第七話 「お前が好きだ!」

「キイチ見なかったか?」

今日の授業も終わり、教室は人もまばらになってた。

教室に残ってダベってた何人かのクラスメートは、俺の問いに首を横に振った。

二学期が始まってから四日。キイチのヤツは授業が終わると、すぐに姿を消すようになった。図書室にも居ねぇし、委員会

の貸し出し当番も代わって貰ってるらしい。

…もしかして俺、避けられてる…?

「アブクマ、ネコムラと付き合いなんてあったのか?」

「意外だなあ。あいつ面白いの?」

口々に言うクラスメートも、キイチの事はあまり知らねぇ。話した事がねぇってヤツが大半だ。

キイチは中学に入ると同時にこっちに越してきたらしく、あいつの小学校以前を知ってるヤツは誰も居ねぇ。…あいつの事

って、知れば知るほど謎だらけなんだよなぁ…。

「いっぺん話してみろよ。面白ぇヤツだから」

クラスメートにそう言って教室を出ると、俺はもう一度図書室を覗いてみる事にした。



図書室には、やっぱりキイチは居なかったが、サカキバラが居た。少し迷った後、俺はこっそり声をかけてみる事にする。

「ネコムラさんですか?いいえ、今日は見ていませんが…」

つややかな黒髪をかきあげたサカキバラは、読書中の周囲をはばかって小声で言った。

「そっか。邪魔したな」

う〜ん…、こうなったら公園でも探してみるかな…。

「何か用事が?」

「ああ。いや、用事って訳じゃ…」

特に用事があるって訳じゃねぇんだよな…。何でキイチに会いたいかって言われると、それは…、返答に困る…。

サカキバラはそんな俺を見て、クスクスと笑った。

「ご免なさい。理由が無いならそれで良いんですから、そんなに困った顔をしないでください」

俺は頭を掻きながら図書室を後にした。

毎度忘れそうになるが名乗っとこう。俺の名前は阿武隈沙月。東護中三年。元柔道部だが、大会が終わって引退した。濃い

茶色の被毛をした熊獣人で、胸の白い月がトレードマークだ。



キイチは公園にも居なかった。

俺、あいつの電話番号も、住所も知らねぇんだよな…。

小学校の頃は連絡網とかあって、クラスメートの電話番号と住所の載ったプリントが配られたもんだが、個人情報の保護と

かなんとかで、中学に入ってからは配られてねぇ。

学校じゃ顔を合わせてんのに、こうやって探して会えねぇと、胸が苦しくなる。あいつとゆっくり話をする時間が欲しかった。

…俺、あいつに恋をしちまってんだよな…。



「おう、ちょっと良いか?」

次の日の昼休み。俺はキイチの机の前に立って声をかけた。

その途端に、周囲の話し声ピタッと止み。クラスメートの視線が俺達に集まる。…もしかして、何か勘違いしてねぇか?

「なに?」

キイチは特に変わった様子もなく、俺を見上げて首を傾げた。

「昼飯、一緒に食おうぜ。弁当ねぇから俺も学食だし」

中学にしては珍しいみてぇだが、ウチの学校は給食がねぇ。その代わりに学食がある。

生徒手帳の裏表紙に付いてる読み取り用の黒い帯を券売機のリーダーに押し付けるか、金を入れて食券を買うシステムだ。

生徒手帳は食券だけじゃなく、文房具や菓子パンを買うのにも使える。

ただし、買い物が出来る金額には限度があって、あらかじめ学校に金が振り込まれている分だけしか使えねぇ。

え?先払いなのがなんかセコいって?まあそう言うなよ。後日徴収で無制限に使えたら、子供にエラい無駄遣いされて、親

御さんが困る家も出てくるかもしれねぇだろ?

…っと、ちょいと脱線したが話を戻そう…。

「お弁当ないって…、それ、英語の授業の時に食べちゃったからでしょ?」

「…ま、まあ、そうなんだけどな…」

見られてたのか…。鼻の頭を掻いていると、キイチは苦笑しながら席を立つ。

「じゃあ一緒に行こうか」

「おう」

連れだって教室を出る俺達を、クラスメート達の物珍しそうな視線が見送った。



「最近の放課後、何やってんだ?」

俺はカレーパンの袋を破りながら、何気なく聞いてみた。

「授業終わるとソッコー居なくなるじゃねぇか」

「ああ、ちょっと調べ物をしていたんだよ」

キイチは焼きそばパンを囓りながら、何でもないように言った。こっそり観察してみたが、やっぱり特に変わった様子はねぇ。

「どうしたの?」

俺の「こっそり観察」する視線は、あっさり気付かれた。

「ああ、いや、その、なんだ?」

俺はしどろもどろになりながら、視線を逸らした。

「…俺、避けられてんのかと思って…」

…僅かな沈黙…。そっと視線を戻すと、キイチはキョトンとした顔で俺を見てた。

「なんで?」

「なんでってお前…」

…改めて考えてみりゃあ、キイチの行動に俺を避けてるようなところはねぇ。教室じゃ普通に顔合わせてたし…。

「…何でだろう?」

「僕に聞かれても困るよ」

キイチはそう言って笑い、俺もつられて苦笑する。変に意識しちまってるせいで、避けられてるように錯覚しちまったのか…。

本当に用事があるから急いで帰ってただけなんだろうな。…結局、取り越し苦労かよ。



キイチの調べ物は、結構時間がかかるもんらしい。

何回か手伝おうかと言ってみたが、その都度、一人で調べたいのだとやんわり断られた。

次の週も授業が終わるとすぐに帰って行ったが、俺はせめて昼休みは一緒に過ごせるように、毎日早弁した。

これについてのキイチの意見は、

「部活も引退したんだし、あまり食べると太っちゃうよ?」

…という忌憚のねぇものだった。

「俺が体型を気にするガラに見えるか?」

「…見えないね。でも、女の子にモテなくなっちゃうかも?」

「俺がモテてたらこの学校にフリーの男子生徒は居ねぇよ」

俺がそう応じると、キイチは微妙な表情で笑う。…なんだよその顔…?

キイチは、俺と話す時には、他のヤツに見せるのとは違う笑顔を見せる。

なんていうか、キイチは他人と接する時、まるで作ったみてぇな表情を顔に貼り付けて対応してるように見える。でも、俺

とどうでも良い事を話してる時なんかには、ほんとの笑顔を見せてくれる。そう感じてた。例えそれが勘違いだったとしても、

俺には嬉しかった。誰も知らねぇキイチの顔を知ってる。その事がなんだか誇らしく感じられた。

…キイチに対する感情は、こうやって日に日に募っていった。



二学期が始まってから二週間経ったその日、キイチは珍しく教室に残ってた。

「なんだ?調べ物、終わったのか?」

尋ねると、キイチは少し疲れたような顔で微笑んだ。

「まあね。時間がかかるところは終わり」

「なんか、無理してねぇか?」

「そんなことないよ?」

こいつの「なんでもない」とか「そんなことない」はあまりアテになんねぇんだよな…

「時間あるなら、一緒に帰ろうぜ?」

期待を込めつつ、しかしなるべく自然体を装って、俺はそう言った。

キイチは少し何か考えたあと、コクリと頷いた。

「いいよ。でも、少し寄りたい所があるんだけど、いいかな?」

もちろんオーケーだ。俺は久しぶりに、キイチと一緒に校門を出た。



キイチと一緒に足を運んだのは、俺の家の近くにあるコンビニだった。

…そこは、ケントが最期に買い物をしたコンビニだ。

キイチはコンビニの中のペンやら封筒やらが並んでいる棚を調べ、それからレジに行き、店員に何か尋ねていた。

「お待たせ。行こうか」

雑誌を読むふりをしながら道路を見つめていた俺に、戻ってきたキイチが声をかけ、俺達は連れ立ってコンビニを出た。

コンビニを出ると、青かった空が灰色になっていた。

「なんか降りそうだな…」

「本当だ。天気予報、降るなんて言ってたかな…?」

俺とキイチは空を見上げ、揃って顔を顰める。

並んで歩き出しながら、俺の目は自然に車道のある左側、ソコへと引きつけられた。

ずっと供えられていた花も、一年以上経った今じゃあげられてねぇ。

残ってるのは、「注意!死亡事故発生現場」という味も素っ気もねぇ看板だけだった。そのいかにも他人事のような字面と

外見を見るたび、なんでか無性に腹が立つ。

気が付くと、俺は無意識に足を止めてた。慌てて前を向くと、キイチもまた少し前で足を止め、ソコを見つめていた。…そ

の横顔が、少し哀しそうに見えた。

「…ここさ。ケントが事故に遭った場所なんだ…」

知っていたのか、キイチは驚いた様子もなく頷く。

「俺、お棺の中のあいつの顔、忘れられねぇんだ。ひでぇ事故だったって話なのに、あいつの顔、傷一つなくて、寝てるみてぇ

だったんだ…」

俺は右手を胸に当てる。胸の奥が、苦しかった。

「…いつか、忘れられんのかな…」

「それは、忘れてはいけない事だよ」

顔を上げると、キイチが真っ直ぐに俺を見つめていた。

「苦しくても、哀しくても、辛くても、決して忘れてはいけない事だよ。死んでしまった人に、生きている僕達ができる事は、

忘れないでいてあげる事ぐらいしか無いんだから」

真っ直ぐな、ハッキリした言葉だった。その言葉が、自分の卑怯さに気付かせてくれた。

俺は、心のどっかでケントの事を忘れたいと思ってたんだ。苦しみから逃れたくて、忘れたかったんだ。…なのに、一緒に

写ってる写真なんかは捨てる事もできず、机の上の写真は女々しく伏せただけ…。

俺は、真っ直ぐに見つめてくるキイチの目を見返した。

キイチは強い。心が強い。俺と違って、こいつの心の中には、何をしても、されても曲がんねぇ、ぶっとい鉄の芯みてぇな

もんが真っ直ぐに通ってる。そんな気がした。

それに比べ、本心を隠してうじうじ悩んでる自分が、とんでもなく小さくて、卑しくて、情けねぇヤツに思えた。

そして俺は、心を決めた。

俺の本心をキイチに伝えよう。その結果、キイチが俺から離れて行っちまうとしても…。

怖くねぇって言ったら嘘になる。だが、これ以上本当の気持ちを誤魔化して一緒に過ごすのは、キイチに嘘をつき続けてる

ようで嫌だった。

「キイチ、話しておきてぇ事があるんだ」

意を決して口を開くと、俺の口調に何か感じたのか、キイチは少し眉を上げた後、コクリと頷いた。

「…俺っ」

俺が続く言葉を口にしようとしたその時、俺達の頭上で大きな雷が鳴った。

「ぎゃんっ!!!」

キイチは大声を上げると、いきなり俺に抱きついた。

縋り付いたキイチの体が小刻みに震えてる。俺の胸に埋められた顔から吐息が吹き込まれ、体温が伝わってくる。柔らかい

毛から香るシャンプーか何かの匂いが、俺の鼻を刺激する。

たった今したばかりの決心はどこへやら、全身がガチガチに硬くなり、動けなくなった。

………あ………!

硬くなってんのは体だけじゃねぇ事に気付き、俺は狼狽した。が、キイチは空が唸るたびにビクリと身を震わせ、さらに強

く俺にしがみつく。…気付くどころじゃねぇみてえだ。

…もう少しこのままで居てぇけど、このままじゃマジでヤバい!

急に、冷たい雨粒が顔に当たった。空を見上げると、雷が光る鉛色の雲から、バラバラと大粒の雨が降り出した。

降り出した雨はあっという間に視界が利かなくなるほどの土砂降りになり、俺達の体に叩き付けられる。

「キイチ!大丈夫か!?とりあえずコンビニまで…」

キイチは俺の声が聞こえてねぇのか、カタカタと震えてるばかりで返事がねぇ。…どうしたってんだ?雷が苦手なんだろう

が、この怖がり方は尋常じゃねぇ…。

俺はキイチの体をしっかりと抱え、覆いかぶさるようにして雨から守りながら、コンビニまでの数十メートルを引き返した。



「ご、ごめんね…。雷だけはダメなんだ…」

雨を凌ぐために戻ってきたコンビニで、キイチは俯いたまま呟いた。震えは収まったものの、ショックが抜けてねぇのか、

声には張りがねぇし、まだ表情も硬ぇ。

「ま、まあ。誰でも苦手なもんの一つや二つはあるわな」

俺はドキドキしている胸をそっと押さえ、そう応じた。

…キイチの体…、小さくて…、細くて…、いい匂いがして…、柔らかかったな…。

「あ、小降りになってきたね」

キイチの言葉に、俺は窓の外を見る。雷も鳴り止み、空は鬱憤を晴らしてすっきりしたのか、さっきよりだいぶ明るんでた。

間もなく雨は上がり、俺達は再びコンビニを出る。

「タイミングの悪ぃ通り雨だったな」

「まったく…、だ…、だね…。くしゅんっ!」

キイチは可愛いくしゃみをして、身を震わせた。

「ずぶ濡れになっちまったな…。そうだ。家に寄ってけよ。お前の家、商店街の向こう側の方なんだろ?体乾かさねぇと帰る

までに風邪引いちまうぞ」

キイチは少し迷った後、俺の申し出を受け入れてくれた。



家についた俺は、急いで乾いたタオルとドライヤーを用意した。

シャツまで濡れてたから、キイチにティーシャツとハーフパンツを貸してやる。

「ちょっと…、っていうかかなりブカブカだね」

キイチは洗面所で着替えてくると、膝上まで下がったシャツの裾をつまんで笑った。ハーフパンツはウェストがガバガバで、

上からベルトでぎっちり締めなきゃならなかった。ブカブカのシャツの首元から、細い首周りと鎖骨の線が見えてセクシー…。

は!いかんいかん!

…親父は仕事に行ってる。お袋はまだ実家から帰ってきてねぇ。

つまり、家には俺とキイチの二人だけだ。誰も居ない今が、打ち明けるチャンスだった。

居間の机の前、俺はキイチが向かいに座るのを待って口を開いた。

「あの…よ…」

タオルで髪をごしごしと擦っていたキイチは、俺の声に動きを止めた。

「キイチって、誰かと付き合った事、あるか?」

キイチは一瞬きょとんとした後、可笑しそうに笑った。

「あははっ。どうしたの急に?残念だけど、誰とも付き合った事は無いよ」

「…誰かを好きになった事は?」

「うーん…、幼稚園の先生に憧れたりはあったけど、恋愛対象としてはないかな…」

キイチは首を傾げながら、照れるでもなくそう答えた。

「それがどうかしたの?」

キイチは微笑みながら俺の顔を見返した。

俺は、どんな顔をしてたんだろう?俺の顔を見たキイチから、笑みが消えた。

「どうしたの…?」

キイチが少し心配そうに言った。

「同性愛って、どう思う?」

「…え?」

キイチは言葉の意味が理解できなかったのか、何度か瞬きした。

「男が…、男を好きになるのって、どう思う?

キイチは驚いたような表情を浮かべたまま、無言だった。

「俺…、男を好きになっちまったんだ…」

俺は、ありったけの勇気と、覚悟を振り絞った。

「キイチ。お、俺…、俺…!」

俺はキイチの顔を真っ直ぐに見つめ、何度も、何度も、言えたら良いなと、心の中で繰り返してきたその言葉を口にした。

「…俺…!お前の事を好きになっちまった…!」

大事な一言は震える事も、掠れる事もなく、自然に出た。俺の言葉ははっきりとキイチに聞こえたはずだった。

キイチの手から、タオルがぱさっと落ちた。

「最近じゃ、気付くとお前の事ばかり考えてる。お前と会えねぇだけで、心が苦しくなる…」

そこまで言ったら、もうキイチの顔を見ることができなくなった。

「お前が好きだ!」

目を瞑り、俯き加減に、最後にそれだけ言った。俺は顔を伏せ、自分の足を見つめ、逃げ出したくなるのを必死に堪えた。

長い、長い沈黙の後、キイチの声が耳に届いた。

「そう…、なんだ…?」

俺は顔を上げる。…キイチは驚いた表情を浮かべ、俺を見つめていた。

「ええと…、なんて言えばいいのかな…」

キイチは目を伏せ、落ちつかなそうに尻尾をピクピクと動かす。

「こういうときは…、ありがとう、…なのかな?」

俺は、目を丸くした。

「へ?」

キイチは恥ずかしそうに身じろぎする。

「いや、あの…さ…。僕、誰かから好きって言われるの、初めてなんだよね?だからその、どうリアクションしていいのか、

いまひとつ良く分からないっていうか…」

「いや、あのなキイチ?好きっていうのはだな、友達としてとかじゃなくて…」

「うん、分かってるつもり…」

俺は逆に驚かされながら、キイチに尋ねる。

「俺、男が好きなんだぞ?普通じゃねぇだろ?もっとこう…気持ち悪ぃ!とかこう…、普通はそういう風に感じねぇか?」

「どうかな?普通ってなんなんだろう?でも、別に気持ち悪いとかは思わないよ?」

キイチは俺の告白に驚いている様子だったが、嫌悪しているような様子は見せなかった。その事に、俺は心底ほっとした。

「…嫌われたって構わねぇと思った。気持ちを隠して一緒に居るのは、お前を騙してるみてぇでイヤだったんだ…。そんで、

今日、付き合ってくれって、告白しようと決めた…」

俺は座りなおし、キイチを見つめた。

「…答えを聞く前に、話しておきてぇんだ。去年、俺が初めてこの事を他人に話した時の事。そして、その結果、そいつが居

なくなっちまった事…」

俺は、去年ケントが事故に遭った日、その前日に起こったことを、全て打ち明けた。



「で、なんだよ?改めて話って?」

二年の春休みのその日、丁度、商店街でからまれてたキイチと会ったその後の事だ。俺はケントと二人で、人気のねぇ神社

の境内にやってきた。

もしかしたらと自覚し始めてから1年と少し、ケントへの想いは日に日に募っていた。

二年になるとクラス換えがある。小学校の6年間と中学の1年、幸運にもケントとはずっと一緒のクラスだったが、次こそ

は離れるかもしれねぇ。それでもし距離が開いたら、言い出し辛くなるかもしれねぇ。そう思ったら居ても立ってもいられな

くなったんだ。

ケントは飲み終えたコーヒーの缶を、遠くのくずかごに放った。

綺麗な放物線を描いてかごに入った缶が、カランカランと音を立てた。

「おしっ!ナイッシュー、俺!」

ケントは笑みを浮かべてガッツポーズを取る。均整の取れた体に、茶色い被毛。スポーツ万能でルックスも良いケントは、

クラスでも目立つ存在だ。

負けん気が強くて、ケンカっぱやくて、いつも自信満々なやつだった。その性格が災いして、ケントはトラブルに巻き込ま

れやすかった(俺もトバッチリで良く巻き込まれた)。

中学に入ったばかりの頃、いわゆる不良グループに目を付けられた事もある。俺とケントはとにかく目立つから気に食わな

かったらしい。…結局、返り討ちにしてやったけどな。おかげで他の学校じゃあ、今でも俺達の事を「そういう目」で見るや

つらが多い。

「ケント…。お前、付き合ってるヤツとか居るか?」

「あ!?い、居ねぇよ…!なんだ急に?」

ケントはそう応じると、口元を吊り上げた。

「ははぁん…。お前、誰かにコクられたのか?で、相談したかったと…」

俺は首を横に振り、ケントを真っ直ぐに見つめた。

「…俺、好きなやつが…、居るんだ…」

「お?そっちだったか!で、誰だよ?クラスのヤツ?」

「茶化さねえで、真面目に聞いてくれ」

ケントは興味深そうに俺を見つめていた。が、

「お前が好きなんだ」

ケントの顔から表情が消えた。それから驚きの表情が浮かび、次いで顔が歪んだ。

「な…、なんだ?それ…?」

「俺…、前から…、お前の事が好きだったんだ。友達としてじゃねぇ。俺、お前の事を考えると…」

「止めろよ!!!」

ケントは声を上げた。

「なんだよそれ…?悪ぃ冗談だよ…、お前…、どうかしてんじゃねぇのか?」

「…ケント…」

あの時のケントの顔、怯えたような顔は、今でもはっきりと目に焼きついてる。

「…なんだよそれ…?なんだよ…?お前…、そんなの…、…気持ち悪ぃよ!!!」

「ま、待ってくれケント!」

ケントは、逃げるように走り去った。

暗くなってゆく夕暮れの神社に、俺は、いつまでも独り、立ち尽くしていた。



「…結局、それがあいつとの最期の会話になった」

俺は机に視線を落とし、小さくため息をついた。

「俺があんな事言わなきゃ、ケントは事故に遭わなかったかもしれねぇんだ…。あんな事の後だったから、ケントのヤツ、きっ

と腹ん中は穏やかじゃなくて…」

俺が顔を上げると、キイチは無言のままで、とても哀しそうな顔をしていた。

「哀しい…ね…」

キイチは、少し掠れた声でそう言った。

「俺が?それともケントの事が?」

キイチは首を左右に振った。

「どっちだろう…。それとも両方なのかな…。…分からない。分からないよ…。分からないけど、とても…、とても哀しい…。

哀しくて、胸の真ん中が苦しくて…、辛いよ…」

机を挟んで向かい合う、俺達の関係を象徴するような微妙な距離を越え、キイチは身を乗り出して俺の手を握った。

「話してくれてありがとう。サツキ君の気持ちは嬉しい。でも、僕…」

…ああ、そうだろうな。それでも、俺は嫌悪や拒絶の表情を向けられなかったことに安心して、それで満足してる。

もともと受け入れられるとは思ってねぇよ。自分が変わってる事は百も承知だ。

だが、キイチの言葉は、俺の予想とは違うものだった。

「僕、自分の気持ちがはっきりと分からない。どう受け止めれば良いのか分からないんだ…。だから、少しだけ時間をくれない?」

驚いている俺の前で、キイチは自分を納得させるように頷く。

「ほんの少しだけでいいんだ。今調べてる事に決着がついたら…」

キイチは俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「そうしたら、僕の気持ちもきっとはっきりすると思うから」

キイチは、何かを決意したような顔で言った。

キイチの調べ物とこの件と、何か関係があんのか?それは分からなかったが、俺はキイチに頷いた。言うべき事は伝えた。

キイチが出すのが、例えどんな答えでも、受け入れる覚悟はもうできていた。