「生まれ直したその意味は」
「ふ〜んふふ〜んふ〜んふ、ふ〜んふふ〜んふ〜んふ、ふ〜んふ〜んふ〜んふふ〜ん…」
鼻を鳴らしつつ手を動かし皿を磨き上げてゆく黒い雌牛の横で、ぽってり太った童顔の獅子が、その丸顔を大げさに顰めた。
「なんや無性にムカつくから、ムブーブの鼻歌やめぇ…」
「何でだい?良い曲じゃないか?」
「ムカつくもんはムカつくんや!」
鬣ばかりが立派なレモンイエローの獅子は、皿を水洗いする手を休めずに吐き捨てる。
童顔のぽってりした獅子は、太い指で手早く正確に汚れを落としてゆく。
大柄な黒牛は筋肉質のごつい体躯に似合わず、繊細な手つきで皿を拭う。
息ぴったりの見事な流れ作業で、二人の前にあった大量の食器類は、次々と洗浄されていった。
「寝てる間にどうとか、ライオン馬鹿にしくさっとるような歌詞が気に入らん!」
「別に馬鹿にしちゃあいないだろう?あ〜、この歌いつかメジャーにならないもんかねぇ。特にメロディが良いよ、メロディ
がさ。ふ〜んふふ〜んふ〜んふ…」
イスラフィルは機嫌良さそうに言うと、鼻歌を再開する。
「やめぇ言うとるやろ…!」
不快げに顔を顰めたまま、最後の皿を押しつけるようにしてイスラフィルに渡すと、ミカールは胸元に「調理場は戦場だ!」
と記されているファイアパターンの勇ましいエプロンを脱ぎ、キッチンを出て食堂に行く。
「ちと食材買いに行く」
「はいよ。行ってらっしゃい」
イスラフィルが応じるか否かの内に、ミカールはドアの向こうへ姿を消した。
丁寧に拭いて並べておいた皿類を食器棚に戻し、手を拭って白いエプロンを脱いだイスラフィルは、
「おし、終わりっと。さぁて一服するかねぇ…」
そう呟きながら冷蔵庫に歩み寄り、ドアの開く音に反応して耳をピクつかせながら振り返る。
「おやムンカル」
ドアを開けてのっそりと入ってきた筋骨逞しい虎顔の大男を見遣り、イスラフィルは取り出したばかりの缶ビールを翳して
見せた。
「あんたもビール飲むかい?もう寝るだけなんだろ?」
「ん?ああ、貰うよ姐御」
カウンターを回り込んで来たムンカルは、どこか浮かない表情でビールを受け取る。
「なんだいなんだい?辛気臭い面しちまってさぁ。…ははぁん…。お姉ちゃんと離れるのがそんなに嫌なのかい?」
茶化すように良いながらプルタブを起こしたイスラフィルに、しかしムンカルは目を伏せたまま、答えようとしない。
むきになって反論すると思っていた黒牛は、拍子抜けしたような顔をした後、グビッと豪快に缶を煽って「ぷはーっ!」と
満足げに息を吐き、腕でぐいっと口元を拭う。
そして、冷蔵庫に寄りかかりつつ、しんみりと立ち尽くしている若い同僚に語りかけた。
「あのねぇムンカル、異動ってのは結構あるもんなのさ。あたしら三人はこれまで一回も異動無く、ずっと同じ顔ぶれで組ん
でたけど、これは逆に珍しい事なんだよ」
イスラフィルの冥牢出向は、一週間後に迫っていた。
本人は実にさばさばした物で気負っている様子も見られないが、最近ではムンカルが落ち着きを無くしている。
先輩というよりは姉貴分として、公私に渡って面倒を見て、折々相談にも乗ってやっていたイスラフィルの異動発表は、よ
うやく環境に慣れ始めたばかりの駆け出しの若虎には、かなり堪えた。
ムンカル自身そうと気付いていなかったが、この女傑は、育ての親であるシスターを除いて初めて心を許す事ができた、初
めて頼る気になれた、唯一の年長者なのである。
しかも、シスターには言えなかった自分の性癖についても知り、理解を示してくれる…。そういう意味では自分の全てを曝
け出せる貴重な存在であった。
「人間達が言う所の「今生の別れ」って訳じゃないんだ。元気に見送ってくれなきゃあ、あたしもスッキリ異動できないよ?」
「そいつは判ってるんだ…。判ってるん…だけどよ…」
元気のない鉄色の虎は、歯切れ悪く呟いてビールをチビッと飲む。
そんなムンカルの様子をしばし窺いながら考えた後、イスラフィルは声を潜めて囁きかけた。
「…ミカールもジブリールも、ちゃんとあんたを導いてくれるさ…。あの二人は確かにあたしと比べて、人間と比べて、欠落
は多いけどねぇ…、腕前や仕事熱心さで言ったらあたしなんかよりずっと上だ。言う事ちゃんと聞いてりゃあ、間違いなく立
派な配達人になれる。このあたしが保証するよ」
そう言いながらも、イスラフィルは察している。
ムンカルが求めているのは、仕事に関する技術的な拠り所などではない。
彼が本当に欲しいのは、精神的な拠り所なのである。
イスラフィルがメンタル面でのフォローを行うようになってからというもの、一時不慣れな環境で元気を無くしていたムン
カルは、再誕以前の快活さと豪放さを取り戻しかけていた。
しかし、彼女の異動が迫った今、鉄色の虎はあの一時期と同じく意気消沈している。
そこまで頼りにされていたと実感して嬉しさを覚える反面、イスラフィルは後ろ髪を引かれるような気分も味わっている。
自分の異動については納得している。
ムンカルの消滅処分回避のため、ミカールのため、自分が望みもせずに冥牢に赴く事には。
しかしここまで来て、彼女には心残りができてしまった。
それは、放っておけない、護ってやりたい、支えてやりたい、弟分たるムンカルの存在である。
生殖などによって子孫を残し、種の保存を図る地上の存在とは一線を画す彼女達にとって、もっとも得難い感覚の一つであ
る、母性愛。
恋をし、愛を育み、殆どの欠落を埋め、人間達に等しい豊富な感情を得るに至った彼女でもなかなか埋められなかったソレ
は、ムンカルとの接触によって埋められ、今やイスラフィルはシステム側で最も人間を理解できる配達人になれた。
しかし結果的に彼女は、人間を完全に理解した途端に地上を去る事になったのである。
「ムンカル…。あたしにしてやれる事には限りがある。与えてやれる物には限りがある。あんたが本当に欲しい物は、まさに
その「あたしじゃ与えられない物」さね。そいつはもう、あんた自身の力で手に入れるほか無いんだよ」
言い聞かせるように言葉を紡ぐと、イスラフィルは若虎の背をバシッと叩いた。
「自信持ってやってみな!あんた、人間だった頃は得意だったんだろう?」
「と、得意っつたって、勝手が違っ…!」
顔を顰めたムンカルは、やや項垂れてぼそぼそと呟く。
「人間じゃねぇからよ…。やっぱりちっと考え方とか、反応とか、色々違うし…」
「そうだねぇ、確かに人間とは違うだろう。けどね?」
黒い雌牛はムンカルの顔を横目で見遣り、口の端を少しだけ上げて笑う。
「今じゃあんたもそうなのさ、ムンカル。いつまでも「自分は別物だ」って思ってちゃあ、縮まる距離も縮まりゃしないよ。
そろそろ心ごと飛び込んで来な、「こっち側」にさ」
ムンカルは曖昧に頷いた。
言われている事は何となく判る。だが、人間として生きてきた時間の方が長いムンカルは、まだ精神的に大幅に人間寄りで、
気になる相手はシステム寄りであった。
本当の意味で仲間になりきれていない。打ち解けられていない。
その事を自覚しながらも、ムンカルはなかなか境界線を踏み越えられずにいる。
「難しく考える事なんかないんだよ。人間ってモンはね、魂と精神の性質的には、あたしらのちょっとしたバージョン違いみ
たいな存在だ。根っこからまるっきり違う訳じゃない。…実際の所、あたしと話をしてても、見た目が違う以外は人間相手に
話をするのと殆ど違わないんじゃないのかい?」
「そりゃあまぁ…」
「あんたの課題はソレさね。「違う」って意識にどこまで目を瞑れるかだ。人間だって一人一人違うんだ。慣れさえすりゃ、
些細な違いだって思えて来るはずだよ?」
イスラフィルは一度言葉を切ると、片方の眉を上げてニヤリと笑う。
「あたしが人間に対してそう思ってるのと、同じようにね」
ムンカルはしばらく黙り込んだ後、意を決したように缶を煽った。
がぶがぶとビールを飲み、一気に空にして一息ついた鉄色の虎は、
「不戦敗で納得できる柄じゃねぇし、努力はしてみるか…」
と、自分を納得させるような声音で呟いた。
「今度の休日?…まぁ、今んトコ別に用事らしいモンは無いけど…、何やいきなり?」
翌日の夜、レモンイエローの獅子は手元のトランプを睨みながら、顔も上げずにムンカルに応じた。
食後の食器類が片付いた食堂で、同僚の北極熊とポーカーに興じていたミカールは、だいぶ旗色が悪くご機嫌斜めであった。
ポーカーフェイスという訳では無いが、良い手が来ていても悪い手が来ていても普段同様の穏やかな顔を崩さない北極熊は、
むやみやたらにポーカーが強い。
対して顔に出易いミカールは、あまり強いとは言えなかった。
「明後日の休日、予定はあるのか?」
それが、ムンカルが直前に発した質問である。
ポーカーには参加せず、食堂の隅でマッコリを啜りながら、高級ワインやインテリアが載った通販雑誌を眺めていたイスラ
フィルは、
(おや、やっと切り出したねぇ…)
と、顔には出さず胸の内だけでほくそ笑む。
「暇なら、ちょっと出かけねぇか?」
「買い物か?欲しいもんあるなら言うてみぃ?大概の物は本部に注文したるで?」
挽回のチャンスとばかりにベットを吊り上げ、不敵な笑みを浮かべつつ、ミカールは応じる。
「いや…、買い物はまぁするかも知れねぇが…。見て回って気に入った物があった場合は買うってトコだな」
「は?欲しい物があるから買いに行くんやないんか?何でそんな非効率的な真似せなあかんねや?」
ミカールは心底不思議そうに問い返し、ムンカルは「ああ、まただ…」と、自分と彼らの間に横たわる溝を再確認する。
無駄や非効率、徒労すらも楽しめるようにできている人間と違い、ミカールは効率と効果を重んじる。
無目的にぶらついて気に入った物を衝動買いするという楽しみ方を理解できないのである。
(妙なプリントのシャツなんかにはこだわるくせに、何で無駄な物の楽しみ方を理解できねぇんだろうな…?)
ムンカルがそんな疑問と格闘していると、黙してカードを見つめていた肥満の北極熊が口を開いた。
「人間達はそういう非効率な買い物方法も楽しむんだよミカール。勉強だと思って行ってみたらどうだい?」
毎日過度の入浴をおこなっているジブリールは、非効率的行為にも一定の理解を示せるのか、本人もそう意図せぬままフォ
ローとなる発言をする。
「そういうもんなんか?」
それまで黙って成り行きを見ていたイスラフィルは、ここぞとばかりに「そうともさ」と相槌を打ち、会話に参加した。
「そういった一見無意味なぶらつきで、運命の品と出会う事もある…。実際に品物の縁の配達人は、そういった巡り会いもサ
ポートしてるんだからねぇ」
「運命の品…なぁ…」
半信半疑に呟いたミカールに、黒い雌牛は鼻を鳴らして見せた。
「例えば…、やたら焦げ付き難いフライパンが安く売ってるかもしれないし、あんたみたいな少数派が好みそうな特殊なデザ
インのティーシャツと巡り会えるかもしれない」
少数派、特殊なデザイン、という表現にやや引っかかりを覚え、言い返そうとしたミカールは、
「なぁ、どうだ?迷惑じゃねぇならよ…」
ムンカルにそう言葉を重ねられ、少し考え込む。
(環境の変化のせいか、人間だった頃と比べていくらか元気ないみたいやし…、これでちっとでも活きが良うなるなら、付き
合っても良えかな…)
レモンイエローの獅子は丸みを帯びた耳をピクピク動かし、「よっしゃ」と頷いた。
「ま、一種の勉強や思うて付き合うたるわ!」
「そうこなくちゃな!」
実際の気分以上に嬉しそうな顔を作り、ムンカルは笑う。
用事ができたと言って断わられては堪った物ではない。楽しみにしている事がせいぜい伝わるようにとの姑息な打算が働い
た笑顔ではあったが…、
(そんな楽しみなんかコイツ?じゃあきちんと予定空けとかへんと…)
レモンイエローの獅子には効果覿面であった。
「じゃじゃーん!どや!フルハウス!」
「オレはストレートフラッシュだね」
「…あかん…。今日はもう何揃えても勝てる気がせぇへん…」
直前まで自信満々だった獅子は、力無くがっくりと項垂れた。
そして、休日がやって来た。
ミカールの愛車、陸王のハンドルを握ったムンカルは、背にピッタリと張り付いている獅子に声をかける。
「まず、軽く服でも冷やかしてこうぜ」
「おう。今日はお前に全部任すさかい、好きにせえや」
どっしりと太いムンカルの腰を締める革ベルトを掴み、広い背中に密着しながら、童顔の獅子は声を張り上げて応じた。
「運転はまぁまぁ上達しとるけど、もうちょい練習せなあかんな。けどお前、他はともかく運転の筋だけはええで?すぐ乗り
こなせるようになるやろ」
「そいつはどうも」
こんなときまで指導員なミカールの言葉に苦笑を漏らし、ムンカルはアクセルを開ける。渋滞そっちのけで、ガードレール
の上を曲芸走行しながら。
ミカールにとってはただのショッピングの延長でも、ムンカルにとってはデートである。張り切ってしまうのは仕方の無い
事であった。
「良いんじゃねぇかこれ?」
そう言ってニヤつきながら若虎が手に取り、吊して見せたのは、胸ポケットに縫いつけられた真っ赤なリンゴのアップリケ
が目を引く、濃い紺色のオーバーオールであった。
それを見たミカールは、急に難しい顔になって黙り込んだ。
まだ付き合いも浅く、相手の事が良く判っていないムンカルは、調子に乗って怒らせたかもしれないと感じて様子を窺う。
だが…、
「…ええな…、コレ…」
予想外にも、ミカールはそんな事を呟く。
「へ?良い?」
「ええ…。ものごっつぅ…」
どうやら気に入ったらしく、ミカールは食い入るようにリンゴのアップリケを凝視している。
「よっしゃ!これ買お!」
「うお即決!?いやでも待て待て、これ実は後ろに…」
オーバーオールは似合うと思うが、この品自体は冗談のつもりで提示したムンカルは、やや慌てて後ろ向きにした。
オーバーオールの尻ポケット二つにも、アップリケは縫いつけられていた。
ただしそれら二つ…ラフレシアとイソギンチャクのアップリケは、胸側のリンゴと異なり、いやに写実的なデザイン。
まるで修繕の際に統一感は無視してあり合わせのアップリケを縫いつけたかのような、胸部と臀部の妙なアンバランスさで
ある。もっとも、可愛いリンゴ以外に写実的デザインのラフレシアとイソギンチャクしかあり合わせがなく、しかもそれらを
用いて危急的速やかに修繕しなければならないという状況は極めて稀有ではあろうが。
しかし…、
「なおさらええやないかっ!」
ミカールはそれをいたく気に入った。アンバランスであるなどとは全く感じずに。
(何だこいつ?エプロンがファイアパターンだったりパジャマに稲妻模様が入ったりしてるから、てっきり派手好きなのかと
思ってたが…)
ムンカルはオーバーオールとミカールの顔をまじまじと見比べ、ある結論に達する。
(…ひょっとすると…、センスが残念な子…なのか…?あの数々の妙シャツ(微妙なデザインのシャツの意)もウケ狙いじゃ
ねぇってのかっ…!?)
驚愕のムンカルが導き出した答えは、残念な事に正解であった。
一方ミカールは自分のセンスが残念な事になっているなどとは露程も思っておらず、先に房のついた尻尾を揺らしながら手
を伸ばし、ムンカルの手からオーバーオールを取ると、胸にあわせて「どや?似合うか?」と尋ねる。
「あ?あー…、うん!似合うな、似合う!」
一時的に呆気にとられていたムンカルだが、そこはブルックリンでブイブイ言わせたプレイボーイ。即座に頭を切り換えて
持ち上げモードに移行する。
本人が気に入り、欲しがっている衣類については、例え本心がどうあれ褒めておけ。
ムンカルは実戦で学んだ個人的鉄則を活かし、おだてに入った。
「服も良いが…、こりゃあやっぱ中身だな、うん」
「中身?」
首を傾げたミカールに、ムンカルは大きく頷く。
「着るヤツが良いからこそ、服の良さも一段と映えるってもんだ」
きょとんとしたミカールは顔を下に向け、オーバーオールを押し当てている自分の体を不思議そうに見下ろした。
「中身って、ワシか?」
「おう。他のヤツが着ても良さが出ねぇかもしれねぇが、ミカールが着るなら最良の組み合わせだろうよ。引き立てあってバッ
チリ、最良の組み合わせだ」
歯が浮くようなおだてを並べ立てたムンカルに、ミカールはゆっくり顔を上げ、狐につままれたような表情を向けた。
「ほんまか?」
「ま、冗談だ。半分は」
さらりと言ったムンカルは、途端に膨れっ面になったミカールが口を開きかけると、声を発する前に畳み掛ける。
「「最良」ってトコだけが冗談な。ミカールが着るなら大概のモンが「最良」になるだろうよ。何たって中身の格が違うから
な、「ちょっと良い」だけのモンも、「凄ぇ良い」モンになる」
口の端をクイッと軽く吊り上げたムンカルが、楽しげな笑みを浮べて言うと、ミカールは膨れっ面を困惑顔に変える。
「何だよその顔は?ほら、気に入ったなら善は急げだ!さっさと会計済ましちまおうぜ!」
「お?…お、おう…」
鉄色の虎は自分よりかなり背の低いミカールの肩に手を置き、やや強引に引いてレジに向かって歩かせる。
そしてそれとなく、しかしきちんとミカールの視界に入るように、財布を取り出した。
そして、気付いた獅子が何か言いかけたそのタイミングで、またも先手を打って口を開く。
「俺が払うぜ。服一着のプレゼントなんぞじゃ、世話になってる礼にもなりゃあしねぇだろうが」
「え?け、けど…」
「今日は俺の羽伸ばしに付き合って貰ってんだ。この程度はさせてくれよ。そうじゃねぇと…」
一度言葉を切ったムンカルは、照れているような顔と口調で付け加える。
「次回、誘い難いだろうが」
何人もの喧嘩相手を沈めて来た右フックと同様、これまた何人もの意中の相手を落として来た、「我ながらキザな事言って
るなぁ」と恥かしがっているように見える「作り照れ笑い」を浮かべ、片目を瞑って見せるムンカル。
対してミカールは、感情を引っ張りまわされて戸惑いがちである。
忙しく表情を変える童顔の獅子を言葉巧みに手玉に取りながら、ムンカルはウキウキしている自分に気付いた。
人間だった頃に何度も繰り返したイベント…恋人や恋人未満の友人とデートする際に何度も味わってきた、相手の反応を見
ながら接触の度合いを加減しつつ親しくなってゆく過程で覚える高揚感。今、ムンカルの中でそれが甦って来た。
居場所の無さ、足場の不安定さ、落ち着かない感覚、不安と孤独感…。それらは今、まるで何かの錯覚であったかのように
溶けて消え、ミカールと一緒に居る楽しさが胸の内を完全に占めている。
博識な割には「こんな事が?」と意外に思うようなありふれた物を知らず、威張っている割には反応が可愛らしく、時に純
朴な面を覗かせる童顔の獅子が、ムンカルは気になって気になって仕方が無い。
興味のきっかけは、あるいは自分を不器用に励まそうと、慰めようと、声をかけてくれた事かもしれない。
徐々に興味を深めたムンカルは、今ではミカールに別の感情まで抱いている。
もっと知りたい。もっと聞きたい。もっと見たい。
隅々まで。端の端まで。奥の奥まで。
探究心と興味と一種の獲得欲が、若虎の中で疼き続けている。
そう。ムンカルは今や、ミカールに恋をしていた。
いつしか、それこそ自分でも気付かぬ間に、この可愛らしい獅子を自分の物にしたいと考えるようになっていた。
そして、ミカールに向けられるその感情の変化については、イスラフィルも敏感に察知していた。
寛容…というより大雑把で懐が深い女傑は、二人が男性型である事にはあまり頓着していない。むしろムンカルの気持ちに
気付いた後は、「ドンと行け!」と応援し始めたほどである。
今日のデートを成立させるために口を挟んだりジブリールに用事を頼んだりしたのも、二人に予想外の邪魔が入る確率を下
げる為であった。
(おかげさんで、今んトコはそれなりに良い感じで進んでるぜ?姉御…!)
ムンカルはオーバーオールの代金を払いながら、心の中で雌牛に感謝した。
一方で、この手の恋の駆け引きや深謀に耐性の無いミカールは、若虎が見せたその顔で複雑な思いを抱いている。
人間としての生…旅を終え、ワールドセーバーとして存在する事になった彼が、少なくないストレスに晒され、不安を感じ
ていた事は、寝床を貸しているミカールも理解している。
自分が拾って来たムンカルが一人前の配達人になるまで面倒を見ると、他の誰でもない自分自身に誓ったミカールではあっ
たが、彼の心理状態を細かく理解してやる事ができず、どう声をかけ、どう励まして良いか判らずにやや困ってもいた。
人間だった頃の親しかった知り合いや想い出を夢に見て、酷くうなされているムンカルを見た事も数度ある。
さてどうした物かと少々悩んでいたところで、今日のこの様子である。もしかして手を貸す必要も無く自力で立ち直ったの
かと、戸惑いながらもホッとし始めていた。
「そうだ。せっかくだから、そのオーバーオールに合うようなシャツなんかも見てくか?フロントがかなり隠れてても、肩口
や襟元から覗く色合いなんかは大事だもんな。コーディネートはよ」
裸にオーバーオールも魅力的だが。…とは言わず、店を出たムンカルはショッピングの続行を打診する。
「コーディネートか…。うん、大事かもしれへんな…」
その気になったらしいミカールは、ムンカルの提案にすぐさま乗った。
そして二人は、結果的に十数軒の梯子ショッピングとなる行脚を開始する。
…これを期に、ひやかしからの衝動買いというコンボを体得したミカールは、着々と「妙なセンスでチョイスしたお気に入
り衣類コレクション」を充実させてゆく事になる。
それからムンカルは、おだてにおだててミカールのショッピングに付き合い、荷物持ちを買って出て、率先して店の梯子を
続けた。
さらに、それなりの規模に膨れた大荷物を、認識されないのを良い事に、無用心にもバイクのハンドルに引っ掛けておき、
ミカールを映画館に連れ込む。
「媚薬」というエロティックな雰囲気を漂わせるタイトルのラブコメディは、ムンカルにすれば気を遣ったチョイスだった
のだが、しかし欠落によって恋愛なる物が理解できていないミカールからすると、感情移入できないやや退屈なものであった。
ミカールの「飽きた」オーラを敏感に察したムンカルは、映画の後はソフトクリーム片手にウォーキングコースに引っ張り
込み、どんな映画が好みだ?買い物以外に一人で出かける事はないのか?などと話を振っては、ミカールの事をあれこれ話さ
せる。
自分の事を気分良く喋らせる事には慣れている。
若虎が童顔の獅子を上手く誘導し、最初は徐々に、やがて促されなくとも自発的に話をするようになった頃には、ミカール
はだいぶくつろいだ様子になっていた。
テレビの下らない話題に、飛行艇内生活の他愛の無い話、時に不機嫌そうに、時にニヤリと笑い、時に子供のようにあどけ
ない顔で話すミカールと連れ立って歩きながら、ムンカルは心を弾ませる。
思った通りであった。
やや遠慮があった二人の距離は、この一日で急速に詰まった。
閉鎖空間である飛行艇の中や、職務についての勉強で一緒に出かける場合とは、根本的に違っていた。
夕暮れの秋空は、抜けるような青に濃いオレンジが混じり始め、夜の訪れを告げていた。
そして、夕刻…。
「ごっつ美味いなぁこのパフェ!」
おしゃれなカフェ兼レストランの二階、眺めのよい窓際の席で、ミカールはデザートにオーダーした巨大パフェをせかせか
とスプーンで口へ運びながら、満足気な笑みを浮べていた。
洒落た内装はしているが、値段は安く、食事の質はあまり良く無い。
店の見た目に騙されて選択をミスったかと悔やんだムンカルだったが、しかし料理の腕がプロ級で舌が肥えているはずのミ
カールは、文句一つ言わずに食事し、満足そうでもある。
「…あのよ…。もしかしてミカール、無理してねぇか?」
「無理?ワシが?何をや?」
きょとんとして問い返した獅子に、若虎は頬をポリポリと掻きながら訊ねる。
「だから…。飯、あんま美味くねぇだろ?ミカールが作った方が、よっぽど美味いしよ…」
「ああ、そんな事か…。まぁ確かに味はイマイチかもしれへんな」
あっさり認めたミカールは、「けどな」と先を続けた。
「ワシ、自分で飯作ってもな、皆が言う程美味いて感じてへんねや。アレやアレ、自分で自分の事くすぐっても、あんまくす
ぐったくないアレみたいな感じでな、作り慣れたモンなら、どういう味か事前に解ってまう。そういう味になるように作っと
るんやさかい当り前なんやけどな。そんなんやから、時々なら外食も新鮮や」
レモンイエローの獅子は、自信満々に胸を張った。
「自慢になるけどな。ワシ、料理の腕ならそうそう負けへんて自信あるわ。ここのメニューも全部自分なりにアレンジして三
倍美味く作り直したるのは簡単や。…けどな?美味い飯食うだけが「食事」ちゃうやろ!?美味いモンでも同じようなのがずっ
と続けば飽きる!楽しい「食事」には、新鮮さが欠かせへんねや!いくらか味は落ちても、誰かが気合入れて作った飯を食う
んは新鮮や!」
口角泡を飛ばす力説に圧倒され、口も挟めなくなっているムンカルに、ミカールは笑いかける。
「せやから今日は、新鮮で楽しい晩飯や!お前のおかげやで!楽しい言うたら、今日全部そうやったけどな!」
いささか照れ臭そうに視線を下に向け、ミカールは長いスプーンでパフェの上に乗ったサクランボをすくい取った。
「けどここ、パフェだけは異常に美味いで?これだけはお世辞やない」
そんなミカールの照れ笑いを眺めながら、ぼんやりとした表情になったムンカルは考える。
(ああ、俺は…、俺はもしかすると、本当にこの為に…)
漠然と、そして断片的に、理解できたような気がした。
イスラフィルが口にした言葉、「リーズン」の意味を。
「あんたはきっと、ミカールのリーズンなんだよ」
「リーズン?」
眉根を寄せたムンカルに、その日、黒い雌牛は微苦笑を浮べながら言った。
「まぁ、説明するのもちょいと難しいんだけどねぇ…。リーズンってのはつまり、「職務」と同等か、それ以上の存在理由さ」
「存在理由…?」
眉間の皺をますます深くした若虎は、イスラフィルが軽く肩を竦めたその様子を見ながら、奇妙な感覚を抱いた。
この豪快でさばさばした女傑にしては珍しく、リーズンというものについて話す様子が、どこか気恥ずかしいようにも見え
たのである。
「「職務」が存在意義の大半を占めるあたしらが、それと同等以上の何かを得る事は稀だ。魂と精神の構造上、そうなり難い
もんでねぇ…。リーズンってのは、そのぐらい重要で珍しいもんなのさ」
「へぇ…。いまいち解らねぇが…」
「まぁ、難しくて微妙だからねぇ。…で、そのリーズンだが、何なのかはケースバイケースなんだよ。「特定の誰か」がリー
ズンな事もあれば、何らかの目標や行為がリーズンだったりもする。…あたしの知ってた中には、盗魂者を消滅させて回る事
がリーズンだったヤツも居たしね…」
過去形で語ったイスラフィルは、気を取り直したように口調を改める。
「だが、リーズンってのは結構確認が難しい。ある事に強い執着を持つようになった者が、自分ではそれをリーズンだと思っ
ても、それが本当にそうであるかどうかはまた別問題だからねぇ。じゃあどうやってリーズンかどうかを確かめるのかってい
うと…」
イスラフィルは言葉を切り、なんとか話について来ようとしながらも注意力が散漫になり始めている若虎の目を覗き込んだ。
「気長に待つしかない」
「はぁ?」
胡乱げに首を捻ったムンカルに、イスラフィルは逞しい肩を竦めながら言った。
「リーズンってのは、あたしらでも知覚できないような高次の因果クラスのものでねぇ。こればっかりは「そうらしい」って
思えるような出来事を待つしかない。…例えばだけどね、リーズンが何らかの「目的」だったとして、その達成に重大な障害
があったとする…。そんな時、高次の因果は強烈に働くのさ、「そうあるべき未来」へ向かって、濁流のような激烈さでね。
つまり…」
言葉を切った雌牛は、ウインクして見せる。
「起こるのさ。いくつもの奇跡が」
黒牛とのやりとりを思い出しながら、ムンカルは考える。
きっとそうなのだ、と。
ムンカルが人間としての旅を終えるその日、その場所に、ミカールが居た。
しかも、その橋渡しの役をこなしたのは最強最悪の敵性存在であるイブリースであった。
常に移動し続ける両者が出会う事も稀。そこが大特異点たるムンカルが住んでいたブルックリンであった事もまた奇妙。
そして何より奇妙なのは、ムンカルという人間として生まれていたワールドセーバーの存在。
イブリースとミカールに出会うまで、彼の存在は堕人にもシステム側にも感知されていなかった。
まるで、何者かがそう意図して、彼らの目からムンカルを隠していたかのように…。
奇跡と呼んで差し支えないクラスの偶然の重なりと連鎖。ここまで条件を整えられての出会いは、本当に偶然の延長にある
のか?
そこまで考えたムンカルは、「運命」という人間だった頃は嫌いだった単語を思い浮かべ、やや面白くないものを感じなが
らも、神の見えざる手を受け入れ始めていた。
(俺は…。この為に生まれて、そして生まれ直したのか…?ミカールが俺の…そして、俺がミカールの…、リーズン…)
「どないしたんや?ぼーっとしよってからに?」
束の間、回想と思慮に浸っていたムンカルは、ミカールの言葉で我に返った。
「いやぁ、俺なんかとは言う事違うなぁ…って思ってよ。俺ぁ頭悪ぃし、物事そんな深く考えてねぇからなぁ。そうかそうか!
新鮮さか!がははははっ!」
ムンカルは笑いながら匙を取り、パフェを掬って口元に運んだ。
飛び切り美味いという程でも無かったが、ミカールが誉めた理由については「なるほど…」と納得する。
やたらと濃厚で、とにかく甘かったので。
「どやっ!?」
帰って来るなりさっそくオーバーオールをお披露目したミカールの姿をまじまじと見つめ、イスラフィルは「ふん」と鼻を
鳴らす。
「なかなか良いんじゃないかい?ミカールのくせに」
ムンカルが同伴しての買い物故に、彼がきっと誉めたのだろうと察しをつけたイスラフィルは、本心を隠してやや誉める。
「うん。凄く良いね、ミカール」
ニコニコしている北極熊は、寛容過ぎてこういう時は意見を鵜呑みにできない。
いかに珍妙なデザインでも、本心から「これはこれでアリかなぁ」などと考えるので、意見を問うだけ無駄である。
もっとも、結果だけ見れば無難なフォローになっているのだが…。
「んっふっふ〜!んじゃ、気分良く風呂行って来るわ!お先ぃ〜っ!」
よほど気に入ったのか、尻尾を左右にゆらゆら揺らしながらミカールは食堂を出て行く。
そして、獅子が出て行って間もなく、
「…ムンカル、ちょっと…」
イスラフィルはムンカルを手招きしつつ、キッチンの奥へ誘った。
「…一体どんな手ぇ使ったんだい?あんなに機嫌の良いミカール、滅多に見られないよ…」
小声で尋ねるイスラフィルに、ムンカルは頭を掻きながら苦笑いした。
「特別な事はこれといって何も…。ただ、これまで口説くのに使って来たような手で行ってみただけだ」
「ほぉ…」
目を丸くし、感心したように声を漏らしたイスラフィルは、次いでニヤリと口元を歪めた。
「どうやら、その手の事に関しちゃあんたの方が上手らしいね…。大したもんだよ実際。頑張って落としてみな?」
「ああ…!」
腕を上げ、ガシッと絡ませる二人。
一方、一人だけほぼ完全に蚊帳の外扱いな北極熊は…、
「ねえイスラフィル。食べないならマスカットの残り一房、オレが貰うよ?」
どこまでも平和にマイペースであった。
手早く風呂を終えたムンカルは、トランクス一丁でその部屋に入室すると、ベッドにあぐらをかいて丁寧に頭を乾かしてい
たミカールに、
「もう風呂上がったんか?早かったな」
と、訝しげな視線を向けられた。
むっちりした腰回りと股ぐら、そして太腿のラインが浮き立つ水色のボクサーブリーフと、白いタンクトップというその出
で立ちに、ムンカルはゴクリと唾を飲み込んで見入る。
「…まあな。ほら、お前ほど手間かからねぇから」
平静を装って応じたムンカルは、鬣の水気を抜くのに手間をかけているミカールに歩み寄った。
縞々の尻尾をゆっくり左右に振りながら、獲物に近づく肉食獣のように。
「今日、楽しかったか?」
「おう!楽しかった!」
無邪気な笑みを向けてくるミカールは、外見相応の少年のように見えた。
胸がキュンと締め付けられるような感覚を味わいつつ、ムンカルはベッドの端に腰掛ける。
頭をわしわしとタオルで拭う獅子の肩に、若虎はそっと手を置いた。
「ん?何や?」
首を巡らせたミカールの顔を、ムンカルは真っ直ぐに、じっと見つめる。
「どないしたんや?黙り込んだりして…、わっ?」
ムンカルの動きは、急であった。
そっと掴んだ肩を押してミカールの体をベッドの上に倒すと、ムンカルの手は素早く動いて、ぽってりした獅子の顎下へ添
えられる。
「な、何や一体?」
戸惑うミカールの顔を、のしかかるように上になったムンカルが間近から覗き込む。
その熱い吐息を顎から胸元に浴びて、ミカールは妙な気分になった。
「なあミカール…。気持ちいい事、してみねぇか?」
「気持ちええ事…?」
訝しげに、そして戸惑い気味に眉根を寄せた童顔が、ムンカルの心に火をつける。
こうなったらもう止まれない事は、自分が誰より知っている。
嫌われたらどうしよう?関係の変化をどう受け止めよう?そういった先の事への思慮は、エンジンに火が入ったムンカルか
らは消え失せる。
我慢できないなら行動あるのみ。後はなるようになれ。いつでもこんな時の前には、そんな気分になっていた。そして今も、
かつて恋をした時と同じように…。
「ミカール…。セックスってした事あるか?」
「は?」
素っ頓狂な声を上げたミカールのタプついた顎を、若虎のごつい手がさわさわと撫でる。
「ねぇんだろ?セックス経験。性交で子供作る訳じゃねぇもんな、こっち側の存在は」
「そらまぁ…。どういったもんか、知識としてはあるけどな…。やる必要無いから、やった事も当然無いわ」
「けど、やっちゃいけねぇって決まりもねぇんだろ?」
「そらそうや。好んでする事でもないし、わざわざ禁止する事もない。やるだけ無駄やろ?それで仲間増える訳でもないんや
から」
「勿体ねぇ!」
ムンカルが突然大声を上げると、ミカールはビックリしたように目を丸くする。
「無駄、無駄、無駄ってなぁ、無駄も楽しめるもんなんだよ!無駄な時間を大量に使っての買い物だって、楽しめたんだろ?」
「そ、そらまぁ…。楽しかったわ…」
剣幕に気圧されてボソボソと応じたミカールに、ムンカルは「だろう!?」とたたみ掛ける。
「無駄の楽しみを知ったついでだ。せっかくだから教えてやるよ」
「は?せやかてセックスはほれ、子孫残す為の行為で…」
「だーかーらーっ!子孫残すとか、そんな理由切り離しちまえ!気持ち良いからやるんだよ!セックスに求められるのはな、
何も生産性ばっかじゃねぇ!」
声を荒らげたムンカルは、一層ミカールに顔を近づけ、互いの吐息を顔ではっきり感じられる距離から囁いた。
「やろうぜ?な?」
耳朶を震わせるムンカルの低い声は、どういう訳か抗い難く感じられて、ミカールは口ごもる。
そして、目を伏せるようにして視線から逃れ、何とかボソボソと反論した。
「…けどセックス言うたら普通は男と女が…、ワシもお前も男やろ?」
「どうせ俺らは性行為で子供作れねぇんだろ?だったら、男女でも、男同士でも変わりねぇ」
一理ある。ムンカルの主張は無茶苦茶であったが、ミカールはその発言で納得しかけてしまった。
「経験だよ、経験…。まぁ任せてみろって」
返事も待たずにミカールのタンクトップに手をかけたムンカルは、乱暴に頭上へ引っ張った。
「ま、待っ!んもふっ!」
顔をシャツで覆われ、無理矢理万歳させられてタンクトップを抜き取られたミカールは、次いで下腹部へ伸びたムンカルの
手がボクサーブリーフにかかると、ビクッと身を震わせた。
若虎のごつくて太い指が、ボクサーブリーフを強引に引き下ろす。
「や、やめっ…!ひっ!」
縞模様が浮くごつい腕を掴み、抵抗しようとしたミカールは、しかし半分下ろした直後に股間に滑り込んだムンカルの手が、
ソレをしっかりと握った事で硬直した。
縮こまっているミカールのソレは先端まで分厚い皮を被っており、被毛と股の脂肪に沈んでいる。
「…可愛いじゃねぇかココ?んん?」
にやりと笑ったムンカルの顔を間近で見つめ、ミカールは口をぱくぱくさせたが、しかし結局言葉が出て来なかった。
自分でも良く解らない羞恥心が、ミカールの体を火照らせる。
裸を見られる事など何でもないはずであった。それで恥かしいと思う必要など無いはずであった。
それなのに、服を脱がされた今、ムンカルの視線を浴びていると考えると、自然に体が縮み、丸まって、中心線を隠したく
なる。
急所を柔らかく、しかししっかりと捕らえられていて逃れる事もできないミカールに、ムンカルは囁きかけた。
「可愛いぜ…、ミカール…」
「なっ!?」
驚きの表情を浮かべて絶句した獅子は、すぐさまそっぽを向いた。
「あ、アホぬかせ!ワシは男やぞ?しかも…、しかもお前なんかよりず〜っと長く存在しとる…」
「大先輩だってんだろ?それでも、可愛いもんは可愛いんだよ…」
畳み掛けるようなムンカルの言葉で、ミカールは顔をカーっと熱くした。
(何や?何やこの気分…?胸がドキドキして…、落ち着かへん…!けど…、けど…)
不快ではない。むしろ、恥かしいながらも少し嬉しい。
自分の心の動きに戸惑うミカールに、ムンカルはずいっと身を寄せ、僅かに体重をかけた。
顔を上に向け、視線を自分と絡ませたミカールの口から、体重を受けたせいで胸が絞られて息が漏れ、ムンカルの顔をくす
ぐる。
「正直に言う。お前に…、惚れちまった…」
真顔で言ったムンカルは、ミカールが「へ?」と声を上げるなり、がばっと覆い被さって強引に唇を重ねた。
あっという間に口を割って侵入したムンカルの舌の先端が、ミカールの舌の下側に潜り込み、その付け根をほじくるように
して刺激する。
未知の感覚で背筋の毛をぞわっと逆立たせ、ビクンと硬直したミカールの体は、舌の動きに連動するようにして小刻みに震
え始めた。
「んふーっ!んくふっ…!くふふーっ!」
口を塞がれ、中をかき回され、ミカールの鼻から荒い息が漏れる。
大きく見開かれた目は潤み、今にも涙が零れそうになっている。
くっちゅくっちゅと、湿った音を立てて口の中を舌で蹂躙されていく内に、強張っていたミカールの体から僅かに硬さが取
れる。
時折ピクッ、ピクンッと、勃った陰茎と肥えた体を震わせる獅子の目は、いつしか湿り気のある熱を帯びた物になっていた。
やがて、長い長いディープキスを終えて口を離したムンカルは、途端に口で喘ぎ始めたミカールの顔を間近から覗き込み、
ぼそりと、低い声で告げた。
「好きだ…。ミカール…」
駆け引きも牽制も探りもかなぐり捨てた、腹の底からの本音を、若虎は絞り出した。
「まだ会ったばっかりだとか、お互いの事も良く知らねぇとか、そういうのはまだまだあるさ…。けど、お前が好きだ。好き
で好きで堪んねぇ…。好きで好きで好きでどうしようもねぇ…」
喘ぐミカールはトロンとした半眼にムンカルの顔を映し、一語一句が自分の胸の深い所に染み入って来るその感覚に戸惑い、
そして酔いしれた。
ストレートな愛情表現。ただでさえ恋愛経験も無く、その手の事に興味も無く、誰かに愛の告白をされた事も当然無かった
ミカールは、ムンカルの真剣な表情に、声に、言葉に、恥かしさと心地良さ、そして説明できない胸の疼きを覚えている。
苦しいほど胸が高鳴り、先にも増して顔が熱くなり、急激に体温が上がり、全身から大量に発汗する。
「ミカール…、お前が欲しい…!欲しくて欲しくて我慢できねぇ…!」
囁きながらも乱暴に獅子の体を抱き寄せ、抱き締め、己の胸に顔を埋めさせたムンカルは、あまりの事に反応らしい反応も
示せていないミカールの頭に鼻面を寄せ、丸耳を甘く噛んだ。
「ひゃうんっ!」
ビクッと震えて身を硬くした獅子の丸耳を噛みながら、ムンカルは奇妙な感覚を抱いた。人間とは違い、頭部側面ではなく
上方に寄ったミカールの耳…。その位置の違いに戸惑う事もなく、極々自然に体が動き、耳を甘噛みできた自分の動作に。
まるで、「こうすれば良い」という事を前々から知っていたかのような、不自然さの全く無い動作であった。
(ああ…。そうか、そういう事か…)
ミカールの耳を食んだまま、ムンカルは苦笑する。
自分はもう人間ではない。生まれ直して肉体も「こちら側」仕様に置き換えられた今は、それに適した形に本能まで置換さ
れているのだろうと察して。
そしてその事実は、ムンカルの確信を一層強固にする。
(やっぱり俺は、ミカールの為に…、こうして寄り添う為に生まれ直したんだな…)
耳を甘噛みするムンカルの手は、獅子の小ぢんまりした陰茎を、睾丸を、すっぽりと手に収めたまま軽く揉みしだく。
「ひあぁっ!?あっ、あっ!や、やめぇっ!あかん!そこはあかん!なんかあかぁんっ!」
そのゴツイ手とは裏腹に、優しく、そして繊細な手付きで股間を愛撫され、不慣れな刺激を加えられたミカールは、たちま
ちの内に自身を硬くさせた。
あっという間に怒張し、しかし勃起してもなお厚い皮を被ったままのソレを、ムンカルはほくそ笑みながら刺激し続ける。
「気持ち良いだろ?なぁ、ミカール…!自分でやる何倍も…!」
「じ、自分で…て…!ひっ!こないな真似…した事…!あるわけ無いやろ…!」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げたムンカルは、しかしすぐさま「ああ、なるほど…」と納得した。
おそらくミカールは、性行為どころか自慰もした事がないのだろうと察して。
本来必要の無い行為である性処理を、ミカールはした経験が無い。
性行為による種の保存を行わない彼らは、そもそも通常の状態ではそういった欲求が無いのである。
「勿体無ぇなぁ…。勿体無ぇ…。こんな可愛いのによ、こんな気持ち良い事も知らねぇでず〜っと過ごしてたなんて…」
どこか同情するような口調でしみじみと呟いたムンカルは、甘噛みして唾液に濡れたミカールの耳に囁きかける。
「気持ち良いだろ?ん?」
「き、気持ちええとか…そういうもんなんか?これっ…!んっ!お、落ち着かへん…!股の間が…、ジンジンして…!下っ腹
が…!疼きよる…!は…んぅっ!む、ムンカルぅ…!ど、どうなっとんねや、これぇ…!」
初の体験。刺激された陰茎の先から透明な液を零れさせながら、ミカールは喘ぎ、不安そうにムンカルに縋りつく。
ぽってりとした、肉付きの良い柔らかな腕が自分を求めてきた事で、ムンカルの欲はさらに熱を帯びた。
(足りねぇ…!やっぱこんなんじゃ足りねぇ…!初めてなんだから痛がるだろうし、キツいだろうが…)
胸の内で呟きながら、ムンカルは自分の股間に意識を向けた。見て確認しなくとも判る、痛いほどに硬く怒張し、反り返り、
ヨダレを垂らしている、自慢の逸物に。
禁欲生活もしばらく続いている。当初は入念に愛撫しながら愛を囁き続けるつもりだったムンカルは、早々と我慢が限界に
達した。
ごつい虎の手が、ミカールの陰茎と睾丸から離れ、そのさらに下側へ、さらに奥へと移動する。
始めこそ唾液で湿っていたムンカルの手は、今やミカールの股間から滴った先走りによってぬめりを帯びていた。
「あっ!ちょ、ちょっと!やめぇっ!お前っ、何処…!」
太腿をきつく閉じて抵抗するミカールの股へ、ぬめったムンカルの手はジリジリと侵入して行く。
腿内側の柔らかな贅肉は、いかにきつく閉じようと、ごつい虎の手を阻むには至らない。
やがて、ムンカルの指が睾丸の後ろ側、肛門との丁度中間の部位をくくっと押すと、ミカールは切なげな喘ぎを漏らした。
「や、やめっ!やめぇっ…!そ、そないな真似…!」
「やめろって言う割には良い声上げるじゃねぇか?体はちゃ〜んと反応してんだぜ?これで」
ムンカルは意地悪く笑い、人差し指と中指でソコを強めに圧迫する。
柔らかい贅肉の奥にあるその筋を、管を、コリコリと左右に振って弄ばれながら、ミカールは必死に制止の声を上げた。
「ひゅんっ!あ、あぁあぁあっ…!や、やめ…!シッコつまる…!漏れそ…んぶっ!?」
涙目になって懇願するミカールの口を、ムンカルは強引に塞いだ。
乱れた息が塞がれた口の隙間から漏れ、ぶぶーっと唇を鳴らしたのも一度だけ、二度目のキスでスムーズに鼻での呼吸に切
り替えたミカールは、助けを求めるように、あるいは温もりを求めるように、ムンカルの逞しい体に縋りつく。
突き放すという選択肢は無かった。
知らず知らずに求めてしまっていた。
初めて味わう感覚に恐れにも似た不安を覚えながら、それでも言葉とは裏腹に、止めて欲しくないと思い始めている。
複雑な感覚を持て余しているミカールの股の間で、ムンカルの指先は、ついにそこへ辿り着いた。
「ひぎぃっ!?」
太い指が脚の間をまさぐり、肛門を探り当て、無理矢理潜り込んで来る感覚に、堪らず甲高い声を上げるミカール。
中指を折り曲げてミカールの肛門から入れたムンカルは、未開発のきついソコを慣れた手つきでほぐしつつ、時折指を少し
奥へ進め、強く曲げ、腸壁を指圧した。
「ひっ!ひぃっ!やめっ…!ひんっ!やめぇっ…!」
もがくミカールの抵抗は、しかし弱々しい。
脆く敏感な内側に侵入した指がもたらす刺激で体が震え、四肢に力が入らず、漏れる声は時に裏返り、時に掠れている。
挿入に備えた準備と愛撫を同時に行いながら、ムンカルは興奮を高めていた。
手をかける内股、尻、脇腹、どこもかしこも被毛の下にはプニプニと柔らかな贅肉がついており、少し力をかけるだけで指
が沈み込む。
入浴の名残で香るボディシャンプーに汗の匂いが混じった得も言われぬ芳香を胸一杯に吸い込み、ムンカルはゆっくりと吐
き出した。
「あぁ…!堪んねぇ…!」
手触り、臭い、サイズ、ボリューム、そして声に反応。どれをとってもストライク。
不安と恐怖すら抱いているミカールの初々しい声が、喘ぎが、抵抗が、若虎のエンジンをますます噴かさせる。
かつてムンカルの恋人になった者には、何人か初物も含まれていた。しかしミカールのソレは、彼らの初々しさとは全くの
別物である。
予備知識無く組み敷かれ、そうと知らぬまま犯される時を迎えようとしている獅子のささやかな抗いは、若虎にとっては実
に甘美なものであった。
「ひぎぃいいいいいいいっ!いだぁああああああああっ!」
指が二本に増えると、ミカールはしがみついているムンカルの背に爪を立てて、目を大きく見開き、食いしばった歯の隙間
から悲鳴を漏らした。
「慣れねぇ内はちょっとばかり難しいだろうが、力抜いてろ。その方が楽だし、早くほぐれるぜ?」
声をかけながら、ムンカルはミカールの肩と首の境に顔を寄せ、首筋を甘く噛む。
「い、痛ぁっ!裂ける、裂け…!…あっ!あぅっ!」
首筋をしゃぶるように噛まれ、筋をコリコリと歯先で刺激され、ゾクゾクと寒気にも似た快感を覚えたミカールは、意識が
逸れた事で広げられている肛門の圧迫感が薄らぐ。
巧みにリードし、抵抗を無効化し、手玉に取るようにミカールを愛撫する若虎は、唾液まみれにした首から口を離し、三度
目のキスをする。
「んっ…!んんっふ…!ん…!」
ムンカルの背中に回していた腕を戻し、分厚く逞しい胸を、肩を、震える手で押し、形ばかりの抵抗を行うミカールだった
が、この時点ではもう、どうあっても跳ね除けなければという気持ちは無くなっている。
嫌だから拒むのではない。拒むポーズを取る事で恥ずかしさを紛らわせようとしているだけであった。
その事を弱々しい抵抗で確認したムンカルは、先程よりも強く、乱暴に、長く、ミカールの口内を蹂躙した。
(可愛いなぁ…。可愛い…。可愛いぜミカール…)
しみじみと胸の内で呟くムンカルは、顔にかかるミカールの鼻息がもたらすこそばゆさに顔を緩ませる。尻をほぐす手は休
めぬまま、舌をまさぐりながら。
愛撫はそれからも、時間をかけて入念に続けられた。
不慣れで耐性のないミカールは、間断なく訪れる刺激と快楽で疲労すら覚え始めている。
汗びっしょりになり、はかはかと浅く乱れた呼吸を繰り返すミカールの上から、とりあえずは肛門もほぐれたと判断したム
ンカルは、ようやく身を除けた。
「は…!」
物欲しそうな顔で手を伸ばし、ムンカルを引き止めようとしたミカールは、そんな自分の行動に戸惑った。
拒みたかったはずなのに、早く終わって欲しかったのに、ムンカルが身を離した途端にどうしようもなく切ない気分になっ
ていた。
自分の心理状態を把握しかねて困惑している獅子を見下ろし、若虎はニヤリと笑う。
「安心しろよ。本番はここからだ」
言うと同時に肛門に潜り込んでいた指がヌポッと抜かれ、ミカールは身を反らして「ひっ!」と声を漏らす。
ほぐしながら散々刺激されたおかげで、滲み出た腸液が肛門を、ムンカルの手を、ヌラヌラとぬめらせている。
「すげぇ濡れ具合だなぁオイ。知らなかっただけで、本当はこういう事大好きな体してんじゃねぇのか?んん?」
ニヤニヤするムンカルから視線を逸らし、「し、知るか…、アホ…」と、小声で呟くミカール。
半勃ち状態の陰茎は、先走りが睾丸まで滴っており、陰茎付け根周囲のぷっくりとしたコーナーを濡れそぼらせていた。
ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、ムンカルはまどろっこしそうにトランクスに手をかけた。
下ろす際にゴムが引っかかり、一度下がってからビンッと跳ね上がったのは、ヘソまで反り返った極太の逸物。
先走りに濡れそぼる剥き出しになった亀頭は、突けば弾けそうに膨らんでおり、色濃く充血して赤を通り越し、アメリカン
チェリーのような濃い色になっていた。
シャフトはがっしりと太く、怒張によってかなりの強度を持っている。
ムンカルが自慢の逸物を指で下げ、そして離せば、ソレは透明な雫を飛ばしつつビンッと跳ね上がり、分厚い筋肉を纏った
腹にベシッと勢い良く当たった。
形として現れている自分の興奮具合に満足したムンカルは、ぐったりとしているミカールの膝裏に手を入れ、両脚を掴み上
げ、Vの字にさせる。
「わっ!?こ、今度はどうするつもりや!?」
「言ったろ?本番するってよ」
応じた若虎は脚を大きく開く格好でベッドに正座し、開かせたミカールの脚を両脇に抱え込む格好で腰を突き出した。
「ひゃっ!?」
尻に押し当てられた、硬く、熱く、そして大きな亀頭がもたらす圧迫感。
自慢の化け物じみた逸物をミカールの肛門にひたりとあてがい、ムンカルは「行くぜ?」と囁きかける。
「いっ!?行くて…、まさか…!?」
ムンカルが何をしようとしているのか、ミカールはようやく悟った。
尻を弄られたのはこの準備だったという事にも、ようやく…。
「あかんあかんあかんっ!そんなん入るわけないやろっ!?ケツ裂けてまうっ!」
強い恐怖を抱いて脚をばたつかせたミカールだったが、しかし逞しい虎の腕で太腿の付け根辺りを抱え込まれており、両脚
は虚しく宙を蹴る。
「大丈夫だって。楽にしてな、楽に…」
そう囁きかけるムンカルの言葉が耳に届くと同時に、肛門にあてがわれた亀頭の圧迫感が急激に増す。
ミカールの肛門は異物の侵入を阻むべく締まっていたが、しかし散々ほぐされて受け入れ準備を終えてしまっている。
しかも、己の尻から溢れた愛液と、ムンカルの逸物から垂れる先走りで摩擦が軽減されており、ぐぐっ、ぐっ、と少しずつ、
ゆっくり腰を前に出すムンカルの動きによって、肛門は亀頭に押されて強引にこじ開けられようとしていた。
充血したその先端が一気に沈み込むまでは、割と短かった。
体液でぬめった特大鈴口が一気に通過し、瞬間的に無理矢理肛門を拡大されたミカールは、
「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
首を反らし、喉も裂けよと絶叫を上げる。
抵抗虚しく、あっけなく侵入を許してしまったミカールは、ムンカルのお徳用サイズの亀頭をカリの部分まで尻で丸飲みさ
せられ、目尻から涙をこぼしながら身悶えた。
「痛ぁっ!やっ!苦し…!キツいぃっ!ケツ裂けてまうっ!あかぁん!もうあかぁん!」
ミカールは首を左右に振り、レモンイエローの鬣を振り乱す。きつく瞑った目から、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら。
「ひっ!ひぐっ…!痛ぁ…!キツぅ…!」
「大丈夫だって。一番太いトコは通ったからな。…けどまぁ、未開発だけあってキツいな…。先の事も考えて、ここで心身共
に慣らすか…」
言うなり腰を引いたムンカルの亀頭に引っ張られ、尻から腸を抜かれるのではないか?などと危機感を抱きながら、ミカー
ルは「やめぇえええっ!」と悲鳴を上げた。
「堪忍…、堪忍したってぇ…!なぁ、ムンカル…!お願いやから、もぉ堪忍…!ワシ…、ワシ、このままやとおかしくなって
まうわ…!」
涙と鼻水でぐしょぐしょにした顔を羞恥と苦痛に歪ませ、ミカールはプライドを捨てて懇願する。
「駄目だね」
きっぱりと即答したムンカルは、羞恥の色が濃く浮かんだ懇願するような視線を受けながら付け加えた。
「今だけは…、デイブって呼べ。でなきゃ止めてやらねぇぞ?」
ミカールは涙目のままこくこく頷くと、鼻を啜ってから口を開いた。
「堪忍したってや…、デイブ…」
弱々しい、媚びすら含んだその声によって、ムンカル…デイブの興奮と陰茎は一層膨れあがった。
嬉しかった。
馴染みの愛称で呼んで貰える事が、嬉しかった。
「んじゃあ、ここから一気にフィニッシュまでもってくぜ?天国見せてやるよ…!」
若虎はぐっと腰を突き出し、獅子のさらに深い位置まで男根を押し込み始めた。
づぶっ…っぷ…っぷ…ぷぷぷっ…ずずっ…ずっぷ…ぷっ…
「ひうっ!?うっ、は、入って…!入って…来るぅ…!うぐぅぅぅぅうっ…!」
尻から奥深くへ潜り込んでくる熱い肉棒の感触に、体内を伝わって直に耳に届く腸壁が擦られる音に、苦痛と快楽と圧迫感
と急激に高まる排泄感に、ミカールは呻く。やがて…。
…っぷ…っぷ…みちっ…
「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」
ムンカルのソレが根本まで完全に埋まると、ミカールは身震いしながら甲高い悲鳴を漏らした。
「結構…、キツいな…」
「ひぎぃぃいいん…!く、苦し…!腹ん中…、いっぱいで…!窮屈で…!キツ…いぃ…!」
僅かに腰を動かして感触を確かめたムンカルは、ひぃひぃと喘ぐミカールの胸に手をついた。
「ひんっ!や、やめ…!こそばゆい!」
そして、その柔らかな胸を軽く揉みつつ、探り当てた乳首を親指で押して弄びながら話しかける。
「始めるぜ?可愛いミカール…!」
宣言と同時にムンカルの手が胸から離れ、ミカールの腰をしっかりとホールドした。
「ひっ!」
硬く反り返った熱い肉棒で腹の内側を擦られ、ミカールは鼻から高い声を漏らす。
「ひぎっ!ひっ!ひぃんっ!」
みっちりと腸内を満たすごつい肉棒で前立腺を刺激され、ミカールの陰茎は、皮を被った先端からとうとうとヨダレを零し
始めた。
そしてそのトロトロと湧いていた透明な滴は、ある瞬間を境に勢いを増し、その色を変えた。
「ひぎっ!?いっ、いひぃっ!何っ…何や、これぇ…!あっ!ひあぁっ!はにゅぅううっ!」
白い体液をコプコプと尿道から溢れさせ、ミカールは焦り混じりの声を上げた。
初の射精、それもトコロテンである。
頭の芯が痺れてとろけるような感覚。止められない痙攣と異常な発汗。繰り返し絶頂に達するような快楽の波に、ミカール
の精神は弄ばれた。
ギュウギュウに詰め込まれたムンカルの特大逸物はきつい程にフィットしており、前後する度に執拗に前立腺を刺激し、ミ
カールに喘ぎ声を上げさせた。
コプコプ、コプコプと、絶え間なく溢れて来る大量の精液で、ミカールはぼってり肉がついた腹を汚してゆく。
溢れた精液はへそが埋まるほど溜まり、被毛に染みて全面を汚し、丸い腹の曲面に沿ってシーツへと伝い落ちた。
腰を振りながら、動きに連動してタプンタプンと揺れるミカールの腹を、胸を、手足を、全身を覆う無駄な肉を眺めながら、
息を荒らげているムンカルは徐々に動きを激しくしてゆく。
もはや言葉にならない高い喘ぎ声を、絞り出すようにして鼻と口から漏らすミカール。
体型のみならず、締まり具合に感触、反応に声、どれをとってもツボな相手を蹂躙しながら、至福の時を貪るムンカル。
「いくぜっ!そろそろいくぜミカールっ!」
唸り声混じりの声を上げ、ぶるるっと身を震わせた若虎は、全身に力を込め、逞しい背に筋肉のラインを浮き上がらせ、ミ
カールの中に精を放った。
「い…ぐぅうううううううううううっ!」
「ひぁっ!?あ、あ、あっ!デイブっ!熱っ!あっつ…!あぁああんっ!」
体の深い所に、繰り返し注ぎ込まれる熱い何か。
腸内を満たし、溢れるその液体は、なおも腰を振っているムンカルとの結合部から零れ、尻の割れ目に沿って尻尾の付け根
まで濡らした。
「ひんっ!ひっ、ひにゃぁぁぁぁぁ…!」
堪らない感覚に切なげな声を漏らすミカールは、さすがに精根尽きたのか、延々と続いていた射精がやっと止まった。
精液で腹を満たされ、ぐったりとしたミカールの尻から、ムンカルの男根がヌポッと抜ける。
「はにゃぁん…!」
弱々しい声を上げたミカールの上に身を乗り出し、覆い被さって間近で顔を突き合わせたムンカルは、自らの精液で汚した
腹を上下させているミカールに笑いかける。
「どうだ?こいつがセックスだ!気持ち良いもんだろ?」
何故か得意げな若虎から視線を逸らし、そっぽを向いたミカールは「…そか…」と、弾んだ息の間から声を絞り出す。
「可愛いぜ?ミカール…。これからは毎晩たっぷり可愛がってや…」
「図に乗んなやっ!」
急にキッと視線を向けて怒鳴ったミカールの上で、ムンカルは目を丸くした。
自慰も知らないのにいきなり本番は刺激が強すぎたか?もしや本当は嫌だったのか?
今さらながら少々心配になったムンカルから再び顔を背け、練乳掛けレモンシャーベットのようなカラーリングになってい
る童顔の獅子は、ぼそりと呟く。
「…こんなん、毎晩されたら身がもたんわ…。時々でえぇ…」
恥じらいながらそうボソボソと呟いたミカールをきょとんとして眺めたムンカルは、やがてニンマリ顔を緩めた。
「おう!んじゃ、時々可愛がってやる!…休日とかだけにするか?」
「そ、それが無難やろな…」
「けど欲しくなったらいつでも言えよな?またコイツをくれてやるからよ」
「…ぉぅ…」
「ん〜?声が小せぇなぁ?「頼むぜデイブ」ぐれぇ言えねぇのか?」
「調子に乗んなやムンカル!」
怒った顔で睨みつけたミカールは、しかし直後に顔を強張らせ、黙り込んだ。
皮を被った精液まみれの陰茎を、ムンカルに軽く握られて。
「「デイブ」って呼んでくれよ。こういう時だけで良いからよ」
若虎はやや照れくさそうな笑みを浮かべ、「相方にはそう呼んで貰いてぇんだ」と付け加える。
「相方?」
「恋人って言ってもいいな。口にするのは照れ臭ぇが…」
若虎はぼそぼそと言うと、ミカールの顔に自分の顔を急接近させる。
「心の底から惚れちまった…。好きだぜ?ミカール…。俺のもんになってくれ」
ミカールの返事は、無かった。
すぐさま降ってきたキスで、口を塞がれてしまったせいで。
しかし、答えが拒絶でない事だけは、言葉を介さずとも伝わって来た。
四度目のキスは、不器用ながら、ミカールも自分から舌を絡ませようとしていたから。