第三話 「先輩との出会い」(後編)
ボクは階段を駆け上り、屋上のドアを押し開け、周囲を見回す。
…居た!アブクマ先輩は、屋上の床に直接あぐらをかき、手すりに背を預けてカレーパンを齧っていた。
ボクに気付いた先輩は、目を細くして手を上げて見せた。
「おう。昼飯か?まだなら一緒にどうだ?」
「あ、ボクは済ませて来ましたんで…。じゃないっ!先輩!探してたんですよ!」
「俺を?」
先輩は首を傾げる。
「イイノ先輩が、食堂に居なければたぶんここに居るって」
ボクは先輩に歩み寄り、傍に座った。
「今日、主将と試合するんでしょう?」
「試合にはなりゃしねぇさ。なんせ寝技をいくつか齧っただけだからな」
先輩は牛乳パックをあけながら応じる。気負った様子は全く無い。その事がボクに焦りを感じさせる。
「だったらなおさら何か考えないと!だって…」
昨日の先輩の言葉が、耳元で甦る。
「俺が勝ったらタヌキの指導がお遊びなんかじゃねぇって認めて下さい。その代わり、俺が負けたら主将の言うことなんでも
聞きます。例えば…、退部しろ、とかよ」
そう、負けてしまったら、先輩は…。
「大丈夫だから安心しろ。そもそもここじゃ練習もできねぇ。焦ったってしょうがねぇや」
先輩は気楽に言うけれど、そもそもの発端はボクにあるんだ…。
「先輩、ボクもう良いんです。僕の指導なんかじゃ、お遊びって言われても仕方ないし…」
「何言ってやがる」
先輩がボクの顔を睨んだ。先輩に怒った顔を向けられるのは初めてで、ボクはたじろいでしまった。
「お前は真面目に教えてくれた。内容がどうとかは関係ねぇ。一生懸命やってんのをお遊び呼ばわりすんのは、例え主将でも
間違ってる」
…ボク…、最低だ…。先輩はこんな風に思ってくれてたのに…、ボクは…。
「それに、こいつは単に俺が意地張ってるだけだ。お前が気に病む事はなんもねぇんだからな」
先輩はそう言って優しく微笑んだ。…罪悪感で胸が苦しくなる…。
「せ…先輩…」
「うん?」
「よければ、ボク…、今日も練習に付き合っていいですか?」
勝ち目があるとは思えないけど、今日は先輩方にお願いして、アブクマ先輩の練習を見させてもらおう。そして、先輩が退
部する事になったら、ボクも柔道部をやめよう。せめてもの罪滅ぼしとして…。
「そりゃあ、俺にとっちゃ嬉しい話だけどよ。良いのか?俺と一緒に居ると嫌われんぞ?」
先輩は少し心配そうに言った。ボクが先輩方の不興を買うことを案じてくれているんだろう。
「良いんです!どうせなら一緒に嫌われましょう!」
何言っちゃってるんだろうボク?勢いって怖い…。
先輩はちょっと驚いたようにボクを見つめた後、声を上げて笑った。
「ぬはははっ!お前、結構面白ぇやつだな!?」
先輩があまり可笑しそうに笑うものだから、ボクもつられて笑ってしまった。
二人であげた笑い声は、青い空に吸い込まれていった。
練習は、グラウンド10週の長距離走から始まった。さすが強豪校、基礎メニューすら半端じゃないっ!
ボクは走るのが得意な方じゃない。それでも一年生の中では体力がある方みたい、先輩方と比べればもちろん遅れ気味なの
は否めないけどね。…だけど…。
ボクのさらに後方。一年部隊のさらにさらに後方。半分も走っていないのに、息も絶え絶えでよろよろと走っているのは…。
「大丈夫ですか?先輩?」
「…だ、だい…じょぶ、だ…。こ、この程度っ…、なんでも、ねぇよっ…」
ペースを落とし、声をかけたボクに、アブクマ先輩はぜぇぜぇと息をしながら応じた。…どう見ても大丈夫そうには見えない。
先輩はすっかり汗だくで、呼吸は乱れまくり、足元は時折ふらついている。
「あ〜、冷たいようだけど放っといた方がいいぞ?そいつ長距離走だけはダメなんだ」
ボク達に一周差をつけたイイノ先輩が、横に追いつきながらそう言った。体も大きいし太めなのに、イイノ先輩は足が速い。
息もあまり上がっていないみたいだ。
「終わったら休憩入るから、それまでがんばれアブクマ」
「…お…おう…」
アブクマ先輩が苦しげに応じると、イイノ先輩は速度を戻してぐんぐん走ってゆく。
「た、タヌキ…、お前、も…、行け…」
先輩は苦しそうに喘ぎながらも、ボクの背を押して先に行かせた。…付き合おうとしたらかえって気を遣わせちゃうかな…。
先輩が気になったけれど、ボクは全力で走り始めた。
…ようやく先輩が走り終えたのは、ボクらが十分な休憩をとった後だった。ちなみに一年のビリから三周差がついていた…。
道場前に戻ってくるなり、先輩はへたりこんで動かなくなった。
絞れそうなくらいに汗を吸ったジャージが、コンクリートのたたきに汗の染みを作る。
「く、くそっ…!柔道部は、そんな走らねぇと、思ってたのに…!」
肩で息をしながら先輩は呟いた。本当に長距離走が苦手らしい。…まぁ、この体だから走るのは苦手だろうけど…。
ちなみに、先輩が短距離走なら結構速い事を知るのは、しばらく後の事だった。
そこそこの休憩を挟んで、いよいよ稽古に移る。
残された猶予はここからの稽古のみ。昨日みたいにふざけてる余裕なんてもちろん無い。
可能性はゼロじゃないんだ。それに、何より先輩は諦めていない。ボクは、ボクにできる限りの事をやろう。
…とは言え…。
ボクの目は、着替え中の先輩のナイスバディに釘付けになっていた。早くも興奮し始める愚息を心の中で叱り飛ばし、ボク
は必死に理性を保つ。まったく!昨日の今日で同じことを繰り返すつもりかボクは…!?
「こうだっけか?」
目を逸らしたボクに、先輩は自信無さそうに帯の結び方を見せてきた。…あ、結び目が上下逆さになってる…。こう結ぶの
逆に難しくない?
「ここはですね…」
ボクが帯を解くと、先輩は決まり悪そうに頭を掻いた。
…やばい…。ボクは先輩の腰に帯を回しながら焦っていた。抱きついて頬ずりしたくなるようなナイスバディが目の前に…!
…っていうか、ボクもう昨日先輩に抱きついちゃってるんだよね…、しかも子供みたいに泣きながら…。あ…思い出したら急
に恥ずかしくなってきた…。
「どうしたタヌキ?」
「え?あ、いやなんでもっ!」
やばいやばい!手が止まってた!ボクは帯をしっかりと結びなおし、先輩から離れる。
「お!こうだったこうだった。サンキューな!」
「いえいえ、どういたしまして」
「早いトコ覚えねぇとなぁ。いつまでもお前に結んで貰うのもかっこ悪ぃし」
帯の結び目を確認しながら言う先輩に、ボクは思わず、「いえもうなんなら毎日でも喜んで結びますよっ!」と答えそうに
なったが、それはさすがにぐっと堪えた…。
自分で言うのもなんだけど、ボクは一生懸命先輩の稽古に付き合った。
勝てないまでも負けない寝技。初心者の先輩がどこまでやれるか分からないけれど、勝ち目があるとしたら並外れた体力を
活かすしかない。その為には、昨日のように、もがいても脱出不可能なカタに持ち込まれちゃダメなんだ。
ボクは先輩に、「こうなるとヤバい」カタを知る限り全部実践して見せた。ボクがかけたなら外すのは可能だけれど、オジ
マ主将にかけられたら、さすがの先輩でもアウト。負け確定だ。先輩にはアウトの体勢に連絡する動きを、できるかぎり多く
覚えてもらう。反復練習している暇は無い。とにかくカタを一通り体験してもらう。攻めについては、押さえ込みしか教えて
いる時間は無かったけれど…。
作戦はこうだ。とにかく極められないように注意しながら、大きな体を活かして圧力をかけていく。主将だって疲れる時は
疲れるんだ。ついでに焦りでも感じてくれればしめたもの。動きが悪くなってきたら、体重と体力を活かして押さえ込む。勝
てる見込みはそれくらいしかないと思う。
「一つ聞いときてぇんだけどよ」
小休止を取っている時に、先輩は道着をバタバタして胸元に風を送り込みながら言った。
「技をかけられてる最中に、相手を投げて抜けるのはアリか?」
「え?できるなら勿論オッケーですけど…。絞められてる最中にそんな事は…」
「そっか。オッケーか」
先輩はうんうんと頷く。何を考えてるのか分からず、ボクは先輩に尋ねた。
「でも、絞められちゃったらいくらなんでも無理ですよ?」
「う〜ん。まぁ昨日みてぇになっちまったらもう無理だろうなぁ」
先輩はそう言って素直に頷いた。とりあえず、無茶な事を考えてたわけじゃないみたい。
稽古が一通り済むと、道場の中央で主将と先輩が向き合った。
イイノ先輩が何度も主将に訴えていたみたいだけど、主将は頑として聞き入れず、結局、取り止めにはならなかった…。
「覚悟はできたか?」
「主将こそ、昨日の約束忘れて無いっすよね?」
睨み合い、見えない火花を散らす二人。
試合するのはボクじゃないのに、動悸が激しくなって脂汗が滲み出る。
審判を買って出たイイノ先輩が、二人を開始位置まで下がらせた。
「はじめっ!」
合図と同時に二人は腰を落とす。
柔道、とはいえ寝技限定の勝負だ。二人の構えは柔道のものより、レスリングのそれに近い。
先輩が先手を取って押し倒せれば有利になる。けれどその可能性は低い。加えて、もしも主将に先手で引き倒されれば、そ
の場で決着してしまう事も有り得る。ここは慎重に出方を見て…、とかボクが考えていたら、先輩は真正面から突っ込んだ。
なんでぇ〜!?
主将は真っ向から迎え撃ち、自分の襟に伸びた先輩の腕を捌いて、逆に襟と帯を取りつつ先輩の左側面に回る。その動きは、
まるでひらりと牛をかわす闘牛士。主将もかなり大柄なのに、信じられない程柔軟と素早さ!
思わず感心している間に、前のめりに体が泳ぐ格好になった先輩は、横合いから引っ張られて引き倒されてしまった。まず
いっ!ピンチ!
やや左側を下にしたうつ伏せ状態で倒れた先輩を、主将が押さえ込みに入る。が、先輩はゴロッと主将側に転がり、うつ伏
せに押さえ込まれるのは避けた。
普通ならカメになって守りたいところだけれど、正攻法じゃ勝てない事を先輩も良く分かっている。普通なら有り得ない方
向へと回避行動をとった先輩に、主将の対処が一瞬遅れた。…いや、自分の方へ転がって来る165キロの巨体を前に、一体
どんな対応が取れるというのか?ちょっと考えたくらいじゃ下がる程度しか思い浮かばない。
主将は結局後退することにしたらしい。でも、下がる前に、転がって来た先輩が伸ばした左腕が道着の肩を掴んでいた。チ
ャンス!
先輩は意外にも(失礼)俊敏に身を起こしつつ、膝立ちの状態で捕えた主将を引き寄せにかかった。そのまま抱きついて押
し倒しちゃって下さい!…って、誤解されそうな言い方だなコレ…。
先輩の握力は馬鹿げている程強い。主将といえども簡単には外せないはずだ。
主将は肩を掴んでいる左腕の袖を掴み、先輩の右に移動する。腕があまり伸ばされたら体勢が崩れて危険になる。先輩は膝
立ちのまま素早く向きを変え、主将を正面に置く。
次いで主将は襟を取りにかかったけれど、先輩は左腕を突き出して襟を遠ざけ、空いている右腕で主将の腕を払って襟を取
らせない。ボクと練習した守りの対応が役に立っているようだ。…ちょっと嬉しい…。
しばらく攻防を争ったけれど、主将は先輩の襟を取る事も、体勢を崩すことも、肩を掴んだ腕を外す事もできなかった。す
ごいや先輩…。まさか一通りの例を説明しただけで、ここまで動けるなんて…。
が、有利に試合を運べたのはそこまでだった。
主将はそのまま攻めるのを諦め、再び先輩の右手側に動く。させじと向きを変えようとした瞬間、主将の身体は左側面に素
早く移動した。
主将の肩を掴んでいた左手が反り、先輩の指が開く。身を起こし切っていれば向き直って対処できたろうけれど、膝立ちの
状態でああいう風に逃げられたら、関節の構造上力が入らない。いくらなんでも手首の力だけで主将を抑えるのは不可能だ。
肩を掴む腕をあっさり外した主将は、先輩の後ろ襟を掴んで後方へと体重をかけた。堪え切れずにあお向けに引き倒される
先輩。そして左腕は、主将に捕えられている。
一瞬だった。ほんの一瞬で先輩の頭側に居た主将が上半身を跨ぎ越し、左手首を両手でしっかりと捕え、腕を股に挟んで仰
向けに転がる。
腕ひしぎ!昨日ボクがかけられたのと同じ技だ。鮮やかな動きで腕を極めた主将は、先輩の腕を引き伸ばしながら口を開いた。
「参ったしても良いんだぞ?」
…当然だ…。ああなってしまったらもうおしまいだ…。
が、ボクは自分の目を疑った。先輩は、口元に笑みさえ浮べて主将を見返していた。
「この程度でもう勝ったつもりっすか?」
強がり。ではない事が、すぐに分かった。腕を引き伸ばしにかかっていた主将のお腹の上で、先輩の肘はまだ曲がっている。
主将の両腕、背筋、半身の体重という三つの要素に対し、先輩は左腕一本の筋力で拮抗した状態を作り上げていた。…デタラ
メだ!
先輩はそのまま、ゆっくりと左腕を持ち上げ始めた。…まさか…?いや、でも…。
稽古中に先輩が口にした質問が、頭の中で甦った。
「技をかけられてる最中に、相手を投げて抜けるのはアリか?」
いやいやいやいや!有り得ないから!有り得ない、はずなのに…、主将の背が、畳から浮き上がった。その顔が、ボクが知
る限り初めて、驚愕の表情を浮かべた。部の皆からもどよめきが洩れる。それはそうだ。こんな光景を目の当たりにするのな
んて初めてだろう。
先輩は歯を食いしばり、腕一本で主将の体を持ち上げると、寝返りを打つように体を倒しながら、主将を反対側の畳に叩き
付けた。床が振動する程のその衝撃に、ボクは思わず自分の鼻を押さえる。
顔から畳みに激突した主将の体の下に左腕を入れたまま、先輩が身を起こしかける。あの体勢なら上から攻めるのも、ひっ
くり返すのも簡単だ!これなら…、
「待て!」
イイノ先輩の鋭い声が響き、アブクマ先輩が動きを止める。
イイノ先輩は二人を分けると、主将を起き上がらせた。
ボクらは息を呑む。主将の鼻から血がどろどろと滴り、顔の下半分を真っ赤に染めている。口の中も切れているらしい、唇
の隙間からも血が伝い落ちていた。
「試合は中止だ。救急箱!」
イイノ先輩が声を上げたが、主将がそれを制した。
「誰が中止すると言った?勝負はまだ…」
「オレが中止すると言いました」
イイノ先輩は主将の言葉を遮ってそう言った。
「勝手な判断で…」
「鼻血流したまま畳の上を転げまわって、道場を血の海にでもするつもりですか?」
再び言葉を遮られた主将が、「ぐぅ…」と唸って口を閉ざす。…イイノ先輩…、強い…。
「そういう訳だアブクマ。試合はやりなおし」
そう言ったイイノ先輩に、アブクマ先輩は頭をガリガリと掻いて呟いた。
「…いや今の…、俺の負けなんだわ…」
ボクは、いや、ボクだけじゃない、皆がその言葉に耳を疑った。
「主将を落とした時、俺の腕、伸び切っちまったんだよな。で、うつ伏せのままの主将に完全に極められちまってた。お前が
止めに入らなきゃ、そのまま主将の勝ちだった」
先輩はそう言うと、座り込んだままの主将に一礼した。
「参りました」
主将はティッシュを鼻に詰めながら、ジロリと先輩を見上げた。
「黙っておけば負けにならんのに、何故わざわざバラした?」
先輩は困ったように頭を掻きながら言う。
「フェアじゃねぇからかな?これでも基本とルールはある程度覚えたんすよ?俺が覚えた範囲じゃ、柔道ってのは相手に怪我
させる事を競う武道じゃねぇ。主将が怪我して試合が中断して、それで命拾いすんのはフェアじゃねぇよ。それに…」
先輩はボクをちらりと見て続けた。
「教えてくれたヤツに顔向けできねぇような、恥ずかしい真似はしたくねぇ」
主将は先輩を見つめたままぼそりと尋ねた。
「…お前のプライドが許さない、と?」
「いや、負け犬の遠吠えっす」
先輩は笑ってそう応じた。そして主将に一礼して背を向け、ボクの方へ歩いて来る。
「済まねぇタヌキ。負けちまった…」
先輩はそう言って、ボクに頭を下げた。
「謝らないで下さい。良いんです。ボクは良いんです…。先輩、立派でした!」
胸が一杯になって、上手く言葉が出なかった。先輩は照れ臭そうに鼻の頭を擦ると、ボクの肩をポンと叩いた。
「たった二日間だったけど、結構楽しかったぜ。最初は先輩って呼ばれんのもむず痒かったが、慣れるとまんざらでもねぇな」
…そうだ…。負けちゃったから、先輩は…。
「ぼ、ボクも…」
柔道部、やめます!
そう言い掛けた瞬間、主将が先輩を呼んだ。
「約束の事、忘れてはいないな?」
「うす。俺が負けたら、主将の言う事を一つ、なんでも聞く」
先輩は振り向くと、主将に頷いた。
主将は先輩の顔をじっと見つめながら口を開いた。
「明日から中体連が終わるまで、練習がある日は必ず参加しろ」
主将の言葉が、一瞬理解できなかった。たぶんボクだけじゃない。先輩も、他の皆も、きょとんとした表情で主将を見つめ
ていた。
「学校の行事をサボってでも出ろ。風邪を引いても這ってでも出ろ。一日たりとも休みは許さん」
「それじゃあ…」
イイノ先輩が呟き、それから顔を輝かせてアブクマ先輩を見つめた。そこへ主将が続ける。
「それとジョギングしろ。とにかく走り込め。毎回長距離走の度にあれだけ遅れられると、その後の稽古に差し支える」
アブクマ先輩は渋い顔で応じる。
「言うこと聞くの、一つだけって約束だったっすけど?」
「む…。そうだったな…」
主将は真面目な顔のまま頬を掻いた。
「まぁ、走るっすよ。俺だって周回遅れで後輩の背中追っかけて走んの面白くねぇしよ」
そう答えた先輩に頷くと、主将は口元を僅かに吊り上げて笑った。
先輩はボクを振り返り、肩を竦めて言った。
「やれやれ…、良い機会だったのにやめ損ねちまった。悪ぃけど、明日からもよろしく頼むぜ」
言葉とは裏腹に、嬉しそうな顔だった。
ボクは心の底からの笑顔で頷く。
「はい!ボクの方こそ宜しくお願いしますっ!」
こうして、ボクの中学生活が始まった。大好きな先輩と一緒に、ずっと柔道を頑張っていこうと思う。
…ちなみに、主将に言われた通りにジョギングをしているようだけれど、先輩はいつまでたっても長距離走ではドンケツの
ままだ。…必死に走ってる姿もまた可愛いんだけどね。