おまけ

コータの退院から数日が過ぎた、ある日の事…。

「ハッピバースデ〜トゥ〜ユ〜♪ハッピバースデ〜トゥ〜ユ〜♪ハッピバースデーディア、ヨシノリさぁ〜ん!」

ノリノリのコータが自前の手拍子に合わせて調子っぱずれの歌声を披露すると、年甲斐もなくロウソクを立てたケーキで祝

われてしまったヨシノリは、照れ臭そうに少し俯きながら頭を掻く。

二人前にはいささか多いワンホールのチョコレートケーキには、数字の3と1を象ったファンシーな蝋燭が立てられていた。

病院で術後観察の受診をし、シンスケからもうすっかり元通りだと太鼓判を押されたこの日、ヨシノリは少し遅れて誕生日

を祝われている。

どうあっても、何と言われようと、絶対にこの儀式は外せないと頑なに言い張ったコータは、半ば強行する形でケーキと極

めてアルコール度数の低いシャンパンを用意した。

(それはまぁ、コータぐらいの歳なら、やっと二十歳だ〜!とか、喜ばしさもあるんだろうが…)

祝われている本人は、やや微妙な面持ちと気分である。

祝って貰うような歳でもなければ、歳を取った事を喜ぶ歳でもない。と、ヨシノリは言ったのだが、結局聞き入れては貰え

なかった。

「ハァ〜ッピバ〜スデェ〜トゥ〜ユゥ〜…♪おめでとぉぉぉおおおおおおおおおっす!」

グローブのような分厚い手でバフバフ拍手したコータに促され、抗えなかったヨシノリは蝋燭を吹き消した。

定番の儀式に次いで、甘口のシャンパンが注がれたワイングラスを軽く触れ合わせる乾杯。

シャンパンを軽く舐めるなり、皮が飴色になっているグリルチキンに豪快にかぶりついたコータは、その様子を微笑ましそ

うに眺めていたヨシノリと目が合うと、「もが…」と唸りながら目を細めた。

いかにも幸せそうな顔をしているコータの前で、微笑みながらヨシノリは考える。

コータの友人にして新しい仲間、タクミの事を。

多くの者に対しては言い辛い事も、気兼ねなく話せる友達…。そんな存在が大学内でできた事を、コータ以上にヨシノリが

喜んでいる。

(同い歳のお仲間が見つかった事は、コータにはきっと大きなプラスになる。結石様々だな…)

物思いに耽るヨシノリの視線の先で、コータはやがて何かを思い出したように「むも?」とくぐもった声を漏らす。

「んっくん…。そういえばヨシノリさん。あのお爺さん何処悪くしてたんすかねぇ?治療長くかかる病気だとか?」

「お爺さん?」

ヨシノリは首を傾げ、コータは「ほら、おれが入院してた部屋の…」と説明する。

「相部屋だったお爺さんっすよ。おれより先に入ってたらしいっすけど、結局おれの方が先に退院したし、長いのかなぁって」

「相部屋?一体誰の事を言ってるんだコータ?」

「へ?何って…」

「あの病室はコータとタヌマ君だけだっただろう?四人部屋で埋まるベッドが二つだけだから、結構広々と使えるなぁって言っ

たじゃないか」

「ええ!?空いてるベッド一ヶ所だけだったっしょ?おれの足側のヤツだけ…」

「いや、その隣も空いていただろう?変な事を言うなぁコータは」

ヨシノリは訝しげに眉根を寄せつつ首を傾げる。

「ホントに覚えて無いんすか!?おれが退院する時も部屋に居て、挨拶したのに…」

不思議そうな顔のヨシノリを前に、冗談を言っているようではないと感じたコータは、疑問を感じて言葉を切った。

思えば、あの時老羊に挨拶したのは、自分だけだったのではないか?

コータは考える。ヨシノリが老人に挨拶をした様子が、どうしても思い出せなかった。

考えてみれば、同室だったにも関わらずタクミとも羊の老人の話をしていなかった。

ヨシノリとも今話したのが初めてで、シンスケや看護士達も老人について話していた記憶がない。

一度疑問が頭をよぎると、次々に不自然だった事が思い浮かんだ。

眠っているお爺さんの迷惑になるかもしれないと、普段からすれば大人の配慮を見せるだろうヒロは、しかしあの時は気兼

ねなくコータとタクミとの会話を普通の声でおこなっていた。…いや、考えてみればやや大きめの声で笑いさえしていた。

そして、はたと気が付いてコータは愕然とした。

気付いた限りでの事だが、あの老人には見舞客が一人も来ていなかった。

それどころか、看護士がチェックしたり、声をかけているところを見た覚えも無い。

出し抜けに、「寂しい」という言葉が脳裏に浮かんだ。

コータが偶然同じ部屋に来てくれて、暇を持て余さなくなった。実はちょっと寂しかった。タクミはそんな事を言っていた。

それは、老人と会話が無いから、歳の近い話し相手がいなかったから、そして、簡単には他人に言えない特殊な片思いを抱

えていたからだと、コータは考えた。

だがもしかしたらあれには、部屋に自分以外誰も居ないから寂しいと、そういう意味も含まれていたのではないか?

そして、後にも先にもたった一度だけ耳にした、老人の声…。

「…寂しぃねぇ…。ひとりぼっちだと思って…」

ここでまたしても「寂しい」…。あの言葉には、それを示唆していた部分もあったのではないのか?

あの老人は、タクミの事を寂しいと言っていたのではなく、自分が同じ部屋に居る事に気付かず、「ひとりぼっち」だとタ

クミに思われているのが寂しいと訴えていたのでは…。

「ど、どうしたコータ!?また腹が痛いのか!?」

全身の被毛をブワッと逆立て、がたがたと震えだしたコータの前で、様子がおかしい事に気付いたヨシノリが大あわてで腰

を浮かせる。

「よ、ヨシノリさん…!」

「何だ!?どうした!?腹か?腹が痛いのかっ!?石か?石なのかっ!?産まれそうかっ!?き、気をしっかり持てコータ!

ひっひっふー、ひっひっふーだ!すぐ病院に連れて行くからな!」

まさかすぐさまぶり返す事は無いだろうと考えていたヨシノリは、不意打ちに近い形でコータの異変を確認し、すっかり動

転している。

「ヨシノリさん…!お、おおおおれ…!おれっ…!」

「大丈夫!案ずるより産むが易しだ!二度目なんだし大丈夫!俺がついてる!結石破砕機で安産だし、俺だってちゃんと認知

するから!」

いや破砕して排出させるのだから、それはむしろ死産である。

錯乱気味に支離滅裂な事を口走りながらコータも前で屈み込み、コリーは痛みの緩和に効果的と聞いた脇腹からへそに向かっ

ての指圧を試みる。

が、コータはその両手をはっしと掴み、胸の前でぎゅっと握った。

「よ、ヨシノリさん…!おれ…、見ちゃったかも…!」

まるで縋るような目を恋人に向け、ガタガタと震えながらコータは言う。

「見たって…、何を?」

どうやら結石の激痛で震えている訳ではないらしい。そう察したコリーが訝しく思って訊ねると、

「ゆ、ゆゆゆユーレー…!見ちゃったかもぉっ…!」

パンダはガチガチと歯を鳴らしながら、涙目で訴えた。



半信半疑のヨシノリが携帯でシンスケに確認したところ、例の病室には最初から羊の老人など入っていないとの事であった。

ただ…。

(数年前に、同じような特徴の患者さんがあの部屋に居て、入院中に亡くなったらしいという話は…、まぁ、偶然だろうしあ

り得ない話だが、コータには伝えない方が良さそうだな…)

通話を終えたコリーはそう考えた。腰が抜けて立てなくなっているらしい、尻を上げて床に突っ伏し、クッション頭の上に

被って押さえつけ、正に頭隠して尻隠さずの状態でガタガタと震えているパンダを見遣りながら…。

「ど、どぉすか?どうだったっすか!?おじーちゃん居たぁっ!?」

「う〜ん…。他の部屋の痴呆気味のお爺さんがな、たまに勘違いして、あの部屋に入り込んでしまうんだとさ」

自分も背筋に寒い物を感じつつ、ヨシノリはコータを慰めにかかった。



「もしかして…、急患とかですか?」

首を捻りながら戻ってきた黒馬に、部屋の角にあるボックス席についた小太りな狸が問いかける。

「いいえ、ヨシノリ君からでした。妙な事を聞かれましたが…」

電波の通りが良い窓際で、コータ達が入院していた部屋に以前居た老人について思い出していたシンスケは、軽く眉根を寄

せる。

(どうしてあのお爺さんの事を知っているんでしょうね?コータ君は初めての来院でしたし、ヨシノリ君も勿論入院した事は

ありませんし…。もしや知り合いだったとか?)

シンスケが椅子を引いて腰を下ろすと、呼び出しではないと知って安心したタクミは、表情を緩めて微笑んだ。

そこは、ゴシックブラックの凝った内装が特徴のカクテルバーであった。

仕事がきつかった日や、自分一人で祝いたいような事があった日…、シンスケが一人で過ごしたい時などに訪れる、他人に

はまず紹介しない店である。

ここに誰かを連れてくるのは、実はタクミで二人目であった。

一人目は前の恋人であり、特に仲の良いヨシノリすら一度も連れて来ていない事から、その特別さが覗える。

友人としての付き合いを始めてまだ間もないが、シンスケはタクミの事を気に入り始めていた。

元々、医師と患者として話し相手になってきた事から、今ではもうタクミの事はだいたい理解できている。

家庭はそこそこ裕福で、両親と姉の四人暮らし。育った環境と家族の影響なのか、ややおっとりとしているものの、人柄も

人当たりも良い好青年。おまけに利口で礼儀もわきまえており、嫌う要素は全く無い。

初めて飲むというギムレットをチビチビとやっているタクミは、自分と同じ物を飲んでいるシンスケの視線に気付いて、小

さく首を傾げた。

どこか子供っぽいところの残るその仕草に、黒馬は思わず微笑する。

「どうかしましたか?あれ?もしかして口の周りに何かついてます?」

視線が向けられている事で勘違いし、タクミは慌ててナプキンで口元を拭い、シンスケは笑みを深くした。

「いいえ、ちょっと思う所がありましてね…」

「思う所…ですか?」

「ええ…。ついこの間まで受験を控えた高校生だったのに…、いつの間にか、こうして一緒にお酒が飲める歳になっていた…。

自覚が薄いんですが、君が成長したのと同じペースで、私もしっかり歳をとっているんですよねぇ…」

しみじみと言ったシンスケは、

「…おっと。こういう事を言うのも歳をとった証拠なんでしょうか?」

そう言いつつおどけたしぐさで軽く肩を竦め、タクミを笑わせた。

「そんなことないですよぉ。先生はまだまだ若いじゃないですか?お腹も出ていないし、体つきも前からずっと変わらないで

す。…オレなんかほら…、こんなに出てきちゃった」

若い狸は片方の眉を上げたおどけた顔で、水太りしているような柔らかい腹の贅肉を、毛糸のセーター越しに摘んで見せる。

タクミの腹は、童話の狸のような腹鼓でも披露すれば良く似合いそうなほどに、丸く出っ張っていた。

「それは高校の時からあまり変わっていませんよ?…まぁ、こう言っては陰口のようですが、コータ君…それにヒロシ君と比

べれば…」

「ふふっ、確かに!…あ、これってやっぱり陰口ですかね?」

「二人が落ち込んだら可哀相なので、内緒にしておきましょう」

立てた人差し指を口元に当てたシンスケに、タクミは笑みを浮かべたまま頷く。

が、不意に何かに気付いたように表情を曇らせ、おずおずと口を開いた。

「あの…、先生?」

「はい?」

タクミは少し俯いて首を縮め、ギムレットのグラスを両手で包んでゆっくりと揺らした。

「あの…、ササキ君の事は、下の名前で呼ぶんですね?」

「ええ、そうですね」

頷いたシンスケに、いよいよ体を小さくしたタクミは、消え入りそうな声でボソボソと告げた。

「あ…あの…、あのですね…?できればオレも…、名前を…、下の方で呼んで貰えないかなぁ…、なんて…」

それを聞いたシンスケは、「ああ…」と漏らすと、目を細くして頷いた。

「それなら、私を「先生」と呼ぶのも無しにして貰わないと。ね?タクミ君」

「は、はい!ダイバさん!」

嬉しそうに顔を綻ばせた狸に、黒馬は「ちっちっちっ…」と指を振って見せた。

「私も「シンスケ」と下の名前で呼んで頂かないと。こういう所は対等さが必要です。…お互いの特別になるには、ね?」

タクミは一瞬きょとんとした後、

「…はい…、シンスケさん…!」

耳を倒して照れ笑いし、首の後ろを掻きながら、嬉しそうに頷いた。



「すかぴー…」

投げ出した自分の足を枕にして仰向けに寝転がり、鼻にかかった寝息を漏らして眠るパンダの寝顔を、コリーは微苦笑しな

がら見つめている。

ホラー映画は普通に見る物の、自分で怪奇現象を体験するのは嫌だったらしいコータは、ヨシノリの話でも怯えを消せない

様子だった。

そこで大活躍したのが、コータが用意したかなり甘いローアルコールのシャンパンである。

普段のヨシノリはそれとなくコータのペースを監視し、なるべくへべれけにならないよう気を配っているが、今夜はそれと

逆の事をした。

普段通りにそれとなくペースを監視し、何気ない顔で注ぎ足し、何食わぬ顔でペースを上げて行ったのである。

まるで、酔わせて落としてお持ち帰りする事に長けた、遣り手プレイボーイのような熟練した手つきで。

極めてアルコール度数の低い甘口シャンパンでも、極めて酒に弱いコータには効果覿面。

やがてパンダはマタタビを与えられた猫の如くへべれけになり、床をごろごろし始め、挙げ句コリーにしがみついて眠って

しまった。

何か企み、その気で酔わせようとする輩にとっては、まさにいいカモなパンダである。

「ホラー映画はこれまでも結構普通に見ていたように思うんだが…、リアルな怪奇体験は苦手だったか…。こんな体して、こ

ういう所がいちいち可愛いんだよな、コータは…」

ヨシノリは微笑みながら、パンダの胸元を撫でてやる。

脂肪が付いてムッチリと張り出した胸、その乳房の丁度真ん中に当たる部分は、腹側や手足の内側共通の柔らかな毛が密生

しており、トレーナー越しにも心地良い感触が味わえた。

クッション代わりにすればさぞ良好な感触なのだろうが、コータはいつでも甘える側で、腕枕も膝枕もしてやるのはヨシノ

リである。

もてあますほど大きなパンダが体を預けて甘えてくるのは、それなりに疲れる事ではあるが、しかしそれでも愛らしい。

「…年の離れた恋人を持った、こんな感覚を…、シンスケさんにも早く味わって貰えると良いんだが…」

ヨシノリがそう呟くと、眠っているコータは「ふごっ…」と、まるで応じるように、タイミング良く鼻を鳴らした。



「大丈夫ですか?タクミ君」

「へーきへーき、へーきれふよぉ」

黒馬に支えられて歩きながら、千鳥足の狸は滑舌の悪い返事を漏らす。

「シンスケしゃんこそだいじょーぶれふかぁ?揺れてまふねぇ?」

実際に揺れているのは自分の眼球と頭である。

見た目はまるっきり泥酔者で、かなりろれつが怪しいが、しかしタクミの呼気に酒臭さは殆ど無い。

というのも、実際にはあまり飲んでいないからである。

シンスケはついさっきまで知らなかった事だが、タクミは極めてアルコールに弱かった。

おしゃれな店だと喜んでくれたので、気をよくした黒馬はお勧めのカクテルをオーダーしたのだが、最初はチビチビ舐めて

いた狸は、やがて気分が良くなったのか、ぐいっと一口行って…へべれけになった。半ば自滅である。

何か企み、その気で酔わせようとする輩にとっては、まさにいいカモな狸である。

酒に弱いという事は、タクミから申告して貰わない限り、シンスケには知りようもなかった。当然防ぎようも無かった事な

のだが、黒馬は悪いことをしてしまったような気分になっている。

(もしかしたら、私がカクテルバーに誘ったから、お酒があまり得意でないとは言い出せなかったんでしょうか…。ソフトド

リンクも豊富にありますし、遠慮無く言って貰えれば良かったんですが…)

そんな事を考えながら、街路灯に照らされた赤茶色のブロックを踏み締め、シンスケはタクシー乗り場へ向かう。

腹にも尻にもむっちりと肉が付き、160センチという身長からすれば重い狸は、しかし学生時代とほぼ変わらない体力を

維持している黒馬からすれば、支えて歩くのもさして苦ではない。

もっとも、身長差が30センチ近いため、アンバランスで支え辛いという面はあるが…。

やがてたどり着いた乗り場には、生憎タクシーが停まっていなかった。

仕方なく傍にあったベンチにタクミを座らせたシンスケは、とろんと眠たげな目をしている若い狸の顔を、首を曲げて横か

ら覗き込む。

見返したタクミは、へにゃっと緩んだ笑みを浮かべて、ベンチに置かれたシンスケの手に自らの手を重ねた。

ぽってりとした柔らかく温かい手の感触を味わいながら、無言で微笑み返し、シンスケは考えた。

コータと付き合っているヨシノリもまた、今の自分と同じように、ずっと年下のどこか頼りない恋人を、可愛く、愛おしく

感じているのだろうか?と。

やがて、瞼が重くなったタクミは、目を閉じたり薄く開けたりとしきりに瞬きし始め、こっくりこっくり舟を漕ぎ出した。

時折ふらっとするタクミを、いつでも手を出して支えてやれるように備えつつ眺めながら、シンスケはタクシーがやって来

るのを待つ。

体を冷やしては大変だと、狸が着ているダウンジャケットの襟元を直してやり、黒馬は口の端に微笑の欠片を浮かべた。

(可愛いですね、本当に…)



暖房で暖まった寝室に灯りがともり、入室した黒馬は背負った狸がずり落ちないよう気をつけながら、ベッドに歩み寄った。

ダウンジャケットを脱がされ、セーターと綿パン姿になったタクミは、清潔なベッドの端に尻から下ろされ、背中を支えら

れながら仰向けに寝かされる。

ベルトをするりと抜き、ズボンのボタンとジッパーを外して衣類を緩めてやったシンスケは、全く起きる気配のない、熟睡

中の狸の姿を見下ろしながら少し考える。

「…暖房もきいていますから、セーターも脱いだほうがリラックスして休めますよね…」

呟いた黒馬は、狸の背中に手を入れて少し起こし、万歳させてセーターをすぽんと脱がせる。

トレーナーとズボンだけになると、タクミの体のラインは、よりはっきりと判るようになった。

毛皮の下に筋肉の束が詰まっている引き締まった体躯のシンスケとは対照的な、緩んでむくれた体である。

胸も腹も脂肪が乗っており、触れればぷよぷよと柔らかい。

投げ出された両脚の間には、時折もさっとシーツを擦る太い尻尾。

あどけないその寝顔は、成人したとはいえ、シンスケから見ればまだまだ幼い。

目を細めて優しく微笑んだシンスケは、背中を丸めて手を伸ばし、タクミの喉元を軽く撫でてやった。

猫の喉でもくすぐるような手つきで丸顎の下を撫でられ、心なしかタクミの寝顔も緩む。

手を離して上体を起こしたシンスケは、ふとある事に気付いた。

衣類を緩めてやるべく下ろした、ズボンのジッパー…。そこから覗く紺色のブリーフの股間が、ぴこんと、僅かに盛り上がっ

ている事に。

その、若い狸と友人のジャイアントパンダの逸物が、サイズから形状、睾丸の大きさ、さらには被り具合に至るまでそっく

りである事は、シンスケだけが知る事実である。

「双子のようにそっくりでしたねぇ…」

呟いた黒馬は、ベッドの上でぽっこりした腹を上下させ、気持ちよさそうに眠っている狸の顔を、それからもしばらくの間

優しく微笑みながら見下ろしていたが、やがて静かに踵を返した。

ベッドをタクミに譲り、自分はリビングのソファーで眠る為に。

田沼巧、二十歳。

念願叶ってお持ち帰りして貰えたこの夜は、生憎、ベッドに運ばれたきり指一本触れて貰えなかった。

その上、おんぶして部屋まで運んで貰えた事もまた、記憶に残らなかった…。

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