第二十三話 「恋人とのクリスマス」

「なんかさ…」

歩き始めて間もなく、ダイスケは口を開いた。

「サツキ先輩、オイラのイメージとだいぶ違ったな」

「ん?ん〜…」

昨日のクリスマスイブ、オレ達、サツキ先輩とネコムラ先輩と合同デートして、そのままサツキ先輩の家に泊めてもらったんだ。

なお、先輩方はとある事情で同棲している。

…それでまぁ、二組のカップルだけが一つ屋根の下って言う状況だった訳で…、周囲を気にせずにいろいろな事ができたわ

けだけれど…。

…なんかお尻に…、未だに違和感が残ってるなぁ…。

「…まぁ、可愛くなっちゃってたなぁ、先輩…」

オレは昨日からさっきまで、共に過ごしていた先輩方の顔を思い浮かべる。

アレをする時、サツキ先輩は普段の逞しくて豪快な印象からは想像もつかないほどに可愛くなっちゃってた…。

オバケに怯える時といい、よがってる時といい、本当にギャップが凄まじい…。

「いや、そうじゃなくて…」

黒熊は眉根を寄せ、何か考えている。口下手なダイスケは、ときどきこうやって考え込み、言葉を選ぶ。

「オイラ、ジュンペーからはずっとサツキ先輩の事、聞いて来た」

「うん」

「でもな、実際に顔をあわせるのは、昨日でまだ数回だ」

「あ?そういえばそうかも…」

学校も違うから、大会や練習試合で顔を合わせない限り、会う機会自体がないか。

「話だってほとんどしてなかった。だから試合で見るイメージと、ジュンペーの話で人柄を想像してて…」

ダイスケは微かな笑みを浮かべる。

「漠然とだけど、強くて厳しい人だと思ってた。でも、それ以上に優しい人なんだな。ジュンペーが好きになったホントの理

由。やっと解ったような気がする…」

そしてダイスケは、ふと少し悲しそうに目を細めた。

「…悔しいけど…。オイラ、まだまだ敵わない…。ジュンペーが惚れるのも良く解る」

「そ、そんな!オレの恋人はダイスケだよ!先輩と比べたって…」

慌てて言うと、ダイスケは足を止めて、オレの顔を見下ろしながら苦笑いした。

「ごめんジュンペー。嫉妬してるとか、そういうんじゃないんだ」

…へ?てっきり、やきもち妬いてくれたのかと思ったんだけど…、違ってた?

ダイスケは笑みを収めると、真面目な顔でオレを見つめた。

「ジュンペー。ネコムラ先輩の事、気付いたか?」

「え?」

オレはダイスケの言葉の意味が解らなくて、首を傾げて考える。…ネコムラ先輩の…何?

「知らないなら、いい」

ダイスケはそう言うと、再び歩き出した。

「あ、ちょっと?待ってよダイスケ!ネコムラ先輩が、どうかしたの?」

オレは置いていかれないように慌てて足を速めて、その横に並ぶ。

「ごめん、ジュンペー。オイラが言うべきじゃないと思う…」

「どういう事…?」

尋ねたけれど、ダイスケはそれ以上教えてくれなかった。

…考えてみれば、オレは、ネコムラ先輩がサツキ先輩の家に住んでいる理由も知らない。

ウチの銭湯に来る時も、いやに裸を見られないように気を配ってるみたいだったから、薄々、裸を隠す理由があるんだろう

とは思っていたけれど…、あの傷の事だって、昨日まで知らなかった。

ネコムラ先輩と、彼の家に複雑な事情がありそうなのは何となく判る。でも、面と向かって先輩に尋ねるのは気が引けるな…。

ダイスケはきっと、ネコムラ先輩のその事情を察するか、気付くかしたんだ。こう見えて勘が鋭いからなぁ…。

気にはなるけど、これ以上尋ねてもダイスケを困らせるだけだろうし…。

オレは気を取り直し、ダイスケの手を握った。そして、ちょっと驚いたようにオレを見たダイスケに笑みを返す。

「急ごう、バスに遅れるよ」

「…うん」

照れたように微笑んだダイスケの手を引き、オレはバス停へと駆け足で急いだ。

今日は、ダイスケと二人っきりのデートだ!



ゲーセンのその一角には人だかりができていた。

固唾を呑んで取り囲む人々の中に、オレも混じっている。皆の視線の先には腕相撲マシーン。その作り物のゴツい腕を握っ

ているのは…、

「ぬううううううぅっ…!」

ダイスケは歯を食い縛り、鼻息を荒くしながら、じりじりと機械の腕を倒していく。

長らく粘っていたけれど、やがて、機械は根負けしたようにダイスケの腕に組み敷かれた。

「ふうっ…!」

手を離し、画面に浮かぶ「コングラッチレイション!」の文字を見つめた後、ダイスケはオレを振り返った。

その「どーだ!」でも言わんばかりの得意げな笑顔には、オレも苦笑いするしかない。

実はこの腕相撲マシーン、最上級の設定「ヨコヅナ」には、筐体設置以来、これまでたったの二人しか勝っていない。

ネームエントリーには「クマシロ」と「アブクマ」の二人。つまり、これまでのヨコヅナ戦勝者にはサツキ先輩も入っている。

その下にたった今、クマミヤの名前が入って、ダイスケは見事三人目になった!

…で、ダイスケと賭けをしてたわけなんだけど、オレの負けだなぁ…。

ダイスケは左利きだし、マシーンは右手用。だからさすがのダイスケでも勝ち目は無いと思ったのに…。

「夕飯、奢って貰うぞ?」

「あはは!分かったよ」

周囲からはダイスケに感嘆の視線が注がれている。

照れ屋なダイスケ当人はなんだか居心地悪そうだけど、オレはちょっと誇らしかった…!



いくつものゲームを梯子したオレ達は、少し疲れて休憩する事にした。

ゲーセンの休憩所で、ベンチに腰掛けて休んでいると、ダイスケはコーラを飲みながら、ボソボソッと、呟くように言った。

「ジュンペー。あの…さ…」

「うん?」

聞き返したオレを、ダイスケは少しうつむきながら、上目遣いでみつめた。

「…プリクラ…一緒に撮らないか?」

やけに言い辛そうだからなんだと思えば、そんな事?

プリクラぐらいで照れちゃって、かわいいなぁもう!

…って、考えてもみれば、オレも先輩をプリクラに誘う時、無茶苦茶ドキドキしたんだったな…。

「もちろん!さっそく行く?」

笑顔で尋ねたオレに、ダイスケははにかんだ笑みを浮かべて頷いた。

フレームを替えながら三枚撮った後、オレ達は手帳に張ったプリクラを見せ合って笑った。

こういう事をしていると、じわじわっと込み上げる幸せな気分と共に実感する。

ダイスケは、オレの恋人なんだって!



映画を見て、服をひやかして、だらだらと無目的にショッピングモールをうろついた後、オレ達は少し早めの夕食を摂った。

賭けに負けたわけだし、ダイスケの意見を採用してファーストフード店へ。

…正直、彼の安上がりな食指にほっとした…。…まぁ、食べる量はハンパないけど…。

ガフガフとホットドッグを貪るダイスケの顔を眺めながら、オレはコーラのストローを咥えたまま微苦笑する。

別に餓えていた訳じゃないだろうけど、食べる姿がひたむきで一生懸命だ。

ダイスケの前にはホットドッグが三本と、ハンバーガー四つ、フライドポテトのLサイズが二つ、チキンナゲットが二パッ

ク、サラダが二皿、コーラの
Lが二つ並べられている。

この黒熊はこれだけの量を、オレが普通のセットを食べている間にペロッと平らげてしまう。旺盛な食欲はサツキ先輩と良

い勝負だ。

熊獣人は大食漢が多い。実際にダイスケも惚れ惚れするような健啖ぶりだ。ダイスケが最後のハンバーガーに取り掛かるの

を見届けたオレは、気を取り直してクリスマスキャンペーンのスクラッチカードを擦る。

…お?…お?…当たった!

「やりっ!ビッグバーガーセット引換券!」

「ふぉ?ふぁっふぁふぁふんふぇー!」

…何…!?

 目で問い返したオレに、ダイスケはムグムグと口を動かし、ゴクンと飲み込んでから改めて口を開いた。

「やったなジュンペー!」

…ああ、なるほど…。あ、そうだ。

「ダイスケ、まだお腹に入る?」

「ん?」

「なんならすぐ交換してくるよ。オレもうお腹いっぱいだし、一人じゃあんまりここにも来ないし」

「ん〜…、それなら貰おうかな…」

「オッケー!ちょっと待ってて」

オレは席を離れ、さっそくセットと交換して貰いにレジカウンターへ向かった。



「ごちそーさん。あ〜、食った食った!腹いっぱい…」

ダイスケはパーカーを押し上げているお腹をさすりながら、満足気な笑みを浮かべた。

ショッピングモールから少し離れた、バス停近くの公園。近くにあるコンビニの明かりと街灯で明るく照らされたベンチに、

オレ達は並んでかけている。

バスの時間までは結構あるけれど、一日遊び回ったのもあって、それまで何かしようという気が起きない。今は二人で静か

に寄り添っていたい気分だった。

「なぁ、ジュンペー」

「うん?」

ダイスケは左手で、隣に座るオレの手をそっと掴んだ。そして右手をジャンバーのポケットに突っ込んで何かを取り出し、

オレの手に乗せる。

「その…、あれだ。…クリスマスプレゼント…」

俺の手の平に小さな箱を乗せると、ダイスケはそっぽを向き、ぽりぽりと頬を掻いた。

オレはガバッとダイスケに抱きつく。

「ありがとうダイスケ!」

「お、おいジュンペー、人が…!」

誰も見ていないのは確認済みだ。それに、例え見られたってかまうもんか!

嬉しい…!嬉しいっ!嬉しいよぉっ!

「嬉しいよ!ありがとうダイスケ!」

「…ん…」

ダイスケは照れて視線を逸らしながら、小さく頷いた。

「開けてもいい?」

「うん…」

オレはダイスケと体を離し、小箱のリボンを解いて蓋を開けた。

「うわぁ…!」

箱の中ではチェーンを通されたリングがキラキラと光っていた。

カッコイイと言うよりも、チェーンもリングも太くて造りの大きいポップなデザイン。かわいい、と言うべきだろうか。

「これ、シルバーじゃないの?高かったんじゃ…」

「そうでもない。それに、値段なんてどうでも良い」

ダイスケは目を逸らしたまま、また頬を掻いた。

「ジュンペーには、そういうのが似合いそうだと思って…」

その照れた顔に、胸がキューンとなる…!

「ダイスケありがとうっ!」

オレは再びダイスケに抱きつき、頬ずりした。

「う、うん…」

照れてカチカチになっているダイスケの顔を間近で見つめ、オレは微笑む。

「えへへ…、別れ際に渡そうと思ってたら、先越されちゃったなぁ」

ズボンのポケットから、ダイスケに貰ったものよりもさらに小さな箱を取り出し、オレはダイスケの手に握らせた。

驚いたように小箱とオレの顔を交互に見つめるダイスケ。

「オレからも、クリスマスプレゼント!」

「あ…」

ダイスケは口を開け、ぱくぱくさせた後、オレをギュッと抱き締め、グリグリと頬ずりして来た。

「ありがと、ジュンペー!凄く嬉しい!」

「ちょ、ちょっとダイスケ…、人が…」

「構うもんかっ!」

いやまぁ、人は確かに居ないけど…。こんなに喜んでくれると、さすがに照れるなぁ…!

「ね、開けてみてよ?気に入ると良いんだけど…」

ダイスケは頬ずりをやめて頷き、少し身を離して小箱をのろのろと開ける。

やがて姿を見せた箱の中身を目にし、ダイスケは目を丸くした。

オレからのプレゼントはシルバーの指環。

何の装飾も無い、厚くて無骨な造りだけど、素材の輝きを生かす飾り気の無さが、ダイスケに似合うような気がして選んだんだ。

「ジュンペー…、ありがとう…。こんな格好良いの、オイラに似合うかな…?」

「貸して、はめてあげる」

オレはそう言って小箱を借りると、ダイスケの中指に無骨なシルバーリングをはめた。

オレ達はまだ成長期だ。少し大きめのを選んだけど、毛のおかげでそんなにゆるくない。

「オイラの指の太さ、測ったっけ?」

「測らなくたって分かるよ。しょっちゅうチンチン握られてるんだから」

笑いながら言うと、ダイスケは恥かしそうに俯いた。それからおずおずと顔を上げると、オレの手から、彼のプレゼントが

収まった小箱を取る。

何も言わなかったけれど、分かったから、オレはじっとしていた。

ダイスケの手が、オレの顔の両脇を過ぎて回され、首の後ろで小さくカチッと音がする。

視線を落とせば、胸元で揺れるチェーンとリング。

視線を戻せば、間近にあるダイスケの照れた顔。

オレ達は笑みを交わし、唇を重ねた。



「なんか、ペアリングっぽいね?」

バスの中で、オレは自分の胸元のリングと、ダイスケの左手のリングを見比べた。

どちらも同じシルバーのリング。ダイスケのはゴツい造りで、オレのは少し丸みを帯びた造り、装飾の類が一切無いのも同

じだった。

偶然にも、オレ達がそれぞれ選んだ品は、少し似ている。

「そうだな。…好みが、似てるのかな…」

照れたように呟いたダイスケに、オレは笑顔で頷いた。



「今日は楽しかった」

「うん。オレも楽しかったよ!」

ダイスケはバスを乗り継いで帰る。駅前のバス停で、オレ達は笑みを交わした。

「冬休み、まだまだあるし、しばらくはたっくさん遊べるね!」

「うん」

オレの言葉にダイスケが微笑む。

何度繰り返しても飽きないやりとり。何度見ても愛くるしいダイスケの笑顔。オレ、幸せ者だなぁ…!

「初詣行って、初売りも行ってみよう。またモールに行ってさ!それからスケートも!」

「う…、す、スケートか…」

ダイスケは顔を顰める。昨日先輩達と行ったけれど、彼はスケートが苦手だった。

「いいじゃん。弱点克服!」

「…う〜ん…。ジュンペーがそう言うなら…」

しぶしぶ頷くダイスケ。テンパってる姿がまた可愛かったんだよなぁ…!

やがて、バスが走って来るのが遠くに見えた。

オレ達は誰も見ていないのを確認し、素早くバイバイのキスを交わす。

「それじゃあ、気をつけてねダイスケ」

「うん。おやすみ、ジュンペー」

笑顔で挨拶を交わした後、ダイスケはバスに乗り込んだ。

走り去るバスのお尻の窓から、ダイスケは見えなくなるまで手を振り、オレもバスが曲がり角の向こうに消えるまで、手を

振り続けた。

…あれだけ一緒に居たっていうのに、別れるのはやっぱり寂しいなぁ…。

同棲してるサツキ先輩とネコムラ先輩が、正直無茶苦茶羨ましい。

…念の為に言っておくけれど、サツキ先輩と一緒に居られるネコムラ先輩が羨ましいって意味じゃないよ?

自分でも不思議だけど、玉砕した割に、嫉妬心は殆ど湧いてこないんだ。

サツキ先輩の事は相変わらず好きなんだけど、それがネコムラ先輩への嫉妬には直結しない。

サツキ先輩を困らせたく無かったからなのか、ネコムラ先輩の人柄に触れたからなのか…。それとも、ダイスケと付き合っ

てる事で、心境が変ってきたのかな…?

つまり、羨ましいっていうのは…、恋人同士でずっと一緒に居られる先輩方が、単純に羨ましいわけで…。

オレもダイスケとそんな生活ができたらどんなにいいだろうなぁ…。

…そうだ。どこか寮のある高校でも目指してみようか?そういえば、先輩方が目指す星陵って、寮があるんだったよな…。

…と言っても、進学なんてまだ一年以上先だ。

それに、オレ一人の問題じゃないし、そんなに軽々しく決められる事でも無い。

…これについては、ダイスケとゆっくり話し合ってみよう…。

オレはバス停を離れ、家に向かって歩き出した。

首もとのリングを片手で弄りつつ、ぼんやりとした将来に、なんとなしに想いを馳せながら…。