第二話 「先輩との出会い」(中編)
三年生の先輩から直々に、アブクマ先輩の指導係に任命されたボクは、先輩と一緒に道場の端に行き、怪我をしないように
する基本的な身のこなしから教え始めた。
たいくつだろうと思ったけれど、先輩は真剣にボクの話を聞いてくれた。
後輩だからと軽く見るどころか、僕の下手くそな説明に、いちいち感心しながら相槌をうち、真面目に聞き入ってくれた。
「それじゃあ、いきなり立ち技も危ないので、軽く寝技をやってみて、雰囲気だけでも掴んでみますか?」
…いや、分かってます。普通はいきなり寝技なんてしないですはい。ぶっちゃけ先輩とひっつきたいがために言ってみたん
です…。
「おう。まずは体で覚えろ、だな?」
先輩は何の疑いもなく頷いた。…って、え!?本当に良いんですか!?…あぁ…、先輩純粋だなぁ…。…ボクは純平なんて
名前なのに不純だけど…。
稽古と称して、そう!どさくさに紛れてあんな事やこんな事…。とか考えていたボクの不純な計画はあえなく砕け散った。
…せ、先輩、強い…!
たしかに初心者だったけれど、先輩は身体性能がはんぱじゃない!押さえ込んでもすぐに退けられるし、絞め技だって強引
にほどかれちゃう。体格差がかなりあるから仕方ないんだけど実に残念。…じゃないや悔しい。(建前)
でもまぁ、こうやって公然と抱き付いたりできるのは役得!あぁ!さっきボクを指名してくれた三年生の先輩に感謝!
先輩は飲込みが早く、膝立ちでの体の入れ替えや、体勢を崩されないようにする体重移動、押さえ込まれないように体勢を
入れ替える事を、かなりのスピードで覚えてゆく。この人、もしかしてすごく強くなるんじゃないだろうか?
「…なるほどなぁ。お前、教えるの上手いんじゃねぇか?」
何度目かのレクチャーの後、先輩が感心しながらそう言ってくれた。この一言がとても嬉しくて、ボクはつい調子に乗って
しまった。
先輩と組み合った僕は、袖を掴みに行くと見せかけ、させじと先輩が腕を引いた瞬間…、
「ぬはははははっ!!!」
ボクが脇腹をムニッ!と掴むと、予想以上のリアクションで先輩が笑い転げた。ピーンと来た!先輩、ここが弱点だ!
「ちょ!ま、ま、まてっ!やめてっ!ぬははははっ!参った!参ったからカンベン!」
なおもムニムニと脇腹を揉むと、先輩はついに降参した。
「お前なぁ…、こんなのアリか?」
目尻の涙を拭い、苦笑を浮かべて抗議する先輩に、ボクは笑いながら頬を膨らませて見せた。
「だって、先輩初心者なのに強くて、まともにやっても降参させられないんですもん」
「あのなぁ…」
呆れたように何か言いかけた先輩の言葉が途切れ、視線がボクの後ろに移った。
「…おい」
振り向いた瞬間、ボクの左頬が鳴った。首が折れるかと思うような衝撃と共に、ボクは無様に畳に転がる。
「遊びに来たんなら帰れ。他の迷惑だ」
オジマ先輩が、苛立たしげにボクを見下ろしていた。
目の前で星が飛び回り、クラクラする頭で、僕は先輩にビンタされたのだと理解する。
ボクの腕を取り、助け起こしてくれたアブクマ先輩が、凄い形相でオジマ先輩を睨み上げた。
「今はちょっとふざけちまったけど、稽古は真面目にやってたんだ。注意するにしたって、まず口で言や分かる事だろ?いき
なり張っ倒す必要なんぞどこにあるってんだ?先輩」
道場はしーんと静まり返り、皆が僕達を見つめていた。
「稽古だと?俺にはお遊びにしか見えなかったがな」
「おう。寝技の稽古をつけて貰ってた。あんたにゃ遊びに見えるだろうが、こいつは素人の俺に付き合ってくれてただけだ」
オジマ先輩の目がボクに移り、すぅっと細くなった。
「…なら、俺にも寝技の稽古をつけてくれるか?一年」
「なんでそうなるんだよ?文句があんのは俺に対してだろ?回りくでぇのは抜きに…」
主将を睨む先輩の目に、剣呑な光が宿った。その時、
「アブクマ!」
イイノ先輩の声が、静まり返った道場に反響した。その表情は険しく、アブクマ先輩を睨むように見つめていた。
イイノ先輩が首を左右に振ると、アブクマ先輩は舌打ちをして口を閉じた。
ボクはオジマ主将と寝技で勝負させられる事になった。
気は進まなかったし、勝ち目も無いって分かっていたけど、ボクが調子にのったせいで、アブクマ先輩まで怒られてしまっ
たんだ。きっと、バチが当たったんだろう。
予想通り。というよりも、予想以上にオジマ主将は強かった。ボクはあっけなく腕を取られ、腕ひしぎに持ち込まれる。
情けないけれど、抵抗しても無駄だ…。完全に決まる前に諦め、ボクは畳を叩いて参ったをした。
…あれ?解けない?
ボクはもう一度畳を叩く。それでも、ボクの腕は容赦なく引き伸ばされた。
「しゅ、主将…!参りました…!」
喉元を圧迫する足の下からそう声をかけるが、主将は腕を緩めてはくれなかった。
「…主将?タヌキが参ったを…」
異常に気付いたのか、イイノ先輩が主将を見つめた。
肘が真っ直ぐになり、筋が伸び、激痛が腕から脳天に突き抜ける。関節がミシミシ言う音が、体の中を伝わって耳に届いた。
痛みの余り声も出ない。このままじゃ折れてしまう!
喉から悲鳴が洩れそうになった瞬間、腕を引き伸ばす力が緩んだ。
「まだ詳しくは分からねぇけど、今、タヌキは参ったしてたんじゃねぇんすか?」
アブクマ先輩の声が、すぐ傍で聞こえた。
ボクの腕を引き伸ばしていた主将の腕を、アブクマ先輩の腕が掴んでいた。
どれほどの力が篭っているのか、先輩の指は主将の腕にギリギリと食い込んでいる。主将は顔を顰めると、ボクの腕を放した。
「絞め足りねぇってんなら、俺が代わりにやりますよ」
ボクを助け起こしながら、アブクマ先輩はものすごい形相でオジマ主将を睨む。
「素人のお前がか?怪我をしても知らんぞ?」
その視線を真っ直ぐに受け止めながら、オジマ主将は獰猛な笑みを浮べた。
「待ってください!アブクマはまだ基本も覚えてる途中で…」
「黙ってろイイノ…」
割って入ったイイノ先輩に、オジマ先輩はボソリと言った。
「悪ぃなイイノ。俺もちょいと我慢できそうにねぇ」
アブクマ先輩が低い声でそう言った。
「…勝手にしろっ!」
イイノ先輩は怒ったように言うと、ボクの肩を叩いて二人から遠ざけた。
「腕、大丈夫かい?悪かったね…、まさか主将があそこまでやるなんて思ってなかったから…。もっと早くに止めに入るべき
だった…」
「あ、いえ…、大丈夫です。ボクが…、悪かったんですし…」
そう、ボクが原因なんだ。ボクのせいでアブクマ先輩まで…。
力は物凄いアブクマ先輩だけれど、オジマ主将は今日初めて道着を着たばかりの先輩が敵うような相手じゃなかった。
巧みに位置を入れ替え、うつ伏せに引き倒されたアブクマ先輩は、あっけなく横三角締めに持ち込まれてしまった。
「…参ったはどうした?」
グイグイと締め上げながら、オジマ主将がアブクマ先輩の顔を覗き込む。三角締めは完全に決まっている。あの体勢に入っ
たら、いくら腕力が凄くてもどうしようもない…。それでもアブクマ先輩は…。
「参った…?この程度で、降参すると…、思ってんですか?」
苦しげに顔をゆがめながらも、食いしばった歯の間から洩れたのは弱音じゃなかった。
それが気に障ったんだろう。主将は先輩の首を、手加減なくギリギリと締め上げる。先輩の口が空気を求めて喘ぎ、舌が飛
び出す。それでも先輩は参ったしない…。
ボクのせいだ…。ボクがあんな真似をしなければ…!
「ま、待って下さい!もう止めて下さい!ボク、もう二度とふざけたりしませんから!」
ボクが声を上げると同時に、主将は技を解いた。でも、それはボクの言葉を聞き入れてくれた訳じゃなかった。
アブクマ先輩は、仰向けになったまま失神していた。…気を失うまで、降参しなかったんだ…。
主将は先輩を見下ろし、ふん、と鼻を鳴らした。それから時計を見あげ、全員を集める。
「今日の稽古は終わりだ。イイノ、そこの粗大ゴミ片付けとけ」
主将は、気絶したままのアブクマ先輩を顎でしゃくって言うと、不機嫌そうに更衣室に引き上げて行った。
掃除が終わり、皆が帰った後、ボクはアブクマ先輩の横に座り込んで泣いていた。
気を失ったままの先輩は、道場の隅に寝かされていた。イイノ先輩は、ボクにアブクマ先輩についているように言い、つい
さっきまで二年生と一年生に掃除の指示を出していた。
ボク、何て事をしてしまったんだろう…。開いたままの先輩の口周りは、ヨダレで濡れている。僕はタオルで丁寧に拭いな
がら、罪悪感で押しつぶされそうになっていた。
「お待たせ。まだ目を覚まさない?」
不意にかけられた声に振り向くと、イイノ先輩が立っていた。
「皆帰ってやっとシャワーがあいたよ。悪いけどちょっと手伝ってくれるかな?」
ボクとイイノ先輩は、アブクマ先輩をシャワールームに運んだ。
「ったく…!何食ったら、こんな、重くなるんだ、よっと!」
悪戦苦闘してなんとか運び込むと、イイノ先輩はバケツに水を汲む。
「あ、悪いけど、そいつの道着、脱がせてくれないか?」
本来なら、役得だと喜んだところだけれど、僕は申し訳ない気持ちで一杯になりながら、先輩の帯を解き、上着を脱がせた。
イイノ先輩は水を一杯に注いだバケツを抱えてくると、バシャッと無造作にアブクマ先輩の顔にかけた。
「ぶはっ!?げほっ!ごほっ!」
先輩がむせ返りながら跳ね起きる。
「よ。やっとお目覚めかい?」
アブクマ先輩はイイノ先輩の顔をきょとんと見上げ、それから周囲をきょろきょろと見回し、最後にボクの顔を見る。
「イイノ、俺?」
「お前、主将におとされたんだよ。あ、タヌキ、悪いけどコレ置いてきてくれる?」
イイノ先輩はそう言うと、アブクマ先輩の道着をボクに預けた。
浴室を出て、先輩の道着を畳んでいるボクの耳に、二人の篭った声が微かに届いた。
「…馬鹿だな、さっさと参ったすれば良かったのに…」
「…勝てねぇにしろ、俺があっさりやられちまったら、稽古に付き合ってくれたタヌキの顔が立たねぇだろが…」
その言葉で、ボクは殴られたようなショックを受けた。
先輩は…、ボクのせいであんな目にあっただけじゃなく…、ボクなんかの為に、あんなになるまで頑張ってくれたんだ…。
涙が零れた。ボク自身への怒り。不甲斐なさへの悔しさ。先輩への感謝と、申し訳ない気持ち、それらがごちゃ混ぜになっ
て込み上げる。
嗚咽を押し殺して泣いているボクの背後で、ドアが開いた。
振り返る事もできないで固まっていると、背後に重い足音が迫り、ボクの頭に大きな手が、ポン、と優しく置かれた。
「悪かったな。俺なんかに付き合ったせいで、飛んだとばっちり食らわせちまった…」
先輩の声は優しくて、ボクは泣き声を堪えることが出来なくなった。
「ごめんなさい…!先輩…!」
「なんでお前が謝るんだよ。泣くなよ、な?」
先輩はボクを自分の方に向き直らせると、
「ごめんなぁ。初日から嫌な思いさせちまって…」
本当に済まそうな、哀しそうな顔で謝った。先輩は、何も悪くないのに…!
ボクは思わず、先輩に抱きついていた。
「ごめんなさい先輩!ごめんなさいっ…!ごめんなさい…!」
先輩はボクの背に両腕を回し、優しく抱き締めてくれた。
大きな体に抱き締められ、安心したせいか、涙が堰を切ったように流れ出した。
「ご…、ごめんなさ…い…!ごめんっ…なさい!せ、先輩っ…!ごめんなさぁい…!」
先輩の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくりながら、ボクは泣いて謝った。
先輩はボクの背中を優しくさすって、泣き止むまでずっと抱き締めていてくれた。
シャワーを浴び、僕達は道場を後にした。
イイノ先輩は戸締りを確認すると、明るい口調で言った。
「さて帰るか!良ければ一緒にラーメンでも食ってかないか?新入部員歓迎って事でさ」
「そりゃ良いな!良いだろタヌキ?」
正直なところ、本当は断りたかった。
あんな真似をした後だったし、あの後、浴室に入ってからずっと、申し訳なくて先輩に視線を向けられなかった。でも断っ
たら、先輩はまたあの哀しそうな顔をするんだろうな…。そう思ったら、反射的に頷いていた。
「よし決まり!奢ってくれるんだろイイノ?」
アブクマ先輩が嬉しそうに尋ねると、イイノ先輩は「えっ!?」とあからさまに顔を顰めた。
「タヌキの分はな。お前は違うぞ?新入部員歓迎って言っただろう?」
「ぬはは!あのさぁ、俺も一応新入部員だぜ?」
ニッと笑って言ったアブクマ先輩に、イイノ先輩は「むぐっ!?」と言って押し黙る。
「…一杯だけな?」
「よっしゃ!」
イイノ先輩がしぶしぶ承諾すると、心底嬉しそうにガッツポーズを取るアブクマ先輩。子供のような喜びように、ボクの顔
は思わず綻んでいた。
「お?やっと笑ったな!」
アブクマ先輩は笑みを浮かべ、ボクの頭をワシワシと撫でてくれた。
「お前が気にする事はなぁんもねぇんだからな?俺が嫌われてるだけなんだからよ」
アブクマ先輩がそう言うと、イイノ先輩は疲れたようにため息を洩らした。
「俺も悪かった。あそこまで根深いとは思ってもみなかった…。キダ先生が居ないだけで、ああもあからさまになるとはな…」
どういう意味だろう?疑問に思っていると、イイノ先輩はボクの表情に気付いたのか、何か確認するようにアブクマ先輩を
ちらりと見た。アブクマ先輩は軽く肩を竦める。
「君も知ってる通り。このデカグマは評判があまり良くない」
ボクも知っているアブクマ先輩にまつわる噂をいくつか例に上げ、イイノ先輩は説明してくれた。
「つまり、先輩方はアブクマと関わりたくないんだ。恐れてるって言っても良い。オジマ主将以外はね。だから、一年の君に
アブクマの指導を押し付けたんだ」
「…ったく、嫌なら嫌でほったらかしにしとけばいいってのに、タヌキにゃとんだ災難だ」
アブクマ先輩は苛立たしげに呟いた。今日初めて会ったばかりだけれど、少しずつ分かってきた。この先輩は、自分がどん
な扱いを受ける事よりも、自分のせいで他人に嫌な思いをさせる事の方が我慢ならないらしい。優しくて、すごくかっこいい
と思う。…ほんと、自分が恥ずかしい…。
「オジマ主将も、もうちょっと柔軟だと良いんだけどな…」
イイノ先輩は疲れたように呟いた。
「柔軟って…?」
ボクが首を傾げると、イイノ先輩は困ったように言った。
「主将、無茶苦茶真面目で、ストイックな柔道家なんだ。だから、色々な噂があるアブクマを、あまり良く思っていない訳さ」
「良く思ってねぇどころか、思いっきり嫌われてんだけど…」
アブクマ先輩は鼻先を掻きながら言う。
「まぁ、主将って立場からすりゃあ、俺みてぇなのが入部したら良い顔できねぇわなぁ」
あんな目に遭わされたのに、主将の事をあまり悪く思っていないような口ぶりだった。懐が深いっていうか、お人好しって
いうか…。
「主将は確かに凄く厳しいけど、根は悪い人じゃ無いんだ。今日の事も…」
「そう。俺と一緒だったからきつく当たっただけだ。悪かったなぁタヌキ」
イイノ先輩の言葉に続け、アブクマ先輩が言った。
「いえ、今日は本当にボクが悪かったんです。調子にのってふざけたりしたから…」
「いいや!俺のほうが悪かったんだ。元はと言えば俺に付き合わなきゃ…」
「はいはいはいはい!謝罪合戦はそこまで!」
イイノ先輩は声を上げてボク達のやり取りを中断すると、前方を指し示した。
先輩が指さす先には昇竜軒の電光看板。話し込んでいる内に、いつのまにかラーメン屋に到着していた模様…。
イイノ先輩とアブクマ先輩に続いて、ボクは暖簾を潜った。
良い匂いの立ち込める店内は、夕食時という事もあって結構混んでいた。
「あ〜、運動したし、汗もかいたし、この匂いは空きっ腹に堪えるなぁ…」
「アブクマ、ヨダレ出てるぞ?」
鼻をふんふんと鳴らすアブクマ先輩は、イイノ先輩に言われて慌てて口元を拭う。
「三名様ですか。カウンターでもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
イイノ先輩が答え、僕達はカウンターにつこうとした。そして…、
「…主将…?」
イイノ先輩が少し驚いたように、カウンター席に座っている虎獣人に声をかけた。
カウンターの端の席で、ラーメンを啜っていたのは…、オジマ主将だった…。よりによって、こんな時にこんな場所で…!
「イイノか…。それに…」
オジマ主将はじろりとボク達を見て、再びラーメンに視線を戻す。何て事だろう!?主将の隣の三つしか席が空いてない!?
「隣、失礼しますね?」
「…ああ」
イイノ先輩に応じると、主将はそのままむっつりと黙り込む。
まずいタイミングで会っちゃったけど、ここで引き返すのはかえって不自然だしまずい。結局、主将の隣にイイノ先輩、そ
の隣にボク、それからアブクマ先輩の順に座る。
…き、気まずい…!主将はもちろん何も言わないし、アブクマ先輩もむっつり黙り込んじゃうし…!猫舌なのか、主将は入
念に麺を冷ましつつ食べているので、食べ終えるまでしばらくかかりそうだ…。
イイノ先輩はプレッシャーを感じていないのか、気楽な調子でメニューを選んでいる。
「オレは塩ネギラーメン。タヌキは何がいい?」
「え?ええっと…、バターコーンラーメンを…」
「よしきた。アブクマはまた同じのでいいのか?」
アブクマ先輩が頷くと、イイノ先輩が声を張り上げる。
「すいませ〜ん!塩ネギラーメンとバターコーンラーメン、ニンニクミソチャーシューメン特盛りお願いしま〜す!」
あ、オーダー終わっちゃったらいよいよ話す事が…。
「…一年…」
「え?あ、は、はいっ!?」
主将がぼそっと呟き、ボクはビクッとしながら返事をする。
「柔道は格闘技だ。ちょっとした悪ふざけが怪我につながる事もある」
主将はボクの方を見ないまま、静かに続ける。
「これまで柔道をやってきてるお前に、今更こんな事を言う必要は無いかもしれんがな。もしも忘れてしまっても、…俺には
あんな教え方しかできん」
え?えぇと…。ボクは主将の口調が、意外なほど穏やかなので驚いていた。
「本当に口下手ですね。素直に、手荒い教え方しかできなくて悪いな。って言えればいいのに…」
「…やかましい…」
苦笑しながら言うイイノ先輩に、主将はぶっきらぼうに応じた。
主将は、だからあんなに怒ってたんだ…。なのに…、ボクってヤツは…。
「済みませんでした…。今後、気をつけます。ごめんなさい、主将…」
主将は口の中で「…む…」と返事をすると、再びラーメンに取り掛かった。
イイノ先輩の言ったとおり、主将は厳しい人で、少し乱暴なところがあるかもしれないけど、きっと良い人なんだ…。逆恨
みしそうになっていた自分が、情けなくなる…。
「…主将」
アブクマ先輩が、ぽつりと口を開いた。
「俺の事が気に食わねぇ事は分かってます。今日、少々ふざけたことも認めます。でも、素人の俺に付き合ってくれたタヌキ
の指導、あれをお遊びって言った事は許せねぇ」
「許せなければ、どうする?」
主将がギラリとアブクマ先輩を睨んだ。
「もっかい勝負しましょう。俺が勝ったらタヌキの指導がお遊びなんかじゃねぇって認めて下さい。その代わり、俺が負けた
ら主将の言うことを一つ。なんでも聞きます。例えば…、退部しろ、とかよ」
「おい!?何馬鹿な事言ってるんだアブクマ!主将!こいつの言う事は真に受けないで…」
「面白い。いつやる?」
「明日でどうっすか?」
「せ、先輩!落ち着いてください!」
火花を散らす二人の間で、ボクとイイノ先輩が説得を試みる。が…、
「分かった。明日の稽古後だ。逃げるなよ」
「主将こそ、恥かく覚悟決めて来て下さい」
説得は、無理だった…。あぁぁぁぁ!何でこうなっちゃったんだろう!?