FILE12
ユウとショウコちゃんが、誘い込み候補の一つである廃工場に飛び込んだ直後、足が限界に来ていたのだろう、最後尾を走
っていたヨウコの足がもつれた。
廃工場や遺棄された倉庫が並ぶ界隈は、夕暮れ時になると人気がなく、実際に俺達から見える範囲に人は居ない。
ここまで来れば問題無い!俺は躊躇うことなく全身を縛る意志の束縛を解き放った。
銀の獣毛が全身を覆い、筋肉が膨張する。
骨格が音を立てて変形し、尾てい骨から尾が形成される。
鼻と顎が前にせり出し、耳が頭頂付近に押し上げられる。
夕日によって地面に焼き付けられている俺のシルエットが、狼の頭部をもつ一頭の獣の影に変わる。
銀毛の人狼。本来の姿を取り戻した俺は、最大速度でヨウコへと迫った。
通り過ぎざまに三人の追っ手を跳ね飛ばし、ふらついているヨウコを脇に抱えて工場の入り口に飛び込んだ俺は、地面を滑
りながら制動をかける。足の爪がコンクリートの床を深々と抉り、痕を残した。
「人狼!?」
身を起こしたスーツの男が、俺の姿を目にして驚愕の声を上げる。追う事に夢中で俺の正体には気付いていなかったようだ
な。追跡に集中する余り他方への注意がおろそかになるようでは、狩人としては二流以下だ。…まぁ、先ほど気付かぬ内にヨ
ウコに接近された俺も、あまりとやかく言えたものではないか…。
三人は身を起こしつつ、油断無く俺とヨウコを見遣った。つい今しがた脇を駆け抜けながら、人間なら大怪我をする程の一
撃をそれぞれに加えてやったのだが、さほど堪えた様子は無い。
ユウとショウコちゃんは部屋の隅に待避し、緊張した面持ちでこちらを見つめている。
「ヨウコさん、二人の所まで下がっていてくれ」
ヨウコは頷くと、ぽつりと言った。
「降ろして貰えれば」
…そうだった…。俺は言われて初めて、ヨウコを抱えたままだった事に気付く。
「気をつけて下さいね?」
床に降ろすと、ヨウコはそう囁いた。俺が頷いた後、彼女は三人から目を離さぬまま後退し、ユウ達のところへ移動した。
ユウは二人を守るように前に踏み出すと、背を丸め、体を震わせる。
小柄な体が急激に膨れあがり、シャツの背が破れ、純白の被毛に覆われた背が露出する。
ぽっちゃりとした色白の腕が、白い被毛に覆われ、筋肉で盛り上がる。
鼻と顎が前にせり出し、頭頂付近に移動した丸い耳がピンと立つ。
ライカンスロープとしてのユウ本来の姿は、気の弱そうな少年の姿とは裏腹に、猛々しくも凛々しい純白の熊だ。
ショウコちゃんは少し驚いているようだった。そういえば、彼女はユウの正体を見るのは初めてだったな。
「僕の後ろから離れないでくださいね」
ユウは背後に庇った二人にそう告げると、ぐっと腰を落として身構えた。その姿には弱々しい少年の印象は全く感じられな
い。凛々しいぞユウ、それこそが本来のお前の姿だ!この短期間に立派になって、俺は実に嬉しい!
っと…、また親馬鹿とかなんとか言われるからこれくらいにして…、帰ったらゆっくり褒めてやろう。
俺は三人に注意を戻す。
「ターゲットに加えて人狼…、それに私達の正体を見破る女…。さっきは焦ったけれど、考えてみれば大収穫じゃない…」
女はそう呟くと、獰猛な笑みを浮かべた。斑模様の山吹色の被毛が全身を覆い、四肢がしなやかな獣のそれに変わる。しな
やかな長い尾が尻から伸び、笑みの形に開かれた口からは鋭い牙が覗く。
スーツの男の両腕、手、指が左右に大きく伸びて翼になり、薄い皮膜をはためかせる。耳が巨大化して斜め45度に伸び、
豚のような鼻の下で、鋭く長い牙を持った口がキイッと声を発した。
ジャケットの若者の頭部から角が伸び、黒色の短い被毛が全身を覆う。筋骨隆々たる巨躯に、足には蹄、鞭のようにしなっ
た尾が大気を裂いて音を鳴らした。
それぞれチーター、コウモリ、牛のライカンスロープだ。
「殺すなよ?」
コウモリが耳障りな甲高い声で言い、牛が頷く。チーターは俺に興味をもったのか、ゆったりと横移動しながら飛びかかる
機会を窺っている。
さて…、はっきり言うと、これはかなりまずい状況だ。
三体の内、一体は俺と同じ高機動型、一体は飛行能力を持つ。そして最後の一体はパワー型。即座に一体仕留め、二体を抑
えながら戦うつもりだったが、蓋を開けてみれば、どいつも瞬殺が難しい相手だ。
加えて言うならば、チーターとコウモリからはソウカクと同じ、混じった匂いがする。間違いない、人為的に複数のライカ
ンスロープの力を得た、キメラブラッドというヤツだ。
正直な話、チーターの速度にもよるが、二体同時に抑えるのは厳しい。一体は完全にユウに任せる事になってしまうだろう…。
迷っていても仕方がない、俺は脚力を強化し、チーターに飛びかかった。チーターは
俊敏に身をさばき、俺の爪から逃れる。…やはり相当な速さだな。だが…!
俺はチーターとの間合いを詰めると見せかけ、急激に角度を変えた。軸脚の爪がコンクリを深々と抉って破砕する。急激な
方向転換の先には、コウモリの姿。
上を取られると厄介だ、飛ばれる前に仕留める!
コウモリは翼を広げたが、俺の方が速い。地を滑るように接近しながら、翼を切り裂くのを確信した瞬間、コウモリが口を
大きく開けた。
その口から耳障りな高い音が発せられた途端、俺の脚からガクンと力が抜けた。平衡感覚が狂い、脚が地を斜めに蹴って滑る。
体勢を崩した俺は、コウモリの脇を駆け抜けざまに、無様にもヘッドスライディングのような格好で倒れ込んだ。
床を滑って壁に激突した俺が身を起こすと、コウモリはすでに宙に浮いている。今のは音波攻撃か?だが、コウモリのライ
カンスロープといえど、同族の感覚を狂わせるほどの強力な音波を発するなどとは聞いた事がないぞ?
俺が体勢を立て直している間に、牛がユウ達めがけて突進を開始した。
妨害に動こうとしたが、嘲るように宙を舞ったコウモリが俺めがけて急降下する。
一瞬、迎え撃とうとしたが、俺は咄嗟に横へ跳んだ。コウモリは音波を発しながら俺が居た空間を横切り、再び舞い上がった。あの音波で感覚を狂わされるとなれば、攻撃はもちろん、迎撃も難しい。
思わず舌打ちした俺の視界の隅で、ユウが咆吼を上げて牛の突進を受け止めた。
一刻も早く援護に回りたいが…。じりじりと間合いを詰めるチーターと、頭上を飛び回るコウモリ、すでに気付いた同志達
がこちらへ向かっているはずだが、助けを待っている余裕は無い。
まずはコウモリとチーターをなんとかし、一刻も早くユウに加勢する!
俺は大きく息を吸い込み、コウモリめがけて大きく顎を開いた。
「ルオオォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオッ!!!」
俺の放った雄叫びが、コウモリの動きを阻害する。
カースドハウル。呪縛の力を宿す人狼の雄叫びだ。しかし、人間相手ならともかく、同族相手では一瞬怯ませる程度の効力
しか発揮しない。それでも今この一瞬の隙は、万金を積んでも惜しくない貴重な物だ。
宙でふらついたコウモリめがけ、俺は地を蹴った。させじとチーターが動いたが、これは想定済みだ。宙で振り向き、チー
ターの胸を蹴り付け、地面に叩き落とす。
苦鳴を漏らしつつも受け身を取り、素早く再跳躍の体勢に入ったが、俺はチーターに蹴りを加えた勢いを利用し、すでにコ
ウモリに肉薄している。
コウモリの翼の付け根に両手の爪を打ち込み、喉笛に食らいつく。飛び上がった勢いを利用してそのまま位置を入れ替え、
追って飛び上がったチーターに対して盾にする。このままコウモリを仕留めれば…、
ドスッという音と共に、脇腹に灼熱感が走った。鱗に覆われた長い尾が、コウモリの体の脇を抜け、俺の右脇腹に潜り込ん
でいた。
拘束が緩んだ瞬間、コウモリは俺の腹を蹴り付け、爪と牙から逃れる。
なんとか体勢を立て直して着地するのと、コウモリが地に落ちるのは同時だった。
苦しげにもがくコウモリの横で、優雅に尾を振りながら、チーターが獰猛な笑みを零す。いつのまに変化したのか、長い尾
は滑らかな鱗に覆われ、鋭く尖った先端は血に濡れている。俺の脇腹を貫いたのはコレだ。
「四天王二人を同時に相手にし、互角に立ち回る…、とんでもない男ね…」
四天王…、こいつら二人ともか…?ソウカクレベルの相手と考えて間違いない。
ちっ、見込みが甘かったな…、少々侮っていた。だが、俺が負わせた傷は人狼の呪いによって再生が阻害される。コウモリ
の翼はしばらく使い物にならない。喉を噛み千切れなかったのは悔やまれるが、仕方あるまい。
ちらりと視線を動かすと、ユウと牛が睨み合っているのが見えた。
ユウの左腕は血で真っ赤に染まり、体の横でだらりと下がっている。角で突かれたのだろう、肩口に再生途中の大穴が確認
できる。傷そのものはかなり深い。
ユウには戦闘経験が無い。ましてや二人を背後に庇ったままなのだ。あれでは思うように動けない。助けに入らなければま
ずいな…。
多少攻撃を受ける事を覚悟し、チーターを振り切って援護する事を決めた瞬間、ユウの隣にショウコちゃんが進み出た。
「!?ショウコさん!下がっていてください!」
ユウは慌てたように言ったが、しかしショウコちゃんは牛を真っ直ぐに見据えたまま、退く様子は無い。
「私も戦います。…ママには、叱られそうですけれど…」
ショウコちゃんはそう呟くと、両腕で自分の身体を抱き締めた。
きつね色の被毛が全身から生え出し、狼と比べてもシャープなマズルが前に伸びる。
キリッとした三角の耳が頭頂で天を突き、ふさふさとした毛に覆われた尾が翻る。
しなやかにして美しい四肢、細身の優雅な体、一頭の若い雌狐が、ユウの隣で艶やかな笑みを浮かべた。
『ショウコさん!?』
ヨウコとユウが驚きの表情を浮かべる。それは敵にしても同じ事だ。
「馬鹿な!?匂いなどしなかったのに!?」
チーターが驚愕の表情で声を上げる。それも当然だ。
ショウコちゃんの消気術は完璧だ。変身後の俺が面と向かっていても、同族の匂いを嗅ぎ取ることは不可能。事実、正体を
現した今でさえ、目を瞑れば俺でも存在を感じられなくなる。
狐人の手がすぅっと持ち上がり、指先が牛を指し示す。
「伏せて下さい!」
ショウコちゃんの声に、俺が身を伏せるのと、ユウがヨウコに覆いかぶさって身を低くしたのは同時だった。
灼熱の炎が、部屋の中央に咲いた。
突如として出現した炎は部屋の中で暴れ狂い、その灼熱の舌を四方に伸ばす。
飛びのいたチーターは腕を焦がされ、動けなかったコウモリは翼を焼かれて甲高い悲鳴を上げる。もろに炎に捲かれた牛に
至っては、全身から香ばしい煙を上げていた。
狐火。それがショウコちゃん達の能力だ。
ただし、彼女のそれは未完成だ。出現させた炎はコントロールする事ができず、術者の意思とは無関係に、出現地点を中心
に暴れまわる。うかつに使えば敵味方構わずに焼き尽くす事にもなりかねないのだ。
それが彼女が能力の使用を堅く禁じられている理由なのだが、効力の程は見ての通り、爆弾にも匹敵する壮絶な破壊力を持
っている。
「こ、こんな小娘が、これほどの狐火を!?」
チーターが驚愕に呻く。俺は口の端を吊り上げ、彼女の代わりに名を告げてやった。
「彼女は、ある高貴な方の秘蔵っ子だ。十六代目、玉藻御前のな…!」
その名を耳にしたチーターが、ビクリと身を竦ませる。
それはそうだ。俺達ライカンスロープの中で、伝説の妖狐、玉藻御前の名を知らぬ者など存在しない。
「ショウコさん!?」
ユウの慌てた声に、全員の視線が集中する。ショウコちゃんの体がぐらりと揺れ、慌てて伸ばされたユウの腕に抱き止めら
れた。
ユウの腕の中でぐったりとしているショウコちゃんは、しばらく動けないだろう。
力を使った後の彼女は、衰弱状態に陥る。能力の制御ができていないせいで、破壊力こそ申し分ないものの、一発で全力を
使い切ってしまうのだ。
「ちっ!まずはあいつから!」
チーターは身を屈め、突撃姿勢を取る。狙いはもちろんショウコちゃんだ。俺とチーターの速度は五分。だが、一歩目は俺
の方が速い!
加速し切る前に背後から飛びかかった俺に、チーターは振り向き様に蹴りを放った。
パワーならこっちに分がある。細い足をへし折ってなぎ倒してやろうとした俺は、振るった爪に妙な感触を覚える。細い足
の表面意びっしりと生えた鱗が、俺の爪を弾いていた。足をスイッチして繰り出された二発目の蹴りが、俺の鳩尾に飛び込む。
吹き飛ばされた俺が宙で体勢を整えた時にはすでに遅く、チーターは突進を開始している。吹き飛んだ先の壁に四肢を踏ん
張った状態で、俺は全身をたわめ、バネにする。…が、まずい、一瞬だけ遅い!
その時、攻撃に備えてショウコちゃんをしっかりと抱きしめたユウの背後から、ヨウコが横へと飛び出した。その手には…、
カメラ!?
認識すると同時に目を閉じた俺の瞳孔が、瞼越しの閃光を捉えた。
次いでチーターが息を飲む気配が感じられる。どうやらまともにフラッシュを浴びたらしい。薄暗い工場内に慣れた目に、
あのフラッシュはキツいだろう。
目を焼かれた状態で飛び込む事に本能的な恐れを抱いたのだろう、急停止をかけたチーターの背を、見開かれた俺の両眼が
捉えた。
牛は絶望的だが、コウモリは生きている。呪いをかけてさえやれば、チーターの方は仕留めても問題はあるまい。なにより、
手加減してユウやショウコちゃん、ヨウコが傷つけられるのはまっぴらごめんだ。
殺すも止む無し。
ありったけの鉄分を右腕に集め、爪と右腕の骨を硬化させる。筋力強化は壁に踏ん張った脚に集中、床と身体が水平になっ
た状態で体をたわめ、全身をバネにする。
次の瞬間、俺は矢のような速度で宙を走った。全身の関節を固定、突き出した右手の爪を束ねた俺の身体は、一本の銀の槍
と化す。
気配に気付いて振り向いたチーターの胸に、爪が激突する。
チーターは反射的に鱗を出現させたが、鋼の輝きを宿す俺の爪は、やすやすと鱗を貫いてチーターを串刺しにした。
俺の勢いはチーターと衝突してもなお衰えず、串刺しにしたままユウ達の脇をすり抜け、壁に激突する。
俺の右手はチーターの身体を壁に縫い止め、動きを止める。俺はその状態で左手の爪を硬化させ、チーターの腹を抉った。
絶叫を上げるチーターの腹から脈打つ心臓を掴み出し、握り潰す。
…やはり、こいつもいくつか心臓を持っていたようだ。串刺しにしている右手が潰した本来の心臓と、掴み出した二つ目の
心臓、他にもまだあるのだろう、俺のカースオブウルブスが発動しないのがその証拠だ。
チーターの胸を貫いた腕が、残った心臓の鼓動を感じ取る。なるほど、右胸か…。
俺は左腕を硬化させ、再度チーターの体に突き込んだ。ビクリと痙攣したチーターの体から、鱗が剥離して床に散らばる。
どうやら、これが最後の心臓だったらしいな。俺の呪いは今度こそ発動した。
腕を引き抜くと、チーターは床に崩れ落ちる。パクパクと口を開いて喘ぐが、もはや動くことはできまい。肉体はすでに死
んでいるのだから。
これが俺の力、カースオブウルブスだ。人狼に破壊された者は、呪いが解けるか、完全に朽ち果てるまで死ぬ事は許されな
い。土に還るその時まで、死に至った苦痛に苛まれ続ける運命にある。
俺は深く息を吐き出した。全身の筋肉と骨が、限界を超えた衝撃に悲鳴を上げている。休みたいのはやまやまだが、まだ仕
事は残っているな…。俺はふらつく体を叱咤して振り返った。
コウモリは床に這い蹲り、弱々しくもがいていた。先程破壊した翼はまだ動かせないらしい。おまけに狐火であぶられてい
る。命を獲るまでもないか…。
コウモリの側頭部を思い切り蹴り飛ばして昏倒させた俺は、こんがりと焼けた牛に視線を戻す。表皮だけでなく、筋組織ま
で達する重度の火傷だ。おそらく肺や気管も焼かれているだろう。このまま放っておけばじきに死ぬな。
そこで俺は奇妙な事に気付く。そういえばこの牛からは混じった匂い…、キメラブラッドの匂いがしていない。キメラブラ
ッドとなっているのは、フータイを除いた製薬会社四天王だけなのだろうか?
それと、もう一つ気になるのは、この牛から漂う異質な匂い。焼けた牛肉の匂いに混じるこの香り…、脳の芯を麻痺させる
この香りは…?
牛を見下ろす俺の隣に、ユウが進み出た。
「ヤチさん、譲渡を使います」
自分の肩の傷も再生しきっていないというのに、俺の心配をしてくれるユウ。
「俺は良い。まずは自分の傷を治せ。それから…」
俺は牛に視線を戻し、顎で指した。
「こいつに力を分けてやってくれ。話を聞き出したい」
ユウは俺と牛を交互に見遣った。疑問はもっともだ。
「この牛、あるいは何らかの薬物で忘我の状態にあるのかも知れない。薬の匂いがする」
ユウは少し驚いた様子だった。恐らく、少年の鼻では匂いを嗅ぎ分けられないのだろう。だが、俺の言葉を信じてくれたら
しく、自分の傷の修復もそこそこに、牛の傍らに屈み込んで力を注ぎ込む。
「やりすぎるなよ?元気になり過ぎて暴れられても困る。それと、ショウコちゃんにも少し力を分けてやって欲しいからな。
それに…、欲を言うなら、君にも気絶されては困る」
我ながら注文が多い。だがユウは微かに苦笑を浮かべただけで、文句も言わずに頷いた。
「重ねて言うが、俺は良い。それほど深い傷は負っていない」
そう、脇腹の傷も殆ど塞がっている。今は力の使い過ぎと、限界まで酷使したせいで体がガタピシ言っているだけだ。
俺は壁際に座り込み、壁に背を預けて体を休ませた。その横にヨウコが座り込む。
「大丈夫ですか?凄い勢いで壁に激突したから、怪我程度じゃ済まないかと心配になりましたよ…」
「筋肉痛が少々キツいが、それだけだ。重傷は一ヵ所も無い」
実は、力の使いすぎで十分に修復できずに、まだ脇腹がシクシクと痛むのだが、格好悪いので黙っておこう。
「それにしても凄かったですね。あんな離れた所から瞬き一つの間に…」
ヨウコは部屋の反対側の壁を眺め、目を細めた。先程俺が蹴った壁は、両足の形にベコッとへこんでいる。
「まるで隕石みたいでした。銀色の尾を引いて…」
「銀の隕石か…」
俺は顎に手を当てて考える。そういえば、あれは俺の奥の手だが、名前もつけていなかった。
よし、ヨウコの言葉を貰って「シルバーミーティア」と名付けよう。うん、悪くない。
「どうしたんです?何か楽しい事でも?」
ヨウコに問われて初めて気付いた。俺の尻尾は、勝手にパタパタと動いていた…。
程なく、同志達が駆けつけてくれた。
コウモリにチーター、牛は、しっかり拘束された状態で、用意されたバンに詰め込まれ、シルバーフォックスへと搬送された。
ショウコちゃんは衰弱からは立ち直ったものの、人の姿を維持するだけで精一杯らしい。同志達によって車に運び込まれ、
先にシルバーフォックスへ向かった。
…たぶん、タマモさんのお説教に加え、力を取り戻す薬湯…強烈な臭気を発するアレを飲まされる事だろう。
俺は人間の姿となったユウを背負い、迎えに来た車へと歩く。
なんだかんだ言って、ショウコちゃんと俺にありったけの力を注ぎ込んだのだろう。人間の姿になった途端に倒れ込み、ぐ
っすり眠っている。
結局、かなり危ない目にも遭わせてしまったし、ずいぶん力も使わせてしまった。今はぐっすり眠って、しっかり力を蓄え
ろ。良く頑張ったな、ユウ…。
「ユウ君、ずいぶん逞しくなったと思いませんか?」
隣を歩きながら、ヨウコはユウの寝顔を見ながら微笑んだ。
「最初に会った時は、本当に弱々しくて陰がある感じでしたが、今は凄くしっかりして、ちょっと大人びて見えます」
「そうだな。子供の成長は驚くほど早い。ユウもあっという間に一人前の男になってしまうだろう。…俺達も、恥ずかしくな
いような大人であり続けなくてはな」
何が可笑しかったのか、ヨウコはくすくすと笑った。
俺が目で問うと、ヨウコは照れたようにそっぽを向いた。
「なんだか、自分達の子供について話す親みたいな言い方だったから…」
…そう…、だったか?
軽く動揺を覚えながら、俺はユウを車に乗せる。そして、ヨウコの言った言葉の、何に動揺したのかに気が付いた。
…自分達の子供…、か…。