タンデムシート
白黒の、ずんぐりと丸っこい生き物が、あるアパートで悶々としていた。
テレビを眺める気にもなれず、漫画を読む気にもなれず、他の何かをする意欲も出ずに、何時間もの間、ただただカーペッ
トの上でごろごろしている。
ごろんと寝返りをうって仰向けになり、見慣れた天井をぼーっと見上げながら、
「何で…あんな事言っちゃったかな…」
部屋の主は、苦しげに、辛そうに、ぼそりと呟いた。
丈の低いテーブルを挟み、二人の男が向き合っていた。
「あ〜!これ、この間ヒロに見せて貰ったよ」
机の上で広げられたアルバムを見て口を開いたのは、一方の、無駄な肉の無いすらりとした体付きのコリー犬。
白地に細い黒の縦縞が入ったワイシャツと、グレーのスラックスに黒の靴下を身につけている。
フサフサの被毛は、赤みの強い茶色と温かな白のツートンカラー。
首周りの被毛は特に豊かで、ワイシャツの襟元から覗く首は、まるで真っ白なマフラーを巻いているようにも見える。
シャープなマズルに、やや垂れ気味の三角の耳。
優しげで聡明そうな顔立ちは、ハンサムと呼んで良いレベルの整った物である。
「あ、あれ?そうだったんすか?…恥ぃの我慢して出してきたのに…」
照れているように頬をポリポリと掻き、黒い耳を寝せて苦笑いを浮かべているもう一方は、ジャイアントパンダ。
メッシュ生地の青い袖無しティーシャツと、それよりもやや色が薄い膝上までのハーフパンツを穿き、こちらは素足。
愛嬌のある、まだあどけなさが残る丸顔で、目の周りを囲む黒い円。丸い耳も同じく黒。
肥満と言える丸っこい、恰幅の良い体格をしているが、肩や腕などは筋肉で丸々と盛り上がっている。
コリーの名は永沢義則(ながさわ よしのり)。三十歳。
パンダの名は笹木幸太(ささきこうた)。二十歳。
ヨシノリは宅配業者の経理であり、コータはそこのバイトである。
今年の梅雨辺りまでは、ただの顔見知りという関係だった二人は、奇妙な縁で結びついている。
職場の経理主任とバイト。歳の離れた友人。そしてゲイ仲間。一言で説明するのは難しい、微妙な関係である。
…もっとも、コータにしてみれば友人以上の関係を期待している、片想いの状態でもあるのだが…。
数日前に見たアルバムを再び眺めながら、ヨシノリは微笑んだ。
その瞳には、ラグビー部のユニフォームを着た、二年前のコータが映り込んでいる。
「そうだ。今度ちょっとユニフォーム着て見せてくれないか?」
「はぁ。…うぇう!?」
おもむろに口を開いたヨシノリに頷き、一瞬の間を置いてから、コータは妙な声を上げた。
「さすがにもう無いかな?」
「は、はぁ…」
曖昧な返事をしながら、コータは微妙な表情でポリッと頬を掻き、むちっと張り出している腹を見下ろす。
(あるにはあるけど…。たぶんもう入んないな…)
「…突然どうしたんすか?ユニフォームなんて…」
「結構良いと思ってね。なかなか可愛いじゃないか」
「かっ!?」
絶句したコータは、ヨシノリを見つめた。
視線に気付いていないヨシノリは、アルバムに視線を落としたままである。
「か、かわいい…?」
「うん」
恐る恐る聞き返したコータに、コリーはあっさりと頷く。その様子を見ながら、
(あ〜…。そんな深い意味はない「可愛い」だな、これ…)
と、コータはやや残念な気分になる。
「おっと…。もう遅いな…」
腕時計を覗き込んで呟いたヨシノリは、手元のグラスに少しだけ残っていたオレンジジュースを飲み干すと、「ご馳走様」
と立ち上がる。
「あ…、もう帰っちゃうっすか?」
「そろそろ良い時間だしな。ササキ君だって明日も出番だろう?」
名残惜しい気分になりながら、コータはヨシノリを送って玄関に出る。
「ここで良いよ」
「いや、下まで送るっすよ」
サンダルをつっかけようとしているコータに、ヨシノリは微笑む。
「変に気を遣うなって。それじゃあ、お休み」
「う、うす…。お休みなさい…」
見送りをやんわりと断られたコータは、ドアが閉じ、コリーが姿を消した途端に、深々とため息をついた。
「…なかなか、言い出せないもんだな…」
体格からすればやや狭苦しい浴槽に身を沈め、コータは「はふぅ〜…」と、切なそうに声を漏らす。
おそらく、ヨシノリには恋人が居ない。少なくとも現在は。コータはそう確信している。
もし恋人が居るのならば、自分の為にここまで夜の時間を割いてくれるとは思えない。
コータにしてみれば、紹介して貰ったお仲間達からも慕われている事を考えれば、ヨシノリがフリーの状態なのはいささか
不思議にも思えた。
誰かに訊いて確かめてみたいが、ヨシノリの交友関係を詳しく知っていそうな、それでいて自分が尋ねて気軽に答えてくれ
そうな相手は思い浮かばない。
紹介されたお仲間を当たってみるという手もあるが、そちらからヨシノリに情報が流れてゆくのは困る。
しばらくの間、湯船の中で大量に汗をかきながらウンウン唸って考え込んだコータは、たった一人、頼れそうな相手が居た
事を思い出す。
「…あー…!何で忘れてたんだろ…?」
呆れ半分の苦笑いを浮かべ、コータは立ち上がった。
白黒ツートンカラーの被毛が湯を吐き出し、湯船にざぁっと滴が落ちる。
実にすっきりした顔で湯船から出たコータは、太った体をぶるぶるっと震わせて水気を切った。
「まずは住所住所!あと電話番号!変わってなきゃ良いけど…」
実家に帰った折、アルバムを持ち出して来たのは正解だったと、コータはニンマリ笑った。
近年の卒業アルバムには、個人情報保護の観点から、生徒の住所等は記されていない。
だが、コータの古巣である花吹学園の卒業アルバムには、教員達の連絡先だけは、しっかりと網羅されていた。
翌日の夕刻、バイトを終えたコータは、愛車を飛ばして、とある二階建てのアパートへとやって来た。
狭い路地から見上げるアパートはかなり年季が入っており、壁には雨痕の染みが浮き、全体的に薄汚れている。
このアパートの一室には、高校卒業以来一年以上も会っていない、コータの恩師が住んでいる。
事前に電話を入れ、訪問する事を伝えてはいたが、久々の再会という事もあって、コータは若干緊張していた。
階段を登り、部屋番号を確かめると、スーハーと深呼吸してから、呼び鈴を押す。
アパートと同じく呼び鈴自体も老朽化しているのか、掠れ気味で少し低めの、ぽぉ〜ん…という、少々気の抜けた音が鳴る。
コータがボタンを押して間もなく、ドアの向こうから間延びした、低い声が聞こえた。
「はいはい。今開けますよぉ…」
声に続いてドアノブが回った瞬間、コータはビシッと直立不動の姿勢を取る。
そして、ドアが僅かに開くと同時に腰を折り、深く頭を下げた。
「お久しぶりっす!トラ先生!」
「おぉ、しばらくだなぁササキ」
懐かしい声、だが、記憶にあるものとは少し違う口調。
顔を上げたコータの懐かしそうな表情は、「ん?」と、不思議そうな表情に取って代わる。
素足でコンクリートのたたきに降り、ドアを押し開けて笑みを浮かべているのは、かなり大柄な虎獣人。
長身のヨシノリと比較してもさらに背が高い上に、縦横比はコータと似たような体型。
白いタンクトップに、色が薄くなったジャージのズボン。
ラフな格好と言えば聞こえは良いが、一見すればまず「だらしない」という印象を受ける。
たっぷりと贅肉がついた頬に顎。太い鼻梁に乗った黒縁眼鏡の奥には、眠そうに細められた目。
タンクトップはせり出た腹でピチピチに伸びており、ジャージの腰周りや太ももの辺りも引き延ばされている。
向かい合う、太ってはいてもそれなりに鍛えられているコータの体が実に健康的に見える程に、大虎はむっちりでっぷり肥
えていた。
世の大概の人が虎獣人に抱くイメージは、覇気に満ちた眼光。雄々しい雰囲気。猛々しい顔立ち。といった所である。
が、コータの目の前に居る大虎は、とろんとした目。だらしない雰囲気。ユルい顔つき。と実に虎らしくない。
虎独特の雄々しさや猛々しさを、通勤中に電車の荷物棚にでも置き忘れて来てしまったかのような大虎に、コータは若干の
困惑を覚えた。
衣類がだらしないのは元々である。前よりも太ったような気は確かにする。眼鏡をかけたせいでイメージと違うというのも
あるかもしれない。
だが、印象が大きく変わったのは、それらとは関係のない所にあるように、コータには思えた。
(なんかこう…、柔らかくなった…?)
パンダが感じた師の印象の変化は、その一言に尽きた。
どちらかと言えば厳しい、いつも仏頂面の教師であったはずの大虎が、なんとも柔和で穏やかな雰囲気を纏っている。
「んん?どうした?難しい顔をして」
恩師から穏やかな声をかけられ、コータはハッと我に返る。
「あ!す、済んません!何かこう…、久し振りに会うせいか、ちょっと印象変わったなぁ、なんて…」
まじまじと見つめていた事が失礼に思え、慌ててペコッと頭を下げたコータに、
「ははは。最近はよくそう言われるなぁ」
と、彼の元担任、寅大(とらひろし)は、眉尻を下げ、少し困っているような顔で笑って見せた。
コータが来る事が事前に分かっていたので、ヒロの部屋は珍しく片付けられていた。
部屋の隅に仏壇があったので、礼儀として一言断って線香を上げると、コータは持参した唐揚げ弁当を、冬場にはコタツに
もなる座卓の上に置く。
「夕飯、まだっすよね?」
恩師の好物が揚げ物である事を、コータは良く知っていた。来る途中に全国チェーンの弁当屋で買って来たばかりの弁当は、
まだホカホカと温かい。
「お、有り難うなぁ。気を遣わせたなぁ…、悪い悪い…」
細い目をさらに細め、嬉しそうに笑ったヒロは、「どっこいしょ…」と立ち上がると、冷蔵庫から缶ビールを二つ取りだし
て来る。
「…ん?ササキは車か?」
「あ、バイクなんでビールはダメなんすよ。…実はまだ酒飲んだ事無いんすけどね」
首を捻ったヒロに、コータは苦笑いする。
「そういえば、六月に二十歳になったばかりだったなぁ。だいぶ遅れたが、おめでとう」
「でへへ〜!有り難うございます!…って、覚えてたんすか?おれの誕生日?」
「うん。私と近いしなぁ」
のそのそと冷蔵庫に引き返す、すっかり柔和になったヒロの大きな背中に、コータは一時見とれる。
考えてもみれば、当時はいつも不機嫌そうな仏頂面をしていた、口数の少ない担任は、クラスの事情通が舌を巻くほどに、
自分達の事を良く知っていた。
趣味、食べ物などの好み、誰と誰の仲が良い…。
そういった事柄を、特に生徒から聞き出すような事もせずに把握していた。
(…それだけ良く、おれ達の事、見ててくれてたんだよな…。この先生…)
そう思い至り、コータの胸の奥はじわっと温かくなる。
「あとはウーロン茶ぐらいしか無いんだが…、これでも良いかなぁ?」
「あ、はい!有り難うございます!」
台所からひょこっと顔を出して尋ねたヒロに、コータは心底嬉しそうな笑顔で、大きく頷いて礼を言った。
ハーフパンツの尻から出ている短い尻尾を、ピコピコと、せわしなく動かしながら。
「へぇ。高校でも転校生なんて居るんすねぇ…」
「うん。私も受け持つのは初めての経験だ。お父さんの転勤の関係でなぁ、蒼森からはるばるだ」
座卓を挟んで夕食を摂りながら、コータとヒロは互いの現況について報告しあっていた。
今は、今年の春からヒロが受け持つ事になった、二年進級と同時に転入して来た生徒の話になっている。
「編入試験でとんでもない点数を取ってのけてなぁ、ビックリさせられたもんだ。おまけにおしゃれで顔も良くてなぁ。少し
背は低めだが、なかなか格好良いワンコだ」
ワンコという、なんとも柔らかい語感の言葉が大虎の口から出ると、コータは少し可笑しくなって顔を綻ばせた。
「クラスにもそろそろ打ち解けて来てるんだが、故郷の友人の事でも思い出しているのか…、時々寂しそうな顔で窓の外を眺
めてたりしてなぁ…」
しんみりと言ったヒロは、コータの顔を細い目で眺めて水を向ける。
「ところで、キャンパスライフはどんなもんだね?楽しく過ごせているのかぁ?」
「う〜ん、ぼちぼちは…。まぁ、充実はしてるっすかね…?」
極端な話、大学生活そのものよりも、バイト帰りにヨシノリと過ごす短い時間の方が楽しかったりするのだが、そこは曖昧
に言葉を濁してやり過ごす。
そうして当たり障りのない話を進めながら、コータはどう切り出すべきか考えていた。
ヨシノリとヒロが大学時代からの友人である事は、コリーから聞いてさらっとは知っている。
だが、コータはヨシノリの口から、ヒロについての詳しい話を聞いた事はない。
どういう訳か、聞いた感じでは仲が良さそうなのに、コリーは大虎のプライベートの詳細について、あまり話をしたがらな
かったのである。
つまり、ヨシノリや自分がゲイであるという事について、ヒロが知っているのか、それとも知らないのか、コータはその重
要な点を全く知らなかった。
自分達がゲイである事を知らないのであれば、ヒロにヨシノリの好みの事まで質問するのはまずい。
悩んだ末、コータは遠回しに切り出してみる事にした。
「先生は、ナガサワさんに恋人が居るかどうか、知ってますか?」
空になった弁当を名残惜しげに見ながら、缶ビールに手を伸ばしたヒロに、コータはそう尋ねてみる。
「んん〜?たぶん、今は居ないはずだが…」
(お?やっぱり居ない?…っていうか、「今は」って言った?)
コータは素早く頭を巡らせ、次はどう尋ねてみようかと思案する。が、
「ああ、気を遣わなくていいぞ?ヨシノリさんがゲイなのは、昔から知っているから」
と、ヒロに先んじて言われ、目を丸くした。
「え?知ってたんすか?」
「ん〜。大学時代からの付き合いだしなぁ」
どうやら本題に触れても問題は無さそうだと、コータは一安心する。
が、今度は自分の事がどこまで知られているかが気になる。
コータは少し俯き、もじもじと、上目遣いに恩師の顔を見つめた。
「あの…、おれの事…なんかも…?」
「ん。聞いてる。にわかには信じ難かったけれどなぁ」
太い指で頬を掻きながら応じたヒロの顔は、穏やかで、実に優しい。
どうやら自分の元担任は、同性愛者にも嫌悪感は持っていないらしい。
僅かにも揺らがない、ヒロの穏やかなままの態度からそう感じたコータは、首の後ろを撫でながら、「でへっ…」と、安心
したように、そして恥かしげに笑った。
「あのぉ…、それなら単刀直入に訊きたいんすけど…」
もじもじと、落ち着かなげに身じろぎするコータに、大虎は穏やかな顔のまま頷く。
「ナガサワさんって…、どういうタイプが好みか…、先生は、判りますか…?」
大虎は眠たそうな目をなお細めて「んん〜…」と唸り、天井を見上げた。
まるで、誰かの事を思い出しているように。
「タイプ…かぁ…。どう…なんだろう…なぁ…」
しばらく考えた後、ヒロは視線を下ろしてコータを見る。
両方の口の端が少し持ち上がり、その顔にはどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
「ヨシノリさんの事が、気になるのかぁ?」
「え?い、いや!気になるっていうか…、何ていうか…!」
しどろもどろに応じたコータに優しい眼差しを向けながら、ヒロは「んん…」と、小さく頷いた。
「好みそのものは詳しく知らないが…、昔付き合ってたヤツなら、知ってるなぁ」
身を乗り出して「え!?」と声を上げたコータに、ヒロは部屋の隅にある仏壇に視線を向けて見せた。
師の視線を追って仏壇に目を向けたコータは、遺影の中で笑顔を浮かべている、細面の狐の顔を見つめる。
「…あの人は…?」
「大学の同期でなぁ、ヨシノリさんの、元恋人だ」
仏壇が置いてある事から、てっきりヒロの親類関係の誰かなのだろうと思っていたコータは、意外な言葉に戸惑った。
「先生の、親戚の方とかじゃあなかったんすか?」
「ん〜。私にとっては親友で、恩人で、そして恋人だ」
その言葉は、内容の重要さとは裏腹に、しごくあっさりと口にされたので、パンダは危うく聞き逃しそうになった。
「…え?…え!?こ、恋…人…!?」
「うん。まぁ、そういう事だ」
微笑を浮かべ、指先で鼻の頭を擦った恩師の顔を、コータはまじまじと見つめる。
大虎が口にした「そういう事」がどういう事を示すのか、コータは驚きとともに理解する。
「せ、先生も…?」
「ん。まぁ「こいつ」としか、経験は無いんだがなぁ…」
遺影の中の狐を、優しい眼差しで見つめながら、ヒロは続ける。
「ヨシノリさんは「こいつ」の為を思って別れた。本当は、好きで好きでしょうがなかったのになぁ…」
ヨシノリの元恋人は、師の恋人。それも、もうこの世には居ない人物…。
二人の間に、そして遺影の中で笑みを浮かべている狐との間に、果たしてどんな事があったのか?
気にはなったが、軽々しく訊いてはいけないような気がして、コータは耳を伏せて黙り込む。
コータが上目遣いにそっと窺った恩師の横顔には、寂しさや悲しさは浮かんでいない。
ただただ深い慈しみと感謝がこもった、穏やかで優しい眼差しが、遺影の中の狐に注がれていた。
「「こいつ」はなぁ、人なつっこくて、明るくて、イタズラ好きで、子供っぽくて…、性格で言うならササキとも少し似てい
たなぁ…」
ヒロが穏やかな口調でそう続けると、コータは意外そうに遺影に目を遣った。
「おれと、似てる…?」
「外見は随分違うが、うん、性格はちょっと似てるなぁ…。一、二年の頃の、イタズラばかりして、よく私に呼び出されてい
た頃の、ちょいと困り者のムードメーカーだったササキに」
失恋を経験する前の自分。コータは、昔の自分の行いを思い起こす。
「…おれみたいにガキっぽいのも、嫌いじゃあ…ない…?」
「嫌いじゃあないだろうなぁ。ヨシノリさんは昔っから、誰かの世話をやくのが好きだったから」
コータは少しの間黙りこくった後、大きく、何度も頷いた。
まるで、そうする事で自分の決意を確かなものにしようとしているように。
ヒロは視線を仏壇からコータに戻し、優しげな半眼で見つめながら、口を開く。
「ヨシノリさんの事、好きか?」
尋ねるというよりは、確認するようなその問い掛けに、コータは少し黙った後、
「…はい!」
少し照れ臭そうに耳を伏せながらも、はっきりと、大きく頷いて返事をした。
すっきりした表情のコータが何度も礼を言って帰った後、ヒロは仏壇の前にどっかとあぐらをかいた。
冷蔵庫から出してきた二本の缶ビールの内、一本はプルタブを空けた状態で仏前に上げ、もう一本は自分で飲む。
「必要なんて無かったのに、あの人と来たら、私達に義理立てしているんだ…」
シャツの下側から手を突っ込み、だらしなく腹を掻きながら、ヒロは眠そうな細い目で遺影を見つめた。
「もう、十分だよなぁ…。ヨシノリさんにも、幸せになって貰わないとなぁ…」
「悪い、待ったかい?」
翌日の夕刻、駐輪場にやって来たヨシノリに、コータはいつものように笑顔を向けた。
が、その笑顔に微妙な硬さがある事を、コリーは敏感に見抜く。
話がしたい。昼休みに会った際、コータにそう切り出された時から、何か大事な用事だろうとは思っていた。
それゆえ、先約のあった相手には、少し遅れるかもしれないと連絡を入れ、わざわざ時間を割いている。
「…どうかしたのかい?」
昨夜の内に決意は固めている。
コータはヨシノリの見ている前で、胸に手を当てて大きくスーハーと深呼吸すると、真っ直ぐに相手の目を見つめた。
「ナガサワさん。おれ、…おれ!貴方が好きっす!付き合って下さいっ!」
それが、散々悩んだ末に決めた、コータの告白の言葉だった。
小細工抜き。絡め手も、外堀埋めも交えない、単純で真っ直ぐな言葉。
そんな言葉で告られたコリーの方は、
「…へ…?」
あまりにも唐突な告白に面食らい、目をまん丸にしていた。
予想外の不意打ちと、想定していなかった言葉。
応じるべき言葉もすぐには見つけられず、呆けたように立ち尽くしたままのコリーの前で、
「うはぁっ!恥ずかしっ!!!」
コータは耳を伏せ、両手で顔を覆った。
「へ、返事はすぐじゃなくて良いっすから!っていうか今すぐは勘弁して下さいっ!うは〜っ!もぉだめぇえええっ!」
緊張と恥かしさに耐えかねたコータは、頭を抱えてドタドタと駆けてゆき、門から飛び出して行く。
一人残されたヨシノリは、
「…ササキ君…。バイクは…?」
置き去りにされた白黒のビッグスクーターを呆然としたまま見遣り、ぼそっと呟いた。
「んん?早かったなぁ」
「ああ…、まぁ…、何というか…。うん、早かった…」
ヒロの部屋に上がったヨシノリは、心ここにあらずといった様子でそう応じる。
「…もしかして、ササキと何かあったのか?」
座卓の脇に腰を降ろしながらヒロが尋ねると、座りかけた半端な中腰で、コリーは硬直した。
「…まぁ、そうなんだが…。何で判った?」
「ん〜…。まぁ、何となくかなぁ?」
不思議そうな顔をしたヨシノリに、大虎は頬を掻きながら苦笑いした。
コリーはヒロの向かい側に座ると、居心地悪そうにカシカシと頭を掻く。
(この様子じゃあ、昨日の今日でいったのかぁ…。電光石火だなぁササキ。まぁ、おかげで話は切り出し易くなった)
ヒロはニンマリと笑い、口を開く。
「ササキ、あんたの事が好きなんだろう?」
コリーはぎょっとしたように目を見開き、ヒロの顔をまじまじと見つめた。
「…お前はエスパーか?」
「だったら良いなと思った事は何度かあるなぁ」
「理論立てて生徒を導くべき、教師の言葉とは思えないな」
「それは偏見だぞぉ?教師だって人並みに夢を見るもんだ」
二人は軽口を叩き合うと、同時に互いの前のコップを掴み、冷えたウーロン茶を啜る。
「…今日、告白された…。ついさっきの事だ…」
ぼそりと呟いたコリーに、ヒロはゆっくりと頷く。
「なんて返事をするつもりだ?」
大虎の問いに、ヨシノリはしばらく迷った後、
「わ、わきゃ…」
「…?…わきゃ?」
「わきゃらないっ!」
頭を抱え、声を上げて仰け反った。
「そもそもだな!俺と彼とでは歳が十も違うんだぞ!?何で俺なんだ!?」
「「何で俺なんだ」とか言うと、告白が迷惑だったように聞こえるぞぉ?」
「迷惑とかそういう事じゃないっ!判らないっていうのはつまりだなぁ!理解に苦しんでいるんだよぉ!」
珍しい事に、ひどく狼狽した様子を見せるコリーを眺めながら、ヒロは眠たげな顔のまま、ズズッとウーロン茶を啜る。
「もっと歳の近い連中も紹介したのに…、何でまた俺みたいに歳の離れた男を…?」
「ササキの事は嫌いかぁ?」
「嫌いなもんかっ!!!」
ポンと、軽い調子で投げかけられた問いに、ヨシノリは怒ったような顔で即答し、それから「あ」と声を漏らした。
「ん〜…。その様子を見ると、まんざらでもないみたいだなぁ?」
この辺りは、素直な者からひねくれ者まで、何十人もの子供達を一度に相手する教師の経験が物を言った。
ヨシノリの虚を突いてあっさりと本音を聞き出したヒロは、うんうんと頷く。
「…どうやら…、そうらしいな…」
思わず口から飛び出した言葉が本音である事を認め、ヨシノリは冷静に考え始める。
今に至るまでは、動揺のあまり、自分の気持ちがどうのといった事よりも、何故コータが自分に対してそんな感情を抱くの
かが気になって仕方なかった。
コータをそういった対象として意識した事はなかったが、改めて考えてみれば、もちろん嫌いではない。
決して美男子とは言えないが、子供っぽくて可愛い所もあるし、何より自分を慕ってくれている。
「しかしだな…」
なおも迷いを覗かせるヨシノリに、ヒロは穏やかな声で尋ねる。
「歳が離れているのは問題か?男同士である事よりも問題か?」
口を開き、「そういう風に比較できる事じゃないだろう?」と言いかけたヨシノリは、大虎の穏やかな顔を見て思い直した。
「…どっちも、些細な問題だ」
ヨシノリの答えに、ヒロはとても満足げに、ゆっくり大きく頷いた。
コリーは視線を落とし、手元のコップをじっと見つめる。そして、僅かな沈黙を挟み、ヒロに問いかけた。
「…生徒に手を出したら、怒るか?」
「怒る」
即答したヒロの顔を見遣ったヨシノリは、その顔に笑みが浮かんでいるのを認める。
「…と思うが、経験が無いから判らん。どうだろうなぁ?」
ヒロは何処か楽しげに、眠たそうな顔を綻ばせながら続けた。
「ササキはもう私の手を離れ、おまけに成人している。独り立ちした一人の大人だ」
「…生徒というのは語弊があったか…。そういう事を言っている訳じゃなくてだな…」
「元教え子でも、だよ。それとも何だぁ?親友と教え子の幸せを同時に願っちゃあいけないかぁ?」
少し驚いたような顔をしたコリーを見ながら、ヒロは口の端をグッと吊り上げ、ニヤリと笑った。
「俺が気付いてないとでも思ってたのかよ?あんたが「あいつ」と俺に義理立てして、新しい恋人を作ろうとしなかった事に」
「彼」を喪う以前の口調と顔つきになったヒロを、ヨシノリは黙って見つめる。
「もう、十分だろう…。あんたがいつまでもそんなんじゃあ、「あいつ」も気に病むぜ?」
言葉を切ってグイッとコップを煽り、空にしてから顔を下ろしたヒロは、
「ん〜…、まぁそういう訳だ。もう妙な気遣いはしなくて良いと、私は思うぞぉ」
と、眠そうな顔と間延びした口調に戻り、弛み切った顔で微笑んだ。
しばし黙り込んでいたヨシノリは、
「お前は…、許してくれるか…?」
仏壇に視線を向け、遺影を眺めて呟いた。
「許す、許さない、って事じゃあないだろう?自分で考えて結論を出すのは、歩いてゆける私達の義務だ」
同じく遺影を見つめ、ヒロは穏やかな、間延びした声で、しかしはっきりとそう言った。
遺影からヒロに視線を戻したヨシノリは、耳を伏せて、済まなそうな表情を浮かべる。
「…そうだな、済まない。この件に意見を求めたら、例えどんな結論を出しても「あいつ」に片棒を担がせる事になるもんな…」
コリーは恥じ入った様子で大虎に頭を下げると、
「しかし、さすがは先生だ。その様子じゃあ、生徒も安心して相談できるだろう」
「こんなデブで、だらしなくて、冴えない教師に相談するぐらいなら、若い美人の先生に相談するなぁ。男子校生っていうの
はそういうもんだ」
頭をガリガリ掻きながら「たはは〜っ」と苦笑いしたヒロの顔を見て、ヨシノリは小さく笑う。
(それはどうだろうな?自分でそう思っているだけで、きっと頼られていると思うんだが…)
「…それにしても、とんだピエロだよ…。当人の気持ちを完全に無視して、せっせとお相手探しをしていたんだもんな…」
自分に呆れてため息をつき、ヨシノリは肩を縮める。
「ササキ君は一度も文句を言わなかったが…、悪いことをした…」
「だなぁ。惚れてる相手に「彼なんかどうだ?」なぁんて紹介されるのは、どんな気分なんだかなぁ…」
そう、冗談めかして笑いながら大虎が言うと、コリーは完全に耳を伏せ、ますます小さくなる。
「そ…、そうつつかないでくれ…!悪いと思ってる…」
居心地悪そうに頭を掻いたヨシノリは、ふと別の事に考えが及び、首を傾げた。
「ひょっとして、今日俺を呼んだ用事というのは、ササキ君の事だったのか?」
「んん〜…」
ヒロはニィ〜っと、見ている方の気が抜けて来るような弛緩した笑みを浮かべると、
「あんたの気持ちがどうなのか、確かめておこうと思ってなぁ。…まさかササキがこんなに早く行動を起こすとは思ってもい
なかったが…。ははは。話が早くて助かった」
それを聞いて、困ったように眉を八の字にしたヨシノリに、
「決心がついたなら、教え子と先輩の為に一肌脱ごう。そう思って今日は茶にしてるんだからなぁ」
と、大虎は穏やかに笑いかけた。
夜九時。コータはアパートのリビングで、悶々としながら過ごしていた。
テレビを眺める気にもなれず、漫画を読む気にもなれず、何をするでもなくカーペットの上でごろ寝している。
ごろりと寝返りをうち、見慣れた天井を見上げながら、
「何で…あんな事言っちゃったかな…」
コータは苦しげに、辛そうに、ぼそりと呟いた。
(何であの時…、返事はすぐじゃなくて良い、とか言っちゃったかなぁ…。これじゃ生殺しだよ…)
我慢し切れずに逃げ帰ってしまったものの、コータは今になって、あの場で返事を聞かなかった事を後悔し始めていた。
(おまけにバイク忘れて帰って来るし…。あぁ〜!恥ずぃっ!)
思い出す度に恥ずかしくなって体温が上昇し、いやに喉が渇く。
顔を覆い、カーペットの上をゴロゴロと転がると、コータはむくりと起き上がり、テーブルの上に置いていた、すでにぬる
くなっているココアのパックに手を伸ばす。
パックを掴んだ途端にチャイムが鳴り響き、コータはビクッと身を竦ませた。
あからさまに動揺し、何故か反射的にテーブルの下に上半身を突っ込み、まるで地震に備えるように腕で頭を覆ったコータは、
(ま、まさかナガサワさんっ!?)
そう考えてハッとし、慌ててもそもそと後退してテーブルの下から体を引っこ抜くと、どたどたと玄関へ走る。
「は、はい!?どちらさま!?」
インターホンのボタンを押し、コータは上ずった声を上げる。
『あ〜、夜分に申し訳ない。寅だが、今大丈夫かなぁ?』
意外な訪問者に、コータは面食らって口をぽかんと開ける。
「せ、先生?どうしたんすかこんな遅くに…。っていうか、ホントにトラ先生っすか?またナガサワさんなんじゃ…?」
『んん?あぁ、今日は私だなぁ』
可笑しそうに笑った恩師の声に、コータは「ふぅ」と息を吐いて緊張を解いた。
鍵とチェーンを外し、ドアを押し開けたコータは、ジャージの上下を身に付けた、眠そうな顔の太った虎にお辞儀した。
「どうしたんすか?」
「ん〜。ドライブでもどうだね?」
手を胸の前に持っていき、ハンドルを握って左右に回すジェスチャーをして見せたヒロの前で、コータは首を捻る。
「はい?何でまた急に…」
「夜景が良い場所を知っているんでなぁ、教えてやろうかと思って。デートには持ってこいだぞぉ?」
唐突な訪問に唐突な提案。
何故恩師が急にこんな事を言い出したのかは見当も付かなかったが、部屋に隠って悶々と過ごすよりは気が紛れるだろう。
そう考えたコータは、ヒロの誘いに有り難く乗る事にした。
丸みを帯びたフォルムの、小さく可愛らしいライトイエローの軽自動車が、アパートの駐車場に停められていた。
大きな体の持ち主には不釣り合いな、実に愛くるしい外見の車を目にし、コータは微笑む。
(海に行った時は、ヨシノリさんとこいつに乗って行ったっけ…)
「どっこいしょ…」
かなりボリュームのある体を、窮屈そうに運転席に押し込んだヒロの隣に、
「おじゃましまっす」
と、コータが乗り込む。
ヘビー級の二人に乗り込まれた軽自動車のフロントは、ぐっと大きく沈み込んだ。
「それじゃあ、しゅっぱ〜つ」
虎とパンダを乗せた軽自動車はのろのろと進み出し、駐車場を出て路上を走り始めた。
車通りの少ない、秋の訪れが近い夜道を、ゆっくり、のんびりと。
「さぁ、着いたぞぉ」
二十分ほどドライブした後、ヒロは駐車場に車を乗り入れ、エンジンを切った。
「え?ここ?ここなんすか?」
コータは窓の外をキョロキョロと見回し、首を捻る。
車が停まっているのは、この辺りでも一際豪奢な外観を誇る、高層マンションの駐車場である。
駐車場は建物に囲まれ、頭上では黒い塔のように聳えるマンションが威圧感を放っており、さほど景観が良い訳でもない。
「上から見る夜景は、なかなか綺麗なんだぞぉ?」
そう言いつつ車から降りるヒロに、コータはシートベルトを外しながら、訝しげな視線を向けた。
「上からって…、勝手に入って良いんすか?」
この街で最も高い建造物。街のほぼどこからでも見えるそのマンションに入った経験は、コータにはまだ無い。
「勝手にはもちろん駄目だが、ちゃんと許可を貰ってるからなぁ」
マンションの入り口に向かってのそのそと、ゆっくり歩いてゆくヒロの後を、コータはしきりに首を傾げながら追いかけた。
ジャージのポケットから出したカードキーを使って、ヒロはマンションのエントランスに足を踏み入れた。
高級ホテルの物と比べても遜色のないエントランスに立つ、色褪せたジャージを、しかも前を開けて肌着を見せて身に付け
ているヒロの姿は、どうにも場違いに見える。
瀟洒な内装に遠慮しているのか、それとも気圧されているのか、コータは首を竦めてキョロキョロと周囲を見回しながらつ
いてゆく。
それとは対称的に、ヒロはいつもと変わらずマイペースに、のそのそと歩いてゆく。
(きっと、先生は何処でも、こんな調子なんだろな…)
堂々としている、というのとも少し違う。気取らず、気負わず、自室でくつろいでいる時と同じような自然さが感じられる
大虎の背中を、コータはそんな事を考えながら見遣った。
歩きながらガードマンに会釈したヒロに続き、コータも軽く頭を下げながらエレベーターに乗り込む。
ヒロは最上階にあたる三十階のボタンを太い指で押すと、ガラス張りで夜景が覗けるようになっている、エレベーターの奥
側へと視線を向けた。
ドラム缶のような体型の二人を乗せて、文句の一つも言わずに昇ってゆく、やけに狭く感じられる勤勉なエレベーターの中で、
「何て言えば良いのか…、こう…、高級マンションっぽいっすね…」
と、二人きりにもかかわらず、コータは辺りをはばかるように、小声でヒロに話しかけた。
「ん〜。超高級マンションだなぁ」
下降してゆく夜景を眠たげな目で見ながら、ヒロはうんうんと頷く。
三十階に着いたエレベーターがゆっくりと扉を開くと、ヒロは「降りるぞぉ」とコータを促し、石の床板が敷き詰められた
エントランスに足を踏み出した。
エレベーターの正面から真っ直ぐに伸びた通路は、フロアを二つに区切っている。
右手前側と左手奥側に、それぞれ一つずつドアがあり、正面は非常階段に通じる扉に突き当たっていた。
このマンションの最上階は、たったの二組分の入居者の部屋で占められている。
表面が磨き上げられた黒石の床に、クリーム色の石壁。
頭上には柔らかい光を投げ落とすシャンデリア。
壁面にはセンスの良い風景画が、両面の壁にそれぞれ二枚ずつ、四季を表す一セットとして飾られている。
たった二組の入居者が主な利用者となるはずの廊下には、高級ホテルのロビーにも匹敵する絢爛さがあった。
底がツルツルにすり減り、履き潰しかけたスニーカーで、ギュッチギュッチと床を踏み締め、ヒロが先を進む。
その後ろを、やや気後れしながら、涼しげな青のビーチサンダルをペッタペッタと鳴らし、コータがついて行く。
自分の姿を映す、磨き抜かれた黒い床石の上をおっかなびっくり歩きながら、コータはすっかり萎縮してしまった様子で、
ヒロの背に声をかけた。
「あ、あのぉ…。おれなんかがこんなトコに来て良いんすかね…?」
「うん。来て欲しいって、言ってたからなぁ」
誰が?とは思ったが、コータがその疑問を口にする前に、ヒロは二つのドアの左奥側、黒く塗られた重そうなドアの前で足
を止め、「ここだ」と口を開いた。
「え?ここ?ここって?」
てっきり非常階段に出て、屋上にでも昇るのだと思っていたコータは、面食らった様子でヒロとドアを交互に見る。
ヒロが戸惑うコータを尻目に、ドア横の壁に埋め込まれたインターホンのボタンを押すと、返事が返る事もなく、少しの間
を置いてからカシャッと小さな音が響き、ドアのロックが解除された。
「おぉい。連れて来たぞぉ」
ドアを引き開けたヒロは、広々とした玄関スペースで、間延びした声を上げる。
おどおどとその後に従い、ドアを潜ったコータは、玄関口の正面、真っ白な壁の、天井の高い通路の奥に立つ部屋主の姿を
前にして「あ!」と目を見開いた。
「ナガサワ…さん…?」
「遅くに呼び立てて、済まなかったな」
色の薄いジーンズにクリーム色のカッターシャツという格好のコリーは、コータに微笑みかける。
「それじゃあ、確かに届けたぞぉヨシノリさん」
片手を上げたヒロは、コリーに緩んだ笑みを送る。
「ああ。面倒をかけた。今度飯でも奢ろう」
「ははは。楽しみにしとくなぁ」
軽く頭を下げたヨシノリに背を向けると、大虎はむっちりと肉の付いた大きな手で、コータの肩をこれ以上なく優しく叩いた。
「…上手くやれよぉ?」
何が何だか判らずに立ち尽くしていたコータは、小声で耳元に囁かれ、ハッと我に返った。
目を閉じるように細めて微笑むと、買って出た役目を果たし終えたヒロは、ドアを押し開け、二人を残して退場した。
閉じられたドアを振り返っていたコータに、
「済まなかったな、急に…」
ヨシノリはゆっくりと、静かに声をかけた。
おろおろと振りかえったジャイアントパンダに、コリーは微笑みかける。
「そんな顔をしないでくれ。ここなら、誰に気兼ねする事もないんだから…」
自分が借りている部屋が丸々収まってしまうほどに広いリビングで、布張りのふかふかしたソファーに腰掛けたコータは、
落ち着かなげに、キョロキョロと辺りを見回していた。
家具が少なく、しかもそれらが中心に集められた部屋は、実に広々としている。
部屋主の趣味なのか、置いてあるのはソファーと低いテーブル、カーペットにクッション、テレビとコンポなど、実際に使
う家具ばかりで、観葉植物も花瓶類もない。
壁も天井も白く清潔で、シェードの付いた照明の一つ一つが柔らかく部屋を照らし、高級感が溢れている。
部屋の空気を快適に保つ、エアコンが稼働している微かな音が、静かな部屋を満たしていた。
高級感はあるが、威圧感はない。柔らかくも洒落た雰囲気が、コータの緊張を少し和らげる。
ソファーの前にある、床が透けて見えるガラステーブルの上には、洒落た彫り込みが施されたガラスの器。
それに盛られた氷の上には、スライスされたバターレーズンが乗せられている。
そしてコータの目の前には、コンビニのポイントを集めると手に入る、テレビシリーズのキャラクター物のマグカップに注
がれたココア。
いかにも自分の為に用意されたのだと判る、お気に入りのメーカーのココアの紙パックを一瞥してから、パンダは隣に座る
コリーへちらりと視線を向けた。
座ったきりアイスティーを啜り始め、しばらく黙っていたヨシノリは、コータの視線に気付くと、口の端を少し上げ、
「ひくだろう?こんな所に住んでるなんて」
困ったような、そして照れているような、微かな笑みを浮かべた。
「え?い、いやぁ…、そりゃあビックリはしたっすけど…、ひいたりなんかは…」
コータはそう応じながら、ひょっとしてヨシノリは、大金持ちの息子か何かなのだろうか?と、想像を巡らせる。
「誤解の無いように言っておくが、別に金持ちのボンボンとか、そういう訳じゃないんだ。この部屋は貰い物さ」
まるで思考を読まれたように先回りして言われ、コータは多少驚きながら、曖昧に頷く。
「だから車も持っていないし、足は燃費の良いスクーターだ。少し前までは自転車だったが…」
「自転車っすか…?」
少々意外に感じながら、コータは考える。
思えば、ヨシノリがコータを自宅に招くのも初めてならば、自分の私生活について話をするのも初めての事だった。
ひとしきり一方的に話をした後、ヨシノリは急に黙り込んだ。
そして、小さく声を漏らして苦笑する。
「…上がってるな…、俺も…」
「へ?」
コータが首を傾げると、ヨシノリは苦笑を浮かべたまま、呟くように言った。
「君があれだけ真っ直ぐな言葉をくれたっていうのに、俺がこんなじゃ情け無いな…」
そして、コータの瞳を真っ直ぐに見つめて、真顔になり、口調を改めた。
「今日来て貰ったのは、返事を、少しでも早く伝えておきたかったからだ」
ついに、その時が来た。
ゴクリと唾を飲み込み、コータは覚悟を決めて頷く。
どんな結果が出るとしても、必ず想いを伝える。
そう決心した時から、この時が来る事を待ち望み、そして恐れてもいた。
高鳴る心臓の音が、隣のヨシノリにも聞こえてしまうのではないか?
この期に及んでそんな事を心配し、恥ずかしがっている自分を、心の何処かで滑稽に感じながら、コータは目を閉じ、顔を
俯けてながら深く呼吸し、気を落ち着かせる努力をする。
「これが、俺の返事だ…」
囁くような声を耳元で聞き、目を開けて横を向いたコータの唇に、ヨシノリの唇が重ねられた。
鼻と鼻が触れ合い、湿った唇が密着する感触。
目を丸くして、呼吸すらも忘れて固まったコータから顔を離し、ヨシノリは照れ臭そうに歯を見せて笑う。
「…あ…?…えと…?…じゃ、じゃあ…?」
まだ驚きの冷めやらぬ顔で、目を丸くしたまま問い掛けたコータに、ヨシノリはゆっくりと頷いて見せた。
「付き合ってくれるか?」
ヨシノリが口にした言葉は、パンダが彼に投げかけた告白の言葉に負けず劣らず、シンプルで、真っ直ぐなものだった。
(あぁ…、やっぱナガサワさんは、こういう時でもスマートなんだなぁ…)
コータは陶然とした表情を浮かべながら、そんな事を考える。
「どうした?」
言葉を失ってしまったコータに、ヨシノリは気遣うような視線を向けた。
(いきなりキスしたのはまずかったかなぁ…。もしかしたら、ファーストキスだったのかもしれないし…)
ビックリさせ過ぎたか?と、少し心配になったヨシノリの目の前で、コータの表情がみるみる明るくなる。
夢にまで見たキスと、願いが叶った驚きで胸が一杯になり、なかなか思考が定まらなかったコータの中で、純粋な一つの感
情が、むくむくと膨れあがった。
それは、歓喜。
好いた相手が応じてくれた。
自分の想いが受け入れて貰えた。
一見して単純ながらも、成立までは困難な、求と応の結び付き。
コータは胸の内から湧き上がる、これまでに経験したことのない嬉しさを持て余し、我慢出来なくなり、
「な…、な…!ナガサワさぁぁああああああんっ!!!」
笑顔で、目尻に涙を浮かべ、ガバッとコリーに抱き付いた。
体格の良いパンダの体を抱き止め損ねたヨシノリは、「うわっ!?」と声を上げ、ソファーの上に押し倒される。
「う、嬉しっ…!嬉しいっすぅっ!ホントに?ホントにおれなんかと付き合ってくれるんすね!?」
丸々太ったパンダにのし掛かられ、苦しげな表情を覗かせながらも、コリーは苦笑を浮かべて頷き返す。「二言はない」と。
「やった!やったぁああああ!うはぁっ!やば!すっげぇ嬉しぃ〜っすっ!」
込み上げる嬉しさを少しも隠そうとせず、コータはヨシノリの胸に顔を寄せ、ぐりぐりと頬を押し付ける。
まるで子供のように正直に、跳ねる気持ちを吐き出すコータの頭に手を乗せ、ヨシノリは微笑んだ。
(…体付きは立派なんだが、どうにも子供っぽいんだよな…。そこがまた、可愛いく感じられるのかも知れない…)
しばらくの間、ヨシノリの胸に頬ずりし、ふかふかした豊かな被毛の感触を味わっていたコータは、「あ!」と声を上げ、
唐突にガバッと顔を上げた。
そしてヨシノリの顔を、少し照れ臭そうに、上目遣いで見つめる。
「あ、あのぉ…」
モジモジと身じろぎし、ちらちらと自分の目を見るコータに、ヨシノリは首を傾げる。
「…も、もっかい…、キスして貰えないっすか…?」
恥ずかしそうに、そして申し訳無さそうに言ったコータがあまりにも幼く見えて、ヨシノリは小さく吹き出した。
「何回でも、欲しいだけしてやるさ」
微笑みながら首を起こしたコリーと、はにかみながら「でへへ…」と笑ったパンダは、再び鼻と鼻をくっつけ、キスを交わす。
今度は一度目よりも長く、深く…。
「…ホテルっすかここは…?」
湯煙の立ち込める広い浴室で、腰の前側にタオルを当てて両手で隠したコータは、目玉が飛び出さんばかりに目を見開いた。
「正直、ユニットバスで十分だったんだがな…」
後ろに立つ、腰にもタオルすら巻いていない全裸のコリーが、困ったように眉尻を下げながら言った。
奥行き10メートル、幅7メートルの長方形の浴室。中央には石材で出来た円形の浴槽。
ブラインドが下ろせるようになっている側面の壁は、丸々一枚の大窓になっており、広く夜景が見渡せる。
湯船の縁には筋骨隆々たる牛獣人の石像が屈み、肩に担いだ水瓶から浴槽に湯を注いでいる。
条件反射で股間に目をやったコータの瞳は、褌に覆われた牛の腰を映した。
「悪趣味だろう?でもなぁ、ただでくれるって言うのに、まさか「これだけ外してくれ」とも言えなかったんだ」
「くれた?…そういえばさっきも、この部屋は貰い物だって…?」
振り返り、不思議そうに首を傾げたコータに、コリーは肩を竦めた。
「卒業レポートを手伝ってやった大学の後輩が、明神っていう名家の次男坊でね。軽い気持ちで礼を受け取る約束をしたら、
マンションの最上階をポンとあてがわれたっていう、冗談のような本当の話さ」
「はぁ…」
納得する以前に、話を聞いても実感が沸いてこないコータは、曖昧に返事をする。
「まぁ、一人では持て余すが、こうして二人で入れる事を考えれば、これはこれで素晴らしいかもな」
「そ…、そそ…、そうっすね…」
コータはもじもじと頷き、全裸のコリーの股間にチラリと視線を向けた。
「気になるか?」
「え!?い、いやそのなんてーかこう!スタイル良くて羨ましいなぁっ!なんてっ!」
からかうように尋ねたヨシノリに、パンダは慌てて弁解した。
(まぁ、本当に羨ましいのは、スタイルよりもシンボルの方だったり…)
ヨシノリの逸物は、コータから見て実に羨ましい一品だった。
太さ、長さ、どちらも標準を越え、バランスが整っている。
さらに羨ましいのはズル剥けである事。
視線を逸らし、ドキドキと鳴っている鼓動を感じながら浴槽に向き直ったコータは、
「ひぅっ!?」
甲高い声を上げて体を突っ張らせた。
その体を腕ごと、後ろから回されたコリーの腕に、そっと抱き締められて。
「前なんか隠さなくて良い。俺達以外、誰も居ないんだからな」
返事をしようとしたコータはしかし、咄嗟には声が出せなかった。
むっちりした尻に、今見たばかりの、男のシンボルが当たっているのを感じて。
「う、牛が見てるっすよぉ…」
「見せ付けてやればいいさ」
ヨシノリはコータの右肩に顎を乗せる形で、耳元に囁いた。
動けないコータの股間に当てたままの両手に、ヨシノリの手が添えられる。
まるで白い長手袋をしているように、真っ白な毛に覆われたコリーの手は、
「あ、あっ、ちょ、ちょっと、ナガサ…ワ…さ…、あ!」
対称的に真っ黒な、緊張で強ばっているパンダの手を、そっと解きほぐした。
ぱさりとタオルが床に落ち、白い両手に導かれるように開かれた黒い両手の間から、体格と比較すればかなり小振りな男根
が、顔を覗かせた。
こちらの方は、子供のおちんちん、そう言って良い一品である。
完全に皮を被り、ドリルのように見える小振りなソレが、ブリーフを穿いているようなカラーリングの股間で、白い被毛の
中からチマッと顔を出している。
その下には、体格相応なというべきか、それとも陰茎には不釣合いなというべきか、大きな玉袋がぶら下がっている。
竿と袋のアンバランスさは、狸の置物のソレを連想させ、少々ユーモラスでさえあった。
小さく体を震わせながら、コータはか細い声でヨシノリに訴える。
「な、ナガサワ、さん…!は、放し…て…!」
「ん?悪い。いきなりは嫌だったか…」
苦笑いしたヨシノリは、「ん?」と視線を下げる。
「い、嫌とかじゃないんす!嫌だなんてこれっぽっちも思ってないんすけど…!や、やばいん…すぅっ…!」
コータの股間で、ドリルチンチンがむくむくっと、首を持ち上げ始めていた。
「…随分敏感なんだなぁ…」
「す、済んません…」
すでに興奮し始めているコータは、俯いて身を固くした。
「謝るような事じゃない。敏感なのは良い事だ」
ヨシノリは笑いながら身を離すと、コータの背をそっと押した。
「さぁ、隅々まで綺麗にしような?」
「え…?えっ!?」
困惑して自分を振り返ったコータに、ヨシノリは首を傾げた。
「ん?やっぱり、いきなりのボディタッチは嫌か?」
少しの間押し黙ったコータは、首をぶんぶんと横に振った。
「い、嫌じゃない…っす…!」
望んでいた。それこそ恋い焦がれていた。このように、ヨシノリと体を触れ合わせる事ができる日を。
もしかしたら?そんな期待はあった。
付き合って、お互いを良く知って、それから行為に及ぶ。あるいはそれが正しい順序なのかもしれないと、コータは思う。
だが、ここ数ヶ月の間ヨシノリを見て、知って、想いを寄せて来たコータにとっては、告白した今日という日はスタートで
はなく、ターニングポイントだった。
だから、もしもヨシノリが許してくれるなら、許して貰える限りくっついてみよう。甘えてみよう。そう考えた。
湯上りホコホコのコータは、冷房のきいたリビングで、これもまたよく冷えたココアを口に含んだ。
ぼーっとした表情を浮かべているコータに、
「ちょっと刺激が強すぎたか?」
ヨシノリは面白がっているような顔で尋ねる。
「い、いやそのっ!あ、あそこの中まで洗われるのは…、は…、初めてだったんで…!」
「ごめん。苦しかったかな?」
「いやぁ、そんなには…」
二人はフローリングの床に直接座り、丸いトレイの上に置いた飲み物とバターレーズンを口に運びながら涼んでいる。
文字通り、隅々まで綺麗にされたパンダは、向かい合って座るコリーを眺め、それから恥かしげに俯く。
コータもヨシノリも、湯涼みのためトランクス一枚。
先程触れ合い、流し合った体の感触を思い出し、コータの胸がトクンと高鳴る。
承諾は、浴室で既に貰った。汗が引くのを待ってからするはずの、初体験となるその事に思いを馳せ、顔を熱くする。
「さてと…」
アイスティーを飲み干したヨシノリは、グラスをトレイに戻した。
カロンッと、涼やかな音を立てたグラスの中の氷を見遣り、コータはグビッと、残り僅かだったココアを飲み干す。
そして、先に立ち上がったヨシノリの後に続き、トレイを手にして腰を上げた。
「そこに置いていて構わないよ。テーブルの上にでも」
「あ、はい…。んじゃここに…」
言われた通り、ソファー前のテーブルにトレイを置くと、コータはリビング奥の扉の前で待っているヨシノリに視線を向けた。
「行こうか」
黙って、コクコクと何度も頷いたコータを見遣り、ドアを引き開けながら、ヨシノリは、
(かわいいなぁ、おい…)
心の中でそう呟き、微笑んだ。
かなり大きなサイズのベッドの縁に、並んで腰掛けた状態で、さっさと裸になったヨシノリはコータのトランクスに手をか
けた。
恥じらいながらも、コータは脱がせやすいように少し尻を浮かせ、それを受け入れる。
肩に左腕を回された状態で、背中側からトランクスに手が差し込まれ、ゆっくり引き下ろされる。
手の位置を変え、ずりずり、ずりずりと、じらすように、なぶるようにゆっくりと下ろされたトランクスは、丸々とした太
もものところで止まる。
丸出しになったコータの股間へと目を遣ったヨシノリは、ソレを見て微笑んだ。
太さは平均ながらもだいぶ小振りな、先端まですっぽりと皮を被った、重度の仮性包茎のコータ自身…。
「あ、あんまり…、じろじろ見ないで…。…は、恥ぃっす…!」
泣きそうな顔で脚を閉じ、身じろぎしたコータに、ヨシノリ小さく吹き出して言った。
「何を今更。さっき洗いっこした仲だろう?」
コータは顔を伏せ気味にしてモジモジしながら、上目遣いでコリーを見遣った。
その顎下に手を当てて顔を起こさせると、ヨシノリは素早くコータに顔を寄せ、唇を奪う。
「んうぅっ!」
唇を割って侵入したコリーの長い舌が、パンダの口の中を散々まさぐる。
不慣れな刺激を受けたコータは、重ねた唇の間から喘ぎ声を漏らし、ピクンと体を震わせた。
キスの感触に酔いしれる中、コータの股間でドリルのようなソレが、むくむくと大きくなる。
口を離したヨシノリは、亀頭の先端を覗かせたコータのソレを見下ろし、面白そうに笑う。
「興奮して来たか?」
すっと股間に入り込んだコリーの手が、たっぷりとした大きな睾丸に下から当てられると、コータはビクッと背筋を伸ばした。
脚を閉じたい衝動に懸命に逆らうコータのまたぐらで、ヨシノリは柔らかい玉袋をたふたふと揺する。
「勃っても、体の割に小振りなんだな」
コータは恥かしそうに俯きながら、上目遣いにヨシノリを見遣る。
「う…、なんでそう、意地悪言うんすか…」
「コータが可愛いからさ」
コータは急所を弄ばれているのも忘れ、笑みを浮かべながら言ったヨシノリの顔に見入った。
「…な、ナガサワ…さん…」
「ん?」
「…もっかい…、呼んで…?おれの、名前…」
モジモジと恥かしげな、だが切実な様子のコータの求めに応じ、
「かわいいな、コータ…」
ヨシノリは耳元へ囁くように、もう一度名前を呼んでやった。
下の名前で呼んで貰えた。「ササキ君」から「コータ」になった。それだけでコータは、
「う、うれしっ…すぅ…!」
顔を歪ませ、泣き笑いの表情を作る。
(…ひょっとして、こういった事に全く耐性が無いのか?初々しいにも程があるぞ?)
心の中でそう呟いたヨシノリは、改めて、このパンダの事を愛おしいと感じる。
ヨシノリはまたコータと唇を重ね、そっと体重をかけ、ゆっくりと、ベッドの上に押し倒す。
されるがままに仰向けに寝たコータは、睾丸を弄ばれ、口内をまさぐられながらも、覆い被さるヨシノリの背に腕を回し、
きゅっと、軽く抱き付く。
これまで、ヨシノリが体を重ねてきた相手の中には、コータほど太った相手は居なかった。
幅広いストライクゾーンを持つと自負してはいたが、その中でも好みのランクという物はある。
正直なところ、ヨシノリの好みは細身で華奢な体型であった。これまでは。
コータはむしろ、その対極に位置すると言って良い。
それでも可愛いと思う。肉付きの良過ぎる、丸々した大きな体を少々持て余す感もあったが、悪くない抱き心地だと感じた。
口を離したヨシノリの顔を、コータは上目遣いに、何かを求めるように見つめた。
目で「もっとぉ…」と催促する、まるで物欲しげにしている子供のようにも見えるその表情に、コリーは思わず顔を綻ばせる。
「かわいいなぁ、コータ…」
きゅっと、軽く睾丸を握られ、コータは「ひんっ!」と声を上げ、身を硬くした。
背に回された黒い腕に力がこもるのを感じ、ヨシノリはコータの頭に顔を寄せる。
少し強めにしがみついてきたコータの耳に、息を吹きかけ、軽く噛む。
豊かな被毛に覆われたコリーの肩と首の中間に顔を埋め、興奮で乱れ気味の熱い息を吐き出すコータ。
急所を握られている軽い恐怖。受け入れて貰える喜び。甘えさせて貰える安心感。初めて体験するそれらを噛み締める。
そんなコータの耳元に、「かわいいな…」と囁きながら、ヨシノリは右手を動かし、勃起しているコータ自身の先端に、手
探りで触れる。
亀頭を皮ごと摘まれ、クリクリと、親指と人差し指の腹で刺激され、
「ひあっ!あっ!あぁぁんっ!」
コータは体を震わせて声を上げながら、ヨシノリにぎゅうっと、強くしがみついた。
「良いな…。かわいい声だ、コータ…」
感度が良い。というよりも良過ぎるコータの反応に、ヨシノリは嬉しくなる。
(…なんだ…。十歳も離れているから心配だったが…、ちゃんと俺相手でも興奮してくれるじゃないか…)
そんな事を考えるヨシノリは、実のところ、自分自身についても若干の不安があった。
これまでは歳の離れた弟に世話をやいているような感覚で接していたコータを相手に、今日から急に恋人らしく接する事な
どできるだろうか?という不安が。
おまけに、未体験のゾーンに属する体型の相手なので、きちんと勃つかどうかという事すらも少々心配だったのだが、
(どうやら、心配無用だったようだ…)
ヨシノリは安堵し、そっと微苦笑する。
コリーの逸物は既に、完全に勃起してすっかり怒張していた。
コータの亀頭をなおもクリクリとこねながら、ヨシノリは硬くそそり立ったソレを、柔らかい腹、その段のついた下腹部に、
角度をつけて押し付けた。
逸物の先端で下側から押し上げるようにグリグリと圧迫してやると、コータはそれが何なのか判ったらしく、熱っぽい吐息
と喘ぎ混じりに声を上げた。
「あっ!あ、ナガサワ、さん…!か、硬…熱い!凄くっ!ひゃうっ!」
だぶついた腹を恋い焦がれた相手の逸物でグリグリと押され、亀頭をこね回され、コータは高い声を上げながら、涙目になっ
て喜ぶ。
「う、嬉し…っすぅっ…!お、おれでも…、ぁんっ!た、勃っ…て、くれてぇ…!」
(嬉しいのは喜ばしいんだが、この程度の前戯でここまで興奮するヤツも珍しいな…。悪い気はもちろんしないが)
ヨシノリはほくそ笑みながら、コータの耳元でそっと囁く。
「ナガサワなんて…、他人行儀な呼び方すると…、こうだぞ?」
ヨシノリは先端から皮を剥ぎ、コータの亀頭をあらわにすると、そこを指の腹で一層強く、激しく擦りだした。
「ふぃっ!いぅっ!うっ、いひぃぃいいっ!」
「あ〜あ〜、雌声上げてまぁ…」
「そ、そんなっ…こ、とっ…言っ…!ひぅんっ!」
「そんな可愛い声も出るんだなぁコータ?」
「そ、そん…あんぅっ!まっ、て…なぅっ!」
話しかけられる度に何とか答えようとするが、まともに言葉が出ない有様のコータ。
「ひっ!ふひぃっ!な、ナガサワ、さんっ!だ、駄目!で、出るっす!出ちゃ…うにあっ!」
「ま〜たナガサワって呼んだな?おしおきに…こうだっ!」
笑いながらグリグリっと、怒張している亀頭を指の間で潰すように捏ねるヨシノリ。
コータは激しく身悶えしながら、硬く閉じた目尻に涙を浮かべ、悲鳴を上げつつ悦んだ。
「妙な遠慮はもう無しだ…。俺の事も名前で呼べ…。な…?」
甘い声で囁かれ、コータは喘ぎ声の隙間から弱々しく、
「う、うぅんっ…、よ、ヨシノ…リ…、さん…!」
遠慮がちに、その名を呼んだ。
(おいおい…。かわいいなぁおい…!やばいなぁこれ…)
キスで口を塞ぎ、手の動きを激しくしたヨシノリに、コータは必死になってしがみつく。
そろそろ前戯も十分だろう思い、手を緩めようとしたその瞬間、
「あっ、あっ、あぁぁっ!よ、ヨシノリさんっ!で、でっ…!でうぅううっ!」
びぴゅうっ…
その手に、温かい液体が大量に、勢い良くパタパタと当たり、ヨシノリは「…へ?」と、間の抜けた声を漏らす。
「ひあっ、あうぅっ…!ご、ごめ、んなさっ…!で、出ちゃっ…たっ…すぅ…!ご、ごめっ…、ごめんなさぁあ…い…!う、
うひぃいいんっ!」
コータはヨシノリの背から手を離し、両手で顔を覆う。
身を起こしたヨシノリは、ひくひくと痙攣するコータの小ぶりな竿と、ねばつく体液に塗れた自分の手を眺めた。
「…コータ…。敏感過ぎだよ…」
どこか感心しているようにそう呟いたコリーは、小さく吹き出す。
「ごめんごめん!もう少し抑えれば良かったなぁ。次からは、やり過ぎないように気をつけるよ。なにせ今回は…」
ヨシノリは顔を覆ったままのコータの耳元に口を寄せ、
「前戯に気合を入れ過ぎた。あんまりにもコータがかわいくて、な」
かわいい。その言葉がコータを強く刺激する事を、ヨシノリは見抜いている。
実際に、今もコータはその一言でピクッと体を震わせ、顔を覆った指の隙間から、ヨシノリの顔をそっと伺っている。
「お、怒って…ないっすぅ…?」
「何でだい?怒るもんか」
「は、早過ぎて、呆れてないっすか…?」
「元気がよくて良いじゃないか」
おどおどと自分の顔を窺ってくる様子があまりにも子供っぽく、ヨシノリは堪らない愛おしさを覚える。
「かわいいなぁコータ…。本当にかわいい…」
微笑みながら呟くヨシノリを前に、仰向けの無防備な状態で顔だけ覆っているコータは、「んうぅ…」と小さく呻いた。
嬉しく、恥かしく、こそばゆい。体中がかーっと熱くなり、顔が火照る。
「よ、ヨシノリ、さん…」
コータはそっと顔から手を退け、窺うようにヨシノリの目を見つめる。
「あ、あのぉ…、ほ、本番…、して、欲しいっす…」
「イったばかりなのに?」
「お、おれだけイっても…。それに…、始めから、その予定だったし…。よ、ヨシノリさんも…そのぉ…、気持ち良く…なっ
て欲しい…っす…」
途切れ途切れに、恥ずかしそうに言ったコータに、ヨシノリは苦笑しながら頷いた。
枕を簡単な背もたれにして、やや上半身を起こした状態で仰向けになったヨシノリの上で、コータはコリーの逸物を愛撫する。
シックスナインに近い姿勢だが、コリーの逸物を舐め回すコータと違い、ヨシノリが弄っているのはパンダの肛門である。
ローションをたっぷり塗ったヨシノリの指で肛門をほぐされながら、コータは時折低く呻く。
コータにとって、男根を口に含むのは、もちろん初めての経験である。
ヨシノリの男根を咥えたコータは、時折えづきながらも、一心不乱に、懸命に奉仕する。
硬く、熱くそそり立つヨシノリのソレは、コータの目にはとても立派で、愛おしく、魅力的に映った。
一方でヨシノリは、股間に与えられる不器用な、しかし心地良い刺激に興奮を高めながら、コータの尻を開発してゆく。
指を抜き差しされ、本数を増やされ、肛門を拡げられる異物感と羞恥心に耐えながら、コータは快楽を貪った。
何度も、何度も、ヨシノリを想いながら自分の指でほじったそこを、今、ヨシノリ本人が弄っている。
そしてこれからソコに、自分が今愛撫している、立派な男のシンボルが突き入れられる事になる。
ヨシノリの慣れた手で尻を弄られる感触と、期待と興奮で、鼓動が高鳴る。
「そろそろ、良さそうかな…」
というヨシノリの言葉で、コータは半泣きの表情を浮かべ、名残惜しそうに逸物からそっと口を離した。
尻から指を抜かれ、「んんっ!」と声を漏らしたコータに、
「どっちが良い?」
柔らかな、大きな尻を優しく撫で回してやりながら、ヨシノリは尋ねる。
「え?どっちって、何がっすか?」
「後ろからが良いか?それとも正常位が良いか?って事さ」
尻たぶをキュッと揉まれ、「あっ…」と声を上げたコータは、少し迷った。
恥ずかしいから、顔を見られたくない。が、ヨシノリの顔は見える方が良い。
しばらく迷った末、コータは首を巡らせ、恥じらいながらヨシノリを振り返って口を開いた。
「ま、前の方が良いっす…」
(…そうすれば…、抱き締めて貰えるかなぁ、なんて…)
半面振り向いたコータの表情が可愛らしく、そして愛おしく見え、ヨシノリは深い笑みを浮かべて頷いた。
「力を抜いて、楽にして…」
大きく開かれたコータの丸太のような太ももを両脇に抱え、ヨシノリは自身を、仰向けになっているコータのソコにヒタリ
とあてがう。
「は、はい…」
深呼吸し、ドキドキと跳ねる心臓を落ち着かせ、コータはふぅっと脱力した。
若干恐いが、自分の指を相手のソレに見立てて挿入していた。受け入れる練習はそれなりにしている。大丈夫だと、自分に
言い聞かせながら。
「ゆっくり入れるから…」
ヨシノリの囁きと同時に、肛門に圧迫感を覚え、コータは「ひゅっ!」と息を吸い込む。
ず、ずぷっ…ずっ…
「んあぁああっ!あ、いっ!ひぃっ!いぎぃいいいいっ!」
肛門を押し拡げてゆっくり、ゆっくりと侵入して来るヨシノリ自身を感じたコータは、思わず声を上げた。
身体の中を伝わって、自分の腸壁と、ヨシノリの男根が擦れる音が聞こえる。
指とは違う、熱く、硬く、太い異物の侵入で、排泄感が高まる。
「少し…、きついかな?痛みは酷い?」
ぐぐっと突き出していた腰を止めて尋ねたヨシノリに、コータは硬く閉じた目の端に涙を溜めながら、フルフルと首を横に
振る。
「…は、はひっ!だ、だいじょ…ぶ…っすぅ…!」
ヨシノリが再び挿入を開始すると、コータは苦しげに目を閉じたまま、呻き声を上げる。
「…はぅ…!あ、んっ!んあぁっ…!」
やがて、ヨシノリの逸物がすっかり中に収まり、動きが止まると、コータは「はふぅっ…」と、大きく息を吐いた。
熱く脈打つ、思っていたよりもかなり体積があった逸物の存在を腹中に感じながら、コータは薄く目を開け、気遣うような
視線を向けてくるヨシノリに微笑みかけた。
「…だ、だいじょぶっすよぉ…!け、結構…、そのぉ…、練習、してたんすから…!」
下っ腹が張っているような苦しさを覚えながらも、コータはヨシノリに目で懇願した。
察したヨシノリは、コータを安心させるように柔らかい笑みを浮かべ、ゆっくりと、腰を振り始める。
締まりはきつく、だが中はふよふよと柔らかい。コータの中の良感触に酔いしれつつ。
「んっ、うっ!あっあぁっ!い、んふぅっ!よ、し…のり…さん…!い、いぃ…、いぃっすぅ…!」
腸内を擦られ、前立腺を刺激され、コータはあられもない声を上げながら、求めるように両腕を伸ばした。
それに応じ、上に覆い被さったヨシノリは、コータの首の後ろに腕を回し、しっかりと抱き締める。
密着した、引き締まったヨシノリの腹が、胸が、対照的にふくよかなコータの腹と胸に沈み込む。
「どうだ…、はぁ…、コータ…?」
「んっ!き、気持ち…いっ…すぅ…!はひっ!は、腹の中で…、ヨシノリさんのが、動いて…、あっ!みゃ、脈打ってる…、
のがっ、判ってぇ…!なんかもぉ、や、やばいっす…!」
互いの背に腕を回し合ったまま、ヨシノリは徐々に腰を振る速度を上げ、より強く、深く、コータを貫く。
「いっ!んうっ!はぁ、はひぃっ!よ、ヨシノリさん…!ヨシノリさん、す、すきぃ…!好きっすぅ!」
快感と苦痛、喜びと羞恥で、瞑った目から涙を零しながら、コータはよがり、泣き、声を上げる。
さっき射精したばかりだと言うのに、尻を掘られるコータのソレは、むくむくと体積を増し始める。
「はっ…、はぁ…!俺も、コータ…!俺も…コータが好きだ…!こぉ…たぁ…!」
自分の引き締まった腹に密着する、皮下脂肪が三角に張り出して柔らかいコータの股ぐらのソレが、ヒクヒクと動いている
のを感じ取り、ヨシノリは一層激しく腰を動かした。
コータの腸液と、ヨシノリの先走りと、ローションとでしとどに濡れそぼった、肛門と男根の接触点から、ズチョッズチョッ
と、湿った、卑猥な音が零れ出る。
やがて、こなれてきたと感じたヨシノリは、突く角度を少し変え、コータの中で腹側へ、強く亀頭を擦りつける。
「いっ!?あ!?あ、あ、あひぃいっ!?だ、だめぇえっ!だめっすぅう!そ、そこ、なんか、当たっ…てっ、るぅううっ!」
角度を変えて突かれたそれが、これまで以上の刺激をもたらし、コータは目を大きく見開き、甲高い声を上げる。
「ここか?はぁっ!ここ、感じるのか?ふぅ…!コータ…?」
どうやらソコがコータにとって快感のツボであるらしいと察し、ヨシノリは男根を少し抜くと、浅いポイントにあるソコを、
何度も何度も、繰り返し突く。
「あ!あっ!ちょ、まっ、そ、そんなグリグリっ、された…らっ!あ、あふあっ!んあぁああっ!?そ、そこだめっ!だめっ
すぅっ!ひんぐぅっ!」
丸々太った体を震わせ、高い声を上げるコータ。その様子を見て、ヨシノリは嬉しくなる。
「良い声だぞコータ…。かわいい…。かわいいなぁ…」
「あっ!あぁっ…!あつ…!腹の、中が…、熱くってぇ…!く、苦しいような…気持ち、良い、ような…!」
「コータ…。もしかしてバリウケか…?」
「そ、そん…あうんっ!…あっ!あはぁああっ!よ、ヨシノリ…さんっ…!ひっ…!んくふっ!い、いぃっ!あんぐぅっ!」
快感に喘ぎ身を震わせている、自分を慕ってくれるパンダが、コリーには愛おしくて、愛おしくて、仕方がない。
何故もっと早くに、自分の気持ちに気付けなかったのか?
何故もっと早くに、コータの想いに気付いてやれなかったのか?
今更ながらに、とても惜しく、そして申し訳なく思う。
「あ、ひ!ひんっ!ヨシノリさんっ!、お、おれ、おれまたっ!ひあっ!も、もぉだめぇええっ!!!」
「はぁ!はっ!こ、こー…たっ…!俺も…、俺もそろそろ、限界…!」
コータの締め付けが強くなり、ヨシノリは硬く目を閉じる。
奥まで入り込んだヨシノリが怒張し、コータは歯を食い縛る。
膨張したヨシノリの先端から、コータの中に勢い良く精が注ぎ込まれる。
腸壁を叩き、腹を満たし、熱を与えるソレを感じながら、コータもまた二度目の射精を果たした。
コンプレックスに感じていた、しかしヨシノリに可愛いと言って貰えた、皮を被ったソレからコプッコプッと溢れ出した液
が、密着したコリーの腹を汚し、丸い腹に上に広がり、脇腹を伝って落ちる。
最後の最後まで、絞り出すように精を吐き出した二人は、同時に脱力し、重なり合ったままぐったりする。
一度目の射精よりもなお多い、大量の精液を零し、
「…ひ、ひぃっ…!ひぃいいいん…!えふっ!ふぇ…、ひんっ…!」
コータは、涙を零しながら泣いていた。
「大丈夫か…?やっぱり、痛かったんだろう?」
いまだ繋がり、重なり合ったまま、乱れた熱い息の隙間から声を発し、耳元で問い掛けたヨシノリに、コータは首をフルフ
ルと横に振り、泣き声混じりに囁いた。
「お、おれっ、嬉しく…て!気持ち…良く…て…!もぉ、なんか、腹も胸も頭も、いっぱいいっぱいで…!」
コータはヨシノリに強くしがみつき、
「好きぃ…!好きっすぅ…!ヨシノリさん〜…!」
泣きながら、そう訴えた。
「俺も、コータが好きだよ…」
あまりにも幼く見えるコータを抱き締め、苦笑混じりに呟くと、ヨシノリは「ん?」と、眉根を寄せた。
繋がったままのコータ、その股間で、精を放って萎み始めたと思ったソレが、またピクンっと動いた。
好き。ヨシノリが口にしたその一言で、また興奮し始めて…。
「…速射な上に連射が利くのか…。まったく、相手をするのは骨が折れそうな恋人だ…」
身を起こして、ムクムクと大きくなっていくソレを確認し、呆れているとも感心しているとも、そして喜んでいるとも面白
がっているともつかない様子でヨシノリが漏らすと、
「う、うぅっ…。恥ぃっすぅ…!」
コータは身じろぎしながら顔を歪め、両手で覆った。
結局、コータにせがまれたヨシノリがハッスルする形で二回戦目を終えた後、二人は行為の余韻に浸りながら、ベッドの上
に寝転がっていた。
「あ〜…。け、ケツがジンジンするっすぅ…」
「飛ばし過ぎだよ。大丈夫か尻?今日が初めてだったんだろう?」
「そ、そぉなんすけど…」
仰向けになっているヨシノリに縋りつくような格好で、その左胸に顔を乗せていたコータは、「でへへぇ〜…」と、嬉しそ
うに笑う。
「すんごく、気持ち良かったっす…!」
微笑を返し、ベッドサイドに置いていたタバコに手を伸ばしたヨシノリは、ふと気になって尋ねる。
「…タバコ、良いかな?」
「遠慮しないで下さいよぉ。ここ、ヨシノリさん家なんすから」
幸せそうに自分の胸板に頬をすり寄せて来るコータに頷くと、ヨシノリはタバコに火をつけて一口吸い込み、美味そうに煙
を吐き出した。
鼻から大きく息を吸い、タバコとヨシノリの匂いを嗅いだコータは、ふと思いつき、首を動かしてヨシノリの顔を見る。
頭の後ろで腕を組み、タバコを咥えていたヨシノリは、コータの視線に気付いて目を向けた。
「…タバコって、美味いんすか?」
「と、俺は思う」
コータは少し考えてから身を起こし、ヨシノリの横に正座を崩したような格好でペタンと座り込むと、おずおずと口を開いた。
「…あのぉ…。一本貰えないっすか?」
「ん?体に悪いぞ?」
一応そう断ったヨシノリだったが、コータがなんとも物欲しげな表情を浮かべている事に気付き、苦笑いした。
右手を顔の前に持って行って、人差し指を咥えているパンダの姿が、まるで他人が食べている物に興味を示している子供の
ように見えて。
ヨシノリは咥えていたタバコの灰を灰皿に落とすと、指先でタバコをクルリと回し、コータに吸い口を向けた。
「まぁ、試したいなら…」
コータは顔を輝かせると、そろそろと手を伸ばしてタバコを受け取り、吸い口を見つめた。
(あ。これ、もしかしなくても間接キス…?ら、ラッキぃーっ…!)
ゴクリと唾を飲み込むと、コータは吸い口を咥え、すぅ〜っと、大きく息を吸い込み…、
「あ。いきなりそんなダイレクトに肺に入れたら…」
「…っ!?べほっ!?うぶぇほ!えふっ!えふっふぅっ!かふっ!げほがほっ!かふふぅっ!」
運動で鍛えた肺活量により、一吸いでタバコの半分を灰に変えたコータは、真っ白い煙とタバコを吹き出し、むせ返った。
ヨシノリはシーツの上に落ちたタバコを慌てて拾い上げて火を消し、苦しげに咳き込むコータの背中をさする。
「ほら、大丈夫か?吸わないなら吸わないに越した事は無いんだから…」
「えうぅ…!」
コータは咳が落ち着くと、涙目のまま、背中に手を回してさすってくれているヨシノリに視線を向けた。
「タバコとか吸えば…、おれもヨシノリさんみたいに…、カッコ良くなれるかなぁって思ったんすけど…」
ヨシノリは手を止め、キョトンとした表情でコータを見つめると、小さく吹き出した。
「あ!?何でそこで笑うんすか!?」
頬を膨らませ、不満げに自分を見たコータの頭に、ヨシノリは笑みを浮かべながら、ポンと手を乗せた。
「良いんだよ。コータはそのまま…、可愛いコータのままで」
一瞬目を丸くしてヨシノリを見つめたコータは、目を細め、照れ臭そうに「でへへぇ…」と笑うと、ガバッとヨシノリに抱
きついた。
胸に頬ずりしてくる、自分より背は低いのに、ボリュームは大きく上回るパンダを優しく抱き締め、ヨシノリは、満ち足り
た笑みを浮かべてその背を擦った。
自分は、頼って欲しかったのだと、甘えてくる誰かを求めていたのだと、強く、実感しながら…。
小さな雲が僅かに浮かぶ、蒼く高い空の下。
とある高速道の、とあるパーキングに停まっていた一台のビッグスクーターに、コロコロと太ったパンダと、顔立ちの整っ
たコリーが跨っていた。
白黒のビッグスクーターに跨る二人は、まるで示し合わせたかのように、それぞれ赤茶と白、黒と白の、くっきりとしたツ
ートンカラーである。
「そろそろ疲れて来たんじゃないか?もう少し休んでも…」
「へーきっすよぉ!それに、せっかくなんだから早く着いて、ゆ〜っくりしたいじゃないっすか?」
後ろから気遣うように声をかけたヨシノリに、コータは半面だけ振り返り、ニーッと笑って見せた。
機嫌良く、陽気に応じたパンダの両脇腹を、後ろの席のコリーの両手がむにっと掴む。
「あふっ…!」
「俺の免許じゃ大型バイクの運転は交代してやれないんだから、無理はするなよ?疲れたら我慢しないで言う事。良いな?」
たっぷりとした脂肪が手に余るコータの脇腹を軽く揉みながら、ヨシノリは黒い丸耳に顔を寄せ、優しく囁く。
穏やかながらも反論を許さない、年下を思い遣る年長者の声音で。
「んっ、ふっ…!ら、らじゃぁ、っすぅ…!あっ、ちょ、ヨシノリさんっ!そんな揉んだら、たた、勃っちゃうっす…!」
感じやすい箇所を完全に把握しているヨシノリに、弱点の一つでもある脇腹を優しく揉まれ、抵抗力を奪われたコータは、
ふにゃふにゃと頷く。
表情を弛緩させて身悶えするコータの耳元で、コリーはからかうように付け加えた。
「バイクに跨り疲れて、今夜俺に跨れない、なんて事になっても困るだろう?」
「は、はひぃっ…!」
コータの夏休みも終わり間際、残す所あと一週間である。
相談して休みを合わせた二人は、夏休み最後のイベントとして、二泊三日の温泉旅行を計画した。
天候も良さそうなので、せっかくだから風を楽しんでゆこうと、足はコータの愛車、シルバーウィングである。
いつか、自分の後ろのシートにヨシノリを乗せる。
そんなコータのささやかな夢は、二人っきりで出かける二度目の旅行という、大きなイベントと共に叶った。
しかも今回は、前回とは違う、恋人同士としての旅行である。
「それじゃあ、頼むぞコータ」
脇腹から手を離したヨシノリは、柔らかな笑みを浮かべつつ、コータの逞しい肩をポンと叩いた。
「はいっすぅ!」
気を取り直し、満面の笑みで元気に返事をしたコータは、アクセルを開け、エンジンをふかす。
ゆっくりと走り出したビッグスクーターが、徐々にスピードを上げて、パーキングから出て行き、二車線の道にスムーズに
乗る。
白黒ツートンカラーのシルバーウィングは、そのタンデムシートに跨る二人を運び、秋風の中を力強く、どこまでも、どこ
までも、軽快に駆けていった。