おまけ

「有り難うな。車、助かったよ」

座卓を挟んで向かい合った、大柄で太った虎に、ヨシノリは微笑みながら礼を言った。

「なんのなんの。ササキと一緒じゃあ、私の車じゃ狭かったんじゃないか?」

穏やかに笑いながら応じたヒロに、

「お前が乗れるっていう事実があるんだ、そういう心配は全くいらないよ。…もっとも、ササキ君とヒロなら狭いだろうが…」

「うん。たぶん狭いだろうなぁ」

からかうようなヨシノリの言葉に、しかしヒロは真面目な調子で頷く。

「それとこれ、土産だ」

ヨシノリは土産物屋のビニールに包まれた土産を座卓の上に置くと、

「ちなみにキスの一夜干し。チョイスはササキ君だ」

「おおおおおぉぉぉ…!」

土産を手に取ったヒロは、普段は眠たげに細めている目をまん丸にして、袋に頬ずりした。

「んん〜…!嬉しい…!有り難うなぁヨシノリさん。ササキにも、よろしく伝えておいてくれるかぁ?」

大いに喜んでいる様子のヒロを見て、ヨシノリは可笑しそうに笑った。

「直接伝えれば…って、そうか、知らないのか、携帯」

「うん」

「…今度、連れて来ようか?きっと、ササキ君も久し振りに会ってみたいだろうし」

ヨシノリの提案に、ヒロはしかし微妙な半笑いを浮かべた。

「どうかなぁ?自分で言うのもなんだが、私は厳しい担任だった。そんなに好かれてはいないはずだがなぁ?」

それはどうだろう?とは思ったが、ヨシノリは微笑みながら呟く。

「まぁ、その変わりようを見れば驚くだろうな…」

「そうだなぁ。少し太ったしなぁ」

「…それは…。済まん、否定し辛い…」

眉根を寄せて顔を顰めたヨシノリに、ヒロは「ははは」と、可笑しそうに笑う。

太っている事は、さして気にしていない。

変わっているのは、異端という事ではない。個性なのだ。

かつて、最愛の恋人が遺して逝ったその言葉は、ヒロの瞳から偏見という曇りを拭い去った。

ヒロは眠たげに細められたその瞳で、これからも、恋人が見られなかった景色を眺め、導くべき教え子達を見守ってゆく。

あるがままを優しく受け入れ、そして、決して頭から跳ね除ける事はしない。

そんな柔軟な優しさは、かつてのヒロには確かに欠けていた、教師として、導く者としての、大切なスタンスであった。

ヨシノリは柔和な笑みを浮かべている、大きく変わった親友の顔をしばらく眺めた後、

「…あいつに貰ったバッグ…。ひったくりに遭ってな…、壊れてしまった…」

と、ポツリと呟いた。

ピクッと眉を動かし、黙って自分を見つめるヒロに、ヨシノリは静かに続ける。

「ササキ君が取り返してくれた…。彼の手から返された、壊れたバッグを見ていたら…」

コリーは耳をぱたっと動かし、恥かしそうな笑みを浮かべた。

「いつまでも、未練がましく引き摺っているんじゃない!と、バッグに怒られたような気がした…」

「…そうか…」

「ひったくりは捕まったそうだ。俺達が出発する直前に警察から電話があってな、民宿のご主人が喜んで知らせてくれたよ…」

ヒロは一度仏壇に視線を向け、それからヨシノリに視線を戻す。

「修理、できそうなのか?」

「いや、直すつもりはない」

ヒロの問いに首を横に振って応じ、それからヨシノリは微笑んだ。

「実は、ササキ君と一緒に、新しいバッグを選びに行く約束をしている。…そうそう、この間頼んだ事だが…」

「ああ。ササキの事だな?引き受けるよ。気兼ねなく首都に…」

言いかけたヒロの言葉を、軽く手を上げて制し、ヨシノリは苦笑いした。

「済まないがキャンセルだ。異動は断る。ササキ君の事は、俺が責任を持って、きっちりと見てやる事にした」

小旅行の直前、自分が居なくなった後、コータの面倒を見て、相談相手になってやって欲しい。

ヨシノリは信頼するヒロに、そう頼んでいた。

だが、ヨシノリは夢の中で「彼」に諭され、心を決めた。

自分を必要としているコータの為に、最後まで、力になってやろうと。

「そうかぁ…。惜しいような気もするが…、あんたが決めたなら、私は何も言わない」

ヒロは穏やかに微笑みながら言うと、ほとんど空になっているビールの缶を掲げた。

「じゃあ、これからもよろしくなぁ、ヨシノリさん」

「ああ。よろしくな、ヒロ…!」

ウーロン茶の缶を掲げ、乾杯したヨシノリは、

「…あ。そうだ…」

ふと何かを思いついた様子で呟き、腰を上げた。

そして座卓を回り込み、ヒロの傍に腰を下ろすと、

「ちょっとこっち向いて貰って良いか?」

「うん?」

自分に向き直った大虎のタンクトップを捲り上げ、でっぷりした腹をまじまじと見つめる。

「んん?どうしたんだぁ?」

胡乱げに問いかけるヒロには答えず、ヨシノリはしばし黙り込んで首を傾げていたが、おもむろに手を伸ばすと、そのたる

んだ腹を手の平で軽く叩いた。

たっぷりした大きな腹は、軽く叩かれただけでたぷんと波打ち、揺れる。

「…ヨシノリさん?」

不思議そうに首を傾げるヒロにはまたも答えず、ヨシノリは真剣な顔でヒロの腹を撫で回し、それから掴む。

「ん…。ちょっと待て。ヨシノリさん…。そんな事されると、感じる…」

「あ。感じるのか?」

驚いたように顔を上げたヨシノリに、ヒロは困ったように眉尻を下げ、指先で頬を掻いた。

「他はどうか知らないが…。私は感じるんだなぁ…。「あいつ」にもよく揉まれていたし…」

「そうか…。感じるのか…」

ヨシノリはヒロの腹をムニムニと揉みながらフムフムと頷き、ヒロは困り顔で首を傾げる。

「突然どうしたんだぁ?」

「いや…。ササキ君の腹に触ってみたんだが…、思っていたより手触りが良くてな…。みんなああなのかと気になって…」

ヨシノリはそう答えると、

「そうか…。感じるのか、ここ…」

なおもムニムニとヒロの腹を揉みながら、真面目な顔で何度も頷いていた。

「なぁ、だから…。そろそろ止めて貰えんかなぁ…?」

執拗に腹を揉まれながら、ヒロは頬を掻き続け、心底困った様子で呟いた。

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