おまけ

「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

「あけましておめでとう、テッちゃん。早いのねぇ?何かあった?」

玄関に立って深々とお辞儀した大柄な黒熊の少年に、恰幅の良いパンダのおばさんが微笑みかけた。

「今日は…」

黒熊少年が口を開くと、トトトっと階段を降りてくる足音が聞こえ、小柄な人間の少年が降りて来る。

「ごめごめ!おまたせぇ!あけましておめでとう、テッちゃん!」

「うん。あけましておめでとう、ケーちゃん」

黒熊と挨拶を交わすと、階段を降りてきた少年は大急ぎで靴をつっかけた。

二人とも学校指定のジャージとウィンドブレーカーといういでたちで、それを眺めたパンダのおばさんは、「あぁ」と納得

したように頷いた。

「初蹴りね?そういえばコータも元旦は早かったもんねぇ…」

「そう!んじゃ、学校行ってきまぁす!あ、お昼要らないよ?テッちゃんと一緒に何か食べて来るから!」

「あらそう?じゃあ、ちょっと待ってて…」

パンダのおばさんは居に間引っ込むと、財布を持って戻って来て、五千円札を人間の少年に手渡す。

「コンビニなら今日も開いてるでしょう?帰りにお豆腐とコンニャクとウーロン茶をボトルで買って来て。はいこれメモ」

「うえぇ〜っ!?」

顔を顰めて心底嫌そうに声を上げた人間の少年に、おばさんはウィンクしてみせた。

「残りは二人のご飯代にしなさいな。おつりは要らないから」

それを聞いた人間の少年は顔を輝かせ、黒熊少年はビックリしたように目を大きくする。

「いや。僕、小遣い持って来てるから、ご飯代は…」

「相変わらず硬いわねぇテッちゃん。遠慮しなさんな。それじゃあ、二人とも気をつけて行っといで」

おばさんの笑顔で送り出された二人は、玄関を出ると、顔を見合わせた。

「ちょっと早くないテッちゃん?」

「かなぁ?でも待たせちゃ悪いと思って」

小柄な人間の少年は、笹木恵一(ささきけいいち)。

大柄な黒熊の少年は、岩隈鉄也(いわくまてつや)。

小学校時代からの友人同士である二人は、共に中学一年生で、クラスメートであり、ラグビー部の仲間でもある。

元旦である今日は、新年一度目の部活動、初蹴りであった。



グラウンドで汗を流し、一年の健康と成長を祈念して部活が解散となった後、

「テッちゃん。鼻に土ついてる」

「え?あ、ホントだ…」

二人はユニフォーム姿から、来る時の格好、ジャージとウィンドブレーカー姿に戻り、二人並んで校門から出た。

「バイク無かったみたいだけど、コータさん。帰って来てないの?」

テツヤの問いに、ケーイチはコクリと頷く。

「年末までバイト入っちゃったんだって。でも、明日には帰って来るよ」

「忙しいんだなぁ…。帰って来たらさ、プロップのコツとかおせーてくんないかなぁ?」

「聞いてみればいいじゃん?きっと喜んで教えてくれるって!」

話をしながら歩いていた二人は、木が生い茂るこんもりとした丘の前で足を止めた。

色褪せた赤い鳥居が立つその奥、続く砂利道の先に、寂れた神社がポツンと建っているのが見える。

「…初詣は家族揃って行くけど…。前を通りかかって素通りっていうのも、なんか失礼だよね?」

ケーイチが呟くと、テツヤは小さく頷いた。

「うん。せっかくだからちょっと拝んでこ?僕小銭持ってるし」

二人は風雨に曝されて色褪せた鳥居を潜ると、砂利を踏み締めて神社の前へと足を運ぶ。

一応管理する者はいるのだろう。老朽化しているとはいえ、境内にはゴミ一つ無く、先日降って積った雪が脇の方へ押しや

られ、溶けかけた状態で残っている。

灰色になった木の賽銭箱に小銭を投げ入れると、正しい参拝の作法を知らない二人は、少しの間顔を見合わせて迷い、

「確か、拍手は二回だよね?」

「先に鈴鳴らすんだったっけ?」

「そうだよね?ぼくもそう思う…」

ボソボソと囁き交わした後、交互に鈴を鳴らし、二拍してから両手を合わせて拝む。

何か足りないような気もしたが、拍手の前に二礼する事は、結局思い出せなかった。

「何を拝んだのテッちゃん?」

「地区予選優勝!ケーちゃんは?」

「ずるいよそんな真面目なお願い…。今年中にテッちゃんをオトせますようにって拝んだぼくは何?」

困り顔で鼻の頭を掻くテツヤに、片想い継続中のケーイチは、にへら〜っと、弛んだ笑みを浮かべて見せた。

「良いの良いの!テッちゃんは部活に集中!まぁぼくもだけど…。恋愛の方はぼく一人で頑張るからっ!」

複雑な表情を浮かべている友人以上、恋人未満の黒熊を促し、ケーイチは踵を返した。

「お腹減っちゃったぁ〜!お小遣い貰ってるし、何か食べよ?」

「う、うん…」

並んで引き返した二人は、鳥居まで続く砂利道の途中で、箒とちりとりを持った老婆が歩いて来るのに気が付いた。

端によって腰の曲がった老人に道を譲った二人は、頷くように会釈した老婆にお辞儀を返し、それからまた歩き出す。

二人が鳥居を潜って道に出た後、老婆は思い出したように振り返った。

「…正月から縁結びの神様を拝みに来るなんぞ…、今の子ら、二人揃って恋わずらいかねぇ…?」

不思議そうに呟いた老婆は、神社に向き直り、ゆっくりとした歩みを再開した。



最寄りのコンビニで買い物を済ませた二人は、ガラガラの駐車場の鉄柵にもたれかかり、早めの昼食を食べていた。

ケーイチはカレーまんとピザまん。テツヤは肉まんだけ六つである。

買ったばかりの肉まんを頬張りながら、テツヤは何かに気付いたように丸い耳をピクリと動かし、振り返る。

一台のカブが県道を走って来ると、テツヤは残念そうに顔を背けた。

「コータさんかと思っちゃった」

「だから帰って来るのは明日だってば。それに、兄ちゃんのバイクはもっと音が低いよ」

ケーイチは笑いながらそう言うと、残り一片になっていたピザまんを口に押し込み、昼食を終えた。

風の無い、快晴に恵まれた元日の空を見上げるケーイチの横で、テツヤはムグムグと肉まんを咀嚼し、それから口を開いた。

「あのさ…、ケーちゃん…。イッコ訊きたいんだけど…」

「ん?」

「こういうの訊くのも、なんだけど…。僕なんかのドコが良いの?」

何を訊かれるのかと思ってみれば、あまりにも意表を突いた質問がテツヤの口から飛び出し、ケーイチは面食らう。

「ど、ドコって…」

ドギマギしながらしばし迷ったケーイチは、腕組みをして首を傾げた。

「全部かなぁ?」

「へ?なにそれ?」

黒熊は目をまん丸にし、不思議そうに首を傾げる。

「え?え?どこが気に入ったとか、そういうのは?」

「え〜?どこがって…、だから全部気に入ってるんだけど…。絞らないとダメ?」

「ダメって訳じゃないけど…。…そ、そうなんだぁ…」

困ったように言ったケーイチに、テツヤはゴモゴモと応じる。

同級生の中でも特に大柄で、熊獣人らしく体格も良いテツヤだが、色恋沙汰となると全くお手上げである。

ケーイチに告白されるまでは、恋愛感情という物を意識した事が無かった程なので、その手の話題にも疎い。

恋より部活。そんなテツヤだが、相変わらず共に過ごす時間が多いケーイチの心の内は、やはり気になる。

(訊いたの僕の方だけど…、面と向かって全部気に入ってるとか言われちゃうと、ちょっと照れるなぁ…)

鼻の頭をコリコリと掻いて俯き加減になると、テツヤは少し嬉しそうに微笑んだ。

幼さが濃く残る黒熊の微笑みをチラリと見遣ると、ケーイチもまた、照れたように頭を掻いて俯いた。

「あのさ…、ケーちゃん…」

「ん?」

「僕、恋愛の好きは全然判らないけど、ケーちゃんの事は好きだよ?ずっとずっと、昔から…」

「…ん…!ぼくも、テッちゃんの事、小さい頃から大好きだった。最近になって、好きの種類が変わってきちゃったけど…」

微苦笑を浮かべたケーイチは、一陣の風が吹き過ぎると、ブルルっと身震いした。

「あ、ごめん。ケーちゃんは寒いよね?」

自前の毛皮のおかげで寒さもへっちゃらなテツヤは、毛皮を持たない友人が寒そうにしている事に気付くと、最後の肉まん

を口の中に押し込み、ウィンドブレーカーを脱ぐ。

「ふぁいふぉえ、むえにひほいへ」(訳・はいこれ、上に着といて)

肉まんで頬を膨らませながら上着を差し出した友人に、ケーイチは首を横に振る。

「え?いいよ。テッちゃんも寒いでしょ?」

口に詰め込んでいた肉まんを、ペットボトルのお茶で食道へ流し込むと、テツヤはニッコリと笑う。

「平気。僕は毛皮があるし、太ってるから。寒いのはへっちゃら」

風を孕ませてバサッと上着を広げたテツヤは、ケーイチの肩に被せるようにして、自分のウィンドブレーカーを着せてやった。

「あ、ありがと…、テッちゃん…」

頬を赤らめ、上目遣いに自分を見上げるケーイチに、テツヤは笑みを深くする。

ゴミバコに空袋を入れ、お使いを頼まれた品は全部揃っているか確認した二人は、並んで歩き出す。

「この後暇ならさ、家に上がっていってよ?ゲームしよ?」

「うん。じゃあお邪魔する」

仲良く並んで歩いてゆく二人は、友人以上恋人未満。

それが今年も一年間続くのかどうかは、二人自身もまだ判らない。

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