「少年達のデリケートサマー」

「後輩がなんかおかしい?」

「うん」

ファーストフード店の隅の席、体格の良い二人の少年は、声を潜めて話をしていた。

一方はずんぐりと丸っこい狸。背丈は並だが幅は1.5倍のお徳用サイズ。丸く出た太鼓腹とむっちりした臀部、もっさり

太ましい尻尾などは実に狸らしい。

元々愛嬌のある狸特有の顔は、かなり丸みを帯びているせいで実際の年齢よりやや幼く見え、見方によっては愛らしくも感

じられる。

あちこち丸い狸は何か困り事でもあるのか、黒い円に囲まれた目を半眼にし、眉尻を下げた浮かない表情であった。

一方、狸とテーブルを挟んで向き合い、コーラを啜っている少年は、真っ黒な熊である。

こちらは大柄で、胸が厚く肩幅が広く、腕も脚も腹囲も太く、かなり堅太りしている。

体格に見合った大食漢で、目の前にはクーポン券を駆使して値引きを受けたバーガーセットが三人前と、単品のバーガーが

一つ。…あったのだが、既に残すところバーガーセットが一つとなっていた。

狸の名は田貫純平。黒熊の名は球磨宮大輔。

通う学校は違うが、ともに中学三年生で、同じく柔道部に所属し、それぞれの部で主将を務めている。

二人は表向き友人という事になっているが、実はもう少し踏み込んだ関係にある。

男同士の恋人同士…。それが、二人が抱える秘密であった。

そんな二人は、夏休み四日目の今日、一緒にプールに行って涼んだ帰りであり、やや遅めの昼食の最中である。

「おかしいって、どんな風に?」

ダイスケの問いに、ジュンペーは困ったような顔をしたまま口ごもり、コーラの紙コップを揺らしながら唸った。

「う〜ん…。それが、どうおかしいのか、どこがおかしいのか、はっきり判んないんだぁ困った事に…。なんとな〜くおかし

いなぁって…」

「よく判んないな…」

「二人なんだけどさ、ダイスケも知ってるでしょ?ウエハラとコゴタ」

ダイスケは眉根を寄せつつ視線を上に向け、練習試合などで何度か見た犬と、幾度か試合した経験のある牛の顔を思い出す。

「前に一回ケンカした…っていうか、険悪になった事が…っていうか、ウエハラがコゴタを一方的に嫌うようになった…って

いうか、…まぁとにかく一時期仲が悪かった事があってさ」

「「っていうか」が多くて判り難いぞジュンペー」

ダイスケは手強い数学の難問でも前にしたように顔を顰め、テリヤキバーガーにガブリと噛みつく。

自他共に認めるところだが、この黒熊は少々頭の回転が遅めで、勉強や込み入った話や複雑な話が苦手である。

「えぇと…、つまりあれか?元は仲が良くて、一回ケンカして、でまた元に戻ったとかそういう事か?」

何とか噛み砕いた解釈にたどり着いた黒熊に、ジュンペーは「うんまぁそんな感じ」と頷く。

「で、おかしいって、どういうトコ見て感じるんだ?」

「えぇと…。凄く仲が良いように見えて、でもなんかびくびくしてるっていうか…」

ジュンペーの言葉によれば、仲が良いのは知られている事なのに、自分達に視線が向いている事に気付くと急に会話を止め

たり、距離を取ったり、よそよそしい素振りを見せたりするとの事であった。

「あ〜あ〜」

一通りの話を聞いたダイスケは、大きく二度頷き、四つめのテリヤキバーガーにかぶりつく。

「仲が良いところを見られたくない、って感じでさぁ…。誰かにからかわれたりしたのかなぁ?」

「う〜ん…」

「勝っても負けても、全国終わればオレも引退だし…、何かトラブルなら解決しておきたいんだけど…」

視線を手元に落としてため息をつくジュンペー。

そんな恋人を眺めながら、ダイスケは目を半眼にして黙り込む。

黒熊は、おおまかな話を聞いただけで確信に近いものを覚えた。

彼は、会った人物が「あるタイプ」の人種であった場合、漠然とながらも察知できる。

ただし、会った人物といっても、ちょっと顔を見た程度で判る訳ではない。

正確な条件は不明だが、会話したり、試合して取っ組み合ったりと、ある程度の繋がりが生じた人物に対してのみこの判定

能力は働くらしい。

理屈も判らず、「ピンと来る」としか言いようがないので、説明しろと言われても本人ですら困るのだが、とにかく同類で

あるかどうかを見分けられるこの能力は、原理は不明でも信頼に足る精度はある。

かつてダイスケが、ジュンペーが同類である事を見抜けたのも、さらに部活の先輩に恋心を抱いていた事に気付けたのも、

その先輩もまた自分と同類である事を看破できたのも、全てこの感覚のおかげであった。

そしてその感覚は、ジュンペーの後輩である獣人の片方、牛の方に対しても及んでおり、どうやら彼が同類か、あるいはそ

のケがある予備軍であるらしい事は察しがついていた。

言うべきかどうかしばし迷った黒熊は、

「その二人がさ、二人っきりになった時…、ジュンペー、そっと覗けないか?」

「え?二人きりの時?」

「うん。二人だけで他に誰も居ないトコを、こっそり覗けないか?」

「えぇと…」

ジュンペーは少し考える。

件の後輩二名は道場の戸締まり担当でもあるので、こっそり戻って確認する事は可能に思えた。

その事を聞いたダイスケは、恋人にアドバイスする。

「じゃあ、今度こっそり確認してみろ?何か言えないような困り事があったとして、二人きりの時ならその話もするかもしれ

ないだろ」

「なるほど…。ちょっと気が引けるけど、覗き見してみようか…」

ジュンペーは思案しながらそう呟くと、「ところでさ」と話題を変えた。

「先輩達帰ってきたらさ、ダイスケ、キイチ先輩に勉強教えて貰いなよ。オレより教え方上手いだろうし、オレも一人遊びの

時間取れるし」

「それ良いかもな。キイチ兄ぃ優しいから。ジュンペーと違って優しいから」

「そらようござんしたね」

そう応じつつも、果たしてそうだろうか?とジュンペーは胸の内で首を傾げていた。

あの小さく細い猫が、自らの恋人でありジュンペー達の先輩である超重量級の熊に対しては結構厳しいという事を、ジュン

ペーは知っている。

確かに優しいのだが、身内にそれなりに厳しい彼が、尻に火がついた状況にあるダイスケの甘えを許すかどうかはこの際別

問題に思えた。

小さく頭を振って気を取り直したジュンペーは、豪快にポテトを鷲掴みにし、口に押し込んでいる黒熊に訊ねる。

「ダイスケの方は次の主将とか決まった?」

「ん〜ん、まふぁ」

「オレの方もなんだよねぇ。教え方もそこそこ上手くて強い後輩は居るからさ、頼もうかなぁって思うんだけど…。それが件

の二人の片方なんだよねぇ…」

「ふぁ〜、ふぉへへほはっへはもふぁ」

「うん、困ってた」

ジュンペーはムッチリした両頬にポッテリした両手を当て、頬杖をついた。

「けどまぁ、アクション起こす気になったからかな?ちょっと気が楽になった。ありがとダイスケ!」

ニッコリと笑いかけられ、食べ物で口内を埋めているダイスケは「うぉふ!」とくぐもった返事をする。

「お礼に、今夜はい〜っぱいサービスするからさっ!」

ニンマリ笑った狸に、黒熊は照れくさそうに耳を倒しながら小さく頷いた。短い尻尾をモソモソと、椅子にこすりつけて振

りながら。

「あ、ダイスケ。口の横…、ここんとこにマヨネーズついてるよ?」

「ん?どこ?舐めて取ってくれたらいいのに」

「馬鹿言わないで自分で拭うっ!ひとが居るじゃないか…」

「…ここが無人島だったらなぁ…」

「無人島にはモフバーガー無いよ。きっと」



一方その頃、

「こんなうっさいのに、何でぜんぜん捕まんないんだよ!」

ミィワミィワミィワジィーと蝉の声が響き渡る雑木林の中で、秋田犬が叫んでいた。

半袖に短パン、麦わら帽子、赤味の強い茶色の毛を纏うその少年は、虫取り網を両手で携え、文字通り林立する木々を疲れ

た表情で見回している。

骨太で筋肉質のがっしりとした体つき。種の平均のみならず一般的な同年代の平均を下回る身長。背は低いが頑丈そうな、

力強い短躯である。

「ところで…、ねぇ、イヌヒコぉ…、なんで急にセミなのぉ…?」

すぐ後ろを歩む、小さな虫かごを左手にぶら下げた少年が、暑さに喘ぎながら訊ねた。

大きい、艶やかな黒毛の牛である。身長は高く、幅も厚みもある。

いささか肥満気味の体は、サイズ的には立派だが、顔の方はまだあどけなく、人の良さそうな円らな目をしていた。

成長途中でまだ短い角は、取っ組み合う部活の性質上、相手を傷つけてしまわないよう、尖った先端を削って丸くしてある。

彼らにすれば脱子供のシンボルである角を何らかの事情で削ってしまうのは相当辛い事なのだが、しかしおっとりしたこの

少年は、相手の事を最優先で考え、殆ど躊躇せず自らの角を丸めた。

そうまでしてでも、親友と一緒に柔道をしていたかったから。

犬の少年は、その名を上原犬彦、牛の少年は小牛田元という。

木陰とはいえ今日は湿度が高く、風もないので林の中もかなり暑い。

おまけに至近距離で反響しまくる蝉の声は、二人の体感温度をぐっと引き上げている。

「兄貴がさ、おれなんかには蝉捕まえられないっていうから…。意地?」

イヌヒコは口元を不機嫌そうにへの字にし、質問に答えた。

半開きの口から熱く濁った息を漏らしながら、ゲンはシャツの襟を掴んでバフバフと揺すり、胸元に風を送り込む。

「えぇ〜っ?何でそんな話になったの?」

「蝉とかさ、大声で鳴くのに夢中でこっそり忍び寄られても気付かないんじゃないかって、おれが言ったんだよ。そしたらあ

の馬鹿兄貴!「お前ぐらいちっちゃいと、そもそも蝉に網が届かないだろー」って!ああマジむかつくっ!」

「兄貴って、コマヒコさん?」

「いや、ちぃ兄ちゃん。コマ兄はそんな事言わないって」

「ああ、クヒコさんかぁ…」

ゲンは眉根を寄せ、体格の良い秋田犬の顔を思い浮かべた。

イヌヒコは三人兄弟である。

兄二人は骨太の立派な体格で背も高いが、三男坊のイヌヒコだけがどういう訳か小柄。

上の兄二人からすれば、一番下の小さい弟は可愛くて仕方がないらしい。

特に三兄弟の二番目、ラガーメンのクヒコは、事あるごとに小さな弟をからかう。

ゲンや他の友人から見れば、弟を可愛がってのからかいなのだが、イヌヒコ本人はその都度本気で苛々する。

そんな訳で、いつもの軽いからかいで本気になったイヌヒコは、かなり意地になって、判りやすいほどむきになって、蝉を

捕まえに来ていた。

もしも駄目だった時の事を考えて、あらかじめ背の高いゲンの協力を仰いでいる辺りから、背が低いから捕まえられないと

いう兄のからかいを真に受けているらしい事が窺える。

からかわれていちいち本気になるこういう所が「かわいい」のだが、イヌヒコはそれに気付けていない。兄のからかいから

の脱却はまだまだ遠そうである。

「それで、捕まらなかったらどうするの?」

「馬鹿言うなよ!捕まえんの!絶対!見返すの!馬鹿兄貴を!」

鼻息も荒くそうのたまったイヌヒコは、しかし直後にがっくりと肩を落とす。

「興奮したら…、なおさら暑くなってきた…」

「じゃあちょっと休もう?ぼくもバテ気味…」

二人は辺りを見回し、木々の間から覗けた林道に出て、道ばたの倒木に腰を下ろした。

道をふさいで倒れた物が隅に寄せられたのか、座るに手頃なサイズの枯れ木が横たわっているそこは、クヌギの巨木が腕を

広げた丁度真下になっており、日差しも直接は届かない。

林道を駆けてきた風が、二人の汗ばんだ体を心地よく撫でて乾かしてくれた。

尻側に吊していたポーチからペットボトルの茶を取り出し、二人はしばし涼を取る。

「ゲンのそれ、何?」

「麦茶。イヌヒコは?」

「ほうじ茶。ちょっと交換する?」

「それじゃあ…」

半分ほどに減ったボトルを交換して飲み始めた二人は、枝葉の間に見える空を見上げた。

「あ〜…、ひょっとして部活の時間が近い?」

イヌヒコは残念そうに呻き、横のゲンが「あと一時間ぐらい」と呟く。

「諦めるかな…。今日のところは」

「…明日もやる気なんだ…?」

「当然!蝉捕まえて目の前でミーミー鳴いて貰って馬鹿兄貴をぎゃふんと言わせてやるっ!」

拳を握り込むイヌヒコの隣、蝉誘拐は諦めるよう説得すべきかどうかぼんやり考えながら、ゲンは疲れた顔で茶を煽った。

「ぎゃふんって言うひと、見たことない…」

「だろ?レアだろ?言わさなきゃな!」

「…いや、ぼくはそういう意味で見たことないって言ったんじゃなく…。…まぁいいや…」

クラスメートであり親友、恋人同士でもある二人は、しばしその場で涼んだ後、林道をたどって引き返し始めた。

夏休みに入り、より稽古がハードになった部活へと向かうべく。



スターンと、畳を打つ景気の良い音が道場に響き渡り、

「一本!」

審判を務めていた人間女性の顧問が、素早くその手を上げた。

「っし!」

吐息と声の中間の音を口から漏らし、ジュンペーは開始位置に戻る。

対して、たった今綺麗な内股で投げられたイヌヒコは、悔しげに口元を引き結びながら狸と向き合った。

東護中学校の柔道場で、部員達は今日も稽古に汗を流している。

全国大会出場を決めた主将、ジュンペーは、現在中学最後の大舞台に向け、追い込みに入っている。

極端な上がり性で以前はちっとも勝てなかったジュンペーだが、ある先輩のおかげでそれを克服した今では、どんな大舞台

でも、どんな強敵を前にしても、体が動かなくなる事は無くなった。

そして今や部内どころか、地区内の同階級には太刀打ちできる選手が居ない程の名選手に成長したジュンペーは、しかし賛

辞を送られるたびに微妙な半笑いを浮かべる。

東護柔道部の黄金時代を築いた、自分の二つ上、一つ上の偉大な先輩達に比べれば、まだまだ強い選手とは言えないと謙遜

して。

そのジュンペーが、同時期の自分より強いと太鼓判を押すのがイヌヒコである。

現時点ではまだ差があり、イヌヒコはまず勝てないでいるが、着実に差が詰まって来ているというのが他ならぬジュンペー

の感想であった。

そんなイヌヒコに次の主将として部を引っ張って行って欲しいと狸は思っているのだが、ダイスケに相談した通り、時折見

せる不審な態度が気になっている。

他の選手と交代したジュンペーは、ゲンと言葉を交わすイヌヒコを眺めていたが、視線に気付いた二人がぱっと離れ、急に

それぞれストレッチしたり応援の声を発し始めたりすると、その変化に眉根を寄せた。

(仲が良いところを見られたくない…。そんな感じ?うっかり忘れて親しくしてて、視線に気付いてパッと離れる…。毎回こ

んな風だもんなぁ…。もしも先輩方だったら、スパッと理解できるのかな…)

二つ上のオジマに、一つ上のイイノ。どちらも自分より適任の主将だったとジュンペーは考えている。

一年近く主将としてやって来たものの、それでもまだ、自分が主将らしく振る舞えているという自信は持てない。

それ故に、何が起こっているのか判らずに目にする二人の行動で、若干ナイーブになっていた。

ただでさえ最後の舞台となる全国大会が迫っている今、余所事に気を取られている場合ではないのだが、それでも気になっ

て仕方がない。

(やべ…。タヌキ主将またガン見してたよ…)

(ば、ばれてないよね?試合の事話してただけだし…)

一方、それぞれ胸の内で呟くイヌヒコとゲン。

実は、二人が最も警戒しているのは、他の誰でもなくジュンペーの視線であった。

単純に気になっているジュンペーの眼差しが、言えない秘密を抱えた二人には、疑惑の眼差しに見えている。

ジュンペーの視線に気付いて二人が離れる。

そんな風に二人が離れる過剰反応を、ジュンペーが気にする。

そしてジュンペーが気にするので、二人はますます過敏になる…。

もはやきっかけが何だったのか判らない、双方揃って気付かぬ悪循環であった。

事情を知るダイスケ辺りが観察すれば、この三名の間でのみ該当現象が起きている事に気付けるのだろうが、いかんせん当

事者達には客観的に見ることができない。

今日も疑惑と警戒心をそれぞれの胸に抱いたまま、しかし全く顔には出さずに、三人は緊張しながら稽古を続けた。



「主将ってさぁ、アレ、おれ達の関係疑ってる目?」

皆が帰った後の、静まりかえった更衣室で、イヌヒコはパンツを脱ぎながら呟いた。

「どうだろう?でも、前はこんな事無かったよね?じーっと様子窺ってるなんて…」

気になるのか、へそ脇の腹肉をむにっと掴んでみながら、鏡を眺めているゲンが応じる。

そして二人は、同時に深々とため息をついた。

「ごめん、ゲン…。覚え無いんだけどさ…、疑われるような原因があったとしたら、おれかも…」

「え?そ、そんな事…」

ゲンが驚いて振り向くと、背中を向けたままのイヌヒコは肩を落とした。

「ゲンと違って、おれ、切り替え下手だし…、ゲンと違って粗忽者だし…。うっかり主将の前で「恋人」としてのアクション

取ったりしてたのかも…」

「そ、それは無いと思うよっ!?い、イヌヒコはきちんと気をつけてくれてるし、ぼくだって気付かなかったんだから、そん

な事してるわけ…」

「でも、もしかしたら二人揃って気付いてないだけで、疑わしい事があったんじゃないのか?でなきゃ主将もあんな風に見な

いだろ?…くそっ!軽はずみなのは前からだけど、自分に腹立つ!」

すっかり自分のせいにしてしまったイヌヒコは、苛立たしげに戸を開けて、足取りも荒くシャワールームに入って行く。

「ま、まだ疑われてるって決まった訳じゃないよイヌヒコ!」

ゲンは慌ててトランクスを脱ぎ、カゴに放り込みつつ足早にイヌヒコの後を追った。

以前、ちょっとした事からゲンを毛嫌いし、後に和解したイヌヒコは、その一件以来ゲンに対して極めて強い保護意識が働

くようになった。

大事にしている。というだけでは単純に表現できないそれは、時にイヌヒコを番犬染みた行動に駆り立てる事もある。

希にゲンが忘れ物をした際、試合で良い所無く負けて落ち込んでいる際、擦り傷を作って涙ぐんでいる際など、ちょくちょ

く発揮されるそれは、今回も当然首をもたげている。

もたげているどころか屹立している。

かつてない危機に繋がるかも知れない事態を、自分の不注意で招いた…。そう考えて自分に腹を立てている。

ゲンに原因があるかもしれないなどとは微塵も考えていない。慎重なゲンではなく自分の方に原因があるに違いないと、最

初から決めつけている。

乱暴に椅子を引いて腰を下ろし、熱いシャワーを頭から被って項垂れるイヌヒコに、ゲンは後ろからそっと近付き、真後ろ

でぺたんと正座する。

「ホモだって疑われてるとは限らないよ…。主将には、ぼくらが思ってるような事じゃなく、何か別に気になってる事がある

のかもしれないし…。ね?イヌヒコ…」

「…ん…」

くぐもった声で返事をした恋人の背に、ゲンは大きな手をそっと置いた。

「気にしないで?元気出そう?ね?これからも気を付けていけば良いだけなんだから…。ね?」

慰め、励ますようなゲンの言葉で、自分を責めていたイヌヒコは、その憤りを少し鎮め、徐々に落ち着きを取り戻す。

周囲を見ずに突っ走りがちなイヌヒコは、こうしてゲンが後ろからそっと袖を引くような調子で声をかけると、そこで改め

て自分と周囲を見つめ直せる。

逆に、やや臆病で慎重すぎるきらいがあり、フットワークが重いゲンは、イヌヒコのペースでやや強引に引っ張られる事で

人並みの積極性を発揮できる。

対照的な性格の二人は、しかし二人揃う事でお互いの欠点をカバーしあい、長所を活かしあえる、今では極めて相性の良い

ペアとなっていた。

「こうなったら、タヌキ主将に直接訊いてみるのも手か?」

「え?直接?」

自分が考えもしなかった積極的な方法を口にするイヌヒコの背中を、ゲンは驚きの表情を浮かべて見つめる。

「そりゃあさ、あんまりストレートな聴き方はさすがに無理だよ?「おれ達の事、ホモかもって疑ってるんですか?」な〜ん

て事、いくらおれでも訊かないから安心しろって」

「あはっ…!さすがにそこまでは思ってないよぉ…」

冗談めかして言ったイヌヒコに、ゲンは苦笑いを浮かべて応じた。

「で、だぞ?もしもこっちから訊くとしたら、どんな風に探り入れるのがいいかな?」

「え?えぇと…。…ぼくらの事見てるんだから…、「態度悪かったですか?」とか、「もしかしてまずい事やっちゃってます

か?」とか、そういう風に訊いてみるのが良いんじゃないかな…?もしかしたら本当にそういう事で見られてるのかもだから、

案外あっさり納得のいく答えが貰えるかも…」

「なるほど。かまもかけられるって訳か…。さっすがクラス一の秀才。頼りになるなぁ」

「そ、そんな事…!」

意見を貰ったイヌヒコが、やる気を出してうんうん頷くと、ゲンはその背にぴたっと密着した。

「ごめんね?イヌヒコ…。ぼくと付き合ってるせいで迷惑かけ…ふがっ!?」

唐突に首を巡らせ、肩越しに手を伸ばしたイヌヒコは、ゲンの鼻を摘んで言葉を遮る。

「ソレは言いっこ無し!だろ?おれだってゲンの事好きで好きで大好きなんだから。そもそも、恋心の方の「好き」を教えて

欲しかったのは、おれの方なんだから」

ビックリして目を丸くしていたゲンは、鼻を摘まれながら照れくさそうに微笑んだ。

「ところでゲン」

「ん?なぁに?」

鼻から手を離したイヌヒコは、ニヤリと笑った。

「ちょっと下見てみ?勃起、しちゃってるぞ?」

素早く視線を下に向けたゲンは、いつの間にか勃っていた逸物に気付くと、股間を押さえて大きな体を縮めた。



(もうそろそろ、皆帰ってるかな…)

帰ったふりをしながら、実は道場の脇でじっと浴室の灯りを眺めていたジュンペーは、足音を忍ばせて入り口に寄る。

実は、それなりの長時間ヤブ蚊と散々格闘して辟易していたりもする。痒みと飽きで待つのも限界であった。

道場内に気配がないか注意しつつ玄関と下駄箱に視線を走らせ、期待通り二人分の靴が残っている事を確認したジュンペー

は、緊張からにわかに渇いた喉をゴクリと唾を飲み込んで湿らせ、更衣室目指して静かに進み始めた。

抜き足差し足忍び足、丸っこい体を壁に沿わせ、角に潜め、ドアに密着させ、たどり着いた更衣室前で中の様子を窺う。

緊張で胸を高鳴らせながら戸に手をかけ、慎重に引き、僅かな隙間を作ったジュンペーは、その丸みを帯びた耳をピルルッ

と小刻みに震わせた。

ジュンペーの耳は水音をキャッチしていた。さーっと鼓膜をくすぐる聞き馴染んだシャワーの音と、それに混じる、ややく

ぐもって響く話し声を。

(シャワー中か…。これじゃあちょっと聞き取り辛いな…)

出て来るまで待つかどうか迷ったジュンペーは、しかしくぐもって聞こえて来る二人の会話に混じった、あるキーワードに

反応した。

会話全体は浴室内の反響とシャワーのノイズ混じりで理解できないとはいえ、そのワードだけはポンと切り取られたように

識別できる。

なにせ、生まれてからこれまで数え切れないほど呼ばれてきた自分の名字であり、種名なのだから。

(今、確かにタヌキって言ってたよな…?オレの事?)

更衣室内にまで入るのはまずい。出て来られてしまった時に逃げるのが難しい。

そう、ジュンペーの中の冷静な部分は訴えるのだが、躊躇したのも束の間、結局は「確認しなければならない」という気持

ちの方が強くなった。

丸い狸はこっそり戸を開けて更衣室に入り、浴室の曇りガラスに近付く。

壁にぴたりと身を寄せて、ガラスに影が映らないよう注意しつつ、耳をそばだてたジュンペーは…。



顔を斜めに傾けて重ね合う、お互いのマズルを咥え込むような、極めて濃厚なキス。

軽いハグですっかりその気になってしまった二人は、改めて床に座り直し、密着して頬を寄せた。

二人の股間では、興奮で逸物が勃起している。

イヌヒコの逸物は平均サイズだが、テーピングを利用した剥き癖付けトレーニングの甲斐あって、仮性包茎卒業間近。今で

は勃起すれば剥けるようになっている。

一方でゲンのソレは、皮こそ被っているものの、体格に見合って太く大きい。

湯を吸ってぺたりと被毛が寝たイヌヒコの背中を、ゲンはそっと、ゆっくり、手の平で撫で回す。

身長の割に筋肉の量が多く、がっちりしていながらコンパクトに引き締まったその体が、ゲンには常々頼もしく思えていた。

例え自分より小さい体でも、イヌヒコの体は力強くてエネルギッシュで、いかにも男らしい。

逆にゲンは、太り気味の自分の体を少し恥ずかしく感じている。たるんでいて格好が良くないと。

黒牛の体はイヌヒコと違い、稽古で付けた筋肉の上にも、プニプニした皮下脂肪がこんもりと乗っていた。

しかもイヌヒコは自分にはないその手触りを楽しむように、張り出した胸やむっちりした脇腹、そしてポヨンと出た腹を撫

でたり揉んだりするので、ゲンはその都度顔を熱くさせる。

「これこれ、このボリューム感と手触りが何とも…」

イヌヒコが口元を緩めながらわきわきと指を動かし、くすぐるようにして胸を揉むと、ゲンの口から「あんっ…!」と切な

げな息が漏れた。

乳首に触れられての反応なのだが、まだその手の知識に疎い二人は、ゲンのそこが特別敏感である事も、刺激に反応してし

まう理由も良く解らない。

イヌヒコはやがて、太く立派なゲンの逸物にそっと手を伸ばした。

熱く脈打つそれをそっと握り、ひくんと跳ねるように反応した事に気を良くしたイヌヒコは、またゲンと唇を重ねて、ゆっ

くりとピストン運動を開始した。

「はっ…、はっ…、はっ…」

ゲンの息遣いが次第に早く、荒くなり、全身を覆う黒い被毛とその下に重なる皮下脂肪が、陰茎をしごかれる振動でタプタ

プと揺れる。

逸物をしごきながら胸も揉むイヌヒコは、その動きに夢中になるあまり、快感に酔いしれたゲンが手を伸ばした事に注意が

向かなかった。

股間に入ったゲンの手が陰茎を握ったその瞬間に、イヌヒコは初めて気付き、腰を浮かせた。

「あっ!ちょ、まっ!まだ早いってゲンっ!」

慌てるイヌヒコの陰茎は、しかし時遅く、ゲンの大きな手に握られてしまっている。

「は、早くないよぉ…。ぼ、ぼくも…、イきそうだから…」

とろんと弛緩した顔でそう言いながら、ゲンは手を動かし始めた。

「なっ!?んっ、くぅっ…!」

既に大量の先走りで先端から根本、睾丸までがヌラヌラと濡れていたイヌヒコの肉棒は、ゲンの手と擦れ、クッチュクッチュ

と湿り気のある卑猥な音を響かせ始める。

手の中で脈打ち、ヒクヒクと跳ねるイヌヒコの肉棒に強い愛しさを覚え、ゲンは興奮とペースを加速させてゆく。

堪えるようにきつく目を瞑ったイヌヒコは、刺激に耐えながらもゲンへの愛撫を続行する。

イヌヒコは極めて敏感で、早漏である。

シチュエーションで興奮し過ぎた場合などは、本番に入る前、パンツを脱ぐ際にこすれて射精してしまう事すらあり得る。

そのため、相互オナニーの際にもしごかれるのはゲンが必ず先で、さらに時間差作戦をとるのが二人のスタンダード。

元はといえば、「亀頭を剥き出しにしておけば自然に鍛えられて、鍛えられれば早漏も改善されるだろう」との事からテー

ピング矯正法で露茎を目指したのだが、どういう訳か速射性は増すばかり。真の意味で一皮剥ける日はまだまだ遠いという有

様である。

絡み合う二人の息が近距離で混じり、順当に頂きに達しようとしているゲンと、三段跳びで急速に駆け上がるイヌヒコの

限界点到達はほぼ同時であった。

「あっ…、あっ…!イヌヒコぉ…!ぼく、ぼく…、じんじん…するぅ…!」

「ゲンっ!ゲンっ!おれもっ!おれもだよゲンっ!あ、あひゅっ!」

「あ、あああっ!漏れ…ちゃ…!」

「ひっ!?いぐぅうううっ!」

二人の息は同時に止まった。そして射精も同時におこなわれた。

二人の間でピュクッと跳ねた白い体液は、互いの腹を、腿を、股間を汚しあう。

タイルにパタタッと散った精液は混じり合っていて、もはやどちらのものとも判別できない。

肩を合わせ、首を乗せ合うようにして互いの体にぐったりともたれかかり、射精を終えた二人は余韻に浸った。

舌を出してハカハカと浅い息を吐きながら、イヌヒコはゲンに囁きかける。

「ど、どうだった…?」

「ん…う…、気持ち…良かった…」

「おれも…。ゲン、上手過ぎ…」

「ふふっ…!そんな事無い…ん?」

気の抜けたような顔に微笑を浮かべたゲンは、ふと視線を巡らせた。視界の隅に、何か捉えたような気がして。

「あ」

「あ」

ゲンの口から、次いで浴室の戸を少し引いて覗いていた者の口から、続けざまに声が漏れた。

「あ」

遅れて首を巡らせたイヌヒコの口からも、短い声が漏れる。

曇りガラスがはめられた戸の端、壁に半分隠れて屈んでいる何物かのシルエットが見えていた。

「誰だっ!?」

膝立ちになったイヌヒコは、ビックリして固まっているゲンの頭を両腕で護るようにして抱きしめ、誰何の声を上げる。

これに驚いた覗き犯は、わたわたと立ち上がった。

が、ずっと同じ姿勢で行為の一部始終を覗き見していたせいで脚が痺れており、バランスを崩して引き戸に手をかける。

支えを求めながらも、無情にスライドした引き戸に肩すかしを喰らった格好で、覗き犯は太鼓腹から足拭きマットにべしゃっ

とダイブした。

からららっ…と物悲しい音を立てて滑り、全開付近まで開いた引き戸の向こう、足拭きマットの上に俯せに突っ伏している

人物の姿を確認し、イヌヒコの目が皿のようになった。

「タヌキ…主将…?」

顔をマットに押し付け、突っ伏したまま固まっているジュンペーの太い尾が、名前を呼ばれてビコッと勢いよく垂直に立つ。

先輩に見られた…。そんな強烈な衝撃で、イヌヒコとゲンは声も出なくなっている。

ひしっと抱き合う二人の股間で、射精直後の逸物が、そろってみるみる縮んでいった…。



数分後。

更衣室の床に、三人は正座していた。

並んで座るイヌヒコとゲンが、ジュンペーと向き合う格好である。

部屋には気詰まりな沈黙が満ち、気まずそうに耳を寝せて項垂れた三人は、しばし顔を上げようともしなかった。

長い長いその静寂が破られたのは、実に五分以上が経過した後の事であった。

『あのっ!』

異口同音。その言葉は、意を決して全く同時に顔を上げた三人の口から、これまた全く同時に上がった。

「あ…、主将、どうぞ…」

「どうぞ…」

「いやそっちからどうぞ…」

どうぞどうぞの譲り合いを繰り返した後、結局折れたジュンペーが、コホンと小さく咳払いした。

「えぇとその…、何て言うか…、マジでゴメンナサイ…」

ボソボソ言いながら、丸い狸は小さくなって項垂れる。

「最近ほら、ちょっと態度おかしいなぁとかこう…、お、思っててね…?それでオレ…、二人に何か悩み事とか困り事とかあ

るのかなぁって…、気になってて…。二人きりの時なら、何かこう原因が判るような会話があるかなぁと…、それでまぁ…、

覗き見と盗み聞きトライしてみたんだけど…」

ジュンペーはチラリと後輩達を上目遣いに見遣り、再び項垂れた。

「まさかその…、あんな事になってるとは夢にも思わなかったから…」

「主将っ!」

黙って聞いていたイヌヒコは、そこで我慢の限界が来たように顔を上げ、身を乗り出した。

「さっきのアレ、おれが原因なんですっ!」

「イヌヒコっ?」

ゲンが驚いたように口を開いたが、イヌヒコはキッと一瞥して黙らせる。

「お、おれ!おれホモなんですっ!それで、ゲンの事が好きでっ!ゲンは嫌がってたけど、無理矢理こういう関係にしてっ!

だからゲンは、ゲンは普通でおれだけホモでっ!」

早口でたどたどしく訴えるイヌヒコの横で、ゲンは顔を引き攣らせた。

(イヌヒコ…、嘘を…!ぼくを庇って、全部一人で背負い込もうとして…!)

イヌヒコが必死になって自分を庇ってくれている事は判ったが、実際には元々ホモだったのはゲンの方で、イヌヒコはそれ

に合わせて努力し、ホモになったというのが実情である。

それなのにこのような形で庇われてしまうのは、ゲンにとっては嬉しいどころか申し訳なかった。

「ち、違うんです主将っ!イヌヒコのは嘘です!ほ、ほほ本当はボクがホモで、イヌヒコはボクに合わせて…」

「馬鹿!黙ってろゲン!」

慌てて遮りにかかったイヌヒコに、ゲンは珍しく食いついた。

「黙ってるのはイヌヒコの方っ!ぼくがホモで、イヌヒコはそれに付き合ってくれただけじゃないっ!」

「馬鹿馬鹿馬鹿っ!違うだろ!?本当のホモはおれでゲンは偽物で…」

「偽物はイヌヒコでしょ!?主将っ!ぼくがホモです!」

「いや主将っ!おれがホモですっ!騙されないで!」

ケンケン言い合う二人の前で、しばしポカンとしていたジュンペーは、ハッと我に返ってかぶりを振った。

「あ、あの…。なんかもうこんな状況になっちゃったからぶっちゃけるけど…。オレ、ホモだから。だからそんな必死に庇い

合わなくて良いから」

さらりと言ったジュンペーは、ピタリと動きを止めて静かになった二人を交互に見遣る。

眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いたゲンとイヌヒコは、金魚のように口をぱくぱくさせる。

「そう。ホモです。はい。オレが」

声も出せなくなった二人が言いたい事を、それでも何とか察したジュンペーは、ウンウンと何度も頷いた。

「実は彼氏も居ます。うん。去年から」

一体どうやって意思疎通しているのか、それは反芻でもしているのかと問いつめたくなるような仕草で声を出さずにグモグ

モと口を動かすゲンに、ジュンペーは暴露する。

「え?ダイスケダイスケ。いやほらクマミヤ。黒熊の。そう」

小刻みに震える口をカッパンカッパン開けたり閉じたりしているイヌヒコに、ジュンペーは打ち明ける。

「う…」

「う…」

『うそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

ゲンとイヌヒコの口からやっと出た声は、見事にハモっていた。



「ダイスケさぁ、もしかしてあの二人がオレ達のお仲間だって、気付いてた?」

「ん?「かもしれないなぁ」ぐらいには。違っててもアレだからはっきり言えなかったけど」

その夜、ジュンペーの家に泊まりに来たダイスケは、胸の上に顎を乗せて訊ねてきた恋人に、天井を眺めながら言葉を選ん

で応じた。

ダイスケは、ゲンがホモだという事はほぼ確信していた。

だがイヌヒコについてはその限りではなく、背後の正確な事情は読み取れなかった。

それ故に、正確に判っている訳でもない状況で、ジュンペーに直接的で強い憶測の混じったアドバイスをする事は避けたの

である。

先入観を持って観察した場合、事実を歪んで捉えてしまう事もあるかもしれないと危惧して。

実際には、考えるのが苦手な黒熊は、理路整然とこのように考えた訳ではない。

ジュンペーに先入観を植え付けるような事を言うべきではないと、漠然と感じ、あの形でのアドバイスにしたのであった。

仰向けに寝ている黒熊の、肉付きの良い厚い胸にしなだれかかったまま、ジュンペーはため息をついた。

「なんかさぁ…。二人が警戒してたのって、他の誰でもないオレの視線に対してなんだって…。なんだよソレ?って感じ…。

オレは二人の態度がおかしいって思ったから注意するようになったのに…。鶏が先?卵が先?っていうあのパラドクスみたい

だよ…」

「ふぅん…」

パラドクスという言葉自体が理解できず、しかしいつものように「まぁどうでもいいや」と考え、気のない相槌を打つダイ

スケ。その顔を覗き込み、「けどまぁ…」とジュンペーは苦笑いした。

「お仲間発見だね。嬉しいビックリだよ!」

「だなぁ」

「今日は遅くなるから途中で話切ったけどさ、明日また落ち着いて話をする事にした。そのうち改めてダイスケにも紹介する

からね?」

「ああ。…あのさジュンペー」

「うん?」

「さっきから太腿に硬いモノが当たってんだけど?」

「あ、バレてた?」

ダイスケの言葉を受け、ジュンペーはペロッと舌を出す。

ジュンペーに半分体を重ねられ、のしかかられる格好になっているダイスケの太腿には、狸の股間が密着している。

狸特有のたふたふした大玉袋に加え、硬くなった肉棒の感触は、お互いパンツ一枚のこの状況では隠しようもない。

「じゃ、ムラムラの限界点近いから、そろそろ初めても良い?」

催促するような目を向けてきたジュンペーに、ダイスケはやや恥ずかしげな微苦笑を浮かべながら頷いた。

そして二人はそっと顔を寄せ、唇を重ねる。

互いの舌をまさぐりあい、背中に回って軽く締め付けて来たダイスケの腕の感触を味わいながら、ジュンペーは胸の内で呟

いた。

(ありがと、ダイスケ…!)

夏休みに入ったから。というのとはまた別の理由で、今日のジュンペーは積極的であった。



「尻、久々だけど平気か?」

四つん這いになったジュンペーの後ろで、ダイスケが声をかけた。

「うん…。おっけぇ…」

恥じらうジュンペーの太い尻尾は、黒熊の手でギュッと掴まれ、上に持ち上げられている。

既に舌で愛撫されたジュンペーの肛門は唾液で濡れており、刺激を期待してか、ヒクヒクと痙攣していた。

ダイスケは自分の指をしゃぶり、しっとりと唾液で湿らせる。

黒熊の太い指はジュンペーの尻にはややキツい。入念に湿らせておかないと、ジュンペーが痛がるのである。

「入れるぞジュンペー」

「う、うん…」

頷いたジュンペーは、意識して力を抜く。

唾液で湿らされた肛門は、ひたりと押し当てられた指に反応して一度すぼまったが、ダイスケが慎重に、少し力を込めると、

その先端をゆっくりと受け入れ始めた。

つぷっ…づっ…ぷぷぷっ…

「あっ…、あっ…!あーっ!入って来る…!んっ…!入って…来るぅ…!」

ゆっくりと侵入してくる異物の感覚に、ジュンペーは鼻にかかった声を上げた。

やがて、ダイスケの指は根本まで埋没し、肛門をほぐすように軽くぐりっと角度を変えると、ジュンペーは「あっ!」と声

を上げ、全身の毛を逆立てた。

「あ、触ってる…、そこ、触ってるよぉ…、指ぃ…!」

動かした拍子にポイントを刺激されて声を震わせるジュンペーの後ろで、ダイスケは口元を綻ばせつつ、両脚の間にぶら下

がっている狸の睾丸に、そっと下から手を当てた。

特大玉袋をたふたふと揺すられ、尻の中をゆっくりとかき回され、ジュンペーは喘ぎながら身震いした。

「だ、だめ…、だめソコ…!」

前立腺を指の腹でグリグリと刺激され、ジュンペーは上体を支えていた腕を折り、ばふっと枕に突っ伏す。

その体勢の変化によって、上がったままの尻も角度を変え、心持ち上向きになった。

弄りやすくなったダイスケは、切なそうにも聞こえるジュンペーの喘ぎ声で気を良くしながら、グリグリ、グリグリと指を

動かし続ける。

「ここどうだ?ジュンペー。こうか?こうすると良いか?どうだ?感じる?」

ダイスケの答えにも、しかしジュンペーはろくに返事ができない。

アナルオナニーの刺激に反応し、半勃ちの陰茎からはたらたらと透明な汁が垂れ、シーツに落ちている。

呼吸は徐々に荒くなり、自重で垂れた腹はふいごのように上下し、波打った。

「ははは!ポヨンポヨンだなぁジュンペー」

ダイスケは面白がって股の下から手を入れ、水の入った袋のように柔らかい腹に手の平を当てると、タプタプと弾ませるよ

うにして揺する。

「だ、ダイスケの方が…!お、お腹そのもののボリュームはあるじゃないか…!体重だってオレよりずっと重いくせに…!」

「でもジュンペーも相当だぞ?ほらタプタプ」

「や、は…!やめっ…!お、お腹揺すられるとっ…、な、中に響いて…!あんっ…!」

腹に圧をかけられて刺激の質が若干変わったのか、ジュンペーはブルルッと身震いし、両腕で抱え込んだ枕をギュッと抱き

締め、顔を埋める。

ますます気分が良くなったのか、ダイスケは満面の笑みを浮かべ、ぬるぬるに湿ったジュンペーの陰茎を掴んだ。

「可愛いぞジュンペー。今、もっともっと、気持ちよくしてやるからな?」

ご機嫌なダイスケは、ジュンペーの短い包茎肉棒をクッチュクッチュとしごき始めた。

器用にも普段と逆のピストン運動を、たどたどしさを全く見せずに行うダイスケ。

それもそのはず、実はこの体勢での愛撫に備え、自室でこっそり練習していたのだから。

妙なところで努力家で生真面目な黒熊は、しかし進学が危ぶまれるほど残念な期末テストの結果を受けてもなお、自室で自

発的に普通の勉強をする事は皆無だったりするので、決して褒められたものではない。

「あっ!あっ!だめっ!駄目ダイスケっ!そんな…はひっ!激しく、されたらぁっ!イっちゃうっ…!出ちゃうぅううっ!」

前と後ろを同時に責められ、肛門と睾丸の間に痺れるような疼きを覚えながら、ジュンペーはあられもない声を上げる。

「ひんっ!ひっ!す、すご…!来て…るぅっ!ジンジンっ!してっ!あ、あああっ!オレ、オレもぉ、漏れっ…!ひぃんっ!」

ジュンペーの反応に気を昂ぶらせ、ダイスケもまた興奮し、自らの腹や胸すら揺するほど激しく、恋人の陰茎をしごきたて、

息を荒らげる。

激しい愛撫でジュンペーの体は揺さぶられ、狸らしいむっちりした臀部が、豊満な腹肉が、垂れた胸が、タプタプ、タプタ

プと波打ち揺れる。

高く上げた尻を支える膝は小刻みに震え、もはやいつ腰がストンと落ちても不思議ではない有様。

「はっ…!はっ…!ジュンペー…!ジュンペー可愛いぞっ…!ここか?ここ、感じるのか?ジュンペー!」

「だ、ダイスケぇ…!ダイスケぇ…!も、もう…、だ、駄目ぇ…!出…るぅ…!」

「いいぞ!はぁっ!いいぞジュンペー!出してもいいぞ!」

興奮で鼻穴を膨らませ、息を弾ませているダイスケは、ジュンペーの尻の中に潜り込ませた中指を睾丸に向かって折り返す

ように曲げ、陰茎をしごく手をややきつめに握り直す。

根本から先端に向けて絞るように変えられたピストン運動で、ジュンペーはついに絶頂を迎えた。

「ひっ…!あひぃいいいいんっ!」

鼻にかかった切なげな声を漏らし、ジュンペーは縋るものを求め、無意識に枕をきつく抱き締める。

その股間で、まるで牛から搾乳するように肉棒を扱っていたダイスケの黒い手を、迸った精液が白く汚した。

黒熊の大きな手をべったりと汚し、溢れてバタバタとシーツに滴る濃い精液。

濃厚な種汁の香りがむわっと立ち昇り、ダイスケの鼻腔を刺激した。

「どうだ?良かったか?オイラ、ちゃんと気持ちよくできたかな?ジュンペー?」

確認を取りつつ、尻に突っ込んだままの指をクイックイッと動かすダイスケ。

「はひゅっ!?だめぇっ…!動かしちゃだめぇ…!」

「あ。ごめん」

ダイスケは詫びつつ指をチュポンッと抜き、ジュンペーに「ふひぃんっ!」っと甲高い声を上げさせる。

直後、力尽きた腰ががくんと落ち、狸はべしゃっと布団の上で潰れた。

「どうだジュンペー?満足できた?」

「ま、満足ぅ…!」

四つん這いで横に回り、顔を覗き込んで来た黒熊に、汗だくの狸が喘ぎ喘ぎ応じる。

「満足か。そうかそうか!満足か!…ふぐっ!?」

腕組みし、自らも満足気に口元を綻ばせてウンウン頷いたダイスケは、突如言葉を切って呻いた。

うつ伏せのままのジュンペーの手が伸びて、親指をへそにつっこみ、残る四本の指を下腹部についた段の下に入れて、挟む

ようにしてダイスケの腹肉を摘んでいる。

さらにそのままタプタプと軽く揺すり、他人の事を決してどうこう言えない有様の、ダイスケの脂肪の厚みをアピールして

いた。

「へ、へそに指入れるなよジュンペー!シッコつまるだろ!?」

「さっきさんざんからかってくれたお礼。…おしっこ以外の物、盛大に漏らして頂きましょうかぁ…?」

薄ら笑いを浮かべるジュンペーの目がヌラっと嫌な具合に光り、ダイスケは怯えた様子で首筋の毛をゾワッと逆立てた。

「ちょ、ちょっと待てジュンペー。インターバルインターバル。な?ここらで一息入れて落ち着いて…ひごぉっ!」

少年達の夏の夜は、長い。



「一本っ!」

ジュンペーがさっと手を上げ、身を起こしたダイスケは「ふうっ…」と息を吐きながら乱れた柔道着の襟を整える。

畳の上に大の字になった秋田犬は、天井を見上げながら目をまん丸にしていた。

「つ、つえぇ…!」

ここはジュンペーとダイスケが稽古に利用している、寺の敷地内にある柔道場である。

ちょっと言えない裏事情発覚事件から数日後、後輩二名をこの柔道場に案内したジュンペーは、自らの恋人であるダイスケ

を改めて紹介し、ついでに自分達がおこなってきた秘密の稽古についても話をした。

当初ジュンペーは、この道場についてはダイスケと二人だけの秘密の場所にしておきたかった。

だが、黒熊の方は是非とも二人にも教えて欲しいと訴えたのである。

以前ここで柔道教室をしていた、今は亡き師も、きっと賑やかな方が嬉しいだろうからと言って。

結局ジュンペーは折れて、柔道着を持参させた二人をダイスケに会わせた。

そして今、ダイスケ曰く「挨拶代わり」の、階級無視の模擬試合をおこなっている。

「そりゃー強いさ。当然。ダイスケだって全国出場選手なんだから。ちなみにオレもそうそう勝てないんだぁ」

ジュンペーがカラカラと笑い、ダイスケは肩を竦める。

「ジュンペーとじゃオイラが有利だからな。階級上だから。けど上手さならジュンペーに敵いやしないぞ」

腹筋の要領で身を起こしたイヌヒコは、正座して試合を見守っていた黒毛和牛に視線を向けた。

「初めてやったけど…、ゲンがこれまで一回も勝ててない訳が身に染みて判った…。鬼強ぇ…。アブクマ先輩かっての…!」

真面目な顔でコクコクと頷くゲンと、驚愕抜けやらずにブツブツ言っているイヌヒコを交互に見遣った後、

「はっはっはっ!それは評価し過ぎだぞ?オイラはそこまでじゃないなぁ、…今のところはだけど」

耳を倒したダイスケは、腹を揺すって豪快に笑った。

「よーっし、それじゃあ次はオレとコゴタ!ダイスケ、審判よろしく」

「は、はいっ!」

「うん」

立ち上がった黒牛と狸は、畳の上で向き合った。

間に立った黒熊がはじめの合図をかけ、黒毛和牛と狸は両手をバッと広げ、気合の声を発した。

少年達の熱く朗らかでデリケートな夏は、まだ始まったばかりである。