インターミッション10 「近頃のバザールとナキール」

夕暮れ迫る南国の海辺。

斜陽が投げかける鮮やかな赤を浴びながら、灰色狼はバイクを疾走させていた。

本来ならば足を取られるはずの砂浜を、不思議な事に、アドベンチャーは苦も無く走破している。

しかし乗り手はそんな事にも一切注意を向けず、表情一つ変えぬまま、手にした拳銃を構えていた。

耳朶を震わす轟音は、しかしビーチで戯れる人間達には察知できない。

側頭部に銃弾を撃ち込まれた女性本人すら、銃撃に気付いていなかった。

配達を一件、滞りなく終えたナキールは、すぐさまコルトSAAのローディングゲートを開け、空薬莢を六つテキパキと排

出させると、それを纏めて握り込んでまっさらな葉書に戻し、懐にしまい込む。

白い葉書を押し込んだ後に胸元から引き出された手は、新たに六枚の葉書を取り出していた。

ひと纏めにぐしゃりと握り込まれた葉書は、ナキールの手の中で煙を上げ、たちまち銃弾へと姿を変える。

精製されたばかりの弾丸は、先に排莢したまま開けっ放しにされていたローディングゲートに次々と押し込まれ、ナキール

はあっという間に射撃体勢を整えた。

その作業の間にも、マシンは手放しのまま砂浜を疾走し、次なる配達先へ向かっていた。

常々真面目…というより余所事を考えず職務に従事しているナキールは、今日この日は、常の五割り増しほど真面目、かつ

ハイペースで飛ばしている。

今日一日で通常時の1.5倍のノルマをこなすつもりでいる彼は、食事や休憩を一切取らず、朝からこのペースで駆け回っ

ていた。

このやや無理なノルマ配分には、当然ながら訳があった。



「近くを通りますよぅ!」

それは、前日の事である。

携帯電話を握りしめて声を弾ませる桃色の豚は、砂浜と穏やかな波の向こうを見遣りながら、交際相手が滞在している遙か

彼方の島々を思い浮かべ、顔を綻ばせていた。

『ふむ。急ではないかね?何かあったのかな?』

「ええ!びっくりですけど凄い偶然ですぅ!」

ニコニコしながら、バザールは通話相手に説明した。

事の発端は、因果管制室の把握ミスであった。

縁の配達対象者が長距離移動していた事が判明し、バザールはそれまで配達していた朝鮮半島から、急遽オセアニア方面に

向かわねばならなくなった。

本来ならば文句の一つも出る所だが、しかし彼女はすぐさま気付いた。

対象者を追いかけるその道中で、少々遠回りにはなるが、ナキール達が滞在しているエリアを通過できる事に。

「明後日には通りかかりますぅ。一日しか余裕ができませんけれどぉ…、少しお時間、取れませんかねぇ?」

その問いかけに対し、短い間黙考したナキールは、

『確保しよう』

簡潔に承諾の意図を伝えた。



そして今日、電話でのやりとりから二十七時間が経過した今、ナキールは時間を確保すべく奮闘しているのである。

バザールの方はナキールに無理を強いるつもりなど無く、短時間でも会えれば良いと思っていたのだが、狼男は丸一日分の

空きを確保するつもりで行動している。

昨夜同僚達に相談したところ、そういう流れになったので…。



「日程合わせて本部で会ったのって、もう三ヶ月も前の事だろ?外で会うのなんぞ交際始めたきっかけのあの一件以来じゃねぇ

か?意地でも丸一日空けろ。でもってバッチリデートして来い。あと準備する物は…、水着な水着、うん。こりゃあ外せねぇ」

うんうん頷くムンカルに、ミカールは「無茶やろ」と難色を示したが、恋する黒豹アズライルは全面的に賛成した。

「南の島…。輝く海…。眩しい太陽…。砂浜で寄り添う二人は…、ロマンスの香りがプンプンするぞ!」

と、やや興奮気味に。

ナキールの負担が気掛かりだったミカールも、結局は折れて妥協案を口にした。

「しゃあないなぁ…。明日は五割増し頑張りぃ。残りの五割はこっちで何とかしたるさかい」

「お?じゃあ残りは久々にミカールが配達か?」

訊ねたムンカルに、ミカールは涼しい顔で告げる。

「いや、明後日のノルマの残り五割は…、ムンカルに預ける。二日間で1.25倍働けや」

「うえおあぁあああああああああっ!?」

予想外のとばっちりを食らい、抗議しかけたムンカルは、

「有り難う。済まないムンカル。とても助かる」

ナキールに頭を下げられ、口をぱくんと閉じる。

(っくそ…!仕方ねぇなぁ…)

結局、不機嫌そうにぼりぼりと胸元を掻きながら、鉄色の虎はしぶしぶ頷いたのであった。



最後の空薬莢を纏めて握り込み、まっさらな葉書に戻したナキールは、

「配達完了…」

珍しく疲労が窺える声音で呟いた。

日は落ちて既に月は中天。予想より早く済んだものの、それでも夜は更けていた。

が、すぐさまその場でバイクをターンさせ、未舗装の路地の土を蹴立てて飛行艇へと駆け戻り始める。

帰れば予習が待っている。留まっている時間が惜しかった。



「ある意味、明日がデートデビューだ」

虎男は鼻からフシューッと息を吐き出しつつ身を乗り出して、食堂のテーブルを挟んで座った狼男に念を押した。

「デビューちゃうやろ?たまにゲート使うて本部でデートしとるやないか」

隣に座っているミカールがそう口を挟むと、ムンカルはチッチッチッと指を振った。

「あのなぁ。知り合いばっかの本部内、しかもカフェなんかでだべるだけのそいつは、ちょっとデートとは言い辛いぜ?いい

とこプチデート止まりだ」

「プチデートはデートではないのかね?」

ナキールの問いに、ムンカルは大きく頷く。

「衆人環視の下で二、三箇所しか行くトコもねぇんじゃあちょっとなぁ…。今回が本物…つまり初陣だ」

「初陣か」

「初陣だな」

理解しているのかいないのか、無表情に頷くナキールに、念を押すように告げるムンカル。

「だがしかーし!土台はできていてもだ、急に選択肢が増えて戸惑うだろ?」

「選択肢?」

首を捻ったナキールの前で、ムンカルとミカールは嫌な予感を覚えながら顔を見合わせた。

「…一応訊いとくけど…、何や決めとったんか?明日のデートコース…」

「せっかく外で会うのだから、海岸で…」

ナキールがこう切り出した瞬間は、心の中で「ほう…」と思った二人だったが、

「一日、波の動きと太陽の運行を観察しようと思っていたのだがね」

こう言葉が続いた事で、やはりナキールはナキールだったと嘆息する。

ナキールらしさが実に満載のデートである。あまり良い意味でなく。

『ダメ!』

異口同音にダメ出しした虎と獅子は、揃って身を乗り出した。

「そらキャトル辺りやったら喜ぶかもしれへんけどな…」

「ああ。はっきり言うぜ?ザバーニーヤは喜びのツボがおかしいんだよ!そんなんじゃバザールは喜ばねぇぞきっと」

「そうなのかね」

「そうだよ」

ムンカルは難しい顔で唸り、ぶっきらぼうに述べる。

「水着だ水着。泳げお前。バザールと」

「水練かね?どれほど泳げば良…」

「遊びだよ遊び!」

狼男の質問を遮って声を荒らげた鉄色の虎は、ため息をつきながら続けた。

「…いい。水着だけ用意しとけ…。他の道具はこっちであてがうからよ…」



一方その頃、浜辺に停泊している飛行艇の外では、柔らかな月光に染められた砂を踏み締めながら、二つの人影が散歩を楽

しんでいた。

こういった件ではまるっきり蚊帳の外扱いされている北極熊と、相談が纏まるまで足止めしておく監視役である黒豹は、し

かし飛行艇内での会議を余所に、こちらはこちらでくつろぎの一時を満喫している。

「この辺りは、散歩コースとして悪くないよね」

「ああ」

穏やかに微笑むジブリールに、隣を歩むアズライルは頷く。

いっそこのまま明日など来なければ良いのにと、明日デートの友人やナキールの事をすっかり忘れて本気で考えてしまう辺

り、耳から煙こそ出ていないものの、今宵もオーバーヒート寸前であるのは間違いない。

「夜の浜辺も良いけれど、昼間の海も綺麗だった。休日を迎えたら、是非ここでのんびりしたいね。海水浴を楽しんで…」

ジブリールのそんな言葉に、黒豹の耳がピピピクゥッと過剰に反応した。

入浴好きなジブリールは行水も嫌いではないらしく、海辺沿いなどが滞在地になると、時にはビーチチェアを引っ張り出し

て波と砂と太陽を満喫する事もある。

これは、アズライルにしてみれば堂々とジブリールの半裸が拝めるという貴重なチャンスである。

ただし本人の弁によれば「神々し過ぎて正視できない姿」であるらしく、遠目に眺めるだけで額から湯気が上がるのだが…。



さんさんと眩い陽光が降り注ぐ浜辺で、波打ち際を黒豹が駆け、その後を北極熊が追いかけている。

ワインレッドの際どいビキニを身につけたアズライルは、しなやかな肢体を伸びやかに動かし、波をパシャパシャと蹴立て

ていた。太陽光線を漆黒の体でめったやたらに吸い込み、かなりの熱を発しながら。

一方でハーフパンツタイプの水着一丁、パールホワイトの被毛がむやみやたらに眩しいジブリールは、たるみまくった巨体

のあちこちをタプタプ揺らしながら、しかしアズライルの脳内補正による軽やかな足取りで彼女の後を追っている。

「ほほほほほ!こっちよジブリール!捕まえてごらんなさい!」

「ははははは!待ってよアズ!そんなに走ったら危ないよ?」

…想像の中で砂浜を駆けるアズライルは、物凄く良い顔で笑っていた。



「…アズ?」

「はっ!…な、ななな何だどうした!?」

我に返って挙動不審になっているアズライルは、

「大丈夫?鼻血が出ているよ?」

心配げなジブリールの声を受け、くるりと背中を向けた。

「…大丈夫…。目にゴミが入っただけで…」

鼻血の言い訳としてどうかと思う。それは。



そして、一夜が明け…。

カッと照りつける太陽光線に灰色の毛を煌めかせる狼男は、ビーチの売店でマンゴージュースを買っていた。

穿いているのは、だぼっとした膝下までのハーフパンツ。両脇に縦一文字に入った白い線以外の全面を染めるくすんだ青は

やや灰色がかっており、本人の体色に似つかわしい。

そのすぐ横には、ビーチボールを両手で持ち、胸の前で抱えている桃色の豚の姿。

純白のセパレートを纏うその姿は、イチゴシロップがたっぷりかかったかき氷を連想させる。

満面の笑みを浮かべ、いかにも幸せそうなバザールとは対照的に、狼男にはいつものように表情が無い。

やがて二人は、ビーチパラソルの下へ連れ立って戻って行くが…。

「もうちょっとこう…、ニコニコできねぇもんなのか…?」

海岸沿いの木陰からこっそり覗き見している大柄な虎男は、顔を顰めて呟いた。

ビーチパラソルの下に並んで腰を下ろし、ほぼ一方的に話しかけるバザールに対し、ただ相槌を打っているだけに見えるナ

キール。

そんな様子を眺め、苛々と歯を剥いて唸ったムンカルは、

「ビーチバレーといい、波と戯れるのといい、バザールは楽しんでるみてぇだが…。えぇい!じれってぇなぁもう!」

「何しとんねやオドレ?」

横合いから突然響いた険のある声に反応し、首周りの毛を逆立て、耳をピンと立てながら慌てて振り向く。

アロハシャツに海パン、サングラスという出で立ちのミカールが、いつの間にかそこに立っていた。

なお、今日のアロハシャツは鮮やかで涼しげなブルーフレイムのファイアパターン、背中には諸行無常の四文字。おまけに

着用者が短身であるため、丈が余って裾が長く、どこか特攻服を思わせる。

右手にはチョコバナナ、左手にはアイスミルクティーを保持という、ある意味完全装備であった。

「まさかとは思うけどな…、サボっとった訳やないやろなオドレ?おぅっ?」

太い指でクイッとずらしたサングラスの下から、怒気を孕んだ瞳が覗くと、

「い、いやいやいや!たまたま通りかかっただけだよ!偶然だ偶然!」

ムンカルは卑屈な愛想笑いを浮かべ、そそくさと停めていたバイクへ戻って行く。

が、その途中でピタリと足を止め、振り返るなり納得の行かない様子で怒鳴った。

「何でお前くつろぎスタイルなんだよ!?仕事しろよ!」

「しとるわダァホ。こうしとる今も飛行艇通して因果監視中や。判ったらはよ配達してこんかい」

ミカールはシッシッと手を振ってムンカルを追い払う。

「納得行かねぇ…!」

ぶつくさ言いながらもドスドスとバイクに戻って行くムンカルから視線を外し、レモンイエローの獅子はアイスティーをジ

ルルッと啜った。

「さて、こっちの方もじっくり監視せなあかんなぁ…」

実際のところ、彼が監視しているのは因果だけではなかった。



「この配達が済んだら、次はパリですよぅ。最近の管制室、人使いがちょっと荒いですよねぇ」

「そうかもしれない」

「あ、パリって言えばぁ、あたしの同期が長期出向中なんですよぅ。まぁ同期って言ってもあたしとは素養がかなり違ってて、

彼は修理人やってるんですけどねぇ」

「ほう」

「メオールって言うんですけど、聞いた事ないですかぁ?」

「はて…?」

「あ、メオールっていうのは愛称でした。正式な名前は…」

ビーチパラソルの下、ビニールシートに並んで座り、海を眺めている二人の間を、絶え間なく言葉が埋めていた。

だが、発しているのは主にバザールで、ナキールは相槌を打ちながら短い返事をするのみ。

会話と呼び辛い程ほぼ一方的なやりとりだが、しかしバザールはそれで気を悪くするでもない。

ナキールの口数が少ない事には、交際を始めて一年近く経った今では、彼女もすっかり慣れていた。

直接顔を合わせる機会はなかなか無いが、この一年で昼夜問わずに繰り返されてきた電話とメールでのやりとりは、互いを

理解するに十分な頻度と量と密度であった。

しばしジュースで喉を潤しながらくつろいだ後、ナキールはおもむろに口を開く。

「ここまで随分かかったが、最近になって、恋という物が何なのか、少し判って来たような気がする」

唐突にそんな事を言い出した狼男を、桃色の豚は驚いて見遣る。

「君と話をする事が、君と会う事が、楽しいと感じられる。トランプタワーの建造などとはまた別種の楽しさが感じられる。

おそらくは、ずっと前からだったのだろうがね。ようやく実感できるようになった」

淡々と述べるナキールは、問いかけるような眼差しをバザールに向けた。

「同僚達とのレクリエーションで覚える楽しさとも違うようなのだ。これは、自分が君に恋をしていると考えても差し支えな

いだろうか?」

問われたバザールは目をパチクリさせ、次いで微苦笑を浮かべた。

(ナキールさんってば、こういう事も本人に直接訊いちゃうんですよねぇ…)

リアクションに少し困ったが、それでも嬉しかった。

確かにナキールは少々変わっている。悪気無くだが、時折デリカシーが無い事も言う。

だがバザールは、そんな風変わりな所も含めて、ナキールの事が好きになっていた。

「どうなんでしょうねぇ?でも、一緒に居て楽しいって感じて貰えてるなら、あたしは嬉しいですよぅっ」

バザールは恥ずかしげに顔を緩め、「よいしょっと」と腰を浮かせた。

「また暑くなって来ましたねぇ!海、入りましょう!」

無言で頷いたナキールは、ボールを手にして立ち上がる。

そして、先を行くバザールの肉付きの良い背中を眺めながら、何事か考え込んだ。

(紐の食い込みが、ハムやベーコンを連想させる…)

今感じたその事は、決して口にすべきではない。思うだけに留めておくべきであろう。



共にボール遊びに興じながら、ナキールは、バザールのポッテリ太った体を観察していた。

豊満な…しかしアズライルやイスラフィルの物とは違う、やや垂れた胸。

ミカールの胴回りを彷彿するぼてっとした腹囲。腰巻きとビキニからなるセパレートのアンダーは、垂れた腹の下で紐が結

ばれており、やや食い込みがきつそうにも見えた。

二の腕や太股などは勿論、手まで肉厚で、指も根本から先まで太い。

顔はまん丸で顎下にも肉が付き、胸の上部や肩から背中にかけてのラインは、脂肪が厚いせいで鎖骨や肩甲骨などの凹凸が

全く浮いておらず、なめらかに丸い。

どこもかしこもプニプニと脂身がついているその体は、ボールと戯れながらあちこち弾んで揺れていた。

ナキールの遠慮のない、そして不躾な視線に気付いてか、バザールの桃色の頬が次第に赤味を増してゆく。

(全身に紐を巻くなどすれば、さらにハムのようになるかもしれない)

今考えたその事は、絶対に実行すべきではない。思うだけに留めておくべきであろう。

ナキールは知らないが、バザールは実際に一度、堕人達に囚われた際にハム的な目に遭わされているのだから。

(今度ジブリールに頼んで試させて貰おうか?)

それならばいくらか許容範囲かもしれない。ただしアズライルには黙っておくべきであろう。

(それで上手く行ったら、バザールにも試させて貰おうか?)

不思議っ子ナキール。ここに来て新たな領域に踏み込みそうな予感。

常識人が躊躇する事にも一切の抵抗を示さず興味を抱く辺りに、この狼の真の恐ろしさがある。

この事に比べれば、元ザバーニーヤである事など「怖い」の範疇にも入らない。

そんな狼の思惑や、我が身に迫る危険を察知した訳ではないだろうが、バザールは居心地悪そうに身じろぎし、視線を避け

るようにやや横向きになる。

「ど、どぉしたんですかぁ?なんだか、さっきからじっと見られてるような…。に、似合わないですかねぇ?水着…。それと

も、スタイルの悪さ、やっぱり気になります…?」

「いや、ただ見とれていただけだ。気にしないでくれたまえ」

ナキールは即答し、恥かしげだったバザールはきょとんとする。

「水着については、似合っていると思う」

そうと意識せず、偶然にも喜ばせるセリフを発したナキールを前に、相手を正視できなくなったバザールは、やや俯いて顔

を真っ赤にした。

「つかぬ事を訊くが、君のスタイルは悪いのか?」

「へっ?」

真顔で狼男が尋ねると、バザールは顔を上げて素っ頓狂な声を漏らした。そして不意に視線を下に向け、ぼそぼそと消え入

りそうな声で呟く。

「…悪い…ですよぅ…。あたしはほら…、こんなに太ってるし…、アズライルさんみたいにグラマーじゃないし…」

ナキールが物事の外郭や見てくれに拘らない事は、今やバザールも承知している。

だが、見た目に嫌悪を抱かれていないと察していても、自分の体型について自分の口から述べるのは、少々辛かった。

「そうなのかね?だが、その感触と手触りは、その体型でないと出ない物なのではないだろうか?」

急に妙な事を言い出した灰色の狼を、桃色の豚は上目遣いにそっと見遣る。

「自分は、君の体の感触を好ましく思っている。重ねた手の柔らかさは、言い表すに適当な言葉が見つからないほど心地良い」

真顔でそう言ったナキールの前で、

「…バザール?」

桃色の豚は、天にも昇る気持ち…を味わった直後には意識を飛ばしていた。

「どうしたバザール?全身から湯気が…。む?鼻穴から魂が…」



その様子を遥か遠くから眺めていたムンカルは、ため息をついた。

「ドキドキさせやがる…。なんだかんだ言って、フォロー無しでも上手く行くもんだな」

先ほどとは場所を変えて観察していた鉄色の虎は、バイクに跨ったまま缶のコーラをグビッとやり、ニヤリと笑った。

「それにしてもナキールのヤツ…!ありゃあ天然タラシだな!がははははっ!」

「ほぉ。天然の女タラシてヤツか?」

「そうだ。本人に下心がねぇ分、ありゃあキくぜぇ!見ろよ、バザールもコロっと…」

言葉を切ったムンカルは、ビクッと背筋を伸ばして被毛を逆立てた。

ゆっくりと首を巡らせた虎男の目に映り込んだのは、グラサン着用のチョイ悪かつ妙に可愛い童顔。

「ワシ、仕事せぇってゆうたよなぁ?んん?」

「お、おうっ!してるぜ勿論っ!」

いつのまにか後部座席に座っていたミカールの、常に無いほど静かな口調に危機感を覚えたムンカルは、慌ててエンジンを

スタートさせた。

「ほな…、今日は久々にお前の仕事ぶり、傍で見物さして貰おうやないか…」

「えっ!?いいいいいって!ついて来なくて!」

「んん…?ワシがおったら都合悪い事でもあるんか?のぉ…?デイヴィッド・ムンカル…」

珍しく人間だった頃のフルネームで呼ばれたムンカルは、耳をへにょっと伏せて前を向いた。

今ちょっとした事でも逆らう素振りを見せれば、あまり愉快では無い事になると察して。

「ま…、真面目にやります…」

「それでええ。さっさとサクサクテキパキ行こか」

二人乗りになったファットボーイは発進し、ナキールとバザールはそれと気付かないまま監視から解放された。

が、この数分後には、ナキールは完全にフリーズしたバザールをおぶって、飛行艇の医務室行きを選択する事になる…。