第四十一話 「モテるんだなぁ」

俺、阿武隈沙月。濃い茶色の被毛をした熊獣人で、胸元の白い三日月がトレードマーク。

東護中三年だが、もうじき卒業だ。

そんな俺は今、下校しようと下駄箱を開けた状態で硬直してる…。

「…な、なんだこりゃあ…!?」

下駄箱を開けた途端に中からごてごてと落ち、足下に散乱した、色とりどりの派手な箱を見下ろしてるんだが…。

 …正直ちっとビビってる…。

隣に居たキイチは、俺の顔を見上げて首を傾げた。

「何って…、今日はバレンタインデーじゃない。バレンタインチョコじゃないかな?」

「ああ、そうだったな。で、何でだ?」

「何でって…、何が?」

「いや、だから何で俺の下駄箱にチョコが詰まってたんだ?誰か、多く貰い過ぎて困ったヤツが押し込んでったのか?」

「いくら君が大食漢だからって、処分に困ったチョコを無断で下駄箱に詰め込んで行く?」

「…んじゃ何で???」

キイチは呆れたように肩を竦めた。

「全部君宛の物に決まってるじゃない」

「はぁ?」

キイチは俺に代わってチョコを拾い集めながら続ける。

「前にも何回か言ったし、ジュンペー君やシンジョウさんからも言われてるけど、君のファン多いんだよ?特に下級生、今年

の一年生なんかには、巨大ぬいぐるみみたいだって大人気」

…なんか微妙だな…。

「だから何かの間違いだろ?俺こんなんだぜ?」

前を開けてる学ランから覗くティーシャツ越しに、俺はむにっとした腹の肉を摘んで見せる。

「デブだし、もさもさしてるし、むさ苦しいだろ?どう考えたってモテるはずがねぇ」

「うん。太いのは否定しない」

ぐさぁっ!

「でも本当だよ?これが証拠」

そう言って、キイチは俺に両腕一杯のチョコを押し付けた。

「…まぁ、チョコは嫌いじゃねぇけど…。食い物を靴入れるトコに押し込んでくっての、どうなんだろな…」

チョコを受け取り、鞄に詰め始めた俺に、キイチはそっと耳打ちして来た。

「…中に僕からのも混じってるからね…」

「なにっ!?どれだよどれどれ!?」

慌てて探し始めた俺に、キイチはクスッと笑う。

「帰ってからゆっくり探しなよ。たぶんすぐ分かるから」

「…だな、そうする」

…って…あっ!?

俺は自分の失敗に気付き、今度は逆にキイチに耳打ちした。

「…わ、悪ぃキイチ…。お、俺…、何も持ってきてねぇよぉ…!」

「…ふふ。良いよ気にしなくて。ホワイトデーに期待しとくからさ…」

「…ホント済まねぇ…」

これまで縁が無かったせいか、俺の頭の暦にゃバレンタインってのが入ってねぇんだよなぁ…。うっかりしてたぜ…。

小声でそんな事を囁き合って、チョコを詰め込んだ鞄の口を閉めてたら、後ろの方で「うっ!?」と声が聞こえた。

振り向くと、猪獣人が自分の下駄箱の前で固まってる。

その足下には、無数のカラフルな箱。

「ぬはは!イイノ、モテるんだなぁお前!」

「アブクマの程多くはないさ。…しかし困った。オレ、チョコはあまり好きじゃないんだよ…」

この猪は飯野正行(いいのまさゆき)。元柔道部主将で、俺の小学校からのダチでもある。

イイノは厳ついツラ(まぁ人の事は言えねぇが…)を困り顔に歪めた。

「困るなよ、喜べ。良いじゃねぇかモテモテで」

「アブクマはどうなんだい?喜んでたようには見えなかったけど?」

「え?俺は別に。だって貰っても…」

おっと!あやうく口を滑らせそうになった俺は、慌てて手で口を覆った。

そんな俺に気付かず、イイノはため息をつく。

「まぁ確かに、俺達が貰ってもなぁ…」

イイノは本当に嬉しくねぇみてぇだ。

って言うかむしろ、心底困ってるようにも見えるなぁ。…ん?

俺はピーンと来て、声を潜めてイイノに話しかけた。

「…お前、もしかして誰かと付き合ってんのか?だから困ってんだろ?」

どうしたんだ今日の俺!我ながら鋭いぞ!

イイノはビックリして俺を見…、あれ?驚いてるような、そうでないような…、なんだよ?その微妙なツラ?

「…お前、知らなかったっけ?」

「へ?何の事だ?」

「あ…あれ…?そう言えば話してないか?」

聞き返した俺に、イイノは首を傾げた。

「…タヌキからも、オレの事、何も聞いていないのか?」

「ジュンペー?ジュンペーから、お前の?何を?」

んん?何だってんだ一体?

「…そうか、聞いてないか…。…オレに気を遣ったのかな?あいつらしいけれど…」

イイノは一人で納得したみてぇに、神妙な顔でうんうんと頷いた。

「何だよ?ジュンペーが何だって?あいつ、お前の彼女の事を知ってんのか?」

俺の問い掛けに、イイノは何故か苦笑いした。

「久しぶりに一緒に帰らないか?少し話がしたいんだけれど」

「別に良いけど…」

俺が視線を向けると、ずっと口を閉じていたキイチが俺の顔を見上げて微笑んだ。

「良いよ。僕は気にしないで、二人で帰って」

「いや。良ければ君も一緒に来ないか?えぇと…、ネコムラ君?」

気を利かせて言ってくれたキイチに、意外にもイイノはそう声をかけた。

「こうして話すのは初めてだったよね。君とは」

「え?うん。僕の事を…?」

「前々から知ってるよ。…と言っても顔だけだったけれど。名前を知ったのは先学期の事だった。図書委員で、学年トップの

秀才。そして…」

イイノはうんうん頷きながらそう言うと、何故か周囲の生徒達の様子を窺うように見回してから、さっと身を屈めてキイチ

に囁いた。

「…アブクマの恋人。だろ?」

…っ!?

俺とキイチは身を強ばらせた。…な…何でイイノにバレてんだ!?

驚いて固まってる俺達に、イイノは笑いながら言った。

「心配するなよ。俺も同類だから」

…へ…?

「ちょっと待て、今なんつった?」

「それ、ここで話せる内容か?だから一緒に帰ろうと言っているんだよ」

イイノは微苦笑しながら肩を竦める。

「…判った。いろいろ話もしてぇし…、訊きてぇ事もある…」

そうして、俺達は一緒に玄関を出て、校門に向かって歩き出した。



「なるほど、ここはひとけが無いな。いつもここで逢い引きしてるのかい?」

ここは、俺がケントに告白して…、そしてキイチが俺の告白に答えをくれた神社。

その境内を見回したイイノは、興味深そうに言った。

ベンチにはイイノの隣に俺、その隣にキイチが座る。俺が二人に挟まれる格好だ。

「いや、普段はお互いの家に行ってる。…で、さっきの話なんだけどよ…」

「ああ。オレも同性愛者だよ。お前と同じ、ね」

イイノはすぱっと、もう何の躊躇いもほんの少しの照れも無く言った。

…堂々としてんなぁおい…。

「…そうだったのか…。全然気付かなかったぜ?」

「ジュンペーには言っておいたんだ。あいつがそうなのは、随分前にオジマ先輩が気付いていたからさ。オレ達の方こそ、お

前も同類だとは全く気付けなかったよ」

「ぬはは!お互い様だなぁ。…ってオジマ先輩!?」

俺はビックリして思わず腰を浮かせた。

尾嶋勇哉(おじまゆうや)先輩。

俺達のいっこ上で、去年の夏まで柔道部の主将を務めてた虎獣人だ。

先輩が現役の間は、柔道始めたばっかりの俺は、そりゃあもうコッテリしごかれたもんだ。

二年から柔道始めた途中参加の俺が、曲がりなりにも全国行けるぐれぇ強くなれたのは、その先輩のしごきと、ジュンペー

の手ほどきのおかげだ。

もの凄ぇ、とんでもなく、馬鹿みてぇに強ぇひとで、今は道北の私立高校に居る。

柔道の名門のその学校で、先輩は一年でありながらレギュラー枠に入り、高校デビューになる今年だって、全国出場を成し

遂げた。

正真正銘の化けもんってのは、ああいうのの事を言うんだ。

…その先輩が、ジュンペーが同性愛者だって事に気付いてた?

寡黙で無愛想。稽古の鬼。柔道馬鹿一代。

どっちかっつぅと他人のプライベートや、自他を含めた恋愛にも興味は無さそうなひとに思えてたんだが…。

「意外だなぁ…。いやぁ、主将ともなると心構えが違って、皆の事にも気が付くもんなのか?」

「いや、自分と同類だから気付いたんだよ」

「はぁ、なるほどねぇ…」

…なぬっ…!?

「ちょ、ちょっと待て!まさかオジマ先輩も!?」

今度こそ立ち上がった俺は、一昨年のクリスマス、ジュンペーと遊びに行った遊園地で、イイノとオジマ先輩に会っていた

事を思い出した。…まさか…!?

「おっ…、おおおおおお前っ、もしかしてオジマ先輩と…?」

驚きのあまり、掠れた声で尋ねると、イイノは事もなく頷いた。

「ああ、付き合ってるよ。もう二年半になるんだぞ?」

遠くを見るように目を細めたイイノに、

「それじゃあ、イイノ君とその先輩は、一年の時から付き合っていたの?」

キイチは少し驚いた様子でそう尋ねた。

「その通り。今は遠距離恋愛だけれど、春からはようやく同じ高校で過ごせるよ」

「遠距離恋愛?」

「オジマ先輩は道北にある柔道の名門校に進学してんだ。大会と稽古の関係で忙しくて、休みも盆と正月ぐれぇしか帰って来

れなかったんだよ」

キイチの問いに、俺が応じる。

「そうなんだ…。大変だったんだね…」

「いや、先輩は携帯持ってるからね、声はいつでも聞けるから、それほど辛い訳でも無かったよ」

労るように言ったキイチに、イイノは微笑みながら言った。

イイノは細かい気配りができる、穏やかな性格だ。

笑うと、その人の良さが顔に出たように柔和な笑顔になる。

猪特有の立派な牙が目立つ厳つい顔と、剛毛に覆われてがっしりしたガタイに似合わず。…ってのは余計なお世話か…。

「すごい!」

突然立ち上がり、キイチは声を上げた。

「どした?」

俺が問い掛けると、キイチはなんだかちょっと興奮してる様子で言う。

「気付かないさっちゃん!?イイノ君とそのオジマ先輩は、僕達よりも前から付き合ってるんだ!しかも、離れ離れになって

も交際を続けていられる!」

「おう、えれぇ事だよな。…それが?」

「だからぁっ!変わらないんだ!普通の恋愛と!僕達と同じ恋愛の形でも、ちゃんと何年も交際を続けていられるし、離れ離

れになっても想い合えるんだ!分かる!?これはとても素晴らしい事だよ!凄い!凄く素敵な事だ!」

俺はキイチの力説を聞いて、なんとなく理解した。

俺達は、自分達と同じようなカップルについての事を全然知らねぇ。

たぶん、キイチは俺達みてぇな恋愛の形についての、他人の例が気になってたんだろう。

そして、イイノとオジマ先輩の遠距離恋愛が続いてるって事は、俺達にとっては明るい情報なんだ。

「面と向かってそう言われると、少々おもはゆいなぁ…」

キイチに絶賛されたイイノは、静かに照れ笑いしていた。

「それはそうと、なんでジュンペーの事には気付いて、俺の事には気付かなかったんだ?」

「それは、お前が「それらしい所」を全く見せなかったからだよ。柔道部内に好みのタイプが居なかったせいかな…」

イイノはちらっとキイチを見ながらそう言った。

…確かに、キイチほど小柄で細身のヤツは柔道部にゃ居なかったな。

ケントみてぇにスラッと背が高ぇ細身のヤツも居なかったし…。

でも、俺自身、実際のところは、自分の好みのタイプが良く分かんねぇんだよな…。

キイチやケントと似たような背格好のヤツが、全部好みって訳じゃねぇし二人以外にはグラッと来た事ねぇんだよなぁ…。

「何悩んでるんだ?」

「どうしたの?難しい顔をして…」

「え?あ、いや、何でもねぇ…。ちっと自己診断してただけだ」

左右から顔を覗き込んできた二人にそう答えて、俺はガリガリと頭を掻いた。

「時間大丈夫なら、もう少し話をしてこうぜ。聞きてぇ事も結構あるしよ。俺、ちょっと飲み物買って来る」

そう告げて二人を残し、俺は近くの自販機に向かった。



キイチはミルクティーかな。イイノは…、確か俺と同じで甘口のコーヒー派だ。

熱い飲み物を買って懐に抱え込み、引き返しながら俺は考える。

イイノとオジマ先輩がねぇ…。人は見かけによらねぇってヤツだなぁ。

…そういや、イイノに対してはオジマ先輩の態度、少し違ってたよな?

考えてみりゃ、イイノにはあんまし強く出れてなかったし、何よりも信頼してるって感じだった。

二人の関係を聞かされて、改めて思い返すと…、一年前の卒業式の日、道場でオジマ先輩を見送ったイイノの様子が、とに

かくいじらしく思い出された。

その心情がどんなだったか、今は痛ぇぐれぇに理解できる。

きっと、二人とも身を裂かれる想いだったに違いねぇ。

なのにあの先輩は堂々としてて…、笑みさえ浮かべてた…。

イイノだってそうだ。

最後に投げかけた「追いかける」って言葉。

あの意味が判ったら、涙も見せずに見送ったあいつが、どれだけ気ぃ張ってたかが良く判る…。

…今更だよな、ほんと…。

もしも、俺がキイチを見送る立場だったら?

最初に考えてたみてぇに、進学しねぇで、星陵へ行くキイチを送り出す側だったら?

…その時俺は、あの時のイイノみてぇに見送ってやる事ができるんだろうか?

想像してみただけで、胸が締め付けられるような感じになる。

イイノみてぇに立派に送り出してやれる自信は、俺には無ぇな…。

…大人だよなぁ、イイノも、オジマ先輩も…。



「…でね、とにかく敏感なんだよ?」

「へぇ。意外だ…!」

考え事をしながら戻ってきた俺の耳に、イイノとキイチの会話が聞こえてきた。

「弄ると可愛くなっちゃうんだよ?ぽわ〜んとした顔して、口調まで可愛く!」

「あはは!一回見てみたいなぁその状況!」

「おいこらまてぇっ!お前ら一体何の話をしてやがるっ!?」

『あ、おかえり』

二人は声を揃えて振り向いた。

「おう、ただいま。…じゃなくてキイチ!何の話だ!?」

キイチは手をパタパタと振りながら笑う。

「やだなぁ。ただの情報交換だよ、ただの」

「んなディープな情報まで交換すんな!…ったく!ほれ」

イイノにコーヒーを放り、キイチには紅茶を手渡す。…こっちは時々、ってか結構頻繁にキャッチし損ねるからな。

「ありがとうサツキ君」

「払うよ」

「良いって、こんぐれぇはよ」

二人は話し易いように隙間を詰めてたから、俺はキイチの隣に腰を降ろす。

イイノとキイチはすっかり打ち解けた様子だった。

二人が話を弾ませるのを横目に、俺はコーヒーを啜りながら、話を振られて返事をしたり相槌を打ったりする。

キイチは普段、進んで他人と関わり合いになろうとはしねぇ。

だが、ジュンペーやダイスケ、イイノには早々に気を許した。

自分達と同じだっていう同類意識が、抵抗を減らして、そうさせんのかも知れねぇな…。



暗くなるまで話をした後、俺達はそろってベンチから立ち上がった。

「すっかり暗くなっちまったな…」

「ああ。ははは!こんなにも楽しく長話するとは思わなかったよ…!」

「こんな事なら、僕の部屋にでもすればよかったね」

ぬはは!まったくだなぁ!ついつい話し込んじまった。

「その内よ、ジュンペーとダイスケも混ぜて、皆で話でもしようぜ。少ねぇ同類なんだ。気兼ねなく話せる相手って、そう多

くねぇからな」

「だね、賛成!」

「ああ、良いかもな」

俺の意見に、二人は賛成してくれた。

もうじき、俺達とイイノ、ジュンペー達は、それぞれ離れ離れになる。

揃ってられる内に、色々と話をしときてぇよな…。



家に帰った俺は、片っ端からチョコの箱を開け、食いながら中身を確認した。

中には可愛らしい字で書かれた手紙が入ってる物もいくつかあった。…どうすっかなぁこれ…。

「お?これか?」

チョコに混じって、見覚えのある包装紙があった

クリスマス、俺に手作りセーターをくれた時のと同じガラ…。たぶんこれがキイチのだ!

俺は少しドキドキしながら、いそいそと、だが丁寧に包装紙を開いた。

そして愛しのキイチのバレンタインプレゼントを取り出して、顔の前に掲げる!

「うっ…!?」

俺はソレを見つめたまま、思わず呻いていた。

キイチからの贈り物は…、ダイエット緑茶だった…。

…アレか?あんまり口には出してねぇけど、俺、ひょっとしてあいつの容認ライン超えかけてんのか?

「…やべぇ…。そろそろ少し絞っとかねぇと…」

一人でそう呟きながら、俺は「痩せられる!」と、太い赤字のロゴがでかでかとプリントされた茶の袋をじっと見つめ、そ

れから腹の肉を摘んでみた。

あれ…?なんか…ちょっと…。

…やべぇ…!?

…愛想つかされる前に…、今流行ってる、なんとかキャンプっての…やってみるかな…。