インターミッション4 「キャトルとナキール」
申し訳程度に雲が散らされた、真っ青に晴れ渡った空。
さんさんと降り注ぐ陽光と、木の葉を揺らしてそよぐ穏やかな風。
時折響く、風か獣が長く唸るようなゴォウという音に混じり、大きさを競い合うように笑い混じりの悲鳴が上がる。
すでに老兵の部類に入るジェットコースターが、緩やかな風を獰猛に切り裂き、背に乗せた皆に興奮と刺激を提供していた。
祝日であり、土曜日でもある今日、その遊園地は家族連れやカップル、友達同士誘い合って遊びに来た学生などで賑わって
おり、楽しげなざわめきに満ちていた。
その遊園地の最も巨大な装置、青く高い空をバックにゆったりと回る大きな観覧車を、
「………」
童顔のジャッカルは無言のまま、口を半開きにして眺めていた。
そして、その横に立つ、スラリとした灰色の狼も、
「………」
やはり無言で巨大な輪を見つめていた。
日差しを避け、人々が行き交う通路脇の木陰に立つ二人は、既に5分近くその場に佇んでいる。
が、ただ観覧車を眺めているばかりで、会話すら無い。
ナキールとキャトルは近くの売店で売っているバニラのソフトクリームを手にしており、それぞれ私服姿であった。
狼はクリーム色のポロシャツに同色の綿パン、茶色の革靴という格好。
緊急事態への臨時対処のために派遣された童顔のジャッカルは、オレンジ色の半袖ティーシャツを着た上にポケットがやた
らと多い迷彩柄ベストを羽織り、だぼだぼの迷彩柄ハーフパンツを長い布製のベルトで締めて穿いている。
いずれも丈はあっているのだが、幅がかなり余分であった。
それもそのはず、キャトルは受肉した際に同時精製された仕事着しか持ち合わせが無かったため、比較的背丈は近いが腹回
りは二倍以上あるミカールから衣類を借り、本日のお出かけに臨んでいるのである。
観覧車から視線を外したナキールは、小柄なキャトルを…、その右手に握られたソフトクリームを見遣る。
「それは常温では溶ける。いつまでも放っておくと落ちてしまうぞ?」
観覧車に見入っていたキャトルは、ナキールの言葉で顔を下に向け、溶け始めているソフトを口元まで持ち上げた。
そして、しばしじっと見つめた後、自分よりも20センチ程背が高い傍らの狼男を見上げ、その食べ方を観察してから口を
付ける。
慎重にチロッと舌先で舐めた後、少し驚いたように目を丸くしたキャトルは、
「!!!」
初めて食べるソフトクリームを、一心不乱に舐め始めた。鼻先にバニラがついた事にも頓着せずに。
「気に入ったかね?」
その問いに無言で、しかしコクコクと何度も頷くキャトルの様子を眺めながら、ナキールもソフトを静かに舐め、出発前の
事を思い出し始めた。
自動演奏でピアノが曲を流している薄紫色のサロンに、キャトルを加えた配達人の面々が集まっていた。
派遣されて来たキャトルに与えられた、地上で過ごす丸一日の休暇。
どう有意義に過ごさせてやろうかという事で、円形のテーブル二つについた配達人の面々は意見を出し合った。
見慣れていない地上をゆっくり見物させてやろうという事で、一同の意見はすぐさま一致を見たが、問題となったのは案内
役の人選であった。
配達業務そのものは休みだが、ジブリールとミカールは職務に関するデータの整理と、報告の取り纏めがあるので少しの間
飛行艇から離れられないと言い、アズライルもまた、彼らの作業を手伝うつもりなので同行しかねると、済まなそうに述べた。
半日とかからずに終わる仕事ではあるものの、その間待たせて貴重な休暇を潰させるのもしのびない。
予定が空いているのはムンカルとナキールの二人だが、ここでミカールが、
「ムンカルはマズいやろ。どないデタラメ吹き込むか判ったもんやないで?キャトルがダメんなって冥牢に帰ろうもんなら、
イスラフィルが困るやろ?」
と声高に主張。これにアズライルが賛同。さすがのジブリールも上手くフォローする事ができなかった。
「ダメになるって何だ!?むしろタメになる事教えてやれるぜ!」
「オドレがタメんなるゆう事覚えたらダメんなるゆうとんねや!すっこんどれダメッこ動物!」
心外だと憤るムンカルを怒声で黙らせ、ミカールは表情に乏しいという点でキャトルと似通っている狼を案内人に推した。
こうして、実はやる気満々で密かに見物コースまで考えていたムンカルは人選から外され、無難なナキールに白羽の矢が立っ
た訳である。
なお、当事者であるキャトルはこの打ち合わせの最中、ずっとピアノの前に立ってメトロノームを見つめていた。
ムンカル曰く「恐ろしく手がかからないヤツ」であるこのジャッカルは、相変わらず発言どころか発声すらしない。
「休日を過ごすのだから、せめて着替えたら良いのでは?」
案内役が決まると、アズライルはそう提案した。
被認迷彩で周囲の人間達には衣類の印象すらぼかされるので、着替えたところで同行者のナキールにしか認識されない。
だが、仕事着のままでは休んだ気になれないだろうと、黒豹は女性らしい気の回し方をして見せた。
が、その気遣いが全く伝わっていないのが約一名。
「適当で良いだろ?どうせ周りからは見えねぇんだしよ。例えばホレ、旦那のこれとか」
投げやりに言ったムンカルは、ジブリールが着ている空色の長袖シャツを指さした。
「オレのシャツだとサイズが合わないんじゃないかな?それよりも…」
ムンカルの冗談を真に受けて応じたジブリールは、太った獅子に視線を向ける。
こうして背丈が近いミカールの衣類からキャトルの普段着がチョイスされる事になり、獅子は自室から衣類を大量に持ち出
してきた。
ミカールの私服は、いずれも幅こそだいぶあるものの、ズボンの丈はいずれもバッチリ。
しかし問題は、彼が自信を持って選んできたよそ行き用シャツ類の顔ぶれにあった。
「個性的…だな…」
控え目な表現で呟きつつアズライルが手に取った一枚目は、長袖のティーシャツ。
白と青の太い横縞模様で、どことなく囚人服を思わせる。
何より特徴的なのは、青いラインには少しだけ濃い、小さな文字がビッシリと記されている事。
若い女がのめり込んだ年下との不倫が十歳上の厳格な夫にバレて泥沼にハマってゆく様が、文庫本に載せられるような細か
な文字で淡々と、女の視点から独白されている。
(これはないな…)
小さく横に首を振ってティーシャツを置いたアズライルは、隣の濃い緑色のVネックを手に取る。
胸に黄色い文字で「Kiss Me…」、上に小さく「チューして…」と、可愛らしい丸文字でプリントされており、比較的まと
もに見えた。
しかし、次いで背中側を確認した黒豹は、やはりダメだと嘆息する。
その背中にはピンクのゴシック体で「Kick Me!」と刷られており、上には「蹴って!あぁ!もっと、もっと激しくぅっ!」
と、ルビがふってあった。
「…これらは…、どうだろうな…」
一方で、ムンカルが手にした黄色いティーシャツの胸には「料理は愛情!」と、でかでかとプリントしてあった。
さらに良く見ればその横に「それと火力。あと根気とか日々の研鑽。それから一瞬の閃きに、清潔なキッチンと…」と、後
から思い出して書き加えたかのような小さな文字が連なってゆき、腋の下を通って背中側まで回り込んでいる。
シュールなデザインのティーシャツを両手で広げ、まじまじと眺めた後、ムンカルは傍らの獅子に視線を向けた。
自信満々の様子で、「どや!」と言わんばかりに胸を張っていたミカールは、
「お前…、ほんと絶望的にセンスねぇのな…」
とのムンカルの言葉でにわかに顔つきを厳しくすると、何処から取り出したのか両手にフカフカのスリッパを装着し、ボフ
ボフアタックを開始する。
「うお!?やめっ!やめろっておい!」
「これなんかは大丈夫じゃないかな?」
仲良く喧嘩する二人のすぐ傍で、北極熊が提示した黒いノースリーブのフロントには、白い文字で「いぬとよんでください」
の一文。なお、バックプリントは「やさしくいぢめて」。
北極熊の寛容さが事態をプラス方向へ導く気配は、今回に限れば微塵も無い。
しばらくあれこれと悩んだ末にアズライルが選んだのは、迷彩柄のベストとズボンをセットにし、フロントが無地のオレン
ジ色のティーシャツという組み合わせであった。
なお、背中側には「ひとよひとよにひとみしり。たいがいにせーやほんまに」という謎の一文が刷られていたが、こちらは
ベストで隠れるので問題無い。
ようやく服装が決まって着替えさせられたキャトルが、胴回りがぶかぶかのティーシャツの裾を両手で掴み、不思議そうに
パタパタはためかせていると、
「…結構かわいいんじゃねえか?あれ」
ムンカルはそう感想を漏らし、アズライルは満足げに頷いた。
なお、服装の善し悪しの感覚にもズレがあるナキールは、着替えチョイスの間は完全に蚊帳の外。シャンパングラスでタワ
ーを建造しながら暇を潰していた。
ソフトを食べ終えたナキールは、再び観覧車に見とれているキャトルの横顔を見遣った。
本来は様々な所を巡ってみるつもりだったのだが、途中で目についたこの遊園地にキャトルが興味を示し、以降現在までの
数時間、ずっとここで過ごしている。
しかしキャトルはせっかく訪れた遊園地で、アトラクションを全く利用してはいない。
回転木馬や観覧車、ジェットコースターなどを、飽きもせず延々と眺めているだけであった。
「乗りたい物があれば、遠慮せず言って良いのだよ?」
ナキールの問いに頷いたものの、やはりキャトルはその場を動かず、観覧車に見とれている。
視線を同じ方向に向け、ゆっくりと回転し続けている観覧車を眺め、ナキールは考える。
永い時を冥牢で過ごし、これまで外の世界に出た事がなかったキャトルには、自動的に動く機械などは珍しくて仕方無いの
だろうと。
赤黒い空が広がる下に、巨岩が転がる黒い荒地やタールのような川、各牢獄が設置されているだけの冥牢の景色を、ナキー
ルはぼんやりと思い浮かべた。
そして考える。
逆に、地上から冥牢へ転属になったあの牝牛の目には、あちらの景色はどう映っているのだろうか?と…。
「は?ずっと観覧車とかメリーゴーランド見てただぁ?」
湯気が漂う浴室に、鉄色の虎の素っ頓狂な声が響き渡った。
飛行艇内の他の部屋と同じく、浴室は一辺15メートル程の正方形の間取りで、天井までは3メートル程の高さ。
天井も壁も温かみのあるクリーム色で、足元は水色。一辺10センチの四角いタイルが敷き詰められている。
出入り口の左手側にあたる壁にはシャワーと洗面台、椅子や鏡が並んでおり、右奥側の角から浴室の半分強までは、広い浴
槽が占拠していた。
浴室の面積の半分近くを、一辺10メートル以上もある正方形の湯船が占拠しているため、タイルの床はL字方の通路のよ
うになっている。
湯船と接する壁には獅子の顔を象った金属のレリーフがあり、湯をゴバゴバと吐き出していた。
その、翡翠色の鉱石のような物でできた広い浴槽の縁に腕と顎を乗せ、湯に浸かって体を伸ばしていたムンカルは、立った
ままシャワーを浴びているナキールの背を見つめる。
「乗ってみないかと勧めてみたのだがね、外から眺めている方が楽しいのだそうな…」
手にしたシャワーヘッドの向きをこまめに変えて体を流しつつ、狼男はそう応じた。
「本当に妙なヤツだなぁ、アイツ…。けどよ、お前もこっちに来たばかりの頃は、あれに近い感じがあったかもな」
「自分が?」
ムンカルの言葉に手を止めたナキールは、首を巡らせて同僚の顔を見遣る。
「ああ。まぁ、アイツと違ってお前は結構喋ったがな。些細な事を疑問に思って、事ある毎に「何故?」とか「何?」だ。う
るせぇぐらいだったぜ?キャトルも案外、喋れさえすりゃ質問責めして来るのかもな」
キャトルが自分に似ていると言われても、自覚が乏しいナキールは困惑するばかりである。顔は相変わらず無表情だったが。
あまり似ていないのではないか?と反論しようとしたナキールは、ドアの開く音を耳にし、湯船の縁にもたれかかったムン
カルと共に首を巡らせる。
「や。お邪魔するよ」
湯煙の向こうで開いたドアの向こうには、白くて大きなシルエット。
その手前には、小柄な灰色と黒と白のシルエット。
ジブリールの大きな手を両肩に置かれたキャトルは、少し大きくした目でキョロキョロと浴室を眺め回す。
「ここが共同で使っている浴室なんだ。ユニットバスより広いだろう?身を清めつつゆったりと休ませ、心身ともにリフレッ
シュさせる事ができる…、まさにそう、至高の憩い空間!ユニットバスとはかなり違っているけれど、ここも体の洗い場なん
だよ」
キャトルへ浴室の説明をしているジブリールに、ふと疑問を感じたムンカルが尋ねる。
「そういや旦那、キャトル昨夜は何処で寝たんだ?客間でも「創った」のか?」
「それでも良かったんだけれど、キャトル一人じゃ使えないんだよね」
苦笑いしたジブリールの妙な答えに、ムンカルは「は?」と首を傾げる。
「当初は滞在予定がなかったせいで、キャトルはベッドやユニットバスの知識をダウンロードされていないんだ。だから、ナ
イトガウンの着方や寝具、シャワーなんかの使い方を説明しながら、オレの部屋で一緒に寝たよ」
「…それ…、アズライルには絶対に言うなよ旦那…」
「え?どうしてだい?」
「間違いなくキャトルの評価が一変するからだよ…。悪ぃ事言わねぇからとにかく黙っとけって…。何されるか判ったもんじゃ
ねぇ…」
首を傾げたジブリールは、キョロキョロしているキャトルを両肩に置いた手でそっと押し、進むように促す。そしてナキー
ルが使っている隣のシャワーに案内すると椅子を引いて座らせ、壁にかかったシャワーヘッドを大きな手で摘むように取った。
どうやら背中でも流してやるつもりらしいと察したムンカルは、ジブリールに促されて入って来た際に見た、キャトルの裸
体を正面から見た図を思い浮かべる。
とりあえず、サイズは勝っていた。
メンバー中最大のソレを誇りに思っている虎男は、可愛らしい顔立ちと小柄な体に比して、やや大振りだったキャトルのソ
レを頭に浮べつつ、気になったもう一つの事について考える。
「なぁ?キャトルの胸のそれ、変わった模様だな?」
椅子に座っているキャトルは視線を下に向け、隣に立っていたナキールもまた、小柄なジャッカルの胸元へ目を向ける。
キャトルの背中にシャワーをかけていたジブリールは、のしかかるようにキャトルに被さり、肩越しに覗き込んだ。
ジブリールの突き出た腹に背を押され、踏ん張ったキャトルの胸には、ムンカルの言うとおり、黒い毛が模様を作っていた。
「黒い部分、数字の4に見えるよな?」
「それはキャトルのナンバーだ。ザバーニーヤには一人一つずつ、19までの番号が振られている。そのナンバーは体のどこ
かにこうして浮かび上がっているのだよ」
ナキールがそう説明すると、ムンカルは思い出したように耳をピクッと動かした。
「ああ、19人居るんだったな。皆キャトルと同じようなヤツなのか?」
「いや、衣類は確かにああだけれど、扱う器具や外見はまちまちだね。鰐も居ればカラスも居る。タワシを使う者も居るし、
箒を扱う子も居たねぇ。まぁ皆が皆、押しなべて無口だけれど」
そう説明したジブリールは、首をおこして自分を見上げたキャトルの顔を間近で見つめ、「あぁ、ごめん」と身を離す。
どうやら、ボリュームのあるタプタプした体が背中にぴったりと密着した事で、その感触に戸惑っていたらしい。
「しっかし、相変わらず旦那がダントツだなぁ。キャトルが抜いてくれるかとも思ったが…」
ムンカルがニヤニヤと笑いながら言うと、ジブリールは視線を下に向け、ナキールはまたも横から覗き込む。
ジブリールの突き出た腹の下、長いパールホワイトの被毛に埋もれるようにして、ピンク色のソレがちょこんと顔を見せて
いた。
「だねぇ。どうやらオレより小振りなのはそうそう無いらしい」
ムンカルの無礼な物言いに怒る様子も無く、ジブリールはしみじみと頷いた。
無言で同僚の股間を見つめていたナキールは、視線を落として自分の股間を見下ろす。
ソコにあるものには、配達人としての能力同様欠点が無い。
なお、メンバー中ムンカルに次ぐ第二位のサイズであるが、当人は割とどうでも良いと感じている。
シャワーヘッドを壁にかけ、狼男は湯船に向かって歩き出すと、ムンカルの隣へ静かに足を踏み入れ、身を沈めた。
そして、首を巡らせると、大きな北極熊に背中を流して貰っている、小さなジャッカルの後姿を眺め遣る。
湯に濡れた毛がペタリと寝て細くなっている、弧を描くキャトルの尻尾が、ゆったりと左右に揺れていた。
(どうやら彼も、ここの皆を気に入ったようだ)
そんな事を考えるナキールは、耳を少しだけ寝せ、口もとを微かに綻ばせる。
「頭を流すよ?目を閉じていてね」
宣言に次いで頭に湯がかけられると、キャトルは大きな耳を寝せて首を竦めた。
冥牢に至った魂の咎を、遥か昔から散々洗い落として来たキャトルではあるが、他者に体を洗って貰うのは、実はシャワー
の使い方が判らず、ジブリールと共に入浴した昨夜が初めての事である。
悪くないと感じているどころか、大変好ましい。
入浴好きなジブリールは手馴れている上に、面倒臭がらない性格のせいか、洗い方も実に丁寧で気配りが行き届いた物になっ
ている為、キャトルは他者に体を洗って貰う事が好きになっている。
「旦那、俺の背中は流してくれた事ねぇんだよな…」
「自分は一時期洗って貰っていた事がある」
呟いたムンカルの横で、ナキールは顔を拭いながら呟いた。
「は!?」
「地上に赴任したばかりの頃の事だ。シャワーを含む様々な器具に不慣れだった自分に気を遣ってくれたのだよ」
「初耳だぜそれ?何で黙ってたんだよ?ってか今は洗って貰ってねぇんだな?」
「時折、ジブリール曰くスキンシップとして洗って貰っていたのだが、アズライルが加わってからは断わるようにした」
「何でだ?」
「一度その事を話した際、凄まじい形相で睨まれた。それで、止めておいた方が良いと思えたのでね」
ムンカルは微妙な表情で黙り込む。
ナキールを睨み付けたというのもさる事ながら、この狼男をして「凄まじい形相」と言わしめる程の、その時アズライルが
見せた顔を想像して。
狼男が眺める先では、体の洗い方は済んだのか、キャトルがブルブルっと体を震わせ、椅子の上で体の向きを変えている。
ジブリールにペコンと頭を下げたキャトルは、そのままボディーシャンプーを手に取り、自分の両手に塗りたくり、ジブリ
ールの胸や腹にペタペタと塗りたくり始めた。
「お返しに洗ってくれるのかい?」
楽しげに尋ねた北極熊にコクリと頷いたジャッカルは、不意に目を丸くし、首を傾げた。
不思議がっているような表情で手を動かし、たぽたぽした柔らかな腹を軽く叩いたり、モニュモニュと揉んだりして感触を
確かめるキャトルの前で、
「ふ…、うふっ!はふふっ!く、くすぐったいよキャトル!あはははははっ!」
ジブリールは太った体を揺すりながら声を上げて笑う。
「…今キャトルがやってる事も、アズライルには、ぜっっっっって〜に…!内緒な…!」
「了承した。自分とて彼には何事も無く、かつ穏便に冥牢へ帰還して欲しい」
ボソボソと囁いたムンカルに、ナキールは神妙に頷いていた。