FILE5

俺が死体袋に無理矢理突っ込んだミラーは、タマモさんの使いが現地から回収して行った。はした金目当てに同族達を狩っ

た報いだ。死を上回る苦しみをたっぷりと味わうがいいさ。

使いの者達に同行した俺は、狩りの報告の為に、ホテル・シルバーフォックスを訪れ、ススキの間でタマモさんを待っていた。

ヨウコも一緒に連れてきた。やつに殴られた頬が酷く腫れてしまったためだ。タマモさんは傷に良く効く秘伝の薬を持って

いる。人間にもかなりの効果を発揮する良薬だ。

「ヤチさん。本当に大丈夫なんですか?」

ヨウコは俺の胸の辺りを見つめ、心配そうに言った。今、俺は人狼の正体を現している。傷の修復を何度も行ったせいで、

正直人間の姿を維持するのはつらい。この姿の方が楽なのだ。

「本当に、ごめんなさい…。私が無茶な約束をさせてしまったせいで…」

「もう良い、何度も謝るな。傷ももう問題ないから」

そう応じながら、ふと思い出した。

「そうだ…。さっき言いかけたまま忘れる所だった。改めて言っておくが、俺達にとって、銀は弱点ではないぞ?」

「え?」

ヨウコはまた意外そうな顔をした。

「でも、銀の十字架とか、銀の弾丸って有名じゃないですか?それに、狼男は銀の武器でないと死なないとかなんとか…」

「それは人間の創作だ」

「え?え?」

ヨウコは困惑したように何度も瞬きした。

「一般に、狼男伝説として知られている代物は、人間が作った映画の中の設定だ。例えば、狼男に噛まれると狼男になる。満

月になると変身する。銀の武器に弱い。これらは全て40年代の古い映画の中で語られた事だ。そもそも、世界中の俺達に関

する文献や伝承を読み漁っても、銀に弱いとか満月がどうこう、という記述は一切無い」

「満月も関係ないんですか…?」

「人間が受けるのと同じ程度の影響しか受けないな。ようするに少々ハイになるとかそういったレベルだ。それに、噛んだ相

手が自分と同じ存在になるのなら、相手に自分と互角の力を与えることになる。そんなものが淘汰されずに生き残れるほど、

俺達の世界は甘くない」

「…言われてみればもっともですね…。あれ?でもヤチさん、銀が苦手って…」

「俺は銀に触れると体が痒くなる。…一種の金属アレルギーでな」

俺の返答にヨウコは眉を潜めた。

「…まぎらわしいなぁ…。タマネギといい、銀といい…」

…悪かったな…。

「おまたせしたわ…ねっ…!?」

現れたタマモさんは、ヨウコの顔を見て絶句した。

「タマモさん。いきなりで悪いが、ヨウコさんに例の塗り薬、つけてやってくれないか?少々手荒い自称紳士にエスコートさ

れてね」

「え、ええ。分かったわ。ヨウコさん。こちらへ…」

ヨウコはタマモさんに連れられ、部屋出て行く。まあ、タマモさんが驚くのも無理はない。赤黒く腫れ上がった頬は、それ

ほど酷い状態だったのだ。

さて、一人になった事だ。待っている間、少し休ませて貰うとするか…。

俺は座布団を折って枕にすると、横になって目を閉じた。


遠くに、燃え上がる巨大なビルが見える。

窓が割れ、雨のように地上へと落ちていくガラスの破片。

ぐったりとして動けない俺は、あいつに抱えられてそれを眺めている。

俺を脇に抱えた白いライカンスロープは、哀しげな目で燃えさかる炎を見つめていた。

「もう、大丈夫だよ…」

あいつはそう囁き、大きな手で俺の頭を優しく撫でる。

子供扱いされるのが嫌だった俺は、いつも、その手を払いのけていた。

体がだるく、意識が少しずつ薄れていく。

あいつは祈るようにしばらく目を閉じ、それから目を開け、自分の手を見つめた。

何の変化も起こらなかった。獣の特性は消えず、白い被毛はそのまま…。

あいつは、諦めたような、吹っ切れたような、そんな顔で笑みを浮べた。全て、覚悟の上での選択だったのだろう。

「…僕はもう、人間社会には居られない…」

少し寂しそうに言うと、あいつは俺の顔を見下ろした。

「辛い事もあったけれど、君と過ごした毎日は楽しかった。きっと、一生忘れない…」

あいつが何を言っているのか、朦朧とした頭では、すぐには分からなかった。

「…お別れだ。ヤチ…」

その言葉で、あいつが何を考えているのか、どうするつもりなのかがやっと分かった。

「…まて…よ…」

言葉が出ない。今にも消え入りそうな意識を必死に繋ぎとめ、俺はあいつの顔を見つめる。黒い瞳が、寂しそうに俺を見つ

め返した。

「……今までありがとう。元気でね…」

「…行…くな…!」

あいつの寂しそうな微笑みを焼き付けたまま、俺の視界は闇に染まった。


「行くなぁっ!!!」

叫んで身を起こし、俺は周囲を見回す。

…ススキの間…?…夢か…。

 これまで何度も、繰り返し見た夢だ。11年も経つというのに、あの時の記憶は色褪せることなく、鮮明なままだ。

頭を押さえてかぶりを振ると、襖が開いてタマモさんと、手当てを受けて顔に湿布を貼り付けられたヨウコが姿を現した。

「どうかしたんですか?傷が痛みます?」

声が聞こえたのだろう。ヨウコが慌てた様子で俺に駆け寄った。

「問題ない…。寝ぼけただけだ」

俺はちらりとタマモさんに視線を向ける。彼女は俺の意図を悟って頷くと、ヨウコに声をかけた。

「ヨウコさん。もう遅いし、部屋を用意するから休んだ方がいいわ。ゆっくり休んで朝になれば、頬の腫れも消えているから」

「でも、ヤチさんは…」

「俺のことは気にするな。傷はもう問題ない、後は栄養と休養が必要なだけだ」

ヨウコは俺に気を使っていたが、しばらく説得すると、しぶしぶながらも休むことを承諾した。

「さて…」

ヨウコが去り、二人きりになってから、俺は口を開いた。

「タマモさん。ネクタールは11年前に潰れた。そうだな?」

俺の口から出た言葉に、タマモさんは顔を顰めた。

「ええ。彼が完全に潰したわ…。物理的にも、社会的にも、もうネクタールは存在しない…。どうしたの?急にそんな昔の話を…」

タマモさんは俺の瞳を覗き込み、言葉を切った。

「昔の話じゃないとしたら?」

俺はミラーが同族達の血を売っていたという相手の事を話した。タマモさんは厳しい表情で聞いていたが、聞き終えると口

を開いた。

「それは何かの間違いではないかしら?あの地下施設に居た研究員は全員焼死、残ったトップや役員も、全て同志達が…」

「一族、血縁、全てか?」

「それは…」

タマモさんは口ごもる。恐らく、当人達だけ始末したのだろう。

「見過ごしたヤツが居たのかも知れない。会社としては確かに存在しないかもしれないが、あの研究を続けているヤツが、ま

だ居るのかもしれない」

「…可能性としては否定できないわね…」

俺は握りしめた拳で机を叩いた。

「11年…!11年前だ!あいつらさえいなければ、あいつは…!」

憎悪と悔恨が胸の中でうねり、気が狂いそうな程の殺意が込み上げる。俺は、心の何処かでヤツらに復讐する事を望み続け

ていたのかもしれない。

「詳しい事は、またミラーから聞きだそう。ネクタールについては俺が調べる」

「ヤチ君…」

タマモさんは心配そうな顔で俺を見つめていた。

分かっている。二度とあんなヘマはしない。11年前の俺とは違う。今度は、俺がヤツらを狩る番だ。



胸を締め付けられるような喪失感とともに、俺は目を覚ました。

 …時刻は、午前一時…。見慣れたリビングの壁時計が、微かな音を立てている。

ネクタールの名を耳にしたせいか、ミラーとの対決から一週間…。毎日あいつの夢を見る。

…もしも、何か一つだけ過去の出来事を変えられるとしたら、何を願う?

俺は、11年前のあの事件を、あいつが居なくなってしまったあの事件を、変えたい…。

「ヤチさん?」

リビングのドアが細く開き、ヨウコが顔を覗かせた。

…また、声を上げてしまったのか…。

「…起こしてすまない」

「いいえ。それより、大丈夫なんですか?最近、よくうなされているみたいですけれど…」

「大丈夫だ。最近少し夢見が悪くてな。少々疲れているのかもしれないな」

俺は苦笑を浮かべて見せる。全く…、あの件以来、ヨウコはいちいち俺のことを心配する。真面目なこいつの事だ。責任に

感じているのだろう。

「何でもないから休め。タオルでも噛んで、もう起こさないように気をつけるから」

冗談めかしてそう言うと、ヨウコは微笑を浮かべて頷き、自分の部屋に戻っていった。

俺はため息をつき、天井を仰ぐ。

…引きずっているのだろうな、やはり…。



ミラーの話では、連絡は電話で取っていたらしい。金の振り込みでも、商談でも、顔を合わせるのは最小限にしていたそう

だ。血の受け渡しは、ロッカーを使って行われていた。

シルバーフォックスの地下、殺気だった同族達に囲まれ、俺はギリアム・ミラーの前に立った。

喋れるように肺は無傷で残してあるが、それ以外の臓器は刻まれ、骨はことごとく折られ、手足は拷問でボロボロだ。椅子

に座った格好だが、胴の至る所を、太い鉄の杭で直接背もたれに縫いつけられている。

まるで昆虫標本のような有様だが、それでもミラーは生きていた。…いや、正確には死に切れずにいた。ミラーは俺の呪い

により、完全に朽ち果てるまで死ぬこともできず、苦痛に苛まれ続ける運命にある。

俺はミラーを見下ろしたまま尋ねる。

「死にたいか?」

ミラーは焦点の定まらぬ、死人の目で俺を見上げ、微かに頷く。俺はヤツの携帯を取り出し、呪いを解く条件を告げた。

「…お前から血を買っていたやつに連絡しろ」

ミラーを使い、ネクタールを名乗るヤツを釣り上げる。それが、俺の考えた策だった。



ミラーが告げた駅のロッカーに、ダミーとなる輸血用血液パックと、保冷パックに詰めた豚の心臓を入れ、俺と数人の同志

は駅を張り込んだ。

怪しまれないよう顔ぶれを代えながら、夜半になって客が減りつつある駅を交代で見張り、買い手が現れるのを待つ。

そして、そいつは割と早くに現れた。

『男です。一人ですね』

見張りの一人は、携帯で俺に告げる。俺は今、振り切られずに尾行するために、駅の外に居る。

「服装は?」

『背が高く、かなりガタイが良い。紺色のジャケットに綿パン。今ロッカーを閉めました』

「他に特徴は?」

『東洋人です。ええと…、鋭い顔つきで…』

俺は息を呑んだ。まさか…?

『耳に二本ずつピアスが…。あ!気付かれたようです!走り出しました!西口へ向かっています!』

ちっ!逆側か!

「俺が追う!そいつには絶対に手を出すな!」

携帯をポケットにねじ込み、俺は駆け出した。



人狼となれば追うのは簡単だが、人通りの多いこんな所で正体を現すのはまずい。駆けながら、嗅覚を頼りに追うしかない

が、俺は一度覚えた匂いは忘れない。そして、現れた男がヤツに間違いないことは、その匂いが教えてくれた。

線路沿いに匂いを追う。人通りが徐々にまばらになり、やがて人気が無くなると、行く手に川を渡る鉄橋が見えてきた。

ヤツの匂いが強くなり、俺は速度を緩める。フェンスの向こう、鉄橋の上で、血液の入った鞄を肩から下げたそいつは俺を

見ていた。

背が高く、がっしりした体つきの男。人の姿をしてはいるが、匂いは11年前のあの時のままだった。

「…覚えのある匂いだと思ったが…、勘違いだったか…」

男は呟くように言った。

「誰と間違えた?11年前、お前が敗れた相手か?」

俺の言葉に、鋭い目が僅かに見開かれた。

「覚えてはいないかフータイ?11年前、お前に殺されかかった未熟な狩人の事など」

ヤツの瞳に理解の色が浮かんだ。

「…お前は…、あの時の小僧か?」

黄虎太(ホァン・フータイ)。煌々と照る月明かりの下、俺は11年ぶりにヤツと対峙した。

「フータイ。何故ネクタールがまだ存在している!?そしてお前はまだネクタールに…?」

俺の言葉が終わらぬ内に、フータイは地を蹴った。無論、逃がすつもりはない。

ここならば人目にも付かない。俺はフェンスを跳び越えつつ、全身を縛り付ける意志の拘束を解き放つ。

銀の被毛が瞬く間に全身を覆い、骨格が変形し、筋肉が膨れあがる。地を蹴る脚に力が漲り、風を受ける体が流線型に変化

する。足下に落ちた人型の影がいびつに歪み、そして獣人のシルエットに変わる。

人狼の姿を取り戻した俺は、一気にヤツの背に迫った。

「逃がさんぞ、フータイ!」

俺が振り下ろした爪は、しかし宙を切った。大きく跳躍したフータイは、向き直り、改めて俺と対峙する。殺さぬように加

減したとはいえ、俺の攻撃を避け、さらに間合いまで取る、人の姿のままで何という運動能力か…!

「弱者に興味は無い。…失せろ」

「…あの頃の俺と同じだと思っているのか?」

俺は右手を顔の前で翳す。爪が、血にぬれて鈍く光った。

フータイは肩から下げた鞄を見下ろす。ヤツの持っていた鞄には、俺の爪が穿った穴が空き、そこから血が零れ出ていた。

「これは…、人の血か…?」

「ああ。人間の輸血用血液、お前達をおびき出す為のダミーだ」

怒り狂う事を期待したが、フータイはつまらなそうに鞄を川へと放り投げただけだった。

「少しは腕を上げたか…」

「少なくとも、お前を狩れる程度にはな」

川面に落ちた鞄が水音を立てると同時に、フータイは背を丸め、うなり声を上げた。

黄色の被毛が全身から生え出し、そこに黒い縞が浮き上がる。ジャケットを破って背が盛り上がり、その向こうで長くしな

やかな尻尾が伸びる。腕と脚が倍以上の太さになり、両手両足には鈎型に曲がった長く鋭い爪が生える。

変身を終えたヤツは、ゆっくりと、獣の顔を起こした。

本来の姿を現した虎人が、夜気の中に静かに佇む。

身の丈は俺より頭一つ分高い。体重は恐らく俺の二割は上だろう。

俺の背筋を、以前経験した戦慄と、狩りの興奮が駆け抜け、被毛を逆立てた。

睨み合いは、ほんの一瞬だった。

先手を打って動いた俺は、ヤツに正面から挑みかかる。

腕を鋭く突き出し、爪を硬化させる。鉄分が送り込まれた爪は黒鋼の光沢を帯び、空を裂いてヤツの胸元に伸びた。

ヤツの腕が素早く跳ね上げられ、鈎爪がそれを捌く。が、その時には俺は次の行動に移っている。身を低くして体を旋回さ

せ、ヤツの脚を払う。ようするに水面蹴りだ。軸足が枕木を抉り、高速で蹴り込んだ俺の脚は、しかし軽い跳躍でかわされる。

軸足一本で体を跳ね上げつつ、ヤツの胴めがけて両の抜き手を突き出す。宙では身動きが取れまい。だが、獲ったと確信し

た俺の目は、信じられないものを見せつけられた。

突き出した両手の爪が、ヤツが広げた指によって挟まれ、止められていた。

俺が頭上へ伸ばした腕の上で、逆立ちするような姿勢のまま、フータイが微かな笑みを浮かべる。

反撃は即座にやってきた。爪を捉えたまま着地すると、ヤツはブリッジでもするように身を反らし、俺を後方へと投げ飛ばした。

宙で体勢を整えた時には、すでにヤツが目前に迫っていた。

広げられた右手の鈎爪が、月光を受けて煌めく。防御の為に交差させた腕が切り裂かれ、銀の被毛と鮮血が飛び散った。

 衝撃で吹き飛ばされながらも着地すると、目の前でヤツの爪が翻る。咄嗟に首を反らしたが、頬をザックリと切り裂かれる。

 避け損なったら喉を抉られ、一撃で戦闘不能になっていたところだ…。

ヤツの攻撃は止まない。横振りの一撃の後、体を旋回させながら回し蹴りを放った。痺れた腕では防御が間に合わず、掌の

ように広げられた足の爪が、俺の胸を深々と抉った。

肺腑まで達する一撃、しかし…!

「ぬう!?」

足を取られたヤツは、僅かに目を細める。

…肉を切らせて骨を断つ…。スマートではないが、なりふり構っていられる相手でもないからな。

右手で足首をがっちり掴んだ俺は、足を引いて体勢を崩させつつ、右足を跳ね上げ、横向きの状態になっているヤツの顔面

に蹴りを叩き込んだ。

 即座に蹴り足をスイッチし、左足をヤツの後頭部に叩き込む。そのままヤツの足を放し、体を時計回りに旋回させ、右の踵

を後頭部に叩き込む。

顔面から線路上に倒れ込んだフータイは、一回転して仰向けに倒れた。

この好機を逃す手はない。右手の爪を最大強度まで硬化させ、槍の穂先のように束ね、ヤツめがけて跳躍する。

俺の力、カースオブウルブスは、相手を殺さずに拷問するだけの力ではない。人狼の呪いには、ライカンスロープの修復能

力を阻害する効果もある。胸に一撃、それで戦闘不能にしてやる。…つもりだった。

フータイは足を引き、伸ばす反動で跳ね起きると、俺の爪に右手を合わせた。

爪と爪が激突し、衝撃が俺達の被毛を波立たせる。結果的にはウェイトで負ける俺の体が吹き飛ばされた。

さすがに手強い…!鉄柵の上に着地し、再び飛びかかるべくヤツを睨む。

「ふ…ふ…」

ヤツの口から奇妙な声が漏れ、俺は動きを止める。

「ふははははは!」

フータイは声を上げて笑った。

「あの時のガキがこうまで化けるとは!」

ヤツは瞳に楽しげな光すら浮かべ、俺を見据えて笑っていた。

「なかなかどうして…。悪くない…」

「何をブツブツ…」

「人狼、お前の名を聞いておこう!」

俺の言葉を遮り、フータイが張りのある声で言った。

「…字伏夜血だ」

「…アザフセ…!なるほどな、やはりそうだったか!」

フータイは肩を震わせて笑うと、俺に背を向けた。

「我が名は黄虎太。アザフセヤチよ。今しばし楽しみたいのは山々だが、今宵はこれまでとしよう」

「みすみす逃がすと思うか!?」

俺は線路に降り立ち、ヤツに突進した。

一閃。振り向きざまに繰り出されたヤツの蹴りが、腹部を捉えた。俺の目でも捉えきれない速度だった。爆弾でも破裂した

ような衝撃に肉が爆ぜ割れ、衝撃波で皮膚が裂かれ、鮮血がしぶく。

踏みとどまる事もできず、吹き飛ばされた俺は鉄橋から落ち、川面に落下した。

 腹部の激痛が、一瞬飛びかけた意識を引き戻す。

水を蹴って浮上し、水面から顔を出すと、フータイが鉄橋の上から俺を見下ろしていた。

「忠告しておく。命が惜しくばネクタールには関わるな」

「何…?」

「あの男も、それを望んではいないはず…」

フータイは身を翻し、視界から消える。

「待て!フータイ!!!」



橋桁に爪を食い込ませ、鉄橋によじ登った時には、ヤツの姿はすでに無かった。

…11年だ…。あいつを目標に技を磨き、鍛え抜いてきた。

 それなのに、俺の力はまだ、あいつにも、フータイにも及んではいなかった…!

「くそっ!」

苛立ちのあまり、鉄柵を殴りつける。鉄の棒が曲がり、鐘を打ったような音が闇に響き渡った。

言いようのない敗北感が、俺の胸の内にわだかまっていた。