第九話 「ちっとは惚れたか?」
今、クラスでは、球技大会についてメンバーを割り振りしている最中だった。
自慢じゃねぇが、俺はこう見えても運動全般が得意だ。ちっと太目な見た目のせいで鈍そうに見られるが(ま、まぁガキの
頃は実際そうだったんだけどよ…)野球、サッカー、バスケなんかは特に得意だ。…長距離走だけはアレなんだが…。
ちなみに今回の俺の参加希望はバスケ。だが、希望者がサッカーとソフトボールに早々と集中し、バスケは定員割れを起こ
していた。
「サッカーとソフトはいい。バスケ居ないかバスケー?あと卓球はー?」
担任のキダ先生が声を張り上げ、次いで舌打ちした。美人なだけに、顔を顰めると無茶苦茶不機嫌そうに見える。
「…ったく…、なんで球技大会に柔道が入っていないんだ…?アブクマ一人居れば全員抜きでボロ勝ちなのに…」
そりゃあ柔道は球技じゃねぇからだろ…。それとも、柔道は球技だとかぬかすのか柔道部顧問?それとなんで勝ち抜き戦に
すんだよ…。
そうこうしている間に、卓球もぎりぎり定員まで行った。割れてるのはバスケだけだ。なんでうちのクラスじゃバスケ人気
ねぇのかな…?
「はいはい、バスケ無いかバスケー!希望者ないなら、まだ決まってないヤツ、適当に割り振るぞー?」
俺は首を巡らせ最後列の座席を見る。そこでは白猫が、我関せずといった感じで窓の外を眺め、欠伸を噛み殺していた。
…あいつ…、本気でスポーツに興味ねぇのな…。
「先生!」
「ん?何だアブクマ」
「キイチがバスケ希望してるぜ」
キイチは弾かれたように振り返り、驚きの表情を浮かべて俺を見た。
「はい、ネコムラがバスケね。ほら他はー?申告無いなら先生が決めるぞー?」
キイチは恨みがましい目で見つめていたが、軽く肩を竦めて応じる。どうせどっかには入るんだ。どこでも良いならバスケ
でもいいだろ?
っと…、いつもの自己紹介、忘れるトコだったな。
俺の名前は阿武隈沙月。東護中三年。元柔道部で、今は引退したからフリー。熊の獣人で、胸元にある、親父譲りの白い月
輪がトレードマークだ。
「何だよ、怒ってんのか?」
校門を目指し、スタスタと足早に歩いていくキイチを追いかけながら、俺は背中に声をかける。
「別に怒ってないよ。ただサッカーかソフトがしたかっただけ。サッカーもソフトも人数多かったから、ずっとベンチに居れ
そうだったし」
「…それ、「したかった」とは言わねぇんじゃねぇのか?」
キイチは無言のまま答えず、歩く速度も緩めねぇ。
「なあ、バスケのメンツ見たろ?うちのクラスはバスケ部居ねぇし、勝つ為には人が必要なんだよ」
「なら残念だったね。僕が入った所で、相手が有利になるだけだよ。僕が運動全然ダメなの、知ってるでしょ?」
俺はキイチを追い越し、正面に回りこむ。
「だからさ、持ち味を活かして欲しいんだよ」
キイチはやっと足を止めると、俺の顔を疑わしげに見つめた。
「バスケ部員も居ねぇ上に、集中的にバスケやった経験もねぇメンバーが、他のクラスと試合して上手く立ち回る。その為に
お前が要るんだよ」
「…なんで僕?」
俺は指を立ててキイチに言う。
「ずばり、軍師だ」
「…軍師…?」
「そう!経験でもテクニックでも勝てねぇなら作戦で攻める!これっきゃねぇだろ!」
力説した俺に、キイチは眉を潜める。
「…で、何の本を読んだの?」
「おう、お前に勧められた逆説三国志」
キイチは深々とため息をついた。
「僕は孔明じゃないし、頭脳プレーって、そうそう甘いものでもないと思うよ?」
…そうかなぁ?キイチの頭の良さを活かせる、良いアイディアだと思ったんだが…。
「でもまあ、そういう風に参加してみるのも、面白いかもね」
キイチはそう言うと、やっと笑った。
「でも、まずはバスケットのルールから復習しなくちゃいけないか…。図書室に戻って勉強しようかな」
「それには及ばねぇ。俺の家にはバスケのバイブルがある!読めば一発で理解できる!」
「へえ、じゃあ、それ読ませて貰おうかな」
そんな訳で、俺はキイチを家に連れて行く事になった。…別に下心があった訳じゃねぇぞ?こいつは成り行きだ、成り行き!
「ただいま〜。って珍しいな親父?こんな時間に居るなんて?」
玄関の靴を見て、俺は家の奥に声をかける。
ふと気が付いたが、見慣れねぇ靴が一足あった。それも普通の靴じゃねぇ。俺は親父が工務店やってるせいで、頑丈な造り
の靴は見慣れてるし、多少は知識もある。だからその靴の異常さにはすぐ気付いた。
その靴は足首までホールドするタイプのゴツいブーツで、靴底は分厚いビブラム張り。一体何トンの加重に耐える事を想定
して作られてんだか…。サイズから獣人のものだって事は一目で分かる。
「おう、サツキか。お客さんが来てるから、上がって挨拶しろ」
親父の返答に、どうやら親しい知人か誰かが来てるんだと考え、俺はキイチを手招きして家に上がる。
居間には、親父の他にもう一人居た。
キラキラと綺麗な金色の被毛、秋空みてぇに蒼い瞳、体は親父よりもさらにデカい…。
テーブルを挟み、親父と向き合ってる客は、金色の熊だった。
「お前は会うのは初めてだったよな?ほれ、千夏叔母さんが嫁いだ先、河祖下の神代家のお嬢さんだ」
「初めましてサツキ君。神代熊斗です」
金色の熊は俺に微笑んだ。かなり若い、歳は20までいってねぇんじゃねぇかな。人間の基準じゃ分かんねぇけど、俺達の
基準で言えばえらい美人だった。金色の毛と蒼い瞳で、まるでこの国の獣人じゃねぇみてぇな印象を受ける。
神代って言えば、確かあっちの方じゃすげぇ名家だったはずだ。そこのお嬢さんかぁ…。
「今度この町で商売する事になったそうだ。で、古いホテルを事務所にするから改築して欲しいって、わざわざウチを選んで
くれたって訳よ」
親父はご機嫌な様子で言った。
「しかし、一緒に仕事する野郎が羨ましいねえ。こんなベッピンさんと毎日顔を合わせられるんだからよお!くーっ!俺があ
と10年若けりゃなあ!」
親父の言葉に、ユウトさんは困ったような照れたような微妙な表情で頬を掻く。
…ったく、美人見るとすぐに鼻の下伸ばしやがって…。そんなんだから里帰りしたお袋がいつまでも帰ってこねぇんだよ…。
客の手前だし、一言言ってやりてぇのを堪えてると、俺の後ろから、遠慮していたキイチがそっと顔を出してお辞儀した。
「お取り込み中済みません。お邪魔しています」
「おお、ネコムラ君か!また遊びに来てくれたんだな。ゆっくりしていくといい。サツキ、冷蔵庫にナシが入ってるぞ」
親父はどうも礼儀正しいキイチが気に入っているらしい。
キイチは親父と向かい合って座っているユウトさんを見て、少し驚いたようだった。
「初めまして。サツキ君のお友達かな?」
まじまじと見つめていたキイチは、ユウトさんに微笑みかけられ、ハッとしたように姿勢を正した。
「はい。根枯村樹市といいます」
「神代熊斗です。よろしくね」
猫でもこの人が美人だって感じるのかな?ちょいと気になったが、俺はキイチを連れ、二階の部屋へと向かった。
「…面白い!」
本から顔を上げたキイチは、目をキラキラさせながら言った。
キイチは部屋に上がってから殆ど口も開かずに一気に5巻まで、それこそ貪るようにって表現がピッタリ来る様子で本を読
んでいた。ちなみに、読んでいる本は俺の愛読書、スラブダンクだ。
スラブ人の不良少年が、一目惚れした女の子が応援しているストリートバスケのチームに入り、ライバルや親友、キャプテ
ンと共にトップを目指すという、少し前に一世風靡したスポコン(?)漫画である。
「名前は知っていたけれど、あまり漫画は読まないから、読むのは初めて。こんなに面白いものだとは思ってもみなかった!」
キイチは興奮した様子でそう言った。
「貸すから、持って帰っていいぞ?」
「いいの?君も読むんじゃ?」
「何回も読んでるから良いって。だから急がねぇでじっくり読め」
みずみずしいナシを口に放り込み、俺は苦笑しながらそう言ってやった。
キイチときたら、瞬きもほとんどしねぇで、すげえ勢いでページ捲りながら、食い入るように本を読んでたからな。ほんと、
小説も教科書も漫画も関係なく、読書が好きなんだなぁこいつ。
翌日の放課後から、俺達のバスケ教室が始まった。
体育館は使われてるから、バッティングセンター脇のバスケットコートを使う事にした。
すっかりスラブダンクの虜になったキイチは、朝一番で図書室からバスケ関連の本を借り、休み時間を利用しておさらいし
ていた。
メンバーはクラスのムードメーカーのシンジ、その相方のタク、あまり話した事のねぇ無口なカワベ、それから唯一の女子
である兎獣人のナギハラ、それに俺とキイチを加えた6人だ。
今日になってから判明した事だが、全員、勝てるつもりはこれっぽっちも無かったらしい。練習すると声をかけると、全員
が意外そうな顔をしていた。
「なあアブクマ、適当でいいんじゃねぇの?」
シンジの言葉に、タクが頷く。
「そうだよ。テストの点数に影響する訳でもないんだしさ」
「テストの点には影響ねぇだろうが、無様な試合したら先生怒るぞ?」
この言葉は効果覿面だった。全員、キダ先生の恐ろしさは知ってる。それぞれしぶしぶボールを手に取った。
「で、ポジションとか、どうするわけ?」
頬の薄桃色の被毛を指先で弄りながら、ナギハラが言う。
「軍師が考えてくれる。異議がなけりゃそれで」
『ぐんし?』
全員が顔を見合わせた。
オレが視線を向けると、キイチが「どうも…」と小さく会釈した。
「ちょっと待ってよ。なんでネコムラ君が考えるの?バスケットの経験も無いだろうし、運動自体全然できないじゃない?」
ナギハラが眉根を寄せて言った。が、シンジはポンと手を打った。
「なるほど。動くのは俺ら、作戦を練るのはネコムラって訳か。それで軍師なんだな?」
「そういうこった」
「確かに、ネコムラは頭も良いし、何するにも手際も良い。面白そうじゃないか」
タクが同意する。
「ちょ、ちょっと!そんな簡単なものでいいの!?」
「僕も同意見。もう少し慎重に決めるべきだと思うよ」
慌てて言ったナギハラに、キイチ本人が頷いた。
「おいおいキイチ…、ここまで来てそりゃねぇだろ…」
ため息混じりに言うと、キイチは苦笑して頭を掻く。
「そ、そうだったね…」
「で、いいよな?ネコムラが作戦参謀って事で?」
シンジの問いかけに全員が(ナギハラはしぶしぶと)頷いた。
「それじゃあ、皆少し動いてもらえるかな?ある程度は考えてきたけれど、実際に動くのを見て決めたいから」
キイチの言葉に従い、俺達はドリブル、パス、シュート、リバウンド、フリースローなど一通り動いて見せる。キイチはな
にやらメモを取りながら、俺達の様子を観察していた。
30分ほども動いたろうか、適度な運動で体がほぐれた頃、キイチは皆を呼び集めた。
「だいたい掴めたと思う。ポジションの僕なりの案を読み上げるから、おかしいところがあったら言ってね」
キイチは手元のメモを見ながら、ポジションと名前を読み上げ始めた。
「まずはポイントガード、高槻君」
呼ばれたシンジが「あいよっ」と返事をする。ポイントガードはゲームメーカーのポジションだ。ムードメーカーのあいつ
は打って付けかもしれねぇな。
「シューティングガード、河部君」
寡黙なカワベは無言で頷いた。シューティングガードはロングシュートや切り込みに加え、ポイントガードの補助やフォワ
ードの動きも求められる。花形だが、難しいポジションだ。
「スモールフォワードは石森君」
タクが頷き「おう」と応じる。柔軟でアドリブがきくこいつには、万能なプレーが求められるスモールフォワードは確かに
向いてるような気もする。
「パワーフォワードが凪原さん」
ナギハラが「まあいいでしょう」と頷いた。リバウンドとゴール下でのシュートが役目になるポジションだが、凪原のジャ
ンプ力と機敏さは、これ以上ねぇ武器になる。
…って事は、残った俺は…。
「センター、サツキ君ね」
「おう、任しとけ!」
センターは普通、高い身長とパワーが要求される。リバウンドとゴール下でのシュートで攻めを引っ張るポジションだ。こ
ん中じゃ俺が適任って事か。
互いのポジションについてワイワイ言い合っていると、キイチがカワベに歩み寄った。
「このポジションでどうかな?唯一の経験者の君の意見を聞きたいんだけど…」
全員が、キイチとカワベに視線を向けた。
カワベは無言のまま俺達を見回し、一瞬オレに視線を止め、キイチに頷いて見せた。
「ありがとう。そこ、一番悩んだ所なんだ」
キイチは俺に向かい、
「サツキ君。センターだけど、フォワード兼任ね」
「そりゃいいけど…」
今…、キイチとカワベの間に、会話らしいもんがあったか?
「そうだね…、他の皆は役目に特化して…、うん、集中した練習を…」
キイチはブツブツと話しているが、カワベは時折少し考えるような素振りを見せたり、頷いたりするだけだ。なのに、キイ
チはあいつの意図を読み取っているらしい…。
「…なあ、カワベがバスケ経験者だって、知ってたか?」
シンジの問いに、俺は首を横に振る。俺とシンジだけじゃねえ、誰も知らなかった事だ。
いつもながら、キイチの情報収集力には感心させられる。
解散した後、俺はキイチと一緒に誰も居ねぇコートに残った。
「ポジション決め、悩んだろ?いきなりだからな」
俺はキイチに話しかけながら、ラインの外からフリースローの練習をする。ボールはリングの内側、奥に当たって跳ね返った。
「まあね。でも、皆納得してくれたみたいで、何よりだったよ」
戻ってきたボールを拾い、指先で回転させながら、気になったカワベの事を聞いてみる。
「あいつ、昔バスケ部だったのか?」
「ううん。部活に入った事はないそうだよ」
「へ?でも、経験者って…」
「彼はずっとストリートバスケをしてるんだ。知ったのは偶然だったけどね」
なるほど、あいつ寡黙だから誰にも話してねぇんだろうし、そりゃ俺も知らねぇ訳だ。
キイチは俺の手からひょいっとボールを取ると、ゴールめがけて放った。
ボールはリングに触れる事無く、中央を潜って網を揺らす。
「すっげ…!やるじゃねぇか」
「たまたまだよ。ドリブルも走るのもダメだもん」
誉めた俺に、キイチはそう答えて苦笑した。
クラス対抗の球技大会は、かなり盛り上がった。
というのも、期待していたソフトとサッカーは成績が振るわず、大方の予想に反し、何故か卓球とバスケで善戦していたからだ。
球技大会は同学年クラスの総当り戦で、勝ち、引き分け、負けに、それぞれ2点、1点、0点のポイントがつく。
途中経過を見てみれば、俺達のクラスのポイントは学年二位。一位は学年主任のエコジマが受け持つクラスだ。…あそこ、
サッカー部とバスケ部多いんだよな…。
俺達の勝率は、3試合を終えて2勝1分け。残る試合は一つだ。
休憩していた俺達に、卓球の様子を見に行っていたキイチが戻ってきて、笑みを浮べた。
「卓球の試合は終わり。エコジマ先生の所には勝ったよ」
「よっしゃ!」
「ナイス!」
「ざまぁみろエコジマ!」
盛り上る面々をよそに、俺は一番気になる事をキイチに尋ねた。
「で、ポイントは?」
「1点差でウチのクラスが負けてる。つまり…」
次は、エコジマのクラスとの試合だ。負け、引き分けなら点差は引っくり返らねぇ。つまり、優勝するには、勝って2点取
るしかねぇわけか。
「なんつうか、あっち、バスケ部も多いのな…」
シンジがため息をついた。スタメン5人中、4人がバスケ部だった。おまけに…、
「見ろよ、あっちにも軍師がついてる。しかも美人だ」
そう、相手チームの司令塔は榊原明美。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能のスーパーお嬢様だ。さらにただの軍師じゃねぇ、
自分も前線に出て指揮を執る。まさに戦う軍師。
「相手はついこの間まで現役だったバスケ部、加えてサカキバラ…。俺達の勝ち目はどうだ軍師?何かアドバイスは?」
俺の言葉に、キイチはにっこりと微笑んだ。
「もちろん僕達が勝つよ。アドバイスは一つ、「思う存分蹴散らして来てね」以上っ!」
この言葉に、シンジが、タクが、ナギハラが、カワベすらも笑った。
「軽く言ってくれちゃって。でもまあ、この試合も適切な指示よろしくね?監督さん」
最初はキイチを足手まといと見ていたナギハラも、3試合を見事に采配してのけたキイチを、今では信頼しているようだった。
やがて試合の開始時間になり皆がコートに踏み入る。俺もコートに入ろうとした時、キイチが手を掴んだ。
「応援してるから」
「おうっ、任しとけ!」
キイチの信頼の視線に、俺は笑みを返してやった。
試合は白熱した。
個人個人の技能じゃ、俺達は圧倒的に負けてる。それでも善戦できてるのは、それぞれが役割に特化するっていう分業作戦
と、バスケ部をも翻弄するカワベの運動性能のおかげだ。
俺達の中で最もボールの扱いに長けたカワベのカットインを主軸に、フォワードの二人が状況に応じてサポート。特にカウ
ンターで誰よりも早く攻め上れるナギハラの敏捷性は、俺達にとって大きな武器だ。
器用なタクは混戦地帯で活躍する。割と冷静に物事を見れるタチらしく、アンダーハンド、オーバーハンド、ビハインド、
色々なパスとフェイントを器用に駆使して、マークの緩い味方にボールを送ってよこす。
シンジは常に少し引いた位置に居る。外から攻める時の起点として、同時にカウンターに最も早く対処できるようにだ。も
ちろん、相手の動きを見ながらの指示出し(普段どおりにやたらとテンションが高い)も重要な仕事だ。
パスを回し、カワベがシュートするのが基本戦術で、外れたら俺かナギハラがリバウンドを取り、入るまでシュートを狙う。
自慢じゃねぇが、体のでかさとめかたのお陰で、競り合いには自信がある。伊達に校内最高身長と最重量を誇ってるわけじゃ
ねぇ。例え元バスケ部でも、リバウンドだけは絶対に譲らねぇ。
これまで通りの戦術は、しかしサカキバラの指示出しによって崩され始めた。
動きの良いカワベには二人がマークにつき、前線でパスの基点になるタクにもべったりとマークがつけられた。
「良く見てやがんなぁ、お嬢さん」
「それが私の役割ですからね」
ポジションを争いながら、俺とサカキバラは軽口を交わす。どうにも女相手はやりづれぇな…。が、借りがあるとはいえ勝
負は勝負、手を抜くつもりはもちろんねぇけどな。
最初こそリードしていたが、機動力が殺がれた俺達は攻め手に欠け、じりじりと点差を詰められる。そんな中で生まれた焦
りが、アクシデントを引き起こしたのかもしれねぇ。
ディフェンスを振り切り、強引にレイアップシュートを入れたカワベが、着地の際に相手の一人と接触した。
派手に転倒したカワベは、片足を引きずって立ち上がると「なんでもない」というように頭を横に振った。
「なんでもねぇわきゃねぇだろが」
俺はカワベの体を無理矢理担ぎ上げると、保健の美倉先生のところに連れて行った。
診断は、おそらく足首の捻挫との事だった。俺達は全員で6人しか居ねぇ。…つまり…。
「…想定外だ…」
コートに立ったキイチは、途方に暮れたように呟いた。
それでもフリースローはきっちり決め、皆の度肝を抜いて見せる。
「問題ねぇ、時間もあまり残ってねぇんだ。なんとか凌ごうぜ」
とは言ったものの、中核になっていたカワベを欠いた穴はでかく、あっというまに同点、さらに終了時間が近付いてから逆
転されちまった。
「4点差、残り1分…」
最後のタイムアウトを取った俺達には、暗いムードが漂っていた。
「見ろよ、エコジマの勝ち誇ったような顔…」
「それよりもあっち見ろ、キダ先生の般若みてぇな顔…」
キイチすらも、もはや案が出尽くしたのか、必死に考えを巡らせているようだった。
「…一つ、思いついた事があるんだけどよ…」
俺はその作戦を皆に伝えた。残り時間はねぇ。大博打だが、試す価値は十分に思えた。
ボールを持って切り込んだタクは、囲まれる前にナギハラにパスを出す。が、読まれてたか、ゴール下はがっちり固められ、
ナギハラは切り込めねぇ。ナギハラは即座に俺にボールを放る。俺が切り込むのに備えてディフェンスが動く。…が…、
「高槻君です!フリーにしないで!」
サカキバラの声に敵さん達はハッとなった。シンジは俺と逆方向から上がっていた。全員の注意が前線の4人に引き付けら
れている。冷静に全体を見てるお嬢さんならシンジに気付く。シンジの芝居に気付いてくれる。これが俺の狙いだった。
シンジの動きに注意が集まった隙に、俺のパスは塞ぎに来たやつの股の下を抜かして後ろへ戻る。そこには…。
バウンドしたボールを胸の前であたふたとキャッチすると、キイチは跳躍しながらボールを放った。ジャンプは低く、小柄
な体にボールを持て余すような印象だったが、そのフォームは…、とても綺麗で…、その…、かっこよかった。
ボールはリングの内側を擦り、ネットを揺らした。意外な、だが見事なシュートに会場が静まり返る。そして一瞬の静寂の
後、激しい歓声が沸き起こった。
「ナイスだキイチ!」
「油断しないで!あと一本!」
俺の賞賛に、キリッとした表情でキイチが応じた。くぅ!その凛々しさにますます惚れるぜ!
カウンターは何としても防がなきゃならねぇ。俺達は全員で守りに入る。時間がねぇ俺達にとって、相手のシュートをナギ
ハラが宙で叩き落したのは、まさにラストチャンスだった。
タクが拾い、守りを捨てて全員が上る。ナギハラにボールが回り、シンジにパスが通った。シンジは俺を見て一瞬止まる。
ナギハラにも、俺にも、二人ずつマークがついていた。どっちに放ってもカットされる可能性がでかい。かといって切り込ん
だところで、マークをはずして塞ぎに入られれば、一対一ではバスケ部は抜けねぇ。シンジの迷いは一瞬で、即座に後ろにボ
ールを放った。
キイチの手にボールが渡る。この土壇場でキイチの腕が信用された事が、俺にはとても嬉しかった。
…が、跳躍し、頂点でボールを放ったキイチの前で、黒髪の女子が高く跳んだ。
なんてこった!ゴール下で確実な一本を争うこの状況で、サカキバラだけはキイチから目を離してなかった!さっきのをマ
グレとは思ってくれなかったんだろう。サカキバラは初めからゴールとキイチの間に走り込んでやがったのか!
サカキバラの指先がボールを翳め、僅かに軌道が逸れる。ゴールに入れさせねぇだけなら十分な方向修正だった。
頭上のボールの行方を目で追うマークの隙をついて、俺はゴールめがけて走りこんだ。
加速をつけ、身を屈め、思い切り跳ぶ。キイチの放ったシュートが、バックボードとリングに当たって高く跳ねる。
「押し込め!さっちゃん!」
伸ばした俺の右手は、高く跳ね返って来たボールをがっちりと掴んでいた。そのまま大きく振りかぶって、リングに叩き付
ける。激しい音と同時に、ホイッスルが鳴り響いた。
笛の音に一瞬遅れて着地し、振り返る。全員が、俺目掛けて走ってきた。先頭を駆けてきたキイチが、俺の胸に飛び込んで来た。
「すごいや!ちゃんと入れてくれた!」
「おう、実は自分でもビックリしてる」
俺が照れながら応じると、キイチは可笑しそうに笑った。
「お見事!ナイスアリウープだったわ!」
「トマホークなんて、ナマで見るの初めてだぜ!」
「さっすが大将!やってくれるねっ!」
視線を動かすと、拍手している美倉先生の隣で、カワベが笑みを浮かべていた。親指を立てたあいつに、俺も親指を立て返
し、笑顔で応じた。
俺達のクラスは優勝だった。キダ先生もご機嫌だったし、エコジマはしばらく呆然としていた。やばい場面はあったが、言
うこと無しの結果だぜ!
俺とキイチは一緒に帰りながら、今日の球技大会について感想を言い合っていた。
「たまにやると良い物だね。少しだけ、バスケットが好きになったかも」
「な?楽しかったろ?」
俺の言葉に、キイチは笑顔で頷く。
「でもやっぱり、観戦してる方がいいや」
「ありゃりゃ…、なんだよソレ?」
「その方が、君のプレーをじっくり見れるしね。本当にすごかった」
俺は鼻の頭を掻く。まあ、そう言われると悪い気はしねぇけど…。
「ちっとは惚れたか?」
「ま、少しだけね」
照れ隠しに言った言葉には、そっけない返事が返ってきた。
いつものT字路…。俺達の帰路の別れ道に差し掛かった時、キイチは左右を見てから、ちょいちょいと手招きし、小さく何
か呟いた。
…なんだ?大声じゃ言えねぇ事なのか?そう思った俺は、腰を折ってキイチに顔を近付けた。
次の瞬間、キイチは背伸びし、首を伸ばした。
俺とキイチの鼻がくっついて、唇に柔らかい物…、が…、…触れ…!?
硬直している俺から素早く口を離すと、キイチは照れ臭そうに微笑んだ。
「…それじゃあ、また明日ね」
「…お、おうっ。またな!」
キイチは歩き出しかけ、それからクルッと振り向いた。
「…かっこよかったよ!サツキ君!」
笑顔でそう言い、向こうを向くと、キイチは小走りに去って行った。
俺はしばらくその場に突っ立ったまま、あいつが去っていた道をぼーっと眺めてた。
…実は…、今の…、…ファーストキスだ…。