第十六話 「スカーレットスケルトン」(中編)

民家の屋根の上を跳ね回るように走行している、赤い影を乗せた白いバイクが、灰色の瞳に映り込む。

「捉えたぜ!逃がしゃしねぇぞっ…!」

アクセルを全開にして跨った陸王に咆吼を上げさせ、ムンカルは遥か前方をゆく赤い影に己の存在を知らせながら、その距

離を詰めにかかった。

縁石でタイヤを跳ね上げ、ブロック塀の上へとバイクを乗り上げさせつつ、ムンカルはほくそ笑む。

アンクーという識別名称を冠された死神の行く手では、程なく住宅街が途切れる。

その先には夏の恵みで生き生きと枝葉を伸ばして青づいた雑木林が生い茂っており、民家は見当たらない。

なだらかな山林が広がっているその区域に入れば、被害者が増える心配は僅かながら薄れる。

抜き放って左手に握ったコルトパイソンには、走行しながら精製した弾丸が既に六発装填されている。

(射程に捉え次第発砲!一発食らわして動きが鈍ったら全弾連射!…泣いても止めねぇっ!)

死神討伐には経験が物を言う。

アンクーを追おうとしたアズライルをムンカルが制止した理由は、ここにあった。

今夜初めて死神と遭遇した彼女は、事前に教わっていた通りの弾丸を精製し、装填してはいたものの、精製そのものに不慣

れである上に、死神を相手にする事にも勿論慣れていない。

弾丸精製に時間がかかり、苦戦する事は判りきっている。

これまでに何度も死神を相手にした事のあるムンカルは、今回遭遇した相手がかなりハイスペックである事を、先ほどの撃

ち合いで見抜いていた。

アズライルが宿しているはずの潜在的な力については、ミカールから聞かされている。

しかし、現段階で経験が不足している彼女では相性が悪い。そう判断したからこそ、交戦を避けさせる事にしたのである。

これは、普段は適当で大雑把な虎男なりの気遣いであった。

彼にとってのアズライルは、生意気ながらも大事な後輩であり、庇護の対象でもある。

十数年前に不慮の事故によって彼女が入浴している所を覗いてしまってからは、ないがしろにされ続けてはいるが…。

林道に入り込んだアンクーを追い、ムンカルもまた陸王を道に走り込ませる。

首を捻ったアンクーの顔が風にはためくフードから覗き、赤いドロリとした目が己を追う者の姿を映す。

緩やかな左へのカーブを、インを抉るように駆けながらケタケタと耳障りな哄笑を上げたアンクーは、左腕をぐるりと後方

に回した。

体は前向き、しかし左腕は後方のムンカルに真っ直ぐ向けられている。

「ちっ!やっぱ写像体の構造をフルに使えるのかよっ!」

虎男は舌打ちしながら呟くと、マグナム弾を三連射する。

上手く行けば初撃を避けて先制できるかもしれないと、淡い期待を抱いていたのだが、アンクーの動きはムンカルが想定し

ていた中でも面白くない部類に入る物だった。

関節の可動域を無視して不自然な姿勢で伸びたアンクーの左手が、握ったソウドオフから散弾を吐き出させる。

散弾とマグナム弾三発による一度目の対消滅。次いでアンクーは二射目を放つ。

ムンカルは仕方なく残った三発を撃ち尽くして相殺すると、忌々しげに顔を歪めた。

アンクーの右手が、もう一丁のソウドオフの銃口を自分に向けている事を確認して。

一発目の銃声の直前に、タイヤを鳴らしながら右側へ大きく進路を変える事で見事回避した陸王は、しかし続く二射目に対

する回避動作でタイヤを大きくスリップさせた。

ロングノーズにカスタムされている陸王が、外側にスピンして跳ね飛ぶ様を尻目に、アンクーは顔と腕を前に戻して、きつ

さが増している左カーブを駆ける。

「よそ見とは余裕だな。オイ?」

直後、太い声が低く響き、アンクーは首を巡らせた。

そして右手側、カーブ外側から自分を狙う銃口を目にする。

カーブ外側をカバーする、途切れ目までが長い湾曲したガードレール。陸王はその側面を垂直に疾走していた。

丁度、ガードレールの凹凸にタイヤをはめるようにして。

ムンカルはコントロールを誤っていたのではなかった。

一見するとスピンして外側へ弾き出されたように見える、アンクーの想定外となる事を狙った動きでの回避。

そして、ガードレール側面を走行し、相手の側面を取る位置に落ち着く事。

この二点こそが、最初の目論見を外された彼が、瞬時に予定を変更して狙ったポジションであった。

アンクーはまだ装填を済ませていない。

対するムンカルは、最初に装填していた六発を撃ち尽くすと同時に、追跡中に念の為の予備として精製しておいた六発を装

填し始め、マシンが外側に跳ね飛んだその瞬間には射撃準備を終えている。

ガードレールの側面を走行するムンカルは、その位置からは真上に見えるアンクーめがけて、両手で大上段に銃を構えた。

相手の側面というポジションは、正面や後方と違い左右への回避される事が無く、加減速での回避だけに集中できる。

おまけに、トップスピードに近い現在の速度からの加速はたかが知れており、減速による動きは予想し易い。

ムンカルはこれまでにこなしてきた死神討伐の経験を遺憾なく発揮し、ついにアンクーを追い詰めた。

虎男のごつい指がトリガーを引き絞り、響き渡ったのは一発の銃声。

アンクーの右肩に当たった灰色の弾丸が、赤いガウンに吸い込まれて消える。

その直後。死神は首を反らしながら、その身をガガガッと電流でも走ったかのように痙攣させた。

アンクーの機械的な痙攣に次いで、その力を受けて稼動していた禍々しいフォルムの骨のマシンは、急激に速度を落とす。

動きが鈍ったアンクーめがけ、ムンカルは立て続けに、残る五発の弾丸を全て打ち込んだ。

こめかみ、右脇腹、右脚、右腕、そして右の頬骨。

銃弾が撃ち込まれる度に殴られたように大きく体を揺らし、ガクガクと激しく痙攣するアンクーは、もはや反撃するどころ

ではない。バイクのコントロールを乱してカーブ外側へ寄り、そのままムンカルの後方でガードレールに激突し、向こう側へ

投げ出される。

近辺の山林一帯はどうやら森林公園になっているらしく、ムンカルが疾走し、アンクーが激突して乗り越えたガードレール

の外側には、人の手が入って整備されたスペースが広がっていた。

林が切り開かれて造られた広場には整然と石畳が敷かれ、丸太組みを模したコンクリート製の東屋が建っている。

その石畳の地面に、ガードレールを乗り越えたアンクーが、バイクと一緒くたになって激突する。

骨でできたマシンの一部が砕け、白い破片となって散乱した石畳の上で、バイクから投げ出されて倒れ伏したアンクーが、

カクカクと小刻みに震えながら身を起こす。

その眼前に、陸王のタイヤがギャリリッと骨片を踏みにじりながら進み出た。

見上げたアンクーの視線のすぐ先には、コルトパイソンの銃口。

新たに精製した一発の弾丸が込められた銃は、真っ直ぐにアンクーの眉間へ向けられている。

「あばよ…」

トリガーにかけた指に力を込めようとしたムンカルは、地に着いたアンクーの左手に握られたままの銃が、引き金に指が掛っ

た状態で真横を向いている事に気付く。

虎男がハッとして首を巡らせ、アンクーが握る銃口が向けられている方向に存在する東屋。

そこには、椅子にかけて寄り添っている若い男女の姿があった。

被認迷彩が働いているムンカルとアンクーには気付かぬまま、二人は楽しげに談笑している。

自分達に向けられた死神の銃口にも、勿論気が付かないまま。

咄嗟の判断で、ムンカルはアクセルを全開にした。

スリップ音と共に前進した陸王から、転がるようにして離れるアンクー。

直後、アンクーのショットガンが火を噴き、カップルへ向いた射線に割って入ったムンカルと陸王が、側面に無数の銃弾を

浴びる。

「がぁああああああああああっ!」

散弾はムンカルの体に着弾すると同時に、染み込むようにして消え、たちまち機能侵食作用を発揮した。

同時に、無数の銃弾を受けた陸王は、エンジンに細かな穴をいくつも穿たれ、フレームを破壊され、タイヤを爆ぜ割られる。

身を仰け反らせて苦鳴を上げたムンカルへと狙いを絞りつつ、アンクーはさらにもう一度散弾を浴びせた。

側面が見る影もなく破壊された陸王の上から、外見上は無傷のムンカルが転落する。

しかし、東屋のカップルには、死神の散弾は一発も届いていなかった。

咄嗟の判断で、アンクーを轢き潰すようにバイクを前に出していたムンカル。

その真の狙いは、自らの身と陸王を盾にして男女を守る事にあった。

しかし配達人を認識できない二人にとっては、自分達が危うい所でムンカルに守られた事も、庇ったムンカルが致命的なダ

メージを受けている事も、認識の外での出来事である。

庇った相手に感謝されるどころか、その存在を知られる事すらなく、それでもムンカルは苦痛を堪えて身を起こし、巨躯を

張って二人を射線に入れさせない。

その目前で、砕けた骨片が自動的に集まり復元したバイクが、アンクーの元へすぅっと走り込んだ。

骨のマシンに跨ったアンクーは、両腕を広げて仁王立ちする虎男へ、右手に握ったショットガンを向ける。

「クカカカカカッ!」

骨の顎をかちかちと鳴らし、嘲るような笑声を上げながら、アンクーはトリガーを二度引いた。

至近距離から散弾の雨を浴びせられた虎男の巨体は、着弾の衝撃で後方へ押しやられる。

仰け反るように上体を反らしながらも、しかしムンカルは倒れる事無く、一歩後退しただけで耐え凌いだ。

アンクーはしぶとい配達人にとどめを刺すべく、二丁のソウドオフに銃弾を装填する。

中折れ式のショットガンが弾丸を咥え込み、ガチンと音を立てて真っ直ぐに戻ったその瞬間、アンクーは空を振り仰いだ。

夜空に輝く、星とも月とも違う白い光の塊が、アンクーの視界に捉えられる。

ソレは、アンクーの眼前に落下してきた。

降り立った、というよりも墜落して来たと言った方がしっくり来る。そんな勢いで突如上空からやってきた白い影は、しか

しその落下速度にも関わらず、地面すれすれでピタリと静止し、ゆっくりと着地した。

一見すると筒のようにも見える光の塊。その眩い白の表面は、よく見れば鳥の翼のように、羽毛が集合して形作られている。

そしてそれは、自らを覆っていた真っ白な光の翼を左右に広げた。

端から端までゆうに5メートルはある翼の中から現れたのは、黒い革のつなぎを着込んだ、虎男以上に大きな北極熊。

その背に描かれた一対の翼のエンブレムから真っ白な光の粒子が噴出されており、一対の白い翼を形成していた。

その背から大きな翼を生やしたジブリールは、水色の瞳に死神の姿を映しながら、ゆっくりと口を開いた。

「無事かい?ムンカル」

同僚の声を耳にした虎男は、安心したのか、膝を折って崩れ落ち、俯せに倒れ伏す。

「…久し振りだね、アンキル…。もうオレも解らないだろうけれど…」

倒れたムンカルを背後に庇うように立ち、アンクーを見つめるジブリール。

「…いや、キミはもう…アンキルじゃないんだね…」

その水色の瞳は、哀しげな、そして懐かしげな光を宿していた。

しばし窺うように北極熊を観察していたアンクーは、やおら両手を上げ、二丁のショットガンを同時に発砲した。

至近距離から突如放たれた無数の黒い礫。

しかしジブリールは一歩も動かず、眉一つ動かす事無く、両の翼を大きく広げ、その全てを無防備に受けた。

顔に、腕に、胸に、腹に、足に、そして翼に、全身に黒い散弾を打ち込まれたジブリールは、しかし顔色一つ変える事無く、

無傷でその場に立っていた。

打ち込まれた散弾は間違いなく北極熊に命中し、ムンカルに着弾した時と同様に、染み込むようにして侵食を開始している。

しかし散弾は、ジブリールに全くダメージを与えていない。

何故機能不全を起こさないのか?アンクーにもその理由は解らなかったが、目の前の相手の危険性だけは理解できた。

「…その手のフォーマットによる侵食攻撃は無駄だよ。この程度の情報量でパンクする程、オレは小食じゃないからね」

哀しげな表情を浮かべたまま首を左右に振ったジブリールの前で、アンクーは右足を軸にバイクを急反転させた。

まるで重さを感じさせない動きでターンしたアンクーは、カップルの魂を捕食する事もせず、ガードレールを乗り越えて逃

走に移る。

ジブリールは追うそぶりも見せずにただ見送ると、死神が視界から消えた後、俯せに倒れ伏しているムンカルに向き直った。

その背から光の放出が止まって、翼は結合を失って細かな羽毛となり、さらにその一枚一枚が細かな粒子に分解され、周囲

に散って空気に溶け、跡形も無く消える。

翼を消失させたジブリールは、手にしていたデリンジャーをその背へ素早く向ける。

二度の轟音と白光。

輝く二発の銃弾を背に打ち込まれたムンカルは、ぴくりと体を動かすと、次いでのろのろと腕を立てて、僅かばかり体を起

こす。

「だん…な…?」

「こっぴどくやられたね…。すぐフネに戻って修復しないと」

目の前で屈み込んだ小山のような北極熊の姿を認め、ムンカルは悔しげに口元を歪めた。

「面目ねぇ…!とんだヘマやらかしちまった…!」

「いいや、良くやってくれたよ。ほら。あの二人はキミのおかげで無事だ」

ジブリールの言葉に首を巡らせ、カップルの姿を確認すると、ほっと安堵の表情を浮かべるムンカル。

自身を消滅の危機にさらしながらも、彼にはたまたま居合わせた不運なカップルの事の方が気になっていた。

ジブリールは微笑みながら、そんな同僚の肩の下に手を入れて支えてやる。

彼がアンクーに向かって発砲しなかったのは、機能の応急修復と再構築の弾丸を装填していたからであった。

場の気配の乱れから同僚が被弾した事を察したジブリールは、バイクを置いて緊急移動しつつ、ムンカルの身の安全を優先

し、弾丸を入れ替えていた。

これはいわば丸腰で銃撃戦に割り込むような物で、バイクを上回る機動力と、多少被弾しても問題ないだけの耐久力を持ち

あわせているからこそ選択できる行動である。

「本当に、よく頑張ってくれた…。同僚として誇らしいよ」

虎男の分厚い胸の下に手を入れたジブリールは、労りの言葉をかけながら身を起こさせた。

「立てるかいムンカル?…キミはここまででいい。後はオレが責任をもって引き受けよう」

肩を貸して立ち上がらせたジブリールに、ムンカルは苦々しげな表情で応じた。

「少し休めば…まだやれる…!だから俺に任して…ぐぅ…!」

言葉を途切れさせ、呻き声を漏らしたムンカルの顔を心配そうに覗き込み、ジブリールは申し出を拒否した。

「駄目だ。少し休んだ所でまともに動けないだろう?無理は禁物だよ」

「旦那には大仕事が控えてんだ。力は温存してくれ。…急ぎで来る為にアンヴェイルしちまったんだろ…?」

「あ…、いや、それは…。ほんの短時間だから肉体にはあまり影響は…」

ムンカルは苦痛に顔を歪めながら、困り顔になったジブリールに訴える。

「ヤツから魂を取り返した後、修復してやらなくちゃいけねぇ…。アンヴェイルした上に死神を討伐したら、いくら旦那でも

力の消耗は相当なもんだろ…?連中の魂を体に戻してやるのに、万が一にもミスがあっちゃいけねぇ…、そうだろう旦那?そ

れに…」

ムンカルは言葉を切り「何でもねぇ…」と付け加えた。

(アイツも…、あんたの知ってるヤツなんだろ…?)

口にしかけたその言葉は、済んでの所で飲み下し、胸の内だけで呟いて。

「…それに、ちょいと休んで力が戻れば、まだ勝ち目はある…。ミックが渋い顔するだろうがな…」

ムンカルの呟きを耳にしたジブリールは、少し驚いたように聞き返す。

「アレを使うつもりかい?」

頷いたムンカルは、口の端をギュゥッと吊り上げ、牙を剥き出しにして笑った。

「ああ…。ありゃあ相当キツい相手だ。「配達人の正攻法」じゃ厳しい。…だから…、「俺や先生の正攻法」で行く…」

獰猛な笑みを浮べる同僚の横顔を見ながら、北極熊は何かを言いかけて口を開いたが、ムンカルの顔つきから説得は不可能

だと察し、諦めたように小さくかぶりを振った。

「判った。そこまでしてでもやるつもりなら、キミに任せよう…」



赤い影が、車通りの途絶えた山道を疾走していた。

その50メートル程後ろには、オフロードにも対応できる機動力重視のバイクが一台。

遭遇した北極熊からアンクーが逃走を図ってから数分後、その配達人は林の中から突如現れた。

卓越した操縦技術を見せ、根を飛び越え、木々を縫うようにして距離を詰め、アンクーを完全に捕捉したその配達人の名は、

ナキール。灰色の被毛を纏う狼男である。

獣骨の顔を半面巡らせ、振り切れぬ追跡者を視界に捉えるアンクー。

付かず離れず、一定の距離を保って追って来る狼型の配達人は、先の虎型配達人と違い、積極的に攻撃を仕掛けては来ない。

それが彼には少々不思議であった。

高い運動性能と走破力を兼ね備えるデュアルパーパスを駆る狼は、アンクーがいかに振り切ろうと足掻いても、全く離れな

かった。

修復は進んでいるものの、まだダメージが抜けきっていないアンクーは、ナキールを気にしながらも、自分から仕掛けよう

とはしない。

機能修復の猶予が得られるのは、手負いのアンクーにとっても好都合であった。



一方その頃、飛行艇の格納庫。

金属の床で大の字になっているムンカルは、

「済まねぇミック…。俺がヘマしたせいで…、陸王…、逝かせちまった…」

大破して横たわる陸王の横に、無言で屈み込んでいる獅子の背を見つめていた。

変わり果てた姿となったかつての愛車に寄り添い、ミカールはその革張りのシートを、そっと、ゆっくり撫でる。

「ワシに…ムンカル…、乱暴な乗り手続きで、ずぅ〜っと、しんどい目に遭わせ通しやったなぁ…」

呟きながら労るように撫でるミカールの手つきは、優しく、慈しみに満ちていた。

「ゆっくり休みぃ…。これまで長々…ありがとな?陸王…」

か細く低く、少し寂しげながらも優しげな声で呟いたミカールの背に、ムンカルは思わず尋ねていた。

「怒らねぇのか…?ミック…」

ムンカルの問いに、ミカールは小さくため息をつきながらかぶりを振る。

「オドレは今回が初めてやけどな、ワシかて何台も逝かせとんねや…。相棒が逝ったら、とにかく労ったれ。…んで、後で気

が済むまでクヨクヨしたれ。そいで、消滅するまでず〜っと覚えたったれ…。ええな?」

立ち上がったミカールは、ムンカルに背を向けたまま続けた。

「オドレまでやられとったら、そら怒っとったがな。けど…、ちゃんと帰って来よったから、今回は勘弁したる…」

「…済まねぇ…。ありがとよ…」

仰向けのまま耳を倒し、心配を掛けた詫びと、身を案じてくれた事への感謝の言葉を呟いたムンカルは、コックピット側の

ドアから現れたジブリールに視線を向ける。

「たった今、ナキールからアンクー捕捉の発信があった。もうじき交戦に向いた場所に差し掛かるから、そこでしかけるつも

りらしい。急がないと…」

「おし…。ミック。俺の機能、動ける程度で良いから修復してくれ」

ムンカルの言葉に、ミカールは「あん?」と声を漏らしつつ首を傾げた。

が、一瞬後に同僚が口にした言葉の意味を理解し、目と眉を吊り上げる。

「…でもって、もう一つ頼みてぇ事が…」

「アホぬかせぇっ!そんな簡単に修復できるレベルの損傷やないんやで!?オドレが今回もろうて来たダメージは!」

「いや、まずは聞いて…」

「やかましいわっ!」

「どぅおふっ!?」

ムンカルの言葉を遮って怒声を発したミカールは、虎男の引き締まった腹にドスンと飛び乗り、馬乗りになる。

「間に合わせの修復でやりあえるような相手やないやろ!?図に乗んなダァホっ!大人しゅうしとかんかい!」

「いや…、とにかく一回話を…」

「聞く耳持たぁああああああんっ!絶対行かせ…へにゅっ!?」

牙を剥き出しにしてムンカルを睨んでいたミカールは、妙な声を上げて仰け反った。

その脂肪が余分に乗って垂れ気味になった両胸を、ムンカルのゴツイ手で鷲掴みにされて。

「頼むミック…。」

真剣な目をして、真剣な口調でそう言いながら、巧みに手を動かしてムニムニと胸を揉んでくるムンカルに、

「は…!はにゅ…!わ、わか…、ひふ…!判ったから…、ちょ…、まっ…、や、やめぇ…!へにぃ…!」

弱点を責められたミカールは、耳を倒して目を堅く閉じながら、喘ぎ喘ぎ応じた。



『人質を取られたとはいえ、ムンカルが仕留め損なう程の相手だ。くれぐれも無理はしないで』

「了解」

走行しながら携帯を手にし、北極熊からの指示に短く応じた狼男は、50メートル程先を走る赤い影を瞳に映す。

『決して強引に攻めず、牽制程度の攻撃に留めて』

続けられたジブリールの言葉に、ナキールは僅かに耳を動かした。

「牽制?つまり、討伐を主眼に置くのではなく、時間を稼げと?」

問い返したナキールではあったが、声を発しながらもジブリールの返答を予想していた。

『うん。今ムンカルがミカールの修復を受けている。再出撃までアンクーを押さえ込んで欲しい』

ジブリールは、ナキールでは討伐できないと言っている訳ではない。

狼男への指示は、ムンカルが納得していない事を織り込んでのものであった。

ナキールは「なるほど。承知した」と応じると、一拍置いてから再び口を開く。

「自分には無い物だが、ムンカルが軽くは無い損傷を受けながらも執着する理由…、負けず嫌いという性質から来ている物と

考えても良いのかね?」

『まぁ、そんな所かなぁ…』

応じたジブリールの声には、微かに苦笑が含まれていた。