目を閉じた。

情けなくて、悔しくて、なかなか寝付けなかった。

…本当なら、入試が終わった今日は、二人ですっきりした気分で笑いあえてたはずなのに…。

…済まねぇ…。済まねぇ…!済まねぇキイチ…!

ぐっすりと眠っているキイチの、柔らかくて温かい、小さな身体を抱き締めながら、俺は眠れねぇまま、声を押し殺して、

朝まで悔し涙を零し続けた…。



「………クマ…、…おいアブクマ!」

名前を呼ばれてる事に気付いて、俺は慌てて立ち上がった。

膝裏が椅子に当たって、ガタタッと騒々しい音を立てる。

「ぼーっとしてるな!このページの注釈を読みなさい」

「あ、はい…」

俺はのろのろとページを捲ったが…、先生の話を全然聞いてなかったせいで、何処の事だか分からねぇ…。

「なんだ?聞いてなかったのか?」

「…すんません…」

「…もう良い、座りなさい。沢谷、代わりに読みなさい」

「はーい」

俺はのろのろと椅子に座り直す。

…今週一杯この調子で、なんにも手が着かねぇ…。

気分は乗らねぇし食欲もねぇ…。今朝もほとんど飯が食えなかった…。授業の中身もさっぱり頭に入らねぇ…。

頭の中に浮かぶのは、四日前の入試の事ばかり…。

他に何も考えらんなくて、誰かに声をかけられても上の空で、何回か呼ばれねぇと、なかなか気付けねぇような状態だ…。

補欠募集があるから、望みはゼロじゃねぇってキイチは言ってたけど…、欠員が必ず出るとは限らねぇ…。

…もしかしたら…、もうチャンスはねぇかもしれねぇんだ…。

「……君?……サツキ君?」

また名前を呼ばれてた事に気付いて、俺は顔を上げる。

キイチが、横から俺の顔を覗き込んでた。…って、何だって授業中に堂々と席を離れてんだよお前!?

「お、おい!キイチ、授業中に…」

少しばかり驚いて口を開きかけた俺は、皆がざわざわしてる事に気付いて、周りを見回す。

「…授業中…?終わったよ?授業」

不思議そうに首を傾げたキイチの言うとおり、授業はいつの間にか終わってた。

帰りのホームルームに備えて、皆はもう帰り支度をしてる。

「…大丈夫?」

「大丈夫だ」

…本当は、全然大丈夫じゃねぇ。申し訳なくて、キイチの顔を未だにまともに見られねぇでいるんだ…。

「ねぇ、今日は勉強休みにして、気分転換に何処かに遊びに行こう!ね?いいでしょ?」

本当なら、補欠募集に向けて勉強しなきゃならねぇトコなんだ。普段ならキイチはこんな事を言い出したりはしねぇ。

きっと今の俺は、黙って見てらんねぇぐらいに、ひどく落ち込んで見えるんだろう…。

「…いや…、悪ぃけど…」

…今はそんな気分になれねぇんだ…。

そう答えようとした途端、教室の前のドアが開いて、キダ先生が入ってきた。

キイチは慌てて自分の席に戻り、皆が雑談を止める。

キダ先生は教壇に立つと、何でか俺に視線を向けた。

「アブクマ」

ビクリと、体が震えるのが分かった。

来た…のか…?入試の結果が…?

…って…まさか…、ここで不合格の話なんぞされんのか…?

「……………」

キダ先生は黙ったまま、俺の顔をじっと見つめる。

「……………………」

眉を八の字にし、憐れむような目で、キダ先生はじーっと俺の顔を見つめる。

「……………………………………おめでとう!」

「………は?」

長い、嫌な溜めの後、キダ先生は笑みを浮かべた。

「星陵ヶ丘高校、合格だ」

『おおおおおおおっ!』

教室内にクラスメート達の歓声が響き渡った。

「いや済まん。お前が今週ずっと悲壮な顔をしているものだから、ついつい某クイズ番組の溜めを真似て弄ってしまった。お

めでとうアブクマ!」

「……え?…俺…が…?合格?」

「ああ。合格通知は今日中に自宅に届いているはずだが…、その落ち込みようを見ていたら黙っていられなくなってな。職員

室中でお前のありえない様子が話題になっているぞ?」

「…本当に、俺が?誰かのと間違ってんじゃ?」

「このクラスで星陵を受験したのはお前とネコムラだけだ。他に誰が居る?」

…まじか?まじで俺、合格できたのか?

「そ、それ…、他のクラスの誰かと間違ってるとか、そういうオチじゃねぇよな?」

「なんだ?自信無かったのか?」

キダ先生は可笑しそうに笑う。…自信…。正直、全然無かったんだが…。

じわじわと合格した喜びが込み上げて来て、俺は思わず立ち上がっていた。

「本当に本当なんだな先生!?俺…、俺合格したんだな!?喜んじまって良いんだな!?」

「しつこいな…。お前をかついで、私に何の得がある?」

「いぃやったぞぉぉぉおおおおおっ!!!」

天井を仰いで、握った両拳を突き上げる!

良かった!本当に良かった!俺、まだキイチと離れねぇで済むんだ!

「おめでとうアブクマ君!」

「おめっとさん!」

「おめでとう!」

「めでたいなぁ!」

俺は立ったまま、口々に祝ってくれるクラスメートを見回す。

その中には、ほっとしたように、穏やかに微笑んでるキイチの顔もあった。

「やったぜキイチ!なんでか知らねぇが受かってたってよ!」

「うん!おめでとう!」

「お前のおかげだぜ!愛してるぞキイチぃ!」

「えっ!?」

キイチの顔が強ばり、俺は自分の失言に気付いた。

…や…、やべぇっ…!?

「アブクマ…」

キダ先生は俺の顔をじっと見つめ、

「ネコムラに感謝しているのは分かるが…、「愛している」はないだろう?見ろ、困っているぞ?」

呆れたようにそう言った。

「…わ、悪ぃ、ちっと…舞い上がっちまった…。だはははは…!」

頭を掻きながら半笑いすると、教室内で笑い声が弾けた。

…ふぅ…、バレてねぇみてぇだな…。あぶねぇあぶねぇ…!



「それじゃあ改めて…、おめでとう!」

「おう!あんがとよ!」

家に戻った俺達は、コーラをなみなみと注いだコップを合わせ、乾杯した。

「それにしても良かったぁ…。あんなに落ち込んでるから、本当にダメだったのかと思っちゃったんだから!」

「…それなんだけどよ…。自分でもいまいち信じらんねぇんだよな…」

俺はシュークリームをまふっと咥え込み、首を傾げる。

受験から帰った後にキイチに言った通り、手応えは全然感じられなかった。

どうにも空回りしてるみてぇで、問題も解けてる感じがしなかったんだよな…。

実際、どんな問題で詰まった。どんなとこが難しかった。どこに悩んだ。とか、そういう記憶がさっぱりねぇんだ。

「それってさ、問題が易しすぎて、手応えが無かっただけじゃないのかな?」

改めてその話をした俺に、キイチはそう言った。

「僕の場合ね、難しかった問題って印象に残るんだ。逆に簡単な物ほどあまり印象に残らない。決まった時間内に何十問も解

かなきゃいけないテストなんかだと、後で思い返して自己採点する時、どうしても易しい問題の内容っておぼろげになっちゃ

うんだ。もしかしたらサツキ君もそんな感じで、問題に歯応えが無さ過ぎて、解けたって感じが残らなかったんじゃないのか

なぁ?」

「問題が簡単で…?この俺が?」

「うん。だって、試験前は油断しないようにと思って黙ってた事、今だから言うんだけれど…、今のサツキ君の学力は、あそ

この合格ラインを楽々クリアしてるんだもん」

「は!?」

「本当だよ?その様子だと、やっぱり自覚無いみたいだね」

疑わしく思って眉根を寄せた俺に、キイチは肩を竦めて苦笑いした。

「なんでもっと早く言ってくれねぇんだよ…。そうすりゃ少しは自信持てたってのに…」

「だって…、あんなに落ち込んでる様子を見せられたら…、ねぇ?」

「う!?う〜ん…。まぁ、そう言われると返す言葉もねぇけどよ…」

にしても、合格できててほんとに良かったぜ…。やっと安心できた…!

「あ〜っ!これでようやく自由の身だぜ!さぁ遊ぶぞぉ!」

「まだ期末試験が残ってるけれどね?」

…うっ…!?

「…い、いいじゃねぇか、もう卒業なんだし…」

「ダメだよ。卒業して高校に入っても、勉強はまだまだ続くんだから。中学で学べる事はきちんと覚えて行かなくちゃ」

「…はぁ〜…。やっと入試が済んだってのに、期末に備えてまた勉強…。高校に入ってもまた勉強かぁ…」

高校でも三年間、勉強しなきゃいけねぇんだよなぁ…。

どんな表情をしてたのか、俺の顔を見たキイチは朗らかに笑った。

「安心して!これからもずっと、ずぅ〜っと、僕が勉強見てあげるから!」

「…そうだな。俺達はこれからもずっと、ず〜っと一緒だ!」

「うん!ず〜っと!」

ずっと、を連呼しあって、俺達は声を上げて笑った。

そして、ようやく心配事が片付いた俺は、キイチの肩を抱き寄せ、顔を近づける。

…が、キイチは俺の顔を両手でムギュっと掴んでキスを拒んだ。…な、なんで…?

「待ってサツキ君。口の周りがクリームだらけだよ?」

…あ、シュークリームのか…?

お預けを食らった気分で口の周りのクリームを舌で舐め取っていると、キイチは可笑しそうに吹き出した。…相変わらず締

まんねぇなぁ俺…。

「それじゃあ改めて…」

口の周りを綺麗にすると、キイチはそう言って、今度は自分から顔を寄せてきた。

「これからもよろしくね?さっちゃん」

「おう。これからもよろしく!キイチ」

約一週間ぶりのキスは、頭の芯がとろけそうなほど、心地良かった…。



「あ!ま、待って!そんな、に…、強く吸ったら…!きっ…ちゃん!ダメ!もう、もう俺っ…、あぁああっ!」

キイチは、体を震わせて登り詰めた俺の股間で、図体とは逆にちんまいチンポを咥え、放った精液を飲み下す。

仰向けになったままぐったりとした俺は、再び股間を襲う刺激で、休む間もなく体を痙攣させられた。

「あっ、ああぁっ!だ、だめぇっ!待って!待ってきっちゃん!そこっ、まだぁっ…!」

イったばかりで敏感になっている亀頭を丁寧に舐められ、俺はまた声を上げる。

「相変わらず感度が良いねぇ。はい、綺麗になった!」

キイチは股間から顔を上げ、可笑しそうに笑った。

そのまま俺の股の間に体を乗り入れ、腹の上に肘をつき、手を伸ばして俺の鼻をつつく。

「そろそろ疲れちゃったかな?」

「う、うん…。少し…」

だって今ので三回目だぜ?いくら溜まってたって言ってもよ…、キイチ、張り切り過ぎじゃねぇか?

「じゃあ…、交代ね…。今度は俺の番…」

俺はキイチの脇の下に手を入れ、ひょいっと引っ張り上げた。そのまま胸の上に寝そべらせる形で降ろし、唇を吸う。

俺は舌を絡ませたまま、お互いの腹の間に手を差し入れ、そこで硬くなったまま押さえつけられているキイチの逸物に触れる。

「んぅっ…」

合わせた唇の間から、キイチの小さな声が漏れた。

唇は離さねぇまま体をずらし、左腕でキイチに腕枕してやる体勢でしっかりと抱く。

そして舌を絡ませあい、唇を吸いあいながら、キイチの立派なチンポをしごきたてる。

唇は離さねぇまま体をずらして、キイチを布団の上に降ろし、左腕で腕枕してやる格好でしっかりと抱く。

時々、キイチの弾んだ息が、合わせた唇から口の中に吹き込まれた。

十分に快感を蓄積させて、頃合を見計らって唇を離す。

俺とキイチの舌の間で唾が糸を引いて、伸びきって切れ、落ちる。

キイチの下から腕を抜きながら仰向けに寝かせた俺は、覆い被さるようにして胸に舌を這わせた。

「…あぁっ…!」

乳首を軽く噛み、吸うと、キイチは可愛い声を上げた。

…大好きなキイチの味…。存分に胸を舐めた後、俺は少しずつ下へと顔を動かして行った。

傷痕を順番に舐め、鳩尾を通過し、くびれた腹を舐め回す。

キイチは時折小さく声を上げ、身を震わせながら俺にしがみつく。

そして俺は、しがみついてくるキイチの腕をそっとほどき、ソコに辿り着いた。

「あんっ…!」

その股間に顔を埋め、硬く、熱くなった逸物を咥え込むと、口の中でソレがピクンと動き、キイチは声を上げた。

キイチのチンポは、小せぇ体に似合わずとにかく立派だ。太く、長く、ちゃんと皮も剥けるし、玉もでかい。

…対して俺は、図体はでけぇくせに、ちっこい上にかなりの真性包茎だったりする…。

俺はキイチの立派なチンポを、念入りに、優しく愛撫した。

覚え立ての頃はぎこちなかったが、俺の愛撫はそれなりに様になってきてるらしい。

亀頭を、カリを、舐め、しゃぶり、吸い、キンタマを揉みほぐし、空いた手をキイチの薄い胸板に伸ばして乳首を摘む。

感じる度にキイチの口から可愛い声が漏れ、俺を興奮させた。

「きっちゃん…、ふぅ…、きっちゃん、気持ち、良い…?」

「う、ん…。いいよ…、すご、くっ…気持ちいいっ…!」

舌でチンポを舐め上げる合間に問い掛けると、キイチは喘ぎ声を交えて頷く。

…あぁ…、可愛いなぁ…!

我慢できなくなった俺は、再びキイチのチンポにむしゃぶりついた。

舌をからませ、少し乱暴に舐め回し、強く吸い上げると、キイチは「あぁっ!」と高い声を出した。

そろそろ絶頂が近いのかも…、俺は存分にキイチを愛撫する。

…好きだ。好きだ!好きだキイチ!

「…っあ!さっちゃん!ぼ、僕、もうっ!出ちゃうぅっ!」

言葉にできねぇほどの「好き」を込めて愛撫すると、キイチはそれに応えるように胸に這わせていた俺の腕を掴み、俺の口

の中に精を放った。

全身を震わせながら放たれた精液は、3回目だってのにかなり量があった。

飲み下し、顔を上げると、キイチもさすがに疲れてきたのか、気だるそうな顔に、眠そうな微笑を浮かべてた。

…まぁ、お互いにはしゃぎ過ぎたし、明日も学校あるし、今日はこのぐれぇにしとこうな…。



「おやすみ、さっちゃん」

「うん。おやすみきっちゃん」

俺達は同じベッドで、裸で抱き合ったまま布団を被った。

キイチは腕枕した俺の腕に頬を擦りつけ、穏やかな笑みを浮かべたまま目を閉じる。

できればもうちょっと顔を眺めていたかったんだが、疲れのせいか、それとも安心したせいか、すぐに瞼が重くなった。

キイチが眠ってからほとんど間を置かねぇで、俺の意識も夢の世界との境目をふらふらと彷徨い始める。

やっと入試が終わった…。

学校はまだ続くが、最大の関門を抜けた開放感からか、それとも単純に溜まってたからか、平日だってのにこんな夜更けま

で頑張っちまったし…、ぬはは…!

まぁ、今日からはしばらく、自由な毎日が俺達を待ってる。

残り少ねぇ中学生活、じっくり楽しもうなぁ、キイチ…。



…が、幸せな気分で眠りに付いたこの時の俺は、大事な事を忘れてた。

この数日間落ち込みっ放しだったせいで、キイチに言うべきだったその事は、頭からすっぽり抜けてたわけで…。

…で、俺は後日、キイチに怒られる事になる…。