第七話 「念願の初デート!」
ボクは田貫純平。東護中一年で柔道部所属っ。名字のとおり狸の獣人で、身長は平均そこそこ、幅はちょっとだけあるかも。
そんなボクは今、精一杯のおめかしをして、ショッピングモール入り口の広場、噴水前で何度も時計を見上げている。…待
ち合わせの時間よりだいぶ早く来ちゃった…。
ソワソワしながら待っていると、約束した時間の十分前に、待ち焦がれた相手が通りの向こうからやって来た。
「悪ぃ、待たせたか?」
「いえ!まだ時間前ですよ」
声をかけてきたのは大柄な熊の獣人。ボクが所属する柔道部の副主将、二年生の阿武隈沙月先輩だ。
身長189センチ、体重167キロの堂々たる体格に、全身を覆う濃い茶色の被毛。服を着ていると見えないけれど、胸元
には白い三日月マークが入っている。オレンジのトレーナーにフード付きの黄色いベスト。ジーンズにスポーツシューズ。普
段めったに見れない私服姿の先輩は、いつにも増してかっこいい!
そう!今日は密かに想いを寄せているこの先輩との初デートなのである!…って言っても、先輩からすれば、単に後輩と一
緒に遊びに出かけるだけなんだろうけど…。
「映画の時間まで結構あるな。少しその辺を見ながらぶらついてくか」
「はい!」
ボクは先輩と並んで歩き出す。まるで恋人同士のように、…とは行かないものの、仲の良い先輩後輩には見えるだろう。ク
ラスの女子が見たらさぞ羨ましがるだろうなぁ…。
「あ、丁度いいや、時間つぶしにゲーセン寄っていきませんか?」
ボクがゲームセンターを指さして言うと、先輩は「それもいいな」と頷いた。…実はこれ、予定していた事!事前に映画の
時間をチェックして、移動中にかなりの余裕を持ってゲーセンの前を通過できるように、待ち合わせ時間を指定したのだ!
目当てはもちろん、先輩とのツーショットプリクラ!…でもまぁ、いきなり「プリクラ撮りましょー!」もないので、他の
ゲームで少し遊んでから、それとな〜く誘うという作戦。…完璧だ!我ながら冴えてる!
「タヌキ、ありゃなんだ?」
自動ドアを潜ったとたん、先輩が前方の筐体を指さして尋ねてきた。
「あれは音楽に合わせてドラムを叩くゲームです」
「へぇ…。お?そっちのは?」
「UFOキャッチャーのグッピー版ですね」
「あっちのでかい画面のはなんだ?」
「スノボのゲームですよ」
先輩は物珍しげに周囲をキョロキョロとしている。もしかして…?
「先輩、あんまりゲーセンとか来ないんですか?」
「う〜ん…、友達に付き合ってたま〜に来るぐれぇかな?」
なるほど、どうりでありふれている格ゲーの対戦台を珍しそうに眺めている訳だ…。
「タヌキはゲームとか得意なのか?」
「まぁ、そこそこは…」
な〜んて言いましたが、自慢じゃないけどゲームはかなり得意だったりする。
「先輩はどうなんです?」
「俺?俺はダメだなぁ。たぶん小難しいのは向いてねぇんだな、何やってもまるっきりだ」
確かに、この先輩がゲーム得意なのはイメージに合わないかも。(偏見?)
「まだかなり時間ありますし、何かやって行きます?」
「いや、俺は良い。タヌキが何かやって見せてくれよ」
お?良いですね!張り切って良いトコ見せましょう!
ボクは得意とする格ゲーの対戦台に着く。先輩はボクの後ろに立ち、興味深そうに画面を覗き込んできた。滅多に見せられ
ないボクの勇姿、見ててくださいねっ!
集まってきたギャラリーの中、先輩は感心したように「へぇ」とか「おぉ…」とか言いながら、ボクのプレイを見ていた。
快調快調!すでに27連勝!
「なんだよ、そこそことか謙遜してたけど、上手いんじゃねぇか」
先輩は面白そうに画面を見つめながら言った。お褒めいただき光栄ですっ!
「でも、大丈夫なのか?観客も居るし、対戦相手も居るだろ?上がったりしねぇのか?」
「…言われてみれば…。でもこういうのは昔から大丈夫ですね…」
考えてみればちょっと不思議だ。柔道の試合じゃこんな状況ならガチガチになったのに…、遊び慣れてるゲームだから平気
なのかな?
結局、32連勝した時点で乱入してくる相手が居なくなった。そのままクリアして席を離れると、辺りから賞賛の視線が注
がれている事に気付く。
「の、喉乾きませんか先輩?ジュース飲みましょジュース!」
ボクは先輩を促して早々とその場を離れた。…対戦そのものは平気だけど、やっぱりこういう風に注目されるのはちょっと
苦手だ…。
先輩はゲーセン内の自販機でコーラを奢ってくれた。遠慮したけれど「遊びに連れて行って貰う」というお願いに含まれた
サービスとの事。…恐縮です…。
「済みません。なんだかボクだけ楽しんじゃって…」
「いや、見てるだけでも楽しいもんだ。それに、お前が次々勝ち抜いてくのが爽快でな、結構気分良かったぜ?」
先輩は笑いながらそう言った。その顔は本当に楽しそうで、お世辞だけじゃなく本心みたい。でもやっぱり何か自分でプレ
イして貰った方が…。…あ、そうだ。
「先輩、あれなんてどうです?やってみませんか?」
ボクは近くにあった台を指さした。あれならきっと先輩も楽しめるはず!
「なんだありゃあ?」
「エアホッケーです。ルールは簡単…」
ボクが簡単に説明すると、先輩は興味深そうに台を見つめた。
「言われてみりゃ、テレビ番組で見たことあるな…」
「アミーゴパークですね?そうそう、アレですよ」
「こいつなら俺でもできそうだな。ちょっとやってみるか?」
「よっし!それじゃ勝負しましょう!」
ボクはもちろんエアホッケーも得意!でも、ここはちょっと手加減しつつ、先輩にも楽しんで貰おう!
…な〜んて、甘かった…。
「結構面白ぇな、これ」
先輩はご機嫌な様子でそう呟いた。…結果は…、10対3でボクの惨敗です…。
…そうだった…。先輩は長距離走以外のスポーツはなんでもできる。そして、エアホッケーはどうやらスポーツらしい。
結構自信があっただけに、初挑戦の先輩にここまでズタボロにされると、少々へこむ…。
「今度イイノにも教えてやろう。びっくりすんぞ〜!最近はこんなゲームもあるなんて知ったらよ!」
「…いや、さすがに主将は知ってるかと…」
ちょっと悔しいけど、楽しんで貰えたようだから良いか。…そういえば…?
「先輩、休みの日って、普通は何してるんですか?」
「ん?いつもはトレーニングしたり、散歩したり、料理したり、あとはテレビ見たり漫画読んだりしてゴロゴロしてるな」
休日までトレーニングか、強くなる訳だ…。って料理!?
「先輩、料理できるんですか!?」
「まぁ人並みにはな。早弁用の弁当も自分で作ってんだぜ?」
意外…!先輩って結構家庭的?…っていうか早弁用って何…?
「人並みって…、普通は料理なんてできませんよ?」
「そういうもんか?」
う〜ん、部活で顔を合わせている時とは話題も違うからだけど、今日は色々な発見があるなぁ…。っと、そろそろ良いかな…?
「せ、先輩っ。せっかくだからプリクラ撮って行きませんか?」
あ、声裏返った!
「プリクラ?なんだったっけ…?」
「あれ?プリント倶楽部、知りませんか?」
先輩は首を傾げた後、「ああ」と頷いた。
「シールになる写真が撮れるやつか。女子の間なんかじゃ昔から流行ってるんだっけ?」
先輩はプリクラもあまり知らないみたい。なんかすごい田舎から出てきた人みたいだ…。
「やった事ねぇんだよな。すぐ出来るのか?」
「ええ、その場で出てきますよっ!」
お?渋るかなぁ、とか思ってたけど、興味ありそう?
「おし。どんなんだか試しに撮ってみるか」
おお!?むしろ結構乗り気?やりぃっ!
「それじゃさっそく撮りましょう!」
ボクは先輩の腕を掴んでプリクラコーナーへと引っ張る。
「そんなに慌てんなって。時間はまだあるぜ?」
「それはまぁそうなんですけど…」
先輩の気が変わらないうちに、確実にお宝ゲットしなきゃならないんですよ!
「…これ全部…、その機械なのか?」
ゲーセンの一角を占拠し、ズラリと並んだプリクラ筐体の数々を前に、先輩は面食らったように呟いた。
「機械によって選べるフレーム…、つまり背景や縁取りのデザインなんかが違うんですよ」
「背景まで付くのか!?」
先輩は目を見開いてボクを振り返った。ずいぶんと驚いている。なんだか楽しいっ。
「プリクラって、どういうのを想像してたんですか?」
「証明写真なんかのああいうヤツかと思ってた…」
「…それじゃいくらなんでもつまらないでしょう…。誰も撮りませんよ…」
「なるほどなぁ…。なんで流行ってんのか不思議だったが、納得いった」
感心したようにウンウンと頷く先輩。
「…にしても、結構使われてるんだな…」
先輩はプリクラ筐体の前に群がる女子達を眺める。ボクには見慣れた光景だけれど、先輩にとっては珍しいらしい。
物珍しげにしている先輩を、これまた物珍しげに周囲の人々がちらちら見ていたりするけれど、周囲の視線には無頓着。先
輩、かなり大柄だから人目を引くんだよね。
「あ、あれにしましょう!」
ボクが選んだのは雪だるまのキャラクターが一緒に写る筐体。先輩は特に反対することも無く、ボクにくっついて筐体の前
に立つ。
「フレームはどうしましょう?」
「良く分かんねぇから任せる」
「じゃあ…、これがいいかな?」
星空のフレームを選択して、ちらりと先輩を見る。…あの…、先輩…?
先輩は、試合中に対戦相手を見るような鋭い目で、油断無く正面を睨んでいた。
「…先輩…。写真撮るだけですから、そんな挑み掛かるような顔をしなくても…」
「お?おお、そうだったな。初めてなせいか結構緊張すんなぁ」
先輩は困ったように言う。
「笑っててくださいね〜」
「お、おう…」
返事をした先輩は、硬い表情でぎこちなく口の端を吊り上げた。
…もしかして写真撮られるの苦手?しまった!計画は完璧に進行したのに、ここまで来て思わぬ障害が発生!?これじゃあ
良い写真が撮れないっ!なんとか先輩に笑って貰う方法は…。…あ。
「それじゃ撮りますよ〜」
ボクはスイッチを押しながら、右手をそっと横に伸ばし、先輩の脇腹をムニッと掴んだ。
「だははははっ!!!」
ぱしゃり。
よっし!先輩の笑顔のプリクラゲット!
「いきなり何しやがるっ!」
不意に弱点を責められた先輩が、笑いの発作を押さえ込みながらボクの頭を小突いた。
「済みませんっ!でも許して下さいよ〜!ちゃんと笑ってるところが撮れたはずですからっ!」
出てきたプリクラを手に取ると、先輩は目を細めて横から覗き込んだ。
…うわ…、先輩超可愛い…。
笑い声を呑み込んだ瞬間に撮れたんだろう。目を凄く細くして、耳を伏せ、横に広げた口から歯を覗かせた先輩が、プリク
ラの中からニカッと笑いかけている。
その隣で、ボクは少し照れたような笑顔。うん、悪くないぞ!
「あ〜あ、なんだかガキみてぇな笑い方してるじゃねぇか…」
先輩は苦笑する。
「硬い笑顔よりずっと良いですよ。半分こしましょう!」
「いや、俺は良い。お前が持ってけ」
「ダメですよ〜!初プリクラなんですから!」
ボクが半分を渡すと、先輩はしばらくプリクラを眺め…、え?
先輩は、少し哀しそうな顔でプリクラを見つめた。
「…ど、どうかしたんですか?」
何かまずいことでもあったんだろうか?慌てて尋ねたボクに、先輩は笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、なんでもねぇ。プリクラって、結構いい出来映えになるもんなんだな。もうちょっと早く試してみりゃ良かったと思っ
てよ。もったいねぇ事したなぁ、俺」
…作り笑いだ。理由は分からないけど、先輩はなんだか寂しそうだった。
理由を聞いてみようかと口を開きかけたが、先に先輩が口を開いた。
「ところでこれ、皆はどんな風に使ってんだ?」
「あ、え、ええとですね…」
ボクは生徒手帳を取り出し、友達とのプリクラを貼っているページを開いて見せた。
「ボクはこんな風にしてコレクションしてます」
「おぉ〜、なるほどなぁ…」
頷くと、先輩も生徒手帳を取り出した。ちなみに、手帳の写真は凄い仏頂面だった。やっぱり写真を撮られるのは苦手らしい。
「…こんな感じか?」
さっそく一枚貼ってみた先輩が、手帳を見せてくれた。
「そうそう、そんな感じですっ」
「なんか照れ臭ぇなぁ…」
先輩は苦笑いしながら写真を見つめる。さっきの表情は気になったけど、どうやら気に入ってはくれたらしい。ほっとしな
がら、ボクはコレクションとは別ページを開き、お宝プリクラを慎重に貼り付けた。
こんなチャンス、何回あるか分からない。大事に使おう…!
先輩は残りのプリクラを財布にしまい込み、腕時計を覗き込んだ。ちなみに愛用しているのはアウトドアタイプのゴツい腕
時計で、デジタル表示じゃなく針のタイプ。実に先輩のイメージとマッチする。
「っと、そろそろ行かねぇとな」
これからのんびり歩いていけば、丁度良く映画の時間に間に合う。ボクは頷き返し、先輩と一緒にゲーセンの出口へ向かった。
ボクがチョイスした映画は、有名俳優が主役を務める話題のアクション物だ。大人気のテレビシリーズから派生した作品で、
キャストはドラマのまま。
憧れの先輩と一緒だというのに、つまらない映画に誘うのは失礼という物っ!実は先日の内に下見し、面白さは確認済みっ!
…我ながらいじらしい。まぁ初デートですから…。
先輩の好みはイイノ主将から聞き出している。某海外スターのスパイアクション映画なんかが好きらしいので、これもきっ
と楽しんで貰えるはずっ!
ポスターの前でそんな事を考えていたら、
「ほれ、お前の分」
先輩はポップコーンとコーラを乗せた紙トレイと、チケットをボクに差し出した。
「え!?せ、先輩!ダメですよこんな…!」
「奢らせろ。今日は一応お前の入賞祝いなんだからよ」
先輩はほとんど強引にボクの手にトレイとチケットを押しつけた。
「そ、それじゃあ有り難く…」
ああ…、負担かけちゃってるなぁ…。
先輩はボクの肩越しにポスターを覗き込み、微かに口元を綻ばせた。
「お前が選んだのがこれで良かったぜ。実はこのシリーズ好きなんだよ」
お?やったね!予想大当たりっ!
「それじゃあさっそく席に着きましょう!早く入っておかないと混んじゃいますっ!」
「慌てんなって、映画は逃げやしねぇよ」
先に立って歩き出したボクの後をゆっくりと歩きながら、先輩は苦笑を浮かべた。
「面白かったなぁ」
映画館を出ると、先輩は満足そうな笑みを浮かべてそう言った。
「そうですね。最高でしたっ!」
もちろん嘘じゃない。見るのが二度目のボクでも楽しめる良作映画だったし、なにより先輩と一緒に見れたんだ!
結局奢られちゃったけど、先輩も楽しんでくれたみたいで本当に良かった!
「さてと、そろそろ日が暮れるな…、帰るとするか」
「あ、はい。そうですね…」
ああ、楽しかったデートももう終わりかぁ…。
「それとも、少し早めだけど、どっかで飯食ってくか?」
「そうしましょうっ!」
もちろん即答!少しだけど、デート延長だ!
「ところでよ」
「はい?」
入ったファーストフード店でハンバーガーを囓りながら、先輩は映画のパンフレットを眺めながら言った。
「他に何かねぇか?」
「何かって、何がです?」
不思議に思って聞き返したボクに、先輩は軽く肩を竦めた。
「言うこと一つ聞いてやるって約束だったが、結局お前に楽しませて貰った感じだしな。他にも何かあったら追加でもう一つ
聞いてやる」
「え?そ、そんな良いですよ!ボクだって楽しかったんですから!」
「構わねぇよ。それにお前、約束より多く勝ったんだしな」
遠慮するボクに、先輩は機嫌良さそうにそう言った。…えぇと…、急にそんな事言われても…。…う〜ん…、お願い…か…。
…あ、そうだ!
「えぇと、それじゃあ…」
「おう、何だ?」
「ボクの事…、名字じゃなく、ジュンペーって、名前で呼んでもらえませんか?」
先輩は意表を突かれたような表情を浮かべた。
「なんだそりゃ?」
「ボク、学校の皆からタヌキタヌキって呼ばれて、名前で呼んで貰えないんですよ」
「…まぁ、見た目から狸だしなぁ…。でもそんなんで良いのか?」
「はい!」
先輩は腕組みをして何か考え込み、それから頷いた。
「分かった。そうする」
「はい、有り難う御座います!」
「礼を言われる程の事じゃねぇと思うけどなぁ…。ああ、それと…」
先輩は口元に微かな笑みを浮かべた。
「俺のことも名前で呼べ」
…え…?
「俺を名前で呼ぶヤツも、学校じゃ居ねぇんだ」
そう言えばそうだ。先輩を名前で呼んでいる人なんて見たこと無いや。仲の良いイイノ主将ですら名字で呼ぶ。もっとも、
二人とも名字で呼び合うし、先輩自身も他の皆を名字で呼んでるけれど…。
「良いだろジュンペー?」
「え?あ、は、はいっ!…サツキ先輩…」
ちょっと緊張しながら名前で呼ぶと、先輩は嬉しそうに笑った。
食事を終えて外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「さぁて、帰るか!」
伸びをしながら先輩が言い、ボクは満面の笑顔でお礼を言った。
「はい!今日は有り難う御座いました!」
先輩は口元から歯を覗かせ、太い笑みを浮かべた。
「こっちこそ楽しかったぜ?じゃあな、ジュンペー」
「はい!お休みなさい、サツキ先輩っ!」
バス停へと歩いてゆく先輩を見送り、ボクはドキドキしている胸に手を当てた。
名前で呼びあう。その事が、なんだかボクと先輩の間をぐっと近付けてくれたような気がした…!