第二十話 「オレの恋人っ!」

オレの名前は田貫純平。東護中二年生で、柔道部主将。名字どおりの狸の獣人っ!

先輩への長い片想いの末、失恋したオレに、翌日には恋人ができた。

…ん?失恋した翌日に恋人…?冷静に考えてみたらオレ、なんだかすっごく節操無いヤツみたいじゃないかっ!

ま、まぁ、それはさておき…、何回か夢じゃないかと疑って頬をつねったり、ドッキリじゃないかと思ってカメラを探した

りしたけど、どうやらどっちでも無かったらしい。

何故なら、オレは今できたてほやほやの恋人と隣り合い、中華を食べているからである。…中華って言ってもラーメンね…。

「メンマ、嫌いなのか?」

「う〜ん、苦手だね…。なんとなくこう、歯応えが…」

オレは自分の器から隣の器へと、せっせとメンマを移しながら応じる。

「もったいないな、美味いのに…。仲間はずれにしたらメンマが悲しむぞ?」

「それはどうかな?美味しいと思ってくれる人に食べられた方が、メンマだって嬉しいはずだよ」

…うん。言ってから思ったけれど、我ながら一理ある…。

素直な黒熊は「なるほど」と感心したように頷いた。

そう、オレってば先輩への告白を玉砕して終えたばっかりだっていうのに、ダイスケと付き合うことになりましたっ!



「どうだった?」

「うん。美味かった!」

ラーメン屋を出て、並んで歩きながら尋ねると、ダイスケは笑顔でそう答えた。

大きな体して子供みたいに無邪気な笑みを浮かべる顔が、また実にかわいかったりする…!

最近は日が落ちるのが早い。まだ五時半だというのに、辺りはすっかり暗くなっている。

「イイノ先輩やサツキ先輩と一緒に、部活の帰りに寄ってたんだ」

「ウチの部じゃ帰りに何処かに寄るなんて無かったな…。今度皆に声かけてみようか…」

最近は道場での稽古後にダイスケとファーストフード食べに行くから、とんとゴブサタしてたんだけど、久しぶりに食べる

昇龍軒のラーメンは格別だった。

ダイスケはハンバーガーとかホットドックとか、ファーストフードが好きだ。

今年初めまで、減量してた頃は凄く我慢してたらしい。それがまた辛かったそうだ。

新人戦の頃は、彼はまだオレと同じ110キロ級に居て、結構ハードな減量をしてたんだ。

でも体が大きくなり始めて、減量して階級のリミットを維持するのも無理になり、今年の中体連から階級を上げた。

それからは、食べる物にもあまり気を遣わなくて済むようになったと言う。

昨年の新人戦時点でのダイスケのスペックは170センチ108キロ。一年経った現在は177センチで133キロ。育ち

盛りだねぇ…。

ダイスケがこのままずんずん大きくなると、オレと組み手をするのも難しくなってくるだろうなぁ…。それはちょっと寂し

いけれど、仕方ないか…。

ちなみにオレは160センチの90キロ。獣人としては小柄な方で、体重は平均より少々ある。人間に換算するなら160

センチの63キロってトコ。…まぁ、体形は実に狸っぽいんだけどね…。

ダイスケはサツキ先輩と同じ熊獣人だけど、毛並みがペタッと寝るタイプなので、比較すると少しスリムに見える。

それでも体付きはかなりがっちりしてるし、固太りした身体は適度に脂肪も乗ってて、実にオレ好みのスタイルだ。

ぶっちゃけもう減量なんてしないで欲しい。うん絶対に。

ダイスケの告白から10日目の土曜日、今日はお互いの部活が休みだった事もあって、夕方からの稽古をお休みにして、一

日中ダイスケと遊んでいたんだ。

ゲーセン行って、映画見て、買い物して、食事して、つまり近場でのデートだね。…あぁ〜!シアワセッ!

「ね。まだ時間があるなら、ウチに寄ってかないか?バス停も近くにあるし」

そう誘ってみたら、ダイスケは迷うことなく頷いた。

「うん!迷惑でなければ行ってみたい」

実は、念のために部屋は掃除しておいた。受け入れ体勢はバッチリですとも!



「ジュンペーの家、ゲーム多いな…」

ダイスケはサツキ先輩と同じようなリアクションを見せた。

彼もゲームはするけれど、さすがにオレのように全機種揃えてはいないらしい。

「あ、これ先月出た新作か?」

ダイスケは人気レースゲームの新作のパッケージを手にとって眺める。

彼はレースゲームが好きだ。ゲーセンで腕前を披露してもらったけど、レースゲームとクレーンゲームならオレより遙かに

上手かった。こう見えて(失礼)結構器用。

「やってみる?実はオレもまだあんまりやり込んでないんだ」

「うん。やってみたい」

ダイスケが興味深そうな顔で頷いたと同時に、部屋のドアがいきなり開いた。

「お兄ちゃん。バトルミッション貸して〜」

声に振り向くと、ドアの所に狸獣人が立っている。オレの弟、正平だ。

きょとんとしているダイスケに気付くと、ショーヘーはペコリと頭を下げた。

「あ!アブクマ先輩、こんばんは〜!」

「いや違うって!良く見なよ!」

ショーヘーは首を傾げてダイスケを見つめ、

「あ、ご、ごめんなさい!熊さんだったからつい…」

ショーヘーは「えへへ」と照れ笑いする。

「球磨宮大輔、オレの恋…友達で、南華中なんだ。ダイスケ、これオレの弟の正平」

オレが紹介すると、まずダイスケが会釈した。

「クマミヤです。よろしく」

「田貫正平です!お兄ちゃんがいつもお世話になってます!」

ショーヘーがペコリとお辞儀した。よしよし、偉いぞー。

オレがアクションゲームのソフトを渡すと、ショーヘーは「ありがとー!」と嬉しそうに言って部屋を出て行った。

ダイスケはショーヘーが出て行ったドアを眺めて、ポツリと呟いた。

「…Sサイズのジュンペーだ…」

…いや、まぁ確かに似てるんだけどさ…。ポテトとかドリンクみたいな言い方やめてくれない?

「オレ達の5つ下。小学三年なんだ」

「兄弟居たんだ?」

「うん。男の二人兄弟」

ダイスケは可笑しそうに笑う。

「可愛い弟だな。ジュンペーをそのままちっちゃくした感じだ」

確かに、あんまりにも似過ぎてて、アルバムを見た時なんかには日付を確認しないと、どっちか分からなくて混乱したりも

するんだけれど…。

「ダイスケは兄弟居ないの?」

「3つ上の姉ちゃんが居る」

「美人?」

「う〜ん…、実のところ良く分からないな…。姉ちゃんは人間だし、オイラ男好きだから…」

まぁ確かに。普通の方々とオレ達とじゃ、女性の見方も違うかもしれない…。

あ?じゃあダイスケの両親って…。

「ウチ、姉ちゃんと母ちゃんが人間なんだ。父ちゃんが熊」

人間と獣人が結婚する事は、それほど珍しい事じゃない。比較的獣人の人口が多めのこの国では特に。

都会の方じゃ獣人差別主義があったりするから、全国的にっていう訳じゃないけれど…。

そして、人間と獣人の間に生まれる子供は、どちらか一方の種族の姿で生まれる。

姿が混じり合ったりする事はない。純粋な人間か、獣人か、どっちかが生まれるんだ。

ちなみに、両親が獣人同士でも、種があまりにも離れてる場合はどっちか一方の姿になる。

極端な例を挙げるなら、犬獣人同士の場合、両親の種が多少違ってても、子供は混血種で生まれる。…ようするに雑種っぽ

くなる。

でも、犬獣人と猫獣人の場合は、身体的特徴が混じり合うこと無く、両親どちらかの種の姿で生まれるってわけね。

ちなみにボクは生粋の狸。ダイスケは外見では分からないけど、遺伝子上は人間とのハーフって事になる。

ちなみに、人間と獣人の間に生まれる子供は、どっちの種族で生まれるかは半々の確率。

ダイスケが人間だったとしても、オレは彼を好きになったんだろうか?

…まぁ、好みの問題で正直に言うなら、もちろん熊で生まれてきてくれて良かったと思う。



「ああっ!?またやられた!」

オレの操作する車がカーブで外へ膨らんだ瞬間に、ダイスケの車が内側から抜き去って行った。そのまま最後の直線に入り

ゴールイン。くぅ〜!12連敗!

「上手過ぎるよダイスケ…。初めてやったくせに…!」

「う〜ん、前作やり込んだからな?」

ジャンルを選ばずゲームは得意なんだけれど、さっきから全然勝てない!

しかもダイスケはハンデとして、性能の悪い車を選んでくれてるのにこれだ…。

「っく…!もう一勝負!今度こそ!」

「ん〜…、でもそろそろ時間が…」

ふと時計を見ればもう8時半だ。

「うわ、もうこんな時間?残念だけど負け越しかぁ…」

ゲームの腕には自信があっただけに、ちょっぴり悔しい…。次までに練習しとこっ!



オレはダイスケを家の近くのバス停まで送った。

ここからなら、駅経由で南華行きのバスに乗り継いで、大体40分程度で帰れるらしい。

バスが来るまで時間があったので、オレ達は待合室のベンチに座って、色々な話をした。

「そういえばさ、ダイスケの家って何やってるの?」

「父親は車の整備工。母親は専業主婦」

「あ、もしかしてそれで車好き?」

「うん。車は昔から好きだな」

なるほど…。それでレースゲームに特化して上手いのか…。

「お姉さんはどこの高校?」

「東護高校の二年」

「へぇ。こっちに来てるんだ?もしかして、ダイスケも高校はこっちに来るの?」

「まだ分からない。でも…」

「でも?」

ダイスケは少し俯いてもじもじした。

「何処でも良い…かな…。…その…、…ジュンペーと同じトコ…なら…」

…ダイスケ…。くぅ〜!かわいいっ!

「オレも、ダイスケと一緒のトコが良い!」

何処に行くかはまだ決まってない。でも、オレだってダイスケと一緒なら勿論嬉しい!

オレは時計を見て時間を確認する。

「そろそろ、バス来るね…」

「うん」

人が来ないのを確認した後、オレ達はバスが来ないうちに、バイバイのキスをした。



「おはようございます!先輩!」

校門の前で見つけた見慣れた後ろ姿に、オレは元気に声をかけた。

「おう。おはようジュンペー」

振り向いたサツキ先輩が、オレを見て笑みを浮かべる。

今朝はネコムラ先輩と一緒じゃない。先輩は一人だった。

「先輩、今日のお昼とか時間取れますか?」

「空いてるが、なんだ?」

「ちょっとその…、お話ししておきたい事が…」

先輩はふむ、と頷くと、

「分かった。屋上で良いか?一人で待っとく」

「あ、いえ。できればネコムラ先輩にも一緒に聞いて貰いたいんですけど」

「キイチにも?」

先輩は訝しげな表情を浮かべた。

「はい。ぜひともっ!っと、そろそろ予鈴鳴っちゃうな…。じゃあ先輩、お願いしますねっ!」

「なんでキイチも…?」

まだ何か聞きたそうだった先輩は、鳴り始めた予鈴を耳にして顔色を変えた。

「ってやべぇ!分かった。キイチと二人で屋上な!」

「はい、お願いしますっ!」

オレ達は他の生徒達と一緒に玄関を目指し、校庭を駆け抜けた。



「恋人ができたぁ〜!?」

オレの報告を聞いたサツキ先輩は、目を丸くした。

「そうなんだ!おめでとう!」

ネコムラ先輩は笑顔で祝福してくれた。

「また随分急だなぁ…」

サツキ先輩は驚きを隠せない様子で呟く。そんな先輩をネコムラ先輩が促した。

「サツキ君、まずはおめでとうでしょ?」

「お、おう、そうだった!おめでとよ、ジュンペー!」

サツキ先輩も笑みを浮かべてそう言ってくれた。

「で、相手は誰なんだ?俺の知ってるヤツか?」

先輩方は興味津々といった様子でオレを見つめた。

「南華の球磨宮大輔です。ほら、去年の新人戦の優勝者」

「あぁ〜。あんときの黒い熊か!」

笑みを浮かべながら頷くサツキ先輩に、ネコムラ先輩が「誰?」と尋ねる。先輩はダイスケの事を簡単に説明すると、オレ

に向き直って笑みを深くした。

「あいつも俺達と同類だったのかぁ…。なんにせよ本当に良かったぜ!で、いつ告白したんだ?」

「告白されたんですよ。オレが先輩に告白した翌日です」

「へぇ、なるほど…。それであんまり落ち込んでいる様子も無かったのかな?」

ネコムラ先輩に言われて初めて気付いた。

…そうだ。以前のオレだったら、無茶苦茶落ち込んでまともじゃ居られなかったかもしれない…。

辛くなかったって言えば嘘になるけれど、あれからの数日間、これまでとほとんど変わらずにやってこれたのは、ダイスケ

が居てくれたからだ…。

「どうしたのかな?ぼ〜っとしちゃって」

ネコムラ先輩が微笑みながらオレの顔を見つめた。

何となく、オレの考えてた事はお見通しなような気がする。

「いえ、あとで、ちゃんとお礼言っとかなきゃなって思って…」

「そうだね。それが良いよ」

ネコムラ先輩はそう言って頷いた。…つくづく、不思議な雰囲気の人だよなぁ…。

「じゃあ、今度俺も挨拶に行かねぇとな」

サツキ先輩は笑顔で言い、ネコムラ先輩が小さく吹き出す。

「なんで君が挨拶?なんだかお父さんみたいな言い方だよ」

「…そんな歳食ってねぇよ…。大体、俺の誕生日が来るまではお前のが年上じゃねぇか?」

サツキ先輩は不満げに漏らす。

「可愛い後輩が世話になるんだぜ?挨拶はしておかねぇとな」

「先輩が挨拶に行くって言うと…、なんだか、別のことを連想しますね…」

オレの感想を聞いた先輩は、困ったように頭を掻いた。

 本当に心底困っているような顔をしていたので、オレは思わず小さく吹き出してしまった。

サツキ先輩の隣で、ネコムラ先輩が悪戯っぽく笑う。

「でも、相手の子はサツキ君の噂を聞いて、そういうイメージ持ってるんじゃない?」

「何!?そりゃまずいな…、やっぱり挨拶に行くのはよすか?」

真剣な顔で悩み始めた先輩に、オレは笑いながら応じた。

「大丈夫ですよ。ダイスケは最初っから、先輩の悪い噂なんて信じてませんでしたから」

「…本当か?」

「ええ、悪い人には見えないって言ってました」

「おお、見る目あんなぁクマミヤ!」

「へぇ。その彼、視力は大丈夫?」

「ちょっと待てキイチ、どういう意味だ!?」

「そのまんまの意味だけど?」

「確かに、悪人面ですもんねぇ…」

「!?ジュンペー、お前まで!?」

昼休みの屋上に、先輩の不満げな声と、明るい笑い声がこだました。



部活が始まる前に、オレはイイノ先輩を捕まえ、事の顛末を報告した。

「…そうか、アブクマの事は残念だったけれど、良いヤツと会えて良かったな」

「済みません。気持ちの整理がつかなくて、報告が遅れました」

「それは気にしないでいいさ」

猪獣人はそう言って、オレの肩を優しくポンと叩いた。

「相手が違う学校…、それもライバル校の柔道部主将ともなれば、色々と大変だろうが、オレは応援してるよ」

「は、はいっ!ありがとうございます!」

「…にしても…」

イイノ先輩は笑みを消し、何かを考え込むように眉根を寄せた。

「どうしたんです?」

「…一年生の獣人、二人居るよな…」

「ええ。ウエハラとコゴタですね?」

気が強い小柄な犬獣人のウエハラと、おっとりしていて大柄な黒毛和牛のコゴタ。

クラスメートでもある彼らの間は、一時ギクシャクしていたけれど、中体連前にすっかり仲直り、今では羨ましいぐらいに

仲が良い親友同士だ。

「あいつらが何か?」

「…どうだ?」

どうだって…、何がだろう?

「オジマ先輩、オレ、お前、そしてアブクマ…」

言葉の意味を考えていたら、イイノ先輩は指を折って名前を挙げ始めた。

「ウチの柔道部の獣人、お前の学年までの三年間、全員がホモだ」

…!?

「…い、言われてみれば…」

「だろう?妙なジンクスだが…」

「…って先輩!変な事吹き込まないでくださいよっ!稽古中に気になっちゃうじゃないですかっ!」

「だから言っているんだよ。気にしてやれ。そして、もしもそうなら力になってやってくれ。分かるだろう?誰でも相談に乗

れるような事じゃないんだから」

…あ…。

「イイノ先輩が、オレにしてくれたように、ですか?」

「まぁそういう事だな。別に柔道部内に限った事じゃあないけれどな。相談できる相手が居れば、多少は気が楽になるだろう?」

そっか…。そうだよね…。

「はい、気をつけてみます!」

そう頷いたオレに、イイノ先輩は笑みを浮かべて頷き返した。

オレも、イイノ先輩みたいに周りに気を配ろう。

イイノ先輩がオレの事に気付いてくれて、相談相手になってくれたように…。