「球磨宮大輔の願い」

バスを降りて、歩道をドスドス走りながら腕時計を見る。

…結構早く家を出たのに、もう待ち合わせ時間の五分前になってる。

今日に限って渋滞でバスが遅くなった。まだ遅刻じゃないけど、あっちはいつも早いんだよな…。

息を切らせてショッピングモール前の広場に駆け込むと、…やっぱりもう居た。

 小太りの狸獣人が、時計塔の前の花壇の縁に座ってる。

「ごめんジュンペー!待ったか?」

駆け寄りながら声をかけると、狸獣人はオイラに気付いて立ち上がって、黒い丸に縁取られた目を細くして笑った。

「ううん。まだ時間前だよ。オレが早く来過ぎただけ」

この狸獣人、名前は田貫純平(たぬきじゅんぺい)。学校は違うけど、オイラの友達。

「まだ時間あるし、ゲーセン寄って行こうか?」

「うん」

時計塔の針を確認して出されたジュンペーの提案に、オイラは迷わず頷いた。

柔道以外の殆どのスポーツも、そして勉強もからっきしのオイラだけど、クレーンゲームとレースゲームならそこそこ自信

ある。良いトコ見せられるチャンスだ。

…って言っても、大概のゲームはジュンペーの方が上手いんだけどな…。

オイラはジュンペーと並んで歩きながら、いつもみたいに少し早くなってる鼓動を感じていた。

オイラは球磨宮大輔(くまみやだいすけ)。南華中二年、柔道部の主将をやってる黒熊。

今日はジュンペーと二人で、今話題の映画を見るために、このモールに来た。

普通の、何でもない友達同士で遊びに来ただけ。

…少なくとも、ジュンペーはそう思ってるはずだ…。

  

「お〜!やるねぇ!」

オイラの操作するクレーンは、見事に薄茶色の熊の人形を掴み上げて、穴に落とした。

やる気無さそうな、だらっとした顔と姿勢の熊のキャラクター人形を取り出し口から掴み出して、オイラはジュンペーに差

し出した。

「やる」

「え?良いの?」

「ん」

ジュンペーは嬉しそうに礼を言って、人形を受け取ってくれた。

ジュンペーは熊が好きだ。そして、ジュンペーが好きな人も、やっぱり熊獣人だ。

…その事を考えると、軽い嫉妬が腹の中をジリッと焦がす。

オイラは、大切な友達の…、ジュンペーの幸せを願ってやらなきゃいけないのに。

…せっかく二人きりなんだから、今だけは、なるべくその事を考えないようにする…。



ゲーセンで時間を潰した後、オイラ達は映画館に向かった。

ちなみに、見に行こうと強く勧めたのはジュンペーの方。

見に来た映画は、実際に昔起こった豪華客船の沈没事故をモチーフにしたラブロマンス。

事故の裏側で起こっていた事件と、それに巻き込まれた若い男女のお話。

息をつかせないテンポの良い展開、不器用な二人が親しくなってく微笑ましい様子、周囲から認められない恋…。

挿入歌が時折場面を盛り上げて、エンディングのクレジットでは、切なくて哀しい物語が美声で彩られた。

終盤には涙がボロボロ零れてきて、オイラはハンカチをグショグショに濡らした。

オイラの横で、ジュンペーも時々鼻をすすり上げていた。

…こんな時、手を握りあえたら、どんなに良いだろう…。



「良かったな」

「うん。もう最後の方はボロ泣きしちゃったよ」

映画の後に入ったハンバーガーショップで、オイラ達はパンフレットを広げながら映画の話で盛り上がった。

「恋かぁ…。恋ねぇ…」

ジュンペーはしきりにコイコイ言いながらコーラのカップを持ち上げ、揺らしてた。

今、ジュンペーは恋の真っ最中だ。

あんな映画を見た後じゃ、やっぱり色々考えさせられるんだろう。…オイラもだけど…。

ジュンペーが物思いに耽り、途切れてきた会話の合間に、オイラは目の前に詰んだハンバーガーを口に運ぶ。

好物のテリヤキバーガーの味を噛みしめながら、向かいに座るジュンペーと話ができる。オイラにすれば至福の時間だ。

「ダイスケ、マヨネーズついてる」

ジュンペーが笑いながら、自分の右の口元を指さした。

ベロで口周りを舐め取って照れ笑いしたら、ジュンペーは笑みを深くした。

「減量気にしなくて良くなったからって、あんまりファーストフードばかり食べてると、サツキ先輩みたいに急に太っちゃうよ?」

笑いながら言ったジュンペーの言葉に、ちょっとドキッとした。

…オイラもアブクマ先輩みたいになれれば、ジュンペーは喜ぶかな…?

阿武隈沙月(あぶくまさつき)先輩。オイラ達のいっこ上の恐ろしくでっかい熊獣人で、とんでもなく柔道が強い。

 今年の中体連では、個人戦で全国二位に輝いた実力者だ。

その先輩こそが、ジュンペーが恋をしてる人。

実際にジュンペーが口にした事はないけど、オイラにはそれが判ってしまった。

ジュンペーはオイラと同じ同性愛者なんだって、男であるアブクマ先輩に恋をしてしまったんだって。

…そして、オイラの方は、ジュンペーの事を…。

そう。オイラもホモだ。根っからの。これまで誰にも言った事はないけど…。

でも、この気持ちは口にしちゃいけない。諦めなきゃいけない。オイラはただ黙って、ジュンペーの幸せを願うんだ…。

ジュンペーは…、オイラにとって誰よりも大切な友達だから…。

…今日だけは考えないようにしたかったのに、オイラはまた、そんな事を考えてる…。



「今日は楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうダイスケ」

「ん。オイラも楽しかった」

バス停の前で、走って来るバスを眺めながら、オイラは一度迷って、

「…その…、ばいばい、ジュンペー」

結局、そう言った。

笑顔で手を振るジュンペーに、オイラは手を振り返してバスに乗る。

バスが走り出す直前、窓越しにもう一回手を振って、いつもみたいに笑顔で別れる。

遠ざかってくジュンペーの姿を、バスの後ろの窓から眺めながら、オイラはそっとため息を吐き出した。

…今日も、「また行こうな」とか、「次はいつ行こう?」とか、そんな一言が出そうになった。でも、我慢しなきゃいけない。

バスに揺られながら、気持ちも不安定に揺れてるオイラを、夕暮れ空にうっすら浮かんだ蒼い月が、「情けないヤツ」って、

嗤いながら見下ろしてた…。



玄関を潜ると、家の中から味噌汁の匂いがした。

「お帰りダイスケ」

長い髪を後ろで束ねて、ポニーテールにした姉ちゃんが、台所から顔を覗かせて、廊下に上がったオイラを見た。

「ただいま。姉ちゃん」

ウチは父ちゃんとオイラが熊で、母ちゃんと姉ちゃんが人間だ。

姉ちゃんは母ちゃん似で、オイラは父ちゃんに似たわけだ。

小雪(こゆき)っていう綺麗な名前をつけられた姉ちゃんは、高校でテニス部に入ってる。

すらっとしてスタイルが良くて、学校でも結構モテるらしい。

柔道以外にほとんど取り柄が無いオイラと違って、頭が良くて殆どのスポーツが得意だ。

けど、姉弟だからなのか、それとも姉ちゃんが人間だからなのか、もしかするとオイラがホモなせいなのか、オイラには、

姉ちゃんが美人なのかどうなのかがピンと来ない。

「母ちゃんは?」

「みりんが足りなくなったからって、スーパーに行ったわ」

何気なく台所を覗き込んで聞いたら、姉ちゃんは可笑しそうに笑った。

「なぁに?もうお腹減っちゃったのダイスケ?」

「ん…」

曖昧に頷いたら、姉ちゃんは肉がついてるオイラの胸をムニッと軽く掴んだ。

「減量を止めてから急激に肉付きが良くなったわよね?リバウンドかしら?…う〜ん、それにしても、胸で弟に抜かれるって

いうのも、なかなかに微妙な気分だわ…」

姉ちゃんは神妙な顔で、ムニムニとオイラの胸を揉んだ。…やめて、こそばゆいから。

…ジュンペーにされたら…、嬉しいかな…?気持ち良い…かな…?

とか変な事を考えたら、パンツの下で股間が苦しくなった。バレる前に慌てて姉ちゃんから離れる。

…姉ちゃんに胸を揉まれたせいで勃起したとか思われたら、最悪だ…。

「もう少しかかるから、待っててね」

晩飯の支度に戻る姉ちゃんに頷いて、オイラは自分の部屋に向かった。



晩飯を済ませて、自分の部屋でゲームをしてたら、ドアを開けて姉ちゃんが顔を出した。

「お待たせ。お風呂空いたわよ〜」

「ん」

濡れた髪にタオルを巻いて乾かしながら、姉ちゃんは部屋の中に入ってきて、オイラのベッドにポスッと腰掛けた。

「…姉ちゃんさ…」

「うん?何?」

コントローラーを操作して、無意味に車の選択画面を切り替えながら、オイラは姉ちゃんに聞いてみた。

「好きな人とか、出来た事、ある?」

「どうしたのよ?藪から棒に…」

姉ちゃんは面食らったような顔でオイラを見つめた。…うん。自分でも唐突な質問だと思う…。

「姉ちゃんモテるんだろ?タカシマさんもそう言ってたし。だから、そういうのに詳しいかなと思って…」

「モテるって…、そうでもないと思うけどなぁ?そもそも彼氏も居ないし」

姉ちゃんはそう言ってからオイラの顔を見て、「ははぁん…」とニヤニヤした。

「ダイスケぇ…、あんた、好きな相手ができたんだ?」

誤魔化しても仕方ないから、オイラは恥ずかしいのを我慢して頷く。

「なるほどねぇ。夏休み前くらいからかな?時々ぼーっとするようになってたもんね。なるほどなるほど、恋煩いかぁ。うんうん」

姉ちゃんは何回も頷くと、ベッドから降りてオイラの横に座った。

照れ隠しにコントローラーをグリグリいじりながら、オイラは横目で姉ちゃんを見る。

「どこの子?同級生?」

「家は、ちょっと離れてる…。同い年だけど、学校は違う…」

「へぇ〜、意外。口べたなあんたが他の学校の生徒と接点あるんだ?」

姉ちゃんは車が次々と映されているゲームの画面を眺めながら、

「どんな子なの?かわいい?」

って、つっこんだ事を聞いてきた。

「ん。かわいい。で、優しい」

正直に答えたら、姉ちゃんはまたニヤッと笑ってオイラを見る。

「好きな子ができたなら、あんまり太らないように気を付けなきゃね?」

「ん…。でも、太めの方が好きらしいんだ」

「へ?…もしかして、それで最近努めて太ろうとしてた?」

「ん〜ん…、それとは全然関係なく、自然にデブってきただけ…」

「…そ、そう…」

姉ちゃんはなんだか微妙な表情で頷いた。

「ふ〜ん…、そっか…。告白できなくて困ってるんだ?」

「…ん…」

小さく頷いたら、姉ちゃんはいきなりオイラの背中をバシッって叩いた。

「応援、してあげるわよ」

「…ありが…と…」

恥ずかしくなって俯いたオイラの頭を、昔からそうしてるように、姉ちゃんはすすっと、軽く撫でてくれた。

…本当は、オイラには告白するつもりなんてない…。

告白できない恋をした時、その気持ちをどうやって鎮めるのか…、オイラ、本当はそれを訊きたかったんだ…。

だから、オイラの為を思ってくれた姉ちゃんの励ましは、心にチクッと痛かった。

なんだか、姉ちゃんを騙してるみたいに思えて…。



膝を抱えて湯船に浸かりながら、オイラはジュンペーの事を考えた。

最初に会ったのは、去年の新人戦の時だ。

あの頃のオイラは、まだジュンペーと同じ階級だったから、当たって試合もした。

でも、あの時は別に何とも思ってなかった。こうして友達になるなんて、お互いに夢にも思ってなかった。

今年の中体連前、練習試合の時に、ジュンペーともう一回試合をした。

その頃のオイラは、もう減量しても制限内に留まるのは無理になってた。

体重はリミットを大きく超えてた。なのに、オイラは先生の指示でジュンペーと試合したんだ。

ジュンペーは凄く強くなってた。不利だったのに、それでもジュンペーはオイラを負かした。

フェアじゃない事をした自分が恥ずかしくなって、我慢できなくなって、オイラは帰り際のジュンペーを追いかけて、本当

の事を打ち明けた。

全部話して謝ったオイラを、ジュンペーは笑顔で、気持ちよく許してくれた。

…きっとあの時から、オイラは明るくて元気で優しいジュンペーに、惹かれ始めてたんだと思う…。

それから少しして、今日も一緒に行ったあのショッピングモールで偶然再会できた時は、ビックリしたけど嬉しかった。

再会しても、やっぱりジュンペーは明るくて優しかった。

もっと一緒に居たくて、親しくなりたくて、オイラはジュンペーにカワグチ先生の道場を紹介した。

後から思い出したら、なんだか道場をジュンペーと親しくなるためのダシに使ったみたいに思えて、ちょっと申し訳ない気

持ちになった。

真面目に必死に、頑張って頑張って、ジュンペーは全国まで行った。

ちなみに、オイラは県大会で負けた。…ジュンペーんトコのイイノ先輩、馬鹿強かった…。

全国では一勝もできなかったって、ジュンペーはオイラに謝った。

謝って欲しくなんかなかったし、いつもみたいに元気を出して欲しかったから、必死に励ました。

オイラ達のおかげで全国まで勝ち進めたんだって言ってくれた事が、凄く嬉しかった…。

中体連が終わってからも、オイラとジュンペーはカワグチ先生の道場で稽古を続けた。

…そして…、カワグチ先生が亡くなった時…。

約束も守れなくなって、どうしていいか判らなくなって…。

辛くて、悲しくて、悔しくて、寂しくて、お墓の前で泣き出した情けないオイラを、ジュンペーは優しく、でも力強く抱き

締めて、励ましてくれた…。

その時に気付いた。オイラ、ジュンペーの事が好きになってしまっていたんだって…。

…そしてあれ以来…、ジュンペーへの気持ちは、日ごとに募ってく…。

言いたい…。でも、言っちゃいけない…。

ジュンペーはアブクマ先輩の事が好きなんだ。きっと、ずっとずっと、先輩の事を想い続けてきたんだ。

先輩と恋人になれた方が、ジュンペーだって嬉しいはずだ。

アブクマ先輩だってジュンペーの事を可愛がってくれてるらしいし、それに、オイラが見たとこ、先輩もきっと、オイラ達

と同じで…。

だから、もし上手く行くなら、ジュンペーは先輩と付き合うべきだ。

もちろん、上手く行くようにオイラも願ってる。

…なのに…。

オイラは両手で湯を掬って、バシャッと顔にかけた。

大好きなジュンペーの事だからこそ、我慢しなきゃいけないのに、諦めなきゃいけないのに…。

…頭じゃそう解ってるのに…、オイラの気持ちは諦めてくれない…!

会えれば嬉しいのに、会う度に胸が苦しくなってく。

会えば辛くなるのに、いつでも会いたくて仕方ない。

この気持ちは、どうすれば消えるんだろう?どうすれば楽になれるんだろう?

恋しくて…、苦しくて…、辛くて…、切なくて…、ジュンペーへの想いが…、好きが消せなくて…、日に日に胸の中で膨ら

んでく…。

…オイラ、このままじゃいつかパンクしちゃうよ…。

頭を抱えるようにして、オイラは湯船に顔を突っ込んだ。

苦しさは消えないのに、切なくて零れた涙は、熱いお湯に混じって簡単に消えた…。



「ダイスケ…」

目の前に立ったジュンペーは、潤んだ目でオイラの顔を見上げた。

そして背中に両手を回して抱き付いて、オイラの首筋に頬を寄せる。

最近すっかり贅肉がついたオイラの腹に、ジュンペーのぽこっとした腹が押し付けられた。

鍛えてはいるけど、皮下脂肪と被毛にくるまれたジュンペーの身体は、温かくて柔らかい。

毎日のように稽古で取っ組み合ってるから、その感触は良く知ってる。

大好きなジュンペーの感触…。

触れ合ってるだけで気持ち良くて、幸せな気持ちになる…。

…解ってる。これは夢だ。オイラの欲求が見せる、本当は願っちゃいけない夢…。

…でも、オイラは…。

そっとジュンペーの背中に手を回して、ギュッと抱き締める。

ジュンペーの体が、オイラの身体とぴったり密着する。

「ダイスケ…。好きだよ…」

恥ずかしそうな顔で、ジュンペーはそう言った。

…嬉しい…。…でも、これはオイラの夢だ。本物のジュンペーの気持ちじゃない。

その言葉を言わせてるのは、オイラ自身なんだ…。

寂しくて、哀しくて、辛くなる…。オイラは…、夢の中でまでジュンペーを…。

「ダイスケ…!」

ジュンペーがオイラの胸に顔を埋める。

ずっとくっついていたくて、オイラはジュンペーをきつく、きつく抱き締め返す。

「ジュンペー…。オイラも、ジュンペーが…」

言うな!

口から出かけた言葉を、オイラはなんとか飲み込んだ。

オイラの妄想が作り出したジュンペーが、歯を食い縛るオイラの顔をじっと見つめて、言葉を待ってる…。

オイラの口から「好き」の一言が出るのを待ってる…。

「…言わないぞ…!」

オイラは食い縛った歯の隙間から、なんとか声を絞り出した。

例え夢の中だって、一度言ってしまったら抑えが利かなくなりそうだったから。

オイラの願望が作り出した、本物そっくりのジュンペーは、哀しそうな顔をしてすぅっと消えた。

手応えが無くなって、オイラの手は自分の身体をかき抱いた。

自分しか居ない、空も地面も何もない、ただ真っ暗な世界…。

ひとりぼっちの夢の中で、オイラは自分の身体を抱き締めて、背を丸めて、声を震わせて泣いていた…。

辛くて?…いや、違う…。

たった今自分で拒んだっていうのに、それでもジュンペーの事が恋しくて…。



目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井が見えた。

まだ夜明け前、カーテン越しに見ても、窓の外は真っ暗だ。

布団の中から腕を出して、パジャマの袖で顔を拭うと、薄い生地が涙を吸って湿った。

…また、寝ながら泣いてた…。

生温かく湿った股ぐらが、少しずつ冷えてく。

手を突っ込んでみたら、パンツもパジャマもぐっしょり濡れてる。

…ジュンペーの夢を見ると時々こうなる。やっぱり今日も夢精した…。

オイラはベッドから這い出して、音を立てないように風呂場に行って、パジャマのズボンとパンツを脱いだ。

ドアを閉め切ってズボンとパンツを洗って、匂いがとれたのを確かめてから、きっちり絞って洗濯篭に入れる。

腹と股もお湯で流して、精液を落とす。

それからパンツを穿き替えて、パジャマも新しいのに取り替え、部屋に戻った。

シーツは汚れてなかったから、そのまま布団に潜り込む。…でも、目が冴えて、なかなか眠くならない。

ぼーっとしてると、またジュンペーの事が頭に浮かんできた。

夢の中で抱き合った感触が思い出されて、チンチンがむくっと大きくなる。さっき出したばっかりなのに…。

オイラは掛け布団をのけて、仰向けに寝たまま少し尻を浮かして、ズボンとパンツを下ろした。

そして右手でチンチンの皮を剥いて、ゆっくりしごき始める。

稽古でジュンペーと取っ組み合った時の感触と、汗の匂いを思い出しながら。

肉のついた自分の胸を、左手で掴んで揉む。ジュンペーの手が、オイラの胸を鷲掴みにしているのを想像する。

ジュンペーとキスして、夢中になって舌を絡ませてるのを想像する。

温かいジュンペーの手が、オイラのあそこを握って、しごき立ててるのを想像する。

「ん、はぁっ…!…はっ…、ジュン…ペー!…ジュンペー…!」

体が火照って、汗が噴き出す。オイラは何度もジュンペーの名前を呟きながら、興奮を高めてく。

我慢できなくなって、チンチンを強く、激しくしごく。あんまり激しくしごくから、腹や胸、太ももについた贅肉が揺れた。

「んくっ…!」

快感の頂に登り詰めたオイラは、チンチンの先っちょを塞ぐように、ギュッと手を被せた。

手の中で痙攣するチンチンから精液が飛び出して、オイラの手から溢れて腹を汚す。

「はぁ…、はぁ…、はぁ…」

精液を出し切ったオイラは、気だるい感覚を覚えながら、脱力して快感の余韻に浸る。

気持ち良さが薄れてくると、代わりに罪悪感が込み上げてくる。…いつもみたいに…。

ジュンペーの事を考えてオナニーするたび、身勝手にジュンペーを汚してる罪悪感が湧き上がる。

 諦めきれてない自分が、惨めになる…。

…なのに、オイラはいつもジュンペーの事を考えながらする…。

…ごめんな…。ジュンペー…。

心の中で謝って、苦しくて切なくて泣きながら、オイラはまた精液を処理した…。



次の日。部活が終わって道場に行ったら、住職さんがジュンペーからの伝言を持ってきてくれた。

ジュンペーは、今日は都合が悪くて休むらしい。

カワグチ先生の道場は、お寺の敷地の中にある。

カワグチ先生が亡くなって、柔道教室は無くなったけど、オイラとジュンペーは二人でこの道場に通ってる。

先生の親友だった住職さんが、オイラ達が中学を出るまでは、道場を開け続けてくれるって言ってくれたんだ。ありがたい。

ジュンペーが来なきゃオイラ一人きりだから、まともな稽古にはならない。基礎トレが終わったら、もうやることがなくな

った。

がらんとした、一人きりの道場の真ん中で、オイラは畳の上に仰向けに倒れた。

ジュンペーに投げられた時には、この見慣れた天井の手前に、ジュンペーの顔がある。「どうだっ!」って得意そうな顔が。

それからジュンペーはオイラに手を差し伸べて、起き上がらせる。重いだろうに、嫌な顔もしないで。

オイラはそんなジュンペーの顔を見て、照れ笑いしながら手を握って起き上がる。

逆になれば、もちろんオイラがジュンペーに手を差し出す。

ジュンペーは苦笑いして、そしてちょっと悔しそうに、オイラの手を握って起き上がる。

天井を見上げて、ジュンペーの事を考えながら思う。

…少し恐い…。

その内、オイラは我慢出来なくなるんじゃないかって。

いつか、組み合ったジュンペーをそのまま抱き締めてしまうんじゃないかって…。

もしもそうなったら、この関係は終わる。

…それが…、恐い…。

ジュンペーは友達だ。大切な、大切な友達だ。

でも、オイラの気持ちを知られたら、今まで通りの関係じゃいられない。

ジュンペーと友達でいられなくなるのが、怖くて仕方ない…。

起き上がってあぐらをかいて、いつもカワグチ先生が座ってた、上座の座布団を見る。

…先生…。オイラに強さを下さい…。

この気持ちを閉じ込めておける…、本音を黙ってられる強さを下さい…。

どんなに真剣に願っても、オイラの身勝手なこの願いに、先生の返事が返ってくる事は、もちろんなかった。



その次の日、道場に来たジュンペーは、一見いつも通りで、でもぜんぜんいつもどおりじゃなかった。

具合が悪いのかって聞いてみたら、「そんな事無いよ」って笑って答えてたけど…。

でも、やっぱりおかしい。

ジュンペーは着替えの途中で、ワイシャツを脱いだまま手を止めて、ぼーっとして動かなくなった。どうしたんだ?

最近、時々考え事をするのが多くなってきてたけど、今日のはなんだか、かなり重症だ。

「どうした?ジュンペー。また考え事?」

顔を覗き込むと、

「うわビックリしたっ!」

ジュンペーはオイラが居たことに初めて気付いたみたいに、ビックリして仰け反った。

本当にどうしたんだ?今日のジュンペーはかなりおかしい…。

「…なんか今日は、ずっとぼーっとしてるぞ…?」

返事は返ってこなかった。ジュンペーは黙ったまま、困ったように目を下に向ける。

「昨日、何かあったのか?」

そう聞いてみたら、ジュンペーは体をビクッとさせてから、慌ててるみたいに首を横に振った。

「い、いや!別にこれといっては…」

「調子悪いなら、稽古止めとこうか?」

「いや、大丈夫だよ」

ジュンペーは笑ってそう言ったけど、全然大丈夫な様子には見えない。

「部活の悩み事?」

さらにそう聞いてみたら、

「う〜ん…、そういうんじゃないんだ」

ジュンペーは困ったように口ごもった。

「むぅ?」

オイラは首を傾げて少し考えた。考えた瞬間にすぐ解った。

…きっと、アブクマ先輩の事で、何か悩んでるんだ…。

諦めようって決めてるのに、オイラは動揺した。でも、これはチャンスだ…。

ジュンペー自身の口から、アブクマ先輩への気持ちをはっきり聞けば…、きちんと諦められるかもしれない…。

ジュンペーを困らせたくはないけど、口を割らせよう。…ごめん、ジュンペー…。

心の中で覚悟を決めて、未練を断ち切るために黙って小さく頷いた。

「恋の悩み事か」

「え!?ちょ!?なんでそうなるの!?」

なるべく平坦な口調でオイラが言うと、ジュンペーは飛び上がって驚いた。

「やっぱり」

「ち、ちが…」

否定しかけたジュンペーは、口をパクパクさせたけど、誤魔化しきれないと諦めたのか、

「…実はその通り…」

少し俯き加減になって、ぼそっとそう言った。

「誰にも言わないでよね?」

心配そうに言うジュンペー。

「言ったトコで、ウチの学校じゃ柔道部員以外はジュンペーの事知らないぞ。もちろん言う気もないけど」

オイラは安心させる為にそう言って、大きく頷いて見せた。

「やっぱり、今日の稽古はやめとこう」

「大丈夫だってば!体動かしてた方が気が紛れるし」

ジュンペーは慌てたようにそう言ったけど、

「集中できないで怪我とかしたら困る。…先生が見ててくれてる訳じゃないんだし…」

オイラはカワグチ先生の座布団を見る。

…オイラが小さかった頃からずっと見守ってくれてた先生は、もう、居ない…。

納得してくれたのか、ジュンペーは着替えるのを止めて、ストンと、畳の上に座り込んだ。そして…、

「…ダイスケさ…」

ポツリと、小さな声で呟いた。

「うん?」

オイラも畳の上にあぐらをかいて、ジュンペーと向き合う。

ジュンペーは俯きながら、小声で続けた。

「誰かを好きになった事、ある?」

「ある」

すぐに頷くと、ジュンペーはビックリしたように顔を上げた。

頷いておきながら恥ずかしくなって、顔を見ていられなくなって…、オイラはジュンペーから顔を背けた。

「誰かと付き合ったことは?」

「ない」

少し驚いてるように続けたジュンペーに、オイラはまた頷く。

「今も、好きな人は居るの?」

「居る」

胸がドキドキ言って、短く答えるだけで精一杯だった。

ジュンペーは、なんでか少し寂しそうに笑う。

「早めに言っちゃった方が良いよ。でないと、オレみたいに先越されちゃうぞ?」

…え…?

オイラは驚いて、目を丸くして、ジュンペーの顔を見つめた。

…え…?えっ…?まさか…、ジュンペー、まさか…?

「失恋したのか?」

思わず聞き返したら、

「え!?何で分かったの!?」

ジュンペーはビクッと、大袈裟に体を跳ねさせた。何で分かったって…、

「今、そんな事言ったし…」

そう答えたら、ジュンペーはドギマギしながら頷いて、ため息混じりに呟いた。

「う、うん…。まぁ片想いから玉砕の連携だったんだけどね…」

「ふ〜ん…」

片想いから、玉砕…。告白して、ふられたのか…。

アブクマ先輩は、オイラ達と同じ同性愛者だ。

 先輩の口から聞いた訳じゃないけど、前に会ったとき、なんて言うか、匂いでそう気付いた。

ちなみにジュンペーの前の東護の主将、イイノ先輩と、一年生のコゴタ君って牛も同性愛者だと思う。たぶん。

ジュンペーの告白は、断られたのか…。先輩の好みじゃなかった?いや、どうだろう?

あんなに仲良かったんだから、先輩もジュンペーの事は嫌いな訳じゃないだろうに…。

…あ…。もしかして…そう…なのか…?

「アブクマ先輩、恋人居たんだ…」

オイラは思わずそう呟いてた。

ちょっと意外だったけど、アブクマ先輩はかっこいい。考えてみればもう恋人が居たって不思議じゃない。

「うん。サツキ先輩と同じクラスの先輩だった。…ちょっと不思議な感じがするけど、凄く良い人だったよ…」

「そうか…」

やっぱり男の恋人かな?納得して頷いたら、

「…だ、ダイスケ?」

ジュンペーが目を丸くしてオイラを見つめた。

「うん?」

「何でオレが先輩に告白したって知ってるの!?」

「え?だって、アブクマ先輩の事、好きだったろ?」

知ってるっていうか、分かっちゃったんだけどな。

「そうだけど…。じゃなくて、だからなんでそれを知ってるの!?」

…あ?もしかして、オイラ、喋り過ぎたのか!?

そう気付いた時にはもう遅かった。

本当はそれとなく喋らせて、自分の気持ちを整理するはずだったのに、状況はオイラの予想とは全然違ってた。

さすがに今からじゃ誤魔化せない…。オイラは正直に言うことにした。

「態度を見てて気付いた。ジュンペー、アブクマ先輩の事を話す時、表情が違うから」

オイラがそう説明したら、ジュンペーは恥かしそうに、ドギマギしながら俯いた。

「…い、いつから気付いてたの?」

「ジュンペーが、ここに来るようになってすぐくらい」

そう正直に答えたら、

「その…、この事は、…だ、誰にも言わないで…」

ジュンペーは上目遣いにオイラを見て、恥ずかしそうに言った。

「うん。言わない」

そう頷きながら、オイラは…、こんな時に…、こんな状況なのに…、

なんてヤツなんだオイラは!オイラ…、オイラ…!ジュンペーが失恋した事に、ほっとしてる…!

ジュンペーが悲しい目にあったっていうのに…!望みが繋がったって、オイラは心の中で喜んでる…!

自分に腹を立てて黙り込んでいたら、

「ダイスケ、聞いてくれるかな?」

ジュンペーはおずおずと口を開いた。

「…うん」

オイラは、何でもないふりをしながら、ジュンペーに頷いた。

そしてジュンペーは、アブクマ先輩に想いを寄せてきたこれまでの事と、その切ない片想いの結末を、全部オイラに話して

くれた…。



「…という訳で、田貫純平、見事玉砕致しましたっ!」

ジュンペーは苦笑いしながら、なんでかビシッと敬礼してそう言った。

「…あ〜、全部喋ったらなんだかスッキリした…」

話し終えたジュンペーは、もうすっかりいつもの元気なジュンペーだった。

「もう、未練ないのか?」

オイラはジュンペーにそう尋ねた。

言ってしまってから、今は聞くべきじゃなかったかな?とも思ったけど、ジュンペーは少しの間黙って考えてから、ちゃん

と答えてくれた。

「全然ないって訳じゃないよ。でも、諦めようって決めたんだ。時間が経てば、きっと…」

…ジュンペー…。

オイラは、哀しくなった。哀しかったのに、心のどこかでは喜んでた。

オイラ…、自分がここまで酷いヤツだなんて、思ってなかった…。

「あ〜あ!ヘビーな片想いでしたっ!」

ジュンペーはさっぱりした顔で、畳の上にごろんと仰向けになった。

オイラは何も言えなくなって、俯いて黙り込んだ。

ジュンペーの失恋を喜んでる自分を、思い切りぶん殴ってやりたかった…。

「ダイスケはさ、オレみたいなの、どう思ってるの?」

突然、仰向けに寝転がったままのジュンペーがそう言った。

「どうって…?」

オイラは何て答えれば良いか判らなくて、凄く困った。

本当だったら、別にどうとも思ってない、とか言えば良かったんだろう。

でも、失恋した今、オイラはあろうことか、自分もホモだって打ち明ければ、ジュンペーと付き合えるんじゃないかって、

そんな事を一瞬考えた。

それが、とても卑怯なその考えが、今のオイラには凄く魅力的に思えた。

…オイラ…、最低だ…!

「ま、それはいいや」

オイラが答えないでいると、ジュンペーはあっさりそう言って、腹筋するみたいにして起き上がった。

「ところでさ、ダイスケの好きな相手の事、教えてよ?」

「え!?」

ドキッとして、オイラは固まった。

ジュンペーは気付いて無かったけど、それは、好きな相手の事を、好きな相手に話せっていう事だ。

「オレは全部話したんだよ?いいじゃん聞かせてよ?減るもんじゃないし」

ニヤッと笑ってジュンペーが言う。…う〜ん…。確かに…。でも…。

少し迷ったけど、オイラは結局、

「う〜ん…、オイラだけ黙ってるのも不公平か…。分かった。話す」

そうジュンペーに頷いた。

話をするだけじゃなく、オイラからも何か話せば、ジュンペーの気も紛れるかもしれない。

いつもと変らない風に、元気に振舞ってるけど、辛くないはずがないんだから…。

ジュンペーはちょっと驚いたように目を大きくした後、興味ありそうに身を乗り出してきた。

バレちゃいけない。でも、バレても欲しい…。

オイラの心は二つに別れたようになって、グラグラ揺れ動く。いつも通りに振舞うのが、大変だった。

「獣人?人間?」

「獣人」

興味津々に聞いて来たジュンペーに、オイラは短く答える。

「どんなとこが気に入ったの?」

二つ目の質問で、答えにくいトコへいきなり切り込まれた…。

「…優しいとこ…かな…」

俯いて、顔を見られないようにして、オイラはそう答えた。

ジュンペーは興味が強くなってきたのか、矢継ぎ早に質問を繰り返す。

オイラは、このくらいならバレないかな?ってトコまでの、短い受け答えを繰り返す。

「その相手ってさ、年上?年下?」

「同い年」

「おっ!同じクラスの子?」

「いや、違う学校…」

「へぇ〜、意外…!他の学校の生徒とも交流あるんだ!?」

「ま、まあな…」

このくらいの質問ならバレないだろう。でも、まだ心の奥ではちょっぴり、バレて欲しいとも思ってる…。

ジュンペーはアブクマ先輩と付き合えなかった。だからもう遠慮する事はないんだぞって、心のどこかで声がする…。

辛い恋をして、その恋が実らなかった今のジュンペーなら、辛いから、寂しいから、オイラの気持ちを受け入れてくれるか

もしれない…。

そんな、辛い目に遭ったジュンペーにつけ込むような、凄く卑怯な考えが頭から離れない…。

必死にその考えを追い払おうとしていたオイラは、

「どこの学校なの?」

そのジュンペーの質問で、カチっと固まった。

が…、がっこう…?

「そ、それは…」

オイラはしばらく躊躇って、それから…、

「…トーゴ…」

俯いたまま、ボソッと答えた。

「え!?東護なの!?同い年ならオレが知ってる子かも!」

ジュンペーは凄く驚いてる。

「…うん。ジュンペーも知ってる…」

「ええっ!?」

目をまん丸にして、ジュンペーは大きな声を上げた。

それから腕組みをして、うんうん唸ってしばらく考えた後、両手でわしわしっと頭をかきむしった。

「あ〜!分かんないや!その子とは良く会うの?」

「…うん…」

小さく頷いたら、ジュンペーは笑いながら言う。

「じゃあオレと二人で稽古なんてしてたらダメじゃん。会えなくなっちゃうだろう?」

そう言った後、ジュンペーは一瞬、寂しそうな顔をした。

ジュンペーは、オイラと稽古できなくなるのを、寂しがってくれてる…?

「ううん。会えるから」

「え?どこで?」

反射的に答えてしまったオイラに、ジュンペーは意外そうに聞いて来た。

…オイラ…、オイラ…、やっぱり我慢できないかも…。

俯いて、ジュンペーの顔を見ないようにして、オイラは口の中で、「…ここで…」と、呟いた…。

聞こえなかったとは思うけど…。

「う〜ん…、だめだ!分かんない!教えてよダイスケ。誰にも言わないから!」

ジュンペーは降参するみたいに、両手を高く上げる。

「……………」

オイラは、必死になって口をつぐんだ。

でも…、気持ちは…、勝手に走り始めた…。

本当は、いけない事だって判ってる。ジュンペーの辛さにつけ込むような真似だって判ってる。

でも、オイラは…、ジュンペーへの気持ちが大きくなりすぎて、もうパンク寸前だった。

ジュンペーに同情してた?ジュンペーを慰めてあげたかった?

それもあるかもしれない。でも、それは全部、オイラの自分勝手なエゴだ。

ジュンペーはオイラに同情なんて求めてないし、慰めて貰おうとも思ってない。

ジュンペーは強い。辛いのも苦しいのも自分一人で抱え込んで、自分だけで気持ちを整理しようとしてる。

オイラにはそれが判ったから…、一人で抱え込む辛さを知ってたから…、だから…、オイラは…。

「…一年前に、初めて会ったんだ…」

オイラは、小さな声でそう呟いた。

「その頃は、何でもなかった…。でも、今年になって、初めて話をして…、それから会う機会が増えて…」

心臓がうるさく、耳元でバクバク鳴ってる…。

「気が付いたら好きになってた…。でも最初は、それが好きって感情だって事が分からなくて、ただ、なんとなく気になってた…」

熱くなった顔を伏せたまま、オイラは必死に言葉を吐き出す…。

「…オイラが落ち込んでた時、凄く、優しくしてくれたんだ…。その時にオイラ、好きになってたんだって、はっきり分かった…」

この心臓の音がジュンペーにも聞こえてるんじゃないかって、少し気になる…。

「でも…、好きって言ったら、迷惑だと思って、ずっと黙ってた…。好きな人が居たみたいだったから…」

そこまで言ったら、もう言葉が出なくなった。

体中が熱く火照って…、心臓がドコドコ言って…、拳を握り込んで押さえ付けておかないと、体が震え出しそうだった。

黙って話を聞いてたジュンペーは、しばらくオイラの言葉を待ってたけど、拳を握った両手を胸の前に持って行って、大き

く頷く。

「ねぇ、告白しちゃいなよ!きっと、相手もダイスケの事を好きになるって!」

そして、オイラを励ますようにそう言ってくれたんだ。

「そう…かな…?」

戸惑いながら言ったオイラに、ジュンペーは笑顔で、また大きく頷いた。

「うん!ダイスケかわいいし!」

「か…わいい…?」

「うん。そうやって恥ずかしがってる仕草とか」

顔が…、カーっと熱くなった…!

かわいいって、言ってくれるんだ…。こんなオイラの事…。

嬉しかった…。嬉しくて、嬉しくて、オイラは…、ずっと、本当の気持ちを閉じ込めてたドアを、開けてしまった…。

「…分かった…。告白、してみる…」

もう、我慢なんてできなかった。

「うん!きっとうまく行く!」

何も気付かないまま、ジュンペーは笑顔でそう言った。

それから一瞬、少し寂しそうに目を伏せた後、気を取り直したように口を開く。

「すぐ会えるの?決心が変わらない間に言っちゃった方がいいよ。でないとオレみたいにズルズル先延ばしになっちゃうぞ?」

「…うん…」

頷いたオイラに、ジュンペーは笑顔を向ける。オイラの大好きな、輝くような明るい笑顔…。

「じゃあ、明日は稽古休みにしよう。告白、行ってみてよ!」

「ううん。明日にはしない…」

オイラが首を横に振ったら、ジュンペーは腕組みして眉根を寄せた。

「う〜ん、やっぱり急過ぎるか…。でも、あまり先延ばしにしてもダメだよ?」

「うん。延ばさない…」

小さく、でもはっきり頷いたオイラに、ジュンペーは首を傾げる。そして少し間を開けてから尋ねてきた。

「もしかして、今日行っちゃう?」

オイラがまた頷くと、ジュンペーは少しビックリしたように身を乗り出した。

「もしかして、すぐ会えるの?」

オイラはまた、黙ったまま頷いて、あぐらを組んだ自分の足を見た。もう、ジュンペーの顔をまともに見れなかった。

「もしかして、近くに居るの?」

ジュンペーの問いかけに短く頷いて、緊張でカラカラになった喉から、声を絞り出す。

「…オイラの…目の前に…」

沈黙が…、長い沈黙が落ちた…。

二人きりの道場は静まり返って、オイラの耳にはもう、自分の息遣いと心臓の音しか聞こえない。

ずっと俯いていたオイラは、顔を上げて、ジュンペーの顔を見つめた。

ジュンペーは、目を大きく見開いて、口をポカンと開けて、オイラを見つめてた。

怖くて、不安で、逃げ出したかった。

でも、オイラは決着をつけたかった。自分の気持ちに…。ジュンペーへの恋に…。

「…ジュンペー…。オイラ…」

確かに、この状況でこんな事言うのは、ジュンペーにとってはいい迷惑だろう。

卑怯なタイミングでの告白っていう事になるんだろう。

それでも、今のオイラにはこうも思えたんだ。

勇気を出して告白して、結局ふられてしまったジュンペー…。

それでもオイラに全部話して、例え少し無理してたとしても、強がってたとしても笑ってられるジュンペー…。

卑怯な告白かもしれない。でも、オイラだけが自分の事を黙ってるのもまた、卑怯な事に思えた。

そんなまんまじゃきっと、オイラ、ジュンペーの友達で居る資格なんてない。

「…ジュンペーが好きだ…」

…言ってしまった…。

耳が痛くなりそうなほど、道場の中は静かだった。

風の音も、車の音も途切れた、静かな中で、その一言を言えたオイラは、今になってやっと、全部言ってしまおうと決心できた。

「でも、ジュンペーがアブクマ先輩の事を好きだって分かってたから…、オイラ…」

黙ってようって、心に決めた。

「ジュンペーは大事な友達だから…、幸せになって欲しかったから…、ずっと、我慢してようって思ってたけど…」

幸せを願おうって、心に決めた。

…結局こんなタイミングで打ち明ける事になったけど…。

「…オイラ…、卑怯者だ…。ジュンペーがアブクマ先輩と付き合えなかったって知った時、本当は少しほっとした…。そして、

失恋したばっかりのジュンペーに、今こんな話をしてる…。ほんとに卑怯者だ…」

申し訳なくなって、オイラは耳を寝せて、体を縮めて項垂れた。

「こんな時に、ごめん、ジュンペー…。…でも、オイラ、ジュンペーが好きだ…」

頭を下げて謝ったオイラに、ジュンペーは…、

「謝らないでよ…。謝らなきゃいけないのは…、オレの方だ…」

掠れた声で、そう呟いた。

顔を上げたオイラを、ジュンペーは目尻に涙を溜めて見つめてた。

「ごめんね…。今まで気付いてあげられなくて…、ごめんねダイスケ…。そして、ありがとう…」

上目遣いに見つめ返したオイラの目を見ながら、ジュンペーは「あ」と声を上げた。そして…、

「ぷっ…、くっ…!ふふふふふ、…あはははは!」

ジュンペーは突然、苦しそうに身をよじらせて笑い始めた。何がどうしたのか解らなくて、目を丸くしてたら、

「あはははっ!ダイスケ。オレ、すごくゲンキンなヤツだよ!今更、オレもダイスケが好きだった事に気が付いた!」

…え…?

オイラは、自分の耳を疑った。

嬉しそうに笑いながら言ったジュンペーの言葉の意味が、頭の中に入って、理解できるまで、しばらくかかった。

「じゅ、ジュンペー?それじゃあ…」

戸惑いながら、不安と、期待を込めて見つめるオイラに、

「ダイスケ、こんなオレの事を好きになってくれて、ありがとう!」

ジュンペーは、目尻に涙を滲ませたまま、輝くようなあの笑顔でそう言ってくれた。

「ジュンペー…!いいのか?その…、オイラなんかと…?って、わわっ!?」

まだ信じられなくて、夢でも見てるんじゃないかと思って聞き返したオイラに、ジュンペーは勢い良く飛びついて、抱きつ

いてきた。

押し倒されるように仰向けにひっくり返ったオイラの上で、ジュンペーは顔を覗きこんで、また笑った。

オイラとジュンペーの体はピッタリくっついてる。

何回も夢の中でそうしたみたいに、ジュンペーの体は温かくて…、柔らかくて…、

「嬉しいよダイスケ!オレ、凄く嬉しい…!」

鼻がくっつきそうなぐらい近くで、笑顔で嬉しそうに言ってくれたジュンペーに、

「お…オイラも、嬉しい…!」

オイラは、嬉しさと恥かしさと、少し軽くなった罪悪感を抱えたまま、笑顔を返す。

ジュンペーも、オイラの事、好きでいてくれたんだ…。

例えアブクマ先輩の次だったとしても、オイラには、その事がとても嬉しくて…、顔では笑っていたけれど、本当は今にも

泣き出してしまいそうだった…。

「…ダイスケ…。好きだよ…」

ジュンペーが目を潤ませて、泣き笑いの顔で呟いた。愛しくて、愛しくて、堪らなかった…。

ピッタリくっついた体から、ジュンペーの鼓動が伝わって来る。ジュンペーの呼吸が伝わって来る。

「オイラも…、ジュンペーが好き…」

オイラは首を起こして、ジュンペーに顔を近付ける。

ジュンペーは顔を下ろして、そっと、優しく、オイラの唇に唇を重ねてくれた。

ジュンペーと重なり合ったまま、オイラは生まれて初めてのキスをした…。

唇を割って入って来たジュンペーの舌が、オイラの舌を、ほっぺたの内側をまさぐった。

初めての感触。ビックリして、焦って、気持ち良くて、オイラはビクッと体を震わせた。

…ああ。夢じゃない…。今オイラ…、ジュンペーとキスしてるんだ…。

必死になって舌を絡ませあう、長いキスをした後、オイラとジュンペーは照れ笑いしながら見つめ合った。

「改めて、これからもよろしくね、ダイスケ」

「う、うん!よろしく、ジュンペー!」

そして、オイラ達はまたキスをした。



あの日から、オイラはただ願うのを止めた。

ジュンペーが幸せになるように願うだけじゃなく、オイラ自身が、ジュンペーが幸せで居られるようにしてやるんだって決めた。

恋人同士になったけど、オイラ達は相変わらず、二人での稽古を続けてる。

「なあ、ジュンペー」

「うん?」

稽古が終わって、着替えながら尋ねたオイラを、ジュンペーは首を巡らせて見つめた。

「今、幸せか?」

ジュンペーは「突然何?」とでもいうように、口をポカンと開けてオイラを見つめた後、ニィーっと、口を横に引っ張って

笑った。

「当り前じゃん!」

隠す事も無く、嬉しそうに応じてくれたジュンペーの言葉と笑顔…。

それは、オイラにとっては何よりの答えだ。

きっと、ずっと幸せで居させてやれるように、オイラ頑張るよ、ジュンペー!